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  [No.368] 【作品集】投稿短編 投稿者:MAX   《URL》   投稿日:2011/05/03(Tue) 13:07:12   53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ログ復元に向け、今年に入ってからの投稿作品をこちらに掲載します。

【批評していいのよ】【書いてもいいのよ】【描いてもいいのよ】


  [No.369] ホームセンター 投稿者:MAX   《URL》   投稿日:2011/05/03(Tue) 13:10:21   84clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

※スズメ氏の設定にあります、ポケモン世界のホームセンターを題材とした作品です。


 今日という日、オレはホームセンターにやってきた。
 相棒のイシズマイが進化して大きくなり、部屋の整頓にいろいろ棚とかが必要になったからだ。
 独り身だと部屋の狭さも考えずにモノを買い込んでしまうもので、常々反省を心がけちゃいるんだが……。
 さておき、ついでにイシ……いや、イワパレスにも進化祝いに何か買ってやろうというのも、ある。
 イシズマイとは体格が違うからな。とりあえず大きいエサ入れから考えていこうと思っている。ハサミでも壊れないような、頑丈な陶器のヤツをな。

 ホームセンターは好きだ。
 いろいろな生活道具があって、自分が使っているところを想像するだけで楽しい。
 モップや掃除機は学生時代を思い出すし、土建屋向けのチョッキとかは実用的な上にカッコいい。キッチン用品は調理風景がどう変わるか考えるだけでも心が躍る。
 とはいえ園芸用品など、日当たりの良いベランダのある家に住まない限りは、と現状ではとても無理なものを想像して空しくなることもあるが。

 到着早々、イワパレスがその園芸用品にひきつけられた。
 ポケモンを出したままだとこうなるんだよなぁ。まぁ、オレもそうだけど、承知の上でやってる人も多いからな。
 さーて、イワパレス君は何が気になったのかねー……除草剤?
 却下。行くぞ。
 ……あきらめろ。うちじゃ必要ない。その宿にも必要ないっての。
 ったく、店内を見回る前からコレかい。

 *

 店内にはポケモンの姿がちらほらと見えた。オレも同じだけど、目を離すなよ?
 ほれ、あのエルフーンも隣にトレーナーの姿がないし、なんか目ぇ輝かせてるし? ……トレーナーさん、あいつがなんぞやらかす前に引き取れよぉ?

 まず、工具や網棚などのコーナーを見て回った。こうして見ているだけで、日曜大工というか、部屋の改造アイデアがわいてくることもある。
 それにしても、ネジとか針金とか、太さが細かいんだよなぁ。使わないから関係ないけど。
 …………コイル、ココドラ、お断り、か……。流石にボールに戻すだろうさ、みんな。
 収納道具として、結束バンドやポールを何本かと、網棚を買った。こういうものは買う前に計画を立てておく必要があるし、今回ももちろん計画済みだ。ただちょっと衝動買いもあったけどな。

 次にポケモン用品を見てみた。ポケモンとひとくくりに言っても種類があるからな。タイプごとに棚が分けられていて、なかなかバラエティに富んでいる。
 ここ最近は、ゴーストポケモン向けのコーナーに野生のポケモンが入り込んだってニュースがあったが……あっちこっちで見かけるお札やうっとうしいまでのお香は、所謂 清めのアレってことか?
 ……待てコラ、イワパレス! その盛り塩は食い物じゃない! オヤツ買ってやるから、もうちょっと待て!

 虫ポケモン向けの商品を見ると……売れ筋はやっぱり甘いミツか。これ見よがしにたくさん並んでるな。
 しかしながら、うちのイワパレスは塩気のほうが好みだ。
 こんにゃろう、昔 ヒトが酒のつまみにと用意した大根の塩漬けをかすめ取りやがったからな。濃い口しょう油センベイを全部食われたことだってある。今となっては恨めしい思い出だ。
 とりあえず、エサ箱の他に、外骨格のためにカルシウムブロックでも買うか。ミネラルも入ってるし、たまにかじるだろ。

 岩ポケモン向けの商品は、イワパレスはむしろ岩が苦手だ。進化した今、宿も岩っていうか地層……土の塊だし、買わなくても良いだろう。
 こいつも使い捨てと割り切ってるのか、昔から宿への執着が薄い。とは言え、脱皮のたびにオレは次の岩を買わされてかなり辟易していたが。高いんだよ、そこそこの大きさの岩となると。おかげでローブシン印のコンクリート塊には何度も世話になった。
 今では地層なんて背負っているが…………“からをやぶる”なよ? 代えなんて知らねぇぞ、オレ。

 ついでに他のところも見てみた。
 悪タイプ向けにはサングラスとか偽タバコとか、なんだか“それっぽいもの”が売ってる。
 しかし……この香木とか、それっぽいクスリとか……大丈夫なんだろうな、いろいろと? 購入の際は身分証提示を、とか書かれてるし……。

 そして建物の隅の方にある炎ポケモンコーナーには、木炭や燃油キャンディ、耐熱手袋なんかが。ただ火気厳禁で対象の炎ポケモンを近づけないようにと警告が出されてるな。
 ……なんていうか、命がけなんだね、あいつらの相手って。

 ノーマルタイプ、というか獣ポケモン向けのコーナーでは、トレーナーの腕に抱えられたヨーテリーが、棚に並んだ缶詰を前によだれをたらしていた。
 「どれがいい?」なんて聞いてるが、その様子だと「全部」って考えてそうだな、そいつ。

 ……ん、サーナイト? トレーナーにおねだりか。賢いポケモンは面白いねぇ。でもあの辺って獣向けのグッズじゃ…………首輪?
 …………いやー、えらくなついてるね、あのサーナイト。行こう、イワパレス。自分たちには関係ないことだ。

 *

 そうして、なにかイワパレスに良い物はないかと見回ることしばらく。
 とりあえず店内にはもうないようなので精算をすませ、再び店外は資材などが並んでいるコーナーへ。
 そこで、イワパレスが異様な物に興味を示しやがった。

 壁材? タイル?
 今の壁に貼り付けるだけ?
 貼るだけで防水断熱?

