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  [No.332] ■もふパラシリーズのスレッド 投稿者:巳佑   投稿日:2011/05/02(Mon) 21:47:46   38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 今回、長老の事情の関係で、こちらに移行することになりました。
 ……ということにしておいてください。(汗&笑)

 もふパラで【書いてみた】などをしてくださった方、
 そして、もふパラで【書いてみた】などをしてみたんだけど……という方がいらっしゃいましたら、
 お手数ですが、こちらの方に投稿をお願いします。

 よろしくお願いします……あ、長老!


「皆の投稿を待っておるぞ……ほ、ほ、ほ! ほれ、巳佑、マトマの実を取ってくるのじゃ」

「は、はい……ただいまぁ! というわけで、これからも『もふパラ』をよろしくお願いします!」


  [No.333] 『もふパラ』から見た世界史 投稿者:巳佑   投稿日:2011/05/02(Mon) 21:50:53   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


【1】

 それは昔、遠い、遠い昔の話です。
 森の中で一人の坊やが遊んでいました。
 年の葉は十を超えたぐらいのまだ小さな坊やで、
 今日は村の友達と遊ぶ約束をしていたのですが、どの子も用事があると言われて断られてしまいました。
 そんなわけで、今日は坊や一人、森の中で遊んでいました。
 くさぶえを吹いたり、木登りしたり…………。
 あらあら、六本の尾を持った狐や、黒に赤を咲かせた狐と戯れていたりと、結構楽しんでいるようですね。
 このような感じで楽しい時間があっという間に過ぎていくと……ぽつんと坊やの鼻に何か当たりました。
 どうやら、雨が降ってきたみたいです。
 坊やと遊んでいた二匹の狐は雨から逃げるように坊やから離れていき、森の奥へと姿を消してしまいました。
 雨足がかなり強くなっており、橋を越えた先の村に住んでいる坊やは、今日は帰れないことを悟りました。
 川が増水して氾濫している中で橋を渡る行為は死に行くようなものです。
 坊やは仕方なく、森の奥に進んでみることにしました。
 もしかしたら、雨宿りになる場所があるかもしれないと思い、
 その希望に一縷(いちる)の望みを託しながら、坊やは歩き続けていきます。
 暗い中、坊やは歩き続けていき、なんとか森から抜けて、開けた場所に出ますと、
 一つの小屋が坊やの視界に現れました。
 …………。
 まるで坊やを待っていたかのように。


【2】

 坊やはとにかく小屋へと足早に駆けていきますと、玄関の戸が開いているではありませんか。
 とりあえず、坊やが急いで中に入りますと、間もなく誰かが坊やの元へとやってきました。
 恐らく、この小屋の住人でしょう、背は坊やよりも少し高く、顔や手には多くのしわを刻んでいます。
「おぉ、どうしたんだい坊や? ……おやまぁ! びしょ濡れではないか!?」
 老獪(ろうかい)に話す、小屋の住人であるらしいおばあちゃんが、またどこかへ消えたかと思えば、
 すぐにまた現れ、坊やに白い布を渡します。
「さぁ、これで体をおふき。代わりの衣(ころも)を用意してやろう、そのままでは風邪を引いてしまうからのう」
 白い布を受け取った坊やはおばあちゃんに言われた通り、体をふき、水に濡れて若干重くなっている衣を脱ぎ捨てます。
 すると、おばあちゃんから終わったらこっちにおいで、という声をもらったので、坊やは声のする方に行ってみると、
 そこには囲炉裏で温かく揺れている炎と、代わりの衣を持っているおばあちゃんがいました。
「ほれ、これを着るのじゃ」
 手渡された衣は質の良いものだったのですが、残念ながら坊やに違いは分かりませんでした。
 それでも、坊やは受け取った衣を身にまといながら思いました。
 このおばあちゃんは優しい人なのだと。
「さて……坊やはどうやら橋を越えた先にある村に住んでる者じゃろう? もうこの雨じゃ、どのみち今日いっぱいは帰れん。今日はこの小屋に止まっていくとええ」
 おばあちゃんは微笑みました。
「……さて、ちょうど粥(かゆ)を暖めておいたんじゃ。一緒に食べるかのう」
 坊やはおばあちゃんのことが大好きになりました。

 激しい雨の音が外から聞こえてくる中、囲炉裏を囲んで、坊やとおばあちゃんが話に花を咲かせます。
 まぁ、ほぼ坊やが今日したことをおばあちゃんに語っているだけなのですが。
 坊やがあの六本の尾を持った狐や、黒に赤を咲かせた狐と戯れていたことを語ったとき、おばあちゃんの声が上がりました。
「ほう、坊やは狐が好きなのかのう?」
 坊やは大好きだと答えました。
 あのとき戯れていたときに残っている二匹の狐のあのもふもふ感が心地良かったことを坊やは鮮明に覚えています。
 自分も狐になれたら、もっともふもふできるのではないかと坊やは興奮しながら話すと、おばあちゃんがけたけたと笑いました。
「ふふふ。可愛い子じゃな、坊やは。あ、そうじゃ、一つ、わしからも狐の話をしてやろうかのう……坊やは天気雨というものは知っておるかのう?」
 坊やは首を縦に振りました。
 坊やの目にも何回か映ったことがあります。
 お日様が出ているのに、どうして雨が降ってくるのだろうと、天気雨を見る度に坊やは首をかしげていました。
「あれは、狐の嫁入りといってのう。二匹の狐が番(つがい)になった証ともいうべきものなのじゃ」
 坊やはなぜ、天気のときに雨を降らしているのかを尋ねました。
「ふふふ、狐は人を驚かすのが好きじゃからのう。番になった勢いで、降らぬはずの雨を降らして人を驚かせたいのじゃろう」
 おばあちゃんの話に坊やの耳が興奮して、もっと聞きたいと訴えかけてきます。
 おばあちゃんの話はなんだか不思議で楽しそうなことが詰まっている……もっともっと聞かせて欲しいと坊やの顔がらんらんと輝きました。
 坊やの分かりやすい顔を見たおばあちゃんは更に話を続けていきます。
「天気雨が降ったその日には、番になった二匹の狐を祝う為に、他の狐たちも集まって祭りが行われるんじゃよ」
 坊やはその祭りを想像してみました。
 たくさんの狐たち。
 それは今日一緒に遊んだあの二匹の狐の仲間もいるかもしれません。
 叶うのならば一度、その祭りを覗いてみたい、あわよくば、その狐たちをもふもふしたいと坊やは思いました。
 その坊やの心を読んだかのように、おばあちゃんは警告しました。
「ふふふ、人間はその祭りを決して見てはいけないよ? ……もし、その祭りを覗いとることがばれたら……喰われてしまうからのう」
 坊やの喉が戦慄(せんりつ)で鳴りました。
「手持ちの食料を、のう……その後はたくさんの狐たちによる、もふもふの刑が待っておるぞ」
 坊やは胸をなでおろしました。
 そしてすぐに坊やは、もふもふの刑という言葉に反応しました。
 今日、感じたもふもふよりもっと、もっともっと気持ちいいものに違いない、
 それは手持ちの食料が失ってもいいぐらいの価値があると坊やは思いました。
「あまりの気持ち良さに気を失ってしまってな、次に目を覚ましたときには身ぐるみを全部はがされておるぞ」
 坊やのらんらんとしている顔が雲一つも見せません。
「……まぁ、それでもよいというのならば、わしゃ、止めないが……ただし」
 おばあちゃんが不敵にほくそ笑みました。
「もふもふの刑の際にはくれぐれも、九本の尻尾を持つ狐には気をつけてのう? あの狐の尻尾に触れたが最後、狐の仲間にされてしまうからのう」
 狐になってしまうのではなく、狐になることができる。
 坊やの頭の中ではそういう意味に変換されていました。
 狐は可愛いし、もふもふすることもできるなんて素晴らしいという気持ちから、
 坊やは狐が大好きだ! そう、声を弾ませました。
 そんな坊やにおばあちゃんは笑います。
「ほ、ほ、ほ! そうかそうか……ふふふ、ほれ、嬉しさのあまり――」
 坊やの手に何か柔らかいものが――。

「わしの尻尾が坊やに触れてしまったよ」

 おばあちゃんの姿が人間から徐々に黄金の毛を生やしていき、一匹の九本の尾を持つ狐に変わりました。
「ふふふ……これで坊やも狐の仲間入りじゃ……もふもふでどんな狐になるか楽しみじゃのう?」
 一本、また一本、狐の尻尾が坊やを絡め取り、そして坊やは九本の尻尾に包まれてしまいました。

