マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1564] Chapitre3-2. 収穫月のシャラシティ 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/07/15(Fri) 20:55:03   38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



草上で食前酒 -Le Aperitif sur l’herbe

Chapitre3-2. 収穫月のシャラシティ



7月上旬 シャラシティ


 7月から8月いっぱいまでの二か月間は、カロスの学校は夏休みに入り、街に子供が溢れかえる。
 大人たちも長期休暇をとり、待ちに待ったバカンスを楽しむ。庶民に人気なのはやはり海辺のコーストカロスだ。カロスの家族が大挙して太陽光の降り注ぐ海浜に押し寄せ、賑わいを見せる。
 それは中世祭が行われているここシャラシティも、同じだった。
 シャラには蔦に覆われた白い壁を持つ木組みの家が立ち並ぶ。曼荼羅のようにごちゃごちゃと込み入った印象の海辺の街だ。その大通りを、その日は中世風の格好をした人々が盛んに練り歩いていた。
 広場で大きく枝を伸ばす菩提樹は鈴なりに花をつけ、強い香りを放っている。
 からりと晴れた陽気の下。

 満ちた潮の中に浮かぶマスタータワーに向かって、リズはファイアロー、セラはオンバーンの背に乗って海を渡っていった。
 足元の観光客たちが羨ましそうに2人を見上げてくる。
 満潮にもかかわらずマスタータワーに行きたい、あるいは海の中に浮かぶマスタータワーを空から見たい、という観光客のための飛行ポケモンサービスのアルバイトをしているトレーナーなど、ごまんといる。実入りもいいだろうが、リズやセラが勝手にそのような商売に参入すれば、おそらく先から同商売を行っている者に目の敵にされ、面倒に巻き込まれるだろう。小遣い稼ぎも選ばなければならない。


 空からマスタータワーに入る。
 大陸側の市街地も中世祭のためにすさまじい熱気だったのだが、マスタータワーの方も大して変わらない。
 騎士の鎧を身に着けた者がギャロップに乗って石畳を駆け抜けたり、広場ではシュバルゴ同士が決闘をしていたり、街角では中世の楽器による演奏が喝采を浴びていたり。どこもかしこも伝統衣装に身を包んだ人々がポケモン連れで歩き回っており、まるで中世へとタイムスリップでもしたかような気分になる。
「これは中世の大市を模した祭りでね。シャラはかつてはカロス随一の貿易港で、商業が盛んだった」
 セラが、ゴーゴートに乗っている観光客に目を細めつつそう解説を加える。
 言われてリズも視線を転じてみれば、市場で見られそうな商人や職人、芸人の姿が見分けられる。
 ヒトモシを連れた蝋燭職人、ヒトツキを連れた鍛冶屋、チリーンを連れたガラス細工屋、ムクホークを連れた鷹匠、シュシュプを連れた香水職人、ムウマージを連れた占い師、メェークルを連れた農民、ウソハチを連れた庭師などなど、手持ちのポケモンに合わせた仮装をしているのがいかにも面白い。
 2人の連れているシシコとニャスパーも賑やかな祭りの雰囲気に興奮しきりで、みゃあみゃあにゃあにゃあと2匹で騒ぎながら勝手にあちこち走り回る。リズとセラはのんびりとそれについて言っていた。