 お前ってやつぁ、何かね?
 その見事な地層の上に、無粋な板切れを貼り付けようって言うのか?
 ロールキャベツを切ったような、歴史を感じさせるその断面を、お前はこんな寒々しいビルのようなタイルで埋めようって言うのか?
 水技や草技への対策か? 確かに岩ならどっちも苦手だな。このタイルも雨風への強さがウリみたいだしなぁ……。
 だが、断る。
 認められっか、そんなこと。するならあっち、園芸コーナー。苔むした岩、地層の上に広がる森、その風情はお前も分からないわけじゃないだろう。
 イヤか? 確かに苔は水で草だしな。だが毒をもって毒を制す、だ。

 ……そんな顔するな!

 わかったよ! お前の欲しい物買ってやるよ! タイルだろうがセメントだろうが買ったらぁ!
 気分は護岸工事だ! 利便性や安全性と、生い茂る自然やロマンとを天秤にかけて! えぇ!?
 だいたい高いんだよ、壁材は! お前の岩宿 包むとなったらどんだけかかるやら……!

 ……またそんな顔をする!

 いいよ、黙るよ! お前がそんな負い目を感じることはないの!
 これは自分のわがままなの! お前はバトルで勝ちたくて選んだんだろ?
 そりゃ横でぶちぶち文句言われちゃ気も滅入るってもんだろうけどさ、気にしなさんな。
 今回はお前の進化祝い。だから、優先するのはお前の意思。
 もうな、「からをやぶる」なんて絶対使いません、ってぐらいにしっかりしたヤツにするぞ。いいな!?

 ……漆喰もありっちゃありだよなぁ……あぁ、なんでもないよ。気にすんなよ。
 そうだ、柿ピーを買おう。お前好物だったろ?
 ……そーそー、喜べよろこべ。ほれ、店に戻るぞ、ついてこい。


「お買い上げ、ありがとうございました」


 買い物を終えた今、ベンチでコーヒー片手に休むオレと、その横でイワパレスがうまそうに柿ピーをむさぼっている。
 高い買い物だったよ、まったく。まぁ、イワパレスが嬉しそうだから良いんだけど。
 でもこれ、インチキにならないかなぁ……。バトルはあんまりやらないけど、ありなのかねぇ……。

 ……ん、食ったか。じゃ、帰るか。
 荷物が多いからお前も手伝え。お前の宿に貼り付けるもんだ。今のうちから重たいとかボヤくんじゃねぇぞ。
 ところで、網棚も背負えるか? ……あ、大丈夫? いける?
 いやー、助かった。網棚って抱えて歩くには重いんだよ。今回はお前が進化してて良かったよ。ありがとうな。
 帰ってからもいろいろやることがあるからな。今からいろいろ楽しみだなぁ、おい?


 *


 それからオレは、イワパレスの宿に泣く泣くタイルを貼り付けたわけだが。
 後日、バトルでその耐水性をいい感じに発揮してくれた。バトルをふっかけてきたトレーナーに「あり得ない!」といわれたが、結果オーライというヤツだ。
 しかしやっぱり納得できないというか、もったいないというか……。
 いつか相棒にもわかってもらえる日が来ると、オレはそう信じている。


  [No.370] 趣味について (微・残酷描写注意) 投稿者:MAX   《URL》   投稿日:2011/05/03(Tue) 13:14:05   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 その日、アタシはバトルで負けた。
 ポケモントレーナーとしては、いたって普通のことだと思う。
 常勝無敗なんてどこのキャラの設定よ、ってぐらいにあり得ないもの。ルーデルだって撃墜されてる。イチローも6割は打ててない。それが現実。
 とにかく、アタシの実力は凡百かそれ以下。だからこそ経験を積んで強くなろうと、どんな勝負でも真剣に勉強していた。
 勝ったときは、何がうまくいったのか。負けたときは、何に負けたのか。いつだって、バトルの度に反省してきた。
 だけど、その日のバトルはどうにも納得いかないものだった。


 *


 夏。大学近所の喫茶店。
 そこの窓際でかき氷を食べながらバトルの反省が、アタシの夏の過ごし方だった。

「ご注文の宇治金時です」
「ん、置いといて」

 ウェイターを見もせずに答えて、アタシは2枚並べたメモ用紙を睨んでいた。
 1枚はアタシのノーちゃん。ヌオーの女の子。一番の相棒だから、一番自信のある子だった。
 もう1枚は相手のイワパレス。この相手のメモに特徴を書いていって、反省に役立てるんだけど。
 アタシはただ1つ単語を書いただけで、そのメモを机にたたきつけた。

