俺ことビドーは、ヨアケ・アサヒに、ヤミナベ・ユウヅキを捜す為にタッグを組もうと提案した。率直に言うと、相棒になってほしいと頼んだ。 ヤミナベという男は数年前にこのヒンメル地方を襲った大規模な神隠し、通称“闇隠し事件”の容疑者だ。そして、ヨアケの幼馴染でもある。 “闇隠し”で行方不明になった手持ちのラルトスの消息を掴むためにも、俺は事件に深く関わっていると思われるヤミナベに接触をしたかった。 そしてヤミナベと再会したいと願う彼女に手を貸したいとも思い、手を組もうと誘った。 俺としては利害が一致しているように見えたが、そう簡単に話は進まなかった。 ヨアケは俺の誘いにこう返事をした。俺の目を見てこう言った。
「ビー君たちの実力を見せてほしい。相棒になるかどうかは、それから考えさせて」
それは、ポケモントレーナー同士の間で行われる合図、ポケモンバトルの申し込みだった。 その申し出を俺は迷わず受ける。するとヨアケは、さっきまでの暗い面持ちを吹き飛ばす勢いで、どこか楽しそうにポケモンバトルの準備を進め始める。その様子に、面喰う俺だったが、その状態に陥ってしまったのはどうやら俺だけではなかった。 その場にいたヨアケの旧友、アキラ君は俺とヨアケのバトルに納得いかない様子であった。 そんな彼に気づいているのかいないのか、ヨアケは俺に聞いてくる。
「そういやビー君は、手持ちのポケモン何体持っているの?」 「5体だ」 「私は6体だよ。じゃあシングルバトルの3対3でいい?」 「それで構わない」 「あとは場所か……アキラ君、バトルフィールドってこの研究所にある? できるのなら借りたいんだけど……」
話を振られたアキラ君は、咳払いを一つしてヨアケに質問をした。
「一応訓練用のフィールドがある。貸し出しも出来るはず。だけどアサヒ……本当に彼とバトルをするのか?」 「うん」
迷いなく答えるヨアケ。アキラ君は一瞬黙った後、言葉を選びなおして再びぶつける。
「……言い方を変える。アサヒ、君はユウヅキを追いかけるのにビドーを巻き込むのか」
俺は決して巻き込まれに行くわけではないのだが、と発言しようにも口を挟めない雰囲気だった。アキラ君の問いかけにヨアケは少し考えるそぶりを見せた後、こう言った。
「まだそうと決めたわけじゃないよ。でも、そうなるかもしれない」 「どうしても、ユウヅキを諦める気はないのか」 「うん、まだ諦めたくない」 「……その結果、君が国際警察に捕まることになっても?」
ヨアケ・アサヒが国際警察に捕まる可能性。 今はまだ何とも言えないがヤミナベの幼馴染のヨアケが“闇隠し事件”の重要参考人として連行される可能性がないわけではないという現実を、アキラ君は恐れて反対しているのかもしれない。 ましてヨアケは事件前後の記憶がない。つい先ほどその事実を知ったならば、不安になってもおかしくはない。 更にアキラ君の上司であるレインはヨアケを国際警察に引き渡すのも手だと考えているとなれば、これ以上ヨアケが下手に動いて、彼女の不利になる状況になるのを望んでいないのだろう。 要するに、アキラ君はヨアケのことが心配なのだろう。 だが、レインがヨアケに問うた通り、これはヨアケがこれからどうしたいかが重要だ。 ユウヅキを追いかけるにしろ、諦めるにしろ彼女がどう動くかによって、恐らく現状は変化するのだろう。もっとも、当の本人は腹をくくっているようだが。 彼女は覚悟の言葉を告げる。
「いいよ。もし私が憶えてない罪があるのなら、償うつもり。できれば……ううん、絶対ユウヅキと一緒に」 「……そっか。じゃあ、答えは出ているようだね」 「答えって?」
アキラ君は寂しそうな笑みを作る。それからからかい交じりに答えとは何かを言う。
「レイン所長の質問の答え。君がユウヅキと再会した後どうしたいのか」 「あ」 「もしかして、忘れていたの?」 「あ、あー、うん。そうだった、ちゃんとレインさんに言わなきゃ……!」 「慌てない。もう少し考える時間はあるさ。それこそ彼とのポケモンバトルの後でも」
穏やかにヨアケをなだめるアキラ君。これは俺の勘だが、アキラ君はヨアケには優しいのではないだろうか。ヨアケとアキラ君、そして一応ヤミナベは古くからの友人らしい。だからこそ気を許しあっているのかもしれない。その距離感が少しだけ羨ましくも思えた。 兎にも角にもようやく話が俺の方に戻ってきた。俺は話をそらした彼に文句を言う。
「俺の事をついでみたいに言うなよ、アキラ君」 「ついで以外の何ものでもないだろう。そしてなんで、僕は君にアキラ君と呼ばれなければいけないのかい?」 「ばっさり言うな。知り合いにアキラさんって女性がいて、彼女が今この研究所にいるからだ」 「ややこしいな」 「ややこしいだろ。だから君付けで我慢してくれアキラ君?」 「君にそう呼ばれると少しむかつくんだけど」 「おっ? ビー君もアキラ君も打ち解けて来たみたいだねぇ」
言い合いを茶化すヨアケに、俺たちはため息と共に首を横に振った。