 もふもふもふもふもふもふもふもふ。

 最初こそは驚いていた坊やでしたが、あまりの気持ち良さに、もう身を狐にゆだねていました。
 でも坊やは後悔などはしていませんでした。
 むしろ大好きな狐になれることが嬉しかったのです。
 あまりのもふもふの気持ち良さに坊やのまぶたは徐々に重くなっていき、やがて静かに閉じました。

 もふもふもふもふもふもふもふもふ。


【3】

 坊やが目を覚ますと、そこは例の小屋の中でした。
 まだ、ぼんやりとしている坊やに顔を覗きこんでくる狐が一匹、二匹……そして三匹います。
「なぁ、キュウコン長老、コイツが今日から俺たちと一緒に修行するやつなのか?」
「まだ、ボーっとしているみたいだけど……」
「ふふふ、仲良くするのじゃぞ?」
 一匹からは気の強い言葉が。
 もう一匹からは優しい言葉が。
 最後の一匹からは老獪な言葉が。
 それぞれ坊やの耳に舞い込み、最終的にそれらが坊やの目を覚まさせることに繋がりました。
「うむ、目が覚めたようじゃな」
 坊やは目をぱちくりさせています。
 目の前には六本の尾を持った赤茶色の狐と黒に赤を咲かせた狐と九本の尾を持った黄金の狐がいて、
 坊やのことを見ています。
 その視線が刺激となったのか、坊やは昨日のことを思い出しました。
 一人で森で遊んでいて、途中で二匹の狐と遊んで、激しい雨にあって、小屋にたどり着いて、
 そこに住んでいたおばあちゃんに泊めさせてもらうことになって、
 話に花を咲かせていた途中、おばあちゃんが狐になって、もふもふされて……。

「可愛い水色のゾロアになったのう、坊や。ふふふ」

 九本の尾を持った狐が尻尾で器用に鏡を扱い、坊やに見せてあげました。
 坊やが映った姿に驚きの顔を見せると、鏡に映っているものも驚きの顔を見せます。
 姿形は狐そのもの。
 どうやら黒に赤を咲かせた狐と同じ種族のようですが、坊やの場合、黒に水色を咲かせています。
 おもむろに坊やは前足で自分のほっぺたをつねってみたところ、返ってきたのは痛みだけでした。
 夢ではありません。
 本当に狐になれたこと、その嬉しさのあまり坊やは尻尾を振っていました。
「さて、坊や。まず、朝ご飯をお食べ。話は食べながらでもしようとするからのう……あ、その前に」
 九本の尾を持った黄金の狐に促された二匹の狐が坊やの前に出てきます。
 まずは六本の尾を持った赤茶色の狐の口が開きました。
「初めまして、僕はロコンっていうの。よろしくね」
 次に黒に赤を咲かせた狐が勢いよく口を開きました。
「俺はゾロアだ! よろしくな!」
「ふふふ、坊やもゾロアじゃけどのう……そうじゃ、坊やはなんという名前か訊くのを忘れておったな」
 坊やは人間のときの名前を教えました。
「ほう、池月、というのか。うむ、今度からそう呼ぶことにするかのう。ちなみにわしはキュウコンじゃ。よろしくのう……さぁさ、自己紹介は終わったことじゃし、朝ご飯じゃ」
「ふ〜ん、変わった名前なんだな、お前。まぁ、別にいいけど」
「もう、ゾロア! そういうことは思っても言っちゃだめだよ……それにしても」
 ロコンは訝しげな顔で坊やを見つめました。

「……本当に、初めまして、だよね……?」


【4】

「よいか? 狐になったからには、誰かを化かすという術を知らないといかぬ。わしが老婆に化けて池月を化かしたようにのう。池月、お主は今日からはロコンとゾロアと一緒に化かしの修行をしてもらうぞ。今日から弟子じゃからな、わしのことは長老、と呼ぶがよい」
 朝ご飯の最中、キュウコン長老の話を坊やは真剣に聞いていました。
 狐として――ゾロアとしてこれからを生きていく坊やにとっては大事なことです。
「うむ、まずは……朝ご飯を食べた後にのう……マトマの実を取りに行ってくれるかのう? その道中、誰かを化かすというのも忘れずにの。池月はまだ化けることを知らぬと思うから、ロコンとゾロアをしっかりと見て勉強しておくように、のう」
 外は昨日と違って雲一つない青い空が広がっており、かっこうの修行日和です。
 朝ご飯を食べ終えると、坊やはロコンとゾロアと一緒にキュウコンのお使いと修行に出発しました。

 人間のときとは違って、四足歩行から見る世界はなんだか新鮮で、歩く度に坊やの心は楽しそうに弾んでいて、
 例えばいつも見ている木も違って見えたりと、歩く度に新しい発見をしているような気分でした。
「お前、楽しそうだな。いいか? これは修行なんだからな? しっかりやろうぜ!」
「……そんなこと言ってるけど、昨日、途中で寄り道して遊んでいたのはどこのだれだっけ?」
「ロコンも遊んでたじゃねぇか!」
「うっ……それはその……つい、ね」
 マトマの実を求めて森の中に入った三匹は、坊やにとって先輩狐のゾロアを先頭に、その後ろにこちらも先輩狐のロコン。
 そして坊やは一番後ろを歩いていました。
 人間のときとは違って、目の前でロコンの六本の尻尾が揺れているのも、なんだか坊やの心をくすぐっているようです。
 飛び込んで、じゃれて、もふもふしてみたい……! 
 けれど、ゾロアの言うとおり、今は修行中の身なのですから、我慢、我慢なのです。
「ヒヒヒ。今日もマトマの実を集めて、化かしマスターになるぞぉ!」
「……もう、ゾロアったら、絶対に騙されてるよ、それ」
 坊やは首を傾げました。
 初めて聞いた言葉です。
 どういうことなのかとゾロアに尋ねてみました。
「ん? お前、しらねぇのかよ。キュウコン長老がな、誰かを化かすことも大事だけど、マトマの実を集めまくることが化かしマスターになる為の近道だって、教えてくれたんだぜ」
「……僕は絶対に騙されてると思うんだけどな……まぁ、キュウコン長老にはお世話になってるから、なんとも言えないけどね」
 ロコンの不安の呟きはゾロアに届くことはなく、一方、話が見えてこない坊やは何も言うことができませんでした。
 更にとことこと三匹が先を進んでいきますと……ようやくたくさんのマトマの実をつけた一本の木にたどりつきます。
 真っ赤に染まっていて、イボイボがところどころにできている不思議な実で、
 なんだか刺激的なものが伝わってくるようなものがあったからか、坊やの喉が物欲しそうに鳴りました。
「……池月、最初に言っておくけど、あれは食べないほうがいいよ。めちゃくちゃ辛いみたいでさ……ゾロアなんか勢いで試しに食べちゃったんだけど、唇がはれあがって大変だったんだから、火まで吹くし」
 坊やはロコンの忠告を素直に受け入り、唇がはれあがったゾロアを想像して、決して食べないと心から誓いました。
 ゾロアは味を思い出したからか、水が欲しくなって、近くの川に向かいました。
 ……どうやら、マトマの実の味はゾロアにとってトラウマのようです。

 マトマの実をたくさん持ってきた風呂敷(ふろしき)の中に包み、それぞれ、三匹は背中に結ぶと小屋へと一旦戻ろうと歩き出します。
 最初は慣れない四足歩行で大丈夫かな……と坊やは心配していましたが、不思議なことに違和感なく歩けていました。
 まるで、最初から狐だったかのような感覚。
 だけど、風景は新鮮に見える……と摩訶不思議だらけです。
 これから毎日続いていく狐の日々に、坊やの心の興奮は鳴り止みそうにありませんでした。
 さて、もうすぐ小屋に着きそうになったところで、先頭を歩いていたゾロアが近くの茂みに隠れるようにと声をあげます。
 何事かと坊やの胸に緊張が走りながらも、言われたとおりに、すぐさま近くの茂みに身を隠します。
「クルマユ発見! おい、池月。今から化かしの見本を俺が見せてやるぜ!」
「……大丈夫なの? ゾロア」
 ゾロアの得意げな顔に心配そうな視線をロコンが送ります。
 坊やは初めて化かしのところを見るだけに、期待が膨らんでいました。
「まぁ、見てろって!」
 そう言うとゾロアはさっそうと茂みの中から飛び出し、クルマユが来る前にぴょんと飛んで一回転するとクルマユに化けました。
 ゾロアの化ける場面で坊やは思わず感嘆の声をあげます。
 そしてやって来たクルマユは目の前にいる(ゾロアが化けた)クルマユを見て、驚きの顔を見せました。
「えぇ!? あたしがもう一匹!?」
 成功した――そうゾロアが確信したときでした。
「――な〜んてね。尻尾が見えてるよ、オキツネさん! じゃあ〜ね♪」
 ロコンがなんとも言えない溜め息をもらします。
「はぁ〜……まだ尻尾が隠せないんだね……」
 一方、坊やは化かしの難しさが伝わってきて、勉強になりましたとゾロアに言いました。
 今回のことで坊やは自分もちゃんと他の者を化かすことができるだろうかと、不安がよぎりましたが、狐の生活はまだ始まったばかりだから、そういう不安もこれからの糧(かて)にしていけばいいと思い直しました。
「よ〜し! マトマの実をたくさん集めて早く化かしマスターになるぞぉ!」
「もう……ゾロアったら……まぁ、池月。改めて、今日からよろしくね」
  
