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  [No.1565] Chapitre3-3. 熱月のキナンシティ 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/07/15(Fri) 20:56:59   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



草上で食前酒 -Le Aperitif sur l’herbe

Chapitre3-3. 熱月のキナンシティ



8月下旬 キナンシティ


「バカンスだ。キナンに行こう」
 例の如くセラのわがままにより、リズはセラと共にミアレシティから超高速鉄道TMVに乗り、カロス南部の大都市キナンにやってきた。

 快晴の空に、太陽が輝いている。
 風はからりと乾いている。
 白銀の葉を茂らせたオリーブの木立に囲まれた小路。
 一面に広がる、鮮やかな向日葵の黄色。香り立つ紫のラベンダーの花畑。
 緑の草原に点々と咲く深紅のヒナゲシ。
 赤茶けた崖と松林との強いコントラスト。
 糸杉に囲まれた果樹園。
 庭の月桂樹。
 赤い屋根の家々。
 桃色の野バラやブーゲンビリアで飾られた窓辺。
 テッカニンが喧しい声で鳴いている。
 ザ・南カロス。

「おいでませ、キナンへ」
「……お、おう」
「キナンは有名政治家や映画スターもお忍びで訪れる高級保養地だ。こんなところにバカンスで来れるなんて私たちはついているな」
「……普通に金払ってTMVに乗ってきただけなんですが」
「というわけでリズ、バカンスを存分に楽しんでくれたまえ」
「……なんのこっちゃ」
 いつものごとく、シシコを肩に担いだリズは、ニャスパーを抱えたセラに引きずられるようにして、見覚えのあるようなないようなキナンの市街地に繰り出していった。



 照り付ける陽射しの下。
 8月、バカンス日和。
 保養地キナンではオペラ祭、演劇祭、音楽祭、映画祭などが催されている。
 野外劇場、大聖堂、教会の中庭といった場所で、オペラや管弦楽、室内楽、声楽、独奏といったコンサートが盛んに開かれ、現代演劇やダンスが披露され、話題の新作映画から古典的フィルムまでが上映される。
 ポケモントレーナーはいずれも無料でそれら芸術に触れることができる。トレーナーの文化的教養を高めることに関するカロス政府の熱意は他の地方の追随を許さない。

 ポケモンコンテストも、ポケモンミュージカルも、トライポカロンも、ポケスロンも、この時期だけでキナンでいくつも開催される。
 ショウヨウシティをスタート地点としてカロスを一周する自転車レースも開幕する。
 リズとセラもポケモンセンターを拠点としながら、夏真っ盛り、それらを巡った。

 料理も酒も美味しい。
 夏野菜のラタトゥイユや肉詰めにしたファルシを、作り方をマルシェの売り手から教わって自分たちで作ってみる。オリーヴオイルやニンニク、種々のハーブの香りが豊かで、南カロスの太陽の味がする。
 甘く汁気たっぷりのロメやカイス、ズア、フィリ、ブリー、モモンも毎朝マルシェにたっぷりと山積みにされている。これはポケモンたちにも齧らせると喜ぶ。
 食前酒にはアニスの香り高いパスティスを。キナンは安価なロゼワインも有名で、きりりとよく冷やしたものを飲むと、夏の強い日差しに火照った体に心地よくしみわたる。

