マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.313] 第二話:準備は大切だよね? 投稿者:ライアーキャット   《URL》   投稿日:2011/04/24(Sun) 18:18:02   92clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

・第ニ話 準備は大切だよね?


「あ痛〜〜〜〜〜!!」
「ゲキーーー!」
「ぅを兄ぃ〜ちゃ〜〜ん!!」
「はいはいワロスワロス」
青空に悲鳴とポケモンの雄叫びがこだまします。
悲鳴は私。雄叫びは私のポケモン、ナゲキの声。
そして最後のいけ好かない台詞は私のお兄ちゃん、アキラ氏のものです。

「うう〜、また投げられた……せっかく『どうろ』に出たんだから、ポケモンをボールから出して歩こうかと思ったのに」
「手持ちの召還なんざ野生ポケモンと遭遇した時か『ひでんマシン』の技を使う時ぐらいでいいだろうが」
「それじゃポケモンが可哀相じゃないですか。こんな窮屈なボールに押し込められて………」
「いいんだよ。モンスターボールの中はポケモンが過ごしやすいよう調整された空間になってるんだから。大体お前にポケモン連れ歩かせたらどうなるか分かったもんじゃない」
「……、分かったよ。むぅ」
連れ歩けないのは少し不満だったけど、私はモンスターボールにナゲキを戻した。柔道着標準装備の赤ずくめ肌太眉こと私のパートナーが光につつまれ球体に吸い込まれる。そしてそれをリュックサックのバンドに付けられたフックにかけた。カチャリ。

パパから貰ったこのリュックは、ポケモントレーナーになりたての人用に作られた物らしい。バンドのフックは四つあり、つまり四つまで手持ちポケモン入りのモンスターボールを取り付けられる訳だ。トレーナーは手持ちポケモンを六匹まで持てるって聞いたことがあるけれど、初心者用リュックなのだから仕方がない。文句があるなら腕を磨いてボール六個装着用のベルトやホルスターを自分で買えという話のようです。
まあ、私もいきなり六匹ポケモンを捕まえて平等に育てられるなんて思ってはいないし。特に私とかは、ね。
…………。
ナゲキの他に、あと三匹までか……。

「四匹までしか持てないなら、何でパパはモンスターボールを五つも渡したのかな?」
「おいおい、ポケモンがそんな簡単にボールで捕獲出来る訳ないだろうが。アホかお前は」
アホですか。
そこまで言わなくても……(ToT)。
「ポケモンを捕獲するには、ダメージや状態異常で弱らせるのが基本だ。でないとボールの中で抵抗されて脱出されちまうのさ」
「そうなんですかー」
知りませんでした。勉強になりますね。
でもそうなると、やっぱり野生ポケモンとの争いは避けられないってことか………仲間にする為に戦うなんて、なんか不思議な感じ。
不思議ついでに、前々から気になっていたことを質問してみる。

「そういえばお兄ちゃん、そもそも何でポケモンはモンスターボールに入れないといけないの? 何かメリットがあるの?」
「利点は大きく分けて三つある。一つはポケモンの保護。ボールから出さなければ、例えば交通事故とかの危険からポケモンを守れる」
「ふむふむ」
「二つ目はポケモンの運搬。ゴローニャやカビゴンといった巨体、重量位のポケモンでもボールに入れれば持ち運びは容易い。ポケモン学会の『公式』説明によると、ポケットモンスターという名前の由来は、ボールに入れればポケットに入るサイズになるからなんだとさ」
公式っていい響きですね。
「ポケモン自体がポケットに入るからじゃないんだね」
「お前のナゲキがまず入らないだろうが」
「そっか。1メートル位あるもんね、ナゲキ」
「1.4メートルだ」
小数点以下までばっちり記憶しているお兄ちゃんなのでした。流石はポケモン研究家の息子。私も妹として1.5倍くらい鼻が高くなる心持ちです。
私はせいぜいお手伝いを時たまするくらいだったからなぁ……。その過程で色んなポケモンの簡単なお世話をさせてもらったり一緒に遊んだりして、お兄ちゃんやパパには及ばなくとも、ほんのちょっぴりくらいはポケモンのことは知っているつもりだったけど。
えっと、例えば、その………ほら、アレだよ。ピカチュウはねずみポケモンなんだよ?

「つまりモンスターボールっていうのは、ペット持ち運び用の持ち手がついたケージみたいなものなのかぁ……」
「そう言われると元も子もないけどな……ま、人間とポケモンがいつでも、どこでも一緒に居られる上では大切な道具なのさ。決して単なる捕獲マシーンじゃないんだぜ」

ポケモンを研究する者として思うところがあるのか、お兄ちゃんは遠くを見る目でモンスターボール談義をそう締めくくる。続けてその視線を私に向け、直後にニヤッといやらし〜い笑みを浮かべた。
「だから大切に使えよ?」
「あうう………」
バトル開始直後に『下手なでんじほう数撃ちゃ当たる』の容量でボールを連写しかねない妹に釘を刺す兄の図、なのでした。
さすがはお兄ちゃん、妹の行動パターンは大体把握してるってことですね。……だったらもっと、例えばパパに叱られたりしてる時に庇ってくれたりするぐらいの優しさも欲しいんだけど………ああもういいや、所詮は何でもねだりだ。
ありがとうアキラ。私に貴方サマにすがるような甘えを与えて下さらなくて。

「そ、そんなことよりさ。せっかくこうして町を出たんだから、今の状況とかを軽くおさらいしてみない? 現在地とか」
「そうだな。隣町に行くぐらいならお使いでやってるしな。そういう気分になってそうなお前にこの世界の広さを教えてやるにはいいかも知れない」
「うぐぅ……」
だから言い方が悪いってば。お兄ちゃんの意地悪。
下衆兄貴は私のしかめっ面を見てニヤりと口を歪め(こういう他人を苛んで悦に入る人間って何ていうんだっけ。ああそうだ、サゾヒストか)、白衣の内側に手を突っ込んで『何か』を取り出した。平べったい長方形をした、薄型テレビの超小型版っぽい物体。
what is this?

「ディスイズア『タウンマップ』さ。地方地図やタウン、シティ、どうろ、ダンジョン等々の名称が分かる。簡単な説明も載ってるぜ」
「ザッツクール!」
何故私は英語で喋っているのだろう。
答え:特に意味なし!

ボタンを操作するお兄ちゃん。画面が次々切り替わり、『ホウエン』『オーレ』『シンオウ』『イッシュ』などと文字が飛び交う。そして最後に、私達の暮らす地方『ミメシス』の名前が表示された。施設等々が図形、道路が太線、そしてお兄ちゃんの生首が現在地を表す記号として表されている。
……なんかお兄ちゃんが主人公みたいで嫌だなぁ。まあ主人公なんて面倒くさいだけだけどさ……うん、話を戻しましょう。画面を覗き込む。

「ん〜っと……私とナゲキと、ついでにお兄ちゃんが今居るのは、『1ばんどうろ』だね」
「そうだな。故郷の町を出た俺達は、とりあえず隣街に向かうべく、森へ通じる緑に覆われたこの道路を歩いているって訳だ」
説明口調乙。
隣町の名前は『ネクシティ』。ポケモンジムと呼ばれる、ポケモントレーナーの力を計る施設が存在している。私も昔はそばを通り過ぎる度に、中でどんなバトルが行われているんだろう、管理者たるジムリーダーという人はどれくらい強いんだろうとか想像を巡らせたものだった。
その隣町に通じる森というのは『クイネの森』。こっちは……どうでもいいや。野生ポケモンの飛び出す『くさむら』が多い為非トレーナーでもポケモン必須という嫌なダンジョンだし。まあ、この森を通らないとネクシティには行けないんだけど。
「あれ? お兄ちゃん、私達の後ろに表示されてる『プロロタウン』って町は何?」
「……俺達の町だろうが。自分の住む町の名前くらい覚えとけよ、阿呆」
「うう……」
相手からキツく言われると、謝罪すべきことをしでかしたとしても、謝罪する気が無くなってしまう時ってない?