 そしてとあるレストラン前でセラはニャスパーとシシコの足を止めさせ、リズを振り返った。
「リズ、せっかくだしマスタータワー名物のオムレツでも食べていかないか」
「おお、甘いもんじゃないんだな」
 セラの先導で、マスタータワーの城壁内のとあるレストランに入っていく。
 案内されたテーブルには小瓶に可憐な白い雛菊が飾ってあった。
 そしてそこで出されたのは、巨大なふわふわのオムレツだった。
 リズはフォークでそれを突っつき、首を傾げる。
「オムレツというよりは…………なんだこれ」
「マスタータワーは潮の満ち引きがあるために、中世の頃はシャラ市街地から食材を運ぶということがかなり難しかったんだ。それで、少ない食材で訪問客を最大限もてなそうとして考案されたのが、この、密度の極端に削ぎ落とされたオムレツというわけ」
「……ほぼ気泡だな、こりゃ」
「一人分は玉子二つで出来ている」
「……それでこのサイズか……そしてこの値段か」
「まあ、カロス人なら一度は食べた経験があってもいいんじゃないか?」
 ふわふわとしたオムレツをあっという間に片づけてしまってから、食後のティータイムに入る。2人分の菩提樹の花茶とシャラサブレが運ばれてきた。
「菩提樹の花の香りは夏を思わせる」
「……今まさに夏なんだが」
「シャラサブレって美味しいよな、リズ。シャラ産の塩とバターを使用しているんだぞ。同じく塩キャラメルも有名だな、どこかで探してポケモンセンターに買って帰ろう」
「……ほんとに甘いもん好きだね、アンタ」



 レストランの窓から、石畳の通りを見やる。
 マスタータワーは修道院であり、砦だ。蔦の這う城壁に囲まれ、その内部にも石造りの街が広がっている。今はその巨大な塔の内部まで中世の服装に扮した人々でひどく賑わっているけれど、本来はマスタータワーはポケモンのメガシンカの研究施設であり、通常は関係者以外の立ち入りを制限している。
 セラはその琥珀色の巨塔を眺めながら、テーブルに頬杖をついた。
「……ちょうど去年の今頃だ。久々にこのマスタータワーに、キーストーンを受け継いだトレーナーが現れた」

 シシコにシャラサブレを与えていたリズも、顔を上げる。頭の中で何かが繋がった。
「……そういえば……そうだったな……」
「プラターヌからポケモン図鑑を託された五人の子供たち。その中の一人が、メガシンカの継承者となったわけだ」
 セラのその声音には、憧憬などが含まれていたわけではない。憎悪も無い、嫉妬も無い、懐古も無い、ただ淡々と思い出に耽っている。
 セラにとってのフレア団として活動していた一年前は、すでに遠い過去であるようだった。
「そもそもフラダリ様は、去年の春にプラターヌからポケモン図鑑を託された五人の子供たちのことを、当初から気にかけておられたようだった。かのお方はプラターヌのご友人だったからな、プラターヌが目をとめた子供のトレーナーに……何かしら期待を抱いておられたのかもしれないな」
「どんな期待だよ」
「……あのお方には視えていたのかもな。その五人の子供の中に、いずれメガシンカを継承し、伝説のポケモンを手懐け、そしてフレア団の野望に仇なす者が現れるということを」
「代表はそれを期待していたってか? んな馬鹿な……」
「――だが少なくとも、ホロキャスターを持つ子供がメガシンカを使ってくれることによって、我々のメガシンカの研究は捗った」
 セラは白磁のカップを持ち上げ、菩提樹の花の香りの茶を優雅に啜る。

「所詮は子供だ、手に入れた力は使わずにいられない。多い日は一日に十度ほどもメガシンカのデータを提供してくれた。子供の持つホロキャスターから発信されるメガシンカの情報を、私たちは貴重なサンプルとして大いに活用することができたわけだからな」
「……メガシンカも研究してたのか、アンタは」
「厳密にはモミジのチームが。私は一時期その応援として加わっていただけだ」
 モミジ、というのは確かセラと同じ科学班の人間だ――とリズは思い出す。たしか髪の青い女性だ。
 科学者というのは、リズが思うよりもフレア団内で多彩な仕事を受け持っていたらしい。
「アンタって何でもできるんだ?」
「まあオールマイティーな部類だったな。クセロシキの直属で……あの野郎の所為でよくあちらこちらのチームにたらい回しにされたが、まあ……電力の窃盗やボール強奪といった野蛮な作戦に駆り出されなかっただけマシか」
「お、おう……おつかれさん」
「何でも研究したな……メガシンカ、伝説のポケモン、最終兵器、生体エネルギー、そして……AZのことも」


