マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.312] 第一話:投げられて冒険開始? 投稿者:ライアーキャット   《URL》   投稿日:2011/04/24(Sun) 18:08:59   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「はぁ……はぁ………一体、どこに……消えたのだ…………?」
暗い森の中を、一人の男が走っている。
丈の長い白衣を着て白い髭をたくわえた、老年の男。
足取りはとてもやみくもで、どこかの目的地に向かうようなそれではないようだった。
……はっきりしない走行なのは、目的のそれが止まっていないから。
もっと具体的に言えば、それは常に移動し、男から……いや、男たちから逃げているから。

「……ワン!」
「ハーデリア、嗅ぎつけたのか!」
男が立ち止まり、足元に目を向ける。
そこには一匹の生き物が居て、地面に向けた鼻をしきりに動かしていた。
人間ではなく、しかし人間と共存し、持ちつ持たれつの関係を築いている生き物。
この世界ではそんな生き物を……ポケモンと呼ぶ。
「ワンワン!」
ハーデリアと呼ばれたそのポケモンは、暗闇の先、森の奥に何かの存在を感知したらしく、一直線に駆けていった。

「待てハーデリア! 私を置いていくな!」
男は再び走りだす。
探していたものが見つかるかも知れない。なのにその表情は、さっきやみくもに走っていた時よりも、焦りがにじみ出ていた。
「ワン! ワン! ガウ……、ギャン!」
「ハーデリア!?」
男は自分のポケモンの身を、案じていたのだ。
探していたそのポケモンに――自分のポケモンが返り討ちにされないかを。

ハーデリアが暗闇の奥から………吹っ飛んできた。
その体は男の前の地面に叩きつけられ、力なく横たわる。
「クウン………」
「ちぃっ……! 相性が悪かったのだ。ノーマルタイプではやられてしまう!」
男は白衣のポケットから、赤と白に色が別れた小さなボールを取り出す。
「もう私に手持ちポケモンは居ない! 捕獲してくれるわ! 行け! モンスターボール!」
人間がポケモンを捕まえる際に使う、カプセル状の球体。
逃す訳にはいかないとばかりに、男はモンスターボールを幾つも暗闇に投げる。
しかし相手の姿も見えず、加えて相手の体力が万全の状態で捕獲など出来るはずもない。

「キ………ゲキイッ!」
今度はモンスターボールが返り討ちに遭い、逆に男の方へ飛んでくる。
男は捕獲される代わりに、跳ね返ってきたボールを体にぶつけられ、呻いた。痛みではなく、相手のあまりの手強さによる悔しさで。
「ゲキィ………」
やがて男の目にも見える位置――月の光が届いた地面に、そのポケモンは現れた。
人間に似た小柄な体躯ながら、ハーデリアを格闘の末に倒し、モンスターボールを自らの技で投げ返して、今度は男に向け、構えをとる。両手を開いて相手にかざし、いつでも素早い移動が出来るように、腰をかがめて足に力を込める。
それは柔道の構えだった。
そのポケモンが戦いの際に用い、尊重しているスタイル。
「ゲキイイ……!」
「もはやこれまでか……!」
男が目を閉じた時だった。突然新たに一匹のポケモンが出現し、柔道ポケモンに攻撃を加えた。
柔道ポケモンの体がひとりでに宙に浮き、見えない力に弾かれる。
それこそが、男を助けに現れたポケモンの持つ力。
超能力、『ねんりき』。
「ケエェェー……………シイィィィー………」
「親父! 大丈夫か!?」
念力ポケモンの後ろから、今度は人間が駆けつけてくる。
脱色して白い色になっている、ガサガサした見た目の髪。若々しさとたくましさを両立させた顔つきの、青年だった。

「ったく、無茶しすぎなんだよ。あいつが研究所から逃げ出したのを知った途端に走り出すなんて……机の上に手持ちポケモン入りのボール、全部置き忘れやがって」
「こやつは一筋縄ではいかんのだ。仕方ないだろう。近隣の街で暴れられたりしたら………」
「分かった分かった。 言い訳はいつでも聞くからよ、オトウサン」
「ぐっ……」
青年は男――自分の父親を軽薄にあしらいながら、本来は父親のものである念力ポケモンに命じる。

「さあ行くぜケーシィ。ちゃっちゃと奴を戦闘不能にして連れ戻すんだ。そしてきのみでもキズぐすりでもあげて元気にして……暖かい風呂でもベッドにでも入れてやろうじゃねえか。エリも心配している。手早く済ませよう」
青年とそのポケモンが、逃亡者たるポケモンと対峙する。互いに緊張が高まり、
技を出すタイミングを計る。
片方は自らの意思で、もう片方は人間の命令によって。

そして――バトルが始まった。





ポケットモンスターオリジナル 〜エリと格闘の軌跡〜



・第1話〜殴られて冒険開始?


「……そっか。無事に連れ戻せたんだね。良かったぁ……」
中身を飲み干したコーヒーカップをことりと置きながら、思わず安心してため息をついた。
いつも通りにごくごく普通に始まった朝の食卓の中で、私は『そのこと』がずっと気になっていたから。
正面に座っている私のお兄ちゃんは、パンを口の中に詰め込んで頬張りながら(みっともない)片手間みたいな適当さで昨日の出来事を話す。
「ま、結局ケーシィも体力を削られたから、最後はモンスターボールに頼らざるを得なかったがな。もぐもぐ……あくまで飼育の範囲内でポケモン育ててる俺らからしたら、ポケモン捕獲はちょいとした失態だよ。むぐむぐ」
「お兄ちゃん、せめて口の中のものを飲み込んでから喋って欲しいんだけど………」
「お前が朝からしつこく訊いてきたんだろうが。ったく、研究員でも何でもねえんだから、いちいちウチで飼ってるポケモンのことなんか気にすんなよな」
「だって心配なんだもん。お兄ちゃんやパパみたいなポケモン研究家でなくたって、ポケモンは大切なパートナーなんでしょ?」
『お前には関係ないだろ』みたいな態度に少しムッとしながら、私は私のパンを口にくわえる。
「ポケモン持ってない私にだって、それくらいは分かるよ」
「はんッ、そいつは結構なこってすなあ。可愛い妹め。……ごっそさーん」
皮肉を捨て台詞に、お兄ちゃんは席を立って、食器をそのままにそそくさと行ってしまった。「ちょっと! 今日はお兄ちゃんが食器担当でしょ〜!」という私の抗議を完全に無視して。