「……はぁ」
「機嫌が悪いな」
「ちょーっと納得いかないことがあってねぇ」

 ウェイターが親しげに話かけてきた。普通は咎められるところだけど、常連で気心の知れたアタシが相手だから誰も気にしてない。
 そもそもアタシが先に話しかけたから、こいつもアタシに話しかけるようになったのよね。
 そして今、店内にお客はアタシだけ。だから気兼ねなく、バトルの話ができる。

「あんた、イワパレスって知ってる?」
「んー? あぁ、あのでかい岩を背負ってる、ヤドカリ?」
「そーそ、岩タイプの、あれ」

 宇治金時を1さじ食べる。口もお腹も冷えるけど、煮えくり返ったハラワタは冷えない。
 スプーンを口にくわえたまま、イワパレスのメモを手に取り、見せた。
 書いてあるのは一言、「タイル」。

「そいつがさ、背負ってるヤドにみっちりタイル貼り付けてきたら、どう思う?」
「タイル? タイルって、床や壁に貼るあれか?」
「そのあれよ。雨風汚れにとっても強い、どっかの宣伝文句にあるようなやつ」

 喋る度にスプーンが揺れる。
 ウェイターは苦い顔でアタシがくわえてるそれをかすめ取り、かき氷に突き刺した。行儀悪かったかしら。

「そんなヤツが……やー、ヤド、だしなぁ……好きこのんでつけてるんなら、アリなんじゃないのか?」
「あり、ねぇ……。
 そんな趣味のシロモノに、アタシのノーちゃんは、技を弾かれて、黒星もらっちゃったんですけど?」

 そう。岩タイプを相手に、ノーちゃんは負けた。
 件のタイルが“だくりゅう”も“マッドショット”もキレイに弾いてくれて、“たきのぼり”で突っ込んだら重量の差で押し返された。
 そりゃぁ、こっちにも反省点は有る。すでにリストアップもしてるけど、ついつい「あのタイルさえなければ」なんて思っちゃう。

「不機嫌の原因はそれか? まー、確かに俺もおかしな話だとは思うけど、持ち物とか戦い方とかはトレーナーの自由だろ、実際の所」
「それはそうなんだけどね。あのタイルは有り得ないって。やりすぎ、反則よ。例えるなら、ドッコラーの角材に釘を打ちつけてくるようなものよ?」
「その例えはちょっと、倫理感を疑うなぁ。
 じゃぁ、反則じゃないんなら、お前……相手が“すくすくこやし”を投げつけてきたら?」
「あんたそれ真剣に言ってる?」
「やだなぁ、そんなわけないじゃないですか」

 なによ、その語尾に(笑)とついてそうなウザったい笑顔。今ただでさえでも機嫌悪いんだから、トレーナー同士のリアルファイトってやつ、アンタ相手にやってもいいわけ?

「いや待て、謝る、冗談だ。今度は真面目に言うから。
 その……タイルも、一応インテリアの一種じゃないか。そのイワパレスは、多分、自分の家の見栄えを良くしようとして、そのタイルを貼ったんじゃないのか?」

 それ、ちょっと苦しいわよ。なんとか絞り出したって感じだし。
 まぁ、あのテのポケモンが自分の殻を大事にするのは、わからないでもないけどね?

「そもそも、そのインテリアを思いつくことがおかしいと思うんだけど」
「そこはそれ。ヒトと一緒に暮らしていくうちに学んだ、ってことで。
 ……そうだな、そう考えると、不自然でもない」
「そぉーねぇー……大いに納得しかねるけどねぇー」

 出任せが案外 腑に落ちる内容だったって感じね。でもこっちはそうでもないの。
 負けて悔しいもの。苦虫とまではいかないけれど、アタシはかき氷の小豆を噛み潰した。

「といってもなぁ……ポケモンだって環境に馴染んでいくもんだよ。人間と一緒に生活していれば、そういうことを考えるヤツだっているだろうさ。
 例えば、光り物大好きなヤミカラスが宝飾に身を固めて、キンキラキンでバトルに出てくることも、あるんじゃないか?」
「悪趣味ねぇ。ニックネームはサチコEX?」
「それはガルーラの名前だな。
 他にも、防虫剤の臭いをプンプンさせたジュペッタとか、ドテラを羽織った寒がりのクルマユとか、いたとしても、そんなに不自然ってことはないだろ」
「んんー……確かに、なんとなく判るけど……」

 どうしたらそんな例えがポンポン出てくるのかしら。客商売してるだけあって口がよく回るわぁ。
 でも……アタシが素直じゃないだけかしら、どこか違うって思っちゃうのは。

「そりゃ、すんなり納得できないのは、俺も判るけどな。
 結局は、あれだ。オシャレだインテリアだってのが偶然バトルで役立ったって事だろう。ポケモンの持ち物は概ねトレーナーの自由だし。
 今回は、ちょっと珍しい例を見たってことで」
「珍しい、ねぇ。まー、そうそうあってもらっちゃ困るわよねぇ、こんなこと。
 答えのでないことだし、なんかイライラするだけだわ。負けたのは悔しいけど、この辺で大人しくしておくわよ」

 自分が駄々をこねてる子供に思えて、だんだん気分が悪くなってきた。あのイワパレス、次に会ったら……っていうか2度と会いたくないわ。
 胃の奥が熱くなって、多めにかき氷を流し込む。頭が痛いのはこれだけで充分よ。
 話題を変えよう、話題を。持ち物、オシャレ……そうだ、こいつのサーナイト。