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休憩から戻ってきたレイン所長に、俺はポケモンバトルをしたいから研究所のバトルフィールドを借りたいと頼んだ。するとレインは「ぜひ使ってください。私もお二人の勝負には興味あります」と、快く貸してくれる。彼らに案内され俺とヨアケは訓練用のバトルフィールドへ移動した。 フィールドは屋内にあった。それまでの研究所に使われている無機質な壁や床から浮くようにフィールドの部分は土作りにされていた。一階部分に客席などはなく、その代わりに二階部分に観戦できるモニタールームが配備されている。レインはモニタールームへ、アキラ君は審判を引き受けてフィールドのラインの傍にある審判台へと立つ。俺とヨアケはまずフィールドの中央へ向かう。
「まずは、両者の手持ちポケモンの見せ合いを」
アキラ君の指示で、俺とヨアケはまずそれぞれの手持ちを出していく。 俺の側の手持ちはカイリキー、エネコロロ、アーマルド、オンバーン、そしてリオル。 彼女の側の手持ちはデリバード、パラセクト、グレイシア、ドーブル、ラプラス、それからギャラドスだった。 ヨアケのポケモン達を見て俺は一言突っ込みを入れる。
「草タイプの使い手の師匠がいるのに、その弱点ばかり狙うチームだなおい」 「ふふ、ソテツ師匠は確かに草タイプをよく使うけど、私が教わったのはなにも草タイプの使い方ばかりじゃないよっ」
ヨアケは意味ありげににやりと笑う。俺はソテツのバトルスタイルをまだちゃんと見てはいないので、彼女がどういった戦い方をするのかは読めなかった。 一旦手持ちをボールに戻し、それから二人はフィールドの端に立つ。
「ルールは3対3のシングルバトル。交代はありで手持ちが全員戦闘不能になった方の負けとする! それでは両者、一体目のポケモンを!」
アキラ君の指示に従い、互いにボールを手に取り、勢いよく振り放つ。
「頼む、エネコロロ!」 「お願い、リバくん!」
それぞれのポケモンがボールの中から姿を現す。 俺が一番手に選んだのは“おすましポケモン”ことエネコロロ。紫色の耳をピンと立たせ、クリーム色の細い四肢で地に立ち、澄ました顔をしている。 ヨアケ側の初手はリバというニックネームの“はこびやポケモン”デリバード。白い袋を担いだ赤い鳥ポケモンだ。運び屋というシンパシーは置いておく。俺が彼女と初めて出会った時に連れていたポケモンである。 辺りに緊迫した空気が漂う。彼女はそれを察したのか真剣な眼差しのまま口元に笑みを作る。それにつられて俺もにやりと口元を歪めてしまった。
「色々言ったけれど、私はビー君とのバトルを楽しみたいと思っているよ」 「楽しむのもいいけど、油断すんなよ」 「わかっているよ」
彼女なりのアイスブレイクなのだろうけど、少々なめられているようにも感じた。 その余裕の態度、改めさせてやる。そう思うと、何故だか俺は気持ちが昂っていた。 彼の合図で試合が始まる。俺とヨアケの戦いが、始まる。
「――――それでは、始め!」
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「先手はもらうよ! リバくん『こおりのつぶて』!」
開始早々、ヨアケのデリバードの周囲に冷気が集まり始める。氷の礫による先制攻撃を狙うデリバード。もちろん俺もエネコロロもその攻撃を黙ってくらうつもりはない。
「させるか! エネコロロ『ねこだまし』!」
弾けるバネのようにしなやかに直進し、デリバードの動作よりも素早いスピードで間合いをつめるエネコロロ。乾いた音がエネコロロの手から鳴り、デリバードを怯ませ『こおりのつぶて』を中断させる。
「その冷気、使わせてもらうぜ! 『こごえるかぜ』!」
デリバードの生み出していた冷気を、エネコロロは凍てつく風撃として利用する。『こごえるかぜ』によりデリバードの動きが少しだけ鈍る。
「エネコロロ、追撃で『ひみつのちから』だ!」 「飛んで!」
エネコロロは地形を利用する『ひみつのちから』でフィールドの土を変形させる。地面から麻痺効果のもつ土の槍がデリバードに向け突き上げるが、デリバードのいる空中まではぎりぎり届かなった。
「リバくん、ジグザグに『れいとうビーム』!」 「『ひみつのちから』で防げ!」
上空からデリバードの『れいとうビーム』がジグザクにフィールドを横切りながらエネコロロへ迫る。 エネコロロは『ひみつのちから』で土の壁を作り防ぐものの、フィールドはほぼ氷漬けに。 このままでは壁の外に出た瞬間氷の床に足を取られてしまう。しかし、『ひみつのちから』で防ぐにも限度がある。 今のエネコロロの打てる手で、飛行しているデリバードをどうするか。考えた末にある技を試させてみる。
「『うたう』で眠らせるぞ、エネコロロ」
デリバードの特性が『やるき』か『ふみん』の場合、デリバードは眠らないのは知っていた。だが特性が『はりきり』だったのなら、エネコロロの『うたう』の歌で眠らせることが出来る。効くかどうか微妙だが、やるしかない……! エネコロロの歌が、上空のデリバードの耳に届く。 デリバードが眠気でふらつくのが、見えた!