 その日の夜、眠れなかった坊やは隣で寝ているゾロアとロコンを起こさないようにと、ゆっくりと寝室から出ました。
 ゾロアになった今日から、坊やもこの小屋に住み込み始めたのです。
 寝室の隣、囲炉裏のある部屋に行きますと、キュウコン長老がいました……どうやらまだ起きているようで、坊やに気がつきました。
「ん? なんじゃ、池月か。眠れんのか? ふふふ、こっちへ来るがよい」
 坊やは失礼しますと一言置いてから、キュウコン長老の元へと歩み寄りました。
 ゾロア――狐になって初めての日は坊やに冷めない興奮を与えていたようで、先程、寝ようとしたときも、やけに大きい心臓の音が坊やの耳にくっついては離れませんでした。
「どうじゃ? 狐になった感想は?」
 坊やは今日一日を過ごして見たもの、聞いたもの、感じたものをキュウコン長老に教えました。
 世界が新鮮に見えたことや、マトマの実のこと、誰かを化かすことが難しいことなど。
 キュウコン長老は坊やの話を聞き終えると、微笑み、ゆっくりと坊やを抱き締めては、もふもふしました。
 坊やはそのもふもふを気持ち良さそうに受けてます。
「そうかそうか……お主は本当に狐が大好きなのじゃな……のう、池月、お主はこの世が狐だけの世界になったら、どう思う?」 
 坊やは想像してみました。
 この世が狐だけになったら……きっと皆でもふもふしあったりすることができるだろうな……きっとこの世が幸せになるだろうなと思いました。
 本当に想像しただけでも幸せになれそうで、坊やはきっといい世界になると答えました。
「ふふふ、池月、わしの夢はな、この世を狐だけの世界にすることが夢なのじゃ……お主もここで修行して、化かすのがうまくなったら、わしの夢を手伝ってくれないかのう?」
 キュウコン長老が語った夢は自分にとっても夢ですと坊やが答えると、キュウコン長老は笑いました。
 この子はもしかしたら、頭が早く回るかもしれないという意味を込めながら。
「よい子じゃな、池月は。ふふふ、そうじゃな。共にこの世をもふもふにしてやろう、のう? 池月」
 坊やは首を縦に振りました。
「よし、今宵は最初の一歩として、共にこれを食べるとするかのう」
 そう言って、キュウコン長老が取り出した風呂敷の中から――。
「マトマの実、これはわしの大好物でのう。ほれ、池月も」
 坊やの頭の中に昼間起こったことが思い出されます。

『ん? お前、しらねぇのかよ。キュウコン長老がな、誰かを化かすことも大事だけど、マトマの実を集めまくることが化かしマスターになる為の近道だって、教えてくれたんだぜ』
『……僕は絶対に騙されてると思うんだけどな……まぁ、キュウコン長老にはお世話になってるから、なんとも言えないけどね』 

 …………ロコンも大変なんだなと坊やは苦笑せざるを得ませんでした。
 けれど、これも化かしの一つのなのかなと思うと、いかにキュウコン長老が自分たちよりも何枚も上手だということが分かったような気がしました。
 大好きなキュウコン長老からのマトマの実を断ることができなくて、坊やは一つ、キュウコン長老からマトマの実を受け取り、そして、一口、食べてみると……刺激的な液が舌に乗った瞬間、坊やの口から火が吹きました。
「ほ、ほ、ほ! 見事な『かえんほうしゃ』じゃな、池月!」
 愉快そうに笑うキュウコン長老につられてか、坊やもつい、笑ってしまいました。

 この日、坊やはマトマの実が大好きになりました。



【5】

 月日が流れるのは早いものというより……坊やが天才だったのかもしれません。
 初日の次の日からゾロアやロコンに見習って、化ける練習をしてみると……尻尾は出ていたものの、殆ど、化けることに成功してました。
 それからキュウコン長老の下、修行を積み重ねていくと、あっという間に坊やは化けるコツをつかみました。
 坊や曰く(いわく)、化ける対象を想像し、その姿に一点集中して、そこに飛び込むといった感じ、だそうです。
 化けられる時間も増やしていき、一分しか持たなかったものも、最終的には一週間化け続けることに成功しました。
 もちろん、誰かを化かすということにも成功と経験を積み重ねていき、ロコンやゾロアよりも早く、キュウコン長老から卒業することになりました。
 坊やが水色のゾロアになった日から約一年が経った日、坊やはお世話になった小屋から旅立ちます。

 本当は坊やは小屋を離れたくはありませんでした。
 もっとキュウコン長老やゾロアやロコンともふもふしあったり、とにかく一緒にいたかった。
 キュウコン長老は本当におばあちゃんみたいで、ゾロアは兄で、ロコンは姉、そして坊やは弟みたいな感じで、本当の家族のように暮らしていましたから、離れるのは坊やにとって辛いものでした。
 けれど、水色のゾロアになった初夜、坊やはキュウコン長老と共にこの世を狐だけの世界にしようと語りあったのです。
 その夢を叶える為にも……それと、その夢を叶えにいくこと、それが今までお世話になったキュウコン長老への恩返しになるからと、坊やは強く心に決心しました。

「池月……これを持ってゆけ」
 坊やの小さな手に乗せられたのは一本の何やらもふもふしているもの……尻尾のようなものでした。
「それは、先祖のキュウコンの尻尾じゃ。化かした相手にこれを触れさせれば、狐の仲間にすることができる……頼んだぞ」
 キュウコン長老が坊やを抱きしめました。
 最後のもふもふ……坊やが一生忘れることのない、世界で一番のもふもふ。
「池月……頑張ってね」
「俺たちもすぐに化かしマスターになって、お前に追いつくからよ!」
 坊やは泣きながらも笑顔で答えると、出発する為にキュウコン長老から離れました。

「池月……夢が叶いしとき、また出逢おう」

 その言葉が背中を押したかのように坊やは一歩、前へと踏み出しました。


【6】

 この後、坊やはもちろんのこと、キュウコン長老や、他の狐たちが貢献した結果、なんと本当にこの世は狐だけの世界になりました。
 坊やはキュウコン長老との約束通り、小屋に赴いていました。
 小屋から出てきたキュウコン長老は坊やを見たときに驚きました。
 坊やがゾロアからゾロアークに進化している……というのもそうでしたが、
 坊やの隣にいる赤い花のかんざしをつけているキュウコンと、まだ年葉もいかぬロコン――妻と子を持ったことにも驚いたのです。
 坊やはこの世を狐だけにする為の旅をしている途中でケガをし、そのときに出逢った人間の娘と恋に落ち、番になり、子を産んだと語ってくれました。
 たった一年だけとはいえ、我が子のように見てきたキュウコン長老が嬉し涙を流すと――。

 天気雨が降りました。

 まるで、この世が狐だけの世界になったことを祝しているかのように。
 まるで、この坊やたちを祝福するかのように。

 天気雨は一日中、降り続いていました。


【7】


 やがて、狐だけの世界になったこの世は、後に、狐たちのもふもふしあう姿から、もふもふパラダイス、略して『もふパラ』と呼ばれるようになりました。
 世界のそこかしこで狐たちがもふもふしてじゃれあっていたり、戯れていたり……しばらくは……この『もふパラ』は続いていました。
 けれども、残念ながら、栄枯盛衰という言葉は『もふパラ』をも逃がすことはありませんでした。
 バブルの一種のようなものであった『もふパラ』もやがて割れて、『もふパラ』崩壊を迎えてしまいます。
 『もふパラ』崩壊の背景には、狐にいることを飽きてしまったものが他のものに化け続けるようになったというのもありました。
 海が好きなら魚に、森が好きなら木に、といった感じに狐たちは他のものに化けていきます。
 もちろん人間に化ける狐もいました。

 その人間に化けた狐たちこそが――。


 