「そうだ、持ち物と言えば、あんたのサーナイト。シルクのスカーフなんて首に巻いてたわよね。あれ、なに?」
「んー? なに、っつわれてもな。スカーフはスカーフ、一種のおしゃれってヤツだよ?」
「あんたのポケモンが? 非番の時でも無地のズボンとワイシャツしか着ないような、そんなあんたのポケモンが?」
「んん……なんだよ、悪いか?」
「……悪いけど信じられないわね」

 こいつがそんな、おしゃれに気を使うとはとても思えない。ノーマル技の威力向上のためだったら、もっと信じられない。

「技のため……つっても通じないよな、お前には」
「これでもトレーナーよ。持たせるならもっと別のポケモンにするって思うわ」

 こいつのポケモンなら“おんがえし”も高い威力を発揮してくれると思う。でもわざわざサーナイトにやらせるとなると、変態のやることね。
 …………こいつは変態だったわ。

「……だよなぁ。まぁ、とりあえず現物見せるから、まずはちょっと後悔してくれ」
「後悔ってなにさ。やっぱり何か隠してるってヤツじゃないの」
「ちょっと、人目に晒すには厳しいものがあるんだな、これが。
 おーい、イトウさん、ちょっとこっち来て」

 店の奥に声を投げる。その呼びかけに答えてエプロン姿のサーナイトが出てきた。

 こいつの変態たる所以は、まずネーミングセンスから始まる。
 さっきのサーナイトのイトウさんに、バシャーモのハシバさん、そしてミミロップのウサミさん。アタシは名前を聞いただけで正気を疑ったわ。
 バシャーモはともかく、ミミロップとサーナイトを連れてるっていう点も怪しい。どっちも♀だし。
 おまけに「モンスターボールが好きじゃないんで」とか ほざいていつもポケモンを出しっぱなし。
 店長さんも店長さんだ。こんな男をバイトに雇って、ついでにポケモンたちが人型なのを幸いと、制服のエプロン着せて一緒にバイトさせて。
 そりゃぁ、ゴーリキーが運送業やったり、カイリューが郵便屋さんするみたいに、ポケモンが働くことも無い訳じゃない。でも普通 飲食店にポケモンがいたら衛生面を疑われるでしょうに。懐が深いなんてもんじゃないわ。

 ともかく、近づいてきたサーナイトをこいつは「ちょっとゴメンな」と屈ませて、アタシの目の前でその首のスカーフをずらした。そこに見えたのは、首に巻かれたチョーカー……ん? チョーカーかしら?
 輪っかが通されてて、鋲が打たれてて……これは、首輪?

「……変態」
「え!? ……ってイトウさん、あんたなんでまだそれつけてるの!? 変な目で見られるから外してって言っただろ!」

 うわー、どん引きだわ。
 えっらい慌ててるけど、こいつは、なに? ボールがイヤなんて言っといて、そんなもんポケモンに使う? 理由なんてアレしか思いつかないけど……。

「あんた……前からそのテの趣味って疑いはあったけど、まさかサーナイトにそんなハードなシロモノつけてるとは思いもよらなかったわー……それもこんな公の場で」
「違う! これはイトウさんが俺にねだってきて……じゃなくて!
 見せたかったのは、こっち! この下! キズ!」
「キズぅ?」

 人目に晒すには〜とか言ってた割に大声で言うわね。慌てて外した首輪の下から、その“キズ”が出てきた。
 それは白い肌の、首周りだけ色がくすんでて、縫い目みたいで。
 ……なにこれ。

「期待通りの表情ありがとう。見ての通りの傷跡だ」
「え、これ……切られた? いえ、はさまれた?」

 喉元からうなじまで見てみるけど、同じように何かが食い込んで、それを縫い合わせたような傷跡がぐるりと走っていた。
 切られていたら、この子は今ここにいないはず。考えられるとしたら何かのハサミで……だけど、文房具のそれってわけじゃなさそう。

「……イトウさん、だっけ。ありがとう、もういいわ。
 ねぇ、あんた。このキズって……ポケモンの仕業よね?」
「だと思ってる。見つけたときから、このキズはあったからな」

 見つけたとき。
 コイツが言うには、ホウエン地方を旅行中に突然「死にたくない」という強烈なテレパシーが来たらしい。それで辺りを探ったところ、首から血を流したラルトスを見つけて、ポケモンセンターに運び込んだのだと。

「“ハサミギロチン”って、あるだろ?」
「知ってる。でも、使うにしても傷つかない程度に手加減はさせるはずよ?」
「野生じゃその限りじゃないだろ。あるいは、手加減をさせないトレーナーの場合とか」

 嫌味のような響き。こいつは、つまりこれを虐待の一種と見ていると?
 そーゆう八つ当たりみたいな物言い、なんでアタシにするかしら。

「……ひょっとしてケンカ売ってる? なら表出なさいよ。ポケモンバトルでもリアルファイトでも、アタシは受けて立つわよ」
「あー、ゴメン、誤解させた。お前がそういうトレーナーじゃないのは信じてる。あと表出るなら金払ってからで。
 ともかく、真相は知りようもないし、気分の悪くなる話はここまでだ。こんなキズ、見せてたら何度も説明しなきゃならない。それがイヤだから隠してる、でいいだろ」
「そりゃぁ……確かに、興味を抱かれても面倒なだけね。スカーフで隠す理由も判ったわ。
 だからって首輪をつけてたのは、趣味を疑うけどね」
「ぎッ……だからそれはイトウさんが……ってここでそれの話題に戻るのかよ」

