その顔色の悪い少年、カツミは俺のことを「何者だ」と問うた。 カツミの言葉に俺は現状の素性を言った。しかし、それだけでは俺が「何者か」という問いへの返答としては不十分だと考え、これまで様々な<ダスク>のメンバーに繰り返してきた説明をしようとする。
「――何者か、と聞かれると一言では答えにくいが、話しておくべきだろうな。ただし、俺の話をするにあたって約束してほしいことが三つほどある」
一つ目の内容を話す。彼は静かに頷いた。 二つ目の内容を話す。彼は不思議がった。 三つ目の内容を話す。彼は驚きをみせた。
怯む彼に言葉を畳みかける。
「その約束を破るのなら、俺は貴方たちの力にはなれない」
その場に居たほぼ全員に緊張が走った。カツミもその空気を肌で感じ、それから大きく頷いた。 念話も静まるように伝え、俺は傍らのサーナイトの頭を撫でる。
「さて、長い話になる。どこかに座りながら聞いてほしい。ずっと立ちっぱなしで倒れて困るのは貴方だ」 「あ……ありがとう」 「礼の必要はない。当然のことだ……それじゃあ、話そうか」
口にする億劫さがなくなるほど何度も何度も繰り返してきた話を、また一から辿り始める。 彼にもまた、俺が今の俺である事情を語り始めた。
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ユウヅキが正式に指名手配された。 自警団<エレメンツ>のリーダーも大々的に彼を捜索するとのコメントを出した。過去の写真をもとに作成されたモンタージュは、あんまり似ていないなと思った。 基本的にあまり見ないのだけど、共有スペースにあるテレビをつけると、道行く人のコメントや“闇隠し”の被害者家族を取り扱った特集番組なんかもちらほら流れていた。 それから、なんかよくわからない専門家や全然関係ない人々がユウヅキのことを「極悪人」だと勝手に話していた。 怒りや悲しみや申し訳なさなんかより、こういうものが視聴率を集めるのかなー? なんて疑問の方が湧いてくる。 なんて、ぼんやりしていたら誰かがリモコンを私から取り上げて、画面を消す。 リモコンの移動先を見上げると、そこには前髪の長い男の子ビー君が立っていた。 彼はミラーシェードの下の眉をひそめ、ため息をひとつつく。
「ヨアケ。こんな適当な奴らが喋っていることよりも、お前から見たヤミナベのことを教えてくれねえか?」
彼は私のことをヨアケと呼ぶ。アサヒとは呼んでくれない。 その理由はわからない。でもビー君の態度的には、たぶん些細なことだと思う。 呼び名がどうであれ、私に訊ねてくれていることは変わらない。 ユウヅキのことを知りたがってくれているのには変わりない。
「ビー君にはまだ話していなかったね……それじゃあ話そうか。彼の、私が捜し続けているユウヅキのことを……あと、ユウヅキを追いかけている私のこともね」
欠けている記憶があるからこそ何度も思い返してきた思い出を、また一から辿り始める。 彼にもまた、私にとってのユウヅキを知ってもらうために語り始めた。
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あれは私がまだずっと幼かった頃のこと。 私はジョウト地方の海辺の町アサギシティで暮らしていた。けどその日は両親と隣町のエンジュシティに来ていたんだ。 といっても私の親は……その、放任主義なところがあって、あまり構ってはくれなかったからさ、心配してくれたらいいなと思って……私は自分から迷子になっちゃったの。 そうして迷い込んだのはとても綺麗な紅葉した木が並ぶ小道だった。 舞い散る落ち葉に見とれながら道沿いに進んでいくと、五重塔を見上げる赤い角のポケモン、ラルトスと黒髪の男の子、ユウヅキが居たんだ。 最初は軽く挨拶しても、淡白な返事しかしてくれなかったユウヅキなんだけど、じっと一緒に塔を見上げているうちに……ラルトスの角がほのかに光ったの。 ビー君もラルトスと一緒にいたのなら知っているかもしれないけど、ラルトスって人の気持ちを敏感にキャッチする習性があるんだよね。 とにかく、その現象に彼はとても驚いていた。ユウヅキが言うには、初めて見たって言っていた。 彼はかたくなに、ラルトスの角が光ったのは私の感情をキャッチしたからだって言うの。まあ初めて角が光ったからかもしれないけど、なんか意地になっちゃうよね。私はユウヅキからちょっと離れて、ラルトスの角が変わらずに光っていることを確認した。 それを見て嬉しくなっちゃった。やっぱり彼の気持ちにちゃんとラルトスが反応しているって。その時彼が見せたぎこちない笑顔がこう、きゅん、と来たよね。この子たちと一緒に居たい! って、なったよね。 だから、今にしては押し付けがましく友達になってほしいと思ってその日以降もエンジュシティに通って付きまとった。
彼は嫌がるそぶりを見せなかった。ただ、私が居ても居なくても山だったり海岸だったり湖だったり好きな場所に遊びに行くってスタンスは変えずに……要は、相手にしてもらえているのか、分からなかった。 でもある日、私の家にずっと前から一緒にいた、今では私のパートナーのドーブルのドルくんをつれて遊びに行ったら……凄いこっちを見てきた。ユウヅキのお世話になっている保護者のヤミナベさんが画家だったのもあって、ドルくんのことが気になったんだと思う。私は気に入らなかったけど。 私をよそに、ドルくんはユウヅキと意気投合してなんか地面に絵を描き合って遊び始めるし、すねていじけてしゃがんでいたら……ラルトスが心配そうに頭を撫でてくれた。勢いでラルトスに思いっきりハグしたら……ユウヅキに珍しく、そう珍しく呼ばれたんだ。 呼び声に誘われてドルくんとユウヅキのところに行ったら、そこにはユウヅキ、ラルトス、ドルくん、そして私の絵が地面に大きく描かれていたんだ。皆、ユウヅキはわずかにだけどちゃんと笑顔で描かれていた。そして、その絵そっくりな固い笑顔のユウヅキに私は、ええと、ついラルトスと同じ感覚でハグしちゃった。 たぶん、その時には友達になれていたと思う。
こほん。でも、楽しいだけの時間は、一回別離で区切りを迎えるんだ。 彼と別れるその少し前、悲しい出来事があった。 ある日、イーブイの子供たちに出会った。その子たちは必死な様子で私たちをある場所へと連れて行った。後を追いかけていくと、崖下に母親のシャワーズが力なく横たわっていた。 ユウヅキとラルトスは、なんのためらいもなく崖を飛び降りた。ラルトスの念力を使って着地をしたあと、同じくその力でシャワーズを引き上げる。 彼と私は、重くなったシャワーズを担いで近くのポケモンセンターまで運んだ。 ……でも、助けられなかった。
初めて目の当たりにした生き物の死に胸の奥が空っぽになった気がした。ユウヅキは目を見開いて、そのシャワーズを焼き付けるように見入っていた。 イーブイの子供たちは、エンジュシティに住んでいたイーブイ好きのお姉さんたちに預けた。でも、そのうちのひとりだけ私に懐いてくれて、今ではグレイシアに進化したよ。レイちゃんのことだね。
それから一週間だったかな。ユウヅキが居なくなったのは。 何度遊びに行っても見つけられなくて、最終的に保護者のヤミナベさんに尋ねたら彼は――――旅に出ていた。
最初の内私は荒れに荒れた。なんで黙って行っちゃったのか全然わからなくて、怒ったり泣いたり凹んだり、ドルくんやレイちゃんには心配ばかりかけたり。 しばらくしたら、平気かな? ユウヅキが居なくてもやっていけるかな? なんて思ったりもしたけど、やっぱり何か抜け落ちた感覚はあって、その時自覚したんだ。ユウヅキの存在の大きさに。
だから私も両親を説得して旅に出た。彼を追いかける為の旅を。
これが、一度目の別離のお話。
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ちょっと話それるね。 それから色々転々としたけど、なかなか私一人の力では見つけることができなくて……でも諦めきれなくて、すがるような思いで、ある大会に訪れたんだ。 その大会は千年に一度眠りから目覚めるジラーチという伝説のポケモンに贈る為に開かれる、ポケモンバトル大会。 その優勝者には、ジラーチが持つ「願いを叶えられる権利」をひとつ使わせていただけるというものだった。 もう、いわゆる神頼みだったね……だけど、残念ながら優勝はできなかった。 でもその代わりに大事なものを手に入れたんだ。 堂々と言うのもあれだけど、私にとってユウヅキ以外の大切な……友達、が出来たんだ。 えっ、ああ、うん。察し着くよね。そう、アキラ君だよ。今【スバルポケモン研究センター】にいる、アキラ君。彼とは大会で出会ったの。 アキラ君もずっと会えてない人と再会したいって願いを持って大会に参加していたんだ。アキラ君強くてね……私より善戦していて、途中からアキラ君が優勝すればいいのにとか思って応援を……諦めをしようとしてしまったんだ。 ぶっちゃけその時は、いや今もだけどユウヅキと再会して私がどうしたいのかが分からなかった。だから再会するのも少し怖いし、本当に会いたいのかもわからないし、そもそもユウヅキも理由があって私の前から姿を消したのかもしれない。そんな彼を私は追いかけていいの? って、半分諦めかけて……
でもアキラ君はそんな私に、「だが、それでも僕もアサヒも彼らに会いたいから大会に出た」「だったら最初から答えは出ているじゃないか」「半分は、諦めていないんだろう?」って言葉をかけてくれた。 その言葉がなければ、ううんアキラ君がいなければ私はユウヅキを捜すことを諦めていたと思う。 結局アキラ君が大会に優勝して、ジラーチに願いを叶えてもらった。私は代わりに、アキラ君に祈りを貰った。 それをエネルギーにして、同じくその大会で知り合ったミケさんという探偵さんに思い切って助力をお願いしたんだ。
ビー君は直接会ったことないけど、【トバリタウン】で実は再会していたって話した? ゴメン。その時ちょうどきのみ大好きな方のアキラちゃんにリオルさらわれていたよね。その時に会っていたんだ。 ……うん。そう。今は<国際警察>に依頼されて私とユウヅキのことを調べてくれている方だね。 確かに、彼ぐらい私とユウヅキのことを知っている探偵さんはいないよ。だって――私と彼の一度目の再会の立役者、なんだから。