「ま、他にも色んなスポットを回ることになる。長旅になるか短いお出かけになるかはお前次第だ。他にどんな場所を巡るのかどんなポケモンに出会うのかについては追々明らかになるだろう。乞うご期待ってことで、」
「色んなスポットがあるんだね〜」
「勝手にマップを取り上げて見るな! つうかいつの間に!?」
お兄ちゃんの両目を閉じての気取った話が長引いている間にです。
へぇ、『密林の研究所跡地』とか『ポツネン島』とか、知らないけれど興味深い場所がありますな〜。遠くに旅行したことなんて10歳の頃以来だからな〜。10歳の頃以来の……。

「………………」
10歳の頃……。

「何だよ。急に黙り込んで」
お兄ちゃんが眉をひそめて問いかけてくる。けれどタウンマップと私の顔を交互に見て――どうやら気付いたようだった。
……私は今、どんな表情をしているんだろう。

「……エリ」
「大丈夫だよ」
心配させる訳にはいかない。それに私だっていつまでも引きずってはいられない。そう思い、努めて淡々と声を出す。
「泣いたりしないから。……あはは、タウンマップって便利ですね。はい、勝手に覗いてごめんなさい。返します」
「……ああ」
懐疑的な面持ちながらも、お兄ちゃんは突き出したマップを受け取り、白衣の内側に戻す。戻す寸前に再度画面が目に入り、私にその地名を微かに映し出した。

『トラマ山』

…………………………。
しんみり。

「おい、本当に大丈夫なのか?」
「平気平気。悲しい顔なんてしたら『呆れられちゃう』からね。 それに立ち直ってきたのだって事実だもん」
「………ならいいけどな」
ぶっぎらぼうに吐き捨て、前をずかずかと歩き出す。大きな歩幅。私は笑顔を作って、小走りで兄の後を追った。

そう――もうあの時のことは気にしない。
覚えておきこそすれ、縛られたりしてはいけない。
私は前に進むのだから。心強いパートナーと共に。
勿論それは、お兄ちゃんではなく、ね。



◆◆◆



「…………!!」
何かさっきから、三点リーダの多い文章だと思いませんか? 三点リーダっていうのは『…』のことです。説明口調乙。いやそれはもういい。
そんな無意味なる乱文が頭の中に出現する位の驚愕が、全身を激しく駆け巡った。
私達は………私達はただ、道の真ん中をてくてく歩いていただけなのに、
「ペラップ〜……」
「ポケモンっ…………ゲットだぜ〜〜〜〜〜!!」
一匹のポケモンが地面に横たわっていた!クチバシや翼から、小さな鳥さんだと分かる体躯。音符みたいな風変わりな頭。
それが弱りきった様子で、目の前に居た。
空前絶後、前代未聞の大チャンス!

私は即座にリュックからモンスターボールを一つ取り出し握りしめる! そしてスローイング!
「いっけえぇ〜〜〜〜〜モンスターーボォオオーール!!」
「おい馬鹿! エリ、そのポケモンは……!」
後ろで誰か何か言ってるけどシカッティングでおk!! 私はポケモン捕獲ボールを倒れているポケモンに魂を込めて投げました! 真っ直ぐ一直線にそれは飛んでいき、

「ちょっと待ってー!!」
……突然横から出てきた人影によって、弾かれてしまいました。
「この馬鹿が」
「あうち」
ついでに私の後頭部も弾かれる。振り返ると、心底こちらを侮蔑するみたいな表情のお兄ちゃん。

「お前は二つの過ちを犯した。一つ、ポケモンに遭遇して、自分の手持ちポケモンも出さずにいきなりボールを投げる奴がどこに居る?」
「だ、だって……初めて野生のポケモンを捕まえるチャンスを賜ったものだから、ちょっと興奮しちゃって……それに」
「それに何だよ」
「何故かあんなに弱ってるご様子じゃないですか。トレーナー駆け出しのワタクシと致しましては色々手間要らずで千載一遇だなぁなんて」
「最悪な言い分だなおい!」
野生のポケモンなら、今までにも出かけた時とかテレビとかでちらほら見たことがある。でもただ見るだけなのと実際に相対して捕まえるのとでは全然感じが違った。……だから少々テンパってしまったのだと自己分析してみたりしたのですが。
何事も聞いたり見たりしただけで納得するより、実際にやってみた方がたくさんの感覚を覚えられる。そんな感じ。

「で、二つ目の過ちって何?」
「自分の過ちを他人に訪ねるなよ……しかも一つ目の過ちの謝罪をしてねえし。ボールは大切に使えと警告しといただろうが」
だっていちいち謝ってたら話が進まないじゃないですか。……じゃあいちいち誤るなってことにもなるけれど。

「二つ。こいつが決定的なんだが………もう説明するのも面倒だ。もう一度あのポケモンに目を向けやがれ」
「?」
小うるさい兄を視界から除外し、再び倒れているポケモンの方を向く。そのポケモンの前には先ほど投げたモンスターボールを弾いた1人の人間が立ち、私の出番はまだかとこちらを睨んでいる所だった。私の視線が向けられたことで会話の機会が成立し、その人間――1人の女の子は口を開いて宣言する。

「人のものを取ったら泥棒!」

その女の子は、どこかの学生さんみたいな出で立ちだった。いや、この服装は私もよく見かけたことがある。どうやら同じプロロタウン出身のトレーナーらしい。
服装、すなわち制服。紺色のブレザーに、膝上までの短いスカート。
つまり、ミニスカート。

「全く、きみ、どういうつもりなの? いきなり私のペラップにボールを投げてくるなんて」
「ご、ごめんなさい。まさか人間さんが居るとは思わなくって」
「何言ってるの? 私ずっとペラップのすぐそばに居たのよ?」
what? そうなの?
……全然気付きませんでしたけど。
「まさか全然気付きませんでしたけどとか言わないでしょうね」
「え、あ、いやその」
「この子は私のパートナーなの。それがこんなに弱っているのよ? 貴方のせいで何かあったらどうするつもり?」
トレーナーさんは予想以上にご立腹だった。唯一の、しかもどうやら危険な状態らしい手持ちポケモンにこんなことをされたら、それは当然の反応。
私はひたすら謝るしかない。けれど彼女は憤りを隠せないようで、憤怒の足取りで詰め寄ってくる。胸倉を掴まれるのかも知れない。

「すんませんね。こいつナチュラルなもんですから」
目を瞑ろうとした時、お兄ちゃんに背後から無理やり頭を下げさせられた。その口から飛び出すのは場違いに軽々しい響きの言葉。
「俺も止めようとしたんすけどね。普段ボーっとしてるくせに、突発的に何かやり出すと誰も止められない奴なんすよ。馬鹿でグズで猪突猛進の中途半端なオカチメンコ。『くろいてっきゅう』か『こうこうのしっぽ』でも持たせたい的なね。『ねらいのまと』でもいいけど」
…………………。
仰る通りで言い訳のしようもないけどお兄ちゃんには謝りたくなかった。あと後
半の固有名詞が何のことか分からないです。『くろいてっきゅう』って何ぞや?