 セラはポケウッドのホラー映画を好んで観た。
「夏といえば怪談だな、リズ」
「か、怪談をホラーと一緒にするな!」
 冷房がききすぎてむしろ寒いくらいの映画館で『恐怖!悪夢の赤い霧』と『ゴーストイレイザー』を立て続けに全編観させられ、リズはシシコと一緒に座席に縮こまったままガタガタ震えていた。
 一方、こちらは平然としているニャスパーを抱えて、セラはくすくす笑う。
「へえ、リズはああいうのは苦手なんだな。……ギオッ! ギオウンッ! グギャアッ!」
「ば、馬鹿、いい歳した男が何やって」
 『恐怖!悪夢の赤い霧』に登場した顔の無い真っ赤な人形の物真似をしてみせるセラから、リズは飛びのく。
 しかしセラは嫌がらせをやめなかった。
「ギョッ! ギョッ! ギョッ!」
「ま、マッギョか!」
「グギャース! ゴボッ! ゴボボボォッ!」
「やめろ! 荒ぶるな!」
 脱兎のごとく映画館から逃げ出したリズを、セラが楽しげに笑いながら追いかける――喉から血を噴くような不気味な笑い声を立てながら。
「ゴボッ! ゴブボッツ!」
「セラちゃん、お願いだから周りを見てッ! 貴方、いま、不審者よッ!」
「ブルルン! ブヒュルル、ブバア!」
「――よく化け物のセリフなんか一言一句違わず覚えてんな!?」
「はは、それを言うお前こそ」






 数日後には、リズはセラに連れられてバトルハウスへ観戦に行った。
「珍しいポケモンを連れたトレーナーが出てるらしいから」
「……いや、俺そんなにポケモンバトルに興味は」
「お前は見ておくべきだよ」
 セラは妙にそう言い張って聞かなかった。

 水を湛えた見事な堀に囲まれるようにして立っている、美しい城館がバトルハウスだ。
 大理石の正面ホールをセラはさっさと突破し、シングルバトルの行われている奥の広間へと入っていく。そこではちょうどバトルの切れ間だったか、大勢の人の行き交う大階段を2人も登り、観覧席である二階テラスへ上がった。
 アンティークのベルベットの椅子にセラと並んで腰かけて、シシコを抱え直したリズは息をつく。そして欄干越しに、吹き抜けの階下に見える、バトルフィールドである大階段の踊り場を見やった。
 そこに立つ挑戦者は、何の変哲もない。
 どこにでもいそうな。
 そんな、少年のトレーナーだった。


 どくり、とリズの心臓が脈打つ。
 わかってしまった。

 服装、髪型、髪色、瞳の色、すべて違うが、あの顔は。
 ――フレア団を滅ぼした子供。


 リズの右隣りで椅子に寛ぐセラは、涼しげに笑った。
「間に合ったな」
「……アンタ、これを見せたかったのか……」
「そう。――あそこに立つ挑戦者の彼こそが、フレア団を壊滅させた張本人、カルム君だ。もっとも、随分と全体の印象を変えてカモフラージュしてるみたいだけど。リズも分かったみたいでよかったよ」
 セラはいつの間に手にしていたのか、そのあたりのテーブルで配られていた軽食のキュウリのサンドイッチをむしゃむしゃやっている。リズもセラの手の中にあったそれをいくつか奪い取って口の中に放り込んだ。
 咀嚼しつつ、渋い顔でその少年トレーナーを見下ろす。
「……カロスチャンピオンが、優雅にキナンでバカンスか」
「まあ、順当に行けばチャンピオンを倒したら、次はバトルシャトレーヌ撃破だろうよ」
 セラが言うが早いか、二階テラスの奥の扉が、ばんと両側に開いた。
 黄色のドレスを身に纏った幼い雰囲気の残るバトルシャトレーヌが、くるくると舞い踊りながら姿を現した。

 野太い声援が一段と強くなる。
「ラニュイちゃーん! 愛してるー!」
「うおおおおラニュイたーん!」
「ラニュイ様あああああああああああああ」
 声援にひとしきり応えてから、ラニュイは大階段をヒールで優雅に駆け下りていった。
 セラは涼しい顔で笑っていたが、リズはたまらず両耳を塞いでしまった。
「……ロリペド野郎がキモい……あとここ、なんか酒と煙草くせえ……」
「カロスで小児性愛は社会問題だね。この一戦だけ観たら出るから少しだけ我慢してくれ、リズ」
 二階の観覧席は超満員になっていた。セラやリズの背後からも、立ち見客がぎゅうぎゅう押してくる。
 ラニュイがプクリンを繰り出す。
 そして、それに対する挑戦者の少年トレーナーも、モンスターボールを投げた。その