「よしっ!」 「当たりだよビー君。だけど、通させない! リバくん速達で『プレゼント』!」
デリバードは眠りに落ちる前に、担いでいた白い袋から光り輝くプレゼンドボックスを大量にばらまく。 直後、轟音が周囲に鳴り響いた。その爆裂音は宙に放り出されたプレゼントボックスが一斉に起爆した音だった。あんにゃろう『プレゼント』の箱をすぐに爆発させるように速達なんて指示を……! エネコロロの『うたう』も、デリバードの眠気も爆音で一気に吹き飛ばされてしまう。 もうもうとした煙が晴れ始めたころ、ヨアケとデリバードが畳みかけてきた。
「続けて『プレゼント』」
『プレゼント』による爆撃で、エネコロロが壁の後ろから引きずり出される。エネコロロはなんとか氷上で立つことはできても、それで精一杯だった。
「いくよリバくん『そらをとぶ』!」
デリバードが少しだけ上昇し、一気にこちらに向けて急降下し突撃してくる。 このままではエネコロロはデリバードの攻撃をまともにくらってしまう。ヨアケはエネコロロの特性を、接触した相手を魅了する『メロメロボディ』である可能性を考慮していない。ということは、恐らくこの一撃で決めにかかっているのだろう。 命中が下がる代わりに物理の威力を上げるデリバードの特性『はりきり』がこの動きにくい 氷のフィールドと相乗効果を生み出していやがる。 だが、フィールドを利用するのならば、エネコロロの十八番でもある……!
「『ひみつのちから』で真上へジャンプ!」 「えっ」
『ひみつのちから』でエネコロロの真下の土と岩が、氷を突き破ってエネコロロの足場になる。そのままエネコロロは真上に飛び跳ねデリバードの攻撃を回避する。飛び出した岩の上に着地し、今度はエネコロロがデリバードの上をとる。着氷したデリバードは、最初に当てた『こごえるかぜ』が堪えているのか、やや動きが鈍い。 その隙を逃すまいとエネコロロに指示を出す。
「エネコロロ、フルパワーで『ひみつのちから』!」 「阻止してリバくんっ! 『こおりのつぶて』!」
技の撃ち合いはデリバードの方が早かった。放たれた『こおりのつぶて』がエネコロロにダメージを与える――――だが、エネコロロはその場に踏みとどまる。
「今だ!!」
溜めの時間を終えたエネコロロが、か細い体の腹の底から力強く荒げた鳴き声を上げる。その声に地面が呼応し無数の大地の槍がフィールドの氷を砕く。その強烈な攻撃がデリバードに命中する。 フィールドの端まで吹き飛んだデリバードは、仰向けに地面に打ち付けられ、目を回していた。
「デリバード、戦闘不能!」
アキラ君のジャッジにより、ヨアケのデリバードが戦闘継続不可能とみなされる。まずは一勝することができた。 ヨアケがデリバードをボールに戻し、小さい声で「ありがとう、リバくん」と労いの言葉をかける。それから俺の方にも話しかけてくる。
「まさか、氷の足場を突き破ってくるとは思わなかったよ、ビー君」 「まあ、コイツなら、エネコロロならできると思ってな」 「そっか……次は、勝たせてもらうよ」
彼女は冷静に宣言をした後、次のポケモンを出した。
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モニタールームにて観戦をしていたレインのもとに、髪の毛に寝ぐせを立てた来客が、フライゴンを連れて来ていた。
「あー、レインだー」 「おや、アキラさんではありませんか、調べものは済みましたか?」 「おかげさまでー。んー、アサヒとビドー、バトルしてるの?」 「ええ、なんでもビドーさんがアサヒさんの相棒になれるか見定める為に戦うとか言っていましたね」 「ビドー思いきったなー。形式は?」 「3対3のシングルバトルですね。先程初戦がビドーさんの勝利で終わったところです」 「おおー」
アキラさんと彼女の手持ちのフライゴンがフィールドをのぞき込む。すると、彼女たちはほぼ同時に目を細めた。
「ああー、これはー……」 「アキラさんも感じ取りましたか」 「まー、んんー、これはー……」 「まあ、ですよね」
レインは目下の彼らを見据えて、もどかしさを抑えきれずにいた。
「ビドーさん、早く気づいてあげてください……」
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ヨアケの二体目は、大きな赤いキノコを背負った虫ポケモン、パラセクト。 セツというニックネームのパラセクトは、先日『キノコのほうし』による薬を調合するといった離れ業を見せたポケモンだった。 パラセクトの『キノコのほうし』は厄介だ。なるべく近づかれたくねーな……。
「セツちゃん、頼んだよーっ!」 「このままいくぞ、エネコロロ」
エネコロロに連戦させることを決め、次の戦いが始まる。 さっきのエネコロロの『ひみつのちから』によりフィールドはところどころに岩の槍が突き出ている。障害物で動きにくさはあるが、それはパラセクトも同じはずだ。
「エネコロロ、近づかれる前に仕掛けるぞ! 『こごえるかぜ』!」 「『あなをほる』で隠れるよセツちゃん!」
地面に潜り、凍てつく風をかわすパラセクト。まずい、このフィールドだとエネコロロは地中からの攻撃を避けにくい。