「保護者の俺からお仕置きしときやすんで。許してもらえませんか?」
「………まあ、別にいいけど」
私ではなく、兄の方に怪訝な顔を向けて言うミニスカートさんだった。
「本当に、ごめんなさいでした」
「いいのよ。実は弱ってたのは……ああいや、じゃなくて……わたしも少し言い過ぎたわ。ごめん」
? 今何か言い直したような。
……まあいっか。
ミニスカートさんは「仲直りしましょう」と私に手を差し伸べてくれた。その手を私もぎゅっと握り、和解が成立する。良かった。

「それにしても。そばに居たわたしに気付かないなんて、よっぽどポケモンが好きなのね」
「あうう、そうなんです。実は今日初めてトレーナーになったものだから……通い慣れた道でもトレーナーとして通ると景色が変わって見えちゃって」
パパのポケモンを借りてお使いに通っていた時は、草むらに近づかないように極力気を使っていた。同じ道なのに自分のポケモンを持った今では、堂々と探索が出来るのだ。あの草に覆われた小道の向こうには何があるんだろう。この草が不自然に欠けた部分に何か落ちていないのだろうか。あの木になっている果実はポケモンでも食べられるかな。この木はポケモンの技で切れるのかも知れない。
自分だけのポケモンを持つだけで、世界はこんなにも一変するんだ。

「分かる分かる。わたしも親から近づくなって言われてた草むらに初めて入れた時、ああわたしは今冒険をしているんだなってすごく実感してた。見慣れてるモノでもちょっと視点を変えたり歩み寄ってみたりすると、知らない一面が見えてくるのよね」
ミニスカートさんは会話を弾ませる。けれど勿論、その冒険を成り立たせている大切な存在を忘れていたりはしなかった。再度自分のパートナーに目を向け、ため息をつく。
「……私のペラップ。野生ポケモンに深手を負わされなかったら、こんなことには……。私の腕が未熟だったから、攻撃を許してしまった……」
「ペ………ペララ……」
鳥ポケモンさんはペラップという名前らしい。私はその主と一緒にそのそばに座り込み、小刻みに震えている小さな体を改めて見据える。するとペラップは何かを伝えたいのかクチバシを開き、舌をちらつかせて声を出した。

「ペラララ……。【私ハ何故此処ニ居ルノカ】………」
「……え?」
あれ?
一緒、頭が真っ白になった。
えっと、今カタコトで台詞を紡がれたのは誰ですか?
「どうしたの?」
「い……今喋りませんでしたか? その鳥さんが!」
「ああ知らないの? ペラップはね、人間の言葉を真似できるのよ」
すごい! そうなんだ!
「じゃあ会話とかも!?」
「あはは、それは無理無理。あくまで声真似だからね。覚えた言葉を復唱するだけ。会話は成立しないよ」
さいですか……。でも喋れるなんてすごい!
会話は無理だそうだけど、何かしら交流はできるかもしれない。ちょっと話しかけてみよう。

「今の具合はどうですか?」
「【五臓六腑(ゴゾウロップ)ニ染ミワタル】……」
「貴方を倒したポケモンさんに一言」
「【流石ダナ! 英雄!】……」
「トレーナーさんのこと、どう思ってますか?」
「【問オウ、貴方ガ私のますたーカ】……」
グッジョブ!
発音磨いたらもっと凄くなれるねこれは!

「でも、こんなに弱っちゃってるんですよね……」
「ええ。回復系の道具も持ってないし、自然回復も間に合わない状態みたいで………」
それで途方に暮れていたって訳か……。

「そうだ、お兄ちゃん昔言ってたよね。ポケモンセンターっていう、ポケモンを回復させる施設があるって」
「ああ言ったな。『ポケモンセンターって何?』というお前の質問に。だがお生憎様だ。『何でミメシス地方にはポケモンセンターが無いんだ』ってのがその会話の最初の言葉だよ」
「うっ……」
そうだった。
私達の住むこの地方には、ポケモンセンターが存在しない。
その為ポケモンが傷ついた場合、傷を癒やす道具を使うか……そうでなければ自然治癒に委ねるしか、対策は無いのだ。旅に出る前、パパから耳にオクタンが出来る程に、『キズぐすり』は大切にしろと聞かされたことを思い出す。お兄ちゃんが私の旅立ちに反対していた理由の一つもコレだったっけ。
だけどこのペラップは、その自然治癒に頼っていては危険なほどに、心身共に衰弱しているのだという。安全な場所に運ぶ余裕も無いらしかった。
つまりペラップを助けたいならば、今、ここで手を打たなければならないのだ。

「本当に可哀想なペラップ………。嗚呼、一体どうしたらいいのかしら……………。」
制服のまま冒険の旅に出るという、現代の分類社会の日常における癒着性を体現したキャラクターみたいな彼女は、三度(みたび)相棒を憂鬱そうに見つめるのだった。私はリュックを下ろし、中から彼女の望むアイテムを取り出す。
「これが欲しかったんでしょう?」
「『キズぐすり』……。使ってもいいの?」
「そりゃあもう」
これだけお助けフラグ乱立されたら……ねぇ?

「本当に、貰ってもいいの?」
「『旅はみちづれ世はおんねん』って言うじゃないですか。トレーナーなら苦労はお互い様。困っている人を見たら刺し違えるのも人間の善行というものですし。ねぇお兄ちゃん」
同意を求めようと振り返る。けれど兄者は何やら神妙な表情で押し黙っていた。
普段無駄に饒舌なのに珍しい。私、何か変なこと言ったかな?
……ま、でもともかくこれで、問題解決だよね。

「ありがとう……助かったわ」
ミニスカートさんはキズぐすりを受け取る。影のあった表情に光が灯り、日差しの差したチェリムみたいな笑顔が広がっていった。それを見て、自分も同じように口元がほころんでいくのを感じる。いいことをするのはとてもいいことだ。他人を幸せにできれば、自分もそれを共有できる。
「あなた達はこれから、森に向かうのよね?」
「はい。まずはネクシティに行くことを優先したいと思いましたので」
回復手段に乏しい現状では、『どうろ』で手持ちポケモンを鍛えたり野生ポケモンを捕まえたりするよりは、まず自分が身を置ける場所を確保するのが優先される。戦いでポケモンが傷ついた時に戻れる場所が無ければ大変だからだ。ネクシティには『宿屋』という「トレーナー滞在用の施設」があり、プロロタウンにはそれが無い。
……いや、上記の文章はお兄ちゃんの受け売りなのですが。私はついさっきポケモンに目が眩んじゃいましたしね。

「わたしはもう少しここに留まってペラップを鍛えていくわ。傷つけちゃったのは私の不手際。今度はしくじらない」
「そうですか」
それでまた大ダメージ受けて立ち往生したりしてなとか思ったけれど、それがミニスカートさんの意志なら何も言うことは無しだよね。
「じゃあ、私たちはこれで失礼します。夜になる前に向かいたいので」
「ええ。……ここでお別れね。あなたの旅がなだらかにつつがなく進んでいく事を祈ってるわ」
言いつらそうな台詞を実になめらかに紡いでくれました。何かの茶番劇のように。
「では、さようなら……」

「待て」

突如聞こえた鋭い声。
見ると、それまで会話に参加していなかったお兄ちゃんが――何やら真剣な顔をしてこちらを見ていた。
性格には、名前も知らないミニスカートさんの方を。

「何? まだ何か用かしら?」
「冒険の途中のささやかな出会い、そして別れ……そんな物語のエピローグを邪魔して悪いが、」
兄はいきなり何を言い出すんだろう。
茶番劇のようにと言うのなら、こちらも芝居がかった物言いだった。もっともお兄ちゃんの場合、昔からこういう気はあったんだけど。
いわゆる、茶番癖。

「もしもこの出会いが偶然でなく、何らかの必然の上に成り立った誰かの筋書きというのなら……この俺は黙っちゃいられねえな」
「……………、あらあら、嬉しいわね。わたしとあなた達との出会いは運命だったって言いたいの? 白衣が似合うお兄さん?」
「え? え? どういうこと?」
私は状況が上手く飲み込めずうろたえるしかない。
どうしてこの二人は、そんな仮面をかぶったような尖った笑顔で、脈絡の無い会話をしているの……?
今度は私がお兄ちゃんと入れ替わり、背景に溶け込む番らしかった。私ことエリを差し置いて、アキラはミニスカートさんのペラップのそばに寄る。

「お前さんはペラップを鍛えるべく野生ポケモンと戦って返り討ちに遭った。キズぐすりは持っておらず、かといって自然治癒させるには精神もすり減っている。……そうだな?」
「………そうだけど?」
アキラは立ったまま上半身のみを傾け、ペラップを覗き込むように見やる。何かを物色するように視点を変えながら。
そして彼は言った。