……はぁ。全くいい加減なんだから。それなりにいい顔してるんだから、ちょっとは性格直せばいいのに。まあ、髪を白く脱色するのはいまいちセンスが分からないけどさ。
「だから女の人にもすぐにフラれちゃうんだろうな〜……。長続きしてた人とも一年前から音信不通みたいだし」
ぶつぶつ愚痴をこぼしながらパンを食べ終わり、席を立つ。かっこいい顔で嫌な奴のお兄ちゃんに代わり、食器を洗ってあげる為に。
二人分のお皿とコーヒーカップを重ねて台所に「……あう、お皿が滑りそうで怖いなぁ」歩こうと「わっと、傾けちゃ駄目だよね」足を進めて「うわっ、落ちる落ちるバランスを」したんですけど「や、やっぱりテーブルにいくつか戻して……!」残念ながら「きゃーーーーー!」

ガシャガシャガシャーン!!

……駄目でした。
重ねたお皿を手で運ぶのって、やっぱり難易度高すぎるよね……。
「お皿二段とコーヒーカップ二段。合わせて四段。そんなシロモノを持って三歩も歩くなんて……やはり私には出過ぎた領域だったのです……」
「何をやっとるんだ、エリ」
がっくりとうなだれる私に、辛辣な声がかけられる。
名前を呼ばれたので、振り返えらざるを得ない。 私の名前はエリですから。
視線を移すと、そこには髭をたくわえた男の人がいつの間にか立っていて、呆れた表情でこちらを見下ろしていた。
………まあ、私のパパなんだけど。

ポケモン研究家、ランド博士。
町の人達からはそう呼ばれて、まあ、そこそこ慕われているみたい。
研究内容は『ポケモンの成長環境における能力値やわざの変化』とか何とか。お兄ちゃんはパパの助手をしていて色々手伝っているようだけど、私はそうでないからよく分からない。
そんなパパの顔にはいつも通り、夜遅くに研究所から帰ってきてそのまま寝ちゃった次の朝に浮かべている、疲れの抜けきらない感じな表情が張り付いていた。手入れした顔は、昔図鑑で見せてもらったハーデリアっていうポケモンの進化形みたいなんだけど、寝起きはそれが爆発したような別人モノに変貌しちゃって、娘の私でも少々分かりづらいのでした。
「パパ、ハーデリアの進化形って何だっけ」
「『ムーランド』というが……それがどうした?」
「ううん、何でもない」
ありがとうムーランドパパ。

「全く、またもや盛大に皿を割ってくれたものだな………おい、箒を探そうとするな。ワシがやる。お前では危なっかしくて見ていられない」
「私が何かやるたびにそういうこと言うけどさ、パパ、私だって色々頑張ってるんだよ。一人でできることだって増えたし」
「ほう。例えば?」
「三日前パパが近所の人から預かってたコラッタを、パパが留守の間の三時間守り続けました。一緒に遊んでなつかれました」
「なるほどそんな事があったな」
納得するパパ。
そして言葉を続ける。誉めて誉めて。
「遊んで家中を台風のように壊滅させてくれたよな」
「…………………」
「お前は駆けっこしていただけと真顔で言っていたが、何故にタンスやテレビが倒壊してるのかがなかなかの謎だったな」
「……二日前、隣町までキズぐすりを買いに一人でお使いできました。連れいったパパのケーシィも野生ポケモンに遭わせず戦わせずに」
「そうだな。そして爆睡したお前を細腕で必死に支えつつよろめくケーシィがテレポートしてきたな。キズぐすりは隣町との間の道路に無造作に置かれていたな」
「…………………………」
「せいぜいがんばるがいいさ。可愛い娘よ」
「パパーっ! 待って!」
背中を見せて立ち去ろうとするパパに、私は必死で叫んだ。
お皿をどうにかしてから行って欲しかったし………ううん、それよりも。
今日ばかりは、パパに自分を駄目な娘だと認定される訳には――いかないんだから。

「私は駄目な子だけど……何やっても失敗ばっかりだったけど、でも、でも……
ポケモンだけは、ちゃんと面倒見れるから……大切に、出来るから――!」
パパは背中を向けながら、何も答えない。
信用出来ないっていうんでしょう? 分かってる。分かってるよ。自分が何も出来ない子だってことぐらい。
だからこそ………小さい頃からパパやお兄ちゃんに見せてもらったり、短い時間を過ごしたりした、ポケットに入るあの子達とだけは、仲良くしたい。
私はポケモンが、大好きだから。

「フン………」
パパは仏頂面で振り返る。うん、やっぱり信用出来ないって顔だった。
「本当は恐ろしいくらいに、身震いするくらいに不安なんだが……ポケモンを連れ、旅をする。それが大人になる為の通過儀礼なのだからな。全く腹が立つわ」
「それじゃあ……!」
「ワシも親馬鹿ではない。可愛いかどうかは捨て置き、子には旅をさせよという言葉もある」
視線だけでなく体全体を私の正面に向け、町のみんなに博士と呼ばれているポケモン研究家のパパは、心配そうな寂しそうな、だけどあくまでも厳格な大人の視線で、私を射抜く。

「先に研究所に行って待っていろ。そこでお前に必要になるだろう物を渡してやる。勿論、お前のポケモンもな」
「うん。……ありがとう、パパ」
こんな私を、不安で堪らないのをこらえて――旅に出ることを許してくれて。
「? 何故礼を言う?」
「ううん、何でもない」
だから私も、その不安を打ち消せるような人間になりたい。ポケモンと一緒に生きて一緒に成長していく人間……ポケモントレーナーに。
私は食卓を離れる。「また新しい食器を買わねばならんな」という溜め息混じりの声が、後ろで聞こえた。



◆◆◆



人とポケモンが共存して、この世界は成り立っている。
そして私の住むこのミメシス地方では、子供は一定の年齢を迎えると、必ず自分のパートナーとなるポケモンを大人から授かり、色々な場所を旅して色々な経験を積んでいくことになるという。そうして初めて、その子供は大人となる為の準備を終了したことを認められる。
通過儀礼。
……今日が私の番。
私は今日から家族と離れ、旅に出る。友となるポケモンと一緒に。

