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  [No.1574] Epilogue. 雨月のアサメタウン 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/07/15(Fri) 21:11:50   28clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



草上で食前酒 -Le Aperitif sur l’herbe

Epilogue. 雨月のアサメタウン


1月末 アサメタウン


 さき、さき、と小気味よい音を立てて白い髪が散る。
「……こんなもんかな」
「終わったか?」
「ご確認のほど、頼むわ」
 リズに背後から肩を叩かれ、セラは目の前に横たわっていた小川に自分の姿を映してみた。
 花切鋏で髪を切るのはどうなんだとセラは思ったが、リズにとっては切れれば特に問題ないらしい。セラの白髪はリズの手により、綺麗に短く切り整えられていた。
「へえ、上手いもんだな」
 川面で満足のいく仕上がりを確認すると、セラは体にくっついた髪の残骸を洗い流すべく、あらかじめ半裸になっていた体を流れに浸す。寒い、どころではない、心臓が止まりそうな冷たさだ。けれど身が引き締まるような、心が清められるような気がした。身に染み込んだ光の毒と罪が洗い流されるような。

 セラも風邪をひくつもりはないのでさっさと冬の川から上がり、リズのファイアローの起こす羽ばたきで体を乾かさせてもらう。すると暖炉にでもあたったようにあっという間に体は温まった。乾いた衣服を着こむとすっきりとした気分になる。
 流れで花切鋏を洗っていたリズを、セラは笑顔で振り返った。鋏を渡せと催促するように、掌を向けて手を伸ばす。
「次はお前の番だな」
「えっ」
「ちょん切ってやる」
「何を!?」
「鬱陶しいんだよ、その伸ばしっぱなしの髪。不潔に見える」
「ご、ごめんね。お、俺は遠慮しときます」
「私は遠慮しないが」
「だから! アンタは! もっと俺の価値観を尊重して!」
 ぎゃあぎゃあと喚いて逃げようとするリズの手から花切鋏を奪い取り、もう片手の腕力でやすやすとリズを捕らえると、押さえ込んで川岸に膝をつかせた。
「いてえ! アンタって意外と怪力だな!」
「知らなかったのか? お前の記憶を消した後、毎度私が肩に担いで病院に連れ戻してたんだぞ」
「たくましい!」
「お前は骨ばかりだ。もっと肉をつけろ、ポケモン肉も好き嫌いせずに食べてだな」
「先ほどから無視されてる俺の価値観に謝れ!」
 ぎゃいぎゃいと騒ぐリズを黙らせるべく、セラは片手に構えた花切鋏で、えいやとばかりに斬り込んだ。

 ――じゃくり。
「ひぎゃあ!」
 小気味よいというよりはむしろおぞましい音に、リズが悲鳴を上げる。
 セラは笑ってその頭を片手で押さえつけつつ、すかさず二撃目の構えに入った。
「おとなしくしろよ、脊椎を損傷しても責任は負えない」
「負えよ! どこからどう見ても明らかに傷害罪の構成要件満たすよ!」
 ――じゃくり。
「うん、おもしろいなこれ」
「……やめろ! これ既に暴行罪が成立してるから!」
 ――じゃくり。
「はははは。おや、なんかトサカみたいなのができたぞ。お前はカプ・コケコか」
「メレメレ島の! 守り神!」
 リズは死に物狂いでセラの腕から逃れた。
 セラは花切鋏を手に、けらけらと屈託なく笑っている。
「まだ襟足が残ってるのに。そんなみっともない頭でワイン祭りに行くのか、この恥知らず」
「俺はアンタが恥ずかしい」







 アサメタウンでは十数年ぶりに、ワイン祭りが開かれていた。
 その祭りの開催地は持ち回りであるため、一度回ってくると次はいつ回ってくるかわからないのだ。ブドウ栽培者の守護聖人を祭る祭典で、毎年1月下旬に開かれる、この時期では最大規模のワイン祭りだ。