 私たちの祖先だったのです。
 
 
 この今の世界の始まりは……狐からだったのです。
 だからこそ……。
 
 稲荷信仰や稲荷神社、
 神の使い、
 呪いが使える獣、
 誰かを化かすことができる獣、
 
 などと言われるように、狐は特別な力を持った獣という見解があるのです。

 だから今、この世の皆は、実は、狐なのです。
 

 化け方を忘れた狐なのです。



【書いてみました】

 Special Thanks : イケズキさん 

 
 それは、日付が変わったエイプリールフールの真夜中、イケズキさんとのチャットが全ての始まりでした。
 天狗のウチワでのロコンちゃんとゾロア君の話題になって、盛り上がっていたところ、
 狐の結婚披露宴みたいなのがあったら、飛び入り参加して、もふもふした〜いというような感じになって……。
 すると私の中でおばあちゃんAが産まれました。

 巳佑:おばあちゃんA「だけどね、坊や、狐の結婚式はばれないように覗くんだよ? もしばれたら……」

 以下、おばあちゃんAは正体を現し、イケズキさんをゾロアにしてしまいました。(笑)
 そう! 坊やとはイケズキさんのことだったのです!(汗&笑)
 坊やの名前を池月にしたのも、そこからです。(キラーン)

 ……話を戻しまして。(汗)
 やがて、その狐の話も終わり、「これ、ポケストに出してみたいなぁ……」と呟いてみたら、
 イケズキさんから「ぜひ!」というお声が!
 というわけで書くぜ! と決心ついた私にイケズキさんからのリクエストで、
 天狗のウチワに登場したロコンちゃんとゾロア君を出して欲しいといたただきまして、
 坊やとロコンちゃんとゾロア君のシーンも書かせてもらいました。
 うまく、あの二匹を表現できていましたかね……?(汗)
 
 それと、最初、タイトルを『もふパラ』から見る狐史にしようかな、と呟いてみたら、
 イケズキさんから壮大だし世界史のほうが似合うかもというお言葉をもらいました。
 確かに! それと、世界史という言葉のほうが、狐史よりも皆さんを化かせるはず! と思って今回のタイトルが決まりました。

 最初は比較的短い話になるかも……と思っていたのですが、思ったよりも長くなっちゃいました。(汗)
『もふパラ』はやはり壮大でした。(汗&笑)
 今回のこの『もふパラ』はイケズキさんの力もあります。
 本当にチャットではお世話になりました。
 ありがとうございます!

 それにしても……今回の話といい、きとかげさんの黒ベルといい、チャットにはどれだけの起爆剤が!?(汗&笑)
 恐るべしチャット! そう思ってしまった今日この頃です。(汗)

「あの日、あのとき、あの場所で、あなたと話さなかったら……きっとこの物語とは見知らぬまま」(汗)

 キッカケの突然性に改めてアゴが外れそうです。(汗)



 ありがとうございました。


【何をしてもいいですよ】 
【チャットもそうだけど、エイプリルフールの力もすごいのよ】
【みんな、狐になぁ〜れ!!】

   


  [No.476] 【再投稿】満月のほとりで 投稿者:小樽ミオ   《URL》   投稿日:2011/05/26(Thu) 21:09:36   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 
「今宵は満月じゃ。どれ、池月、月でも見に行かんかの」



 それは、人間だった池月坊やが九尾の尻尾のなかで水色を咲かせた小さな狐になってから何日か経った、そんなある日のこと。
 囲炉裏の炭がすっかり灰がちになり、かすかに橙を残すだけとなったころ、長き年を生きてなお美しい九の尾をたくわえた長老はふと口にしました。
 あたたかな囲炉裏端で丸くなっていた坊やは眠そうな目をこすると、かわいらしいその瞳をぱちくりとさせています。

 坊やは人間の歳で言えばまだ十を超えたくらいの幼い子でしたから、「お月見」という言葉を聞いたことはあっても、月を見るためだけにお出かけしたことはありませんでした。
 ですから長老の言葉に「満月を見ると何かが起きるのかな」とふと首をかしげていると、そばに座っていた赤にこげ茶を帯びた六尾の狐が「狐は満月の光を浴びると、とっても心地よい気分になれるんだよ」と教えてあげました。坊やはふんふんと頷いています。
 「とってもすっきりするんだ。池月と一緒に見るのは初めてだな」、と、坊やそっくりの姿に彼岸花のような赤を咲かせた狐が続けます。坊やはわくわくしました。心地よい気分になれるという満月を、大好きな狐の仲間と共に見ることができるのですから。水色を帯びた小さな尻尾が、楽しそうに囲炉裏端を踊りました。


「長き年を経た狐は、満月の下で妖狐に生まれ変わる、とも言うからのう」


 長老は、ぽつりとつぶやきました。
 ゆらり。小屋の中に灯された火が壁へと投じる、黒々とうごめきのた打ち回る影。細められた目、吊り上がった口元。
 唐突な言葉に、幼い狐たちは暖色の灯火の下でおののきました。目の前で九の尻尾を揺らした狐こそ、その言葉の証明のように見えたからです。

 坊やは口元をあわあわと動かしながら、誰よりも真っ先に小屋の外へと飛び出していってしまいました。「ま、待ってよぅ池月!」と、ロコンの慌てた声が響きます。それを追いかけるように、「池月、さっきまで眠そうにしてたのに元気そうだな」とゾロアが笑いました。
 眠気などすっかり吹き飛んでいました。いつもはやさしい長老の姿、けれど今夜はそれが恐ろしい狐のそれに見えたからです。
 けれど何より、眠気を忘れたのはお月さまへの期待のためでした。どうしてみんなと美しいお月さまを見に行くことのできる夜に眠ることなどできましょうか。その月明かりが長老のような狐に力を与えるものだと知ってしまってはなおさらです。

 一目散に小屋を飛び出していった幼い狐たちの後姿に微笑む長老。
 その揺らめいた黒の影は、訪れた漆黒の闇へとひとつに溶け合いました。





◇   ◇   ◇





 ほわっとした小屋の中の空気とは打って変わって、外の空気は染み入るようにひいやりとしていました。
 風は穏やかで、森の木々が手のひらをゆらゆらと動かしながら、りいりいと歌う茂みの虫たちとかすかな歌声でひとつの歌を織り成しています。

「あっ」

 小屋を飛び出してからずっと坊やの尻尾を追いかけていたロコンが、はたとその足を止めました。
 それに気づいたのでしょう、ゾロアだけでなく坊やも振り向いて立ち止まりました。ざりり。踏みしめた砂の奏でる音が一斉に静まります。

 森の中に開けた一本の小道の上には、どこにも欠けのないまんまるなお月さまが、宵闇の空の中にひときわ明るく輝いていました。
 空を見上げたままのロコンは身動きひとつしません。二匹のゾロアもそのお月さまの姿に見とれたまま、同じように。
 その満月はとても美しくはありましたが、今までも何回も見てきたはずの、ごく普通の満月には違いありませんでした。
 けれど坊やの瞳には、今日の満月はその美しさだけでなく、ひときわ特別な意味をも持ったもののように映っていたのです。それは坊やだけではなく、他の狐たちにも同じことでした。

「そこで見とれておるのはまだ早いぞ? わしについてくるといい」

 狐たちの尻尾のほうから、長老の穏やかな声が聞こえました。飛び出した子狐たちに追いついたようです。
 空を見上げていた瞳は、一斉に振り向くと月の光を浴びた金の尻尾を見つめました。
 まだ早い。ここから見上げるだけでも心魅かれるようなお月さまだというのに、長老はそう言いました。
 僕の知らない世界は、まだどれくらいあるんだろう。坊やは子狐を導くように歩き出したキュウコンの揺らめいた尻尾を追いかけて歩きました。



「今日もマトマのみが一杯とれたな! ヒヒヒ、これでまた一歩化かしマスターに近づいたぜ!」
「うぅ……やっぱりそれ、僕は絶対に騙されてると思うけどなぁ……それに、今日も尻尾が出てたままだったよ?」

 稲穂のような金色の九尾が夜のそよかぜの中に揺れていました。それを追いかけるようにして、三匹の子狐が小道の上を歩いていきます。

 キュウコンの後について歩きながら、ゾロアとロコンはなんだか楽しそうにおはなしをしています。
 どうやら今日も長老のおつかいでマトマのみを取りに出かけたようです。ゾロアの方はとっても得意げな顔をしているけれど、一方でロコンはどこか呆れたような表情をしています。
 けれど今日は不思議と、坊やは二匹の狐のその言葉が耳から耳へと通り抜けていくようなのです。熱心な坊やはいつでもまじめに先輩狐の話を聞いて、一日でも早く立派なゾロアー苦になれるようにと努力を欠かしません。ですが今夜だけは、心は遠く月の空にあるような、そんな風にも見えました。



「ほれ。着いたぞ」

 両脇に居並んだ木々が途切れぱっと視界が開けた小道の終わりで、はたと足を止めて長老はささやきました。
 いつになく穏やかな口調の声に、小さな足の奏でる音がいっせいに止まります。