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ミケさんの手際は凄くて、わりとそんなに経たずにユウヅキの足跡と、私が知らなかったユウヅキのことまで調べ上げた。 ユウヅキはシンオウ地方の海に面した【ミオシティ】ってところに居たの。 彼はそこから船で【新月島】に通っていた。私がその街に辿り着いたときも、その島に行っているときだった。 リバくんに乗って飛んで【新月島】に私も向かう。そしてそこでダークライという幻のポケモンとバトルして、負けてしまったユウヅキと再会したんだ。 倒れ込む彼を私は受け止める。上手く言葉をかけられないでいると、彼は気を失う前に私とは一緒にはいられない。そう言ってダークライが見せる悪夢の中に落ちていった。 ユウヅキを【新月島】へ通う手伝いをしていた船乗りのおじさんが、ユウヅキを家に連れ帰って“三日月の羽”という悪夢に効く道具で起こそうとしてくれる。 彼は何度も何度もダークライに挑んでは返り討ちに合っていた。おじさんが言うにはいつもは“三日月の羽”で目を覚ますはずだったんだけど、その時は目を覚まさなかった。 最後に残った手段は“三日月の羽”の持ち主であるポケモン、クレセリアに直接叩き起こしてもらうことだった。 船乗りのおじさんにクレセリアのいる【満月島】まで送ってもらう最中、おじさんがユウヅキがどうして旅をしているのか、ダークライに挑み続けているのかを教えてくれた。
ユウヅキは、彼は自分の出生を調べるために旅をしていた。 そしてダークライの悪夢で自分の深いところにある一番昔の記憶を呼び覚まそうとしていた。
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私はミケさんに調べてもらうまで知らなかったけど、ユウヅキは……親にエンジュシティで捨てられた子供だった。彼は私が一緒に見上げたあのすずの塔の入口に置いて行かれた。だからこそ、あのシャワーズの母親の死を目の当たりにして、何か突き動かされたんだと思う。 それにほら、夢って自分の体験が元になっていることってない? なんともいえないけどね、でもその時のユウヅキは藁でも縋りたかったのかもしれない。
【満月島】についた私は、なかなかクレセリアを見つけられずにいた。でも電話でアキラ君の助けをもらって、なんとかクレセリアに会えたんだ。そして、お願いして彼を起こしてもらえたんだ。 目覚めたユウヅキは私に、捨て子だと知られること、そのせいで私が彼を見る目や関係が変わってしまうことを恐れていたって言ってくれた。怖かったからこそ関係を終わらせるために逃げたって言っていた。 でも、私は変わらない関係なんてないし、逃げはただの先延ばしだし、その時その瞬間でも関係は変化するって思って……伝えた。 彼はまだ自分は私の友達でいいのかって不安げに聞いて来る。それに私はもちろんと、そして友達だからこそ力になりたいというと、彼は友達だからこそ巻き込みたくないと強情になる。
だから私は言い切った。 私がそこまで旅してきたのはユウヅキの無謀に付き合うためだから、どこまででもいつまででもついていく。追いかけていくって。
根負けしたのかはわからない。けれど彼は私が隣に立つことを、一緒にいることを認めてくれた。 その時、彼は「俺は一体誰なんだ?」と私に聞いてきたんだ。それは彼の追い求め続けたことで、私の答えがどういう意味をもつかは分からない。でも、私にとって彼は彼。ヤミナベ・ユウヅキでしかなくて、かけがえのない大切な存在だって伝えた。
それが、一度目の再会のお話。
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そこから私とユウヅキはいろんな地方を旅したよ。 ユウヅキがダークライと戦い続けた中で見た、悪夢の中の女性の姿をスケッチして、様々な人に聞き込みをしていながらシンオウを飛び出して。 カントーではサントアンヌ号に乗ってアキラ君の大切な人と彼の再会を二人でちょっとだけ手伝って。 カロスではキーストーンやメガストーン手に入れて、【クノエシティ】で怖い家とか覗きに行って。 ジョウトに戻ってミケさんやユウヅキの保護者のヤミナベさんに顔見せて。 イッシュでは記憶に関する力をもつオーベムというポケモンを【タワーオブヘヴン】という場所でゲットして。 ほんと、長いようで短かったけど……一緒に旅していた時はとにかく楽しくて嬉しくて、私は幸せだったなあ。
そういえば、何でこのヒンメル地方に来たんだっけ?
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あてもなく? いや、なんだろう? どこかでてがかりを? 思い、だせない。思い出せない。
思い出せる彼との最後の思い出は、思い出は――苦しそうな彼の笑顔と、「絶対に帰ってくる」って約束。 あんまり遅すぎると捜しに行くって約束。 その後、別れる前に何か、とても大事で大切なことを言ってもらえた気がするのに、思い出せない。 思い出したい……、思い出したいよ……。 それか、聞きたい。そして言いたい。 あの時のこともう一度教えて。忘れてゴメンって。 会って、もう一度会って……捕まえて……ちゃんと言わなきゃ……。
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「……ヨアケ。すまん。無理に聞いて」
顔を覆うヨアケに、どう声をかけていいのか分からなかった。こういう時他の奴ならもっと気の利いた言葉をかけてやれるのだろう。だが、今の俺はただただ謝るしかできなかった。
「ううん。ビー君悪くない。私が抑えられなかっただけ、だから。むしろ……ありがとう。ビー君の前だからかな、なんか情けない姿見せてもいいって思えたのは」 「……<エレメンツ>の奴らとかの前じゃ、無理なのか?」 「無理って程じゃないけど。こんなに無責任に弱音は吐けないよ<エレメンツ>のみんなの前じゃ」 「アキラ君は?」 「隠そうとしてもボロボロでちゃうだろうね」
ヨアケはそうやって苦笑いを作る。それは、もしかしたら習慣づけされたものだったりするのだろうか。 ……今は勝手な想像はよしておこう。
「あーもう、昔よりヤワになったなあ。タフだと思っていたんだけど」 「十分タフだと思うぞ十分」 「そうだといいんだけど」
微妙な空気になってきたので立ち上がると、見計らったかのような扉のノック音。それからユーリィが部屋に入ってくる。
「……ビドー。アサヒさん。そろそろ入ってもいいかな」 「ユーリィ」 「ご、ごごごめんユーリィさん占領しちゃって」 「別に。ああ、ビドー。配達の仕事持って来たから準備して」 「分かった。どこまでだ」 「港町【ミョウジョウ】まで。私もチギヨも一緒に行くから……留守番もなんだしアサヒさんも連れていけば?」 「海……! ビー君私も行きたい!」
目を輝かせるヨアケ。さっきまであんなに凹んでいたのに忙しい奴だな。 まあ、無理やり切り替えているのだろう。そういう所がタフなんだよ。
「潮風浴びて気分転換でもしてこいよ、ヨアケ」 「わーい!」
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裏路地の薄暗さは不思議と気持ちと比例していた……はあ、やるせない。 サク様はまたサーナイトのテレポートでどっかにいっちゃったからつまらないし。これからどうしよう? って路地裏を歩いていたら、厄介そうなボブヘアー女に絡まれた。
「メイ、ちょっといいかい?」 「嫌」
短く断ってとっとと逃げようとすると、目の前にはあいつのジュナイパーが道を塞いで睨みをきかせていた。
「一つ聞きたいことがあるんだけど」 「道を塞いで、それがヒトにものを聞く姿勢? てか、アンタ名前なんだっけ?」 「サモンだよ。すまないねメイ、こうでもしないと逃げられると思ったから」
サモンはたいして悪びれる様子もなく、言葉だけ謝る。なんかムカツク。 適当にあしらうにもこうも、この鳥に見張られているとやりづらい。はいはい、話だけでも聞けばいいんでしょ。面倒くさい。 ……なんて考えていないで――その時無理をしてでもあたしはさっさと逃げるべきだった。
「何よいったい」 「……メイ、キミはどうしてカツミに嘘をついたんだい?」 「は? 何の? カツミ……ってあの新入りのガキだっけ?」
心当たりはありまくりだけど、後悔しても遅すぎた。
「サーナイトじゃなくキミだろ? あの念話を、テレパスを使っているの」
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「ボクが昔働いていたカントー地方にもいたんだよ。人でありながらエスパーを、超能力を使えるジムリーダーが」 「……その超能力を使うジムリーダーがいたからって、何でそうなるの? 理由は? 根拠は? 妄想じゃない?」 「サーナイトの声が聞こえないからだよ、テレパシーで意思疎通を図るエスパーポケモンは割と多くてね。あの念話で中心に立っているはずのサーナイトの声がなかった。それにカツミの思念だけを一方的に読み取っていたから、やはり思考読みの方なのだろうと思うけど……」
言葉を区切って、サモンは不思議そうに聞いて来る。あたしの触れられたくない部分に、ずけずけと。
「メイが超能力者だと気づいているのはボクだけじゃない。サクは知っていながらキミを近くに置いているし、他にも感づいている人も多いだろう。どうしてそんな嘘を吐くんだい?」
あまり意味をなしていないだろう? と言ってくるサモン。腹を立てても状況が良くなることはないのは解っているけど、腹立たしかった。
「アンタに答える必要なんかない。それ以上突っ込んでくるんなら、容赦しないけど」
ボールの開閉スイッチをいつでも押せるようにし、警告する。 するとサモンはリアクションを止め、ただじっとこちらを見てくる。 アタシだって垂れ流しに能力使ってないから今何を考えているのかわからない。 乗り気はしないけど、ムカツクしコイツの魂胆を暴いて……
(サクのこと、大好きすぎるだろキミ)
んっ?????????????