 蒸し返すようで悪いわね。でもコメディがいきなりシリアスになるなんてちょっと付き合いきれないの。
 残り少ない溶けた宇治金時をすする。まだ何か言いたそうだったけど、「ごちそうさま」と器を突き返すと、コイツは口をつぐんで受け取った。弁解は聞く耳持たず、と判っていただけてうれしいわ。
 しかしまぁ、このサーナイトもコイツのポケモンだけあって、ということか。

「あんたのポケモンって、あんたが助けたから仲間になったってヤツばっかなのよね」
「あー? ……そー、だな。ウサミさんもそうだが、案外いるもんだよ、可哀想なことに」

 コイツの目が、いつになくマジなのになった。
 いつのことだか聞いた覚えがある。コイツは将来、流しのドクターになりたいと。
 捨てられたとか虐待を受けたとか、そーゆー可哀想なのだけじゃなくて、バトルで傷ついたポケモンも、助けてやりたいって考えてるらしい。
 だったらバイトや旅行なんてしてないでまじめに勉強しろよとは思うけど、それ自体は、立派な心構えだと思うよ。

「そういう経緯がないのは最初のハシバさんぐらいだ。どこに行ってもそういうポケモンがいて、助けるためにもボールを使うことになって……。
 あ、そうだ。この間 額から血を流したタブンネを助けたんだが。ありゃぁ“からてチョップ”かな。心当たりないか?」
「…………」

 たまーに、こう……返答に困ること言われるから、不安なのよね。
 こいつ、将来はトレーナー嫌いの医者になるんじゃないかしら。うわー、めんどくさー。

 返す言葉に迷っているそんなとき、出入り口のドアベルがカラカラと音を立てた。

「いらっしゃいませ」

 コイツも店員の一人。即座に頭を切り替えるとここを離れていった。食器を持ったままじゃ仕事もできないものね。
 雑談もここまで、か。
 メモを片づけながらバトルの反省をまとめる。結論で言えば「相手が悪かった」として諦めた。ホントは諦めるなんてイヤだけど、今回は特例。まともじゃない相手にまともにバトルをしようとしたアタシが悪かったんだ。……そう思わなきゃやってられない。

「お会計お願いします」
「少々お待ちください」

 荷物をまとめてカウンター脇のレジで支払いを済ませる。そのレジスターを操作するアイツのイトウさん。

「……文字も機械も覚えたの?」
「俺の教育のタマモノでござい」

 まだ人間の助けがいるみたいだけど、エスパーポケモンって賢いからなぁ。
 手際は悪くない、ってことは結構練習したのね。気心の知れたアタシを相手に実践ってこと?
 お釣りを受け取るとサーナイトから感謝の意のテレパシーが飛んできた。言葉にならないのは仕方ないわね。

「……まぁ、概ね良しって所かしら。お客との意志疎通がもっと細かくできれば問題なしよ」
「だとさ、イトウさん。バイトの雇用、後一息でいけそうだぞ?」

 でも横にいるアナタの主人の得意げな顔は、ムカつくからダメ。
 まったく、どうしてこんなこと考えつくかしら。ダメモトかも知れないけど、やらせる店長さんも店長さんよ。

「はぁ……前から給仕の真似してるのは知ってたけどさ。こんなことまで教え込むなんて……アンタそこまで金に困ってるの?」
「いやこれ、俺はフォローをしてるだけで、そもそもはイトウさんが自分からやり始めたことだから。働くポケモンなんて珍しくないだろ。
 あと、カネはここのバイトで必要充分だから」

 自分から、ねぇ。そもそも思いつくことがおかしいと思うけど……って、ちょっと前にも同じ事考えたような?

「……どうして人の真似なんてしたがるかしらねぇ」
「好奇心とかなんとか、理由はいろいろあるだろうけど、やっぱり一番は“ヒトとの生活で学んだ”ってことで」

 またそれか。今その言葉を聞くとドッと疲れるわ。
 ともかくお会計は済んだのだし、これ以上お店にいる理由もない。「ありがとうございました」とアイツの声を聞きながらアタシは店を出た。

 屋外にでた途端、夏の暑さが肌を焼く。疲れた気分がいっそう下がるけど、夏らしさだと諦める。
 あぁ、なんだか今日は諦めてばっかりだ。こんな気分じゃ良いバトルなんて出来やしない。今日はまっすぐ帰って、明日元気になろう。そうしよう。


 その後日、アタシが薬局に行ったところ、ノーちゃんが保湿クリームを欲しがるということがあったけど、それはまた別のお話。


  [No.371] とある男女の罵り合い (趣味について2) 投稿者:MAX   《URL》   投稿日:2011/05/03(Tue) 13:15:45   51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 昼下がり、アタシはいつもの喫茶店で、いつも通りに窓際の席でメモを並べていた。
 今日は他のお客さんもいるので1人で黙々と。といっても今日の成績は勝ち越しで、コジョフー君のおかげで良い勝負もできた。その上お店にアイツがいないとくれば、心は結構晴れやかだった。
 メモの上を走るペンは軽く、ブルーハワイのかき氷はいつもよりおいしい。まさに絶好調ね。あ、ちょっと頭痛い。
 調子に乗るなと自制しながら頭を叩いていると、ドアベルが新たなお客さんを知らせた。音につられて首が動けば、そこには馴染みの顔があった。