 そこには、澄み渡った清らかな水をたたえた池が鏡のように空を映し返していました。
 水面には、いつかキュウコンが子狐たちに人間の姿で作ってくれたお団子のようにまんまるなお月さまがぽっかりと浮かんでいます。
 空と水面とに浮かぶふたつのお月さまは、長老の毛並みのような柔らかな色とくっきりとした輪郭をしています。


 「わあ……!」――きらきらとロコンの表情に光が満ち溢れます。
 ゾロアも同じようにお月さまの姿を見つめながら、時折ロコンのやわらかな尻尾をもふもふと握り締めています。


 ――坊やは、なぜか自分でも不思議なくらい、このふたつのお月さまに見とれていました。
 ロコンとゾロアが池のほとりでお月さまを見つめながらじゃれあっているのも、少しも瞳の中には映ってはいませんでした。
 坊やはキュウコン長老と池に映りこんだ月影を見つめ続けていました。ただ、声もなく。


「すっかり見惚れているようじゃの、池月」

 キュウコンははっきりと口元に笑みを浮かべました。坊やはうなずきます。
 坊やはすっかりこの満月に魅入られていました。愛しい長老の声ですら、曖昧になるくらいに。



「――狐をも酔わす水面の上のこの美しい月こそ、池月、お前の名じゃよ」



 ふわっ。月明かりに照らされた毛並みが坊やのほほを撫でました。
 もふもふ。長老は突然坊やにそうささやきました。九の尾で坊やを包み込みながら。

 坊やは突然のその言葉に、驚いた色を浮かべながら先ほどよりもまじまじと水鏡に映ったお月さまを見つめます。
 ゆうらりかすかに揺れる、長老ほどの狐をも酔わすほどに凛としたそれが、自分の名前の意味。
 こんなに綺麗なお月さまと同じ名前だなんて――


「そして、その名はある古い九尾の狐と同じ名じゃ」
 キュウコンは唐突に切り出しました。いつもとは違う重たさを帯びた言葉が聞こえたのか、じゃれあっていた二匹の子狐は坊やの方へと戻ってきました。
 長老は坊やの反応を見ることもなく独りでくすくすと笑むと、続けます。


「――その狐は美しくきらめく九の尾を持っておった。じゃがそいつは恐ろしく強いことも人間には知られておった。
 野山を駆け巡り月に吼えるたびに、人間は『生きたいのちを喰らう』ほどに強いその狐を『生喰』(いけずき)と呼んで恐れたのじゃ」


 ゆらり。冷たく静かな夜風に揺れる九尾。
 坊やの中で、その姿に見たこともないもう一匹の九尾の姿が重なります。
 鋭く光る長老の瞳の水面にも満月が浮かんでいました。


「じゃがある日人間は見た。あの恐るべき狐が、池に映ったそれは清らかな満月を見つめて、静かに涙を流しているのを」


 老いた狐は滔滔と紡ぎました。
 不意に、その尻尾が水へとひたされ、水面をかき乱します。お月さまはゆらりと鏡の上で姿を変えました。


「人間は知った。人間もポケモンも同じ心を持っている。いつの日にか必ず分かり合える、と。
 その日から人間は、池に映った月を見つめていたその狐を『池月』と呼ぶようになったのじゃ」


 そうして人間は九尾の池月を恐れるだけでなく、敬い尊び、互いに助け合って生きたのだと、キュウコン長老は続けました。
 揺らいだ水面はきらきらと光を照らし返しています。そうしてそのかすかなさざなみが消えると、そこには変わらず玲瓏の池月がきらめいていました。
 長老は何も言わず、その表情をほころばせます。坊やの大好きな、あの表情へと。



「これも運命のいたずらかのう。古の狐と同じ名前を持った坊やが、狐になることを望んでその通りになるとは」



 長く生きてきた九尾の狐の長老は、月の光によりいっそう美しくきらめくその尻尾で坊やをもう一度やさしく包み込みました。
 運命。そうかもしれないと、坊やは思いました。狐が大好きで、狐になりたいとまで思って、そんなときに降った雨は狐の嫁入りに降るという雨。あの雨が坊やを狐の姿へと導いたのですから、これは運命が決めたことなのかもしれません。坊やの名前が古の狐と同じ名前ならば、なおさら。
 眠りに落ちそうなくらい、あたたかで、やわらかな感触。坊やの表情はだんだんととろけていきます。坊やは喉を鳴らしながら、その感触に身をゆだねました。


「さすがだね、池月。僕たちが大きくなったとき、池月はもう伝説になってたりして」
「やっぱり池月はすごいもんな! 俺たちも負けてられないぜ、どんどん修行しなきゃ!」

 思い思いに小さな手を握り締める仕草をしたり尻尾を逆立てたりしながら、子狐はいつものように笑います。
 いつでも幼い狐たちは、いつか世界に名前を残すような「化かしマスター」になることを夢に見ています。
 夢を追いかけながら毎日を生きて、人やポケモンを化かしたり、おつかいをこなしたり、マトマのみに口から火を吹いたり……
 そんな子狐たちの姿を見て、長老もまたしあわせなのでした。

 坊やはすっかりとろけきって眠たそうな表情をしています。大好きな、長老のもふもふの尻尾の中で。
 自分をいたずらにかけた運命のことが、坊やは嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。



「――わしは今から楽しみじゃ。『池月』の名を持った若狐が、いつの日か民の語り草のように謳われる日が」



 そう囁いて、もう一度、今度はよりいっそうの想いを込めて坊やをもふりもふりと包み込んでやったとき。 
 坊やは月明かりの下、ただ満面に笑顔の花を咲き誇らせながら、いつかそんな素晴らしい狐になる日をそっと夢に見ていました。





 <おわり>





◇   ◇   ◇



再投稿させていただきました。遅ればせながら、もふパラシリーズ復活おめでとうございます!
そしてラクダさん、ラブコールを頂戴しありがとうございました! 遅くなってしまいましたが、お納めいただければ幸いです。

以下は初回投稿時に掲載したものをそのまま掲載させていただきます。
ご覧下さりましてありがとうございました!



◇   ◇   ◇



狐といえば、やはり満月でしょう! 満月を背にシルエットになった姿、尻尾の揺らめくさまが浮かんでまいります。
たまたま月齢表を見ていたところ、「満月って18日か! 18日ならまだ時間もあるし、書かせていただけるかも!」と思い立って書かせていただいたのがこの小説です。

今回は(イケズキさんのご許可の下、)池月くんのお名前を史実に絡めた形態をとってみました。
イケズキさん、この絡め方、お気に召していただけますでしょうか……(笑)

池月君にスポットライトを当てているため、ロコンちゃん・ゾロアくんの出番が少なめになってしまったのが悔やまれるところです。
ストーリーコンテストの精読が終わって余裕ができましたら、今度はふたりももっと存分に描かせていただきたいですね。

……本当は(4月)18日のうちに上げるつもりだったのですが、肝心の部分でスランプとトラブルに陥り大ピンチに。
夜中から手書き原稿に移行したところなんと筆が進むわ進む。
みなさんもキーボードを駆る指が止まった際は、ぜひ手書き原稿をご検討ください(笑)


  [No.644] もふパラ? @イーブイの場合 投稿者:   《URL》   投稿日:2011/08/16(Tue) 07:03:18   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 目が覚めると、イーブイになっていた。

 それに気付いた途端、テンション跳ね上がってベッドから三メートルほど飛んでしまった。イーブイになった。数百種類のポケモンの中から自分がいっとう好きなポケモンになれるなんて超の付く幸運じゃないか。
 ベッドから降りて鏡を確認する。首周りの白いもふもふと茶色い獣の足と狐みたいな尻尾で多分とは思っていたが、確信した。黒く大きな目、長い耳。イーブイだ。

 やったあイーブイだあ、ときゃわきゃわ鳴きつつ部屋にある等身大イーブイぬいぐるみに突進する。うわあ本当に同じ大きさだあ。イーブイの高さ三十センチ、等身大の肩書きに偽りなし。同じ大きさのぬいぐるみと戯れてもふもふちょっと待て。

 なんでイーブイになったんだろう。

 うーん、昨日なんか変なことしたか? いつものようにマサポケのチャットでくっちゃべって、「じゃあおやすみー」って落ちて、ああその前に「長老にもふられても必ず狐になるわけじゃなくて、実は自分の好きなポケモンになれる」って話をしたんだっけ。それで「じゃあイーブイにしてください」って発言し……あ。

 昨日 退室せずに ブラウザ 閉じた☆

 説明しよう! マサポケチャットでは行方不明になることを俗に「もふられる」と言い、長老にもふもふされたため行方不明になったと解釈するのだ! ブラウザを閉じると行方不明扱いだから任意もふられを発動できるぞ! よい子は真似しないようにな!

