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  [No.214] 静寂の声 一 投稿者:夜梨トロ   投稿日:2011/03/06(Sun) 23:03:54   91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 あなたのこえをきかせて。

 あのちいさなこもりうたをきかせて。



 一


 いつも考えていることがある。
どうして人は僕等を捕まえるのだろうと。
 僕は人を憎んだ。僕のお母さんを奪った人を絶対許せない、許しちゃいけないと心に刻み込んだ。
 僕が生まれてから数カ月経った頃、僕とお母さんは人の従えた生き物に攻撃を受けた。木の実を取ろうと森の奥から飛び出した、爽やかに降り注がれる太陽の光が眩しい日本晴れの朝のことである。お母さんは大きな身体でふかふかの毛をしていて、周囲が一目置く存在だった。怒って吠るだけで皆押し黙って、溜息を吐けば誰かが心配そうに声をかけて、笑えばその周りにあっという間に沢山の生き物が集まる。そして喧嘩になれば誰にも負けなかったし、狩りは誰よりも上手かった。強くて優しいそんなお母さんが大好きだった。けれどその日は違った。人と出逢った瞬間戦闘は始まった。赤い身体をした相手は炎を吐き、お母さんは僕を守ることで精一杯。ふかふかの毛は真っ黒に焦げ、僕は腹の下に潜り込んで攻撃を避けていた。けれど熱が蝕み呼吸が苦しくなる。苦しいけど声も出せず、ただ何もできずに震えていた。
 そして急に影が無くなって太陽が照りつけた。同時に無くなった身体に触れていた温もり。お母さんが一瞬にして消えたのだ。僕は目を見開いて立ちあがった。人が笑いながら地面に転がった小さなボールを拾い、僕を思いっきり足で蹴った。生まれたてで非常に軽い僕の身体はいとも簡単に宙を飛び、痛みが身体中を襲った。ムーランドかラッキー、という言葉が遠のいていく意識の中で聞こえ、その後はもう覚えていない。疲れと混乱とが身体中を支配し、意識はひゅっと遠のいた。あっという間のことで訳が分からず涙の欠片も出てこなかった。
 それは人がお母さんを捕まえたのだということだと知ったのは、僕が意識を取り戻した直後である。日光が強く照りつける真昼、僕は丸い影の下で目を覚ました。僕よりずっと大きく茸のような身体をした、知り合いのおじさんだった。よくかくれんぼをしてくれたけどバレバレで、いつも僕が圧勝していた。男なのに女みたいな口調の変なおじさんだった。
 僕が森の外に倒れていたのを鳥が見つけたのよと説明は始まった。起きたばかりで頭がうまく回らない僕に、おじさんは順序良く優しく教えてくれた。何が起こってしまったのかを。終始嘆くように哀しい表情をしていたのを今でもよく覚えている。
 お母さんにはもう会えないだろうとぼそりと呟いた彼の声を僕は聞き逃さなかった。耳を疑って頭の中でその言葉が木霊して、激しく彼を問い詰めて静かに出てきた答えは、お母さんは人に捕えられたということ。
 数秒の沈黙をおいてから、僕はまた呼吸を始めた。
 真っ暗になった僕の世界と、湧き上がる怒りと悲しみの涙。
 耳が割れんばかりの強い轟音と共に雪崩れこんでくる洪水のような激しい感情。
 今でもはっきりと覚えている。忘れられない。心の中の大部分に満ちているその記憶に僕は浮かんでいる。泥のように重たく冷たい記憶の海に、浮かんでいる。今も変わらない心で、だからといってどうしようもない日々が続いている。
 僕は人を憎んでいる。
 僕等を捕まえようとする人を絶対許せない、許しちゃいけないと心を染める。





「坊、何を見ているの」
 頭上から声に撫でられて僕は顔を上げた。茸みたいなおじさんが僕を少し心配そうに見下ろしている。
 僕はしばらく頭が働かず何を言われたのかよく分からなかった。ゆっくりと噛み砕いてその言葉を理解し、どう返そうかと迷ってしまう。また考えごとに浸り過ぎてしまったようだ。
「……なんでもないよ。ほら、雨が止まないなあって」
 少し笑って誤魔化す。
 実際雨は激しく降っていた。雨になるとこうしておじさんの傘の下にやってきて雨宿りをする。大きな傘の下では雨に濡れる事とは無縁で、おじさんも何も言わず受け入れてくれる。それに甘えている形だ。この定位置は僕が今世界で一番好きな場所。おじさんと話しながら雨の音に耳を傾ける。何てことのないこの行為が僕にはとても大きな温もりである。おじさんは優しかった。お母さんがいなくなった僕を自分の子供のように可愛がり、時に厳しくしつつ育ててくれた。この森のことを沢山教えてくれた。森のほぼ中心部にある巨大な御神木を初めとして、そこからどれだけどの方向に歩けば木の実が沢山ある場所に辿りつくか、どんなものが食べる事ができるのか、どんなものが食べる事ができないのか、季節が巡って冬の間どう生きればいいか。生命の危機になったらいざとなれば私の傘を食べる手があるわ、まあ毒があるかもしれないけど、と笑うこともあった。僕にとっておじさんは誰よりも何よりも大切な存在で家族同然だ。
 雨は数十分前から降り始めて、今はピークを迎えているところだ。鉛色の重苦しい雲が少し開けた木々の隙間から見える。あの空を見ていると自然と心も沈む。そうして記憶に浸ってしまう。一番好きな場所でどんよりとした気分になる。それは矛盾しているようだけど、それもまた日常。とれることのない癖。誤魔化しても誤魔化しきれないだろう。おじさんは僕をよく知っているのだから。
「いつまで降るのかな」
「さあねえ。でも待っていればいつかは止むわよ」
「そりゃあそうだよ。おじさんいっつもそう言うね」
「レパートリーが無いのよ」
 僕はおじさんに少し体重を乗せた。寄り添って感じる温かさで、おじさんは茸みたいだけど茸と違って血が流れてて呼吸をして生きてるんだと当たり前のことを実感する。きちんと僕の傍にいてくれる。
 雨が止んでこの重い心を晴らしたいという思いとこのままおじさんの傘の下にいたいという思いが交錯する。晴れていても傍にいればいいじゃないかと思われるかもしれないけど、確かにその通りではあるのだけれど、雨の中というシチュエーションが僕は好きだった。晴れている時よりも雨が降っている時の方が心がおじさんの傍にいれるような気がする。寒いからなのかな。
 おじさんは欠伸を一つした。それは一度目のものじゃあない。さっきから数分置きに欠伸を繰り返している。相当眠いんだろうけど何とか堪えているようだった。無理しなくてもいいのに。でも起きててもいてもほしいから何も言わない。まったく自分は矛盾ばかり。
 ふぅと溜息をつく。思いっきり遠吠えでもしたい気分だ。遠吠えすると身体中の嫌なものが余ることなく絞り出て気分がすっきりする。でもそれをするとおじさんにうるさいわよとかみっともないわよとか言われて大きな丸い手で軽く叩かれるんだよなあ。それに雨だから満足にできないだろうし。
 降り落ちる雨粒を呆然と見つめる。胸の奥が縮こまって、呼吸が苦しくなるような錯覚に襲われた。
「おじさん」
 何となく呼んでみたけれど、返事は無い。
 もう一度呼んでみた。だけどやっぱり返事は聞こえてこなくて顔を上げると、その瞼は閉じられていて小さな寝息が聞こえてくる。ああ、寝ちゃった。おじさん、一度寝ちゃうと当分起きないんだよね。
 空を見上げ、僕はそっとおじさんの傘を出た。雨宿りなどしなくても本当は大丈夫だった。風邪など滅多にひかないのだから。少し雨粒が大きくて痛いけど、逆に頭が冷えて良いかもしれない。
 いつの間にか走り出していた。森の中を駆ける、駆ける。草むらは雨でびしょびしょで僕の身体もまたびしょびしょで、それでも走る。何もかも忘れる忘れる忘れたい。閃光のようにちらつく記憶の断片から今は離れたい。
 お母さん。
 心の中で叫んだ。
 お母さん、お母さん。ねえどうしていないのさ。どうして一瞬で消えちゃったのさ。森で一番強かったじゃないか。ずっと傍にいてほしかったよ。どうして今いないんだよ。おじさんは寝ちゃったよ。僕は今一人だよ、森に他に住んでいる皆の姿が見えない。見えない。
 僕よりも背丈の高い草むらに無我夢中で跳び込んだ。目の前の無限に続くような草むらに気圧されることなく掻き進む。目指す場所は特に決まっていない。ただ走るだけだった。身体が動くままに。



 草むらを抜けた。そうすると見慣れた場所に出る。森の中では珍しく少し開けた場所で、背がどの木々よりも高く太くそして年老いている大樹がその中心に聳えている。この森の御神木で、昔から森の神様が宿っていると言われている。おじさんとたまにだけど拝みにくることだってある。
 葉が多く茂っていて、根元にやってくると大分雨粒はシャットアウトされて十分雨宿りになる。風がびゅうと吹いて肌寒さを感じる。身体を思いっきり降って少しでも濡れた身体から水分を取り、御神木の幹にすがった。御神木は他の木々と違って白い幹だ。柔らかく温かみのあるようなほっとする白。僕はこの色が好きだけど、時に恐怖を覚える。あっという間に朽ち果てていく、そんな情景が描かれることがある。御神木は一体何歳なのだろう。おじさんも知らない。おじさんが生まれる前からずっと生きている。御神木はずっと生きている。そしていつか死んでしまいそうな気がして震撼することがある。でも本気でそうは思っていない。何となくそう感じる事があるだけで。
 雨は止まない。
 また心が縮こまって胸が痛くなる。孤独感が僕を包み込んで離さない。
 僕はそれを少しでも紛らわそうと何か考えごとを始めようと思い立つ。そうしておじさんがこの間真昼の空に黒い流星が横切った話を思い出した。昼間なのに流れ星が走るなんて聞いたことがない。僕も見たかったけどその時僕は眠っていた。なんてタイミングの悪いことだろう。その日は森のどこでもその話題で持ちきりで、僕はひどい疎外感を覚えた。
 遠くから見ても分かる圧巻のスピードで空を駆け抜け、あっという間に見えなくなったという。生き物なのではという声が上がったけれど、あんなに速く飛べる大きな鳥がいるのかいとまた誰かが反論した。僕は別にどうだってよくて、ただただ見たかったと後悔するだけだった。おじさんは鳥じゃなくて絶対流星だと頑固に意見を通した。その方がロマンがあるじゃない、と。
 僕の知っている流星は白く輝いていて、夜空をさっと一瞬で横切ってしまう儚いもの。去年のいつだったか、おじさんと一緒に流星群というものを見た。森を少し抜けた開けた丘に並んで、数分置きに流れる星を眺めた。雲一つない絶好の天気で、視界いっぱいに広がる星空と夜独特のひんやりとした空気が心地良く、歓喜の声をいくつも上げた。途中で寝てしまったけど、夢にもしばらく出てくるくらいに印象的だった。
 それとは違うものなのだろう、皆が見た黒い流星は。黒いということは光らなかったんだろうか。物凄いといってもどれくらいのスピードで、どのくらいの大きさで駆け抜けたのか。実際に見ないと分からない。だから僕は目を閉じて頭の中でそれを描き出す。想像力を膨らませて、黒い流星を僕の中で見る。
 そうしているだけで、僕は少しだけ満足することができる。



 ああそうだ。黒い流星も勿論だけど、僕はまたおじさんと流星群を見たい。
 この目にもう一度焼き付けたい。あれから一年ほど経った今、あの時ほどはっきりと思い出せなくなってしまった。どうして覚えていたいことを忘れちゃうんだろう。
 雨は止まない。そんなことは目で見ずとも耳に入ってくる音で分かっていた。



 草むらが大きく揺れる音で僕ははっと意識を取り戻した。しまった、いつの間にか眠っていたようだ。
 雨は少し止みそうになっている。だけど跳び込んできた音はそれとは違う。僕は辺りを見回して様子を伺った。正面ではないようだ、僕は右を向いて誰もいないことを確認するとさっと今度は左を向いた時、息を呑んだ。どこに隠れてもバレバレなおじさんではない。そこに姿を現していたのは見た事の無い生き物である。
 白っぽいふかふかそうな毛で顔が包まれていて、目のあたりや耳にはオレンジ色の毛が見える。四本足で立つ身体はすごく大きくて、おじさんの二倍、いや三倍ぐらいはありそう。ああ、胴体はほとんどオレンジ色の毛だ。佇まいがどことなく勇ましくて堂々とした雰囲気を持っている。
 おじさんより三倍近く大きいのだから、僕から見れば大きすぎるくらいで恐怖が身体を走り硬直する。オレンジの生き物はゆっくりと草むらから出てくると少しふらつきながら雨の中を歩き、御神木の下に入ってきた。近づいてきたらその迫力は満点で、僕は目と口をあんぐりと開けているだけである。きっと他から見れば間の抜けた顔になっているだろう。
 しかし対するオレンジの生き物は僕に気が付いていないのか僕には目もくれず、雨宿りのできるこの場所にやってくると急にその場に倒れるように足を折った。荒い呼吸が耳に入ってきて、僕はそこでようやく少し様子がおかしいことに気がついた。
 恐怖心を抱えたまま、代わりに生まれた勇気と好奇心とが僕をそっと動かす。二メートル程離れたところにその生き物はいて、目の前にするとその大きさに改めて圧倒される。気がつかなかったけど白い尻尾もあって、この中に僕が飛び込んだら余裕で埋もれてしまいそうなくらい大きかった。けれど近づいてみて分かったことがある。当然雨に濡れているが、その毛並みはボロボロだった。すり傷がいくつかの箇所にわたって見え、その身体を舐めるように見回す。そして右の後ろ脚からどんどん溢れだしてきている赤い血だまりを見た瞬間、僕は震えあがり思わず声をあげて跳び上がった。
 その時、オレンジの生き物の閉じていた瞳が顔を出した。さすがに気付いたようで僕に目を止める。
 大きな口が動いて何かを喋ろうとするが、何も言葉は出てこない。僕は縮こまって怯えた瞳で、黒い吸い込まれるような瞳を見つめた。何故だか目を離すことができなかった。迫力に完全に気圧されているせいだろう。
 オレンジの生き物はまた目を閉じる。何も言わず、何もしてはこなかった。
 そのことにまず僕は安堵し、へなへなとその場に座り込んだ。緊張で喉が渇きまだ心臓が太鼓のように鼓動を荒げている。
 少し例の後ろ脚を見やると水に溶けるように血はどんどん広がっており、僕は思わず目を逸らす。どうしたらいいのかよく分からなくて、でも何もせずにいるのも何だか居心地が悪くて、僕は気づいたら走り出していた。
 急いで今まで来た道を引き返し、恐らくおじさんがまだ寝ているであろう場所へ向かって。
 急がないとあの生き物は死んでしまうかもしれない。それは嫌だ。僕の目の前に来て御神木の真下で倒れて死ぬなんて駄目だ。あの怪我だってきっとおじさんなら治してくれるんだ。僕じゃどうしようもできないから他に頼るしかない。僕はあの頃からずっと無力だ。お母さんがいなくなってから何も変わっていない。どれだけ人を憎もうと人を実際に見返してやろうという勇気は出てこなくて、ただこうして走るしかできない。それしかできないから走る。


 聞こえてくるのは変わりゆく世界の音。


  [No.234] 投稿者:夜梨トロ   投稿日:2011/03/19(Sat) 12:44:37   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 二