 中
 から


 カロス地方の伝説のポケモン、ゼ
 ルネアス
 が

 現れた。



「――う……うう」
 ずきりと、リズのこめかみが痛む。
 Xの文字の刻まれた碧の眼、黒の華奢な体躯、背に浮かぶ五色の斑点、そして七色に輝く角。
 美しい確かに美しい生き物だけれど
 ――いやだ。いやだ。きもちわるい。
 リズは強烈な吐き気に襲われる。

 それまで散々ラニュイちゃんラニュイちゃんと騒がしかったバトルハウス内が、一気にしんと静まり返る。
 少年のゼルネアスの発するフェアリーオーラに、すべてが圧倒されている。
 それと相対するラニュイもプクリンも、強敵にまみえて好戦的な目を輝かせているものの、心なしか気圧されているような気配がする。

 二階の観覧席のリズは手足の震えが止まらなくなっていた。冷や汗が噴き出る。
 見たくないのに、ゼルネアスから視線を外すことがどうしてもできない。
 頭が痛い。
 痛い。頭が痛い。
 ぽん、と右隣りの席のセラに肩を叩かれて、弾かれたように顔を上げた。
 リズの肩を掴んだセラは、リズを見てはいなかった。こちらもゼルネアスに視線が釘付けになっている。
「……よく見てろ、リズ」


 ゼルネアスは速かった。
 そして圧倒的だった。
 七色の光を散らした瞬間、その能力が飛躍的に上昇したように思われた。持っていたパワフルハーブを使用して、大地のエネルギーを一瞬で吸収したのだ。
 ゼルネアスは一瞬で、プクリンを切り伏せた。
 続くブーピッグも、“辻斬り”の前にあえなく敗れた。
 ラニュイの三体目のブニャットは、ゼルネアスの放った月光に一閃され目を回した。


 ゼルネアスがボールから現れてから、勝負がつくまで、観客は誰も一言も発しなかった。
 ただ、少年とラニュイのポケモンに指示を飛ばす声と、審判の宣告だけが小さく響いていた。

 ゼルネアスが場に出ていた時間は、5分も無かっただろう。
 バトルシャトレーヌを圧倒的な力で破るなり、挑戦者の少年トレーナーは何事も無かったかのようにすたすたとバトルハウスを去っていった。
 それからにわかに、少しずつバトルハウスはざわざわとし出した。


 リズの手の震えもいつの間にか止まっていた。しかしその肩を掴んでいるセラの手が痛かった。
「…………おい、もう離せよ……」
「……あ、ああ、悪い。……あっという間だったな」
 顔を上げたセラの顔も蒼白である。
 リズとセラはしばらく顔色の悪いお互いを見つめ合って、そそくさと椅子から立ち上がった。
 無言のまま、他の観客よりも素早く、出入り口が混む前にバトルハウスを抜け出した。



 キナンシティの北の丘を登っていく。
 2人ともふらふらしていた。
 真夏の昼間の陽射しが、眩しくて暑い。
 そこには大きな美しい湖が澄んだ水を湛えており、その傍には菩提樹の木陰になったテラスを持つ、景観のいいおあつらえ向きのカフェがあった。
 8月はバカンス中のためカロスのほとんどの店は閉まっているが、この店は暑い中も営業していた。それは貴重なことで、暑さに疲れた観光客たちが数多く涼んでいる。
 リズとセラはカフェに入店する。