「ジャンプで岩の上に飛び乗れ!」
正面にあった岩の上に登るエネコロロ。俺はエネコロロに相手の出方を待つように指示する。しかし、なかなかパラセクトは姿を見せない。その代わりにヨアケが何かを小さく呟いている。
「……方向はそのまま……まだ……まだ……まだ……」
いくらなんでも遅すぎる。警戒するようにエネコロロに言おうとしたその時。 エネコロロが硬直して岩上から動けなくなる。その隙を彼女らは見逃さない。
「今! 『タネばくだん』!!」
『あなをほる』で潜ったはずの穴から姿を現したパラセクト。パラセクトは地中から近づいて行う奇襲をせずに、最初の場所で潜伏していたのか?! 驚いている暇はない、エネコロロに向かって『タネばくだん』は勢いよく発射されている。俺は祈るようにエネコロロに指示を出す。
「かわせっ」 「無理だよ」
彼女の宣告通り、エネコロロは攻撃をまともにくらってしまい、そのまま岩の上から落下してしまう。 地面に叩きつけられたエネコロロは、戦闘不能のジャッジを下された。
「エネコロロ戦闘不能!」
*************************
俺の中で疑問が渦巻く。今の攻撃、消耗していたとはいえ、エネコロロなら避けられたはずだ。パラセクトに何かされたのか? それなら何をされたんだ? 考え込む俺に、ヨアケが指摘する。
「ビー君、今の勝負は自分のポケモンのコンディションをチェックできてないのが、敗因だね」
そう言われ、倒されたエネコロロ見て、ようやく俺は気付いた。それから一気に情けなさが渦巻く。 エネコロロは、エネコロロは――――麻痺していたのだ。 いつから体が痺れていたか、なんて、言うまでもない。パラセクトと戦う前から、あそこしかない。
「自分の足場に『ひみつのちから』を使った時か……!」 「『ひみつのちから』の技の効果、使われたフィールドごとに状態異常などを付与するのが、エネコロロ自身にきちゃったんだね。あの時は氷のフィールドっぽい感じもしたけど、基本が土のフィールドだった。だから体が麻痺して痺れていたのかも」 「お前らが潜伏して待っていたのは、エネコロロが痺れて動けなくなる瞬間だったのか」 「そう」
エネコロロをボールに戻した。ボールの中でエネコロロが意識を取り戻す。弱弱しくこちらを見上げてくるエネコロロに「ごめんな。ありがとう」と言うと、エネコロロは一瞬目を見開いた。それから笑いまじりに怒っていた。本当にすまん。 エネコロロのボールをしまうと、ヨアケが顎に右手を当てていた。
「ビー君のバトルは、相手を観察している割合が多いのかもね」
ずばっと言われ少々落ち込む。でも事実でもあるので、言い返せない。 次のポケモンをどうするべきか悩んでいたら、声をかけられる。
「ビドー、次のポケモンを」
アキラ君に催促され、気持ちを切り替えるためにも、次のポケモンを出す。
*************************
俺の次のポケモンは、鍛え上げられた筋肉と、四本の腕が特徴のポケモン、カイリキー。
「頼むぞカイリキー」 「続けてお願いね、セツちゃん」
カイリキー対パラセクト。お互い二体目のポケモン。数の上では引き分けているからこそ、ここは勝利しておきたいところだ。
「いくよセツちゃん『あなをほる』!」 「カイリキー! 『がんせきふうじ』で穴を塞げ!」
入り口に使った穴を岩石で塞ぐ。もう、先程のフェイントは使わせねー……!
「カイリキー今のうちだ! 『ビルドアップ』!」
カイリキーがポーズを決め、その筋肉を震わせていく。これでまず攻撃力と防御力を上げる。
「距離を取ってセツちゃん! 連続で『タネばくだん』!」 「『パレットパンチ』で柱岩を撃ち出し応戦だ!」
岩石の向こう、フィールド端に姿を現したパラセクトは、タネばくだんを続けざまにばらまいてくる。それに対してカイリキーにフィールドの柱をバレットパンチで砕き、パラセクトへ飛ばすことで弾幕と遠距離攻撃を狙う。反時計回りに回りながら、ほぼほぼ柱を壊し終え、パラセクトが疲れ始めたあたりで、俺はカイリキーに仕掛けさせる。
「一発食らわせてやれ! 岩石に向かって『バレットパンチ』!!」
それまでカイリキーとパラセクトの間にあった『がんせきふうじ』の岩を、岩石の弾丸としてパラセクトにぶつけようとする。これは『タネばくだん』では防げないはずだ、どうする?
「セツちゃん踏ん張って! 『いとをはく』で岩を掴んで、右にステップ!」 「そうくるのかよっ……!」
ヨアケの対応は早かった。パラセクトは『いとをはく』の糸で弾丸をキャッチし、それから大きく右に避けることでその隣を岩石が通過。パラセクトは踏ん張りをきかせて岩石を繋ぎとめ、遠心力を用いて岩石のハンマーをカイリキーに叩きつけてきた!
「当ったれえええ!」 「くそっ、防げ!」
咄嗟にカイリキーにガードさせるものの、ダメージはそれなりにある。 ヨアケは畳みかけるようにパラセクトに追い打ちを指示した。
「もうちょっとだけ頑張ってセツちゃん! 『タネばくだん』!」
放物線を描く『タネばくだん』が手負いのカイリキーに迫る。お互い満身創痍になってきたが、まだ対処できると信じるぜ……!