 僕がおじさんを呼びにいってから約一時間ほどしただろうか。おじさんは風の如く素早くあの生き物の元へ向かうと、せっせと治療を始めた。普段のおっとりとした立ち居振る舞いからは考えられないくらい俊敏な動きだった。薬草などを使って怪我を治しているその様子を僕は途中から見ていられず、寝るふりをして背を向けていた。
 雨は止み、木の葉から雨粒が垂れる昼過ぎ。千切れたような雲の向こうに青空が見える。激しいにわか雨だったなと僕はその空を何となく視界にとらえて虹の在り処を探してみる。けれど七色の橋はその欠片も見えず、高い上空にあるのは雨上がり独特の鮮やかな青色と未だ残る灰色だけ。
 湿った空気が漂う中で、おじさんが僕の真上に顔を覗かせた。それは治療が終わったことを示しているのだろうか、僕は再び立ち上がって振り向く。御神木の根元に身体を委ねる巨体。地面には未だに血が残っていることに僕は縮こまりながらも、まだ出血していないところを確認し安堵する。荒い呼吸も落ち着いて、今は安心して眠っているのだろうか。ほんの少しだけ開いた口から小さな吐息が漏れている。
 半径一メートル以内はまるで見えない壁が張られているかのように、僕はそれ以上近づくことができなかった。足が震えてそれ以上進めない。不安と恐怖が行くなと囁いている。
「坊、お手柄だったわね」
 おじさんはそう言うと大きな丸い手で僕の頭をそっと撫でた。
「もう少し遅かったら出血しすぎて間に合わなかったかもしれないもの。それにしてもすごい怪我だったわ。一体何をしてこんなことになったのかしら」
 不思議そうに生き物を見つめるおじさん。こうして並んでみるとやはりおじさんよりもずっと大きい生き物であることが一目瞭然である。今は寝そべっているが、立っている時の迫力を思い出すと今でも震撼する。
 生き物を身を乗り出すように見つめていた僕の背中をおじさんは突然押した。僕は少しよろけて半径一メートル内のその領域に踏み込んだ。当然だが何も起きない。震える足を自分で励ましながら僕は近付く。
 そうすると目を閉じていた目の前の生き物の瞳が見え、僕の足は思わずかたく凍りついてしまった。その黒く大きな瞳が僕の姿をとらえる。
「……な、なんだよ」
 僕は強がりつつそう呟く。思っていたより小さい声で、もじもじと怖がっているようにしかこれじゃあ聞こえないだろう。その時頭に強烈なげんこつが入り、思わず僕は悲鳴をあげその場に潰れるように座り込む。殴ってきたのは勿論おじさん。
「ごめんなさいね。怪我は一応吐血ほどはしといたけどしばらくは動かないでくださいね。また血が出たら大変だから」
「ああ……感謝します」
 僕は頭を抑え涙を堪えながら、その生き物から出てきた声に目を丸くする。その大きな巨体からは考えられないほど小さく、掠れた声だった。僕のさっきの呟きと左程変わらない声量である。声が小さいのはまだスルーできても声の掠れ具合は異常だ。風邪でもひいて喉が潰れているのだろうか。
 少し身体を震わせすぐに痛みに倒れるオレンジの獣。おじさんの忠告を無視して動こうとしたのだ。
「あなた、どこから来たの? この森に住民じゃあないでしょう?」
 おじさんの問いに少し獣は目を逸らし、しばらく沈黙が流れる。どうしてすぐに答えないのだろう。しかしそのうちその口が開いた。
「ずっと遠く……海を越えた向こうから……」
「うみ?」
 僕は思わず聞き返した。彼の掠れ声への心配は虚空に消え、聞いたことの無い単語に僕は興味が向く。ただ相手は“うみ”という単語自体に反応していると気付いていないのだろうか、こくりと頷いただけで話を続ける。
「いつだったからかこの地方にやってきて、しかし突然捕えられ、今は逃げてここまでやってきた。その途中に崖から落ちてしまった、だから怪我を負ってしまった」
「崖ってこの近くにあるあの崖? 落ちてよくここまで歩いて来れたわね。頑丈な身体ね」
「そんなことは無い。結局このざまだからな。……本当は海を越えて戻るべき所に戻りたいが、それは叶いそうにない」
「海ねえ。それは難しいわね。むしろどうやって海を越えてきたのか、そっちの方が疑問だわ」
 おじさんも“うみ”を知ってるのか。一体何なんだろう“うみ”って。後で聞いたら答えてくれるかな。
 獣は黙ったまま答えない。答えたくないのだろうか。沈黙の後、ウインディは下げていた頭を上げておじさんと相対する。
「とにかく、助けて下さったのは有りがたい」
「お礼ならこっちの坊やに言って下さい」
「ありがとう、ええっと……」
 獣はこちらを真っ直ぐ見つめてくる。
「名前は何というんだ」
「名前? 名前なんて別に無いよ」
「え?」
 オレンジの獣は首をかしげる。そんなにおかしいことだろうか、僕は僕だし、おじさんはおじさん、お母さんはお母さん。それ以外に何があるというのだろうか。
 しかしその後獣は何かを考えるように顔を俯かせて、勝手に一人頷いた。
「ここの者達は名前など無くてもなんとかなる、というわけか。ふむ」
 何だか馬鹿にされたような気がして、僕はむっと顔をしかめる。
「じゃああんたは名前があるのかよ」
 意地を張ってそう言うと、おじさんがまた頭を叩いてきた。といっても先程よりも随分優しい威力だったけど。
 獣は少し微笑む。微笑んだその瞬間の生温かい息すらも大きく僕に吹きかかる。少し強い風が吹いたように僕の毛が揺れた。いや、それよりもその微笑んだ表情の柔らかさに僕は驚かされ、印象深く頭の中に残る。
「ウインディと呼ばれていた」
 溜息をつくように自然と零れてきた言葉は、噛みしめるように籠った声。
「だからそれが私の名前なのだろう。ウインディと呼んでくれ」
 ウインディ。
 僕はそれを心の中で再び呟いた。それは、他と個を区別するために生まれた言葉。何故だろう、不思議な響きを携えている気がした。僕には無いその名前を、彼は嬉しそうに呼んでくれと話す。僕には無いものを彼は持っている。それは、獣が森の外の世界から来た生き物であることの象徴だった。



 ウインディがやってきたという話は瞬く間に森中に広がり、数刻後には彼の周りは森の皆の姿で埋もれていた。それを僕は遠くから呆然と見詰めていた。興味に目を輝かせた子供がその中の大半で、外からじゃあ様子が殆ど見えないほど沢山居る。おじさんが傍に控えて、怪我が悪化しないか心配しているのがわかる。基本的に安静しなきゃいけないだろうに、周りがこれだけ騒いでいては安静になんてしていられないだろう。まあ、別に僕には関係無い話だけどさ。
 軽く溜息をついた後つまらなくなって上を見上げる。御神木の葉がさわさわと揺れ、その向こうからやってくる木漏れ日がちかちかと光る。先程までの雨は一体なんだったというのか、不思議に思えるほど爽やかで晴れ晴れとしている。空も森の皆のようにから元気にはしゃいでいるようだ。うるさいくらい眩しいんだ。
 耳を立てると様々な黄色い声が飛び交っているのが分かって、聞き取ってみる。大きいなとかすごいねとか、そんな感じ。確かにその言葉に偽りは無く実際とてつもなく大きい。多分森にいる生き物の誰よりも遥かに大きいと思う。けれど何だかそれは僕にとってとてもつまらなく感じられる。突然やってきて森で一番大きな存在になるだなんて、つまんない。なんだか心に針がちょいちょいと刺さる様に痛く感じる。
 ああなんだか、気持ち悪い苛立ちだ。
 いっそ寝てしまえばこの沈んだ心も何となく癒されるだろうか。つまらない時間を起きたまま呆然としているより、眠ってしまった方が有意義なのかな。そうだ、眠ってしまおう。聞こえてくる声を子守唄に変えてしまおう。目をすっと閉じて暗闇の中に潜りこむ。小さい体を更に縮こまらせる。意外と疲れていたのかな、白い雲のようなふわふわした眠気は案外簡単に僕を包み込んでいった。


 おっきいねえ。おっきいなあ。
 すごいねえ。すごいなあ。
 ああそうだ、なんて大きいのだろう。僕の記憶の中のお母さんよりもずっと大きいんだ。でも僕はそれをつまらないと必死に心の中で訴える。


 目をまた開くと僕は小さな影の中にいて、すぐにおじさんの傘の中にいるのだと分かった。何か夢を見ていたような気がするのに、内容は何も覚えていない。何も見ていなかったのかもしれない。あやふやな中でゆっくりと身体を起こす。頭が働かず状況を理解するのに少し時間を要した。森は少しだけオレンジ色に染まっていて、静けさを携えた柔らかな時間帯へと移り変わろうとしていた。
 そういえばやけに静かだ。僕はそっと顔を上げると、あのオレンジの獣が同じ場所で身体を横にしていた。周りに群がっていた森の皆の姿は何時の間にやら消えていて、この周りの空間にいるのは僕とおじさんとあの獣だけになっている。ふと僕は頭上に視線をやると、おじさんは目を閉じて一人眠っていた。おじさんを起こさないように忍び足でその場を離れ、傘の下からゆっくりと抜け出す。恐る恐るおじさんの表情を伺ってみるとどうも気が付いていないようで、ほっと胸をなでおろす。
 夕日の輝きが僕を照らし、少し長くて大きな影が僕の足元から伸びる。
 オレンジの獣もおじさんと同じく目を瞑っている。寝ているのだろうか。
 ウインディ、と僕は心の中で呟いた。ウインディというその言葉の羅列はまるで何かの魔法の呪文のように思える。それを口にすると、何かが変わってしまうようなそんな予感が僕の中をよぎる。だから僕はそれを声に出さずに、心の中で唱えた。
 息を止めてなるべく物音を立てないよう慎重に御神木の元へと歩み寄る。息が詰まりそうなほどぴんと張ったような空気の上から、何かの鳥が飛び立ったような音が聞こえてきた。
 その時、分厚い毛の下の黒く大きな瞳が姿を現した。すぐにウインディは僕の姿を捉える。また僕は金縛りにあったように動けなくなる。ウインディは倒していた身体を時間をかけて起こして、立ちあがるまではいかずも身を御神木に寄りかける。それだけで僕にとっては言い知れない巨大な迫力が襲いかかってくる。
「よく眠っていたな」
 変わらない掠れ声が耳を掻く。
「べ、別にいいだろ、寝てても」
 僕はせめてもの足掻きのように声を籠らせる。これだけでなんだか自分が本当に小さい存在だと思い知らされて心が締め付けられる。
「改めて感謝をするよ。君が助けてくれたんだろう」
「……別に、いいよ、それくらいのこと」
「そう言うな。おかげで一命をとりとめたんだ、本当に感謝しているよ」
 僕は何だか居たたまれなくなって顔を伏せる。急に恥ずかしくなってきてこの場から逃げ出したくなる。なんだろうこの気持ち、胸のあたりがむず痒くてしょうがない。僕よりずっと大きくて力がありそうな生き物がこうも軽々頭を下げるなんて、こっちは一体どういう表情をしたらいいんだよ。
 しばらく沈黙が続いて、なんともいえない空気で満たされる。何か言葉を発したくなるけど何も出てこなくて、あっちから何か話しかけてくれたらいいのになんて考えていた。きっとおじさんなら何の気兼ねも無く様々な話を持ちかけるだろうけど、生憎今の僕にそこまで余裕は無くて、いっそここから逃げ出そうかと思うのに足は固まっている。
 遠くで誰かの声がする。それは親を呼ぶ子供の声だとすぐに分かった。
「この森はとても良い場所だ」
 唐突にウインディは話を始める。
「まだここに来て一日も過ぎていないが、優しさと活気に溢れている。心が落ち着く」
「……あんなに囲まれて、騒がれてたのに?」
 僕は不思議になって思わず疑問を投げかける。
「ああ。怪我を負ったこの身体には少し負担かもしれないが、気持ちは幾分と楽になった。しんみりと同情されるよりは、騒がれた方が気は楽だ」
「ふうん」
 そんなものなんだろうか。よく分からないや。
「色々とあって、無気力でひたすら歩いていたからな。身体だけ動いていて、そこに意志など無い。ただ、歩いていた。そんな状態のおかげで怪我を負ってしまったのは反省すべき点か」
 最後の一フレーズに自分で少し笑うその表情はなんだかその巨大な図体とは合わないような気がした。けれどかえって僕の心は少し緩んで、つられるようにしていつの間にか笑いがこみあげてきていた。
 ふふ、と無意識に僕が笑うとウインディもはは、と笑う。なんでか分かんないけど笑えてきて、それは止まらなかった。ウインディも僕も小さい声しか出ないけど、その表情は満面一杯に笑みが広がっていた。なんで、どうしてはもうどうでもよくなっていた。
 そうして笑うと、僕の中にあったウインディに対する震えるような警戒心とか恐怖心とか、そんな感情が少しだけひいていくのが自分でも分かった。そして、昼間に親しまれていた理由がほんのちょっとだけ理解できたような気がした。
 けれど意味の分からない笑いの連鎖もそのうちには途切れる。また互いに次の言葉を待つ緊張を持った雰囲気が生まれる。
 オレンジ色の空を、沢山の鳥ポケモン達が群れを成して滑っていくのが目に入った。
「空、好きなのか?」
 素朴な尋ねごとに僕ははっとして慌てるように下を向く。込み上げる小さな恥ずかしさで頬がほんのりと熱くなる。
「別に、好きっていうわけじゃあないけど」
「でもよく空を見上げているね。昼間だってよくそうして見ていた」
 あんなに周りが混み合っている状態で僕の姿を見ていたのだろうか。なんだか全てにおいて見通されているような、自然と喉が渇くような変な感覚が僕に降りかかる。
「癖だよ、ただの」
「癖?」
「……おじさんが空が好きだから、僕も癖になっちゃったんだ」
 適当に言い訳のようにつらつらと出てきた言葉だけど、決して嘘ではない。おじさんは森の中でけっこうロマンチストで、ふと空を見上げては例え話を思いついて僕に話してくれる。雲の形であったり空の青さであったり、太陽の光の強さであったり星の瞬き具合であったり、様々な空の表情を色鮮やかな表現で僕に教えてくれた。そこからおじさん作の物語が生まれたりする。一番最近で言えば黒い流星の話。三日月を空に浮かぶ揺り籠と言ったり、星の煌めきを星達が話をしているようだと話したこともあった。不思議と納得させられることも多々ある。そんな感じの話を小さい頃から聞いてきて、おじさんの傍で共に空を見てきたからか、僕も無意識によく空を見上げている。さすがにそこから詩的に何か発言することはできないけど。恥ずかしいしそれ以前に思いつかないから。
 ふむ、とウインディは頷いておじさんの方を向く。僕もつられてそちらを見る。相変わらず目を閉じたまま、気持ちよさそうに眠りの世界に入っている。どんな夢を見ているのかな。きっと、僕は見た事の無いようなロマンチックな夢をおじさんはいつも見ているんじゃないかな。
 無限に広がるおじさんの中の世界観は綺麗で羨ましくて楽しかった。だから僕はおじさんが大好きだった。
「なんだか彼を見ていると、こちらまで眠くなりそうだ」
 そう言った後にウインディは大きな欠伸を見せた。いくつも並ぶ巨大な歯が姿を見せ、赤黒い喉も露わになる。何もかも僕とは比較にならないくらい大きくて、呆然としてしまう。
 それは僕にも伝染して、ウインディの口が閉じられた頃僕は弱弱しいほど小さな口をぱっくりと開けて欠伸をする。でも実際そんなに眠くはない。なんとなくの欠伸だ。だって昼間から夕方までであれだけ寝たんだもの。
 ウインディは少しもぞりと身体を動かし、頭を倒す。その目は細く、今にも閉じてしまいそうだ。
 僕はもう一歩、また一歩とウインディに近づいてみる。ゆっくり、ゆっくりと歩み出す度に、僕の中で緊張が膨らむ。けれど何も起こらない。目の前の獣は今、普通に生き物の意欲に従って睡眠につこうとしているだけ。僕と、おじさんとさほど変わらないように感じられた。
 目と鼻の先の距離までやってきた時、ウインディはそっと笑ってみせた。

 こんなにも大きな身体をしているのに、目の前で無防備に静かに眠ろうとしている。風の如く突然ここにやってきて、なのに自然と溶け込んでいる理由は彼の大らかな性格にあるのだろう。
 目に見えるものだけが全てではないのかもしれない。

 また、うみのことを尋ねてみようか。
 僕はそんなことを考えながら、ウインディの穏やかな顔を見つめていた。


  [No.258] 投稿者:夜梨トロ   投稿日:2011/03/30(Wed) 17:19:25   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 三

