マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1609] 12 投稿者:イケズキ   投稿日:2017/09/26(Tue) 19:18:39   26clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 目が覚めるとあたりはすでに真っ暗だった。体のあちこちが痛い。立ち上がろうとしたらよろめいて転んでしまった。それでも何とか立ち上がり部屋の明かりのコードを引っ張った。
 天井に先のちぎれたロープがぶら下がっていた。何でもいいやと思って用意したロープは結局私を死に至らしめる前に切れてしまったらしい。首に巻きついたままのロープを外したら絞められた時の傷跡がひどく痛んだ。
 自殺に失敗した今、改めて行動を起こす気にはとてもなれなかった。しばらくぼーっとした後、何となくテレビをつけてみた。チャンネルを切り替えていると昔好きだったアニメの再放送がやっていたのでそこでリモコンを置いた。画面の中では4人の少年少女が次の街へ向かい旅をしていた。
 意識を失いかけていた時、確かに誰かの声がした。ドアの鍵は閉めているし誰かが入ってきたとは考えにくかった。それにあの言葉……
 ――振り向け。
 聞き間違いじゃない。確かに声はそう叫んでいた。しかし『振り向け』とはどういう意味だろう。
 何となく後ろを振り向こうとすると、また首の傷跡が痛み出す。思わず怯んでしまったが、なんとか声のした方向を振り返ることに成功した。
 しかしそこにはいつもの廊下しかない。汚い、ゴミの散乱したいつもの家の廊下。ところがさらにその先を見るとあることに気づいた。ドアポストに何か入っている。
 ロープから落下した時にどうやら足を挫いてしまったらしい。立ち上がる以上に歩くのは困難だった。のろのろと時間をかけてようやっとドアポストの前にたどり着くとカバーをあけ中身を取り出した。
 一つはいつもの広告チラシ。また新築物件の案内だ。どうして私が今の住居に不満を持っていると思うのだろう。
 もう一つは電気代の請求書。知らない間に死んでしまっていたらよかったものの、今や心残りになってしまった。
 もう一つは母からの封筒であった。珍しい。年賀はがき以外で手紙なんかもらった事無いのに。
 残り二枚を真っ赤な机の上に放り投げ、私はテレビの前に座り封筒を開けた。中身は3枚の手紙で、内一枚は一筆箋に母の字でこう書かれてあった。
『お元気ですか。面白いもの見つけたので送ります。大人になったら渡してくれって言われていたのをすっかり忘れていました。またこっちにも帰ってきてください 母より』
 もう二枚はずっと汚い字でさらに文章もヘタクソでとても読みづらかったが、どうやら私が子供のときに書いたものらしい。言われてみればこんな手紙を書いた気もするが、どうにも内容は思い出せなかった。

 一枚目の中身はいかにも幼き日の私といった内容だった。チャンピオンになって優雅な生活を送ることを夢見ている。達成した今となってはむなしい事このうえない。そして私は二枚目をめくった。内容は一枚目の半分程度だったが、私はその読みにくい文章を何度も何度も読み返した。

『それでチャンピオンになったらこんどはポケモンマスターになるんだ。母さんはポケモンマスターなんてもの無いって、チャンピオン以上のトレーナーなんて無いっていってたけど、言ってたけどそうじゃないんだ。カントーだけで一番になってもそんなのまだまだ足りないんだ。ジョウトでも、ホウエンでも、シンオウでも、イッシュでも、カロスでも、とにかくどんな地方のどんなトレーナーより強い、トレーナーになるんだ。一度チャンピオンになるだけでもだめなんだ。それから先にあらわれる、名前も声もしらないどんな奴にも負けないんだ。それがポケモンマスターで、オレの夢だから、ずっといつまでもがんばるんだ』

 「ポケモンマスター」なんて言葉もう随分と忘れていた。昔はよく周囲の人間に夢の話をしては「そんなもの無い」と言われムキになっていたっけ。過去を振り返ることが無ければ本来二度と思い出すことの無かった言葉。手紙から顔を上げると首を吊った時のロープが転がっているのが見えた。じっと見ているうちに胸の奥から何だか熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。
 ――生きていて良かった……
 私の夢は達成されたと思っていた。だがそうじゃなかった。追い続けるべき夢がまだここにあったのだ。
 なんだか私は色々なことを振り返りたい気分になっていた。チャンピオンになった時のこと、旅に出ている時のこと、旅に出る前のこと……。ふと気づいたら、テレビ画面の中はいつもの悪役三人組が空の彼方へ吹き飛ばされる佳境に入っていた。
 悪役たちとは裏腹に私はなんだかとっても良い気分だった。それは私がこれまでの人生で確実に残してきたものがあるという事実と、この先を生き続ける理由に気づけた安堵からであった。
 テレビ画面の中の物語は終盤を迎えていた。奪われた物は取り返され、悪役たちは去り、再び彼らの旅が続いていく。本編を見終えた私は少し寂しさを感じつつも電源を切ろうと再びリモコンへと手を伸ばした――が、ふと流れてきたエンディングテーマが気になり動きを止めた。
 
『振り向いてごらん 君のつけた道が
 顔を上げてごらん 未来を創るよ』

 子供のころに聞いたはずの言葉が、なぜだかとても新鮮なものに感じた。
 ――子供向けアニメにしてはなかなか面白いこと言うじゃないか
 曲を聴き終える頃には私の中で決意が固まっていた。私の旅が「その先」へ向かい、続いていく。


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