「傷一つないよな。このペラップさんは」
「…………………」
ペラップのご主人さまは、沈黙した。
いや、絶句したのかも知れない。
「一体いかなるポケモンが、このペラップを倒したんだ?」
「え…………っと、け、ケーシィ、とか? ほら、精神攻撃みたいな」
「この辺りの『どうろ』にケーシィは生息しちゃいねえよ。もっと突っ込んだ言い方をするなら……この地方にも居ないさ。遠方から取り寄せたりしない限りな」
ポケモン博士の助手たる青年の語りに、制服少女の笑みがどんどんぎこちなくなっていく。
誰か私を物語に介入させてほしい。
「大体つい今し方、ノリノリでエリと会話していたポケモンがそんな重傷とは、俺には思えないぜ。お前はウソをついている。ペラップは無傷だな?」
どうだ? とお兄ちゃんは首を傾け、不敵な笑みを見せる。完全な演劇モードだった。……自分の演技に酔いしれる役者は役者じゃないとは言うけれど。
対するミニスカさんは、完全に沈黙していた。相手の突拍子もない推理モドキに引いているのか。
あるいは……。

そして――彼女は溜め息をつき、アキラとは対象的な、力の無い笑顔を浮かべた。

「……どうして、わたしがそんな事を? 動機は何?」
口調自体はとぼけて見せていたけれど、もう彼女は認めている。嘘をついていたことを。
ペラップに重傷者を演じさせ、私からキズぐすりをまんまと手に入れた。
そしてここからはこのシーンにおける主人公に見せ場を譲ってやろうという心境らしかった。
お兄ちゃんはミニスカートの質問に答える。

「簡単だ。キズぐすりを得る為さ。お前が困っていた本当の要因はそれだろう? お前は旅の必需品となる道具を一切持っていなかった。だから森へ至る前のこの道で立ち往生していたんだ」
……クイネの森。
ポケモンが現れる草むらが多い為に非トレーナーでもポケモン必須という、面倒なダンジョン。
そして隣町、ネクシティへの唯一の道。通行するには準備が居るスポット。

「………それで?」
「普通トレーナーってのは、他のトレーナーとのバトルに勝ちまくることで旅費を稼ぐものだ。だがお前は勝利できる自信も無かった」
「……そうね。そして誰かに普通にキズぐすりを恵んでもらう気にもなれなかった。そんな情けないことは出来なかった」
「ど、どうしてそれが情けないことなんですか? 困った時は誰かに助けを求めたっていいのに」
台詞が気にかかったので私も割り込む。……先輩トレーナーさんは何も答えてはくれなかった。代わりにどこか悲しそうな目をこちらに向けてくる。まるで何も知らない人間を哀れみ、かつその無知を羨ましがるかのように。
どうしてそんな顔をするのか、私には分からない。そこまで他人の気持ちを汲み取れるような頭は私には、無い。
だから彼女の無言は飲み込み、何とか会話を続けようと新しい言葉をかけることしか出来なかった。

「……貴方はまだ、隠してることがあります」
「あら、それは何かしら?」
再びの演劇モードに入る彼女。自白の場面なのに飄々と立ち回っているような笑顔の仮面。身も蓋も無い言い方をするならただの開き直りだけれど。
……茶番癖って何なんだろう。
どうして彼女らは、そうも不自然な自分を演じているんだろう。

「貴方が『キズぐすり』とかそういう道具を持っていない、そもそもの理由です」
「初めから持って無かったわ」
「それはあり得ませんよ。もしそうだったら、『どうろ』なんかで道具集めをする意味がありません」
ミニスカートさんの着ている制服。……見覚えがあるから私と同じ町の出身だと思った訳だけど。
「旅に出る前から道具が無かったなら、町の中で収集をしていたはず。何故なら『どうろ』は野生ポケモンが出る。トレーナーに勝負を挑まれる時もある」
トレーナーの場合は事情を説明すればいいかも知れないけど、野生ポケモンはお構いなしだ。
この世界はRPGとかじゃないんだから、草むらに入らなければ野生ポケモンに出会わない訳じゃないんだし。ポケモン達だって草むらから道端に出てくることもあるだろう。それで逃げられなくなったりでもしたら、本当に彼女のペラップが重傷を負いかねない。 「………目先のポケモンに我を失った割に、意外と鋭いところもあるのね」

「ただの勘です」「別に大した理由じゃないわ。ただこれもあんまり言いたくなかっただけ。……あたしの持ち物、盗まれちゃったのよ。泥棒にね。これもまたわたしの不注意の産物」
「……そうなんですか」
「あなたに分かるかしらね。そんな情けない目に遭ったから、誰にも助けを求める気になれない人間の気分が。分かってほしくなかったから、こうして『どうろ』で暗躍していたって訳よ」
「……」
事件、キズぐすり騙し取り。犯人、ミニスカートさん。トリック、手持ちポケモン偽装危篤。
動機、所有物盗難による手持ち無沙汰。
事件解決。めでたしめでたし。
…………………………。
どうしろってんですか。
開き直っちゃってまあ。

「ま、全てはわたしのせいよね。因果応報四面楚歌。悪かったわ。世界には危ない人間も割と多いし被害者も多い。ポケモンと子供の一人旅を推奨するような平和な世界でもそれは同じ。そして私は被害者から加害者となった」
訥々と語るトレーナーさん。何か達観したような表情ながら、その瞳は明後日の方向を向いた少し悲しげな形。
……全く、勝手にまとめてくれるじゃないか。

「キズぐすりは返すわ。騙してごめんなさい。全てはわたしの責任。貴女達を一件落着させて、これより退場するわ」
「……待ってください。ミニスカートさん」
私はこらえ切れなくなり、言った。
「あまりにも自分勝手すぎます。あまりにも芝居がかかりすぎてます。これで一件落着なんて……ミニスカートさんはそれでいいんですか?」
「わたしは構わないわ」
「じゃあ私はかまいません」
「おいエリ」
お兄ちゃんが怪訝そうに声をかけてくる。いきなり何を言い出すのかというような表情をしていた。
……こっちの台詞だっての。

「いきなり何を言い出すんだ? こいつが罪を認めて話が丸く収まろうっていうせっかくの機会なんだぜ?」
「話が丸く収まる? 冗談じゃないよ」
私はびしっ!とミニスカさんを指差した。こちらの感情なんておかまいなしに勝手に演劇を始めて、考えが追いつく前に終わらせる。
主導権が最初から最後まで、こちらを災難に引き込んだ人物にあるまま、終わる。
……私はそれを、すごく嫌な感じだと思った。
だから。

「何かすごく気分が悪いですから、ミニスカさん、私とバトルしてくださいっ!」
「………………」
「……………、……………」
私の兄と詐欺トレーナーの双方が沈黙する。
「……何? 私、何か変なコト言った?」
「ん………いいえ、理は通ってはいるわね。多分。用はわたしが悪事を勝手に初めて人を巻き込んで、挙げ句の果てに開き直って勝手に終わらせるのにムカついた……ってことよね?」
「Yesですよ」
なんでそんなに自分の行いに自覚的なんだ。何だろう…皆さん、それがかっこいいと思ってるんですか? それが茶番癖というものなんですか?