 セラは基本的に隠し事はしない性質らしい。それでも『AZ』のことは言いづらそうな様子を露骨に見せてきたので、リズは心優しくもそれは聞き流してやった。
「メガシンカって、何の役に立つんだよ?」
「お前は神秘科学を知っているか。アゾット王国のエリファスという大科学者が大成させたものだが」
「……は?」
「500年前にマギアナという名の人造ポケモンを造った技術でな。それを応用したネオ神秘科学の発明品であるところのメガウェーブは、強制的にポケモンのメガシンカを引き起こすことができる」
「……は、はあ」
「私は、“メガシンカによるポケモンの生体エネルギーの変化”について研究していた。独自に編み出したメガウェーブを使って、ポケモンを強制的にメガシンカさせてだ」
 セラは花茶のカップを置き、無表情で語った。



***


 ハッサム、ライボルト、カイロス、バンギラス、チャーレム。
 対応するメガストーンなど無かった。フラダリからキーストーンを拝借するまでも無かった。メガウェーブを照射することによって、これら五種類のポケモンがメガシンカすることをケラススは突き止めた。
 しかし、実用段階までは至らなかった。研究途中でメガシンカの研究チームから外されたためだ。

「…………クセロシキの嫌がらせだ。確実にそうと言える。あの男、部下であるこの私に何が何でも成果を出させたくないんだ、そうとしか思えない」
「……おう……ド、ドンマイ」
 とある7月の夕暮れ時である。終業直後で黒スーツを着たままのオリュザはミアレシティのとあるバーで、こちらも白衣を着たままのケラススの愚痴を聞いてやっていた。
 ケラススは早いペースで飲んでいた。シャラ産のシードルを一気にあおり、机に突っ伏して呪詛を吐く。
「しねくせろしきしねくせろしきしねくせろしきしねくせろしきしね」
「……こ、怖い、怖いぞケラスス! しねしねこうせんでも出そうだぞアンタ!」
「あの腐れブルンゲル野郎が……呪われボディで朽ち果てろよ……」
「それはブルンゲルに失礼だろ。本気で大丈夫か? トイレ行かなくて平気か?」
「すみませんムッシュー、シャラ産のカルヴァドス、持ってきてください」
「おいやめろもう飲むなやめろ! おちつけケラスス! 潰れるまで飲むなんて、学生じゃあるまいし!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、オリュザはケラススを押さえ、何とか注文を取り消させようとする。
 そのとき、オリュザに両肩を掴まれたケラススの紫水晶の瞳から、ぼろぼろと涙が零れた。

 オリュザは文字通り跳び上がった。
「うぎゃあ! なに泣いてんだ! いい歳した男が! 泣き上戸かアンタ!」
「…………――だ、だってぇぇぇぇぇぇー…………!」
「え、えええええ――…………」
 ケラススがボロ泣きしながらだだをこね始めるのを、オリュザは成す術なく見守っていた。
「せっ、せっかくいいところまで行ったのに、これからだったのに、なんで、なんでなんだよおおー!!」
「……お、おう、そうだな、その通りだな」
「畜生クセロシキめ悔しかったらてめぇの手でメガウェーブ実用化しやがれってんだ」
「……おいアンタそれNGワードだろ、お外で喋っちゃダメ!」
「だめだ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。無理だ。トレーナーとの“絆”無しに強制的にメガシンカさせられたポケモンは、生体エネルギーを大いに損なう。メガシンカを果たしたところでほとんど使い物にならない」
 ケラススの瞳が、涙を零しながらどんどん剣呑な色に染まっていく。その顔から表情が消えていく。