「待たせたな。……もっとも到着が遅れたのはお前のせいな訳だが」
研究所の一室にて、パパは私を正面に姿勢を正す。
実の親子であろうと、今日は特別な日。お互いに緊張して、思わず改まった態度になってしまうみたいだった。パパも毛皮らしい(汚らわしいの誤字だけどムーランド似的な意味で間違ってないから無修正)顔を修正し、博士のイメージにあう井出達になってるしね。

「あー……何か気の効いた言葉でもかけてやろうかと思ったが、お前相手では小言ぐらいしか思いつかん。だから何も言わずにとっととイベントを済ませるとする」
「ものっそ適当な言い分ですね……」
脱力で思わず丁寧語になる私。

「先ほどからお前もあからさまにチラチラ横目で見とるが………そこの机の上にある箱の中にモンスターボールが入っている。それがお前のパートナーのボールだ」
部屋に入って、パパを待っていた時からずっと気になっていた箱に、私はようやく近づくことを許される。今よりもっと子供の頃、研究所の物に勝手に触るたびにすごく怒られまくっていた私は、待機していた間も遠目でしか見ることができなかった。
「モンスターボールは三つある。お前が選ぶがいい」
「三つ? 一つしか取っちゃ駄目なの?」
「馬鹿者。いきなり三匹のポケモンを育てられるような素質がお前にあるものか」
馬鹿って言われた。あうう。
いやいや、そんな事より選ばなきゃ。私の初めてのポケモンを。
箱の形は、いわゆるプレゼントボックス。立方体の上に蓋が乗り、リボンで封じられたもの。
そのリボンを、ほどく。
「研究所の敷地で育てているものをやりたかったが、あいにく今居るのは全員研究用でな。お前にやるポケモンはイッシュ地方という所から特別に取り寄せた」
「ウイッシュ地方?」
「それは某アイドルが両手を交差させて行うお家芸だ」
「ティッシュ地方?」
「それは某動画サイトで最近流行っている年齢制限必須っぽいポケモン動画に付けられるタグだ」
よく知ってるじゃないですかぁお父さぁん?
まあ戯言は置いといて。
「……開けるよ?」
蓋を両手で掴む。ボールを一つ手に取った瞬間から、私のポケモントレーナーとしての一歩が始まるのだ。
「もったいつけるな。――いけ」
私は、箱を開いた。

「…………………………、あれ?」
「では内容を説明するぞ。三つのボールにはそれぞれ炎、草、水タイプのポケモンが……」
「ねえパパ……ポケモンが居ないよ?」
「そうか。そしてポケモンの名前と分類名を上げると、まず炎は……って、何い!?」
私の指摘に、パパは遅ればせながら反応し、叩くように机の上に両手をつけて、箱の中を覗き込む。
その中に、モンスターボールは見当たらない。
三つあるというポケモン入りのボールが三つとも、無かった。
「何故だ!? 届いた時は確かにボールが入っていた! 中のポケモンも確認したぞ!」
「え、えと、まさか泥棒さんとか……?」
大変だ。
私の初めてが奪われた!
アクシデントに慌てふためくパパ。私は状況が飲み込めず、とりあえずきょろきょろと辺りを見回したりしてみた。棚やパソコンの脇とかにもモンスターボールが置かれてるから、その中に混ざったんじゃ「………あ!」
その時――三つのモンスターボールを見つけて、無意識に大声が出た。パパもこちらを振り返り………だから私の視線の先を見て、同じように声を上げた。

「探し物はこれか? 親父。エリ」
「お兄ちゃん!」
「アキラ!」
部屋の入り口に、お兄ちゃんが立っていた。白衣に着替えた姿で、うさんくさく気取ったポーズで。
パパの助手。研究員のアキラ。私のお兄ちゃん。
その片手には、三つのモンスターボール。

「へへ……朝メシ済ませてから、お二人さんが来るまでの間に先回りして、ちょいと見させてもらったぜ」
「お前、何を考えている! それはエリに渡すボールだ、さっさと返せ!」
「へいへい。お騒がせしてすいやせんっした。受け取れ」
お兄ちゃんはやけに素直に謝ってから、こちらにボールを下投げで渡そうとする。……けれど腕を下げた瞬間、何かを見つけたように目を丸くし、口元をニヤリと歪める。

「………お兄ちゃん?」
「返そう……と思ったが、気が変わったわ。いいこと思いついた」
「……?」
「今から俺が出すこの三匹を倒せたら、改めて選ばせてやるっていうのはどうだい?」
そう言って、意地悪なお兄ちゃんはボールを一つ、投げる。渡してくれたのかと思ったけど、それは私に届く前に空中で――破裂音と共に、割れた。中から赤い稲妻が飛び出し、床の上で輪郭を纏い実体化する。
「ツタアァアアーーーー、ジャッ!」
それは緑色の体をした細長い体のポケモン。手足はとても小さく、遠目にはヘビさんのようにも見えた。
「草タイプのポケモン………ツタージャだ」
パパが後ろから解説をしてくれる。ツタージャはお兄ちゃんの前にさっそうと立ち、私の方をじっと見つめている。……何かを待っているかのように。

「ほらほらエリさんよ、お前もさっさとポケモンを取り出せ」
「取り出せって……何? どういうつもりなの? お兄ちゃん」
「お前も知ってるだろうが。トレーナーはポケモンと遊ぶだけじゃねえ。互いにポケモンを戦わせて、強化したりもするんだぜ?」
「それは知ってるけど………え? これ、ポケモンバトルなの?」
「そうでなけりゃ何だってんだよ」
当たり前のことのように言うお兄ちゃん。

