マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1592] 四話「どこで愛情を注ぐのか」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2016/12/31(Sat) 16:55:05   30clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「旦那様、そろそろお嬢様のお迎えに参ります」
「ああ、任せたぞストロム。戻り次第、お前は件の準備を進めてくれ」
 朝。陽光差し込む書斎に、2人の男がいる。1人は椅子に座っており、羽織姿に精悍な顔つきが似合う初老の男。もう1人はワイシャツにネクタイ、そしてベストの出で立ちで、直立して話をしている。その態度や言葉遣いから、座る男が上の立場であることが伺える。
「承知いたしました。しかし、珍しいですな。旦那様がお嬢様のことについて、他の者にお任せになるとは。しかも外泊の許可など……」
 座る男、「旦那様」に「ストロム」と呼ばれた男は、尋ねるように言葉を発した。部屋の中では木々のなびく音やポッポの鳴き声くらいしか聞こえない。その分、「旦那様」の言葉は単なる重さ以上の響きがある。
「……どのように声をかけるべきか、こちらも考える必要があるからな。お前も子を育てた経験があるから分かるだろう。電話も全てやってもらったしな。それに……」
「なんでございましょう?」
「ルナも来年には高校を卒業する。私が今の境地に辿り着いたのも、そのくらいの歳だった。ならば彼女とて、自ら考え、選択をすると言う当たり前のことができねばならん。そのために1人で考える時間も、また必要だと考えている」
「ほほう……さすがは旦那様、あの短時間でそこまでお考えでしたか。この爺であれば、せいぜいどちらかにしか至らなかったでしょうな。しかし、ルナお嬢様はそこまで辿り着けるでしょうか?」
 ここまでストロムが話したところで、「旦那様」はデスクのコーヒーを口に含む。
「ふん、その時はその時。だが、私の目利きは間違いない、心配するな。では頼むぞストロム、道中遅くなるなら連絡してくれ」
「かしこまりました、仰せのままに」

「さて、そろそろ時間だな」
 所変わって、アサギシティは船着き場。潮風と白煙の匂いが広がる港の入口に、ケイとレアードとルナはいた。ケイの手元にあるポケギアは、午前9時58分を示している。3人共落ち着いているように見えるが、ルナだけは周囲を見回し目線がせわしなく動く。
「おや? ルナ嬢、やけにそわそわしてるじゃないか。さては俺っちとの別れが名残惜しくなった?」
「ち、違います。そうではなくて、その……」
 ルナ、中々言い出せない。もじもじすると、浜風にあおられ、彼女の腰まではある銀髪がさらさらとなびく。
「お嬢様!」
 ルナの言葉を待たず、別の何者かが3人の方向へ叫んだ。ルナはその声に即座に反応する。
「ストロム! 早かったではありませんか、多少の遅れは気にしないといつも言っていますのに」
「何をおっしゃいますか! 私めがどれほど心配したことか、もっとお考えくださいませ。旦那様も会いたがっておられます、さあどうぞこちらへ……」
「あ、あのう。どちら様ですか?」
 ここでケイ、2人の話に割って入った。ルナを「お嬢様」と呼ぶその男は、ワイシャツの上に赤い蝶ネクタイと黒のベストで決め、これまた黒のスラックスを穿いている。年季の入った革靴も、年齢を感じさせない毛髪も、黒。特に髪型はオールバックでセットしてあり、彫刻のように彫りの深い顔とあいまって中々の威圧感を醸していた。だが、それが世話好きの好々爺になるのだから人は見かけによらない。
「おや、これは失礼いたしました。お嬢様のこととなると、ついつい周りへの気配りを怠ってしまいますな。貴殿らが、連絡を下さったレアード様御一行ですね? 私めはストロム、お嬢様のお世話を中心に、屋敷での執務を取り仕切っております。以後、お見知りおきを」
「お、お嬢様? お屋敷? ルナ、君は一体……」
 ケイ、割り込んだは良いものの話についていけず面食らった。これもまた、若さゆえの飲み込みの悪さが災いしたか。そこにレアードがフォローに入る。
「ケイ、どうやらルナちゃんは、良いとこのお家の令嬢……らしい。俺っちも鵜呑みにはできないが、それで合ってるか、ストロムの旦那?」
「ほっほ、旦那は良かったですな。いかにも、ルナ様はあのエルドレッド様の、たった1人のご子息。将来のジョウトにとって欠けてはならぬお方なのです」
 ストロム、語る言葉に熱を帯びさせてきた。確かに、ルナのこととなると一味違うようだ。
「それ故、一刻も早くお迎えに参上する必要があったのですが、まあ、こちらにも色々事情がありましてな。こうして、一晩おいてから到着した次第であります」
「大人の事情、と言ったところですか。ジャーナリストとしては気になるところですが、聞きますまい。では名残惜しいですが、ここでお別れ……」
 レアードの言葉が、別れの時を告げようとしていた。しかし、今しばし待ったの声がかかる。ルナ本人だ。
「あ、あの! ストロム、少しよろしいですか」
「なんでございましょう」
「その、もう少し帰るのは待ってもらえませんか?」
「ルナ……?」
 思わぬ提案に、一同虚を突かれた。彼女はケイとレアードの方を向き、ストロムに言って聞かせた。
「彼らは私を助けてくださったのですよ。何かお礼をしたいわ。それも、上に立つ者の務めではなくて?」
「……はっ! 確かにそうですな。このストロム、気が回りませんでした。不甲斐ない限りでございます」
 ルナの提案にストロム、頭を掻いてケイ達に頭を下げた。
「レアード様、ケイ様。この度はまことにありがとうございました。このような形で申し上げることとはなりますが、是非ともお礼をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。これでも私めは、執務の合間を縫って食べ歩きの旅をしていましてな、きっとご満足いただけるやと思います」
「……だってさ。どうするレアード?」
「まあ、良いんじゃないかい。もらえる物はもらっておこうよ」