「だが、その“絆”とは何かが、私にはどうしても分からない」
 がっくりとケラススは項垂れた。灰色の目元に短い白髪が張り付く。
「私も分かってたんだ。私には無理だと。クセロシキにも分かってたんだ。私は限界だと」
 彼らしくない諦めの言葉だった。
 オリュザは精一杯、友人らしくケラススを元気づけようと試みた。その白衣の肩を少し強めに叩いてやる。
「……そんなことないって。カネと設備と材料と、あと良い上司がいりゃ、アンタにだって」
「もともと心理学は専門外なんだ。心だなんて不確定なものを、厳密さが要求される理論科学の対象に出来るわけがない、と、少なくとも私はそう考えている。だから無理だ。……ポケモンの心なんて知るか。知ったことか……」
「……うん、アンタが知ろうとしなけりゃまず無理だろうな。でも、メガシンカの研究のことは、もう終わったんだ。次の研究で頑張れよ、な?」
「――知ったような口をきくな、夢想家が!」
 怒鳴られ、思わずオリュザもぎくりとする。こうも面と向かって他人に罵倒されたのは生まれて初めてだった。

「好きなことを好きなだけ喋っていればいいお前のような夢想家とは違うんだ、私に求められているのは結果だ! 結果が出せなければどうなる? 研究費が下りない、ますます研究ができず結果が出せない、私は要済みだ、私は棄てられる」
「……まあ、そうかもなあ」
「今回の件で、代表の私に対する信用は下がっただろう。次があるか分からない。お前にだけ言うが、私はラボに来て以来、結果らしい結果を出せていない。そんなの……金を出すだけ出して何もできない、下っ端どもと同じじゃないか」
 怜悧さを増すケラススの言葉を聞きながら、オリュザは半ば感動していた。
 他人の本音というものを聞かされるのも、生まれて初めてだった。
 もしかして今、自分はケラススに頼りにされているのかもしれないと思うと、鼻が高くなった。
 そして、これはますますケラススに対して的確なアドバイスを返してやらなければならないなとオリュザは意気込んだ。

 オリュザはケラススに向かって、にっこりと笑んでやった。
「アンタは……本当にプライドが高いんだな」
「馬鹿にしているのか」
 涙目のケラススにぎろりと睨まれる。
「結果を出せないと首を切られ、“その時”に殺されるんだぞ」
 そう冷たく言い放たれて、オリュザも考え込んだ。
「……でも、アンタは若いだろ、他の科学者連中よりも。代表はさ、アンタのその、若さを見込んで、ラボに呼んだんだと思うんだわ。だからさ、結果が出せてなくても、これから出せるってことをアピールすりゃ、いいんじゃね?」
 そのような事を、ケラススに向かって訥々と語りかけた。
 ケラススは終始黙り込んでいた。


***


「アンタって泣き上戸だったよなあ」
 レストランの窓ガラス越しにマスタータワーを眺めながらぼそりと言い放ったリズの顎に、セラの拳がめり込んだ。
「いッ……!」
「すまない。唐突にハイタッチがしたくなってしまってな」
「……いや完璧にグーだったよな?」
 顎を押さえながら、リズはにやにや笑う。

 セラは開いた拳をひらひらさせながら、苦笑した。
「何を思い出すかと思えば……」
「セラちゃんってば意外と感情的だよね」
「知ってる。……まあ、ああして私の愚痴を聞いたり私に色々アドバイスをしようとしたり、そういう事をしてくれる存在はお前しかいなかったから、助かった、とだけは今言っておこう」
「『しようとしたり』ってアンタね。もしかしてアドバイスになってなかったのか、あれ」
「残念ながら」
「真面目に考えてアドバイスしたのに」
「天才のアドバイスなんかあてにならないさ」
「アンタだって天才のくせに」
「厭味か」
「天才に天才って言われてんだからおとなしく受け入れろよ」
「そうか」
 二人で揃って菩提樹の花の茶を啜る。

「で、それっきりメガシンカのことはもうアンタの管轄外になっちゃったわけだ」
「そう。そして、私は伝説のポケモンの調査の方に回された」
「……ふうん……ラボ、辞めさせられなくてよかったな」
「フラダリ様にドゲザしたからな」
「…………アンタ、実は、俺が教えたドゲザ、気に入ってるだろ?」
「そうかもな。私はMだから」
「………………あ、あー、そ、そう? そうかなあ?」
 リズは乾いた笑い声を上げた。
 セラは爽やかに笑っていた。





Chapitre3-2. 収穫月のシャラシティ END


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