「貴方がキズぐすり共々所持品を失ったことは事実でしょう? 今からポケモンバトルをして貴方が勝ったら、そのキズぐすりは差し上げます。負けたら返して下さい」
「……あなたはそれでいいの?」
「会話をこれ以上冗長にするつもりはありません!」あんまりグダグダな描写を続けるのも悪いだろうし。誰に悪いかって? 推して知るべし。

「そう……じゃあそうさせてもらう。バトルを始めましょう。ああ、それから」
「まだ何か?」
「貴方とかミニスカさんとか呼ばれ続けるのもアレだし、遅ればせながら名乗らせてもらうわ。……わたしの名はサクラ。ミニスカートのサクラ」
「そうですか。私はエリです。新米トレーナーってことで宜しくお願いします」
「それはお互い様ね。じゃ、始めましょうか」
「はい」
私はボールをリュックのベルトから外す。ミニスカートのサクラさんもペラップに指示を出し、立ち上がらせた。ペラップはとっくに仮病のフリに飽きていたらしく、やる気満々で本来の鳴き声を鋭く発する。

「……お兄ちゃん、サクラさんの悪事を暴いてくれてありがとう。ちょっと話が長すぎだったけど」
「後半は余計だよ。ちょいとミステリー的雰囲気を演じてみたかっただけさ」
「それポケモン関係ないし……あとこういうのはミステリーとは言わないと思うけど」
「細かいこたぁ気にすんな。ミステリー風味のポケモンの話があったっていいじゃねえかよ。俺は主人公として、自分の考えに忠実に行動を起こしただけさ。演劇、好きだからよ」
「…………どうぞおホザきになられて下さい」
何度目になるか分からない溜め息をつく。
こういうのが主人公っていうんなら、私はそんなのにはなりたくないな。主人公補正っていうの? 多少弱点やクセがあっても清く正しく、自分の考えって奴を持ってるキャラクター。私はそんな器には収まりっこない。そういう意味では、確かに私は主人公なんかじゃないんだろうね。
だけれど、ただ一つ言えることがある。
これは私の旅だ。兄は付き添いに過ぎない。
たとえ兄が、私よりポケモンの知識も経験もある強い人だったとしても。

だからお兄ちゃん、どうかしばらく引っ込んでいて下さい。ここからは、妹の見せ場です。


「いけっ! ナゲキ!」
「ゲエエェッ、キィイィィイー!!」
ボールを地面に投げつけ、パートナーを呼び出す。
じゅうどうポケモン、ナゲキ。
二度目のポケモンバトルだ。

「ふうん、格闘ポケモンね。そんなタイプで大丈夫かしら?」
「大丈夫です。問題ありません」
「いやそれはどうかな」
ポケモン研究員の兄が横から口を挟む。
「『かくとう』VS『ひこう』か。タイプの相性的に不利な戦いだなこりゃ」
「タイプの相性って何?」
「………お前、マジで何も知らないんだな」
お兄ちゃんは心の底から見下すような目をよこして下さりました。
……確かに私はポケモンに囲まれた環境で育ったけど、バトルはテレビの中でしか見たこと無いんだよ。今日までトレーナーじゃなかったんだし。

「ポケモンにはそれぞれ『タイプ』っつう属性があって、複数のタイプの間には相性が存在するんだ。『ほのお』は『くさ』に強い、『くさ』は『みず』に強い、『みず』は『ほのお』に強い、ってな」
「へー」
つまりジャンケン的な?
「込み入ってくると、『エスパー』は『どく』に強い、『あく』は『むし』に弱いとかなってくるんだが……まあ大体のポケモンには弱点があるって訳だ。――そして『かくとう』は『ひこう』に弱い」
「何で? 格闘家気質のポケモンなら、普通は鳥とか一捻りで絞め殺せるんじゃないの?」
「知らねえよ、んなモン。『格闘家は地上戦しか出来ねえイメージがあるから空中戦を得意とするっぽい鳥が弱点』とか、そんな想像をポケモン作った神様が抱いたんじゃね?」
「そーなのかー」
まあ私はポケモン創った神様を尊敬してるけど。やっぱ偉大だよね。

「まあ、私とナゲキの間にそんな問題は無関係だけどね、だってナゲキは……私のパートナーだから!」
「ゲキィ〜〜!!」
「ぐほっ!?」
お腹を蹴り上げられた。
朝食べた穀物の塊が反転しそうです。
「ナ……、ナゲキ。何故………」
「お前になついてねえんだろうが」
両膝をついて、お腹を押さえて呻く私に、ナゲキは尖った視線を向けるだけ。
「うう………前回ので少し距離が近づけたと思ったんだけどな」
「そんなに甘くはねえよ。何せそのナゲキのなつかなさには、それなりの事情があるからな」
「その事情って、」
「ほら、ミニスカートさんのペラップが攻撃を始めるぞ」

「ペラップ、『つつく』!」
「ペラララッ! 【死ヌガヨイ】!」
「ナゲ……ッキィッ!?」
ペラップが鋭く嘴でナゲキの体を突く!
柔道ポケモンはそれだけで苦痛に満ちた表情を浮かべのけぞった。ポカブにぶちのめされてた時はこうはならなかったのに………これがタイプの相性って奴なの!?

「効果は抜群だ……ってな。おらダメトレーナー、指示を出せ。お前のターンだぜ」
「分かってますよ外野……! ナゲキ……、えっと、『めいれいさせろ』!」
「アホかお前は!!」
「ギャース!」
兄に殴られた! 妹涙目!
「……えっと、わたしは何をすればいいのかしら? このままだと勝負にならないんだけど」
「ううう……」
相手のトレーナーにも呆れられる始末……私、駄目な子なんですね。分かってたけどさ。

「ナゲキ………ナゲキ〜」
涙目ついでにパートナーに潤んだ視線を向けてみる。柔道ポケモンさんはチラッと私を一瞥して、プイっとそっぽを向いた。ぐはっ。

「ゲキイァッ!」
「ペラララララッ!?」
打撃音。疾走音。跳躍音。
まただ。また私を置いてきぼりにして、バトルが進んでいく。

「……ふうん、なつき度は致命的みたいだけど、戦意は充分のようね」
「………、はい」
「トレーナーには気の毒だけど、先輩としてバトルの厳しさを教えてあげるわ。ポケモンバトルは、信頼あってこそ成り立つものだということを!」
サクラさんがポケモンに命じる。ポケモンはそれに応え、忠実に相手へ立ち向かう。……それが当然のこと。
ペラップは猛然とナゲキに突撃し、そのくちばしを突き出してきた。

『みだれづき』だってさ。

小さくも鋭いくちばしが、ナゲキの体に何度もたたき込まれる。
「そんな、連続で攻撃をしてくるなんて!」
「『みだれづき』はそういう攻撃なんだよ。ノーマルタイプの技でタイプの相性はイーブンだが………痛手だな」
「ゲキッギギギ………!」
ナゲキはしばらく踏ん張ってはいたものの、たちまち衝撃に突き飛ばされ……地面に叩きつけられた。
相性なんてどうでもいい。ただ傷ついている今のナゲキが見ていられなかった。
あんなにも私のポケモンは細やかな裂傷に覆われているのに。

「………っ! ナゲキ!」
「そんな泣きそうな顔をしても駄目よ。……これは真剣勝負。どちらかが果てるまでの争い。 容赦はしないわ」
「ゲキイィイイ!」
ナゲキはすぐさま起き上がり、ペラップに攻撃を加える。受けた傷を倍返しにするような苛烈な一撃。後ろに居るお兄ちゃんが「『リベンジ』か」と呟かなければ、私は何をしたのかさえ分からなかっただろう。
私は自分のポケモンの技すら分からない。だから指示も出せないし、信用もされない。

「……っふう、バトルの破綻はともかく、ナゲキ単体はなかなかの強さね。トレーナーを無視していることが、逆に予測不可能の戦法をかもし出している。もっとも攻撃自体は猪突猛進。………より強い一撃を真正面からぶつけてやるわ!」
なかなかの強さ? 予測不可能?
嬉しくなんかない。トレーナー不在のバトルでそんな言葉を浴びたって。
だけど今のナゲキに、どんな言葉がかけられるっていうんだろう。
もういくら指示を出したって無駄なことは頭で分かっていた。歯がゆさよりも憤りよりも――どんどん傷ついていくナゲキに何も出来ない自分に、悲しさが募る。

「ペラップ、『ハイパーボイス』!」
「ペラララー!!【相手ハ死ヌ】!」
ペラップが思いっきり息を吸い込む。攻撃の内容なんて想像したくもない。
思わず、やめて、と言いたくなった。
自分で勝負を挑んだくせに。相手の開き直りが気に入らないから無理やりバトルに持ち込んだくせに。
私は………私はなんて……………、

「ペラララララララ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」

頭が爆発するような大音量の鳴き声。
思わず両耳を塞ぐ。目が圧迫されたのでギュッと閉じてこらえる。
目を開けた――絶望があった。

「キ……………ィ…………ッ」
「ナゲキ……!!」
ナゲキはボロボロになって倒れていた。擦り傷まみれで苦痛に目をむき、白かった柔道着も草の汁と土に染まって雑巾のよう。
そしてそんな体で、なおも起き上がり戦意を見せる。