「で、でもお兄ちゃん、私が選ぶポケモン全部取っちゃってるじゃない。一つくらい返してくれなきゃ……」
「おいおい、何を言ってるんだ?」
下手っぴなお芝居をしているような軽い口調――気分が乗るとこの人はいつもこうなる――で、お兄ちゃんは私を笑った。
「お前の足元に偶然にもモンスターボールが転がってるじゃねえか。そいつを拾って中のポケモンを出してやれ。俺はそいつが誰だか全然知らないが、そいつでお前は戦ってみろよ」
「何を馬鹿なことを、何だそのボールは………、っ!?」
私が拾ったボールを見て、何故かパパはオーバーなくらいに目を丸くした。え……何? 色が紅白じゃなくて青と白に分かれている以外に、おかしなとこは見当たらないけど。
「ふざけるな! お前よりにもよって、あのポケモンを……!」
「落ち着けよ親父。こいつはエリに与える試練さ」
お兄ちゃんは目を細め、そこだけ笑いを消す。口で笑って目で無表情という器用なことができるのもこの人の特技。
「この三匹じゃ性格がおとなしすぎて、エリに振り回されてお終いになっちまうさ」
「な……! そんなのやってみなきゃ分からないよ!」
「俺は無理だと思うね。可愛い妹よ。……ならばだ。ちょっと難易度を高くして、トレーナーを鍛えるくらいのポケモンを操らせるくらいのことをさせなきゃ、エリには分からないと思うのさ。旅の厳しさって奴をな」
厳しさ……?
それとこのポケモンバトルと、どういう関係があるんだろう。
このボールの中に、その秘密がある………?
「エ、エリやめろ、そのボールの中に入ってるのはな、お前が気にしていた昨日の……」
「分かったよ」
私はボール握りしめ、お兄ちゃんを正面から睨みつける。
「お兄ちゃんの言ってることはよく分からないけど、私が馬鹿なのをいいことに意地悪してるってことは、分かった」
「正当な評価だよ。………そのポケモンでどこまで抵抗できるか見てやるぜ。来な」
「お兄ちゃんを見返して、私にもトレーナーぐらいはできるってことを――証明してやるんだからっ!!」
私はモンスターボールを投げ、ポケモンを召喚した。パパが理由不明の呻き声を漏らしたのと同時に、それは床に降り立つ。

「キィ……ゲキイィイイイィイ!」
「わ………見たことないポケモン!」
赤い体色に、小柄な人間のような輪郭。その上から白い服を着ていて、真っ黒な帯を締めていた。
この服は………えっと、昔テレビで見た『カラテおう』っていうトレーナーが着てたみたいな……………格闘モノの?
「ナゲキ――じゅうどうポケモンのナゲキ、だ」
「ナゲキ……?」
パパはどこかが痛いのを我慢しているみたいな表情でポケモンの解説をする。……何でさっきから苦しそうな顔つきなんだろう?

「ツタージャ、『たいあたり』だ!」
はうっ!? しまった!
自分のポケモン見つめてて、命令するの忘れてた!
バトルでのポケモンはトレーナーの命令があって初めて行動出来るのに!
ツタージャはお兄ちゃんを見て頷くと、体全体でナゲキに突っ込んできた。あわわ、攻撃を許した後じゃ、わざの指示なんて出来ないよ!

「ナゲ…………キイィッ!」
「ジャア!?」
と、思ったら。
ナゲキは何も命令をしていないのに、近づいてくるツタージャに拳を突き出し……パンチをくらわせた。ツタージャの小さな体が吹っ飛ぶ。
「『いわくだき』。岩をも破壊する勢いの攻撃だ」実況役になったらしいパパの解説がフィールドに響く。
……だからどうして、どこか神妙な顔つきなのさ。

「ツタアァア………ージャッ!」
「『にらみつける』だ、ツタージャ」
ツタージャは倒れたものの、素早く立ち上がり、ナゲキを鋭い眼光で射抜く。これは……ただの視線じゃない!?
「防御力を下げさせてもらったぜ。ポケモンの技は、何も攻撃だけじゃねえんだよ。再度『たいあたり』!」
ツタージャはまだまだ体力が有り余っているようだった。軽快なステップで床をジャンプし一一机や椅子、本棚にピョンピョン飛び移ってから、いきなり飛びかかってくる。
向かえうつナゲキは……あれ? その構えはもしかして、また『いわくだき』!?
「ナ、ナゲキ、駄目だよ! ツタージャの体力は、多分まだ半分以上ありそうだから………削り切れないっ!」
こっちの防御力が下がってるらしいし、ツタージャの方が若干、素早さも上に見える。攻撃を耐えられたらこっちが不利だ!
「ゲキイィイイイィ!」
ナゲキは再び、ツタージャの体をはじき飛ばした。『いわくだき』を使って。
ああ、でもツタージャはまだ平気。空中で一回転してから着地し、長い首を上げて――。
「ジャアァアァ……ッ」
――そして目を回して、その場に倒れ込んだ。
「え……倒れた? ていうか倒せた!?」
「これは……」
お兄ちゃんにも予想外のことだったらしく、不思議そうに首を傾げる。
どうして『いわくだき』の威力が、一度目より上がってるんだろう?
パパ、教えて!

「ポケモンの技には三種類が存在する。ダメージを与える技、痛みなくポケモンの体に影響を与える技、そして三つめは……ダメージを与え、体に影響を与える技だ」
「てことは、『いわくだき』は………」
「たまに相手の防御を下げる効果がある。……偶然それが発動して、結果的に技の威力が上がったという訳だ」
ありがとうムーランドパパ!
そしてナゲキ!
私は1人拍手をしつつ、MVPたる柔道ポケモン様に駆け寄った。相手のポケモンを倒したんだからこれ、でバトルは終わりだよね?
ナゲキは今私の存在に気がついたみたいに顔だけで振り向き、じっとこちらを見つめる。
「お疲れ様〜! すごいね! すごく強いんだねナゲキ! 私、感動したよ!」
そう言って、私はナゲキを両手で持ち上げようと、体に触れた。
「あ………バカ!」
「エリ、やめろ!」
「へ?」
何がですか? そう言葉を続けようとする前に、私の服……胸倉をナゲキが掴んできた。。

バチーーーーーーーーーーーーーーン!!!

「あ痛ーーーーっ!!」
床が消失し、体全体が反転するような感覚。次いで背中が壁……じゃなかった、床に激突する衝撃。
目に見えるのは、天井。じんわりと、じわりじわりと、衝撃の走った背中が痛く、なってくる。
………え? 何? 何ですか? 何が起こったのですか? ググれば分かりますか?
「ゲキィ……」
顔を横に向ける。床に倒れて、横倒しになった私の視界。
だから目の前に居るナゲキの全身も横に見える。パーにした片手を振り抜いて私を睨んでいる、その姿が。
「立てるか……エリ」
「あ………はい、今立ちますお父上様。……どっこい正一。あの、一体何が……」
「お兄様が説明しよう。お前はナゲキに投げ技を食らって倒れたのさ」
「だから私も心配だったのだ……」
ナゲキに………攻撃された?