 ウインディが森にやってきてから数日が経った。彼の怪我はおじさんの懸命な努力と気遣いの甲斐があって順調に回復していた。それでもあまり御神木の元から動くこうとはせず、食べ物も巨体の割にはあまり食べることなく日々が過ぎている。声も相変わらず掠れた小さなもののままで、初めこそ風邪だろうかと思っていたけれどさすがに違和感を感じていた。けれどそのことを尋ねても誰も原因は分からないと答えるだけで真相は霧がかかったまま。霧がかっているといえば、結局うみのこともまだ訊くことができないまま日が過ぎている。
 あまり運動をしないのも良くない、とおじさんは口癖のように唱えている。僕もそれに賛同していたけれど、ウインディが負っているのは重傷であることを考慮して無理に強制することはなかった。が、今日はどうも調子が良いのか、朝に会いに行ってしばらくしてから散歩に行くことをウインディ自ら提案した。それに僕もおじさんも驚いたけれど喜ばしいことだったから、彼の欲すままに今は森をゆっくりと歩いている。途中様々な森の仲間達が顔を出して挨拶を繰り返す。やっぱり皆驚きと喜びを混ざり合った表情を見せている。僕は何故だか少しだけ誇らしい気分になる。まるで世界にできたまんなかの道を堂々と歩いているような、他から羨ましがられるような目立った行動をしているような気がした。そんな風に思わせられてるのは、ウインディのおかげであるのは十分に分かっているけれど。
 空もウインディの元気になっていく姿を祝福するように青々しく、風薫る穏やかな様子だ。
「もっと治るのには時間がかかると思っていたわ。凄い生命力ね」
 おじさんは笑いながらウインディに話しかける。
「そうだな。まだ痛みは残っているし体力も十分回復したわけじゃないが、これほどには復帰したようだ。寝てばかりではやはり辛い。こうしていると気分はからりと晴れていくのが分かる」
「良かったわ。このまま良い方向に行ってくれるのを願うばかりよ」
 ウインディは軽く笑いながら浅く頷いた。
 その会話に入っていけるほど実は僕に余裕は無かった。何故ならウインディの歩幅は僕の何倍もあって、ウインディにとっては普通に歩くだけでも、僕にとっては走るのに近いほど素早く足を動かさなければならないスピードだからだ。僕の前に居るおじさんは歩くというより大きく前へ跳ねるように移動している。それほど苦には見えない。確かに怪我した足を庇うような不安定な歩き方をしているのにこんな速さだなんて、ちょっとした衝撃を受けざるを得ない。
 それでも僕はそれを悟られないように必死にばたつかせるように足を動かした。ウインディのための散歩なのに、僕を気遣うようなことはあっちゃいけない。
 一応説明しておくと何も考えずに歩いているわけではなく、ちゃんと行先はある。普段木漏れ日の下で過ごしているウインディに思いっきりお日様を受けてもらおうとおじさんが考案したのは、森を抜けた先にある丘。最近は僕もあまり行かなくなったけれど、以前真夜中におじさんと流星群を見に行った場所だ。今の季節は若々しい草が一面に生えて、白い花が点々としている風景が広がっていると思う。あそこには僕の様々な思い出がある。おじさんとの思い出だけじゃなくて、薄らとしたお母さんとの思い出もある。僕とお母さんで並んで、日向ぼっこをしたりしたその記憶はいつでも甦る。少し古くなったモノクロの景色で。
「あら、ようやく見えてきたわ」
 緩やかな上り坂になってきた頃、おじさんは嬉しそうに声をあげた。
 その声に僕はぱあっと表情を輝かせて上を向いた。木がどんどん少なくなっていき、広がる草原が姿を見せている。自然と僕の足取りは軽くなる。
 急に元気になった僕に気付いたおじさんはにっこりと笑う。僕もそれに返すように思わず笑った。
 木漏れ日が続いていた道を抜け、遂に丘の入り口へと辿りつく。
 穏やかな日光で温まった草むらが足に心地良い。一面の若草の香りが鼻につく。今日の太陽は昨日より少し優しく気持ちが良い。微風も流れていて、気温は暑すぎず寒すぎず丁度良い空間だ。夏になる手前の青い草花と空のコントラストが美しく、息を思いっきり吸えば開放的で爽やかな空気が僕の中に満ちる。
 ああ、なんて気持ちがいいんだろう!
 僕は弾けた気持ちを抑えきれず駆けだした。一気におじさんやウインディを抜き去って、緩やかな丘の頂上へと走っていく。僕の顔は今、はちきれんばかりの笑顔が広がっていると思う。それほどに気持ちは明るくなっていた。
「坊、そんなに急がなくてもいいわよお!」
 おじさんの呆れたような声が聞こえてきたけどかまわない。
 丘といっても低いものだからあっという間に頂上に辿りつく。よし、一番乗りだ。そこにやってくると僕は振り返り嬉しさを抑えきれずぴょんぴょんとその場を跳ねた。
「一番乗り! おじさん達もはやくー!」
 急かす僕の気持ちとは裏腹に落ち着いた雰囲気でゆっくりとおじさんとウインディはやってくる。一緒に歩いていたときはその足取りは随分速いように思ったのに、到着を待つ今は逆に遅く感じられる。
「もう、突然はしゃいじゃって。まだまだ子供ね」
 相変わらず呆れ顔のおじさんの言葉に僕はいたずらに笑ってみせた。少し視線をずらせばウインディは微笑ましそうに目を細めていた。
 ようやくおじさんとウインディが丘のてっぺんにやってきて、僕等はそこに座ると広がる風景を視野いっぱいに捉えた。豊かな自然と切り立った荒々しい崖が両生していて、少し遠くにはきらめく細い川の様子が分かる。身体中に風が吹き抜けていき、空の息吹を受けているような開放的な気持ちになれる。なんだか、心だけが無限に広がっていくような気がした。眼前にした風景に、抑えられないほどの興奮が生まれてくる。
 やっぱり良い場所だと再認識させられる。
「良い空気だわ」
 おじさんはうっとりとしたような感嘆の声を漏らす。僕は即座に何度も頷いた。
「本当に、心が洗われるようだ。こんな場所があったんだな」
 ウインディもしみじみと言う。
「僕も久々に来たけど、良い場所でしょ。気に入っているんだ!」
 興奮冷めぬ声でウインディに話しかけると、おじさんは微笑む。
「坊、随分とウインディに懐いたのね。初めはけっこうぎくしゃくしてて、見てるこっちがどきどきしちゃってたけど」
 笑ったままでそう言うおじさんの言葉に引っかかりを覚え、僕ははっとおじさんの方を見やる。
「えっ……別に懐いてるとかそんなんじゃなくて、そうじゃなくて……」
 ちょっともじもじと僕は口を尖らせると、おじさんは僕の頭を優しく撫でてきた。
「ずっと緊張しっぱなしだったもの。今はそんなことないじゃない」
 僕はその言葉を黙って聞く。
 おじさんの言う通り、この数日ウインディと会話を重ねるごとに、僕の中にある恐怖心とか緊張感とかそういったものは確実に無くなっていって、今はもう無いといっても等しいと思う。それはウインディに柔らかな物腰があると分かったからだ。未知の世界からやってきたけど、襲われるような気配は全く無く、彼に感じる迫力も随分と薄らいでいった。
 でも、ウインディのことを完全に認めたわけではないというか、何を認めるのかと言われても困るけど、まだ距離を置いているつもりだ、僕としては。それを象徴するように、僕はまだ声に出してウインディという名前を呼んだことはない。
 簡単に心を許すことに、僕の中にある本当に小さなプライドが必死に抵抗していた。
「今はいいじゃないか、そんなことは」
 ウインディはなだめるように口をはさみ、おじさんはそうねと相槌を打つ。
「ここに来て、ようやくきちんとこの地の様子を見ることができるな。そんな余裕も無かったから、落ち着いている感じがする。本当に自然が豊かで、美しい場所だ」
「四季の変化もけっこうあるのよ。夏になれば暑いけどもっと青々しくて鮮やかな景色になるわ」
「それは見てみたいものだな。私の住んでいた場所は四季の変化はそれほど無かったからな」
 あ、また一つ、ウインディの住んでいた所の話がちらりと出てきた。
 ウインディはたまに自分の故郷のことを少しだけ口にする。だけどそれは本当に少しだけで、単語ほどしかいつも出てこない。その度に懐かしそうに顔を微笑ませて、思い出に浸っているように見える。
 今までなんだか言いだせなかったけど、こうして和んでいる今だからこそ聞けるだろうか。もっと、ウインディの故郷のことを。
「ねえ」
 僕はウインディを軽くつつきながら声をかけると、ウインディはおじさんから目を離して僕に視線を向ける。首を軽く傾げてなんだ、と尋ねてきた。
「ウインディの故郷ってどこにあるの」
 そう言うとまずウインディはきょとんと目を丸くした。あ、聞いちゃいけなかったかな。今まであまり詳しく話してこなかったのは、やっぱり話したくなかったからなのかな。
 少し戸惑う僕を余所に、ウインディはくくっと喉で笑い始めた。そしてその笑いが収まった頃に突然身体をすっと伸ばし視線を遥か向こうへと投げ出す。その姿がいつもより凛々しく感じられて僕も思わず真似するように背筋を伸ばしてしまう。
「前にも言ったろう、海の向こうだ。海を越えた向こう側にある」
「……あのさ、僕うみなんて知らないんだよ。うみって何?」
 少し苛々とした気持ちが募って不満を漏らすように言うと、ウインディは目を大きく開ける。同時におじさんがああそっかと言いながら何度か頷く。
「坊は海を知らないか、そうね、言われてみればそうだわ」
「そうか……」
 呟いてからウインディは何かを考えるように固まる。その後ふっと僕と向き合ってきた。あの目にあるのは凶暴なものではなく、優しさとか穏やかなものであることを、僕はもう十分に知っている。
「海は……そうだな、海は世界を繋いでいるものだよ」
「世界?」
「ああ。海によって陸は離ればなれになっているように見えるけれど、実際は海は陸を繋いでいる。海があるから、世界がある。うん、抽象的になってしまったな。物理的にいえば、大量の水だ」
「えっみずって、あの水?」
「その水だ。普通の水より塩っ辛くて、時に美しく時に荒々しい。そして、森に沢山の生き物が住んでいるように、海にも沢山の生き物がいる」
「ふうん、よくわかんないけど」
「まあ、私も自分の言っていることがよく分からない」
 失笑するウインディに僕やおじさんも小さく笑う。
 でも僕の知りたいという欲望は満たされたわけではなく、むしろ好奇心は益々湧いている。大量の水と言われても、全く想像はできない。目を閉じても空のように自分で瞼の裏に描くことはできない。どうしてただの水が美しかったり荒々しかったりするんだろう、その理由が分からない。だからこそこの目で見てみたい、その大量の水とやらを。
 僕は気持ちほど今までより更に遠くの方を見つめた。彼方、空の向こうへ突き抜けていくように。今の僕の目はきっと輝いているんじゃないだろうかと思う。
「……見に行くか?」
 唐突に飛び出してきた言葉に僕はまず耳を疑った。一瞬聞き間違えたかと思い不審な目でウインディを見る。しかし聞き間違いではなかったようで、同じ言葉をウインディは繰り返した。見に行くか、と。
 驚いているのは僕に限ったことではなく、おじさんも同様だ。慌てるようにウインディの目の前にやってくる。
「何を馬鹿なことを言っているの。あなたはまだ怪我が完治してないのよ!」
「怪我など既に大したものではない。子供の要望をなるべく叶えてやるのが大人の使命さ」
「安静が一番いいわ。今日ようやく歩いたところなのに、海なんて距離があるのよ。だめよ」
「君はどうだ、海を見てみたくはないか?」
 ウインディは突然僕の方に話を振ってきた。突然というと語弊があるのかもしれない。これは僕に関することだ。この提案を呑むか呑まないかは僕の意志にもかかっている。きっと僕が嫌だと言えばウインディは諦めると思う。僕がだめだと強く言えば、考えを改めるかもしれない。そして、僕が行きたいと言えばきっと……。
 おじさんが止めたがっているのはよく分かる。本来僕はここで嫌だ、だめだと言うのが正解なのだろう。なのに、この心の高鳴りは一体なんなのだろうか。どきどきとして呼吸すらも苦しくて、必死に声を出さないようにするだけで精一杯だった。表情に感情を出さないように顔の筋肉に気を配る。一つ一つの些細な行動を気にしなければならないほど僕の中にある思いは溢れだしそうになっていた。そう、僕はここで嫌だ、だめだと言うのが正解なんだ。それはよく分かっている。だけど、だけど……だけど、本当は違う。この胸の高鳴りがまさにその印。僕の身体が、心が叫んでいる。
 僕は自分の世界を広げたかった。自分の知らないことを知りたかった。けれど知るのは怖いことだ。森の周辺から僕はあの日以来、お母さんが人間に捕まって以来離れた事はない。僕は外界に行くのを恐れていた。自分の殻に籠って人間に嫌悪感を持ち続けてそのままずっと変わっていない。人間が憎くて、でも怖くて、森の外もまた連鎖するように怖がっていた。そんな僕の所に跳び込んできたウインディ。外界からやってきた巨大なウインディを僕は距離を置いて恐怖した。けれどどうだ、実際に触れてみると恐ろしいどころか見た目とは慈愛に溢れている。そうして僕は思う、世界をもっと知りたいと。ウインディの知っている世界を、森の外へ行ってみたくなった。不安と希望とが隣り合わせになって僕の背中を押そうとしている。
 僕はずっと変わらずにこのまま生活できればいいと思っていた。
 その一方で、あれから変わっていない自分に呆れている僕もいた。
「私のことは気にするな。行きたいか、行きたくないか、答えは二つに一つだ」
 それは天使がそっと手を差し伸べているようにも、悪魔が耳元で囁いているようにも思える言葉だった。
 真っ直ぐに見つめてくるウインディの視線から僕は逃げることはできなかった。ただ、逃げようとは思っていない。僕もずっと見つめ返していた。
 海を見るか、見ないか。
 世界を広げるか、広げないか。
 ……僕の望みか、ウインディの身体か。
「……行きたい」
 僕は呟いた。あまりに小さく弱弱しいものだったから相手には聞こえなかったかもしれない。微風に掻き消されてしまったかもしれない。急に僕の心もすっと縮小し、いつの間にか視界には影が差し込んだ草むらが広がっていた。
「行きたい」
 踏ん張るようにもう一度、今度は少し強く言った。でもその声は震えていた。みっともないほど震えていた。今にも泣きそうなものだった。どうして足が震えているのだろう。興奮のあまりだろうか。いや違う、僕は何かやってはいけないことをしてしまったような罪悪感を伴ってその答えを弾きだしたのだ。ごめんなさいごめんなさい、と心の中で何度も呟く。ああもうわけが分からない。真意を問えば確かに僕は海を見たくてしょうがないのに、こうして実際に行きたいと言えばどうして後悔が押し寄せてくるのか。これも僕が抱える矛盾の一つか。本当は僕はどうしたかったのだろう。
 と、突然僕の頭に生温かい空気が振りかかった。俯かせていた顔を恐る恐る上げると、ウインディの大きな顔がすぐそこにあった。柔和な笑みを携えて僕を見ている。
「行こう」
 ウインディは掠れた声で囁くように言った。静かに喜んでいるように聞こえたのは、僕の身勝手な憶測だろう。
 おじさんは不満そうに口を尖らせていたが何も言わなかった。僕はおじさんに謝罪の言葉を述べるべきだという気がしたけれど、喉までその言葉が出てきておきながら実際に発せられることはなかった。僕は後ろめたくなっておじさんを見ることができなくなってしまった。おじさんは僕を非難する目で見ているだろうか、それを確認することも今は怖くて叶わない。
 僕はウインディに首根っこを甘く噛まれると、草原からいとも簡単に足が浮いた。本当に優しく咥えるように噛まれているから痛さは全く感じない。大きな身体でこんな繊細な作業もできるのかとまた一つ発見をさせられた気分だ。
 僕の足が再び着地した地点は、ウインディの身体の隣。ウインディは体勢を極力低くし、乗れ、と発した。背中に乗れと言うことだろう。僕の中にある自責が足を止める。しかしその高い背の上は非常に魅力的な場所のように僕の目には映った。もう後戻りはできない。僕は僕の中にある欲に従って一歩を踏み出した。異様に辺りが静かなように感じられた。風も虫も花も黙って僕の選択を見つめている。息を呑んで逸らさない。僕はその場を思いっきり蹴った。思っていた以上に高く一度でてっぺんへのぼることはできなかったけれど、ウインディの柔らかな毛にしがみついて懸命によじ登り遂にその場所へとやってきた。
 僕ははっと顔を上げた。
 吹き抜ける風を全身に受け、眼前に広がる風景がまるで違うもののように見えた。こうして少し高い場所にやってくるだけで景色は変わっている。世界とはこんなに色鮮やかだっただろうか、こんなに広かっただろうか! 今までよりずっと木々や崖や遠くの川が生き生きとしている。僕の目頭に熱いものが込み上げてくる。今僕はどんな表情をしているだろうか、分からない。僕の心は今複雑に絡み合っている。断言できるのは、一際輝いているのは爽快感だということ。ああ、なんて単純なんだろう。
「しっかり掴まっていろ。走るぞ」
 僕はウインディの少し低い声に慌てるように体勢を低くし、しっかりとウインディの身体にしがみついた。
 瞬間、ウインディは走り出した。