 よい子はやっちゃいけない。しかしやってしまったものは仕方ない。幸いにもイーブイだし……あー。
 ここ、ポケモン世界じゃないじゃん……。

 こういう場合、どうなるんだろうか。珍獣扱いで大学に売られて解剖……いや、まさかうちの両親がそんなことするはずないよな? イーブイの等身大ぬいぐるみを見せて「イーブイは可愛い、イーブイは可愛い」って洗脳してきたんだから、きっとイーブイだ可愛い飼育しようぐらいにはなるはず……しかしその場合も近所で「あら珍獣だ」と噂になり大学で解剖……ううむ。三日ぐらいで戻れたらいいが、その間に大学で解剖……やっぱり駄目だ。

 よし、ポケモン世界に行こう。確かある小説では、冷蔵庫を開けることでポケモン世界への扉が開いたはず。そうと決まれば夢と冒険の世界へレッツゴー。ごめんね父さん母さん、イーブイの等身大ぬいぐるみを形見だと思って大事にしてくれ。
 というわけで台所にある冷蔵庫の元へ。冷蔵庫の扉に手を……伸ばしたが届かない。どうしよう。どうやってポケモン世界に行こう。

「あら、こんなとこにイーブイが……」
 母さんに見つかった。これは大学で解剖ルートか……!?
「全く、ぬいぐるみほったらかして。そうだ、洗濯機をぬいぐるみ洗えるやつに買い換えたし、洗ってあげよう♪」
 ちょっと待って母さん、私生きてます! ぬいぐるみじゃありません!
「タイマーセットして、洗剤入れて、はい♪」
 洗剤と共に洗濯機(ドラム式)に入れられる私。途中で気付け! と思うも虚しく、洗濯機のドアがカチリと閉まる。ごーと不吉な音が聞こえる。
 ああ、洗濯物ってこんな気分だったんだね……ごめんよ……でも洗濯機便利だからこれからも使うよ……。水音が近付いてきた。

 目の前が真っ暗になった!



「……ありゃ」
 目が覚めると、なんか別の場所にいた。洗濯機の中のような閉塞感はまだあったが、あそこまで狭くはないし、明るい。ドアは透明で丸いあれじゃなくて、四角くて人が通れそうなサイズ、上半分は透明で、下半分は赤色に塗られている。ああ、天井が丸みを帯びている。だから洗濯機の中と似てる感じがしたのか。でも天井が透明で光が存分に入ってくるから、閉塞感はさっき感じたほどにはない。が、なんだか嫌な予感がする。すごくする。

 にしても、ここはど
「オオウ……ムシムシとして……まるでサウナだな、少年!」

 ライモンシティの観覧車ー!
 しかも変な場面に行き当たってしまったー!

「アアア、熱いなァ……少年の肌を、汗が伝っ」
 これ以上聞いてられるかちくしょうめがっ! 今私がちくしょうだったじゃなくてこの状況どうにか逃げられませんかうわあ観覧車ちょうど頂上じゃないすかもうゴンドラ爆破してや

 ……あ、れ? やまおとこのナツミさんの正面に座ってる人、ポケモンの主人公の男の子じゃないな。
 少年、と呼ばれた彼は茶色じゃなくて黄金色の稲穂みたいな色の髪で、その髪はあっちこっち気ままに跳ねている。気弱そうな、優しそうな目も髪に似た色。困った表情の彼の膝の上に乗る、ポーカーフェイスのエルフーン。

 まさかとは思うけど、
「……キラン?」
 自分が書いた小説の主人公の名前を呟いてみる。すると、膝の上のエルフーンがこちらを向いた。
「おや、何故僕の“おや”の名前を知ってるのだねフワモコ。というか君はいつの間にここに来たねフワモコ」
「いやまあ色々ありまして」
 答えつつ一瞬だけやまおとこを見る。「ところで恋人とかいないのか」と言いながら目をめっちゃギラつかせている。キラン君逃げて超逃げて全力で逃げて。それに対してキランは「好きな人はいますけど」と歯切れの悪い返事をしている。えーいお前もはっきりせんかい! 自分が書いた奴とはいえ嘆かわしいなおい!

「というかなんでこんな状況になったの」
「バトルを受けてたったら、何故か一緒に観覧車に乗る話とすり替えられましてね」
 私の疑問にエルフーンが答えてくれた。大変だなあ、エルフーンも、キランも。っていうか観覧車ならレンリさんと乗れ、マジで。

 やまおとこはギラついた目でキランを見ている。そんな目でキランを見るでない! 私はキランの隣に上がって、やまおとこを精一杯威嚇する。キランもやまおとこも突然現れたイーブイに驚いたようだけど、とりあえずやまおとこは身を引いたようだ。しっしっ、お前なんかがキランに近づくでないよ。

 それからは何事もなく、ゴンドラが地面に着いた。キランとエルフーン、私、やまおとこの順で外に出る。「ではまたな、少年!」と言って手を振るやまおとこ。“また”はない、“また”は!
「なんか疲れたね」と伸びをしながらエルフーンに話しかけるキラン。君はもうちょっと危機感を持ちたまえ。しかしあれかな、ゴンドラに入り込んだ時嫌な感じがしたのは危険予知かな? だとしたら夢特性かな、私は。

「このイーブイ、誰かのポケモンかな」と言ってキランが私を抱き上げた。「人馴れしているしね」と言いつつ、首元を撫でられる。
 違うよ、と声を上げる。けど人間には伝わらないらしい。キランは「とりあえず警察で迷子の届出がないか見てみるか」と言って遊園地の出口に向かった。
「君も大変だねフワモコ」
 キランの頭の斜め後ろぐらいをフワフワ浮きながら、綿羊がついてくる。
「ところで君、誰かに捨てられたのかい? フワモコ」
「違う、よ」
 何と説明すればいいんだろうか。
 しかし、エルフーンは特に何も聞かず、「色々あるのだね」と言って収めてくれた。意外といい奴かもしれない。

 ライモンシティの警察署。大きなビルだったそこに入り、キランは私を抱いたまま、受付の片隅にあるコンピュータをいじっていた。しばらくして「イーブイの届けはないなあ」と言ってコンピュータの電源を落とした。どうやら遺失物やら何やらの届出の一覧を見られる端末らしい。
 キランは端末のある場所から離れると、階段を使って二階に上がった。明るい日差しの入る廊下を渡り、ある部屋の前で一旦立ち止まり、私を軽く揺すって抱き直してからドアを開ける。
「こんにちは」
 キランの声がちょっと上擦っている。
「レンリさん」
 ああ、と私は嘆息する。

 いや、ポケモンになった挙句、自分が書いた小説の登場人物に会うなんて、中々ないことだと思うよ?

 肩にバチュルを乗せ、黒い髪に紅いメッシュを入れた長身の女性。室内だからかコートは着ていない。白のカッターシャツと黒のパンツが、細身の体にばっちり似合っている。レンリ――キランが観覧車の中で言ってた好きな人。
「こんにちは、キラン」
 口元に笑みを浮かべ、部下に挨拶を返す彼女。物静かながら確実に耳に届く声。うわあこんな声してたのか私の文章力では届けられません。

「えっと、あの」と急にどもりだしたキランを、彼女は黙って見つめている。キランの言葉を待っているのだ、と途中で気付いた。レンリに見つめられながら、やっとキランが言葉を見つけ出す。
「この子、育ててみようと思うんですけど、いかがでしょうか!?」
 と言いつつずいっと差し出される私……私かい!?