 菩提樹の木陰のテラスから、湖を見つめる。
 とにもかくにも、すっきりと冷たい薄荷水をギャルソンに持ってこさせる。
 それを2人揃ってごくごくと飲み干して、がっくりと大きく息をついた。
 ――とんでもないものを見てしまった。
「……あのポケモン、絶対、バトルハウス出入り禁止になるぞ」
「だろうな。バトルシャトレーヌを瞬殺なんて、抗議どころじゃ済まなかろう」
 口を揃えて、伝説ポケモンはバトルハウスでの使用を禁止されるであろうことを断言する。そうして本題から話を逸らしていた。
 心臓の動悸が未だに止まない。
 2人とも、ゼルネアスを見たのは初めてではなかった。
 セキタイタウンの地下で、見たのだ。


 しかし思い出そうとすると、リズの頭は痛みを訴えた。
 呻いて頭を抱える。
 するとセラの怪訝そうな声が降ってきた。
「……大丈夫か、リズ。どうした。何か思い出したか」
「…………おもい、だせない…………俺たちは……ここで何をした?」
「ああなんだ、勘違いか。――このキナンで私たちがやったことか。それは、発見した“樹”と“繭”の調査と確保だ」
 リズが頭痛に苦しんでいることには興味などないかのように、セラは淡々と語る。
「メガシンカの研究を切り上げさせられた私は、キナンへ向かった。キナン近郊の山中で“樹”と“繭”を発見したという報告があったからな。それが本当に伝説のポケモンなのか調べていた。そこにお前も、なぜか来ていた」
「……なんでだよ……」
「さあ、お前が自分の記憶に訊いてみるしかあるまいよ。……でも、そうだな……推測するに、お前はカロスの伝説のポケモンに興味を抱いていたようだった」
 セラはさらに一口、淡い緑色をした薄荷水で喉を潤した。

 菩提樹の木陰は涼しかった。
 リズの頭痛もようやく収まってきた。しかしそれと同時に、腹の奥底から恐怖が背筋を這い上がってきた。悪寒がする。震える手で前髪をかき分ける。そのまま頭を抱えた。
「…………いやだ……あのポケモンは……いやだ……」
「落ち着け、リズ。あれはもうここにはいない。トレーナーの持つモンスターボールに封じられている」
「…………だ、だめだ…………いやだ…………え? なんでだ?」
 初めて見たもののように、リズは前髪に触れていた自分の右手を見つめる。

 何かがおかしい。
 なぜ、こんなにもあの伝説のポケモンが怖い。
 わからない。
 思い出せない。
 思い出したくもない。
 怖くて怖くてたまらない。

 気づくと、テーブル越しにセラに両肩を掴まれていた。
 身を乗り出したセラの銀紫の瞳が、リズをまっすぐ見据えている。
「今はまだ思い出さなくていい」
 リズはぽかんとして、ただテーブルの上に虚ろな視線を投げていた。
「…………なにを?」
「何も、だ。やはりお前にあれを見せるのは性急すぎたな。でも、この期間のバトルハウスでもないとあれを確実に見ることはできないんだ。すまなかった」
「…………あれは……何だったんだ…………」
「あれはゼルネアス。生命を司るカロスの伝説のポケモンだ。“樹”から蘇った。昨年の晩秋に、セキタイタウンの地下で、最終兵器へのエネルギー移送の最中に」
 そうセラに説明されても、その情報が頭に入るだけで、記憶は刺激されない。
 リズには実感が湧かなかった。
 恐怖の正体も分からない。リズは自分の肩を抱きしめる。
「…………あれを見るとすごく怖いんだ」
「そうかもしれないな」
「…………なんでなんだ?」
「あれが、神だからだ。お前が嫌う物の最たるものだからだ」
 セラの手が、ぽすぽすとリズの頭を軽くはたいてくる。
「大丈夫だ。もう、これ以上、あれが私たちを害することはない。リズは余裕のある時に、過去の記憶と、今の現状を、受け入れればいい」
「でもすごくこわい」
「私だって怖い。……そういえば去年のお前も、“樹”を見ただけで怖がっていたな」