 アサメの街中には、いくつもの試飲用スタンドが設けられている。
 シシコを担いだリズとニャスパーを抱えたセラもまた、それらに立ち寄っては試飲用グラスを傾け、各村や醸造者ごとにかすかに異なるワインの風味を飲み比べていた。
「あ、これ甘い」
「飲みやすいな」
 とはいっても素人の2人にワインの違いなどほとんど判らないから、とりあえず目についたものから口にしてみて、とりあえず酔っ払おうという姿勢である。
 毎年11月にハクダンシティで開かれる『栄光の三日間』と呼ばれるワイン祭はプロ向けの内容なのに対し、こちらは庶民向けだ。老若男女入り混じってワインを飲みまくり、アサメじゅうに愉快な酔っ払いが溢れかえる。ワインの難しい知識など不要、これは目の前の地酒を楽しんでみるというイベントなのだ。

 守護聖人の像の神輿のパレードが通りを練り歩き、赤い衣装の金管楽団が演奏を始める。各ワイン産地の村を表す旗が掲げられ、広場には試飲を待ちわびた人々が溢れかえってすさまじい熱気だった。
 ミアレの住民が総出で祭りを盛り上げている。
 木製のスタンドの周囲にはワイン樽が転がされ山積みにされ、広場では音楽が奏でられてワインを楽しんだ人々がダンスを踊ったり、歌を歌ったり。スタンドの醸造者とおしゃべりをして仲良くなり二杯目をおまけしてもらったり。道には花が飾られ、冬の寒さはいつの間にかどこかへ吹き飛ばされている。
「あ、お前それ買ったのか。気に入ったか?」
 どこかのスタンドでか、セラはワインボトルを買い付けていた。それを掲げてセラは微笑む。
「昼食の食前酒に」



 街外れのオークの林まで、シシコを連れたリズとニャスパーを連れたセラは歩いて行った。セラはワインボトルを手に提げ、リズは昼食用のバゲットと惣菜、チーズ、果物の入ったバスケットを抱えて。
 雪が残っていた。
 今朝がた髪を切り合った清らかな小川の傍、クレソンや薄荷の茂みのあたりに雪の無い空間がある。その草地の上に2人は腰を下ろす。
 蝋梅の花が咲いている。
 葉を落とした木の枝の向こうの空は曇っている。
 ヒノヤコマが冷たい風の中、火矢のように飛び回っている。
 遠くには、未だ葉をつけない葡萄畑が雪に埋もれて、丘陵にどこまでも広がっている。
 せせらぎの音が心地良い。
 2人は息をついた。

「……私が死んだら、ここみたいな、川のせせらぎの聞こえる草地に埋葬してほしいな」
 オークの幹に背を持たせかけ、ニャスパーの毛並みを指先で撫でつけながら、セラは微笑を浮かべて囁く。
「いいか、教会に葬式など挙げさせるなよ。私は無宗教だし、何よりあのお香のにおいが苦手でな」
「……あ、そうなの」
「墓石の代わりに、そうだな……葡萄でも植えてくれればいい」
「…………それは、アンタの栄養分を葡萄が吸うだろうな」
 煌めく川面を見つめつつ、シシコの耳の後ろを掻いていたリズも苦笑した。
 セラは楽しげに声を立てて笑った。
「そう、そこが肝なんだ。実が熟したらワインでも造ってくれ。造り方は調べろよ、お前には時間が腐るほどあるんだから。時間をかけて熟成させて、そうしたら3000年後も味わえるかもしれないだろう、私の血を。食前酒にでもすればいい」
「………………へ、変態」
「そしてお前は、それを毎年味わうことを生き甲斐にするだろう」
「…………もうやだこの変態」
「私の血肉はあの光の毒に汚染されているから、飲み続けていれば、お前も比較的早死にできるかもしれないし」
「……頭、大丈夫?」
「酔ってるだけだ。ああでも、今のは遺言だからな。――忘れるなよ」
「忘れるかよ」
 のんびりと遺言が託される。
 セラの体には今のところ何の異常も見られない。まだ、大丈夫だ。遺言の内容を実行するのはまだずっと先のことだろう。それがリズの今の心の支えだった。
 シシコに、ワインのコルクを抜かせる。
 ワイン祭での試飲をする際に買った特製グラスに、美しい紅紫色のワインを注ぐ。
「Merci」
「De rien」
 グラスの縁を軽くぶつけ合い乾杯する。