「ちょっ?! 何考えて?!」 (サク様絶対死守とか思っているのだろうなあ) 「なっ?!」 「……メイってずいぶん可愛いリアクションもできるんだね」 「う、ううううるさい!!!!」 (補足、ちなみに周りにバレバレだから) 「脳内で補足するな!!」 (じゃあ、なんで堂々としないのか、能力のこと) 「黙れ、口で喋れ」 「……わがままだね。まあ、思考読みされるかもと知られていればこういう対策も取られやすいということで」
くそう完全に手玉に取られている気がする。もうコイツの思考探りたくない……。 ジュナイパーはなんかあくびしているし……色々となし崩しにされたので、サモンとボールから意識を遠のける。 ……でも、そのアタシの力に物怖じしないのは。サク様と、サク様の大事な人と、あのウザイやつと、そして面倒なコイツで四人目か。だからどうしたって話だけど。
「堂々、ね。そんな風に生きられたらこんなにはなってないわよ」 「それは、キミ自身の問題? それとも周りの問題?」
……時間がかかったけど質問の意図を理解して、まどろっこしいやり取りに区切りをつける。
「下手な探りは止めてくれない? ヒンメル出身でしょアンタも」 「……うん。悪かった」 「そう思っていないくせに」 「思っているって……ただ、実際にこうして見えることになるとは思っていなかったからさ……メイ、キミに」 「まあ、たとえ悪いと思われても赦さないけどさ……あたしだって、ヒンメルに好きでいる訳じゃないわよ」
本当に、好んでこんな場所には居たくない。でも、あたしにはここでやることがある。
「この舞台に立とうと思ったきっかけは? 推測だが、復讐だけとは限らないんだろう?」 「そう。そんな私怨よりも、あたしにはこの力を使って助けたい人がいるの」 「助けたい人……キミはその人のことを慕っているのかい?」 「さっきからキモい質問。でもそうじゃなきゃ、こんなに傍に居たいとは思わない」
たとえ、相手にされなくても、あの人の、サク様の力になりたい。それがあたしの望みだ。 これはたぶん忠誠って感じに近い。 あてられたのかサモンがずいぶんと重たくなった口を開く。
「それがキミの理由か。国に消された<エレメンツ>六属性目のメイ」 「ある意味それが、この国に対する復讐なのかもしれないけどね?」
肩をすくめると、ジュナイパーが道を開ける。もう用は済んだってことか。
「じゃあね、ロマンチスト」
込められるだけの嫌味をこめて、あたしはその場を後にする。 その時僅かに“羨ましいよ”と聞こえた気がした。
……どこがだっ。
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カツミ君が<ダスク>に入った。 サクの話を聞き、自分の意思でこの集団に入ってしまった……。 あたしとしてはなるべく彼を巻き込みたくなかった。でも、カツミ君は、
「ココ姉ちゃんたちが実は今まで頑張っていたのに、黙ってみてられないよね。オレも頑張るよ」
なんて、顔色が悪い癖にそうやって笑おうとする。 もう……なんでこの子はこんなに気遣いをしてしまうのか。ココチヨおねーさん面目ないわよ……。 ハジメさんには、リッカちゃんどうするの! って、叱り飛ばしたけどそれはハジメさんが一番堪えているだろから強く言及できないし。なんとかトウの目から逃げきって、会ってあげてほしいなあ。なんて、居たたまれない想いでいるとカツミ君が私の手持ちのミミッキュの耳をつつきながら聞いて来る。
「そういやココ姉ちゃんって、トウ兄ちゃんのいる<エレメンツ>にスパイしているってことなの?」
あ、触れないようにしていたけどやっぱりそこ気になるわよね。
「まあ、そうなっちゃうのかな。いけないことだっていうのは解っているんだけどね。トウも赦してくれるか分かんないしははは破局コースまっしぐら」 「大丈夫じゃない? ココ姉ちゃんだってオレみたく入りたいと思って<ダスク>に入ったんじゃん! だったらきっと赦してくれるよだいじょーぶだいじょーぶ!」 「そうだといいんだけどねえ」
たとえスパイなんてかっこよく呼ばれたとしても、迷走している<エレメンツ>より、サクという可能性にすがる選択肢につられたあたしはいわゆる裏切り者になってしまうのではないかとひやひやしている。 でもあたしはサクに、<ダスク>に賭けたんだ。一度決めたことは、揺らぎたくないわよね。うん。 そしてカツミ君も決めたことなら、頭ごなしに否定するんじゃあなくて、サポートしていこう。未知の部分が多いこの集団の中で手放しはまだ怖いし、あと体調のこともあるからね。
「ココ姉ちゃん、なんか意気込んでいるね! スパイの作戦でも思いついたの?」 「いや思いついてないから。あとあんまりスパイ連呼してほしくはないなあ……ま、とにかく一緒に頑張りましょう!」 「おおー!」
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「静かだ……」
さざ波の音が、聞こえてくる。 高台から見える海は、故郷の【アサギシティ】を思い出す。でも、【ミョウジョウ】の海は、アサギに比べてとても静かだ。 例えるのなら、賑やかさが足りないというか。生命力が、足りない。 ――――でもどこか、不思議な懐かしさがあった。
「ずっと昔からこの海はこんな感じらしいよ、アサヒさん」
チギヨさんとビー君が配達中なので、私はユーリィさんと港町【ミョウジョウ】の高台で時間をつぶしていた。 ユーリィさんの方から声をかけてくれたことに、ちょっとした驚きを覚えた。それから上手く言葉を繋げなきゃ、とあわあわしてしまう。 動揺を見透かされたのか、呆れられたのか、ユーリィさんは私をじっと観察してくる。 な、なんだかドキドキしてくる。とにかくなにか話題を――!
「なんだかユーリィさんっぽいね」 「そう? そんなに静かかな……一応、喋るときは結構喋っているけど?」 「そ、そうだった」
ああああなんかうまくいかないよもうううううう……。 なんて、こんがらがっていたら、ユーリィさんは海を見つめて「でもある意味そうかもね」って呟いていた。
「歴史とか調べている知り合いが話していたけど、この海がこんなにも静かなのは、“蒼海の王子”が居なくなっちゃったからなんだってさ」 「王子って、ヒンメル王家とは違うよね?」 「うん。王子はマナフィってポケモンだよ。この国ではマナフィが棲む海は豊かな海の象徴って言われていたんだ。昔【ミョウジョウ】の海岸沿いに暮らしていた人たちと仲が良くて、よくマナフィは地上にも遊びに来ていたらしいって。でも……この国を脅かした怪人を英雄王ブラウが討伐する際、マナフィは巻き込まれて命を落とした。それ以来海には活気がなくなった……だからこの海は“死んだ海”とも言われているって、そういう話だったと思う」 「それは……」
ユーリィさんも? と言いかけて……一瞬視界がぼやける。
(あれ?)
立ち眩みかなとぎゅっと目蓋をとじると――――何故か、とじたはずの目蓋に一面の火の海が見えた。
(え?)
慌てて目を開くと、それまで通りの静かな海面が遠くに見える。 ……今の何だったのだろう?
「――まー、私たちも、まだ生き返られてないってこと。大事なものが抜け落ちて、ずっと、ずっとどこか死んでいるのかもしれない。そういう意味では似ているのかも」
その声に我に返る。気が付くとユーリィさんは、涙はないけど泣いていた。 何て声をかけたらいいのか悩んだ。それから、カツミ君としたあの約束を思い返していた。 “闇隠し事件”でいなくなった人たちを連れ戻す方法を探すって約束。 そのために私にできることは、まだまだよく見えない。それどころか今かけてあげられる気の利いたことさえも思いつけない。 結局、口にできるのはただの願いだけだった。
「……大事なもの取り戻したら、生き返ってくれるのかな。ユーリィさんは」
できるなら、笑ってくれるだろうか。とまでは言えなかった。 何故ならユーリィさんは渋い顔をしていたからだ。
「私、アサヒさんのそういうとこ苦手」 「ごめん」
反射的に謝ってしまうと、ますます機嫌を損ねてしまった。
「……アサヒさんはいい顔しすぎなんだよ。ビドーにも、チギヨにも、私にも……皆にも」 「でも私は」 「加害者かもしれないからってだから何? 他人の様子伺ったり気遣ったりそんなばっかり。そんなので本当に救われるとでも? 気休めにもならない。それ続けてアサヒさんが心労で倒れても知らないよ?」
ユーリィさんの話の流れがどんどん文句から変わっていく。 えっ、私心配されている……?