***


 暑さに喘ぎながらも、黒スーツは着崩さず、キナン市街にほど近い山の中を歩いていく。
 そしてその白く枯れたような“樹”を目にしたとき、オリュザは吐き気を覚えた。熱中症かもしれないが、そうでないかもしれなかった。
 とりあえず茂みの陰で吐瀉した。
 眩暈と痙攣が無いことを確認してから何食わぬ顔で現場に戻ると、涼しげな顔をした白衣のケラススが、べたべたと気色の悪い“樹”に触って計測機械らしきものをその木肌にくっつけていた。

 ケラススが集中しているのにも構わず、能天気を装って声をかける。
「……よう、元気そうだな、ケラスス・アルビノウァーヌス」
「オリュザ・メランクトーンか。相も変わらず、バカンスもとらないで仕事に精の出ることだな。奴隷か」
「ブーメランぶっ刺さってんぞー」
 軽口を叩きながらも、オリュザの視線は“樹”に釘付けになったまま動かない。
 ケラススは計測機械の調整に熱心である。部下の科学者をこき使って、てきぱきと作業をこなしているようだ。
「……なあケラスス、これ、ポケモンなの?」
「十中八九そうだ」
「俺にはウソッキーにしか見えねえな」
「悪いがお前の頭の健康状態を計測している暇はないんだ」
 本当に忙しそうにしているので、しばらくリズはそのあたりに転がっていた松の倒木に腰かけて、ケラススの作業を眺めていた。
 すぐ近くに濃い紫のタチアオイの花が美しく咲いているのにも、気付かないまま。

 ケラススがホロキャスターで誰かに何かを報告し終え、下っ端に計測機器の撤収を命じたところで、オリュザは再びケラススに声をかけた。
「当たり、か?」
「ばっちりだ」
「そうか。じゃあ、この“樹”が、ゼルネアスなんだな…………」
 優に5メートル以上の距離を空けて、オリュザは恐々としてそれを見上げる。
 静かな樹木だ。
 何の気配も感じない。
 途端に馬鹿らしくなって、オリュザの腹に憎悪が渦巻いた。
「…………焼き潰したい」
「おい、やめろ。そんなことをすれば、重大な裏切り行為だぞ」
 ケラススに神経質に咎められても、オリュザは口を止めなかった。
「憎い。こいつが憎い。何が生命を司る神だ。ふざけるな」
「おい……いいかげんにしろ」
「ふん。好きにしろよ。アンタらがこれをどう使おうが知ったことか」
 オリュザは吐き捨てて、山を下っていった。腹いせに、タチアオイの紫の花を引きちぎりながら。



 それから数時間経った後だっただろうか。
 夕暮れ時、オリュザがキナンシティの湖畔のカフェで頬杖をついてぼんやりしていると、やっと山を下りることができたらしい白衣を脱いだケラススが真っ直ぐこちらに向かって歩いてくるのが見えた。相変わらずの無表情が一歩ごとに大きくなってくる様を眺めていて、オリュザはとうとう噴き出した。
「よう、ケラスス」
「人の顔を見て笑うとはいい度胸だな、オリュザ」
 ケラススは苦笑し、テラス席のオリュザと同じテーブルの、向かい側の席に腰を下ろした。ギャルソンに冷たい薄荷水を注文してから、オリュザに向き合う。
「さっきは、どうした」
「どうって、別にどうも」
「やけにゼルネアスを敵視していたな」
「ああ、あれ? 俺、ゼルネアスって気に食わないんだよね。イベルタルもだけど」
 にやにや笑いながら、オリュザはテーブルに行儀悪くだらりと寝そべる。
「特にゼルネアスとイベルタルは憎むべき対象だが、基本的に伝説のポケモンは全般的に嫌いだ。伝説のポケモンを捕獲しちまう現代技術も嫌いだ」
「……それはまた……ラディカルだな」
「だって、モンスターボールが発明されたせいで、人間は神の力も手にすることができるようになっちまった」
 オリュザは寝そべったまま伸びをした。