「ナ、ナゲキさん?」
「ゲキイィ!」
「あでゅーー!!」
今度はハッキリと見えた。顎を蹴り上げられました。
……そんな攻撃、柔道にあったっけ?
「柔道は受け身の武術だ。積極的に相手を叩きのめすモノではない。……しかし訳あってそのナゲキは狂暴でな。人間の言うことを聞かんのだ」
「喜ぶといいぜ妹。そいつこそがお前の気にしてた、昨日の脱走者さ。会えて嬉しいだろう?」
額に手を当て俯くパパと、面白がるようにニヤけてる外道。

「ゲキ……ゲキィ…ゲキイィ」
ナゲキは辺りを見渡し、闘争心に塗りつぶされた視線を周囲にばらまく。……目が合った相手から撃沈させようと言わんばかりの挙動。
ツタージャを相手にしてた時、ナゲキは私の命令無しに技を繰り出していた。
あれはただ単に、トレーナーなんて要らないという態度の表れ、だった……?

「さあエリ、再度立ち上がれ。次のポケモンを出すぜ」
「え……えぇ!? まだあるの!? ツタージャを倒したのに!?」
「ポケモンバトルはな、相手の手持ちポケモンを全て倒すまで終わらないんだよ」
そうなんですか!? 一匹倒せばいいと思ってた!
だって全員倒しちゃったら、そのトレーナーさんどうするの!? どうしようもなくて目の前が真っ白になっちゃうんじゃないの!?
「エリ、エクスクラメーションクエスチョンマークと三点リーダを使い過ぎだ」
「パパ! 今ワタクシめは混乱しております!」
「親父(はいけい)見てないで対戦相手の方向けっつうの。いくぜニ匹目!」
お兄ちゃんはツタージャをボールに戻し一一ボールから光線が放たれ、ポケモンをフィールドから回収した――次のボールを投げる。

「ブィ〜♪」
「おぉっ! ブタさんだ!」
「よくこの状況で相手のポケモンに感心できるな……。ちなみにそいつはポカブ。ひぶたポケモンだ」
出てきたポケモン。見入る私。呆れるパパ。
「ゲキィ!」
そしてナゲキは先ほどと同じように、焼き、じゃなかった、ポカブに突っ込んでいく。
二度も最初の命令を忘れるようなお馬鹿な人間はもはや眼中にないようです……。

「ポカブ、『まるくなる』だ! ナゲキの攻撃に備えろ!」
「ブウ!」
丸っこいポカブの体が更に丸められた。か、かわいい。
そこにナゲキが組み付く。
「ナゲエェエィ!」
「ポ……ポカァ!?」
「え………え? 何かすごい!?」
ナゲキはポカブを抱いたまま、床の上をタイヤみたく凄い勢いで転がり始めた。ニ匹とも小さな体格。綺麗な球体の形でゴロゴロと。
例えるなら……地球さんの回転を倍速したみたいに。その位壮大な、絡み合い。
「………『ちきゅうなげ』か」
パパの呟きと同時一一相手の体位が上になった所で、ナゲキは回転の勢いを利用しポカブを投げ飛ばした。壁にぶつかったポカブはバウンドし、空中で一回転して綺麗に着地。
「相手の防御力に関係なく、固定のダメージを与える技だ。『まるくなる』で防御を強化しても、それは無視される」
「なら連発される前に攻撃すればいいだけだ! ポカブ、『たいあたり』!」
「またですか!? ナ、ナゲキ……」
そろそろ私も何か命令しないと! パパと違って私はモブキャラじゃないんだから!
あうう、でもナゲキがどんな技を使えるのか分からない! コマンドとか表示されればいいのに!
こうなったら頼りになる人に泣きつくしかない!
「パパぁ、ナゲキってどんな技が使えるの!?」
「ワシに訊くのか!? 自分で考えろ!」
「ガ………『ガンガンいこうぜ』!!」
「ねーよ!」
言ってる内に、ポカブはナゲキに激突する。素早く離れ、投げ技を防止するのも忘れない。

「『たいあたり』を繰り返せ! ヒット・アンド・アウェイだ!」
「ポカポカブー!」
離れては突撃の戦術が連続で行われる。吹っ飛びこそしないものの、ポカブの『たいあたり』はさっきのツタージャのそれよりも、ナゲキを大きく揺さぶっているようだった。
ナゲキはそれに対して……微動だにしない。
ただポカブの『たいあたり』を、直立不動で受け続けている。
「一体どうして……?」
もしかして、私の命令を待っている、とか?
おお、改心してくれたんだ!
「ナゲキ、『いわくだき』だよ! 反撃しちゃえ〜!」
「ゲキイィ……?」
「はうっ!?」
こちらを振り向くナゲキ。……恐ろしい目つきでした。す、すいやせん。
私を頼ってくれた訳ではないようです。じゃあ何で動かないの……?

「どうやらナゲキには、ナゲキの考えがあるようだな……」
「パパ……」
もう台詞を表示することでしか存在をアピールできてないですね……。
「お前のことは本当に信用していないようだ」
「………うう」
「まあ落ち込むな。お前だけではない。あのナゲキはここに来た時から、他者との関わり合いを避けていたのだ」
「そうなの?」
「奴が最初に使った技、『いわくだき』だが、あれはワシが『わざマシン』を使って覚えさせた技なんだ。研究の一環でな……その時も暴れて大変だったよ」
人間を信用せず、決してなびかないナゲキ。柔道を暴具に使用するほどの精神状態になっているポケモン。

――訳あって気性が荒くてな。

何が…あったんだろう。

「お前も知っている通り、この研究所は敷地内でポケモンを放し飼いにしているが、そこでも奴だけは遊ぶポケモン達から一匹離れ、一心不乱に体を鍛えているだけだったよ」
ナゲキに再び視線を向ける。……まだ攻撃を受け止めているまま、動いていない。
「ナ、ナゲキ……」
私は見ていることしか、出来ないのだろうか。
私の声は、ナゲキには届かない……? 受け入れてもらえない……?
ナゲキは私を必要としていない。
なら私は……。