「ああもう。何言いたいのか分からなくなってきた。そもそも疑惑だけで何年も軟禁され続けて今も監視が続いている人が周りに気を使い続けているっていうのがおかしいの!」 「そ、そんなに?」 「そんなに!」
断言されてしまった……。自分では当然の仕打ちであり<エレメンツ>のみんなには保護してもらっていたと割り切っていたことにこうもきっぱり言われるとは。 また、怒られてしまうかもだけど、ちょっとだけお礼を言いたくなり、実際言おうとした。 でもそれは出来なかった。
「その話、興味深いですね」
聞き覚えのない声に尋ねられる。振り返るとそこには、声を発した方と思われる黒スーツをビシッと着こなした黒髪ショートの女性と、黒い頭でと黄色のすらっとした胴体を持つポケモン、エレザードを連れているグレーのポンチョを着たサモンさんよりもふんわりとしたボブカットの女性がいた。ポンチョの女性は首から下げたカメラに手をかけていた。 第一印象は別に普通な方たちだったけど、だからこそ嫌な予感がした。 警戒が伝わってしまったのか、黒スーツの方の彼女が口元だけ笑みを作る。
「失礼。初めまして、国際警察の者です。私のことはラスト、とでもお呼びください……ヨアケ・アサヒさん」
ラストさんの細めている眉の奥の瞳は、声色ほど笑っていなかった。
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私とユウヅキを調べている<国際警察>がいるとレインさんに以前聞いていた。もっと強面のおじさんかと思っていたけど、ラストさんはこう、スマートな女性って感じだった。
「えっと……はじめまして、ヨアケ・アサヒです……ラストさん。そちらは……?」 「彼女たちのこと、見覚えありませんか?」
ラストさんに言われ、改めてポンチョの女性を見る。彼女の切れ長の瞳を見ても、どうにも思い出せない。そもそも本当に知り合いなのだろうかとちょっとだけ疑った目線を向けてしまう。 その視線に察したのか、女性は軽くショックを受けていた。エレザードも首周りの襟巻をぱっと広げて驚いている。なんだかこちらも申し訳なくなってくる。
「お久しぶりアサヒ。凄い大きくなったね。やっぱり私のこと覚えてない?」 「ごめんなさい、さっぱり……」 「仕方ないか。じゃあ、改めまして、でいいかしら。私はミズバシ・ヨウコ。こっちはエレザード。またよろしくね」
ヨウコさんは握手を求めてくる。恐る恐る手を伸ばすとしっかりと握られた。 あっけに取られているとユーリィさんが割り込んでくれた。
「あの、うちの同居人に何か御用でしょうか国際警察さん?」 「ラストでいいですよ、美容師ユーリィさん。仕立屋のチギヨさんと配達屋ビドーさんは今外されているようですね」 「……へえ、ずいぶん私たちのことにお詳しいですねラストさんは」 「まあ、調べるのが仕事ですからね」
完全にラストのペースの会話だった。ユーリィさんなんか癪に障ったようでいつもより鋭い眼差しでラストさんを睨みつけている。ラストさんはたいして気に留めずに、私に話しかける。
「私の用は貴方が彼女を憶えているかを確認したかった、ところでしょうか。あとは挨拶と、ついでに聞きたいことも出来ましたが今は置いておくとして……やはり、貴方はミズハシ・ヨウコさんのことは憶えていないのですね」 「ええ、はい。それで……私とヨウコさんは、いったいどういった関係なのでしょうか」 「ミズバシさん、あの写真を」
ラストさんに促され、下げていたカバンから薄いフォトアルバムを取り出すヨウコさん。そのフォトアルバムには王都【ソウキュウ】らしき場所のお祭り風景や人々の姿が映っていた。そしてその写真群の一つに……昔の髪の短かったころの私と、隣には何度も何度も思い返したあの姿が。不器用に笑う彼の姿があった。
「ユウヅキ……」 「……昔、“闇隠し”が起こる前の【ソウキュウシティ】で私ね、貴方たちに会っていたの。思い出せない?」 「ごめんなさい……でも、これ私とユウヅキです。それは、たぶん間違いないです」 「そう……あの時貴方たちはね、確か遺跡について調べているって言っていたの。私はそれなら【オウマガ】に多いって薦めてしまったんだ」
【オウマガ】 その街の名前に聞き覚えはあった。ギラティナに縁ある遺跡の近くの町だ。<エレメンツ>のみんなにも、そこでの私たちの目撃情報はあったって聞いていた。 けれど、ヨウコさんに教えてもらった記憶は抜け落ちている。 どうしても、不自然なまでにその時のことを思い出せない。 その私の様子を見てラストさんが「ふむ」と言葉を漏らした。
「思い出せないようですね。ご協力ありがとうございます」 「お役に立てず、申し訳ありません……」 「いえ。やはりあの方の推測は正しそう、ということが分かっただけでも十分です」
ラストさんが言っていた方の心当たりがあったので、話の流れに乗って尋ねてみる。
「そういえば、ミケさんお元気ですか?」 「ええ。結構ふらふらといなくなる方ですが、お元気ですよ」 「そう、ですか……」
ミケさんは私のせいで<国際警察>に目をつけられて協力させられている部分も多そうなので、申し訳ない。とその旨を伝えるとラストさんは、
「ああ、彼は彼で昔やんちゃしていたので、きっちりその分働いていただいているだけですよ。その辺はあまりお気になさらず」
……ミケさん探偵になる前何やっていたのだろう。詮索はしないほうがよさそうだけど、気になるな。
「そう、ミケさんと言えば、彼も貴方に尋ねようとしていたお話を聞かせていただけないでしょうか。貴方が『事件』以降どんな状況や立場に立たされていたのかを……」
あ、話が戻った。まずい。 うろたえていると、ラストさんがくすりと笑って見逃してくれた。
「……今は止めておきましょうか。どのみち調べればおのずとわかっていく事でしょうし、貴方たちも用事があるのでしょう?」 「そうね。アサヒさんさっさと行きましょう、チギヨたちの所へ」 「う、うん。それじゃあ、失礼します。ラストさん、ヨウコさん」 「ええ、また。ヨアケ・アサヒさん」 「またね、アサヒ」
軽い挨拶をした後、ユーリィさんに手をひかれる形で高台をあとにする。 自分が緊張でうまく呼吸出来てなかったと気づいたのは、大きくため息を吐いたときだった。
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ヨアケとユーリィが国際警察に絡まれていたころ、俺は俺であいつらに遭遇していた。
ユーリィが持ってきた仕事というのは、いつも俺が引き受けているチギヨが仕立てた衣類を依頼主届けることだった。今回の依頼主は、ユーリィの得意先の劇団メンバーからである。衣装のことで悩んでいたそのメンバーに、ユーリィの紹介でチギヨに仕事が回ってきたという訳だった。 リオルにも手伝ってもらいながら依頼主に届け終わった俺らはその場所のにぎやかさを横目にしながら帰ろうとしていた。
今俺らがいるのは【イナサ遊園地】。港町【ミョウジョウ】にあるテーマパークだ。 どうやら、この遊園地で有志の参加者が集まったイベントがあるらしい。 その劇団やらバンド、パフォーマーなどが参加するらしいそのイベントに、何故かあいつらがいた。 見覚えのある丸いピカチュウを連れた赤毛の少女が壁際で休んでいた。
「げ、配達屋ビドーだ。何でここに……!」 「なっ、お前こそ何で」 「お前じゃない、あたしはアプリコットって名前が……じゃなかったまずいっ」
逃げようとするあいつの退路を塞ぐように反射的に壁に左手を打ち付ける。
「逃げるな」 「うええ?!」 「つうかあの時はよくも……っておい、お前がいるってことはジュウモンジの野郎もいるのか」 「だからあの時は仕方がなく……いや、親分は、ええと、ええと」 「……また会った時は覚悟しとけって言ったよな」 「いや無理! この状況じゃ無理!」
何故か慌てている赤毛……アプリコットにいらだっていると、チギヨに後頭部を叩かれリオルに脛を蹴られピカチュウに足首を噛まれた。
「いって、何すんだよ!」 「もめ事を起こすな、ビドー」
チギヨたちに制止され、ようやく周囲から冷ややかな視線が注がれていることに気づく。 そして、アプリコットが怯えていたことに今更気が付いた。
「……悪かった。流石に頭に血が上っていた」
壁から腕を離し、下を向く。足元ではピカチュウがまだ足に噛みついていた。
「もういいよ、ライカ。あと、ビドーももういいよ……ちょっと怖かったけど、貴方が怒るのも、無理ないし……」
ライカという名前のピカチュウを引き剥がし腕に抱えると深呼吸をし始めるアプリコット。 どうして怒っているのかわかるのか? こいつに俺を理解できるのか? と疑問に思ってしまう。 奪う側のこいつらに。奪われた側の俺の気持ちがわかってたまるか。と黒く、どろどろとした感情が腹の中で渦巻く。 右手で顔を抑えようとしたら、持ち上がらなかった。何故なら、リオルが俺の手を掴んでいたからだ。
「リオル、ありがとな」
こちらを心配そうに見上げるリオルに自然と言葉が出て、空いた左手でリオルの頭を撫でていた。
「そっか……リオルと貴方、もう大丈夫そうだね」 「まったく世話が焼けるぜ」
さっきまでと変わって何故か嬉しそうにしているアプリコットとなにもしてないのにやれやれとするチギヨに、逆に俺がついていけていなかった。 他人事なのに、なんでそういう風になれるのだろうか。 そう考えてしまうのは俺自身がひねくれているからというのもあるのだろうけど、よく分からない。 ……黒いものは、少しだけ晴れていた。だがその上で引けないものはあった。 逸らしていた視線を再びアプリコットの方に向け、心を落ち着かせて、こちらを見上げる目を見て、彼女に頼む。
「ジュウモンジに聞きたいことがある。もし近くにいるのなら、連れていけとは言わない。居場所を教えてほしい」 「おい、ビドー」 「……頼むアプリコット」