  [No.701] 投稿者:夜梨トロ   投稿日:2011/09/07(Wed) 12:02:41   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 四

 僕はその時、本当の走りとは風になることなのだと分かった。
 風になっている。今、僕は風になっている。風として大地を駆けている。激しく身体が上下しており、本当にちゃんと掴まっていないと振り落とされてしまいそうだった。何よりも速く、速く、速く突き抜けていく。目まぐるしく風景は変わっていって追いつけない。その圧倒的な強さに僕は必死にしがみつきながら、同時に自分がどれだけ小さく弱者であるかを改めて思い知らされる。
 僕は風になっている。
 風になったウインディと僕は一体になって、駆け抜けていく。



 どれくらい時が経ったろうか、ある時突然ウインディの走りは減速した。ここは一体どこなのだろうか、それすらも僕にはよく分からない。僕はあまりの速さに顔を上げていられず、ずっとウインディの毛に顔を埋めていた。僅かに横目で移る景色を捉えていただけだった。僕を落とそうとしているかのような強い風は止み、遂に激しい揺れは完全に無くなる。
 埋めていた顔を上げる勇気がなかなか込み上げてこなかった。もう見てもいいのか、悪いのか。まるでかくれんぼをしていて、僕は鬼でもういいかいと言っても、もういいよと声が返ってこない時の不安にそれはとてもよく似ていた。
「着いた」
 掠れた声が僕の耳に届き、途端に安心感が僕の中に満ちる。かくれんぼで言えば、さあこれからあの子を探しに行こうと心を弾ませるあの感じ。僕は伏せていた耳を立てて、その瞬間大きな耳に少し強く温かな風が吹きこんできたのが分かった。僕の知らない風だった。
 恐る恐る顔を上げていって、しかし風景を視界に入れた瞬間僕の世界は暗闇に太陽が差すようにぱっと照らされた。
 うわ、臭い! 新鮮な空気に鼻が触れた瞬間、嗅いだことのない鼻がぴりっと辛くなるような匂いが飛び込んできた。匂いというより本当に分厚い空気そのものが入ってきた感じだ。
 その臭さに僕は嫌悪感を覚えたけれど、それはすぐに消え去る。嗅覚よりも視覚の方が衝撃的だったからだ。
「うみっ……!」
 僕は声を発した。ウインディは深く頷いた。
「そう、これが海だ」
 ウインディの立っているのは切り立った崖の先だ。それがどんな高さであるかそんなのはよく分からないけどとにかく高い。その目下、そして遠くずっと遠くの世界まで深い深い青が続いていた。空との境目が真っ直ぐ横に伸びていて、太陽の光を受けて煌めいている。青の中で引き立つ白い波があちこちで上がり、視線を横に逸らせば僕等のいる絶壁に波が弾けているのが分かった。それは荒々しく力強い。けれど視線を向こう側に戻せば高く打たれる波とは裏腹に穏やかでなんと綺麗なものだろうか。鼻につくしょっぱい強い風が激しく僕を揺らす。温い風だ。森の中では感じた事の無い風だ。耳を傾けるときゃあきゃあという高い生き物の声がいくつも飛び交っている。海上を沢山の白い鳥が飛びまわっていた。いいなあ羨ましいなあ。きっと気持ちいいんだろうなあ。僕も鳥だったならもっと向こう側まで行けるのに。
 なんでかな、ちょっと森を離れただけなのに、こんな場所があったんだということを初めて知って感動するやら嬉しいやらちょっと怖いやら、心臓の高鳴りが止まない。どきどきとして呼吸すらも苦しくなりそう。
 僕の知らなかった場所。僕が立ち入ろうともしなかった場所。なんて豪快で、壮大なんだろう。
「広いだろう」
 ウインディは感慨深そうに呟いた。僕は深く頷いた。
「海の向こうに更に陸があり、様々な生き物が住んでいる。私も個性豊かな色んな者に出逢ってきたよ」
 ああ、また懐かしそうな目をしている。
「こうして海を間近にすると、本当に戻ることはできないのだと実感させられる。もう海を渡る手段が私にはないんだ」
「じゃあ、どうやってここにやってきたの?」
 僕は思わず口走ってしまい、直後に少し後悔する。立ち入ることができないと思っていた境界線を僕はなんと呆気なく越えてしまったんだろう。
 ウインディは視線を僕に移し、細い目で見つめてくる。風に吹かれてウインディの長い毛も大きく揺れている。それのせいか、顔に暗みがかかっているように見えた。大きく重い口がそっと開く。
「……私には主人がいた。人間の主人が」
 僕は耳を疑い、もう一度ウインディの言葉を自分の中で噛み砕く。ウインディははっきりと人間と言った。海に対する感動の嵐は一瞬にして止んだ。そして身を硬直させる。心が重く静かな湖へと沈んでいく。冷めていく一方で、心臓の鼓動が激しくなっていく。鋭く鈍い記憶が叩いてくる。
 人間。
 僕は必死に表情を平静に保ちながら、自分の中でその言葉を唱えた。
 人間。人間。
 僕とお母さんを引き離した、人間。
 じゃあ、ウインディは人間の仲間ということ?
「彼と共にこの地を踏んだのだ。船を使って」
 頭の中が混乱しているせいかウインディの言葉が雑音に埋もれているように聞こえる。隣にいるのに急にとても遠くに感じる。あの日と同じ太陽が僕等を照りつける。炎の唸るような熱や音が僕の中で轟く。お母さんが必死に僕を守りながら囁くような声で僕を励ます声がこだます。大丈夫、大丈夫だから、と何度も言う声がだんだんと小さくなって、遂には聞こえなくなってきて、そしてお母さんは消えた。光に包まれて巨体は小さな球へと吸い込まれていった。音は、無かった。静寂の中でかつんと球が地面に落ちた音が響いた。ああ、色褪せていたかと思っていたけれどはっきりと僕は覚えている。モノクロになんかなっていない。忘れるもんか、あの虚しさも悔しさも淋しさも、そして怒りも。混沌とした記憶を追っていくうちに負の感情が膨れ上がっていく。
 その時突然、僕の顔が優しく撫でられる。ウインディが顔を寄せてきたのだ。はっとしてウインディの方を見ると、僕の身体の何倍もの大きさの顔面がそこにあり思わず萎縮してしまう。
「落ち着け、表情が強張っているぞ」
 掠れた声で囁く。そんな声質で僅かな声量だと、耳を澄まさなければ聞こえなかった。
 僕はじっとウインディ軽く睨む。ウインディは睨み返すことも憐れむこともせず、ただ黙って無表情で僕を見つめていた。
 上空で響く鳥の鳴き声が遠くなっていく。波の音もなんだか小さい。
「どうして人間といたやつがここにいるんだよ」
 声を低くして少し脅すような構えで僕は呟いた。聞こえただろうか、いや、きっとウインディの大きな耳なら掴んでいるはずだ。証拠にウインディの目が僅かに細まる。
「人間なんて嫌いだ。だいっきらいだ!」
 打って変わって力の限り僕は叫んだ。どろどろとした感情が一気に溢れだす。けれどウインディは表情を殆ど変えない。何も言わない。それが苛立ちを呼ぶ。何か言ってこれば僕も飛び出しやすいのに、一見平然としてる。
「人間と関わってるなら出て行けよっここは……僕等の場所は僕等のものだ、余所者は出て行けばいいんだ!」
 勢いのあまり唾が飛び出す。
 もう何も失いたくない。失うくらいなら何も変わらないでいた方がいい。もう海なんてどうでもいい。外の世界なんてどうだっていい。今まで通りいればそれでいい。
 ずっとそうしてきたのに何かが狂うように変わり始めた。そのきっかけは目の前の獣だ。既に僕自身も、森の雰囲気も彼を中心として変わってしまった。外の世界は何をもたらすか分からない。けれど事実なのはお母さんを奪ったのは外の世界、すなわち人間だ。それは紛れもない事実。もういい、懲り懲りだ。外界なんて懲り懲りだ。そしてウインディも外界の存在だ。だから出ていけば丸く収まるんだ。また日常が戻ってくる。
 それを望むべきなんだ。
 ああ、なのに、どうしてだろう。針のような言葉を投げつけているつもりなのに、どうして何も言ってこないんだ。
 これじゃあ、僕がただ喚いているだけのように見えるじゃないか。
「あんたの主人だってまだ近くにいるかもしれないだろ、探しに行けばいいじゃないか! それもせずにどうしてここにいるんだよ!」
 その瞬間何か言おうと相手の口が開いた。が、何も出てくることはない。
 しかし口よりも大きく動いたのは彼の耳、直後に体勢を低くし僕の傍に僅かに跳んだ。身体の方向を真逆、つまり僕と同じ向きに転換した。突然動き出したために僕は大きく震えた後に硬直した。視界を殆どウインディの身体が覆う。
 なんだよ、と言おうとするとウインディが足を僕の前に出し制す。情けなくなった僕は身体を縮こまらせながら、ウインディが低く唸っているのが分かった。表情は見えないが、恐らくは睨みつけていると想像できる。視線の相手を探るように僕はウインディの身体から顔を覗かせると、目を丸くした。
 人間だ。
 傍に柔らかい緑色の巨大な蛇のような生き物を携えて、こちらを見つめている。まだここから数メートル距離を置いているが、僕はまったく気付かなかった。周りを全然見ていなかった。ウインディは僕の話を聞きながら他の僅かな音を感知したのだろう。
 相変わらず吹きつけてくるしょっぱい風がぶわりと束になって襲ってくる。
 記憶が鮮やかに走り抜ける。さっき思い出したようにやってくる。けれどさっきとは違う。膨れ上がるのは虚しさでも悔しさでも淋しさでも、怒りでもなく、足をすくませ纏う恐怖だけだった。心臓の鼓動が速くなる。ぐんぐん速くなる。身体は動かない。呼吸が荒い。視界がぶれる。見えない。今僕は立っている? 座っている? いや、立っている。その足は、動かないまま。
 その僕を小さく小突いてきたのにはっと気付いた。ウインディが横目で僕を見ている。僕が我に返ったのを確認してから口が動いた。今度はちゃんとでてきた掠れた声は乗れ、と単調に滑る。
 僕は人間をもう一度改めて見る。当然僕があの日見た人間とは違いまだどちらかというと子供に見える。けれど人間なのに変わりはなく、それ以上様相を見る余裕など僕には無かった。
 ウインディは元々低姿勢だったのを更に低くし、僕が乗りやすいように配慮する。逃げるつもりなんだろう。お母さんの時と違って不意打ちを仕掛けられたわけじゃない。まだ間合いは十分とっている。逃げる余裕はある。それでもいつあちらが飛び出してくるか分からない。早く逃げなきゃと思うのに足は動かない。頭の中を炎が焼きつくす。熱が襲いかかってくる。静寂はまだ訪れない。
「早く、乗れ!」
 苛立っているようにもとれる声が僕を駆り立てた。慌てて僕は飛び上がった。助走を取っていなかったために上手く乗れなかったが、懸命によじ登る。巨体に乗り、長い毛で視界が殆ど塞がれる中で僕は少し顔を上げて人間の様子を伺った。緑の大蛇が光に包まれ、小さなボールに収納されるのが見えた。あれはお母さんが捕まえられたのと同じもの。なんて恐ろしいものだろう。
 嫌だ、あれにだけは入りたくない。捕まればここから離れてどうなるのか分からない。
 別のボールが人間の手に握られた。他にも従えているらしい。
 ウインディの身体が少し動く。
「しっかり掴まれ――どんなことがあっても」
 彼の声が僕に跳び込んできた直後、巨体が一気に動き出し加速した。方向は一直線に人間の方だ。別の鳴き声が僕の耳に跳び込んできた。
 その瞬間、それまでの掠れた声が嘘であるかのように、爆発のような咆哮がウインディから跳び出した。巨大な声量に心臓が大きく跳ね顔を毛の中に潜らせた。ウインディの全身が叫びにより震えているのが分かった。彼の身体が一層熱を帯びる。咆哮は一瞬の出来事ではなく数秒に渡り、その中で視界のはじっこに光る火の粉が舞っているのが見えた。あれは敵のものか、それとも……。
 気付いた頃には元の道である森の中へと跳び込んでいた。あっという間の出来事であった。彼が動き出してから十秒と経っていないだろう。海から遠ざかっていく。波の音などもう耳には入らない。風や木の葉がめちゃくちゃに荒々しく僕を引っ掻く。必死にしがみつく。行きよりも速いのだろうか、比べられないけれどきっと速いんじゃないかと思う。
 とても今迄怪我をし、穏やかに笑みを浮かべていた者と同じとは思えない。僕の目の前にいるのは、確かに獣だった。湧き上がる力を余すことなく発揮した獣の姿がそこにあった。
 ああ、これが、力か。



 最初こそ神速の如く走り抜けたウインディだったが、そのスピードが明らかに落ちていくのを体感できた。荒い呼吸をしている。彼の身体に耳を澄ませてみると、ひゅうひゅうと鋭い風が吹いているような呼吸音が聞こえてくる。快活な足の動きはもう無い。それでも走り続けた。僕の故郷にやってきたころにはもうふらふらと身体はぶれていた。
 顔を上げて僕は何度か彼に声をかけたが返答は一切無かった。時折僕は後ろを伺ったが当然人間が追ってくる様子は見えない。
「ウインディ!」
 聞き覚えのある声が耳に跳び込んできて僕ははっと顔を上げた。おじさんが赤と白の丸い手を振っていた。ウインディの足はもう歩いているのとほぼ変わらなかった。ひなたぼっこをした丘のてっぺんに辿りつきおじさんの傍までようやくやってくると、突然ウインディは糸が切れたように全身の力を抜き、横に倒れ込む。
 僕は慌てて倒れる前に地面に跳んだ。着地と同時にウインディが丘に倒れた。その目は閉じ、僅かに開いている口から出てくるのはか細い呼吸だけ。時々荒い咳が跳ぶ。それとは裏腹に胴体は大きく膨れたりしぼんだりを目に見えて繰り返す。
「ウインディ!」
 僕は悲鳴をあげた。おじさんがすぐに傍に寄り、身体を撫でる。僕とおじさんは何度も彼の名前を叫んだ。返事は無い。
 代わりに咳と共に少量の血が吹き出た。



 その日はウインディの傍を離れずにいた。おじさんが薬草を取りに行っている間も、彼の容体を見つめていた。良くなる傾向は一切なく、運動後からしばらく経っても呼吸は激しいまま。何もできないことが腹立たしかった。苦しい表情を和らげる方法を僕は知らないのだ。
 おじさんが戻ってきて声をかけるのに疲れていると、いつの間にか僕は眠りについていた。夢の内容は覚えていない。何か見ていたのか、何も見ていなかったのか、それもよく分からない。ただ、心地よい眠りについていたわけではない事だけは確かだった。

 目が覚めると夕日は既に山の間に落ちており、星が空に瞬き始めていた。身体を動かそうとしたが、傍で会話をしているのに気付いて寝たふりを続けることにした。重苦しい雰囲気であるのは寝起きの僕でもすぐに理解できた。起きていることを悟られないように、ただ会話の内容だけは気になって静かに耳を立てた。
 会話をしているのはおじさんとウインディ。時々聞こえてくる咳の音が痛々しかったが、会話ができるほどには回復したようだ。僕はとりあえずほっと胸を撫でおろす。けれどウインディの声は今までよりずっと掠れており、必死に耳を傾けないと聞こえないほどに小声であった。
「気付いていたんだな」
 ウインディの呟きにおじさんはそうねと返答した。
「その掠れた声に、ずっと引っかかっていたのよ」
「そうだな。さすがに隠しようがない」
「怪我なら私も多少は処置できるけど、病気に関してはどうしようもないの」
 病気。
 心の中で僕は呟く。
「分かっている。もうどうしようもないんだ。手遅れでね」
「諦めたらいけないわ」
「はは……残念ながら諦める他ないということは、もうずっと前から分かっていた」
 激しい咳がすぐに聞こえてくる。身体を軽く叩く音は恐らくおじさんがしているものだ。
 話の流れがだんだんと読めてきた。嫌な予感だけが過る。話の先が見えているけれどそれを全力で否定したい。否定したいのにできない。
「もう時間は残されていない」
 咳が収まってからウインディは言った。自分のことなのに淡々と話すウインディの落ち着きように、恐ろしささえ感じた。
 無風、無音の世界が僕達を包み込む。