「カイリキー! 後ろへ飛んで『バレットパンチ』!」
指示通りカイリキーがバックステップを取ってくれる。目の前に落ちてきた『タネばくだん』に拳の弾丸を放ち、パラセクトに爆弾を跳ね返してダメージを与える。
「セツちゃん!」 「よくやったカイリキー!」 「やるね……『タネばくだん』の対処をされて、いつまでも距離を取っているわけにはいかない、か。いいよ、近接戦勝負! セツちゃん『あなをほる』!」
パラセクトが三度地中に潜る。ヨアケの言葉はハッタリかもしれない。 だがあえて乗らせてもらうぞ、その勝負!
「カイリキー、いつでも攻撃できるように準備だ」
暫しの時が立った後。とうとうパラセクトがカイリキーの真下から現れた。 爪の一撃をカイリキーに食らわせるパラセクト。だが、カイリキーは堪え切った。 今が反撃の好機だ。いけ、カイリキー、
「『インファイト』!!」
カイリキーの四本の腕を使った怒涛のラッシュがパラセクトを襲う。 パラセクトは背負ったキノコから胞子を放ちつつ、倒れる。 間近で胞子を吸ったカイリキーは、毒を浴びていた。それは、ただでは終わらせないというパラセクトの執念だったのかもしれない。
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「パラセクト、戦闘不能!」
そう僕はジャッジを下す。すると、視界の上端に何か動くものが見えた。それは、モニタールームの方向、ガラスに張り付いて食いつくようにバトルに見入っている女性とフライゴンだった。見慣れない女性だが、あれが僕と同じ名前のアキラさんだろうか。レイン所長もそのふたりから少し離れた位置でアサヒ達を観察していた。 現状の二人の残りの手持ちは、ビドーが二体、アサヒが一体。数の上ではアサヒが不利だけど、パラセクトのセツの胞子が僅かながらでもカイリキーのダメージにはなるはずだ。 そう、まだ勝負はこれから。
戦闘不能になったパラセクトをボールにしまったアサヒは、ふと天井を見上げた。 その様子にビドーは不思議に思ったのだろう。彼は彼女に「どうしたんだ」と声をかける。 ビドーの呼びかけにアサヒは反応し、その顔を彼へと向ける。それから彼女は、
「ふふ」
笑みを、こぼした。 アサヒは笑っていた。 目じりを下げた愛想笑いではなく、 意外と負けず嫌いなところがある、子供の頃の面影を残した笑顔。 それは久しく僕が見ていなかった表情だった。
「ヨ、ヨアケ?」 「ふふふゴメン、なんだか楽しくなってきちゃって。ビー君結構やるね!」 「お、おう」
ビドーのうろたえる声に、吹き出すアサヒ。彼女はひとしきり笑った後、目元を拭い最後のボールを構えた。 その腕を突き出した構えは、野球でホームランを宣言するバッターのようにも見えた。
「いくよビー君。最後まで気を抜かないでね?」
そして彼女は笑顔のまま、思い切りボールを振りかぶる。 ……僕は審判としてここに立っているわけだけど。今の彼女とだったら、また昔のようにポケモンバトルをしたいと思った。 だけど、今の僕のままでは彼女をあんな風に笑わせることはできないかもしれない。 それも相まって、今彼女の相手をしているアイツが少しうらやましくもあった。 そんなことを思いつつ、僕はバトルの行く末を見守ることに意識を戻した。
*************************
ヨアケの最後の手持ち……ボールの中の光と共に唸り声を上げて現れたのは、とても凶悪な面をしたポケモン、ギャラドスだった。 ギャラドスの痺れるほどの威嚇の咆哮が、俺とカイリキーを怯ませる。 カイリキーの握る拳に力が入らなくなるのを俺は見た。ギャラドスの特性『いかく』による攻撃力の低下と、蓄積したダメージによるものだろう。
「踏ん張れ、カイリキー……!」
そうビビりながらも絞り出したかすれ声で励ます。カイリキーはこちらを見ず、その代わり左上腕の拳の親指を立てた。
「! 任せたぜカイリキー!」 「ドッスー全力でいくよ!!」
ヨアケが大きく息を吐く。 それから彼女は紋様の入った宝玉が装飾された、胸元のボタンを握りしめた。
「私の声に応えなさい、キーストーン!!」
彼女の呼びかけに反応し宝玉、キーストーンが光る。 それに呼応するように、ギャラドスの首輪についた宝玉、メガストーンが輝く。 ギャラドスとヨアケの間に光の帯が無数に揺らめきながら繋がっていく。 激流でつくられた繭がギャラドスを隠した。
「今! 結ばれし絆が、進化の門を登る――――飛翔しろ! メガシンカ!!」
高らかに言い切った口上に合わせ、飛沫を上げて繭が破裂する。 その中から現れたのは一回り太くなった胴体と刺々しいヒレ、そして更に凶悪になった面構えを持つポケモン――――劇的な進化、メガシンカを終えたギャラドス、否メガギャラドスだった。
カイリキーが冷や汗を垂らしているのが見なくても感じ取れた。 先程までとは別人のような気迫を纏った彼女達は、呼吸を整える暇さえ与えてくれはしない。
「ドッスー! まずは邪魔な障害物を『じしん』で蹴散らして!!」 「来るぞカイリキー! 今は堪えてくれ!」
荒れ狂う地鳴りを上げて、研究所全体の地面をメガギャラドスの放つ衝撃が揺さぶる。 地面が裂け、柱岩も岩石もひび割れたフィールドに呑み込まれていく。 間一髪裂けた大地に落ちこそはしなかったが、衝撃波によるカイリキーのダメージは相当なものだった。 毒とさっきの戦闘ダメージも相まって、体力的にもってあと一発という所か。攻撃力は下げられているが、今のメガギャラドスは水と悪タイプになってカイリキーの格闘タイプの技は効果抜群だ。一矢、報いさせてやる!