チギヨの制止を無視して発した俺の言葉に、彼女はだいぶ悩んでいるようだった。 アプリコットは何度か俺とリオルを見比べて、それから首を小さく縦に振った。
「今の貴方たちなら、いいよ。ただ……お手柔らかにね?」 「なるべく……善処する」 「できるだけ、努力してよ」
深めに釘を刺される。少し腹が立ったが、抑える。 それからジュウモンジの居場所を教えてもらい、チギヨを置いてそこへ向かった。
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「ユーリィさん……ちょっと」 「…………」 「ちょっと待って、ユーリィさん」
ユーリィさんは無言で私の手を引き、遊園地に入って行った。【イナサ遊園地】という名前の遊園地、何か催しものでもあるのか、人が入り乱れていた。彼女の歩くペースに置いていかれそうになる。しかし、ユーリィさんはなかなか早歩きを止めてくれない。 そしてユーリィさんは何故か私を連れて、ジェットコースターに乗ろうとしていた。
「え、ええええ??」 「乗って、アサヒさん」 「の、乗るの?」 「乗るの」 「ええー」
少しだけ待った後順番が回ってくる。座席に誘導されシートベルトをしっかりして、コースターが動き出す。そしてゆっくりレールを上がっていくコースター。その先に見えるレールのラインから、私は覚悟した。 ……あ、これ怖い奴だ。 ユーリィさんが息を大きく吸った。レールは登り切った。 下り始めると同時にユーリィさんは叫んだ。
「アサヒさんのばかあああああああああああああああああ!!!!」 「なんでええええええええええええええええええええええ!!??」
いや本当に何で? 何でジェットコースターに乗ってまで怒られなきゃいけないのかわからない、わからないよユーリィさん……! ああでも、なんかむしゃくしゃしているのは伝わったよ。なんか叫ばなきゃやってられなかったんだね。でも何で私に怒るのかな。むー。
ジェットコースターを乗り終わって、私がふてくされているのを見たユーリィさんは真顔で「ごめん。ムカムカして」と言った。 「私にムカムカしたの?」と意地悪そうに返すと、「うーん。アサヒさんというよりその取り巻く環境。そしてアサヒさんに対してだね」とこれまた真顔で言われた。 ぶーたれると何故か笑われた。
「そうだよ。アサヒさんはもっとみんなに文句言ってもいいんだよ。というか言うべき」 「ええ……」 「じゃなきゃ、私がみんなに文句言いたくなる。だから言ってよね」 「そんなー……」 「いいじゃん。そうでもしないと生き残れないよ……生き返れないよ?」 「え、私も死んでいるの?」 「少なくとも私にはそう見えたけど? 他人の生き返りを望む前に、自分が生き返ってよね?」
そういってふふふと小さく笑うユーリィさんはとても可愛かった。
その後チギヨさんと再会して、ビー君が単身シザークロスの方達へ向かったことを知らされる。ユーリィさんは仕事があるのでチギヨさんと一緒にそちらに、私は慌ててビー君を追いかけた。
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ビー君。ビー君。ビー君……っ。 無茶してないといいんだけど。心配だ。 チギヨさんから聞いた場所へと私は走る。 確かにビー君はケロマツのマツのことでシザークロスに、ジュウモンジさんに腹を立てていた。偶然居合わせて、色々抑えられなかったんだと思う。 でも、ビー君は相手を敵視しすぎだ。悪い人と思った人を許せないきらいがある。それじゃあ、ぶつかるだけだ。衝突して、傷つくばかりだ。 私が止めても無駄かもしれないけれど、それでも、それでも待ってほしい。
催しものの出演者のテントの一つ。そこから歩きながら出ていくビー君とリオルの姿があった。 遅かったのかもしれない。……でも追いかけなくちゃ。そう思い後を小走りで走る。でも、なかなか追い付けない。それは、彼がそれだけ早いスピードで歩いていることに他ならなかった。
「ビー君……!!」
ようやく彼に声をかけることができた。私の声に彼が振り向く。 ビー君は……何か思いつめた表情をしていた。
「どうしたの? リオルも、ビー君も大丈夫?」
頷くビー君。傍らのリオルも俯いたまま、首を縦に振る。でもふたりとも拳に力を入れたままであった。 彼は私にこう言葉をこぼした。
「ヨアケ、俺は……<シザークロス>の奴らは、自分たちが何も奪われたことのない略奪者だと思っていた。そう、思いたかった。だけど、違ったようなんだ……でも、それでも俺は、あいつらを赦したくないんだ……」 「……その話、詳しく聞かせてくれる?」
自分がかけられてぎょっとした言葉をかけるのは忍びないと思いつつ、聞きたいと思いその旨を伝える。ビー君は、頷きで了承してくれた。
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<シザークロス>の奴らもこの遊園地のイベントに参加するらしく、出演者控えのテントに見知ったメンバーが揃っていた。その中には、ジュウモンジの姿も。 突然現れた俺とリオルにどよめくメンバー。彼らを制したジュウモンジが、面倒そうに俺に聞く。
「――配達屋ビドーとリオルか。何しに来た。てめえらに構っているヒマはねえんだよ」 「……ジュウモンジ、お前に聞きたいことがあってきた」 「マツのことか」
先手を打たれ、言葉に詰まる。そんな俺をあいつは鼻で笑い飛ばした。
「マツの新しいトレーナーに関しては、少なくともてめえよりはしっかりしているから安心しな」 「あいつが、密猟者だとしてもか」 「あー、そいつは大げさに言いすぎだな。ポケモン保護区制度なんてもんがあれば、そういう魔が差すこともあるだろ」 「……お前らはいったい何がしたいんだ」 「それはこっちの台詞だな」
ジュウモンジは呆れた顔で俺を見る。それから、痛い所をついてきた。
「てめえは、てめえの持った第一印象で他人を決めつけ過ぎじゃあねえか?」 「……っ」 「例えばよ、表ではどんなにいいことやっているやつでも、裏ではどんな悪行に手を染めているかもわからねえ。逆に、世間から疎まれる奴でも、自分の大切な者はきっちり守っているやつもいるかもしれない。じゃあビドー、今のお前から見てどうだ。そのマツのトレーナーはどういうやつに見える……ちゃんと思い返せ。そいつはどういうトレーナーに見える?」 「あいつは……」
あいつは。ハジメは。 最初はカビゴンを密猟しようとした。そのためにアキラさんを利用しようとした。リオルを人質にとって逃げようとした。 強いポケモンを欲していた。アキラさんはハジメに依頼料を受け取っていて、あまり責めるなと庇った。ポケモン保護区制度を憎んでいた。 ダスクという組織に入っているようだ。リッカという名前の幼い妹がいた。ココチヨさんとも面識があるようだ。 トウギリに自首するよう言われて、逃げだした。リッカを置いていく形になっても。 “闇隠し事件”の被害者で、今までを妹と生き抜いてきたはずなのに。
そして、ハジメはマツを大事にしているか。 ハジメはケロマツのことをちゃんとスカーフに刺しゅうされたマツという名前で呼んでいた。 マツはハジメについていった。 少なくとも、少しは心を寄せているのだろう。 ハジメは信頼できる、良いトレーナーなのかもしれない。
その考えに至った時、改めてハジメに言われた言葉がよぎった。
『お前、ポケモンのことを信頼していないだろう』
「……あいつは、良いトレーナーなんだろうな。俺と同じ“事件”の被害者でも俺に比べてマシなやつなんだろう。でも、気に食わない。いや、赦せない。俺はあいつが赦せないんだ」
絞り出した俺の回答を、カカカとジュウモンジは笑う。
「てめえ頭回ると思っていたが案外馬鹿だな。そもそも、俺達<シザークロス>も半数以上がヒンメル出身だぜ?」 「!」
何を驚いている、とジュウモンジは、あざ笑う。それから面倒くさそうに俺に言う。
「闇に奪われて、移民に奪われて、いろんな奴らから奪われて。踏みにじられてきた。だが譲れないものもあるし、それこそ気に食わないから奪うのさ、俺たちは。そこに誰かの赦しは必要なのか? 仮に赦されたからって、俺達のしでかしていることは何一つ変わらねえ。解ったうえで俺らは<シザークロス>をやっているんだよ」 「じゃあ、奪われる痛みをよく知りながらも、お前らは奪うのか? それでいいのか?」 「そうだ。それでいいと思っている……つまり、結局御託や理屈や常識や善悪を並べないでだな、シンプルに言うと――いい奴だろうが悪い奴だろうが、関係ねえ。お前がこういう俺達を、ああいうマツのトレーナーを気に食わないだけだ。その通りだぜ、配達屋ビドー」
そう言われて俺が抱いた最初の言葉は「そんな」だった。 この赦せない気持ちは、「そんなこと」であってたまるかという想いと、妙に得心がいっている自分とがぶつかり合う。それから無性に苦しいような、恥ずかしいような、いたたまれない気持ちがこみ上げてくる。 何も言えず突っ立っていると、リオルが俺の手を引いた。「もうこれ以上、ここに居なくてもいい」そう言っているようにも思えた。
「少しはマシな面になったと思ったが、まだまだだなあ、てめえら。そんじゃ、俺らは出演の準備で忙しいからな、気が済んだならとっとと出てってくれふたりとも」
そういって俺とリオルを追い出すジュウモンジ達。その彼らは別に俺らのことを笑ってはいなかった。
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一通り話し終えた後、ビー君は片手で顔を抑え、唸った。 それから自信なさげに、でも自分の言葉でしっかりと思っていることを言ってくれた。
「今まで俺はあいつらに突っかかってきたのは間違いだとは思えない」
いや、思いたくないだけ、かもしれないがな、と続けて苦笑するビー君。 そんな彼に私は、こちらを見つめてくるリオルを無言で抱き上げ、そして……