「安心しろ。まだ数値化したら体力ゲージ黄色ってトコだろうよ。……ナゲキは防御力が高い。いくらでもボロボロになって、不屈の精神で立ち上がるのさ」
――アキラはなにをいっているんだろう。
「そうね。そしてまた苦痛を受けることになる。ペラップ、残りも奪うわよ。反撃を受けた所で深手にはならない。………だって相手の相性が悪いんだから」
サクラさん………。

とどめと言わんばかりのクチバシが向けられる。膝立ちになりながら、パートナーはそれを見据える。
決着が、

「駄目ぇ!」
ほとんど無意識で、私はナゲキに駆け寄っていた。
相手の鳥ポケモンから庇うように、その体を抱き抱える。
「駄目、駄目、駄目………っ!」
涙がとめどなく流れていた。サクラさんが怪訝な顔をする。
「………何のつもり? バトル中にそんな方法でトレーナーがポケモンに介入するなんて、わたしは学校では習わなかったわよ?」
「も、もう私の負けだよ! 負けでいいよ……っ! 気に入らないなんて言ってごめんなさい、本当に……ごめんなさい…………! キズぐすりでも何でもあげるから、ナゲキをもう攻撃しないで!」
「何言ってんだお前は」
お兄ちゃんが私のそばに立ち、責めるような目つきで言う。

「自分で仕掛けといて………。ポケモンバトルは真剣勝負だ。そんな甘ったれた考えは通用しねえ。泣いて謝れば降参できると思うのか? お前は神聖なバトルを有耶無耶にする気か?」
「でも………でも…………」
「でもじゃねえ。ナゲキを見てみろ」
そう言われて顔を下に向けた時、ちょうど振り上げたらしいナゲキの拳が「ごふっ!」顔面にぶち当たる。同時に腕の中の温もりが消えた。
「ゲキイーッ………ゲキイーッ………」
「ナゲキ……」
「コイツはまだ戦うつもりでいるぜ。自分のやりたい精いっぱいの抵抗をしようとしてるのさ。……お前は分からなかったのか? 研究所でナゲキが、人間になつこうとしなかったこのポケモンが、お前についてきた理由を」
「それは………」
あの時。
研究所から逃げ出したナゲキを追いかけて思い出の森に入った時。馬鹿な私は久しぶりの全力の追いかけっこに楽しくなっちゃって、ナゲキを引き止めることなんてどうでもよくなっていた。
だから何となく、その時も傷だらけだったナゲキをまずは癒さなくちゃと思って追いかけるのを止めて。一緒にひと休みしようとした時に、ナゲキは来てくれたんだ。
どうしてなのか、私にも分からないけど。お兄ちゃんはそれに、答えを出す。
「お前のポケモンになってやってもいいって思ったんだよ。ついて行きたいからついてきたのさ。お前の意味の分からん天然な言動に興味を持ったんだろうよ。お前はナゲキを……俺や親父と違って、束縛しなかったんだからな」
「…………………」
「だがお前は今、戦いたがってるナゲキを束縛しようとしてるんだぜ? ……早い話、それはパートナーへの裏切りさ」
ナゲキを見る。
肩で息をしながらも、戦意を失ってはいない。
それどころか、表情は不機嫌そうなままだったけれど――活き活きしているようにすら感じる。

「戦うというのは、傷つくということさ。相手を殴ろうとする時、相手も自分を殴ろうとしているのは当然のことだ。それをナゲキは分かっている。……だからちょっと不利になったからって戦いを止めさせるな。体を動かしたがってるナゲキに、存分に戦わせてやれよ」

私は本当に馬鹿だ。………今、やっと気がついた。
ナゲキにとっての喜び、それは怪我せずにバトルに勝つことではない。どんなに傷つこうが、絶対に勝利を手に入れる。そういう感情でナゲキは戦っているんだ。
自分のポケモンが怪我するのは見たくないなんて思ってる私とは訳が違う。

――何が『ここからは妹の見せ場です』だ。
言うことを聞いてくれるといいなとか勝てないならさっさと降参だなとかなるべく傷つけさせたくないなとか、私は何て弱虫なことを考えていたんだろう。ポケモンはそんな甘いレベルでバトルなんかしていないというのに。

戦うことに、傷を恐れるな。
それが自分でなく仲間の傷でも恐れるな。
勝ちたいとか負けたくないとか思う前に……戦いたいと思わなきゃ。

傷つこう。

「ナゲキ」
パートナーに呼びかけた。
ナゲキは振り返る。煩わしそうに。止めても無駄だとつけ離すような目で。
そう。ナゲキは私の言うことを聞いてくれない。
それなら。
ならどうするかを考えて先に進むのが、トレーナーだ。
「自分で戦いたいのなら、せめてこれだけは……受けて」
私はキズぐすりを射出した。霧のような薬がナゲキに振りかけられる。
「ゲキッ!?」
「じっとしてて。癒やしてあげるから」
優しく語りかけ、痛みをほぐしてあげる。それが、戦いの最前線に立っている相棒に対する、今、私に出来ること。
細やかな皮膚の裂け目が、急速に塞がっていくのが見える。さすがポケモン用回復薬。ポケモンセンターが無いこの地方での強い味方。

「ナ………ゲキイ……」
「うん。元気出たみたいだね。それじゃあ、頑張ってね」
ポケモントレーナーにあるまじき言葉だってことは分かってる。
だけど今は、これでいい。
後は精一杯、思う存分にやりたいことをやらせてやるだけ。
「ナゲキ、」
今のナゲキにトレーナーとして命令できることがあるなら、それはこの言葉がピッタリだった。
「好きにして」

柔道ポケモンは笑わない。
ただ、余計なことをと言いたそうな恨めしい目をして、背を向けるだけ。
それでも私は構わない。
ナゲキが私のポケモンで、いてくれるなら。
戦うニ匹から、離れる。
両者はまた戦闘体制に入った。

「好きにして、ですって? 随分と放任主義のトレーナーが居たものだわ。……ペラップ、復帰しようがこちらの有利は変わらない。倒しましょう」
「ペラ! 【いえす、ゆあ、まじぇすてぃ】!」
相手もカタコトで答えて、ナゲキが始動。
ペラップに組み付き、体ごと地面に押し付けて拘束する!
「ペ……!」
「キィイイイ!」
かなりの衝撃を受けたように見えたけど、そこはポケモンの戦い。ペラップは渾身の力でナゲキを押しのけた。ナゲキも起き上がりざまの攻撃を避ける為に素早く身を引く。
……と、あれ? ペラップの様子がおかしい。

「ペラップ、どうしたの!? うっ、ま、まさか……」
「ペ…ラ……!【動ケ! 動ケ! 動ケ!動ケーー!】」
鳥ポケモンさんは足を畳み、地面にへばりついて震えていた。何やら体が思うように動かない様子。アバラでも持ってかれた?
「やるなぁ柔道ポケモン。体ごと相手を押し倒して動きを封じる……今の技は『のしかかり』だ。こいつは相手ポケモンを『まひ』させる効果がある」
「ぐ………っ!」
お兄ちゃんの進言に、一生の不覚とばかりに顔を歪めるサクラさん。
無理もない。彼女にはアイテムが無いのだ。状態異常になった場合、即回復することが出来ない!
「【動ケ! 動ケ! 動イテクレ! 今動カナキャ、今ヤラナキャ、ミンナ死ンジャウンダ! 頼ムカラ! 動イテクレエェ!】」
「ナ……ナゲキ! 今だっ!」
私の声が聞こえていたか……聞いてくれていたのかは分からないけれど。
私のパートナーはただ純粋に、攻撃を施行した。

「ナアァアアアアアゲキィ!」
ナゲキはペラップに再度掴みかかり、同時に前転。相手と一体になってゴロゴロと地面を転がり、回転が最高潮になった所で手を離した。
私は馬鹿だけど、流石にこの技は知っている。前回の戦いで、ポケモン博士たる私のパパが教えてくれた。
『ちきゅうなげ』。

「ペラポオォオォオォォ!」
引力から解放され、盛大に吹っ飛ばされる鳥。サクラさんの体の脇をかすめて地面に倒れた……ううん、ぶち込まれた。
ペラップは土に逆さまにめり込み、足をばたつかせている。
「か、勝った!?」
「いや、ばたつかせるだけの元気があるってんなら……」
最後の攻撃を当てようと、ナゲキが迫り、飛びかかる。

……勝敗は、あっけなく決した。

「――ペラアァアアッ!!」
「ゲ………キィイイ……!」
攻撃する寸前に、ペラップは身を翻し、頭を地面から引き抜いた。
そしてその両の翼でナゲキを挟み……え………う、嘘!? これは……!