「一発だけでも喰らわす、カイリキー!! 『バレットパンチ』!!」 「当てさせない……ドッスー『こおりのキバ』で拳に噛みついて!!」
カイリキーの弾丸のような拳を、すんでのところでメガギャラドスに噛みつかれ受け止められてしまう。それだけではとどまらずカイリキーの腕からどんどん凍り付いていく!
「くそっ!『インファイト』だ……!」
残りの三本の腕を動かそうとするも、カイリキーは動かせなかった。体力の、限界だった。 そしてカイリキーは地に足を付き、そのまま倒れこんだ。
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「カイリキー戦闘不能!」 「カイリキー……!」
宣告されるまでもなく、戦闘不能になっているのは明らかだった。俺は思わずカイリキーのもとに駆け寄った。裂けた地面に足を取られつつも辿り着くと、カイリキーは意識を取り戻していた。それから情けなさそうな表情を浮かべるカイリキーを見て、俺はカイリキーを否定した。
「カイリキー、そんな顔するな。お前はよく戦ってくれた。ありがとう……!」
カイリキーは一本の手で、項垂れる俺の頭を軽く叩いた。全く、これじゃあどっちが励ましているのかわかんねーよ。 ボールの中にカイリキーを入れ、フィールドの端へと戻る。 正真正銘正念場、お互いの残りは一体ずつ。次の勝負で決着はつく。 俺は既に最後のポケモンを決めていた。コイツだけは、初めから出すことを決めていたポケモンでもあった。 投げたボールが開閉し、そのポケモンが姿を現す。 俺はありったけの気合を込めてそいつの名を叫ぶ。
「待たせたなリオル!!」
俺の最後の手持ち、リオルは小さい体から気迫に満ちた声を上げる。 その声のおかげで緊張が適度なものへと変わっていく。 気持ちの昂りを感じながら、俺とリオルはヨアケとメガギャラドスとの最終戦に挑む。
「行くぜヨアケ!」 「来なさい、ビー君!」
そう言い合った両者の口元は獰猛に歪んでいた。 そんな穏やかじゃない笑みに包まれながら、最後の戦いの火ぶたは切って落とされた。
*************************
「先手必勝だリオル、そのでかい図体に『きあいだま』を当ててやれ!」
リオルは両手をかざし、その手の間に『きあいだま』のエネルギーを溜める。 するとメガギャラドスは体を屈め、構えをとった。
「大きいからって動きが遅いと思うのは早計だよ! ドッスー全速前進!」
メガギャラドスの体の脇についている多数の噴射口すべてから水が噴出。 とてつもない速さでリオルへ突撃をかましてきた!
「! リオル放て!」 「噛み砕け!」
急いでリオルに『きあいだま』を放たせるが、メガギャラドスはそれをキバで粉砕。だがその衝撃で一瞬の隙が生まれたところで、リオルは転がって相手の突撃を回避。間一髪で避けることに成功する。 体当たりに失敗したギャラドスは砂ぼこりを上げながらも、尻尾を反転させ再び噴射口から水を発射し、ブレーキをかける。
「次はどうかわすのかな! ドッスー続けて『じしん』!」 「リオル! 『はっけい』を真下に放って猛ジャンプ!」
より激しい衝撃波がフィールドに、リオルに襲いかかる。リオルは波導の力を下に放ち、空中へ離脱して『じしん』をかわす。 なんとか避けられたが、攻撃するチャンスが、なかなか来ない……! 一旦立て直したい。そう願うも、彼女たちはその時間さえ与えてくれはしなかった。
「ドッスー『たきのぼり』!!」
落下するリオルに向かい、激流をその身に纏い上昇するメガギャラドス。とうとう回避し続けていた攻撃も、命中してしまう。
「リオル!!」
今のは強烈過ぎるダメージだ。吹き飛ばされ、今度こそ落下するリオル。だけどリオルは手を使い、地面との激突を防ぎ綺麗に着地してくれる。きついはずなのに、よくやってくれた。
「『でんこうせっか』で懐に飛び込めリオル!!」
落下した直後ならチャンスが生まれるはず。そこを狙って逆転の可能性を賭けた一撃を叩きこめ!
「そんだけ重けりゃ痛手になるだろ! いけリオル! そのまま『けたぐり』!!」 「読めてたよ――――ドッスー『たきのぼり』からの『りゅうのまい』!」
無慈悲にも、着地する前にメガギャラドスは『たきのぼり』をして水流と共に空中へ上昇。上空を泳ぐように『りゅうのまい』を舞うメガギャラドス。まずい、メガギャラドスのパワーとスピードが上がってしまい、このままでは手の付けられないことになる。 メガギャラドスがこちらへ向けて落下してくる。 次に来る攻撃、それを避けても『じしん』が飛んでくるだろう。 仮に、その『じしん』を『はっけい』ジャンプしてかわしても『たきのぼり』の追撃が逃れられない。 何より長期戦はリオルの体力的にも絶望的だ。 つまりはこの攻防で活路を見出すしかない。 僅かな時の中で考え抜いた可能性に賭けて、俺はリオルに指示を出す。
「小さくてもいい、速攻で『きあいだま』!」 「くっ、もう一回噛み砕いて!」
リオルの放った一回り小さい『きあいだま』を、メガキャラドスは再び噛み砕いた。 よし、けん制の『きあいだま』でもくらえば痛いはず。だから噛み砕いてくれると思っていたぞ。その状態だと牙の攻撃は出せないはず。 そしてリオルの放った『きあいだま』は小さめのもの。威力が少ない分、技の早さも短い。 つまり、次の技につなげやすいということ。 恐らくこれが最後の攻防になるだろう。 一歩先んじて、迎え撃たせてもらう!