「そう遠くない日に、私は死ぬだろう」


  [No.1083] 投稿者:夜梨トロ(海)   投稿日:2013/02/15(Fri) 18:02:48   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 五



 あの夜話していた内容を僕は問うことができず、だらりとした日々がただ過ぎていくだけだった。ウインディは金縛りでもあっているかのように丘の上から一歩も動くことはなかった。海を見に行ったあの日に倒れこんだその場所で。ウインディより大きく力のある生き物は僕らの住む森には存在しない。だから彼をもっと安全な場所に移すことは叶わなかった。雨が降る中体を縮こまらせている姿は元来雄大であるだろうはずの彼の雰囲気とは天と地ほどもかけ離れていた。日に日に落ちていく毛が風に乗って流れていくのを僕は遠くから黙って見つめる他無かった。現実味を帯びなかった死という出来事が確実にウインディの傍へ歩み寄っているのをひしひしと実感する。
 僕の中に眠るのは気持ち悪い粘着物。一体ウインディになんと声をかければいいのだろう。外の世界からやってきたウインディを否定した僕が、何を言えるというのだろう。もう、何もかも今更だ。
 青空を仰ぐ。
 鳥が羽ばたくのを見つめる。



「坊、いつまで意地を張っているつもり」
 聞き慣れた声が真上からやってくる。おじさんがすぐ傍にいるのは分かっているけれど顔を上げずむしろ更に地に埋めた。
 山の向こうに太陽は沈み、恐らく真上には真っ暗な空を背景に星や月が見えているだろう。見慣れてきた光景だからすぐに頭の中に思い描くことができる。
 しばらく時間を置いてから、呆れたようなおじさんの溜息が耳に届いた。
「ウインディはあなたをずっと待っているの。今、ちょっと元気が無いから動くことはできないけれど、だからこそ、あなたが行かなきゃ」
 説教臭いおじさんは苦手だ。責められているようにしか聞こえない。いや、実際責められているんだろう。どうして彼を否定したのだろう。どうして海に行きたいなどと言ったのだろう。どうして自分のことしか考えられないのだろう。力も無いくせに欲望のままに走る。馬鹿みたい。
 と、僕の頭に鈍い痛みがのしかかる。おじさん得意の拳骨だ。思わず高くて変な声をあげた。
「男の子がうじうじしない。あのね、ウインディと話せる期間はもう、大分限られているの。話さなかったら、絶対に後で後悔するよ」
 もう十分後悔してるというのに。
 でも何もしなかったらもっと後悔するのも分かってる。
 目頭が妙に熱くなる。限られた時間、押し寄せるであろう後悔。僕はゆっくりと顔を上げておじさんの顔を見た。周りは随分と暗くなっていた。星明りに微かに照らされたおじさんの顔。なんだか久しぶりにおじさんの顔を真正面から見たような気がした。おじさんは憐れむような悲しむような、でもしんと落ち着いた複雑な表情を浮かべていた。混乱していながらもおじさんは覚悟というやつを決めたのかもしれない。僕はどうだ。今、うじうじして現実に目を背けているだけ。誰に顔向けすることもできない。それでも前を見据えなければならない時がやってきている。
 瞳から涙が出るのをぐっと堪える。さっき拳骨を食らわせたおじさんの手が優しく僕の頭を撫でる。丁寧に乱れた毛を繕ってくれる。注がれる愛情をひしひしと感じて、僕は自然と俯いた。
「もうこれ以上後悔はしたくないでしょ」
 おじさんの言葉に僕は僅かに頷く。
「なら、行きなさい」
 おじさんは呟く言葉で僕の背中を押す。
 顔を上げて丘の上に佇むウインディの姿を目にとめる。ほぼ真っ暗だけれど、彼の特徴的な体毛が夜の中で輪郭を象る。寝転がったままで今どこを見ているのかこちらからでは分からない。山を見ているのか空を見ているのか、どこも見てはいないのか、あるいは眠っているのかもしれない。皆目見当もつかない視線がどこを向いているのかを知りたいと望むなら、彼に寄り添う他ない。
「……おじさんは、来ないの?」
 恐る恐る尋ねるとおじさんは静かに首を振る。
「今はいいの。きっと、後から行くわ」
 すぐに空気に溶けてしまう小さな声でおじさんは言った。
 僕は複雑な思いを抱えながら僅かに頷き、ゆっくりと歩みを進める。草むらを踏む音と風の音とが混ざり合う。後ろからおじさんの視線を感じる。おじさんはいつも僕を支えてくれる、だから僕は再び歩き出すことができる。お母さんがいなくなっても、落ち込んでも、病気になっても、そして今も。
 あっという間にウインディの目の前に来る。随分と彼はやつれてしまった。遠くから見るよりずっと毛は乱れ抜け落ち、その下に見える肉の姿が露わになっている部分もある。星光に照らされ赤黒く佇むそれに対して僕は咄嗟に目を逸らす。風に乗って彼から僅かに異臭がするのを捉える。異変は確実に獣を蝕み、手招きする死に抵抗なく歩み寄っているようだった。これが、あの時疾風と化した獣の末路だというのか。張り裂けんばかりの咆哮と共に炎を吐き散らした獣と同じだというのか。なんて、なんて残酷なんだろう。
「やあ、来たのか」
 考え事をしていると向こうから声がかけられ僕は体を震え上がらせた。まるでそよ風のような声だ。本当に小さく掠れた声なのに、何故かすとんと僕の耳に届く。
 後戻りはできない、そう心に言い聞かせて僕は一歩一歩を踏みしめウインディの顔の隣にやってくる。ここまで近くにやってきたのはそれこそあの海を見に行った日以来のことだ。
「久しぶりだな」
「うん……」
「元気そうで何よりだ」
 皮肉のつもりだろうか、ちくりと思うがそんなことはないんだって解ってる。純粋にウインディはそう思ったのだと思う。でも死を目前に控えた彼にそう言われると、どう言葉を返したらいいのか分からなくなってしまう。
「今日は空が綺麗だと思わないか」
 その声に導かれるように僕はウインディの視線の先をなぞる。思い描いていたはずの空なのに、忘れかけていた空だった。雲一つ無く、頭上に光る一等星。今の僕等を取り巻く状況には不釣り合い程見事な快晴だ。無数の星が辺り一面に敷き詰められて心が一気に奪われる。吸い込まれそうになる。遠くにあるのに手が届きそうだ。月は無い。今日はいない。星を観察するには絶好の機会だと言える。
「空を見るのが癖だと言っていただろう。私も何しろ暇でね、空を見ることを趣味にしてみたのだ。意外に面白いな。色々な表情を見せる。自然と自分の考えもまとまっていく。いかに自分がちっぽけな存在かを思い知らされる」
「やめてよ」
 そんなこと言わないで。
 ウインディがちっぽけな存在だと言うなら、僕は一体何になってしまうんだよ。
 突然強い口調になった僕に違和感を感じたのかウインディは僕をちらと見る。黒く大きな瞳に自分の姿が映る。その瞬間、息を呑んだ。失望が走る。吸い込まれてしまいそうな威圧感は、もうそこに無い。
「癇に障ったか。すまない」
 あっさりと謝罪される。余計に弱々しさが強調されてしまったようだけど、なんでこんなにすらりと認めてしまえるんだろう。
 ウインディは大きな息を吐く。彼にとっては何てことのない小さな溜息かもしれないが、ちょっと大袈裟な表現をすると僕にとっては強風の煽りを受けたようだった。
「それにしても、なんだか今日の空は違うな」
 ぽつりと言うウインディに僕はもう一度改めて空を見る。違うという意味を理解できず首を傾げる。
「どういうこと?」
「分からない。だけど、空気が何か違う気がする」
 ふうんと僕は単調な相槌を打つ。改めて空を見て空気とやらを耳を立てたり鼻で嗅いでみたりして全身で感じ取ってみるけれど特に変わった様子はない。どういう意味を指しているのだろうか。
 と、突然ウインディは表情を歪め痺れたように体を固く硬直させる。喉から何かがせり上がる音がしたが必死に堪えているようだった。僕は落ち着かせようと彼の顔を撫でてみた。本当ならおじさんが僕に風邪をひいて苦しいときによくやってくれたように背中をさすってあげるべきなんだろうけど、僕には到底無理なことだった。けれどウインディはほっとしたように笑みを浮かべる。小さくありがとうと呟いた。喉の奥から慎重に絞り出した声だった。僕は視線を逸らし、前足のウインディの毛にふと視線を寄せた。風に流れて、ふわりと綿毛のように飛んでいく。
「私は何も後悔していないよ」
 ウインディはそう呟いた。
「海へ行ったこと、何も後悔していない。あれは私が言い出したことだ。君は何も悪くない」
「そんなことない」
 全力で首を横に振った。そんなこと、絶対ない。
「僕があの時行きたいって言わなければウインディはこんなことにならなかった。あの時ああ言っちゃったからウインディはこんなことになっちゃったんだ。僕は行きたいって言っちゃいけないって、安静にしてなきゃだめって分かってたのに、おじさんの言うこと素直に聞いていればよかったのに!」
「それは違うよ」
 熱くなってきた僕の言動をそっと獣は冷静に制止する。僕は意地になって顔を上げると、ずっと空を見ていたはずのウインディの顔がこちらにまっすぐに向いていた。それは違う、違うんだ。彼は強調するようにそう繰り返した。
「私は前から分かっていた。この森にくる前から、自分の命は長くないということを。君が海に行きたいと言わなかったとしても、結果は変わらなかった」
 強さは無くとも決して揺らがない瞳は覚悟の証。何か声をかけようとしても、僕の小さな頭じゃ何も言葉が浮かび上がってはこない。
「それに海に行きたかったのは私の方なんだ」
「え?」
 ウインディは深く頷いた。
「ずっと前に諦めたはずなのに、まだ少し心残りがあった……終わらせたかった。現実を見て、もう本当に元の生活に戻ることはできないのだと」
 ――こうして海を間近にすると、本当に戻ることはできないのだと実感させられる。
 海を見に行った時にウインディが口走った言葉が走る。
 そんな悲しいことをするために海に行ったの。どうしてそうまでして諦めなきゃいけないの。ウインディは強いのに、どうして諦めるの。全部心の中にしまい込んでしまう。彼に訪れている哀しみがあまりに大きくて、僕には抱えきれるものじゃなかった。
 ウインディはふっと何故か微笑んで再び空を見上げる。数秒後に大きく目を見開かせ小さく声を漏らした。
「どうしたの」
「見てくれ」
 溢れんばかりの興奮に無理矢理蓋をしているような震えた声音だ。不思議に思って空を見上げる。空に広がっているのはきらきらと光る星々だけ。圧巻の情景だけれど先程見たものと変わりはない。
 謎に包まれた彼の真意の問おうとした時だ、西に一筋の閃光が煌めいたのは。
 息を止める。
 出来事が目に焼き付く。
 心臓が高鳴る。
 視界を広く保つ。そうしていたら別の場所の空にさっと軌跡が描かれる。
 丁度一年程前の今頃の季節に、おじさんと見た流星群を思い出した。記憶と現実が重なり僕の目前に無限に開ける。暗闇の中に僕等二人、溶けている。丘に座っているんじゃない、夜の中に在る。沈黙と一体化している。手を伸ばせば届きそうだ。瞬きすら惜しい。息は雑音に思えるのに、流れてくる風は心地良い。再度閃く光。一瞬の輝き。儚くも強い瞬き。その度音は完全に消える。
「……少し、昔の話をしていいか」
 隣からやってきた掠れ声が僕の心を叩く。僕は小さく了承の返事をした。昔の話とは、海で話そうとしていた続きだろう。あの時僕は我を忘れてしまったけれど、今なら落ち着いてウインディの話を聞くことができると思えた。
「ありがとう」
 一呼吸を置いて、ウインディは視線を上空に留めたまま、遂に隠していた自らの過去を語り始めた。
「……君は生まれた頃からこの森にいただろうが、私は生まれた頃から人のポケモンだった。物心がついた頃にはあの家にいたのだ。とても温かい家族でね。その頃は私はガーディと呼ばれていた。そこに居たある男の子は特に可愛がってくれて一緒に遊んでくれて、私も一番好きだった。何一つ不自由の無い生活だった。何もしていなくてもご飯はほぼ定時に出てきたし、傍に寄るだけで撫でてくれた。とても幸せな日々だった」
 その様子はとても僕に想像できる賜物ではなかったけれど、その声は甘く温かいものでなんの偽りもなく確かにウインディが幸せに溢れていたことを示している。懐かしむ優しい声音を妨げようとは思わなかった。
「しばらくして男の子は成長した。人は歳を重ねある一定の年齢に達すると旅をする風習があった。彼もそれに倣うように旅を始め、私は当然のように彼についていった。旅の途中で仲間は増えていったが、一番の信頼を置かれているのは、ただの自負に思われるかもしれないが間違いなく私だった。彼の期待に応えようと私も必死に体を鍛えた。旅を進めるうちにガーディとしての限界を感じた時、躊躇わず進化の道を選んだ。そうして私はウインディになり、時に彼の槍となり盾となり、傍に寄り添い続けた。どれくらい旅をしたのか分からない。勝負に勝ったり負けたりを繰り返して、彼も随分大人の顔立ちになってきた頃、私達は歩いていた地方を遂に一周した。勝負の世界で頂点に立つことは叶わなかったが、彼は喜んでいた。私も喜んだ。挫折を繰り返したがそのたび仲間と越えてきた。支えあって生きてきた。そして見たことの無い世界をこの目に焼き付けることができた。ずっと家にいることも幸せだったが、私は苦労の果てにかけがえのない世界を手に入れた。確かに私は生きていた」
 その間も空を流れ続ける星の姿。僕等を見下ろし静かに包み込む。
 そして、と彼は切り出す。僅かにトーンが低くなったように思えた。
「私達は旅を終えるか続けるかの選択に迫られ、彼は続けることを選んだ。まだ見たことの無いものを見ていたいと息を弾ませた。私も同意だった。世界を知れば知るほど、知らない世界があるということを知るのだ。欲求は止まらないものさ。彼と私ともう何匹かの仲間は共に海を渡ることを決意した。海の向こうには何があるのだろうと、旅を始めた頃の童心に帰って胸を躍らせたものだ。そしてこの地にやってきた。見たことの無い生き物がたくさん居て、正直驚いたよ。まだこんなに知らないことがあるのか、とね。他の人にも私は随分珍しい目で見られたものだった。それがもしかしたら、仇になったのかもしれない」
 声がどんどん小さくなっていく。どんどん沈んでいく。最初のうちの温もりはどこに消えたのだろうか。手にとるようにウインディの感情の揺れが分かる。それほど明確に彼の心の色が言葉に表れていた。
「ある日のことだ。ボールに入っていた私は突然その場がぐるりと回転するのを感じた。突然の衝撃に何があったのか分からず、外を見ようとしたが真っ暗で何も見えなかった。彼は自分の歩いている情景をボールに入っている間私たちにも見せようと、ボールを普段から表に見えるようにまとめていた。だから間違いなくそれは異変だった。ボールから出たかったけれど自分から出る方法を心得ていなかったため、何もできずただ時間が過ぎるのを待った。ようやくボールから出してもらった瞬間、私に鈍痛が襲い掛かった。攻撃を受けたのだ。なんのことだか全く分からなかった。そこは灰色の四角い部屋だった。見知らぬ白っぽい服装をした人間と何匹かの知らないポケモンが私を睨みつけていた。私は主人や仲間を探したがそこには誰も私の知る者はいなかった。重なる技の連続に私は抵抗を試みたが麻痺にでもされていたのかうまく体が動かなかった。傷ついた体のまま足には重い枷がつけられた。最初の方は威勢が良く吠えたり炎を出してみたりしたが、ろくに餌を与えられず瞬く間に衰弱していった。そして私は何かを悟った。いつしか抵抗は弱体化を助長するだけだと理解した。何日も閉じ込められた末、諦めたのだ」
 淡々とウインディは話していた。起こった事象だけをひたすらに上辺だけなぞっているかのようだった。けれど、最後の一言には自嘲が込められているように僕には感じられた。
「そしてある日から人間たちは私をその部屋から出し、体にロープを縛り付け、大量の重たい石が乗った滑車を運ばせた。休めば容赦なく鞭がとび、怒声を浴びせられた。ただただ私は運び続けた。私の他にも同じようなポケモンは沢山いた。皆表情は暗く、一言も喋らなかった。無論、私も」
 けれど重労働は永遠というわけではなかった、彼はそう言ってから一度呼吸を整える。
 こんなに話し続けて体の方は大丈夫なんだろうか。でも止める権利は僕に無い。僕はただ聞き届けるだけ。もう、ウインディがやりたいように、したいようにすることに従うだけ。幸い、冷たいほど静かな環境のおかげで掠れ声を聞き取るのはそう難しいことではなかった。
「私達が作りだしていたのはある大きな城だったが、何年もかけてそれはようやく完成した。けれど私の体はもうボロボロになっていた。既に他の同志で過労死をした者もいた中だった、私の体に異変が訪れたのは。口から吐き出された嘔吐物に混ざった血や心臓の異常な高鳴りがそれを物語っていた。呼吸困難に陥った発作だったが、もう用無しとなっていた私は再び牢獄に閉じ込められるだけだった。死を覚悟したが、私の目の前にかつての主人と同じくらいの風体をした青年が突然現れ、手当を施してくれた。どこで私の状態を知ったのか定かではないが、彼は必死に私を励ましてくれた。それは、数年ぶりに感じた愛情のように思え、私にはとても心地良かった。その甲斐あって、私は何とか一命を取り留めた。私は彼に御礼を言った。すると、私達の言葉は人間に通じないはずなのに、彼はどういたしまして、間に合って良かったと言ったのだ。彼は私達の言葉が分かるらしい。けれど、随分固く心を閉ざしているねと彼は残念そうに呟いていた。不思議な青年だった。彼はそれからいくつか話した後、最後に、君のためにもポケモンを解放させる、そう言って去っていった。今になってもその真意がよく分からないけれど……。兎にも角にも、なんとか生き延びたもののもうかつての力を持ち合わせていなかった私はずっと閉じ込められたまま、しばらく時が経つのを傍観していた。途中で幾度かの地震が起こったりもしたが、まったく外の様子が分からないまま生きていた。死んでいるのと同じようなもので、もう思考は完全に停止していた。その時、突然いつもとは違う音に気が付いた。長い地震は止まらず、部屋が綻びを見せ始めていた。私はその時突然逃げるという選択肢を思いつき、枷をつけたまま小さな部屋を跳び出した。勿論容易ではなかったが、壁は随分脆くなっていて、持てる力を全て出しきって脱走に成功した。狭い廊下を通り抜け、僅かに残る記憶を頼りに私は外へ出た。久しぶりに見た青空の色をよく覚えている。とても綺麗な蒼だった。見慣れたはずなのに妙に感動してね、ずっと見つめてしまっていたんだ。そうしたら、黒いドラゴンが城のてっぺんから飛び出した。その背にあの青年が乗っているような気がした。彼も逃げたのかな。よくわからないけれど、一直線に空を横切っていった。まるで……そう、まるで流星のように」
 彼は最後に思い出すように付け加えた。
 僕はそれを聞いて、僕は見ることのできなかった黒い流星の話を思い出した。咄嗟の連想だったが僕の中に確信めいたものが光った。その瞬間呼吸ができなくなりそうなくらいの興奮が襲う。もしかして、黒い流星っていうのは、その黒いドラゴンのことだったのか? それも、間接的とはいえウインディと繋がっていた。それって正直、すごいことだと思う。
「それがずっと遠くに行くのを見届けてから、私はその場を後にした。けれど野生環境で育ってこなかった私は、図体は大きいくせに見知らぬ土地でうまく生活ができず、また何度か発作にも襲われ、更に衰弱していった。それでも私は掠れてしまいそうな主の顔を思い出すたびに、その足を動かした。ある雨の日、私は悪い足場にもっていかれ崖から落ちた。下に広がっていた木々が多少クッションになったものの、そこで大きな怪我をしてしまいもう限界を感じていた。それでも何故か足は動いていた。……そしてあの、御神木の前で君に会ったんだ」
 僕は視線をウインディに移した。ウインディがやってきたあの瞬間の出来事が僕の脳裏に鮮やかに染まる。
「そして私はあの時の青年に助けられたように救われた。森の温かな雰囲気に癒され、ようやく心穏やかになることができて幸せだった。けれど君は最初なかなか打ち解けてくれなかったね。その理由をおじさんに聞いたよ。お母さんが人間に捕まえられ、精神的に大きなダメージを負い、森の外、特に人間に対して強い嫌悪感を抱いていると。私は、その時思った。これが多分、運命なんだと」
「運命?」
 僕が聞き返すと、ウインディは静かに頷いた。
「主と引き離されたことも体を痛みつけられたことも重労働をさせられたことも理不尽だと思った。それは多分、確かなもの。けれど、病気を患い、あの青年に生かされ、君に生かされた。偶然に偶然が重なっていく奇跡に感銘すら受けた。私はきっと、最終目的地が君であるように生きていたんじゃないか、そう思ったんだ」
「そんな、無茶苦茶な」
 首を横に振りながら動揺を隠さずに僕は返す。どうしてそんな大がかりなものに僕が名を連ねているんだ。
「私はそれなりに波乱万丈な生活を送ってきた。理不尽なことも、君に伝えるための過程だったと思えば納得ができる」
「押し付けないでよ。僕はついこないだ会ったばかりなんだよ」
「もう少しだけ、聞いてくれ」
 荒くなってきた僕の口調を鎮める。また暴走してしまう前に僕はふと冷静になり、口を紡ぐ。
 ウインディは夜空から再び僕に顔を向けた。彼の目に強さが戻ってきていた。確固たる意志が宿っている証拠か。
「私は人間に囲まれて生きてきた。人間の中には良い人間もあれば悪い人間もいる。身を以てそれを知っている。私の主人も多くのポケモンを捕まえてきた。それを私も当然のように思っていたから、君のようにそれに対して深く悲しんでいるポケモンがいることは想像もしなかった。だけど、それをいつまでも恨んでいていいのか。こんな私が言っても説得力に欠けるかもしれないが、君にはまだまだ未来がある。私はもう死のうとしている、だから今、君に伝えたい」
 言葉の一つ一つが噛みしめられているような重さを感じる。黒い瞳にちっぽけな僕が映る。果たしてそんな僕に、彼の一心に願う思いを受け取りきることができるのだろうか、自信は無い。
「この森は居心地がとても良い。けれど小さな頃の私がそうだったように、あまりにも狭い世界だ。だから考えも偏ってしまうのだと思う。経験は一生の宝になる。ここの森に居る限り外を知ることはなかったと思うが、君はお母さんを失うという形で外の世界と接触し、また私をきっかけに海を見た。君が思うほど世界は怖いものや恐ろしいものばかりじゃない。美しくたくましく生きている。それを君も分かっているんじゃないか? 君は知るきっかけを持っているのに、知ろうとしない、それは勿体ないことだと私は思う。勿論、何をするのも君の自由だけれどね」
 彼はその目にたくさんの風景を映してきたのだろう。
 たくさんの痛みを伴いながら、掛け替えのないものを手に入れてきたのだろう。それは僕には羨ましくも、あまりに眩しい。
「でも僕はお母さんを捕まえた人間を、絶対に許せないんだ」
「それでいい。許せと言っているんじゃない。けれど君はそれに固執し過ぎている。それでは息苦しいだけだ。実際、君は、この森の中ですら動けていない」
 言い返そうとして出てこない言葉に僕は肩を落とす。結局、何も言い返せない動けない。人間を恨んでも対抗するのは怖い。外を気にしてもここを出るのは怖い。恐怖と矛盾。弱さと小ささ。僕を掴んで離さない。そしてそれに甘え続ける。結局震えて息を殺しているだけ。そうやってきて一体どれだけの時間が経ったのだろう。
 このまま何も変わっていてほしくない僕の一方で、この状態から抜け出したいと思っている僕も確かにいる。ウインディが後者の僕の手を引くのを感じる。泥のように重たく冷たい記憶に沈む僕の手を引く。まっくらやみの中で呼ぶ声がする。
「君には力がある。なんだって出来る」
「――違う!」
 引っかかりを覚えた僕は咄嗟に叫んでいた。
「僕はなんにも出来ないんだ。ずっと震えてるだけで、走ることしかできない。でもその走ることだってウインディの方がずっと速くて、ウインディは大きくて強くて、お母さんだってそうで。僕とは全然違う。ウインディに最初近づけなかったのだってさっきまで傍にいられなかったのだって全部怖かったから! 矛盾ばっかりでどうしようもない弱虫なんだよ。そのくせ後悔だけはいっぱいして、口先だけ。分かるでしょ、僕には力なんて無い」
 心の中の叫びが声となって跳んでいく。途中で胸の奥が焼けるように熱くなって、息苦しくなる。目頭がほんのり痛んだ。自分の心の中で繰り返し繰り返し呟きながらも外には決してさらけ出さなかった部分を吐きだす。言うだけ言って、それでもウインディに心の奥で叫んでいる。
 助けて、と。
 苦しい、と。
「そんなことは無い」
 ウインディは一呼吸置いてから淡白な声で言う。
 心臓の鼓動は速まったまま収まらない。僅かに振動する呼吸を必死に抑えようとしながら、まっすぐに睨みつけるようにウインディの両眼を見据える。
「じゃあ、僕にある力ってなんなの」
 挑発するような言葉は呼吸に合わせて震えていた。ウインディは間伐入れずに口を開いた。
「未来があるということ。それは即ち無限に広がる可能性があるということ。そして何より自由だということ。……これが、君の力だ」
 暗闇の中で一筋の閃光が僕の中を走った。明確になんの曇りもなく彼は言い放った。その自信に満ちた言葉は確かに僕の胸を打つ。
 耳に届いたのは静寂の声。
 ずっとそこにありながら、ずっと聞こえなかった、僕自身も分かっていなかった僕の中に眠る思いを引き出す声。
「確かに身体的能力は君はまだ幼い。けれど、そればかりが力ではないんだよ。私は確かにその点では強いかもしれないけど……もう死にかけだ。もうずっと囚われ続けて、大切な時間を失ってしまった。自由は力だ。それもコントロールの難しいもの。今の私にはよく分かる。君には何もかも選ぶ権利がある。矛盾ばっかり? 自覚しているのは戦おうとしている証拠だ。口先だけ、後悔ばかり、よくある話だよ」
 ウインディは一度間を置いた。風が空に吸い込まれるように吹いていく。星明りに照らされてはらりと彼の毛が揺れた。
「押し付けがましいが、複雑な過去と考えを背負っているからこそ前に進んでほしいと私は思っているよ」
「……どうしてそこまで僕に言ってくれるの」
「どうしてだろうな。覚悟していたつもりだったけれど、死を目前にして後悔がやってきたせいかもしれない。私がまだやりたかったことを君に押し付けているだけなのかも。だとしたら、ただのエゴだな。君が思うより私はそんなにすごい奴ではないんだ」
「そんなことない」
 僕は全力で首を振った。
「僕は、僕は」
 溢れだそうとする感情。もうなんでもいい、溢れてしまえ。拙い言葉を紡げ。吐き出せ。
「――僕は、ウインディみたいになりたい」
 僕は小さく弱くちっぽけだ。だから大きく強く堂々としたウインディの姿に嫉妬し、気に入らなくて、けれどどうしようもなく焦がれた。今までぼんやりとしていた理想をたとえるとすれば、間違いなくウインディだ。理不尽に対する思いや信頼していた者への焦がれは僕とちょっと似ている、考えもしなかった共通点を確かめ、自らの力の無さに失望していた僕に力があると憧れの存在から背中を押された今ならそう素直に思える。ウインディのようになりたい。理想像ははっきりと目の前に見据えられた。方向は前。きっと、人間に対する恨みもお母さんとの思い出も抱えて、僕はようやく進みだすことができる。ウインディがもうすぐ力尽きても、僕の中でウインディは生きていく。
 それほど変化を見せなかったウインディの表情に驚きの色が広がる。虚ろになった瞼が上がって大きくなった瞳が僕を捉える。しかしすぐに目は閉じられ、口を固く塞ぐ。頭が下がり、何故か小刻みに震えているように見えた。僕は足を一歩一歩踏み出して更にウインディに近づき、少し背を伸ばして彼の大きな鼻に自分の鼻を当てた。彼のあたたかな息を感じる。生きているんだと確かめるように実感する。
 ありがとうとウインディは籠った声で言った。
 その一言だけで、十分だった。