「いいんじゃないか」
 そう私の文章力では形容できない声で答えつつ、レンリはパソコンに向かう。
「大事にしろよ」
「はい、がんばって育てます!」
 えーキランかよー。
 っていうか自分が育てるポケモンのことまで上司にお伺いたてるなよ。主体性ないな、ったく。
「じゃあよろしくね、えっと……ルーナ!」
 ブラッキーにする気満々の名前だなキランよ! 仕方ない、なんかややこしい状況だけども、しばらく手持ちポケモンになってやるか。ここで断って変な奴にゲットされたら嫌だし。
「いたっ! 噛んだ! 噛まれた!」
 私が懐くまで、せいぜい頑張るがよい。

 そんなこんなで、次の日。
「なんか、レンリさんに懐いてますね……」
 がっくりした声でキランがぼやく。仕方ない、レンリの方が撫でるの上手だもの。っていうかレンリの手持ちになりたかったなー。
「いっそのこと、レンリさんがその子を育ててみます?」
「何言ってるんだ、お前のポケモンだろ? それに、私は六匹育てるので手一杯だからな」
 だよなあ。自分が書いた人だもの行動パターンも薄々察するというものだよ。こんなことになるんならレンリは七匹ぐらいポケモン育てられるよ設定つけとけばよかったなあ。苦しいか。後付け設定。

 何か呼び出されたらしく、レンリが私を撫でるのをやめて部屋を出た。残ったのはキランと私、それからエルフーンのウィリデ(昨日キランの手持ち全員と挨拶と自己紹介をした。私は全部知ってんだけどね)。ウィリデは相変わらずポーカーフェイスで綿を散らかしている。キランは机に突っ伏して、何やら机に向かって喋り始めた。

「才能ないのかな……ルーナもレンリさんが育てた方が良さそうなのになあ」
 ふう、とため息をつき、キランは顔を上げる。慰める為に近付いたらしい、エルフーンの綿をもふもふしながら、
「こんなんじゃもう一回告白とか……無理そうだなあ」
 なんか愚痴ってる。めんどうだなあ、と思っているとウィリデと目が合った。「すまないねフワモコ」と言って、ウィリデは気ままに綿を散らかす、振りをする。そうしたら「なんとかしなきゃね」と、キランも何故だか元気が出たようで。

「じゃあまず、ルーナの特訓だね」
 仕方ない。手持ちポケだし、付き合ってやるか。


「しかし君も大変だねフワモコ」
 特訓の合間にウィリデが労いに来た。こいつもずっと私の特訓に付き合っていたはずだが、ひっくり返って息も絶え絶えの私に対して、こいつは綿の先っぽも乱れていない。レベルが違うんだなー、と感じた。あれ、でもこいつ、身代わり四回使ってなかったっけ。まあいいや。

「元の世界に帰れるのかねフワモコ」
 同じパーティのメンバー、しかもウィリデはパーティのリーダーという都合上、私の事情はウィリデにほとんど全て話してある。それでも態度が変わらないのは、大物なのかそれとも何も考えていないのか。
 けれど、イーブイのままここに居ても構わないという私に、ウィリデは元の世界に帰るべきだと言い張り続けた。何か思うところはあるのだ。でも態度は変わらないから、大物か。あんまりにも言い続けるから、私も帰った方がいい気がしてきた。

「何か、鍵になりそうなことはないかね。こちらの世界に来るきっかけとか、何か」
 きっかけねえ。ようやく息の整った私は、仰向けから腹ばいの姿勢に戻って考える。きっかけってあのチャットか。しかしイーブイの姿でチャットをやるわけにはいくまい。他にきっかけ。
「あの観覧車かな」
 あちらからこちらに来たのは洗濯機を通してだったが、着いたのは観覧車の中だ。また観覧車に乗ってみれば、何か起こるかもしれない。まずはやってみよう。話はそれからだ。

 がしかし。
「観覧車ねえ」
 ウィリデは珍しく渋い顔をして私に向ける。そうしてそのまま顔をキランの方向に向けた。
 親愛なる我がキラン君は、基本レンリとしか観覧車に乗らんのである。

 トレーナーが乗らないのにポケモンだけ観覧車に乗るのは無理のある話だ。というか観覧車の横に書いてある。『ポケモンのみの乗車はご遠慮下さい』って。
 ついでに観覧車は二人乗り、一人でも三人でもなくぴったし二人乗り。先日みたいな事故がなければキランはレンリと乗りたいに決まっている。普段の視線からして間違いなくそうだ。というわけで、なんとかして私は二人を観覧車に乗せねばならんのである。

 しかし、これが難しい。
 キランを観覧車の前に連れて行っても、「乗りたいの? また今度ね」とスルーされるか、「レンリさんと……無理そうだなあ」と愚痴られるか、あと近付いてくる某さんから全力で逃げるか、そのどれかだ。レンリなんかそもそも観覧車の前に来ない。どうがんばっても来ない。手強すぎる。
 いっそ二人を乗せるのは諦めて、ゾロアどもの幻影を使えばいいと思った。が、ウィリデによるとこの前ゾロアたちがそれで観覧車に乗ったが、結局バレてそれ以降観覧車に幻影キャンセラーが付いたとのこと。誰だそんな間抜けをやらかしたのは? とにかく見事に手が塞がれた形だ。

「まだ望みはある。二人を観覧車に乗せればいいのだよフワモコ」
 落ち込む私をウィリデが慰めてくれる。いやそれが難しいのですよ、と私は思う。何故フラグ折った私。
 事情はある程度まで(人間だったとか、別世界から来たとか)話したが、流石に自分が君たちの物語の作者なんです、なんてことは喋っていない。キランとレンリが観覧車に乗ったのが、レンリがキランに誕生日プレゼントを渡した一回きりになってしまったの私の所為だなんて言えないし。その時の誕生日プレゼントは雷の石だったが、その後かなり長いこと経って闇の石が手に入るまでシビビールもランプラーも進化はお預けなんてことも言えないし。
「なんか、自分に跳ね返ってきてるというやつか……」
 呟いた私を不思議そうにウィリデが覗き込む。いや独り言、と誤魔化して私は身を起こす。

 うー、しかし何か方法ないかな……。
 闇の石をレンリが見つければ、彼女はそれをプレゼントするという名目でキランと再び観覧車に乗ってくれるかもしれない。だがしかし、闇の石の入手ルートについてはそれとは別に考えてしまった。のみならず、それをどっかにメモしてしまった。ああもう自分の迂闊。あのメモ破り捨ててえ。
 それだけではない。あんまり時間をかけすぎたら次は別の話が始まってしまう。題名だけ先に零したのだが『ラスト・コマンド』という話だ。その名の通りラストである。私が作者だから話の筋が頭に入っているが、これが終わると……ネタバレになるから詳しくは言えないが、とにかくまずい。

 こういう時、小説ならうまくいくのになー、と思いながら考える。特訓しつつ考える。ウィリデが身代わり連発するので思わず身代わりを覚えてしまったが、とにかく考える。夜遅くに家に戻って(キランは下宿住まいだったようだ)、食事をしたり身奇麗にしたり窓の外を見て黄昏たりしながら考える。窓の外を見る。
「あ」
 ふと思いついた。うまくいくだろうか。ウィリデの傍に行って相談する。
 観覧車は光を放ちながら回っている。



 日々は穏やかに過ぎた。いつものように特訓をする。結局、キランと一緒に何か事件を解決することはなかった。それは少し残念だな。ウィリデとも皆とも、多分もう二度と会えない。もちろんレンリとも。最後と決めた三日間は極めて平和に、そしてあっという間に過ぎていった。
 そして、決行の日がやってきた。

「全然懐いてくれないよな、ルーナは」
 キランが私の頬をつついた。やめい。
 今日はちょうど、夜勤だった。いや、夜勤の日を決行の日にしたのだ。理由は主に二つ。

「気長に待て、そういうのは。しかし、本当に懐いてないな。ブラッキーに進化したくないのかもな」
 レンリの指がカリカリと首を掻く。すいません、その通りなんです、と小さな声で鳴く。 理由の一つは、私がブラッキー以外に進化する為のあるアイテムが、この部屋に置いてあったからだ。

 ウィリデが私に痺れ粉を掛ける。うー、気持ち悪い足先から変な感じのがぞわってくる。これは来たる時の為の準備。私は麻痺をおして、キランの机の上に飛び乗った。
 窓の外を見る。観覧車が光っている。自分の顔が映る。この姿ともお別れだ、気に入ってたのに。

 私はキランの机の引き出しを蹴り開ける。そして、その中でぼんやり光っていた雷の石を咥えた。

 ……えーと、これどうやって進化すんの? 噛み砕くのか、せいやっ!

 口の中に細かな石の欠片が入り込んだ。私が食い破った箇所から目を刺すような光が溢れた。体が熱い。思考をふっ飛ばして体の変化に身を任せる。光と熱が収まる。視線が高くなっている。足も長くなっている。そして何より、体が軽い。
「あっ、雷の石……!」
 キランが焦った声を上げる。ごめんよキラン。ごめんよシビビール。けど、こうでもしないと観覧車に乗るのも難しそうでね。

 言い訳もそこそこに、私は部屋を飛び出す。ガタリ、と椅子か机を蹴る音がした。廊下を走り、階段を飛び降りてビルの外へ出る。本当に体が軽い。特性“早足”とはこれだけの威力があるものらしい。

 私は一路、道しるべのように輝く観覧車の方へ向かう。サンダースに進化し、早足を発動させた今の私なら余裕で着く。問題は、
「ルーナ!」
 鋭く私を呼ぶ声。ケェーッ、という空を震わせる鳴き声。絶対追ってくると思ったんだもう。
 直線をしばらく走ってから大きく跳躍して後方を確認する。ほらやっぱりね。レンリと彼女のアーケオス、ローだ。レンリのポケモンには事情を話していない。特訓やら何やらで話すタイミングがなかった。キランのポケモンたちに事情と今日の計画を分かってもらうだけでも、新参ポケの私には随分大変だったのだ。勘弁してくれ。だが大きなロスだ。

「ルーナ、どうした。戻れ!」
 レンリの指示に、思わず戻りそうになりそれは駄目だ。私は観覧車までの道のりをひた走る。レベル差がきつい。だが早足の分、なんとか引き離せている。パチン、と夜空に響く音がした。まずい、指パッチンだ!