「リオル『はっけい』!!」 「ドッスー『じしん』!!」
勢いよく攻撃が正面衝突し、瞬時のせり合いの後、お互いその攻撃の反動で大きく吹き飛ばされる。 地面に転がるリオルとメガギャラドス。 激闘の後、先に起き上がったのは――――メガギャラドスだった。 リオルも立ち上がろうと体に力を入れる。しかし、起き上がることは叶わなかった。 それを見届けた後、アキラ君は審判を下す。 勝利を勝ち取った者の名前を、彼は言った。
「リオル戦闘不能! よって勝者、ヨアケ・アサヒ!」
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光に包まれ、ドッスーはメガギャラドスの姿からいつもの姿に戻る。
「ドッスーお疲れ様、ありがとうね」
お礼を言いながら頭をなでてやる。それなりに疲労しているのがドッスーの鳴き声から伝わってくる。結構間一髪だったもんね。本当にお疲れ様。
「リオルっ」
一方リオルのもとに走るビー君。リオルは天井を見上げ、悔しそうに顔を両手で塞いでいた。 ビー君は始めの内はリオルに戸惑っていたけど、彼なりに、リオルを励ます言葉を紡ぐ。
「リオル……ありがとな。負けちまったのは悔しいし残念だ。けど、お前と一緒にヨアケ達とバトルできて、その……楽しかった。だからあんまり気にするな、お疲れ様」
悔しさからなのか、ビー君の言葉が与えた影響かは分からないけど、リオルは泣いてしまう。 うろたえるビー君。困った表情で私の方を見ている。 こういうのに、慣れていないのがひしひしと感じられる。 仕方ない、助け舟を出してあげるとしますか。
「リオル! ビー君!」 「ヨアケ……」 「まずは楽しいバトルをありがとう! こっちだけメガシンカ使っちゃってごめんね」 「いや、それは気にすんな。むしろ全力で来てくれて嬉しかった」 「それならよかった……で、後付けで悪いんだけど、勝ったご褒美に一つだけ、お願いしたいことがあるんだけど、いい?」 「まあ、今回のバトルは俺の一方的な頼みだけ言っていたしいいぞ。なんだ?」
リオルを抱き上げ、なだめるビー君。そんな彼らだからこそ、頼みたいことがあった。 私は、ヨアケ・アサヒはビドー君にお願いする。
「ビー君。私と一緒にユウヅキを探して、捕まえるのに協力してほしい」 「え……?」 「送り届けてほしいってのもあるよもちろん。でも、一緒にとっちめてほしいんだ。あのお馬鹿さんを。ダメかな?」 「いや願ったりかなったりだけどよ……いいのか俺で? 俺達で?」 「むしろキミたちがいいって私は言っているんだよ?」
リオルとビー君は二人して目を丸くする。それからビー君がリオルを宙へ放り投げた。
「よっしゃあ!! やったぞリオル!!」
落ちて来た苦笑いのリオルをキャッチし、しばらく高い高いしてはしゃぐビー君。ほほえましいなあ。 そんなことを思っていたら、後ろから左肩に手を置かれる。 その手の持ち主はアキラ君だった。
「アキラ君」 「君、最初からなるつもりだったろ、相棒」 「バレてた?」 「君は基本的に嘘をつけないのは知ってる。黙っていることはできてもね」 「あははっ、参ったなー」
そう笑いながらぼやくと、アキラ君は少し驚いた顔を見せる。
「どうしたの、アキラ君?」 「いや、君の笑っているところ、久々に見たなって」 「そう?」 「なんだ、昔みたいに笑えるじゃないか」 「ビー君のおかげ、なのかな」 「今はそういうことにしておいてやるさ」 「妬いてる?」 「まあね」
予想外に素直な返事に、嬉しさを隠しつつ、私はアキラ君に伝えきれてなかったことを言う。
「アキラ君、例えどんなに時間がかかっても、例えどんなに挫けそうになっても……私、諦めないから。だから、見ていてね」 「仕方ないな。見届けるよ」
そう応援してくれた彼の表情も、しばらくぶりに見る穏やかなものだった。
「おーいビドー、アサヒー……ってどうしたのビドー? 凄い嬉しそうー」
対戦場に入ってくるアキラさんとフライゴンのリュウガ君。はしゃぐビー君達に驚いている彼女達にも声をかける。
「アキラさん! ……いやアキラちゃん! にリュウガ君!」 「お? なあにアサヒー?」 「アキラちゃん。あのね、貴方のことをアキラちゃんって呼んでもいいかな?」 「いいよー」 「ありがとー!!」
思わずアキラちゃんにハグしてしまう。アキラ君に「テンション高いね」と言われたけど気にしない。 ただし、レイン所長が陰からこちらを微笑みながら見ていたのに気が付いたときは、咳払いをしてハグを解いた。
「おや続けてくださってよかったのに」 「いや、そんな風に笑顔で見守られると冷静になりますというか……」 「そうですか? ともかく、バトルお疲れ様です。なかなか面白かったですよ」 「ありがとうございます。あの、レインさん。お話ししたいことがあります」
いい加減はしゃぎ終えてバテてるビー君の首根っこを掴み、立たせる。それから彼の頭に手を置き、レイン所長に私の決めた道を告げた。