 少し時間を置いてから、おじさんは僕等の隣に姿を現した。落ち着いた雰囲気を敏感に感じ取ったおじさんはほっと安堵の溜息をつく。おじさんは不思議だ。なんだか、全部わかってるみたい。
 星の降る真夜中、僕等は失われている時間の間少しでも傍に居るように体を寄せ合っていた。一年前もそうやっておじさんと流星群を見ていた。当時のことを思い出し、ふと僕は声を出した。
「そういえば去年、おじさん言ってたよね」
「何を?」
 おじさんは不思議そうに聞き返した。
「ほら、流れ星が消える前に願い事をしたら……みたいなさ」
「ああそうね。そう、流れ星が出てきてまた消える前に三回願い事を心の中で唱えることができたら、その願いは叶うって言われているの」
「なんだか懐かしいな。その話、聞いたことがあるよ」
 ウインディも知っているんだ。ここまでくるとウインディというよりおじさんは本当に一体何者だろうっていう気になってくるなあ。でもあんまり深く知ろうとは思わない。おじさんだからそうなのかも。そこにあんまり理屈はいらない。
「でも三回なんて無理だよ」
「あら、坊には願い事があるのね。どんなもの?」
「い、いいじゃん、それは」
 頬が熱くなるのを感じる。気恥ずかしさに出てきた言葉は裏返っていて、おじさんもウインディも思わず小さな笑い声をあげる。それが更に羞恥心を掻きたてる。
「お、おじさんはなんか無いの?」
 慌てて切り返すとおじさんはそうねえとぼんやりとした声で少し考え込む。
「……もっと時間が長ーくなりますように、というところかしら」
「ははは、それは良いな」
「えー、どういうこと」
 ウインディが同意する一方で思わず疑問の声をあげると、おじさんはふふふと上品に含み笑いをする。
「ぼんやり空を眺めている時間も、楽しい夢を見ている時間も、今みたいな幸せな時間も、ずーっと続いていればいいのになあって思うのよ」
 どうしても叶わない願いのようだけど、おじさんの考えていることは珍しく僕にも身に染みるほどよく理解できた。特に三つ目の例えがそう。理不尽なことに、楽しかったり嬉しかったり、そういう所謂幸せな時っていうのはいつもよりもあっという間に過ぎてしまう。多分既にいつもの就寝時間は過ぎていると思う。僕の中には眠気の泡がぷつぷつと浮かんできていた。実感すると更に大きくなって、一つまんまるな欠伸をする。
 漆黒の世界を彩る星が煌めく中、また一つ二つと流星が顔を出した。けれどあまりにもそれは速すぎて追いつくことができない。願い事を三回唱えるなんて本当に、それこそ夢物語に近い。けど、憧れてしまう。きっとおじさんはこっそり心の中で挑戦していると思う。たとえその願い事が叶わないことだと解っていてもやってみる。おじさんは、そういう感じなんだ。そういうおじさんで居てほしい。だから、黒い流星の真実は僕の胸の中に静かにしまっておこうと思う。
 また一つ欠伸をすると、ウインディがそっと苦笑する。
「眠いか」
「……ちょっとだけ」
 素直に言ってみると自分が想像していたよりも小さな声が出てきた。
「もう寝る時間は過ぎてるものね」
「そうだな……そうだ、子守唄でも歌おうか」
「ええ?」「まあ」
 僕は少し眠気を覚まして思わず聞き返しウインディを見る。おじさんもさすがに驚いたようで同じような行動をとった。僅かに笑みを浮かべながらウインディは小さく頷く。
「幼い頃に、主人と共によく聞かせられたものがあってね。うまく覚えているかどうか分からないが……まあ、この声だからただの雑音かな」
「ううん、そういうわけじゃないよ」
 最後の自嘲に対して、考えるより先に僕は否定していた。
「聞かせて」
 子守唄なんて久々だ。お母さんにもたまに歌ってもらっていた。それとは違うものだろうけど、白黒の思い出が籠った懐かしさに浸る。おじさんも深く何度か頷き、制止しようとはしなかった。
 ウインディは了承し何度か深呼吸をする。その度に痛々しい掠れた風のような音が彼の中を走る。