「うわ、このたこ焼きほんと美味いな! ほら、ルナももっと食べなよ」
 主人に言われて出された礼に、ケイとレアードは少し覚めた様子だったが、一時間もしないうちにそれを吹き飛ばされた。それだけ、ストロムの紹介する食の数々に唸らされたわけである。
 彼らは現在、船着き場に近い待合所の食堂街にいる。各所から船が出入りする都合、異国情緒漂う香りがそこかしこからやって来る。形式も、座席が用意されている店や急ぎの旅人向けのテイクアウト等、それこそ多種多様だ。その中で現在食べているのは、たこ焼き。黄金色の、だし香る生地の中に迷い込んだ、たこの足。みずみずしいネギもふんだんに混ぜられており、しかも焼き加減は絶妙。陳腐な表現であるが、外はパリパリで中はトロトロ。三種類の食材と二種類の食感で、1舟で何度も美味しい。しかもあつあつだから、すぐに食べることはできず、その間に会話も弾む優れものである。
「ふふふ、私めのチョイスはいかがですかな? お嬢様に、限られた予算で最高のお食事を供するため、全国を回りながら食材探しに奔走する傍ら、調理法の勉強も兼ねて食べ続けてきたのですよ。もう十年以上は続いているでしょうか。これらはお嬢様の好き嫌いを克服するのにも大変役立ちました」
「へぇ、ルナちゃんもそう言うところあったんだ。出る品みんな平らげちゃうのに」
「ええ、それもこれもストロムのおかげです。いつも私達のために色々手を尽くしてくれるんです」
 ルナの「お褒めの言葉」に、ストロムは思わず感涙。
「お、お嬢様にそのように言っていただけるとは……!」
「ただ、中々外出をさせてもらえないのはなんとかしてもらいたいですわ。おかげで、学校でも友人があまりできないのですよ」
「え、そんなことしてるの? 今時そんな話聞いたことありませんよ、ストロムさん」
 ケイが驚くのも無理はない。彼はある種、ルナと真逆の生活をしているのだ。ストロムはたこ焼きを一個口に入れ、飲み込んでからこう切り出した。
「……旦那様、お嬢様の父君のお達しなのです。『将来のジョウトを、そして世界を担う存在は、その交友にも気をつけるのは当然だ』と。私めには子がおらぬ故、どのような育て方が良いのか検討はつきませぬ。しかし、その中で最も良いと思われる形で、お嬢様に接することはできます。こうして日々の食事に神経を尽くすのも、そうした心の表れだと、思っていただきたいのです」
「ストロム……」
 ストロムの言葉には、確かに愛情が詰まっていた。例え実子でなくても、力の限り育てれば、応えてくれる。ルナを見ながら、ケイ達独り者はそのような事を考えるのであった。
「あ、あっつ!」
 ただし、だからと言って焼きたてのたこ焼きを丸ごと口に入れてはいけない。


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