「……………ナアァア!」
「ブウ…………ッ!?」
その時、またも私の意志――ナゲキへの干渉とは無関係に、決着がつく。
攻撃に全然抵抗していなかったナゲキが、いきなり全てを弾き飛ばすかのような闘気を放ち、ポカブを壁に叩きつけたのだ。
今度は綺麗に着地することもなく、ポカブは前後の足を床と平行に伸ばして、気を失った。
「ポカカ〜〜………」
「戻れ、ポカブ」
戦闘不能のニ匹目のポケモンをボールに回収し、お兄ちゃんはナゲキを見やる。

「……なるほどな。『きあいだめ』と推測したんで早めに倒そうかと思ったら、『がまん』だったか」
「ゲキ………」
「じゅうどうポケモンらしい、見事な受け身技だったぜ」
……お兄ちゃんが見ているのはナゲキだけ。当たり前だ、私は何の役にも立っていないのだから。
そもそもこのポケモンバトルにすら、参加出来ていない。
「さてナゲキ。三匹目を出すぜ。お前なら楽勝かな? それともここまでのダメージがかさんで苦戦することになるのかな?」
お兄ちゃんは意地悪にも、私を無視してバトルを続けようとしている。
片方のトレーナーが命令を放棄してポケモンに戦闘を一任するのなら……もうそんなのはポケモンバトルとは呼べない。野生ポケモンとの戦闘と同じ。
「…………っ」
このままじゃ私は――また失敗しちゃう。
ナゲキだけがどんどん相手を倒しているこの状況に流されてはいけない。私も何かやらなきゃ。
私はポケモントレーナーに、なるんだから。

「固まっているどこかの妹に、もう存在意義は無いだろう。じゃあ三匹目を出すぜ。ナゲキ……倒してみな!」
「ゲキーーー!!」
そして。
ナゲキはバトルの最中に……突然はじけた。
「むっ!? な、何だ!?」
「ナゲキ!?」
「う、うおおおっ!?」
その場に居た全ての人間が、ナゲキのいきなりの行動に驚く。
「ゲキゲキゲキー!!」
ナゲキはカンカンに怒った様子で、壁を殴り、机を倒し、拳を振り回して暴れ始めた。近づこうものならこっちが吹っ飛ばされてしまうような勢いで。
「どうしたのナゲ……きゃっ!」
それから……逃亡。窓に飛びかかり、ガラスが割れるものすごい音と共に、ナゲキは外に逃げ出した。

「……やれやれ。荒い武人だぜ」
「呆れている場合か馬鹿者!」
ケンタロス(でっかい牛ポケモンさん。昔テレビで見た)の大群が通り過ぎた後みたいに荒れ果てた研究室内。パパは焦り、お兄ちゃんはこの期に及んでまだ茶番癖を振りかざしている。
そして私は……。
「ちっ……! 昨日の再現のようだが、アキラ、奴を追うぞ! エリはここで………エリ!?」
ランド博士の慌てた声は、廊下を走る私の背中の方から聞こえてきたのだった。

「ゲキィーー!!」
「ピチュッ!? ピピチュピチュ〜〜!!」
「コラララッ! コラッタコラッタ〜!!」
「ビパパパ〜!! ビッパビッパ〜〜!」
疾走するナゲキ。驚いて逃げ惑うちっちゃなポケモン。
赤い柔道着のポケモンを、必死で私は追いかける。
たくさんのポケモン達が放し飼いにされている、研究所の広大なお庭。

その向こうには森がある。私が子供の頃から(今でも子供だけど)よく遊んだ森。ナゲキはそこへ向かっていた。
町の外まで逃げるつもり、なのだろう。

「ウッソウッソ〜!」
「ゲキィ!!」
「ウソウソウソ〜〜! キィイイィイイ……」
立っていたポケモンを投げ飛ばすナゲキ。
速度が一瞬緩んだのを見て飛びかかる。……そしてかわされた。私は顔面から転んだ。
「ううう………」
立ち上がる。走る。痛いけど、今はナゲキを追わなくちゃ。

――追ってどうしようというのか。
捕まえる? 連れ戻す? 人間を攻撃するくらい警戒しているポケモンを?
嫌がるのを拘束して、研究所に帰ろうと?

「考えちゃ………駄目だ」
私達はとうとう、森に入る。
小さな子供が一人で遊んでも危なくない、緩やかな地形の森。
騒ぎが届いていたのか、ポケモンの姿は見えなかった。だから私とナゲキが走っているだけ。
飛んだり跳ねたり、木と木の間を縫うように駆け抜けたり。

「ナゲキ! 待ってよ〜〜〜!」
大声を出す。
果たしてナゲキは………驚いたのか、急ブレーキをかけて、止まった。
そしてこっちを見る。
「ナゲキ……」
怖い目つきじゃない。不思議がるような、あるいは怪しむような、困惑に満ちた視線だった。
そりゃあ……そうだろうね。そんな目つきにもなるよね。
自分を追いかけている人間が出した声がとっても楽しそうなものだったら、変な奴だとも思うだろう。
「はーっ、はーっ………んっと、えっとね」
言葉が出てこない。
そもそも何が言いたくてナゲキに叫んだのかさえ、私自身も分からなかった。
行かないで?
話を聞いて?
こっちを向いて?
どれも違う気がする。
そう思うのはきっと――楽しいと思ったから。
久しぶりにポケモンと本気で追いかけっこして、楽しいと思ってしまったから。

「……ごめんねナゲキ」
私はこういうお馬鹿さんだから、ナゲキがどうして人を嫌うのか、どうしていきなり暴れて逃げ出したりしたのか、分からない。そんなナゲキに私は何かをしてあげられるのか、何もしてはいけないのかどうかも。
だけど……だけどね。

ナゲキに歩み寄る。……疲れちゃったのか、バトルのダメージが響いたのか、あるいはやっぱり私を変な奴だと思っているのか、ナゲキは逃げも暴れもしなかった。
私はその体を、ぎゅっと抱きしめる。
逃がさない為ではなく、まだ原因も分からないナゲキの憤りを一一少しでも落ち着かせてあげる為に。
「ゲ、ゲキィ! ゲキィイ!」
物理的干渉にナゲキは抵抗する。きっと昨日お兄ちゃんが捕まえようとした時も、こんな反応をしたのだろう。

