マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1608] 11 投稿者:イケズキ   投稿日:2017/09/26(Tue) 19:18:30   27clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 地べたに座り込み、汚れたビルの壁にもたれかかって私は身動ぎもせずにいた。どれ程の時間が経ったか分からないがすでにもがく体力も無かった。
 ディアルガは自らが与えた時間を蔑ろにした私を決して許さない。生きていた頃には時間の価値なんて考えたことも無かった。価値があると思える楽しい時間、嬉しい時間もあったが、苦しい辛い時間もたくさんあった。でも今なら全て時間あってこそのものだっただと分かる。私はとても大切なものを捨ててしまった。
 あれからしばらく経つがディアルガが再び現れる様子はない。きっともう二度と会う事はないのだろう、そんな予感がしていた。私を後悔のどん底に突き落としもがき苦しませることが目的だったらしいし、今でもこの憔悴しきった私をどこからか見て笑っているのかもしれない。私は空を仰いでみた。
 自殺を神が許さない以上、死んだ私にできることはもう無い。それはさっきの会話でよく分かった。暮れかかった空がヤマブキの高層ビルによって直線的に区切られている。澄んでいく都会の空気が頭を冷やした。
 ―−まだだ、まだ手はあるぞ。
 神が全てを見通していると思っていた私に、ディアルガは自分を買いかぶりすぎだと言った。未来は神にすらも分からないと。ディアルガの目的が達成された今、これから私のすることまで果たして洞察しているだろうか。意気消沈したまま気が触れていくだけだと思っているのではないか。
 −−そんなことにはならない……!
 私の中にある一つのひらめきが浮かんでいた。

 私は今、夜も更けた高層ビルの天辺、一歩踏み出せば真っ逆さまという所に立っている。この姿もどこかでディアルガは見ているのかもしれない。奴の目には絶望のあげく気の触れた男が、精神病患者の自傷癖さながら、悪戯に身を傷つけているように見えるのだろうか。
 −−我が家のことを振り返って見てください。
 若き日の母の手紙の文面を思い出す。生きていた頃にはちっとも振り返ってあげなかった。私が旅立ち一人きりになった後、彼女はどんな思いで毎日を過ごしていただろう。果たして帰ってくるかも知れない父の寝巻きを大切にしまっていたように、私のこともいつか帰ってくることを望んでくれていたのだろうか。思えばこの上なく不孝な息子であったし、非道い夫だった。なのに彼女は自分ひとりを置いて夢を追いかける私や父を、それでもずっと応援してくれていた。
 これから私は後ろを振り返り続ける。だが、この一歩は終わりではない。「その先」へ向かう未来への一歩となるのだ。

 それから私は何度も何度も自殺を繰り返した。自死を繰り返すうち、私は徐々に理性を保てなくなっていった。私が死ぬ度に私は見覚えのある自分の過去を振り返り続けた。それらをまざまざと見せつけられることで私の心は千本の針山に串刺しにされ、釜茹での灼熱にあてられ爛れ壊れていった。
 もう何のために死ななければならないのかも思い出せない。新しい過去で気が付くたびに、さながら壊れた機械人形のように自殺を図り続けた。
 私を突き動かしたのは理性でも目的でもなく、ただただ執念だけであった。
 あの時の自分に“たった一言”伝えたいことがある――。

 何度も見てきた暗闇から目が覚めるとそこは狭いアパートの一室であるようだった。玄関に立ち廊下の向こうから西日が差し込んでいるのが見える。私は何も考えず次の自殺を図るため辺りを見渡した。すると西日の前に何やらぶら下がっており私の顔にちらちらと影を落としているのに気づいた。
 次の瞬間、私は全てを思い出す前に駆け出していた。今まさに目の前で死のうとしている「私」へと向かって――
 この段になってようやっと神が私の企みに気づいたようだ。駆け出そうとした足から消滅していくのを感じた。「無」となりかけているのだ。
 あと一秒も時間はいらない。たった一言だけ、一言――

「振り返れ!!」
 後姿の「私」に向かい絶叫した。
 過去の私は、未来の「私」に夢を託し、世界から消えた。


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