 その夜、僕の耳に残る掠れ声の子守唄。
 小さく小さく、小さく響く。
 瞬間に閃く、永遠の歌。
 消えていく意識の中でそれはだんだんと霞んでいった。




 朝の鳥の鳴き声と共に僕は目をそっと開けた。白い太陽の光がいつになく優しく思え、爽やかな風が辺りの草原を揺らす。いつの間に寝てしまっていたのだろうか。流星群は終わり透き通るような空の色が風景を演出する。朝早くから活動する生き物の声が辺りにちらつく。朝だな、と実感する。ありきたりで平凡な感想だ。でも、嫌いじゃない。包み込んでくれる全てが僕を守ってくれているような錯覚。背中を押してくれているような幻想。いや、実際僕の心をそうやって励ましてくれている、きっと。
 ふと思い出したように僕は顔を下げ隣にまだ眠っているウインディを見た。
「ウインディ」
 彼の名前を呼んだ。
 返事は来ない。
 静かに僕と彼の間に風が通り抜けて行った。彼の口元は微かに笑っているように見えた。
「ウインディ」
 もう一度彼の名前を呼んだ。
 返事は来なかった。
 ウインディの瞳は永遠に開けられることはなかった。


  [No.1088] 投稿者:夜梨トロ(海)   投稿日:2013/03/14(Thu) 21:06:52   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 六



 朝は巡る。淡々と繰り返される。
 ウインディ程の巨体を動かせるような生き物はこの森におらず、彼は死んだその場所に埋められた。本来死んだ者に対してそんなことはやらない。時間が経って、鳥や虫などの生き物が啄んでいくのを眺めているだけ。それを拒むことを提案したのはおじさんだった。おじさんは人間は生き物が死んだときこうやって埋葬するのが習慣なのだと。こうしてやるのがきっとウインディのためになると。
 掘り起こされたために土の色が剥き出しになった丘のてっぺんに僕は立つ。ここからはこのあたりの景色がよく見える。山々の移ろいが手に取るように分かるここから、いつか彼の主人が見える時が訪れるだろうか。仮に現れたとしても、姿かたちを知らない僕には判断のしようがない。仕方のないことだ。どうしようもないことだ。分かっているのにひどくもどかしく感じられる。
 生まれた頃から人間と共に生きてきたウインディが、人間と殆ど接することないこの森で死んだなんて少し不思議な話だ。彼の言葉を借りるなら、これも全部運命だというんだろうか。そんな簡単な言葉で片付けられてしまうのだろうか。だとしたら、なんて残酷なんだろう。
 空は呆れるほどに爽やかな青が塗られていた。
 それを虚無の心で眺めていると、僕を呼ぶおじさんの声に振り返った。
「坊」
「おじさん」
 出てきた言葉は思っていたより小さなもので、おじさんは目を細めた。そしてゆっくりと僕の傍にやってくる。傘の下になった僕は小さな体をおじさんの体に力無く委ねた。柔らかな体におさまるとおじさんは腕でそっと抱きしめてくれた。そうするとまた僕の目頭が熱くなってしまう。
「もういっぱい泣いたのに、まだ泣くの」
 呆れたように、でも優しくおじさんは呟く。僕は小さく何度か頷いた。
「随分泣き虫な子になっちゃったわね」
「……こんなに泣くつもりは無かった」
「いいのよ。泣くときに泣いておきなさい」
 おじさんの言葉がふわりと僕を包み込み心地良い。それが更に涙を呼んで止まらなくなる。
 ああ、いつまで止まっているつもりなのだろう、僕は。

 流星群の明くる朝、ウインディは既に息絶えていて、何度名前を呼んでも決して返事が来ることはなかった。それが何を意味するのかを真に理解したのは、おじさんが黙って今のように僕を抱いてくれた時。信じられないままでいたのが諦めに変わったのは、ウインディが地面に埋められていく時。お母さんとの別れも唐突だったけれど、ウインディも突然だった。温かな吐息と共にあんなに沢山語ってくれたのに。耳にまだ独特の掠れ声が残っているのに。おじさんの、もっと時間が伸びることを願う思いが今なら痛いほどに分かる。きっと近いうちに別れがくると思っていても、現実は想像よりも遥かに重い。
 どうしてみんな、僕の前からいなくなってしまうんだ。
 僕はウインディのことを慕ってた。ウインディのようになりたい、そんなこと、ずっと前から分かっていたのに。もっと早ければ。もっと早く認めていれば。そうしたらもっと違う目で彼を見ることができていたのに。僕が海に行きたいって言ったことだってウインディは許したけど、僕は自分を許せていない。あんなことしなければ、ウインディはきっと今も生きていた。もっと長く一緒に居られた。こんな不毛な後悔、今更どうしようもないって解っていても考えてしまう。
 僕の望みに偽りは無い。言うだけなら簡単だ。それは人間を恨みながらも何もせずに怯えているだけだった日々とよく似ている。その停止状態からどう脱却すればいいのか。おかしいなあ、確かにウインディと話しているあの時はようやく進みだせると思ったのに、いざ本当にいなくなってしまったら急に足が竦んでしまった。ウインディのようになりたいって思っても、どうしたらいいのか本当にわからない。何もかも選ぶ権利があると言われても、逆に分からなくなってしまった。だって仮に間違ったことを選択してしまったら道を踏み外すんだろう? また後悔をすることになるんだろう?

「坊、何をそんなに悩んでいるの」
 おじさんがゆっくりと尋ねてくるのが、埋めた耳元で聞こえてきた。優しく撫でるような声は衰弱した心を慰める。おじさんだけだ、おじさんだけはいつも僕の傍にいてくれる。居なくならずにいてくれる。それがどれほど僕を支えてきたのか分からない。だからこそおじさんには今、自分のことを話せるような気がした。
 僕は嗚咽の混ざったままで口を開いた。
「僕……、やっぱり自分が情けない」
 ぱっとしわくちゃになっているであろう顔をあげる。心配そうな視線を向けているおじさんと目が合う。動揺と戸惑いが残り、しばらく沈黙する。僕はその間に懸命に自分の言葉を整理しておじさんに伝えようとする準備をする。おじさんはただ黙って待っていた。
「ウインディ、言ってたんだ」
 ようやく言葉が紡がれていく。
「僕に力があるって。未来とか可能性とか、自由とか、そういうものを持っていることがつまり力なんだって。死ぬ間際にそんなこと言うなんて……ウインディはずるい」
 一度口をぎゅっと縛る。
「ねえ、どうしたらいいのかな。どう進んだら、僕のやりたい方向に、正しい方向に進めるのかな……」
 悲しみが雪崩れこんで、僕の思考は停止していた。この感覚はお母さんがいなくなった時によく似ている。様々な感情が入り乱れて、混乱している状態なんだ。一度経験したからかなんとなくわかる。けど、わからない。
「正しい方向……」
 おじさんは考え込むように呟いた。
「坊、もしかして、まだウインディと海に行ったことを後悔しているの? だから怖いの?」
「それだけじゃない」
 僕は即座に言い放つ。
「いろんなことがもどかしい……きっともっと良い未来があったのに……」
 くぐもった悔しさが言葉に滲み出る。冷たい重苦しい沈黙が漂い、風の音すら僕にはよく分からなかった。
「坊」
 数秒ほど間をとってから、おじさんは再び僕を呼び、僕の顔を覗き込んだ。おじさんとまっすぐに視線が合う。
「坊、ウインディは十分に坊を認めてくれた。坊もウインディを認めたでしょう。だから、今度は坊が自分を認めてあげるの」
 ゆっくりと言い聞かせるような声音だった。強い視線を真っ直ぐに突き刺してくるおじさんの言葉は僕の心にしんと溶け込んでいく。息を静かに潜めてもう一度自分の中で最後に加えられたものを繰り返して噛みしめる。理解しようとする。
「僕が……僕を?」
 おじさんはしっかりと頷いた。
「そうよ。坊がしたいことを、したいようにやるの。それができるのよ。なんでもできるって言われても困るかもしれないけど、坊が思ったように選んでいけばいい。それが坊の力だってウインディは言ってくれたんでしょう? 坊はいつも自分に対して限界を決め込んでたけど、そんな必要ない。坊はそんなことを気にする必要なんて無い。正しいとか間違ってるとか、坊の前には関係ないの。海のことだって私は止めたけど……今はもうそんなこと気にしてない。ただ進んでいけばいいだけよ。ウインディの言いたいこと、私にはよく分かる……」
 実感のこもったようなおじさんの語り口を一言一句聞き逃さないように、僕は耳を立てていた。また一つ僕は救いの手が差し伸べられているのだと直感した。
 おじさんは一度僕を離し、持ってきていたらしいピンク色の木の実を僕に差し出す。食べなさいという言葉と一緒に。思えば今朝は何も食べていなかった。思い出した空腹感に従って僕はそれを啄む。柔らかい皮の向こうにある実の部分を口にすると一気に口中にさっぱりとした瑞々しい甘味が広がる。時々塩気が混じるのはまだ僕の目から零れている涙が口の中に紛れ込んでくるせいだ。
 一気に食べ終えた僕の喉は、いっぱい泣いたせいもあって水を欲していた。その旨をおじさんに伝えると、自然と川に向かう流れになった。後ろめたさを覚えながら丘を一度下り、慣れた道を抜けていく。会話は無かったけれど、とぼとぼと遅いテンポにおじさんが合わせてくれるのがよく分かった。ウインディとこの道を歩いて丘に向かう時、ウインディの歩行速度に負けていなかったおじさんの姿をふと思い出した。
 木々が少し途切れるその場所に小さな川は存在する。ものの数分で辿り着いたところ他にも何匹か森の仲間が既に居て、それぞれに水を飲んだり体を洗ったりしている。
 山の方からやってきた清流に僕は口をつけて水をなめる。細い喉が少しずつ潤っていく。でも足りない、まだ足りない、足りない。僕は前のめりになっていき、止まらなくなった衝動のままに川にとびこんだ。おじさんが思わず声をあげたのが分かった。川はぎりぎり顔が出るくらい。火照る体と心を冷やす水が気持ちいい。顔をつける。涙は紛れて分からなくなる。容赦無く押し寄せる流れに負けないように必死に踏んばった。それだけなのに、何故か必死になって生きているということに近い気がした。
 顔に滴る水を払おうと首を振る。水滴が光りながら空中に小さな弧を描いた。
 空を仰いだ。呆然と沈黙を過ごし、ふっと息を吐いた。
「僕、生きてるんだなあ」
「どうしたの、改まっちゃって」
 おじさんは微笑む。
「ウインディが来て、坊は変わったわね」
「そうかな」
「ええ。いろんなことを糧にして、これからもどんどん変わっていくのよ」
 期待と、心なしか寂しさも混じったような風におじさんは言う。僕はふつと口を噤んで清流に沈む自分の足元に視線を落とす。こんな小さくて弱々しい足。駆け出しても到底ウインディには及ばない。それが僕。けれどウインディは、死んでしまった。受け入れる他ない真実が突き刺さる。
 溜息混じりに、嗚呼と感慨に浸ったような声が聞こえてきた。
「淋しいわねえ」
 おじさんはぼそりと呟いた。僕はもう一度おじさんに視線を向けて首を傾げると、おじさんは微笑んだ。
「でも、いつかは坊が離れていくって解ってた。坊は気にせずにいていいのよ。私はね、坊がしあわせになってくれれば、それでいいの」
 隠すことなく正直に話されるおじさんの気持ち。お母さんではないけれど、お母さんのようなおじさんの心。
 そうか、僕の周りから誰かがいなくなってばかりじゃない。おじさんはいてくれた。けれど、僕は自分のやりたいことを追いかけていこうと決めれば、僕がおじさんから離れていくことになるんだ。おじさんだけじゃない、いつか森から離れることになるんだ。生まれ育ったこの場所から、僕を包んでいたこの世界から。それが、跳び出すということなんだ。
 当然のことを実感して急に息を詰める。ぽたりぽたりと川に浮かんではすぐ流れていく水の波紋を数秒間茫然と眺めた後、僕は小石の敷き詰められた川底を歩き始めた。おじさんのいる川岸までやってくると、水浸しになった全身を冷たい風が突き抜けていく。寒気が襲うそれは心を落ち着かせる。
「……ちょっと、一人にさせてもらってもいい?」
 おじさんに視線をやってから尋ねると、おじさんは母性の籠った微笑みを浮かべて小さく頷いた。
「いってらっしゃい」
 軽く背中を押された。恒例にも感じるそれは僕を相も変わらず支えている。
 おじさんに背を向けたまま、ゆっくりと乾いた地面を踏みしめ始めた。川から離れていくと、敷き詰められた葉は踏んで固められて小さな道が現れる。川を流れる涼しげな水の音はどんどん遠ざかっていく。足についた水はいつの間にか拭きとられていた。木々の隙間から森の仲間が顔を出す。時に声をかけてくれるからそれに対して返す。僕と同じように森と共に生きてきた住民たち。お世話になったのはおじさんだけじゃない。いろんな生き物が形作っている世界は居心地が良く、不思議に思うほど円滑に循環している。
 歩いているうちに広い場所に出る。まだ太陽がそう高く上がっていない朝の時間帯であるせいか、あまり他に生き物がいるようには見えない。
 僕は立ち止り目を細め、森の中心であり一番の大樹である御神木を見上げた。
 遥か上の方で、茂る葉が風にささやかに揺れている。それに合わせて淡い色の木陰が躍る。
 ここで僕とウインディは出逢った。
 あの日は雨が降っていた。
 見た事のない巨大な獣。雨水に沁み込んで流れる見た事のない量の血。平穏な僕の世界を突き破ってきた。ウインディという存在自体が僕にとっては未知の世界だった。初めての生き物、初めての感情、初めての海、初めて顔を見せた自分の本当の感情。抱いたのは嫉妬と焦燥と憧れ。
 確かな幸せが存在する内側の世界と、人間の存在する未知の領域である外側の世界。跳び出すのを怖がっていた。だからはっきりと分断することで忌み嫌い、遠ざけてきた。ウインディは僕の中ではっきりと分かれた内側と外側を繋げていった。架け橋となった。橋であるが故に、渡るかどうかは僕の自由だ。後悔をいっぱいしてきた僕だから、なんとなくわかる。本当は、何をしようと後悔や矛盾は待ち受けている。正しいこと、間違っていることはいつだって隣り合わせだ。それを怖がっていたら、どこにも進めなくなってしまう。そして、いつか進まなかったことを後悔するんだ。それはおじさんの言うしあわせじゃない。どうしようもなく怖い。けど、僕の望みはあの流星群の日からはっきりと見えている。それに従えとウインディやおじさんは言ってくれた。僕にある力は自分の望みに従える力。思い出せ、一瞬見失いそうになったけど、ウインディがはっきりと言ってくれたじゃないか。ほら、僕の中にはまだウインディが生きている。彼の思いを無駄にしたくない。背中を押してくれた先にあるのは、怖くて憎たらしいけれど、海のようなものが息づいている心躍る未知の世界。ウインディが愛していた世界。そこには、気高く優しく強い、ウインディに繋がるものがきっとある。ここにいては決して得られないものがある。
 そして、自分の力でそれらを拾い集めていくうちに理想に追いつけると、僕には僕の力があるのだと、そう信じることが僕が僕を認めるということならば、僕は。