背後の茂みがガサガサと音を立てた。……お兄ちゃんだった。
足下には貝殻を持ったラッコさんみたいなポケモンを従えている。これが三体目なのかな。
「う、おいエリ、何をしてんだ?」
「ナゲキを癒やしてあげてるの」
何かまずそうな顔つきをしている。多分理由は「痛っ……!」ナゲキの、抵抗。
直接抱きしめるのが危険な行為と言いたいらしい。だからお兄ちゃんもモンスターボールを使わざるを得なかった。

「ナゲゲイーーーーーーッ!」
「あ痛ーーーーーーっ!」
また投げられた。土の上に叩きつけられた。
私のお洋服に、めいっぱいの土が付く。

「言わんこっちゃない! 行けミジュマル! 『みずでっぽう』だ!」
「ミジュジュプ〜〜!」
ミジュマルと呼ばれたラッコさんはナゲキに向け、口から水を勢いよく吹き出す。
……服の汚れなんて、どうでもいい。
ナゲキの前に飛び込み、代わりに『みずでっぽう』を受ける。痛いくらいの水圧で顔面にかけられる水。前髪がちぢれ乱れるのが分かった。そしてそれもまた今の私には関係のないこと。
「どういうつもりだ……」
「お兄ちゃん、静かにして」
ナゲキの方に向き直り、片手は乱入者に突き出してストップのポーズをとる。
邪魔をしないでほしい。今私はナゲキと『話して』るんだから。

「ナゲキ、とりあえず休もっか」
「……………キ」
「この森、お日様の光を浴びてお昼寝するのにも向いてるんだ。そうすれば、痛みも疲れも無くなるの」
何をどうすればいいのか分からなくなった時、二つの方法があるという。
一つは、何をすればいいのか、誰かに訊く。
そしてもう一つは……一休み。頭を落ち着かせて、気分をリセットさせること。
昔、ママがそう教えてくれた。

とりあえずでもいい。私にはまだ、ナゲキの気持ちが分からない。だから今はせめて、ナゲキと一緒に休憩をしたいと思う。
だって『彼』は一一こんなにも傷だらけなのだから。
近くの大きな木に背中を預け、地面に座る。眠りはしないけど、久しぶりの運動はそれなりに疲れた。
ナゲキは『何を企んでいる?』みたいな目でこちらを見ている。私は完璧な無防備。リラックスするには力を抜くしかないから。

「ゲキ…………」
警戒のオーラ。だけど僅かに戸惑って、本気で敵意を出すことが出来なくて。
おずおずと近寄り、ナゲキは私の隣に、腰を下ろした。
信じられん、という人間の声が聞こえた気がしたけれど、今の私にはどうでもいいことだった。



◆◆◆



「馬鹿野郎、無茶しやがって……」
「それは死ぬ人に捧げる言葉だよ」
あと私は野郎じゃないよ。こういう時は女郎って言うんだよ。お兄ちゃん。

転んだ時にほっぺたとかを軽く擦りむいたみたいで、私は再び家に戻されて手当てを受けていた。
いつっ……心なしか傷口に当てられる薬漬けのガーゼの方が、転倒時より強い痛みを生み出している気がします。でも大人しく座ってないと、目の前で処置してくれてるお兄ちゃんに絶対からかわれるだろうしなぁ……。

「お前はいつもボーっとしてる割に、変な所ででしゃばり過ぎなんだよ。『カモネギも鳴かずばゲットされまい』って諺があるのを知らないのか?」
「ボーっとなんかしてないもん」
「ハンっ、どうかな。つい一週間前こんなことがあったじゃねえか。15匹のルージュラが……」
「そこまでだ」
お兄ちゃんにイラっと来た所でパパが仲裁に入って来た。……ていうか居たんですね。印象薄くて気付きませんでしたよ。

「まあともあれ、ナゲキも戻ってきたのだ。『ケンタロスに引かれてスズのとう参り』という諺もある。結果オーライだ。良しとしよう」
「親父も随分丸くなったもんだよな。お袋の賜物って奴か?」
「お前は変わらんな」
「あんたに似たんだよ」
「ふん」
「あの……ちょっと待って下さい、男共様」
ストーリーに関係なさそうな無駄な台詞の連弾に流れそうだったので、今度は私が水を差す。

「パパ、ナゲキはどうしてるの?」
「心配するな。あの程度の傷など、ポケモンバトルでは日常茶飯事だぞ?」
「『キズぐすり』と『PPエイダー』で処置はしといたぜ。……回復マシンを買える金がありゃ苦労はしねえんだけどな」
「ナゲキに会いにいっても、いい?」
「へへ、随分と気にしてるようじゃねえか」
パパに訊いているのに、何故かお兄ちゃんがニヤけつつしゃしゃり出てくる。
あの柔道ポケモンさんみたいに、私も格闘技とか習おうかな。主に変質者対策用に。

「………ねえ、パパ。相談があるの」
「何だ?」
「ナゲキを……私のパートナーにしても、いいかな?」
パパは眉根を寄せ、口を固く結ぶ。……ムッとしたように見えるけれど、それが決まった答えを口にする前にとるブラフだということを、娘の私は知っていた。
「好きにするがいい」
「……ありがとう」
三匹もポケモンを用意してくれて選択肢を与えてくれた博士を無視して、私は四匹目を選ぶ。
それは私が、ナゲキのことをもっと知りたいと思ったから。
ナゲキのそばで一緒に過ごして、心と心で近づきたいと思ったから。
それがいつになるのかは、今はまだ分からないけれど。



私はお兄ちゃんからナゲキ入りモンスターボールを受け取った。パパからはキズぐすりと空っぽのボールを五つ。あと子供の旅に必要なエトセトラを諸々に。
それらを詰め込んだリュックを背負って、家族に見送られ家を出る。
空は快晴。そよ風が気持ちいい。
……つまり、順風満帆ってことで。

「これからよろしくね、ナゲキ」
手のひらの上、ボールの中の私の友達に話しかける。
返事は無かったけど、きっと言葉は心に届いて、いつか形になるだろうと、そう思った。