自分が今やられたのと同じように、ペラップはナゲキを組み伏せ一一猛烈に回転をしているっ!?

「こ、これは『ちきゅうなげ』!? ナゲキと同じの!? どうして? できるの!?」
「これは『オウムがえし』という技よ。相手の繰り出した技を真似して発動する」

ナゲキは、自分が繰り出したそれより遥かに高く遠く投げ飛ばされ、地面に激突した。

足をばたつかせもしない。地面から突き出た足は、くたっとなって……尽きる。

「ナゲキ!」
再び、ナゲキの下に駆け寄る。
今度は誰も、私を止めようとはしなかった。
勝負が決したから。
めり込んでいるパートナーを引き抜く。土まみれで傷だらけで、酸素をひたすら求める苦息。
せっかくキズぐすりを使ったのに。
負けてしまったら意味は無いと……いうことなのか。

「タイプの相性や連続攻撃。そしてレベルの違いによる『ちきゅうなげ』の力の差。何より、相棒との信頼関係の無さが、あなたの敗因よ」
サクラさんは腕を組み、得意げに勝者の言葉を放つ。そしてペラップをモンスターボールへと戻した。

「あなた、今、どんな気持ち?」
「…………」
「悔しい? 怒りを感じる? ……でもこれが戦いというものよ。戦いは終わらせる為にある。だから片方が痛い目を見て終わったり、みんなが苦しんだりするのは当然のことなの。それがポケットに入るモンスター同士の戦いでもね」
「………………、はい」
バトルを止めようとした私の姿と、それをたしなめたお兄ちゃんの言葉を思い出し、戦闘不能になったナゲキを抱きしめ……敗北感を噛みしめる。
これが、ポケモンというものか。

サクラさんはそんな私を見て、クスリと笑みを零した。敗者を嘲笑っているようには見えないけれど、それでもどこか浮ついた、楽しさを含んだ表情。
私は今、どんな顔をしてるのやら。

「ふふっ。そんな顔しないの。あなたがポケモンを大事にしてることは分かったから。だからわたしも優しさに免じて、あなたの宣言した商品のキズぐすりは取らないでおくわ」
「おっ……」
後ろでお兄ちゃんが急に変な声を出した。どうしたのか訊こうと振り返ると、何故かそっぽを向いて呆れ顔になった。
やっぱり人の気持ちって、分かんないな……。

「えっと……それはありがたいですけど。でもサクラさんはいいんですか? ペラップも一応……あの、傷ついてるんじゃ」
「この位なら何てことないわ。『まひ』状態は治せそうにないけど、体力はしばらく休ませれば自然回復する。それがこの地方における、アイテムも宿屋もそばに無い時の回復手段だしね」
「………そうですか」
「それでエリさん。あなたの気は、晴れたの?」
「……………………」

先輩トレーナーさんの問いに、すぐに答えられず、黙ってしまう。
結局この勝手な人に、私は何もできなかった。というか、こちらが怒ってポケモンバトルをけしかけただけ。ナゲキはサクラさんのポケモンに抵抗してみせたけれど、私は何もしていない。
……何てことだろう。サクラさんも私も、自分勝手なことをした点では同じなんだ。
サクラさんは開き直って、更に勝手に自分で自らの行いを畳もうとしていたけれど。

「………世の中って、開き直ったもん勝ちなんですか? サクラさんみたいに」
「そんなもの知らないわ。わたしは今のバトルに悔いがないかを『あなたに』訊いているのよ。あなたは果たして、開き直っちゃうのかしら?」
「まさか」
キズぐすりを騙し取られそうになって、それがバレたら自己完結を初めて、怒って戦ってみたら返り討ちに遭ってしまった。
正直くやしい。昔パパから聞いたマユルドってポケモンみたいな気分だ。やられるだけやられまくって全く反撃が出来なかった。マユルドは痛みを忘れずしっかり復讐するらしいけど、こっちはどうすりゃいいっていうんだろう。
やっぱり悔しさをそのまま……口に出すしかないか。
私はこのミニスカートや自分の兄みたいに、人格を演じるなんて器用な真似はできない。

「心残りありまくりです。貴方に負けてしまって、やりきれない気持ちでいっぱいです」
「そう。じゃあリベンジしてみる? 結果は同じだと思うけれど」
「ええそうでしょうとも。だからリベンジはしません。ただし」

ミニスカートのサクラ。宣戦布告した時よりも鋭く、勢いよく。彼女を指差して言ってやる。

「貴方を、『いつか』倒します。いつか私が強いトレーナーになって……ひこうタイプなんてひとひねりに出来るレベルになったら、私と戦って下さい!」
「ふふっ……いいわ。覚えておくわよ。新米トレーナーのエリ。私も今は旅立ったばかりの身分だけれど……。あなたにいつ再戦の申し込みを受けても即承諾できる程度には――強いポケモントレーナーになってあげるんだから………!」

何でもない、ごく普通の草原の道で、二人のポケモントレーナーが契約を結んだ。私が初めて戦って、敗北したトレーナー。
次に会った時が決着の時だと、無意識の内で私達は承諾したのだった。

「もうその辺でいいか、お前ら」ふいに、男の人の声が響く。……ああ、例によって忘れてた。私の兄の声であります。

「エリ、お前がこの女とそれなりの折り合いを付けられたってんなら、もうこいつと関わり合いになる筋合いはねえだろ。……だが、女。俺はお前に一言二言、言いたいことがあるぜ……?」

今まで外野に回っていたお兄ちゃんが、ふいに真剣な顔をして、サクラさんに歩み寄っていく。ついでに用済みとばかりに、すれ違いざまに私の肩を掴んで、後ろに弾き飛ばしやがりました。尻餅はつかなかったけれど、多少よろめいて後進する私。
……え? お兄ちゃん、何をそんなにキレているの? とは訊けなかった。兄も兄なりに、サクラさんの行いに意見したかったんだろう。

私はお兄ちゃんの意志を汲み取って、サクラさんから離れた。お兄ちゃんはサクラさんに詰め寄り何か話し合っていたけれど、私にはその声は聞こえない。距離的に。

やがて兄は戻ってきて、ただ一言「行くぞ」とだけ呟き、歩いていく。
私はそれを追いかけながら、一度だけサクラさんを振り返った。

「サクラさん、さようなら! また会う日まで!」
「さようなら」
サクラさんはクスクス笑っていた。



◆◆◆



抱えていたナゲキを地面に下ろし、2個目のキズぐすりを使う。
これで私の持っているキズぐすりは、残り三つ。
「ネクシティまで持つかなぁ……アイテム」
「森を抜けさえすればいいだけだから大丈夫だろう。シティには宿屋もあるしな。なに、金が足りなきゃそこいらのトレーナーをのせばいい」
「………私はさっき負けちゃったばかりなんだけどね」
血色を取り戻したナゲキをボールに戻し(『礼は言わない』とばかりにムスーっとしてました)、元通りリュックのベルトに装着して、顔を上げる。

『クイネの森』と描かれた木のアーチがそこにあった。つまり、森の入り口。
いよいよこれから、ダンジョンに足を踏み入れる訳だ。
小さい頃に通りなれた道ではあるけれど、トレーナーになってから改めて入り口に立つと、その趣は全く違って見える。
もうパパから借りたポケモンを連れてビクビクしながら通る森では……ないのだから。