 風が少し大きくなる。影が揺さぶられる。心地良い風が僕を突き抜けていった。
 別れてから少しの時間を置いて、おじさんは御神木の傍にやってくる。足音でそれに気付いていたけれど、僕はあえて振り向かずにただまっすぐに葉の揺れを視界いっぱいに広げて、隙間にちらちらと瞬く木漏れ日を眺めていた。
「おじさん」
 静かに僕から声をかける。おじさんの地を蹴る音がふと止まり、辺りには静寂が残る。僕の耳には、先程まで聞こえていなかった風の音が入るようになっていた。
「僕、強くなるよ」
 感銘の声も驚きの声も何も聞こえてこない。沈黙は聞き届けてくれている証拠だ。僕は僅かに微笑む。全ての感覚が透き通り、心は閉じこもった壁をすり抜け羽を身につけたかのように軽やかになっていた。きっとこれが、自由という感覚なんだろう。今ならなんだってできるような気がした。流星群のあの日おじさんには恥ずかしくて言えなかった僕の望みも、今なら言える。

「力をつけて、いつかこの森を出て、知らない世界を知って人間を知って……ウインディみたいに立派に生きてみせるんだ」


 橋の向こう側、群青と白波の光景と共にウインディの堂々たる姿が脳裏にはっきりと照った瞬間、僕は走り出した。
 あの日の疾風が、あの日の流星が、僕の中を閃いた。





 終


  [No.1089] あとがき 投稿者:夜梨トロ(海)   投稿日:2013/03/14(Thu) 21:09:30   28clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 あらすじに書いた通り、この作品は他名義で他所で連載していたものでした。
 当初は三話構成で二万字程度に収める予定でした。
 結果として振り返ってみると六話構成の約47000字。
 どうしてこうなったのか。むしろどうやって収めるつもりだったのか。


 はい、そんなわけで。
 この物語はあらすじにも書いた通り、僕とおじさんとウインディの織り成す僕の心の動きを描いた作品でした。終始恥ずかしいくらい大真面目に書いてました。息抜きも何もない……。書くのにすごく力を使ったという感じがします。

 作品中には直接的に出しませんでしたが、僕=ヨーテリー、おじさん=モロバレルでした。ウインディはまあ、まんまウインディです笑基本的にポケモンオンリーで一人称の場合はポケモンの固種族名を出さないことを心がけてます。それを思うとウインディはせこいですねニコォ
 おじさんはともかく、僕は超序盤の話ですがお母さんがムーランドであることくらいしかヒントを出していないのでそこを見逃したらもう分かんないと思います。もっとヒントをちりばめられたら良かったのかもしれませんが、まだまだ力不足ですね。この種族名を出さないというのは難しいです。以前別の短編でも挑戦したんですが、やりやすいポケモンやりにくいポケモンはあるでしょうがうまい言葉を見つけるのが大変です。でも違う視点で見ることができたり思っても無い言葉さがしをしたりするのでそういう縛りをやってみるのも面白いですよ。

 では、少し長くなりますが、個人的には実の詰まった感慨深い作品の一つになったので、後書きという名の語りでもしようと思います。


・ストーリーの上にできたキャラクター

 物語を作る時、キャラから作りキャラを中心に話を作る、ストーリーから作りその上にキャラを乗せていく、世界観を作りその上に以下略 など色々な作り方があります。
 私なんかは長編の方は明らかにキャラを動かしている所謂キャラ小説です。短編は様々ですが、今回の静寂に関してはストーリーを作りキャラをその上で動かしていくタイプでした。濃い一人称なのでキャラ小説と思われるかもしれないですが、私的にはそんなつもりはあまりありませぬ……。
 私が書きたかったのは僕の心の動きではありません。いや、ねちっこい一人称を書くのは楽しかったのですが。改めて私は一人称向けなのかなあと思ったりしてました。一人称は直接的に心理描写できるから楽ですよねヘケェ
 弱い者と強い者の対比。
 森という中の世界と、海などの外の世界との比較。
 拙い走りと鋭い走り。
 心の矛盾。
 黒い流星。
 流星群。
 トレーナー、プラズマ団の行為をポケモン視点から見ること。
 などなど。
 色々と描きたかったテーマを無理矢理詰め込んでいました。描写自体に力を入れたり、あー小説を書いてるなって感じがしてました。キャラクターが一人歩きしない感じが久々でしたwキャラ小説を書いてる人なら解ってくれるかな……。ストーリーという道をキャラクターが歩くだけ。書きたいことがはっきり決まっていたからか、すすっとうまくいった部分があります(長引いたけど)。


・おじさん

 全体的にどうしても僕とウインディが目立つ中でおじさんをどうやって立たせるか。考えて出てきたのが、オネエでロマンチスト設定。書いてる側としてはもう完全に女性というかお母さんを書いているような感覚なんですねwでもおじさんです。どんなに女性になろうとおじさんなのです。まあそんな設定をしちゃって難しくなったのは、そういうロマンチストと僕に言われるからにはそれらしいことを言わなければいけない=私が思いつかなければなりません。それらしくなりましたでしょうか。空を見ることが趣味だったりね。黒い流星。三日月は空に浮かぶ揺りかご。瞬く星達は会話をしているよう。流れ星が流れたら、三回願い事を唱えよう。そんな感じで。そんなロマンチストなおじさんを僕は大好き。母親代わりをしてくれたというものもありますが、僕は元々自分に無いものに憧れる性があるからなおさらそうなんですね。
 物語の中でもウインディの治療をしたり僕の背中を押したり、逆に制止したり、いてはならない存在であり物語に良いエッセンスを加えてくれました。最終話は特に美味しいとこを持っていきましたね。僕が覚悟を決める最後の最後の決定打を作りだしたから。
 そんなわけでおじさんは良い感じに立ってくれたんじゃないかと思います。
 その証拠というか、一番反響があるキャラになりました笑 オネエなのに!把握している中では多分一番人気ですね。私も大好きですよ。でへへ。


・最初は書いてたけど没にした存在

 実は二話であるポケモンが当初は登場してました。なんか変な奴で、僕の苛立ちとか嫉妬とかを煽るのに登場した女の子です。なぜやめたかというと自分の中でうまく固まらなかったというのと今後出てくることが多分無いであろう故に必要性を感じられなかったということが大きいです。なんで最初出したのかいまだによく分からないのですが……。数多のポケモンが住んでいる森を舞台にしながら僕おじさんウインディにしか視点を充てていないのはどうなのかなとかちょっと思ったりしましたが、思い切ってそうしました。分かりやすいし、増やしたところで効果的にはならなければ出しても仕方がないと思うのです。とかいうとなんかドライだなあという感じですが!ごめんよモンメン。女の子のモンメンでした。男ばかりの中で貴重な女の子になってもおかしくなかったのに……ん?おじさんは 雄 ですよ?^^


・対比とか

 まあこんなこと書くとなんて固いんだろうという感じですが。大雑把にこの作品の大きなテーマっていうんだろうか、それが対比でした。そこから繋がって、僕の心の矛盾が存在します。
 大きく作ると、
・僕とウインディ という対比 弱い、小さい、遅い、生、自由←→強い、大きい、速い、死、拘束 など
・内の世界と外の世界 の対比 安全、楽、狭い、静止←→危険、憎悪、広い、動、未知、人間、変化 など
 ですね、私の中のイメージは。ほんと大雑把ですがw
 まあ細かく書くのはやめておきます。話全体にちりばめたり、最終話の最後のあたりにぎゅっと詰め込んだりしたので。物語に置いてきたつもりです。
 対比は面白いです。極端に書けば書くほど分かりやすくと思うし物語も作りやすいし、エッセンスになると思います。自分の中で整理しやすいですしね。何人かのキャラ作る時にもこういうの気にしてやる人も多いんじゃないかと思います。
 まあこの大きな差に僕は苦しんでいくわけですが。自分に無いものへの憧れと自分に無いことへの焦燥。これは、誰にでもあてはまることだと思います。
 僕は昔から動いていない自分に苛立っていた、変わりたいとはずっと前から思っていた。けどどうしたらいいのか分からなかった。そこにウインディがやってきて、紆余曲折を経て、彼はウインディの姿を理想像として明確な形を捉え追いかけることで自分の道が見えたんだよという。何もできないと思い込んでいたけどウインディにそうじゃないと断言してもらえたから救われたんだよと。憧れの存在にはっきり自分の長所や可能性を言われたらそりゃもう支えになりますよねって。憧れどころか僕にとってはウインディはほぼ雲の上の存在みたいなものだったんですが、ウインディの優しさや共通点を見つけたことで密接な存在になり、追いかけられると思った。ウインディのようになりたいと確信して言葉にすることができた。その言葉は、最後にウインディも救った。ウインディの人生は壮絶だったけれど最終的には誰にも見られることなく死ぬはずだった。けど、無駄にならずに僕に伝わった。その内容を知ってもなお、僕に理想として挙げられた。嬉しかった。そしてありがとうと。


・プラズマ団

 ウインディはプラズマ団の一連の活動の被害者でした。彼等がいなければウインディは旅を続けて主人と別れることは無かった。僕と会うことも無かったんですけど……運命の悪戯という名のこっち側の都合……!
 一瞬出てくるNくん。ウインディはプラズマ団に対して心を閉ざしているわけでNくんはそれを人間に痛みつけられたからだと見抜くんですがプラズマ団の仕業とまでは見抜いていません。「君のためにもポケモンを解放させる」なんて言っちゃってますから。真っ直ぐに勘違いしてます。Nくんは衰弱したポケモンを回っていたとかそういう感じでウインディに巡りあったのだと思います。
 そして黒い流星。一話で出てきて五話で再登場。ゼクロムでした。それもサヨナラ直後の。そういうことだったのでした。ウインディも見てたし森の生き物たちも見ていた。まあ僕は見ていなかったけど。そんなわけでおじさんの流星説は外れたわけで誰かが言った生き物説が当たりなのでした。それを僕はずっと秘密にしておくことになるわけですが。
 ゼクロムの象徴する理想、ちりばめましたねー真実も入れましたねーBWのそのへんはけっこう印象を残しているつもりです。
 実はこれと別の小説でまたプラズマ団が関わる小説を持ってるんですが、なんかそれと合わせていろんな視点からプラズマ団というかNくんというかそのあたりを追う短編中編を作っていってオムニバスみたいなのをするのも面白いかもなって書きながら思ってました。


・ウインディと僕
 おじさんについて書いたからこの二匹に関してもなんらか書くべきなんだろうかとか思ったんだけどそれこそこの二匹に関しては!!!ここで語りたいと思うようなことは物語においてきた!!!何も書くことない!!!!!やりきったぞ!!!!!


 まあそんなこんなで書いていてとても楽しい小説でした。伝えたいことをはっきりと表す形のものであるが故に気合も相当入りました。文章や表現自体に気合入れるのは長編では正直そこまで意識していなくて、そういうのを久々にやることができて自分自身でもこういうものを書けるんだなって発見できました。物語としてはまた「死」に頼ってしまったなというところもありますが、これでよかったのだと思います。ウインディには悪いんですけどね。

 では、最後にどうして僕はヨーテリー、おじさんはモロバレル、ウインディはウインディであったのかを話して締めようと思います。さっき語りたいと思うようなことは置いてきたとか言ってたくせになんてそこ言わない。これを最後に持ってきたかったのです。

 なぜモロバレルにしたのか? 私はモロバレル好きなんですけど単に好きだから出したというそういうわけではないですよ!wまずイッシュの物語だからイッシュのポケモンであること。場所的にはイッシュリーグ(Nの城)付近の森なので、そのあたりに生息するポケモンなら理想的だなって思って調べて、モロバレル発見。そこから傘の下に僕が雨宿りしてるのかわいいなって思って決定。私の中でモロバレルはギャップに生きるポケモンなので効果的になったと思います。
 なぜウインディにしたのか? 僕がヨーテリーであることは真っ先に決めていたので似たようなポケモン=犬系であること。明らかに力量があり雄大なポケモンであること。できればイッシュ外のポケモンであること。あの堂々とした話し方や佇まいがぴったりと似合うポケモンとして良い選択だったと思います。完全に後付ですが僕のお母さんが捕まえられる際炎ポケモンにやられていたのでそことの対比にもなってたり。まあこれ完全に考えてなかったんですけどね。

 そして、なぜ僕はヨーテリーになったのか。
 ヨーテリーは、進化すると波乗りを覚えるようになるからです。
 僕は、いつか森を飛び出し外の世界へ行く。その先たとえ海があっても、彼には渡ることができる可能性がある。これはウインディとの大きな違い。今のヨーテリーのままではやれることなんて限られているけれど、彼には本当に、未来や可能性や自由といった名前の力がある。
 物語ではそれを言わなかったけれど、そんな理由があって僕はヨーテリーになったのでした。

 そんな理由があって、この三匹は選ばれました。
 特に僕の理由に関しては、ちょっと反応を見たいなあなんて思ったり。予想通りだったのか、驚かれたのか。
 それをちょっと楽しみにしつつ、〆とさせていただこうといただきます。
 ここまで読んでくださった方に、精一杯の感謝を。
 ありがとうございました。


 海


  [No.1091] 完結記念に描いてみた 投稿者:サン   投稿日:2013/03/29(Fri) 20:09:20   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
完結記念に描いてみた (画像サイズ: 650×520 173kB)

初めまして、サンと申します。
少し遅くなってしまいましたが、完結おめでとうございます!!
毎回続きを楽しみにこっそり読んでおりました。坊やかわいいよ坊や。

そんなわけで、大好きな三匹を描かせていただきました!
こちらにイラスト投稿するのは初めてなので大変ガクブル状態であります……。
小説も絵ももっと精進せねばいかんですね。

小さな世界に引きこもっていた坊やと、それぞれ違う視点から坊やに寄り添い見守る大人たち。
作品全体に漂う少し切なげな雰囲気と、坊やの幼く軽やかな語り口がすごく合っていて、物語に引き込まれました。

>  そして、なぜ僕はヨーテリーになったのか。
>  ヨーテリーは、進化すると波乗りを覚えるようになるからです。

個人的にこれぐっときた。
これは続編で坊やがウィンディの故郷を冒険するフラグですね分かります(←


  [No.1092] Re: 完結記念に描いてみた 投稿者:夜梨トロ(海)   投稿日:2013/04/01(Mon) 21:27:17   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

う、うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!

絶叫で始めてすいません……初めまして、夜梨トロ改め海と申します。

こんな超絶素敵で可愛いくて素晴らしいイラストをいただけるとは思っておらず本当に有難くて有難くていくら土下座をしても足りません……。
本当に素敵です……。
星空の下で語り合っている三匹の和やかな雰囲気がまさに出ていて、優しさが溢れていて……癒されます……書いてよかったと改めて思いました……。ヨーテリーをこんなに可愛く描けるのはすごいと思うし、おじさんはこの優しく笑って坊の背中に手を当てているこれは正におじさんですし、ウインディはなんだか本当に動いて話し出してしまいそうなそんな生き生きとした感じが出てて、素晴らしい……なんか批評みたいなことになってしまいましたが要は心の底から感動しているのです……!!
物語の感想の方もいただけて嬉しいです!!全体的に狙っていた雰囲気を感じ取っていただけて安心しました^^;
あとがきのヨーテリーの理由にぐっときていただけたようで思わずにやりとしてしまいますw今のところ続編は考えていないのですが(すいません><)、そんな未来もありえちゃいますよね。

いや、本当に、本当に、重ね重ねになりますがイラストありがとうございます……!!
実は他のサイトでもこの静寂の声は連載しているのですが、よろしければそちらの方にイラストを載せてもよろしいでしょうか?
もっといろんな方にこの絵を見ていただきたいので……!それくらい素敵な絵です!少し考えてみてください^^


  [No.1093] Re: 完結記念に描いてみた 投稿者:サン   投稿日:2013/04/04(Thu) 10:23:41   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

あわわ……そんなに喜んでいただけるとは……!
他人様の作品に手なんか出して大丈夫だろうかとかかなり心臓バクバクだったので、そう言っていただけて嬉しいです!!
海のシーンも好きなのでそっちを描こうか迷ったのですが、やっぱりこの三匹が揃っているところを描きたいなあ、と今の構図になりました。
こうやって見るとヨーテリーとウィンディって進化系みたいに見えますよね。毛色同じだし。

転載も加工もお好きなようになさってください!
こちらこそ素敵な作品の絵を描かせていただけてありがとうございました!!


  [No.1094] Re: 完結記念に描いてみた 投稿者:夜梨トロ(海)   投稿日:2013/04/05(Fri) 20:10:24   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

私も描いてくださって初めてこの二匹ちょっと見た目似てたんだなって思いましたね……←

うおおお快諾してくださりありがとうございます……!!
ではお言葉に甘えて他所にも掲載させていただきます!