 買い付けたばかりの赤ワインと共に、バゲットに野菜のテリーヌを挟んだサンドイッチ、ジビエの煮込み、チーズにセシナの実という昼食を草の上でとる。デザートはロメの実の香りづけがされたブリオッシュだった。
「美味いな」
「美味しいな」
 セラは朝からの酔いにどこか瞳を潤ませて微笑む。
 リズは花開いていた蝋梅の枝を花切鋏で切り落として空いたボトルに挿そう――と考えて、すぐに思い直した。花は枝のままに。命を美しく儚いものとして切り取る鋏は仕舞ってしまう。実をつけるかもしれないから。

 手持ちのポケモンもみんな草の上に出して、昼食を分けてやる。
 リズのシシコ、フラージェス、ファイアロー、ガチゴラス。セラのニャスパー、ギルガルド、オンバーン、アマルルガ。
 8体はいずれも冬の空気に目を細め、のんびりと川岸の草地に寛ぐ。
 フレア団にいた頃は、ただの手足としてしか見なさなかったポケモンたちだ。けれど今は違う。人間に捕らえられたポケモンたちは、トレーナーと共に戦うことを生き甲斐とする。そういう風に現状に適応し、常に力いっぱい生きている。ポケモンを従えたきっかけが強制であれ何であれ、ポケモンたちを人間と同様に尊重しなければならないことをリズもセラも知っている。
 では肉用に飼育されるポケモンはどうなのだという話になるけれど。
 セラを見送ったら、一から思索をし直すのもいいかもしれないとリズは思う。セラの為だけに生きていくことはどうしても不可能だから――フラエッテのことだけを想い続けたAZがやがては心を失ったように。
 セラが死んだ後もリズの日常は続いていく。長く、ひどく永く。
 想像するだけでつらいけれど、それはリズが蒔いた種だし、それがどのような実を結ばないとも限らないのだし。


 リズはセラにのんびりと問いかけた。
「これからどうする?」
「好きにすればいい。一緒に行ってやる」
「余命少ないのはアンタの方だから、アンタが決めればいい」
「まだ余命少ないと決まったわけでもないさ、そう悲観するな」
「カロスをひたすら回る方がいいのか?」
「別にこだわりはない、死後この美しいカロスに埋葬してくれるなら。……もし行くなら、明るくて暖かい土地の方がいいかな」
「大地の剣の城下町アイントオークとか?」
「水の都アルトマーレでも、時空の塔のあるアラモスタウンでも」
「アルセウスを祀る神殿があるミチーナとか。あと、そこの神官の末裔の一派が暮らすアルケーの谷とか……そこは何も無いけど……俺の故郷ってぐらいで……」
「おお、それは非常に興味をそそられるな」
「砂漠の向こうのデセルシティとかも凄いらしいな」
「超カラクリ都市アゾット王国とか。私の故郷だが」
「へええ凄そうなの。あるいは海の向こうでも」
「AZは極東の島国まで旅をしたそうだ」
「西の果てのアローラ地方の島々もバカンスにうってつけだろうな」
「ああ、そう……」

 何なら、ここでずっとこうして話をしているだけでもいい。
 ワインを飲みながら、草の上で。





Epilogue. 雨月のアサメタウン END


草上で食前酒 -Le Aperitif sur l’herbe

 END


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