 勘で右に避けた。今までとっていた進路上をバチュルのシグナルビームがなぞる。かなり恐いぞこれ。指パッチンとかで指示出されたら何の技が来るか分からないので恐い。ついでにレンリのポケモンはレベルがやたら高い。恐い。そういえばバチュルの目の前で指を振って指示を出すとかそんな描写しましたっけ私。うわあ墓穴ーっ!
「ロー、大地の力」
 普通に技名で指示出されても困る、っていうかタマゴ技覚えてるとか! 低い家を選んで屋根へ飛ぶ。直後、地面から赤い何かが吹き上がった。大地のエネルギー的なものですかこれが。と感心している場合ではない。民家を傷付けるわけにはいかないのだろう、レンリがほんの一瞬だけ迷った。ごめん、その隙を使います。高速移動で素早さを補い、再度駆け出す。

 後ろで羽音がした。飛んで追いかける気らしい。そうなるよね。こっちは早足を使っているものの、麻痺で時々すっ転びそうになるから冷や汗ものである。口から心臓吐きそうだ。
 スピードではこちらが水をあけたものの、あちらが空中こちらが地上では勝負はおっつかっつ。ポケモンの技が飛んでこないよう、建物のすぐ横や屋根の上を選んで走った。

 遊園地のゲートが見えた。私は遊園地の職員の叫ぶ声を無視して、ゲートの内側へ走り込む。ゴール? いやまだだ。

 遊園地の中を走る。流石に夜中だからだろう、人はまばらだ。というか職員しか見当たらない。メリーゴーランドのメンテナンスなのか、ゼブライカやギャロップの姿が光に照らされたり、また闇に沈んだりしていた。
 ガン、と鈍器で何か殴ったような着地の音がした。追いつかれた。けれど私も目的地に着いた。遊園地の最奥、静かに回り続ける観覧車のその根元。

「キラン……観覧車の所だ。さっさと来い」
 レンリは私を見据えたまま携帯電話を取り、そして切った。わずかに息を切らしている。随分手こずらせたらしい、と分かる。私は一声鳴いて、誘うように観覧車の乗り場の方向へ進んだ。
 レンリはアーケオスをボールに戻し、奥に進む。私が制止を無視した職員に詫びの言葉を入れ、彼女も乗り場に進んだ。りんりん、と鈴の音が響く。癒しの鈴だ。何故夢特性と両立しているのか分からないが、麻痺が取れるしいいとしよう。

「ルーナ」
 レンリが“私”の名前を呼ぶ。そして、片膝をついて“私”と目を合わせる。
「どうした、ルーナ。不満があるのか、それとも」
 そこで言葉が止まる。レンリが息を整える。“私”の後ろでゴンドラが動き続ける。降りる人はいない。ちょうどいいタイミングで来た、とこればかりは運に頼るしかなかったので、大いにホッとする。

 レンリが“私”に数歩近付く。私は間合いを慎重に測る。“私”は一歩だけ前に出て、レンリの袖を引く。「私の……」レンリがそこまで言って、言葉を切る。“私”は何かをねだるようにレンリを見る。後は彼女に勝手に解釈させておけばよい。
 レンリが“私”の首元を撫でる。その表情は読み取り辛い。ただ困っているように見えた。あるいはもっと別の感情があるけれど、自分はそれを読み取れていないだけなのか。
「レンリさん」
 やっと真打が登場した。キランも、キランを運んできたココロモリも息を切らしていた。不思議と息が切れるものなのだな、トレーナーも、と私はそんなことを思って見ていた。ココロモリと目が合う。彼はパチリとウインクを返した。

 “私”は再びレンリの袖を引く。
「ルーナ、一体どうして……」
 キランが困ったように呟いた。ゴンドラが回る。“私”の後ろを通り過ぎていく。
「キラン、お前が何か言ってやれ。お前のポケモンだ」
 お前の、の部分を心なしか強調して、レンリが言う。そして、“私”に咥えられた袖はそのまま、立ち上がった。自然と彼女は中腰になる。

 キランが“私”を見る。ゴンドラが“私”の後ろを通り過ぎる。キランは黙っている。言葉が見つからないらしかった。

 ゴンドラが動く。レンリの姿勢は中腰で不安定だ。キランはまだ言葉に迷っている。

 とん、と“私”が後ろ足をゴンドラの中に乗せた。そして、高速移動で積み上げた素早さはそのまま、咥えていた袖を思い切り、引いた。
 きゃあ、と小さな悲鳴が聞こえた。レンリの体がゴンドラの中に入り込む。ゴンドラはまだ地面スレスレを動いている。
「ルーナ、何やってんだよ!」
 “おや”のトレーナーが鋭い声を上げると同時に、ルーナのすぐ傍に駆け寄って袖を離さずにいた顎を叩く。衝撃に耐えるようにできていない“私”は簡単に霧散する。キランはちょっと驚いていたが、すぐに身代わりだと分かったらしかった。
 なんだ、そういうこともできるんじゃないか。私は苦笑する。ゴンドラはまだ動いている。離陸まであと少し。

 私は電光石火で飛び出して、ゴンドラの中に飛び込んだ。同時に、二人が出られないようドアの傍に陣取った。ココロモリが素早く入り込んで念力で扉を閉める。さっきゴンドラが開いていたのは何故かって? 事情を知ったココロモリが協力してくれたのだよ。観覧車は上に昇り始める。

 ゴンドラの中で、キランがレンリを助け起こしていた。あまりレンリの方は助けが要りそうに見えなかったが、こんな場面もたまにはいいか。
 すいません、大丈夫ですかと一通り決まり文句があった。それから私は軽く怒られた。
「何が不満だったか知らないけど、騒ぎを起こすのは勘弁してくれよ」
 そう言って、キランはゴンドラの冷たい椅子に腰掛けた。トレーナーの顔を立てがてら、私はキランの隣に上がりこんでしおらしくして見せる。
「本当、何がいけなかったのかな。サンダースに進化したかったのか、それか僕のことが嫌いなのか」
 いつもの調子で呟いたキランを見て、レンリがおかしそうに笑う。
「これに乗りたかったんじゃないのか?」
「え?」
 キランが聞き返したのは無視して、レンリは私の身代わりに噛まれたコートを軽く払い、キランとは逆側の椅子に座った。そして、足を組む。何かを察した様子で私を見た。

 理由その二。どうせならこいつら二人を観覧車に乗せたい。しかしまあその為に……手間なこった。レンリをおびき寄せるか私が倒されるか、全く心臓に悪い賭けだったよ。
「ごたごたはあったが、まあ突発的な休暇だ」
 そう呟いて、彼女はゴンドラの外に視線を移した。キランは黙って、私の背を撫でていた。

 私はキランとレンリを交互に見ていた。キランは私を見たり、ココロモリを見たり、あるいはレンリを見ていたり。レンリの方は肩のバチュルをつついている時もあったが、大体は窓の外を見ていた。そして時折キランの方を見る。けれど驚くほどに、二人の視線はすれ違って噛み合わなかった。

 私も窓の外を見る。
 あちらでも電車や高層ビルから見られそうな、光の群れが見えた。あの光の一粒一粒にポケモンと暮らす誰かがいて、ポケモンのことを四六時中考えている誰かがいるのだ。そう考えると、とても奇妙に思えた。

 観覧車が頂上に近付く。いつか来るかもしれない、来て欲しいその瞬間に備えて、私は目を閉じた。すると、それを待っていたかのように、私の意識が闇に落ちた。何も見えなくなった。



「夢オチかい」
 目が覚めた。思わず声に出してツッコんだ。
 まあそりゃそうだよなー、と思いながら起き上がる。あれだ、寝る前に長老にもふもふされてイーブイになったという話をチャットでしたりとか、ポケストに投稿されてた小説読んだりとか、そういうことするから変わった夢を見るんだ。

 起きる。冷蔵庫を開ける。特に異次元に繋がることもなく、中にあった朝食を勝手に食べる。イーブイのぬいぐるみが干されていた。洗ったらしい。抱き締めたらもふもふしていた。

おわり。


【この物語はフィクションです】
【もう一度言うけどこの物語はフィクションです】
【この物語はフィクションです何度も繰り返します】
【もう私得話でごめんなさい】
【お好きに料理していいのよ】
【もふパラにさんくす! 音色さんにもネタ借りましたさんくす!】
【なんだか金色のもふもふしたものが伸びてきた】
【もふもふ】