 なんでいる?
 まさかの登場にアタシばかりが驚いている。「いらっさいまし」と出迎えた店員さんは堂々とアイツをアタシのいる方に案内し始めた。おい、ちょっと?
 バシャーモとミミロップを引き連れて、こんちきしょうめが図々しくもアタシの真横に腰を下ろす。シフト交代には微妙な時間だけど。ってことは今日は非番ってわけ? ますますわからない。
 ちょっと店員さんや、コイツをここに連れてきてどうするのよさ。「ハシバさん借りるぞ」じゃなくて。説明責任ってないの?
 アタシがこうもうろたえてるってのに、コイツは「ブレンドコーヒーでな」とか言ってのん気に水すするし。

「……うろたえてるな」
「あったりまえでしょ。あんた店員じゃないの、バイトだけど。非番の日に勤め先に来るなんて、思う? あと、なんでアタシの隣に来るわけ?」
「順番に答えるぞ。店に来たわけだが、なんと、イトウさんがバイトに認められてな。今日から働くってんで、様子を見に来たんだ」
「はぃい?」

 言われてみれば、今日のコイツはサーナイトを引き連れてなかった。てっきり家政婦でもやらせてるのかと思ってたけど、すでに店にいるってわけだったのね。
 しっかしまぁ、店長さんってば、なに考えてるのかしら。

「ちょっと、ここ何時からポケモンオッケーの店になったのよ」
「いつからって、俺が働き初めた頃からだが。……だいぶ前だな」

 昔を思い出しながらコイツが言った。その様子だと1年2年じゃなさそうね。
 つまりなに? ここの店長さんはコイツを雇って、一緒にポケモンたちを置いとくために、わざわざ危ない橋をこんな長いこと渡ってるってわけ? 行政や保健所は? もう認可もらったの?
 信じられないものを見る目で、アイツの隣に座るミミロップを見た。

「…………あんた、優遇されてるわね」
「どうかな。トレーナー向けの飲食店にならっただけだろ」
「ここ茶店よ? どこぞのレストランとは訳が違うじゃない。ポケモンバトルが起きるようなとこじゃ……あー……」
「なんだぁ? なにか思い当たる節でもあったか?」

 あ、自分で言ってて思い出した。訝しがるアイツの顔から視線が明後日の方角にずれる。
 シンオウ地方、モーモーミルクカフェ。バトルのできる喫茶店……。
 友達の読んでる雑誌にあったわ。ウェイトレスの格好が悪趣味って印象しかなかったけど、あれもニーズに応えた結果ってことなの?

「……ありなの? これは、衛生面とか、別の話なの?」
「そう頭ん中だけで悩まれると、こっちはイマイチわかんないんだがな。
 とりあえず、頭冷やすか?」

 鼻先に突き出されたスプーンに気づいて見れば、アタシのかき氷をひとすくい、差し出していた。
 そのスプーンを受け取って口に運ぶ。冷気と甘味が頭に広がり、少しだけ気が落ち着いた。うん、甘いものは良いわ。

「…………ノリの悪い」
「なに?」
「いーえ」

 ずずぃ、と水をすする音。
 なによ、残念そうに。アタシなにかおかしなことした?

「2つめの質問に答えるぞ。
 ここに座ったワケだが、俺は店員の案内に従っただけだ」
「なに、偶然だって言いたいの? まっすぐこっちに来ておいて」
「あいつの作意だよ。文句はアッチに言っとくれ」

 責任転嫁? まぁ実際その通りだけどさ。

「あの店員、あんたの仕事仲間でしょ。あんたから何とか言っときなさいよ」
「あー、わかったよ。
 そうだな、俺もお前のキツいセリフばっかり聞いてると心が荒んじまいそうだ」
「キツくて悪かったわね。まったく、なんでこんなところに連れて来るかしら」
「そりゃお前が常連だからだろ。俺も、なんだかんだで気心が知れてるからねぇ」
「あー、それは認めるわ。アタシも、毎日ってほどじゃないけど来てるし。すっかり常連だからねー。
 でもねぇ……」

 常連は認める。気心が知れてるのも。でもやっぱりね、

「あんたと顔つき合わせるように進めた店員の気だけは知れないわ」
「おぅ、イヤか」
「イヤね」

 正直に端的に言うとコイツは、ひどいヤツだと言わんばかりにぶっきらぼうに返してきた。

「おーおー、言うこったぁねぇ。
 こんなでも俺がいなきゃぁ お前、話し相手もいないでこんな窓際で。寂しいったら無いでしょうに」
「話し相手がいると楽しいのは認めるけどね?
 アタシは別に寂しくないし、あんたは口やかましいの。今日だって、他のお客さんがいるからアタシは静かに勉強してるのよ」

 言って、メモ用紙をペン先で突いた。時と場合をわきまえろって、わかるでしょ? バイトの店員。

「店の評判悪くしたくなかったら、今しばらく黙ることね。でないと、店長さんも黙ってないでしょ」
「っかぁ〜……」

 返す言葉も無いのか、いよいよホントに荒んだか。コイツはアタシから顔を逸らすとミミロップの方に向けてぼやき始めた。

「ウサミさんや、どう思うよ。
 この女の冷たいこと。きっとかき氷ばかり食ってるから腹の底まで冷たくなっちまったんだ。
 ツンベアーもまっつぁおのツンツンぶりだぜ、これは」