◆◆◆



こうして新米ポケモントレーナー、エリの旅が始まった。

……所変わって、再びエリの家の中。
当分戻ってくることは無いだろう、彼女の家。

「じゃ、妹を尾行しにいってくるぜ、親父」
「……………」
余所行きには不向きな白衣のまま、エリの兄、アキラは玄関口に立ち、父のランドに軽やかな口調でそう言った。
「大丈夫だって。バレるような失敗(へま)はしねえさ。あいつはヤドンとサイホーンを掛け合わせたような精神の持ち主なんだからよ」
「……お前がエリにそういう評価を下しているのなら、確かに尾行は必要なのだろうな」
ランドは複雑そうな面持ちで息子を見やる。

『ワシも親馬鹿ではない。可愛いかどうかはともかく、子には旅をさせよという言葉もある』
親馬鹿ではない。……彼が娘に言ったこの言葉に嘘はない。
確かにエリは要領が悪く、家族から離れて行動させるには大きな不安がある。しかしだからといって、彼女の一人旅に何らかの制約を与えて安全を図ろうという気持ちはランドには微塵も存在していなかった。大体彼女は一人ではない。心強いパートナーもそばに居るのだから。
それよりも娘には――色々な経験をしてほしい。
世界を知って、自分のやりたいこと、夢中になれるものを見つけてほしい。
そのついでとして、せめて皿を割らずに洗い物が出来る程度には成長してもらいたいと、親として願っていた。
通過儀礼なのだから仕方がないというのも無くはないが、とにかくランドは、エリの旅に自身の心配を介入させる気は無かったのだ。
そしてそんなランドに対し、エリの旅を頑なに、旅の日が近づいてから今日まで否定し続けていた人間が、兄のアキラだったのである。

「……一つお前に訊きたい」
「何ですかオトウサン?」
「ワシはナゲキ入りのモンスターボールを机の上に置いた覚えは無い。棚に閉まったように記憶しているんだが」
「かつてない気性の荒さを持つポケモンだからな。ボール入りのまま転げ落ちたのかも」
「あのナゲキのなつかなさはワシがよく知っている。お前もそうだろう」
人を喰ったように笑うアキラに、あくまで堅い表情でランドは言う。

「お前が心配しているエリ。お前が反対しているエリの旅。人間を嫌っているナゲキをお前がエリに押し付けたのだとすれば……奴の冒険は、順風満帆ということにはならないかも知れん」
エリの旅には反対だと、アキラは繰り返し父親に言ってきた。送り出すというのなら研究者を辞めるとも。
エリはそれ位の不安に値する少女だと、少なくともアキラは思っている。
馬鹿にしているのでも見下しているのでもなく………ただ、兄として心配だったから。

それでも旅に出るというならどうするか。
……旅を困難にさせる仕掛けを打てばいい。
ツタージャ、ポカブ、ミジュマルを取り上げ、代わりにナゲキを使わせた。
初めから懐かぬポケモンを押し付け、トレーナーへの憧れの前に、多少脚色した現実を突きつけてやった。
トレーナーになった所で――お前はポケモンを操れはしないのだ、と。

バトル中に逃亡したのは想定外だったが。……いや想定外というなら、まさかナゲキがエリの説得に応じるとは思っていなかったが。
しかしアレはただの気まぐれに違いない。ナゲキの心はナゲキ自身のみで閉ざされている。他の存在の介入は絶対に許さない。それがアキラのナゲキに対する見解だった。
出来るはずが無い。
ポケモン研究者である自分と父親の力を持ってしても開けなかったナゲキの心を、あの妹に開けるはずが無い。
ナゲキの存在は必ずや、妹の旅に支障を及ぼすことになるだろう。そうすればやがて旅そのものを続けることが難しくなり、彼女は家に帰ってきてくれる。

エリには呆けやすい自らの頭に問いかけて欲しい。
自分はひどく無茶なことをしているのではないか。
何も考えずに世界に飛び出して、一体何が出来るというのか。

己の器を、思い知れ。
そしてさっさと帰ってこい。
その性格のせいで、辛い思いをする前に。

「………証拠はありませんぜ、親父。アナタサマがボールをしまったと記憶違いしただけなのですよ。きっと」
アキラはあくまで軽薄に笑い、ドアを開いて陽光の中に立つ。そのドアから手を離す前に、父親は最後の問いかけを発した。
この兄もまた、当分帰ってはこないのだろうから。

「お前は、エリをどう思っているのだ?」
「守るべき大切な妹だよ。兄が妹に対して抱く感情で、他に何があるっていうんだい?」

そしてアキラは扉を閉じ、通りへと躍り出た。これから兄の、妹への極秘監視の旅が始まる。
妹は町の入り口辺りまで行った頃だろうと推測し、その方角に向かおうと振り返った。

エリが立っていた。

「―――――え」
「……待ってたよ。お兄ちゃん」
呆れた様子の笑顔で屈み、上目で兄を見据える妹。
「お兄ちゃんがこっそり付いてくるんじゃないかなって気がしたからさ、ちょっと張り込んでいたんですよ。あと三分何も起こらなかったら出発してたんだけどね」
「………………」
『付いてくる気がした』。
その言葉にもまた、嘘は無い。
どんなに馬鹿でない人間でも、馬鹿の無為無策と勘だけはどうすることも出来ない。

「いいよ。付いてきたいのなら来ても」
「何?」
「パパには許可を取ったんでしょ? なら問題は………うーん、無いんだよね?」
「……俺に訊くのかよ」
「い、いいじゃないですか」
「………はは」
アキラもまた、呆れ果てた笑いを零す。
兄の器は妹より広い。故に見破られて逆上することも泣くこともしない。故に笑うしかないのだろうと自己分析し、彼はエリの頭をがしがしとかき回してやった。
「あ、あうあう、気安く触るな〜」
「上目で上から目線なんて矛盾した真似するからだ、生意気な奴め。………いいだろう。どこまでお前がポケモンをできるか、この俺が見届けてやる」
「あはは……不束者ですが、よろしくお願いします」
「ほざいてろ」

――こうしてエリとナゲキ、+アルファの冒険の旅が始まった。
不安より期待に胸を膨らませ、エリは鼻歌混じりにアキラより前を歩き出す。
………アキラはその瞬間に、影を落とした歪みある笑みを浮かべ、妹を見据えた。

……お前の旅、すぐに終わらせてやるからな……。



『投げられて冒険開始?』 終わり

to be continued


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