「リオル、からてチョップ」
抱え上げたリオルに、ビー君の脳天にチョップ(憶えてないので技ではない)を叩きこませた。
「んなっ?!」
驚くビー君に私は抱えたリオルの右手を握って、ビー君の脳天に突きつける。 なんて声をかけたらいいか悩んだ末、茶化し気味になってしまった言葉をかける。
「うーんと、ビー君らしくないぞ、とリオルはおっしゃっております」 「そうなのか、リオル」
リオルは頷いた。どうやらリオルの言いたいことを少しはくみ取れたようだ。 それから、今度こそ私の考えを伝えようと試みる。
「ビー君はいい子だけど、善人にならなくていいです」 「は? え? 何だ?」 「ええと、そうだね。うん、そうだ。ユウヅキだ。たとえば、ユウヅキについて、ビー君はどう思う? テレビで報じられている通りの極悪人だと思う?」 「……お前から聞く限りの話と、現状の憶測を合わせただけじゃ、わかんねえよ」 「まあ、その辺は私も詳しくないからなんともいえないけどね。じゃあさ、ユウヅキを極悪人をと呼んだ人々は? 彼らは何?」 「む……」 「悪人って決めつける側の方が善人になれるわけじゃあ、必ずしもそうじゃないんじゃないかな? それこそ、判断材料がない。わからない」 「そう、だな」 「だからね、えっとね。そんなことじゃないよ。そして私は私のワガママで……ビー君に無理やり善人になって、自分の譲れないところまで捻じ曲げることをしてほしくない。いやバリバリでぐれて好き勝手もしてほしくもないけどさ。まあ、ちょっとくらいワガママに行こうよ」
偉そうに言っても、私自身にも言えることだけど、いい子ぶって言いたいこと言えなくなっていったら、やっぱりしんどいのかなと今は思えた。そこら辺はユーリィさんがきっかけになってくれた気がする。 ビー君は、深く深呼吸して、リオルを受け取る。
「ワガママ、なのかはわからないが……けど俺は、<シザークロス>もハジメも気に食わん。どうにかしたいというより、見返してやりたい。だから、一緒に見返してやろう。リオル」
ビー君に抱き上げられたリオルは、彼を見つめて一声応える。 私もなんとなく、自然と口元が緩み目蓋を細めていた――――
――――すると、何かのフラッシュが私たちを照らした。
驚く私たちに、フラッシュの原因の彼女は、カメラを下ろしながら、軽く謝る。
「ごめんなさい。あまりにも美しい光景と素敵な笑顔だったから……思わず。今のは消しますね、アサヒ」 「ヨウコさん! って、ことは……ラストさんも?」 「いいえ、私一人残らせてもらって、イナサ遊園地で写真を撮っていて。ほら、怖がらなくてもラストは忙しいから」 「あはは」
怖がっているの、ばれていたか。 話についていけてないビー君が小声で私に尋ねる。リオルはビー君の後ろに隠れて警戒の目線を向けている。
「知り合いかヨアケ?」 「えっと、知り合いというか、知り合いらしいというか。ちょっと厄介な事情でね……」
伝え忘れていたヨウコさんとラストさんのことを、ビー君たちにざっくりと説明する。 聞き終えたビー君は一言こぼす。
「厄介っていうよりは面倒だな」
それをいっちゃあ、何とも言えないよ……。
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「貴方たちは、やはりイベントが目的で?」 「いや、もともとは仕事でだ」 「出演者ってわけではなさそうだけど……」 「ああ。衣装を届けに来ただけだ。連れが別の仕事をしているから、それまでは俺らは時間を持て余す感じだな」
つまりは、ヒマといえばヒマになってしまったわけだ。こういう時間を使って、情報収集とかを、するべきなのだろう。 それはヨアケも思っていたらしく、さっそくヨウコさんに尋ねていた。
「ヨウコさんって隕石の写真とかって撮ったことあります?」
おいヨアケ。それはストレート過ぎるぞ。もうちょい言葉を選べ。
「残念ながら、撮ったことはないですね。主に風景写真を撮っているので」 「そうですか……」 「見たいの? それとも欲しいの?」 「後者です」 「そう。隕石を探しているのなら、博物館とか……それかオークションとかに売り出されているとかの方が、可能性はあるかしら。なかなか自然のそのものとなると、難しいと思う」 「ですよね」 「あまり力になれなくて、ごめんなさいね」 「いやいや、ご意見ありがとうございます」
礼を言うヨアケに、ヨウコさんは目を細め、微笑んだ。 それは、何か愛しいものを見るようなまなざしだった。
「アサヒって昔も今も何かを探しているね」 「まあ、確かにそうですけど……」 「隕石については誰かに頼まれてついで、でしょうけど……昔の遺跡はとても大切なものを探しているように見えたの、それこそ、ユウヅキを捜している今の貴方くらいには」
ヨアケにとって、ヤミナベを捜す今と変わらないくらい、追い求めていた遺跡。それはギラティナに関係しているとみていいのだろうが……でも何のために? 何でその遺跡をそんなにも探していたんだ? ギラティナに会いに行った……とかか? だがなんの用で?
前から思っていたが……どうにも、ヨアケはその肝心な部分もヤミナベに、彼のオーベムに忘れさせられている気がする。
「ヨウコさん、また、機会があったらでいいので、さっき見せていただいた私とユウヅキの映った写真、いただけませんか?」 「いいよ。データで良ければ今でも転送できるけど、なにか端末はある?」 「あ、あります。じゃあぜひお願いします!」
ヨウコさんから写真データを受け取り、愛しそうに画面を見つめるヨアケ。そんなヨアケをじっと見ていたら先程から俺の後ろに隠れて様子を見ていたリオルが、ヨアケの端末をねだる。気づいたヨアケが、リオルと俺に写真を見せてくれた。
「リオル、ビー君。この黒髪の彼がユウヅキだよ」
画面の中のつんつん頭の彼は、ぎこちなく、でもわずかに笑っていた。彼もあまり笑うのが得意ではないのかもしれない。その彼の隣で、明るい眩しい笑顔の少女がいた。今よりちょっと薄い色の金髪だが、目もとでヨアケだとわかった。こうして並んだ二人を見ると、名は体を表すというか、太陽と月のようだった。
「私ユウヅキのこの銀色の瞳の眼差しが好きー」 「男の俺には解りにくいが。まあ、綺麗な色だよな」 「ビー君もうん、綺麗な黒だよね」 「嬉しくないぞ。嬉しくはないぞ」
のろけを回避しようとしたが、若干失敗した上に巻き込まれた感じがする。 なんか複雑だっ。
そんなやりとりをしていると、ヨウコさんに微笑ましそうに観察されていることに気づき、「撮ってもいいかしら?」と尋ねられまた複雑になるのであった。(そのあと一枚撮ってもらった)
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ヨウコさんに写真を撮ってもらった後、仕事を終えたユーリィさんとチギヨさんが私たちと合流する。ユーリィさんはヨウコさんに驚いていたが、私が事情を説明して一応納得してはくれた。 二人はこのあとのイベントを見ていくとのことで、私とビー君もどう? と誘われたので嫌がるビー君と流れにのってその場から離れようとしていたヨウコさんを(私は一人がいいんだけどなあとぼやいていたのを申し訳ないと思いつつ)捕まえ、5人とリオル、客席に着いた。
チギヨさん、ビー君とリオル、ユーリィさん、私、ヨウコさんの順で座る。 ビー君が、いっぱいの観客を見て。
「こうして催しが出来る分には、まだ治安よくなってきた方なのか……?」
そうこぼした。まあ、<義賊団シザークロス>が参加している時点で、なんか平和な気もしてしまうけど。
「そう思いたいけどね。あんまり気を抜きすぎない方がいいのは変わらないね……気を付けてよね。特にビドー」 「名指しかよ。わーってるよ」
ユーリィさんの注意を文句言いつつも聞くビー君。そのやりとりをチギヨさんは笑いながら茶化す。
「ビドーのことが心配って正直に言えばいいのによ、ユーリィ」 「…………」 「わ、悪かったから睨むなよ!」
私の方からは見えないけど、男性陣二人とリオルがぎょっとしていたので、ユーリィさん結構険しい表情をしていたのだと思う。 ヨウコさんはというと、デジタルカメラのデータを整理していた。(ちなみにさっきのビー君とリオルと私の写真もいただいている。なかなかきっかけとかないと写真とか撮らないので、ありがたや……) データ整理を終えたヨウコさんはカメラを構えた。
「よし、準備完了っ」 「えっと、ごめんなさい。イベントでの撮影はご遠慮願えますか?」
そして十秒も経たずに大人しそうなイベントスタッフさんに……というにはなんか可愛いミミロップの帽子をかぶった青年のスタッフさん? におずおずと注意されていた。
それから、そのスタッフさんらしき人物は、 ビー君に抱えられたリオルを見て、 破顔一笑した。
「リオルだあ……!」
リオル。案の定ビビる。ビー君がミミロップ帽子の人をキッと睨む。 その方は慌てて元の大人しそうな表情に戻り、びくびくと謝る。
「なんだよ」 「あ、ごめんなさい……僕、進化前のポケモンが好きで……目がなくって、つい反応しちゃったんだ」 「ヨウコさん、こいつの写真撮ったか?」
話題を振られたヨウコさんは「ええ」と答える。 あの一瞬をよく撮ったね、と感心していると「ふふふ、シャッターチャンスはほんの一瞬でも充分なの」と得意げなヨウコさんがいた。 ますます縮こまる帽子の彼にビー君は困ってきているみたいだった。 私もちょっと両者ともかわいそうに思えてきたので、提案をする。
「貴方、イベントスタッフさんですよね? 保証できる方は近くにいます?」 「え、ああ、はい……ごめんなさい、ボランティアでスタッフやっている、ミュウトですごめんなさい……ええと、その、ええと……」
か、完全に怯えている。なんだか申し訳なくなってきた。 ちょっと周りもざわついているし、どうしよう。と思っていたら。 氷の結晶のようなポケモン、フリージオを連れた彼が颯爽と。そう、颯爽と現れた。