「なあケラススよ。この世はいずれ、神の力を持ったカリスマに支配されるだろう」
「……それも、お得意のお前の持論か?」
「そうだ。ただ、カリスマ人間もいつかは必ず死ぬ。古代帝国の皇帝が死んだように。そうなると、だいたいは王位は世襲って話になるが、カリスマ王の子孫は往々にして無能なんだよな。貴族が権力を簒奪し、政治が腐敗し、市民が怒る。それがいわゆる近代市民革命だ」
 しかしそれで終わりではない、とオリュザは言葉を継いだ。
「ところが、市民ってのもお利口さんばっかじゃない。市民による民主性は多数決原理を採用するが、それは衆愚制に陥る危険性を孕んでいる。では、どうするか?」
「――それを打破するための、『不死の王』……か」
「へえ、俺の本、読んでくれたんだ? ありがとさん。――その通りだケラスス、『死なないカリスマ』がいれば万事解決だ」
 オリュザは地面に下ろしていた鞄の中をひっかきまわすと、一冊の書籍を取り出した。『不死の王』という題の、オリュザが在学中に執筆した本の一つだ。
 学界からは批判ばかりを浴びせられた論文の塊だが、フラダリは気に入ってくれた。
 そしてそれをきっかけに、フラダリはオリュザをフレア団に招じ入れたのだ。

 オリュザは姿勢を崩したまま、その本の表紙を指の背でコツコツと叩く。
「現代科学の発展により、人間は生命の神であるゼルネアスをも御すことができるようになった。あるいは、ポケモンの生体エネルギーを自在に操ることも可能になった」
「厳密には現代科学ではないな、3000年前には既にAZ王によってその技術が確立されていたから」
「あ、そうなの。まあとにかく、ゼルネアスを使えば……『不死の王』が生まれる」
「それが……我らのボスというわけか……」
「そうだ。――世界中の人間の大多数をイベルタルの力で吹き飛ばしたあとは、我らが代表にはゼルネアスの力により不死になっていただく。そして『不死の王』による、誤謬の無い、唯一絶対の意思により統率される、新世界がここに始まる」


 オリュザはテーブルの上にべったりと潰れたまま、そうフレア団の理想を語った。
 まったく格好がついていない。
 ケラススは軽く眉を顰めただけだった。
「……お前はやる気があるのか?」
「俺にやる気はありません。やるのはアンタらです。ばんがってください」
「……無責任だな」
「思想家の責任は煽動することだけにあるんだよ。モンテスキューの三権分立がイッシュ独立に影響したように。ルソーの国民主権がカロス革命に影響したように。分かるだろセラ、ミアレ第十一大学行ったアンタならそれくらいコレージュやリセで習ったよな? バカロレアの試験対策で勉強したよな?」
「…………ああ」
「で、同様に、俺に出来るのはフラダリ氏の情熱の赤き炎を煽り立てることだけだ。ついでに周辺のアンタらの心も動かせれば、それだけフラダリ氏が動きやすくなってめっけもんだがな」
 そうぼそぼそとオリュザは言い募った。

 ケラススは溜息をつく。
「……勿体ないな。お前にはポケモンバトルの腕もあるし、頭も回る。その気になれば、フレア団上層部までも登りつめられるだろうに」
「残念ながらケラスス、俺がムッシュー・フラダリと共に行くのは、最終兵器が火を噴く時までなのさ」
 オリュザはテーブルの上で金茶の瞳を細め、にやにやとケラススを見上げていた。
 ケラススはまたもや表情をこわばらせた。
「……まさか、お前はやっぱり裏切りを――」
「違う違う、そうじゃない。――俺は、フラダリに、最終兵器で、殺してもらう。フレア団員じゃない一般市民と同じにな」

 ケラススはどこまでもぽかんとしていた。
 初めて見る間抜け面だった。
「………………え?」
「だから、俺は、アンタと一緒に永遠の命に恵まれた新世界に行くことはできんのよ、ケラスス」
 そうオリュザは笑った。





Chapitre3-3. 熱月のキナンシティ END


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