 好き放題 言うわねぇ。あんた後でオモテ出てもらうから。
 ミミロップも反応に困ってるじゃない。あんたの言葉は人間でも難解なんだから。ポケモンにはとても通じないっての。

「ホントこいつといると荒むよ……。
 ウサミさーん、ちょっとこっち来てくんないかな」

 そうコイツが招くなり、ミミロップはそりゃぁうれしそうに膝の上に座ってみせた。コイツもまた、ミミロップの耳をフサフサと撫でては満足そうな顔をする。

「おぉよしよし、お前さんはホント素直でかわいいよ。あれだな、アニマルセラピーってヤツ。勉強してみようかね」
「……お楽しみのところ悪いんだけどさ。気持ち悪い絵よね、それ」
「そうか? 毛並みの感触に心を癒すなんて、至って普通だろう」
「そこだけ聞くとね。相手がミミロップじゃなかったら、アタシも至って普通に見てたと思うわ。
 そのミミロップも、耳撫でられてウットリしちゃってまぁ。なぁんかヤラシいのよねぇ」
「俺のブラッシングが悪くないって証拠じゃないの。ミミロップの耳は敏感でなぁ、気を使うんだよ、これが」

 敏感なら尚のこと、そうやって撫でて良いもんじゃないと思うんだけど。
 そんなアタシの視線を受け止め、コイツは「しかしな」と続ける。

「これだきゃぁ言っておく。そういう目で見るんじゃぁないの」
「あぁん?」

 なんでアタシが悪いみたいに言われなきゃならないのよさ。アンケート採ったら100人が100人、コイツがおかしいって言うわよ、きっと。

「公の場でイチャコラしておいてよく言うわねぇ。どういう目で見られてるか知ってるんなら余所でやんなさい、ヨソで。
 そういうことしてるから趣味疑われてるって、判ってんの? あんた」
「しゅみぃ? なんだい、俺がケモノ趣味だってか? そんなわけあるかぃ。俺だって人間の女の方が良いっつの。
 だいたいそんな趣味だったら尚のこと、こんなことしてて平気な顔してられないでしょうに」
「あー、そう言われたらそうねぇ。特に鼻息も荒くなってないし。ゴメンね、誤解してたわ」
「お前も疑ってるクチだったのかぃ」

 心外とばかりにムクレてしまった。でもねぇ、あんた、そのミミロップの懐きようを見たら疑いたくもなるわよ。
 わかる? あんたのミミロップ、あんたが「人間の女の方が良い」って言ったら、目に涙浮かべたのよ? 何やったらそこまで懐かれるのさ。

「……なんか言いたげだな?」
「いーえ、なんにも。ただ、ほんっとに良く懐いてるわよね、って」

 言いながら、その時アタシは友達とのやりとりを思い出していた。

 コイツの疑惑はこの辺じゃわりと有名で、あの時は「あいつ、いつかポケモンと間違い起こすわよ」なんて話で盛り上がっていた。
 そのうち話が「いつ起きるか」で賭になって……。

「賭ける? 一応、私は“夏のうちは無い”にイチゴサンデー1つ」
「あれ、分の悪い方に賭けるね」
「言い出しっぺだもん」
「じゃ私は“夏のうちに起きる”にチーズケーキ1ホール」
「あらま、強気に出たわねぇ。ひょっとして太らせようって魂胆?」
「それぐらい賭けないとつりあわないってだけよ。あんたは?」
「んー? ……アタシは、夏のうちに“押し倒される”に氷いちご1杯」
「あー……」
「あー……」

 そのときはそれでみんな納得してしまい、賭はお流れになった。

 つくづく思うけど、コイツはどうしてこう、趣味を疑われるようなことばっかりするのかしら。
 連れ歩くにしても、サーナイトの時点で薄ら疑惑が立つようなものを、ミミロップでさらに濃厚になるってわかるでしょうに。
 コイツがそれすらわからないような純情ハートな野郎ってことは、いくらなんでも有り得ないわ。

「一応聞いておくけど、そのミミロップとは何があって仲間にしたわけ?」
「ウサミさんか? あー、以前シンオウ地方に行ったときにな、とある街の路地裏で出会ったんだよ」

 町中で? 珍しいこともあったものね。ミミロップ自身、懐いてなきゃ進化しないような、野生じゃ見かけないポケモンなのに。

「路地裏って、なに、捨てられてたの? 変な話ねぇ。ミミロップって結構人気のポケモンだと思うんだけど」
「事情は知る由もないけどな。飽きられたのか、捨てざるを得なかったのか。なんにせよ、あの時の様子じゃウサミさんにとっちゃ不幸でしかなかったよ」

 確かに、コンクリートジャングルで独り、ってのは不幸以外の何物でもないわね。
 それから話を聞いたところ、イトウさんの協力で信用させて、保護という名目で仲間にしたらしかった。まさに警戒心の塊だったそうだけど、イトウさんのテレパシーを使って意志疎通を図り、少しずつ馴染ませていったとのこと。
 キレイ好きで知られるポケモンだけど、その毛並みも、毛繕いをする余裕も無かったのか、出会った当初はミミロップと思えないほど乱れていたらしい。今じゃ普通にキレイなのは、それだけコイツがこのミミロップを大切にしてるってことなのよね。

「そういえばあんた、ブラッシングもしてるって言ってなかった?」
「あぁ、言ったぞ。耳を触っても怒らなくなった頃からだな。試しにやってみたらえらく喜ばれてな、今じゃ俺にせがんでくるよ」
「あらま、うれしそうに言うわね」
「そりゃぁな」