「彼がスタッフなのは私が保証するよ、お嬢さん」
アイドル衣装と言えばいいのだろうか。きらびやかな衣装を身に纏った、濃灰のシャギーの髪をもつ男性が、ミュウトさんのフォローに入った。 そして、私はその声とその顔に憶えがあった。
「レオットさん?」 「あっ、まさかキミは……っと、すまないが今はレオットでなく、トーリ・カジマと名乗っている。トーリでお願いするよ」 「りょ、了解です。トーリさん」 「して、ここは私の顔に免じて、彼を許してはくれないか?」 「私からもお願い、皆」
フリージオも体を傾けて、謝罪する。 私とレオ……じゃない、トーリさんのやりとりを呆然と眺めていた皆はちょっと驚いた顔をしていたけど、許してくれた。 やっと解放されたミュウトさんは助け船を出したトーリさんに尋ねた。
「……! 助けてくれて、ありがとうございます、トーリさん……! でも、どうして?」 「一応私は紳士だ、そして紳士は困っている人間には分け隔てなく手をさしのべる存在だ、だからこそ私はキミを助けた、以上、理由と理屈の説明完了。ほら、さっさと持ち場につきたまえ」 「か、かっこいいナリ……! じゃなかった、分かりました! 皆さんお騒がせしました……!」 「ステージまでもう少し、楽しみにしていてほしい」
ミミロップの帽子の耳を揺らしながら、見回りに戻っていくミュウトさんと、ステージの裏に戻っていくトーリさんとフリージオ。 昔と印象変わったなあレオットさん。名前も変えちゃっているし。 小さくなる彼とフリージオを見ていたら、チギヨさん、ビー君、ユーリィさんが順々に
「あの衣装、体に合ってないが、好みなんだろうな」 「ブーツと帽子で誤魔化しているって言えよ」 「それ抜きでもビドーの方が低い」
と彼の身長についてコメントしていった。ビー君撃沈。あ、レオットさん振り返った。でも一回振り返っただけでそのまま歩いて行った。聞こえていたな、あれは。 ヨウコさんはというと、写真を撮りたそうにしょげていた。
アナウンスが流れ、諸注意が流れる。その中には撮影禁止もばっちり入っていた。
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夕時に差し迫る屋外ステージの観客席、まだ俺もリオルも落ち着いてはいなかった。 さっきのひと悶着もそうだが、単純に人が多い場所になれてないのが大きかった。 そういや、プログラム知らねえな……と思い出す。 <シザークロス>の奴らも出演するって言っていたが、何をやるんだかあいつら。 そう思った直後。 舞台裏から見知った顔たちが……ドラムを運んできた。
「「!?」」
俺もリオルもヨアケも同じく驚いていた。思わずユーリィの持ち出したプログラムを見せてもらう。そこには「オープニング バンド“シザークロス”による演奏」とあった。まんまだバンド名。
ジュウモンジがエレキギターをもっているし、あいつの手持ちのハッサムや他の面々やそのポケモン、例えばクサイハナたちとかもいるし、赤毛の少女、アプリコットに至っては、ピカチュウのライカを頭に乗せ、センターのマイクの前で構えていた。
ドラムのカウントが鳴り響き、演奏が始まる。 ギターとドラムによる演奏に合わせ、バックダンサーと思わしき青いバンダナの少年とクロバットがバク転などで舞い、ハッサム『つるぎのまい』で、クサイハナが『はなびらのまい』を踊る。 そして、ボーカルの小さな彼女の腹の底から見た目にそぐわない声量の、でもしっかりとした歌声が耳に届く。 それらが交わり、会場を盛り上げにかかる。 一曲目が終わり、続けて二曲目。さらに周囲が彼らに、アプリコットに見入る。 その熱気の中には俺らも巻き込まれていた……。
演奏が終わるとともに、わっと拍手が鳴り響いた。俺は色々思うことやリオルを抱えているのもあり、拍手こそしなかったが……悔しいが見とれてしまっていた。 それは、彼らがステージ裏まで帰っていくまで、だった。 彼らの一つの側面に、目を奪われてしまった。 こみ上げる何かは、そんなに悪いと言い切るには、熱かった。
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<シザークロス>のステージが終わり、続いては、ポケモンコーディネーター、トーリ・カジマによるパフォーマンス。
「オンステージだ、シアナ! ソリッド!」
シアナというニックネームの、見るだけで癒されるといわれる美しい見た目をしたすらりと長い体をきれいなうろこを持つ慈しみポケモン、ミロカロスと先程の氷の結晶のようなフリージオ、ソリッドがトーリの放つボールからそれぞれ、水流と粉雪を纏いながらきらびやかにステージに舞い降りる。 ボールから出るだけでも、こんな風にできるのか……。 BGMに合わせて観客が手拍子を始める。 トーリたちはお辞儀を終えた後、演舞を開始した。
「シアナ、『みずあそび』! ソリッド、『フリーズドライ』!」
トーリの上げる手と共に、ミロカロスがいくつもの噴水を半円状に展開し、フリージオの凍てつく力がその噴水を次々と凍らせていく。氷の花が並んでいるようだった。
「続けてソリッド、『ひかりのかべ』!」
フリージオが光輝く板の足場を作り、トーリがその上を駆け上る。
「『アクアリング』だ、シアナ!」
掛け声に応じてミロカロスが水流で出来た輪を上空に作り出す。 それから宙を舞い、光の足場からジャンプするトーリとともに『アクアリング』を潜り抜け着地する。
「『こおりのつぶて』から――――『たつまき』でフィニッシュ!」
フリージオが周囲に氷で出来た礫を発射し、氷の花も、光の台座もすべて細かく砕く。 それらすべてをミロカロスは渦巻く『たつまき』で巻き込み、神々しい光の渦を作り出した。 竜巻が霧散すると、雪のような氷の粒と光のかけらが会場全体を包み込み、消えていく。 それらを浴びた観客の顔が、自然とほころんで行くのが見えた。
そして終幕の礼をすると、拍手が彼らを包んだ。 コーディネーターってこんな曲芸みたいなことするのか、と圧倒された。
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(レオットさんじゃなくて、トーリさんたちかっこよかったなあ……) 会場を包んだ冷気に負けない熱気に、私もあてられる。 ヨウコさんはとても写真撮りたそうにうずうずしていた。ビー君とリオルも少し息が荒くなっていた。 ユーリィさんとチギヨさんは、別の意味で緊張しているようだった。 まあ、自分たちが手伝った演者さんたちの出番だもんね、次。 しばしの休憩の後、最後の舞台演目である劇が始まる。
劇の内容は、ブラウ対怪人クロイゼルングの、港町【ミョウジョウ】での戦いだった。
昔の【ミョウジョウ】の町には、人とポケモンが仲良く暮らしていて、それをマナフィという伝説のポケモンが見守っていた。 ある日、【ミョウジョウ】の町に火の手が襲いかかる。怪人クロイゼルングが火を放ったのだ。
(ん? 火の海?)
舞台が赤いライトで照らされていく。でも、そこにあるはずのない“火の海”が、再び目に映る。 目の前に見えている光景が私だけに見えている現象だって悟るまでに時間はかからなかった。
そして、誰か言い争う声が聞こえた。
「どうして、どうして町に火を放ったっ!?」
自分の間近から声が聞こえる。 視線の先には揺らめく炎の中に立ち、とても苦しそうな顔をした水色の髪をした青年が剣を手に持っている。
「これでは友が死んでしまう! どうしてこんな真似をした……! 答えろ、答えろよ、“ブラウ”!!!!」
間近の声に“ブラウ”と呼ばれた青年は、ゆっくりとこちらに歩み寄る。 歩み寄る彼の周囲に集まってきた人とポケモンは、先程の声のした方向に、私の方を見て。 敵意に満ちた視線を向け。 怒りの声を上げ。 石を投げ。
叫ぶ。
「お前さえ居なければ」「どうしてくれんだ」「お前さえ居なければ」「なんでまだ生きているの」「お前さえ居なければ」「早くこんなやつ殺してしまえ」「こんな化け物を生かしておけない」
「たのむ“ブラウ”!! 怪人を殺してくれ!!!!!!」
おそらく“ブラウ”と呼ばれた彼の表情は、周りの人やポケモンには見えなかったのだろう。 剣を握る彼の顔は、今にも泣き叫びそうなくらいぐちゃぐちゃで。 苦しそうなのが分かった。 そし剣を振り下ろす直前、こちらにだけ聞こえる小声で、彼は謝罪した。
「ごめん、“クロ”」
◆ ◆ ◆
……………………
「――おい」
……………………
「――ケ」
……………………
「しっかりしろ、ヨアケ!」 「……あれ……ビー君?」
気が付けば、辺りはすっかり暗くなって、誘導用のライトだけが照らされていた。ステージの上に人はもういない。劇は、私の気づかぬうちに終わってしまっていた。 私の周りにいたみんなが、心配そうな視線を向けてくる。
「大丈夫か、気を失っていたみたいだが」 「え……寝ていたとかじゃなくって?」 「寝ているだけならここまで心配してねーよ! ……すまん、怒鳴って」 「いや、私の方こそ……」
一体、何が起きたのだろう。劇を見ていたはずなのに。 それにあの光景は、何だったのだろう。 不安を見抜かれたのか、ユーリィさんが、聞いてくれた。
「何かあったのなら、教えてほしいんだけど。医者にみてもらうにしても、ちゃんと状況把握したいし……いえる範囲でいいから」 「ありがとう大丈夫……なんか、変なのが見えたんだ」 「変なの?」
見えた光景の一連の流れと、その予兆が昼頃あったことを伝える。 チギヨさんはちんぷんかんぷんといった様子で、ユーリィさんもちょっと突拍子もなくてついていきにくい、という表情だった。ビー君とリオルは疑うことはしないでくれたけど、混乱しているようだった。 そんな中、ヨウコさんが。
「アサヒ、怖かったね」
そう、声をかけてくれた。 その言葉をかけられて初めて、怖かったことを自覚した。