「準備はいいか………つってもそんな用意もねえか。さ、行くぞ」
「うん」
アーチを潜る。気分を秘境探検家モードに切り替える前に、ふと気になったことを口に出してみた。
「そういえばお兄ちゃん。さっきサクラさんに何を訊いてたの?」
「ん………、ああ。お前が奴に思ったのと同じようなことだ。ちょいとした説教と…………あとは奴の処分」
「しょぶん?」
「仮にも窃盗をやらかした女だからな。とりあえず未遂だしお咎め無しで見逃してやったが」
「そうっすか」
被害者は私なんだけれど、まあ私もあの人には何もしないつもりだったし。保護者様が解決してくれたんなら、それでよしか。

「では、いきますかね」
初めてのトレーナー戦を経て、新米エリ、初めの一歩。



◆◆◆



森の中を大手を振って進むエリ。
未だ勝利を得ておらず、ポケモンからの信頼も皆無であるものの、その表情に大きな不安は見られなかった。
自分の本心を隠して演技をしたがる不可解な人間達への困惑も、これから彼女を待ち受ける様々な出会いの前に埋もれていくことだろう。

そしてそんな彼女に新たに様々な困惑を与えることが、エリの兄、アキラが自らに架した役割だった。
彼に妹へのトレーナーとしての信頼など存在しない。あるのはただ、彼女をただの妹に戻してやろうという気持ちのみ。
エリに自身の不完全さを自覚させ、不出来なトレーナーの役割から引きずり下ろす為に、アキラは行動する。
今回もそれはつつがなく遂行された。

アキラは思い出す。別れ際に交わしたサクラとの会話。
エリには嘘をついた。話の内容は、彼女への叱責と処分ではない。

「……これで良かったの? 研究員さん」
サクラはまず、そう言った。「まあまあ上出来だった」とアキラは答えを返す。

「でも、あなたも随分と回りくどいことをするのね。私を悪役に仕立て上げて妹さんを騙すことで、見知らぬ他人への嫌悪感を植え付けようとするなんて」
「本当はもっと露骨な手を使いたいんだがな。あいつもそれなりに精神が脆い。落ち込まれ過ぎても困るのさ。あくまで奴自身の意志で旅を止めたことにしないと、親父も納得しないだろうからな」
少しずつ少しずつ、世間の厳しさを教育……または捏造してやればいいとアキラは言う。

「しかしまあ、エリが反骨精神を見せつけたのは予想外だったがな。未熟故の無鉄砲。本当はお前の窃盗を俺が見抜いて、知らない人間に善意を向けることの愚かさって奴を教えてやろうって手筈だったんだが」
「私達みたいな演技者、茶番癖を持つ人間のことを、妹さんは理解できないんでしょうね。私が人に頼らず道具を集めていることにも違和感を感じてたみたいだし」
「俺が立ち回ることで、上手くいけばあいつを俺に依存させて、家に帰る決意をさせることもできるかと思ったんだがな……。やっぱそう上手くはいかねえな」

エリはあまり要領の良くない少女だが、その分頭の中は単純で、純粋な心を持っている。
サクラはそれに対して、まさに対局の性格だ。物心がついてから、自分を偽って生きてきた。
自分の失敗を他人に見られるのは恥ずかしいし、見下されるのは嫌だ。そんな風に他人に干渉される位なら、全てを自分1人で初め、自分1人で終わらせられる人間になりたい。なれないならばせめて、それを演じられる人間に。
アキラもまた、同じ性質を持った人間だった。だから直接思いを口に出さず、遠まわしに心に干渉してエリに旅を止めさせようとする。バレない限り、失敗することが無いからだ。
双方、素直を嫌う性格だから、こうしてつるむことが出来た。

「お前はよく演技してくれたよ」
「まんざら演技でも無いけどね。泥棒に所持品を盗まれたのは事実だし、そんなへまを他人に知られたくなくて道具の騙し取りを始めてたのも真実」
サクラは遠くで見ているエリに見つからないように背を向けながら、ブレザーのポケットから何かをチラリと見せる。
「この通り……冒険に必要なアイテムは大体手に入れられた。あなた達が去ったら時間を置いて、ペラップを万全な状態に戻して旅に出るつもり」
見せたアイテムを戻し、笑みを浮かべる。端的な仕事をやり終えたような爽やかな笑顔だった。
サクラの『準備』は、とっくの昔に終わっている。その最後でアキラに頼まれ、ちょっとした芝居を行っただけのこと。

「悪いな。ほぼ目的が達成されかけた所でこんな茶番を頼んじまって」
「別に? この年になってようやく通過儀礼を受ける気になってみたら出だしで躓いて、そこに偶然フィールドワーク中のあなたが現れただけのことでしょ。 それに何だか面白そうだったし。元カノの一人として、演劇くらいには付き合ってあげるわよ」
「相変わらずの皮肉屋だなお前は。それに俺を越えた大根役者だ。一体いくつになるまで学生気分でいるつもりだよ」
「あなたこそ、今の彼女と上手く行ってるの? 音沙汰無しだそうじゃない」
「何で知ってるんだよ」
「あら、本当にそうなの」
「ちっ、やられたぜ」
しばらくの間、ポケモンの入り込む余地が一切無い会話が続く。
今回の芝居で一時的につるんだ関係以上の感情が、かすかに表情から見てとれた。

「……それにしても、私が泥棒になんか遭わなかったら、トレーナーとしての旅が遅れることなんか無かったのよ」
「旅に出るのが面倒だからって、通過儀礼の日を繰り上げまくって今日に至ったお前にバチが当たったのさ。普通だったらとっくに終えてる年齢だろうがよ」
「一応わたしなりに調べてみたんだけど、どうやら泥棒の正体、以前からネクシティを騒がせている窃盗グループらしいのよ。三人組の奴。はぁ、ホント早く捕まらないかしら」
「いずれにせよ、俺らにゃ何もできやしねえさ。俺達はポケモンと共に生きてりゃいい。人間同士、あんまり仲良くすることもないだろ」
「まあね」
サクラのその返答が、会話の締めくくりとなった。アキラは彼女から去ろうとする。そこに彼女は、最後に言葉をかける。

「ねぇ、アキラ。これからもあなたは、こんな回りくどい方法で、妹さんを『説得』するの?」
「回りくどくて構わねえよ。本人に気付かれることなく、時には愚鈍に仕立て上げ、時にはこちらを優秀に見せて、あいつの心を掌握してやるさ」
エリはポケモンと仲がいい。
だが、どのポケモンとも仲良くできるだろうか? 人間とは仲良くできるだろうか?
仲良くできるだけの人間に過ぎないのでは?
そんな人間を、とても旅に出させる訳にはいかない。
誰が何と言おうと、瑣末なところまで自身の意志を浸食させ、アキラは目的を果たす。

ポケモンの物語を、人間の物語に変える為に。

「じゃあな、似非ミニスカート。再びこれで他人同士だ。年齢に不釣り合いなその身長が伸びることを、無関心に祈ってやるよ」
「ええ。あなたの嘘が妹さんをどうにかすることを、わたしもせいぜい祈っているわ」

アキラは去っていった。待っていたエリに話しかけ、そのまま森へと進んでいく。

その姿が見えなくなってから……サクラは再度ペラップを出し、盗品の回復薬を施してあげた。
いいキズぐすりと、なんでもなおし。

「ペラッ!【何度デモ蘇ルサ!】」
「さあて…………時間を置いて、いよいよわたしの冒険、再開ね」

遅咲きトレーナーの彼女は、希望を含んだ視線で空を見上げる。その表情が演技なのかどうかは誰にも、サクラ自身にも分からない。

旅立つ全てのポケモン使いは、こうしてそれぞれの矜持を胸に、無数の戦いの中に呑まれていく。
そうして物語は続いていく。
続くったら、続く。



『準備は大切だよね?』 終わり

to be continued


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