「レイン所長、私決めました。私が、私達がヤミナベ・ユウヅキを捕まえます。それが、私がユウヅキに会って、話して、したいことです。ね、ビー君?」 「おう。やるからには国際警察より早く捕まえてやるぞヨアケ」 「もちろん」
意気込む私たちをレインさんはニコニコ笑いながら、受け入れてくれた。
「わかりました。では、国際警察の方にはそう伝えておきますね。それと、そんなお二人に依頼です。捜索のついでで構わないので、赤い鎖のレプリカの材料となる隕石を探してはいただけませんか?」 「もう一本作るのですか?」 「ええ。本来赤い鎖は二つで一つ。当初の計画でも二本揃える予定でしたので。まあ、隕石を集めるリスクはありますが、ヤミナベ・ユウヅキ氏も隕石はぜひ二本目の鎖のために欲することでしょう。私から提示できる手がかりはこれだけですね」 「いいえそんな、協力ありがとうございます……!」 「いえいえ――――“破れた世界”の謎を解くことは、前所長のムラクモ・スバル氏の悲願でもありますからね。私達<スバルポケモン研究センター>の職員としても赤い鎖のレプリカが戻ってくることは、何よりも望むところです。だからこそお願いしますね、アサヒさん、ビドーさん」
そしてレインさん達の想いも託され、私はビー君とユウヅキを捕まえる旅に出ることになった。
この先どんなことが待っているかは分からない。 でも、一人で捜していた頃の不安は薄らいでいた。 たとえ考えは違うけど、同じ目的を持つ仲間がいる。 それだけでもとても心強く、なにより嬉しかったんだ。
こうして、私とビー君の短くて長い旅は始まりを迎える。
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アキラさん。いや、アキラちゃんはまた【トバリ山】の方へと旅立っていった。しばらくはヒンメル地方にいるかもとのことらしい。今度であった時までには、あの珍しいきのみをおすそ分けできるほどに栽培しておくと言っていた。思えば、終始マイペースな人だった。また会えた時には俺も何かしらきのみを育てられていたら、ポロックを作れたらいいなと、小さな目標も立てておいた。 それと、出立する折、ヨアケのいないところで俺は見送りに来ていたアキラ君にそれとなく忠告される。
「ビドー。言っておくけど、僕がアサヒの隣に立つことを認めているのは、ユウヅキだけだから。そこのところ、ゆめゆめ忘れるなよ」 「……わーってるよ」 「そう、ならいいんだけど」 「本当に心配なんだな。ヨアケのこと」 「ああ。何だかんだ付き合い長い友達だから」 「友達、か。どっちかっていうと親父みたいにも見えるぞ」 「幸せになってほしいから、仕方がないね」 「否定はしないのな」 「うん。まあ、ビドー。アサヒが突っ走らないように繋ぎとめておいてほしい。僕から言えるのは、そんなところ」 「……善処はする」
戻ってきたヨアケに「おや? 男同士の約束でも交わした二人とも?」と茶化され、二人してため息をついた。
「じゃあ、行ってくるねアキラ君」 「またな」 「二人とも気を付けて」 「うんっ」 「ああ」
言葉を交わした後、二人を乗せたサイドカー付きバイクは走り出す。 目指すは王都【ソウキュウシティ】だ。
つづく
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私の中の、大切な記憶。
憶えている限りで最後に見た彼の顔は、とても苦しそうな笑顔だった。 今にも泣きそうな、でも私に心配をかけまいと、安心させようとしている、そんなやさしい笑顔。 私はそんな彼の顔を仰向けに横たわって、ぼうっと見上げていた。 私の右手を彼の少し大きい手のひらが包んでくれている。それがとても温かい。 彼の手に力が入る。まるで、絶対に放さないようにしてくれている、力強さ。 その様子に私は察してしまう。 彼がその手を放してしまうことを。 彼と離れ離れになってしまうことを。
「どこかに行っちゃうんだね……ユウヅキ」
目元から滴が、口からは言葉が一斉にこぼれる。 彼の背後にある空は、薄明りが染め上げていって明るくなっていき、彼の顔の輪郭をはっきりとしたものにしていく。
「すまない。だが必ず……必ずお前の元に帰ってくる。だから、待っていてくれアサヒ」
どうしてそんな悲しそうに笑うの? そんな風に頼まれたら、断りにくいじゃない。 決して納得なんか出来ないよ。一緒に居たいよ。離れたくないよ。 なんて、駄々をこねたら困らせてしまうのは解っていた。 だから、私は彼と約束をする。 薄く輝く月を見上げながら、私は宣言した。
「しょうがないなあ。でも、あんまり遅いと追いかけちゃうからね。お月さんみたいに地平線の向こうに姿を暗ましたって、ぜったい、ぜったいに見つけてやるんだから」 「ああ、ああ……ありがとう、そして――――」
そして、の先の言葉を私はいまだに思い出せないでいる。
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