「怖かった。何がって、怪人っていう人間の方が十分怪物なんじゃないかなってくらい、責めてくるのが、怖かった」 「怪物、ね……確かに、人間のひとつの側面ではあるね。でも、何がどうあれ、世界はただそこにあるだけ、その世界をどう見るかは私たち次第です。だから、大丈夫。大丈夫よ」 「ヨウコさん……」
ヨウコさんが頭を撫でてくれる。その温かさが心地よくて、安心していくのがわかった。
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会場を後にすると、遊園地の入口にレオットさん(今はトーリさん)がミミロップ帽子のミュウトさんと話していた。 二人は、ユーリィさんに肩を貸されて歩いていた私を見て驚いた。
「……どうした」 「だ、大丈夫ですかー!!」 「いや、ちょっと体調崩しちゃって……」 「大変だ! 待ってて! お願いプーレ!」
ミュウトさんは、モンスターボールから水色の子供の首長竜のポケモン、アマルスを出し氷を作らせる。それから慌ててリュックの中から、モモンの実とヒメリのみとシェイカーを取り出して、その場できのみのジュースを作ってくれた。
「人でも飲めるようにしてあるから、これ飲んで元気出してください……!」 「ありがとうございます……あ、おいしい」
甘めの冷たいジュースで、ちょっとだけ元気が出てくる。 なんとかもう、自分の力でしっかり歩けそうだ。
トーリさんが、ほんの僅かだけど、顔を暗くしたように見えて、思わず聞いてしまう。
「トーリさんも、大丈夫?」 「ああ、ああ……私は平気さ。少し、思う所があってね、たいしたことではないのだが」
思う所? あんなに大盛況だったのに、トーリさんたちのパフォーマンス。 私の疑問に彼は、「こんなことをいったら申し訳ないのだけれどね」と前振りを置いてから、話してくれた。
「私は、“事件”で心に傷を負った人を自分の芸で元気付けたいと思い、この地に来た……だが、彼らが求めているのは、何かもっとこう、元気づけるものとは違うようなんだ」
その彼の言葉に、ビー君が共感した。
「確かに。なんか最後の劇の最中、変な方向で盛り上がっていたからな」 「ああ。キミの言う通りだ。あれではまるで……」 「“敵”……か」 「そう、怪人クロイゼルングのような、わかりやすい“敵”を欲しているような……そんな一体感があったのだよ」
“敵”を欲する観客がいたという事実に、私はただただ驚いていた。 そして、嫌な、とても嫌な予感をしてしまった。 クロイゼルングは今の世の中にはいない。だとすると、次にその敵意を向けられるのは――――
「――――ユウヅキ」
ぽつりと零した言葉に、事情を知っている人はみんな気づいたようだった。 たとえ、今日会場に来ていた人以外がそうじゃなかったとしても、多くの人が、次に敵意を向ける相手は、“闇隠し事件”の容疑者であるユウヅキだということに。 そして、私も……。
償う、ということに恐怖が付きまとってくる。今までは恐れないでいれたと思ったのに。 こんな、些細なことで……怖くなるなんて。 表情がこわばる私の名前を、トーリさんが呼んだ。
「アサヒ」 「……はい」 「無理のない範囲でいいから、笑えるようになってほしい。事情は知らないが……キミは、人は、幸せには、ならなきゃいけないと思う」 「トーリ、さん」 「関係のない話になってしまうが、私には従兄弟がいてね、とある霊山の頭領として毎日楽しそうに働いているんだ、そうやって一日一日を幸せそうに生きている従兄弟をみると、私だって幸せにならなきゃと思うのだよ。そのために、何ができるかはまだよくわからない。でも、私は模索し続けるつもりだ。キミにも、幸せになることを、どうか諦めないでほしい」
励まされて、なんとも言えない気持ちがこみ上げて、でも声が出なくて。 諦めてない。そう伝えたくて。 頷くことでしか返事はできなかったけど、何度も、何度も、頷いた。
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トーリとミュウトと別れて、港町の入口まで来る。 二人とも、また会った時はゆっくり話でもしたい、と言っていたので、ぜひと答えた。 最初はミュウトのこともトーリのことも疑ってしまっていたが、ヨアケを元気づけようとしたあいつらの行為を見て、考え方を変えた。 そして、また一人との別れも近づく。
「じゃあ、私もこの辺で。また、ご縁があったら、素敵な笑顔を取らせてね。アサヒ、ビドー、リオル、ユーリィ、チギヨ」 「うん、また。今度こそ、憶えているから。またねヨウコさん」 「ええ、貴方が忘れても、また私も憶えているから、大丈夫よ……じゃあね!」
彼女、ミズバシ・ヨウコは手持ちの大きなとさかを持つ鳥ポケモン、ピジョットを繰り出し、『そらをとぶ』で夜空を舞って行った。
「じゃあ、俺らも帰ろうぜ」 「そうだな」
チギヨに促されて、帰り支度をする。 ふと思い出し、全員がイベント中に切っていた携帯端末の電源を入れる。
「あ」
短く声を上げたのは、ヨアケだった。
「デイちゃんから留守電いっぱいきている……みんな、ちょっと電話してもいい?」 「構わないぞ」 「いいよ、私もメール打ちたいし」 「ありがとチギヨさん、ユーリィさん。テレビ電話にするから、ビー君とリオルもきて」 「お、おう」
ヨアケに呼ばれ、俺とリオルも近くのベンチに、ヨアケの隣に座る。 着信音の後、画面が繋がる。そこには、黄色い頭の小さな褐色の少女が不機嫌そうに座っていた。
『おっっっっそいじゃん!! アサヒ!』 「ごめんデイちゃん! ちょっと電源切っていて……」
そのソテツよりも小柄な少女はデイちゃん、と呼ばれている。もしかして、こいつがまさか……?
『ところで、そこの少年は、前にトウギリが言っていた彼?』 「少年じゃない、ビドーだ。こっちはリオルだ」 『あっそ。あたしは<エレメンツ>“五属性”の一人、電気の属性を司る者デイジー。よろしくじゃんよ。ビドー、リオル』
そっけない態度の少女になんか調子が狂っていると、ヨアケが補足を入れる。
「デイちゃん、私より年上」 「マジか」 『ま、気にしてないけど一応言って置く。ガキはあんたの方だかんな、ビドー。敬えよ』 「う……はい……」
逆らえないプレッシャーをデイジーに感じつつも、話の続きを聞く。
『じゃあ、本題に入る。アサヒ、隕石の方のあてはついた。そのことも含めて話があるから、一回<エレメンツ>本部に戻ってこいじゃん』 「見つかったの? 流石デイちゃん」 『いやいやそれほどでもあるよ。お使いなんてさっさと終わらせるに限るってね。まー、面倒くさいことになっているけどね。あっ、ビドーも連れてきな』
急に名指しされ、軽く驚く俺にデイジーは呆れながら付け加える。
『アサヒの相棒なんだろ? あんたも来いったら来い』 「っ、お、おうわかった」 『じゃ、明日中においで。待っているじゃんよー』
あっ、一方的に通信切りやがった。まだ色々聞きたいこととかあったんだが……仕方ないか。 ヨアケの横顔をちらっと見る。さっきまでの顔色の悪さはもうない。でも多少は疲れているようだった。
相棒だろ? とデイジーに言われた言葉を握りしめる。
「無理、しすぎるなよヨアケ」 「ありがとビー君。頼りにしているよ」 「……おう」
次の目的地は、自警団<エレメンツ>本部。 ヨアケを保護していた、ヨアケが赦されない相手の総本部。 いずれは、と思っていたときがやってくる……。
……俺が、ヨアケの力になるんだ。
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王都【ソウキュウ】
夜の公園で携帯端末を握り、受信した文面を眺めた彼女は微笑む。 そして彼女はそのまま別の通信機で彼に電話をかける。 専用の回線でつながれた通信先の相手に、彼女は語り掛ける。
「ボクだよ。ユーリィから連絡があったよ。サク」 『……サモンか、何があった』 「彼女が“目覚め”始めた。残されたタイムリミットは、そこまで長くはないかもね」 『……そうか』 「で、どうするんだい、キミ。彼女達も隕石を手に入れようとしているようだし……このまま<ダスク>を潜ませるにも、限度があるよ」 『そろそろ、かもな。<エレメンツ>が隕石の確保に出たからには、確実に罠が仕掛けられる。だけど、引くだけという選択肢は、ない』 「分かった。じゃあ、ボクの方からも助っ人を呼んでおくよ。隕石を手に入れる可能性は上げないとね」 『…………頼んだ』 「いいよ。そしてキミがボクに負い目を感じる必要は、これっぽっちもない。じゃ、頑張ってね」
通話を切り、サモンは再び微笑んだ。無邪気に悪巧みをしているような笑みで、目的を達成した時の結果を夢見るように、目を細める。 それから再び携帯端末を手に取り、アドレス帳に乗った番号を選択し、電話をかける。
「キョウヘイへーい」 『…………訴えられるぞ』 「誰に?」 『俺にだ』 「じゃあ、いっか。キョウヘイ、キミに頼みがあるんだ」 『……聞く気はないがなんだ、サモン』 「今度、ヒンメル地方で開かれるバトル大会の優勝賞品に隕石があるんだ。それが欲しい。だから、ボクに力を貸してほしい」 『俺は誰かの指図を聞く気はない、知っているだろ』 「ああ、知っている。だからこそ、これは友達としてのお願いなんだ。それに、キョウヘイは最強のポケモントレーナーを目指しているんだろう? リーグのない地方の大会に怖気づくキミではないだろう」 『……言ったな。わかった、君のお願いとやら、聞いてやる。行ったことのない地方だから、ガイドくらいはしろよ。サモン』 「うん、待っているよ。キョウヘイ」
通話を終えたサモンは、夜空を眺めて、もう一言だけ、口にした。
「待っているよ、その時を」
つづく
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