 そこまで許されるってことは相当懐いてるってことなんでしょう。それとも人を信用できなくなった反動で、コイツに思いっ切り甘えてくるようになったのか。
 まぁ、ポケモンに懐かれるのはコイツも嬉しいってことよね。アタシだって、隙あらば人に“とびげり”かますような荒くれコジョフー君が、アタシを認めてくれたときは嬉しかったもの。
 ……とは言ってもねぇ。コイツはブリーダーとしては結構いい腕してるとは思うんだけど、趣味が、ね。コイツは否定してるし、納得できる説明もあったけど……。

「ところでさぁ」
「なにか?」
「その右手は、無意識の所業?」

 アタシの目が腐ってなければ、コイツの右手がミミロップの内股を撫でている様に見えるんだけど。

「……おっといけねぇ。
 メロメロボディって怖いなぁ。危うく疑惑が再燃するところだった」

 知らず知らずということなのね。
 うん、「危うく」じゃないから。これでもうあんたの疑いは確信に変わったから。コイツは涼しい顔でそういうことをするヤツなんだ。今にポケモンと間違い起こして、社会的に死んでしまえばいい。
 そう考えた時点で、アタシもふと冷静になった。コイツといると、どういうわけかいつも以上に刺々しくなる。
 何かしら。悪口の相性が良いとか…………我ながらワケが分からないわ。
 などと考えていると、濃厚なコーヒーの香りが鼻に伝わってきた。そういやアイツがブレンドコーヒーを頼んでいたかしら。しかし店員からは声がない。

「ん、おぉ、こういう具合なんだ。イトウさん、ありがとうな」

 イトウさん? 何かと思えばそこにはエプロン姿のサーナイトが。
 そのサーナイトと目が合うと、笑顔とともに感謝の意がテレパシーで飛んできた。毎度どうもってわけ?

『まいど、ありゃぁとぉ、ござぃぁす』

 あら、これは……言葉のお勉強? テレパシーで音だけマネてみたって感じかしら。第1歩としては、上々じゃないかしら。
 お返しにアタシから、「毎度、ありがとうございます」と人間の女性の声で返してあげた。すると、サーナイトは嬉しそうに笑うとアタシの声をそのままに送り返してきた。
 自分の声をテレパシーで聞くなんて、ちょっと不思議な体験。自分の声だから若干の気色悪さはあるけど、ま、役に立てるなら結構ね。すこしだけ良い気分になって、かき氷を食べる。

「イトウさんには優しいんだな、お前」

 そんな気分をぶち壊す、あんにゃろうの声。

「お黙んなさい。あの子はあんたみたいなクソ生意気な性格してないの。
 もしあんたが自分にも優しくしてほしーなんて思ってるんなら、あの子の穏やかさを少しは見習うことね」
「クソ生意気と来たか。どんな生活してたらそこまで口が悪くなるやら。
 お前こそイトウさんの性格を見習うべきだと思うね、俺は」
「大きなお世話よ。アタシみたいな女をキツいと思うなら、あんた、世の中の女の7割はキツいことになるわよ。
 それともなに? キツいのはイヤだから素直で可愛いポケモンちゃんに走る? そのミミロップなら喜んでくれると思うけど」
「バカ言っちゃいけねぇ。俺だって人間だよ。たとえ性格悪くても人間の女じゃなきゃ恋愛できねぇさ。世の中にお前みてぇな、腹の中にフリージオが住んでそうな女ばっかりでもな」

 カッチーン。

 うっわー……今のカチンと来た。
 あー、ダメ。今すぐコイツ、ぶん殴り飛ばしてやりたい。でもダメ、押さえて、アタシ。ここは人前。店の中。暴れるのはNG、出入り禁止になっちゃう。
 とりあえずかき氷。頭を冷やしましょう。ブルーハワイの青は澄んだ色。見た目にもキレイ。

 ……これだけじゃ足りないみたい。

「店員さん、すみません。アイスコーヒー、お願いします」
「アイスコーヒーですね、かしこまりました。あ、かき氷の器、お下げしますね」

 頭の痛みを堪えながら注文する。コーヒーは落ち着くもの。ちょっと苦いけど、冷たいコーヒーで怒りを散らさないとダメみたい。

「…………えー?」

 ふと振り返ったとき目に飛び込んできたのは、カウンターの向こうでアイツのバシャーモが、燃える手をサイフォンの下に挿し入れている姿。
 ハシバさん、だっけ? コーヒー係? 燃料代の節約になるとは思うけど……。

「おぅ、ハシバさんのコーヒーか。できればホットで飲んでほしいもんだな」

 いや、あんたね。……バシャーモが、コーヒー?

「ハシバさん、俺と同じ頃からずっとアレやってるんだよ。今じゃ火加減の調整も上手くなってなぁ、コーヒーの味も安定するようになったよ。
 店長からもオッケーもらったし、もう普通に店でも出してるぞ。今だって、俺も飲んでるし」
「あれ保健所に突っ込まれなかったの? 流石にあれ、有り得ないでしょ」
「そう言うなよ。コーヒーのブレンド自体は店長がやってるんだし。
 それに、サンヨウシティだっけか。あそこのレストランでも似たようなことやってるだろ。ほれ、ポケモンの葉っぱや水がお茶の材料になるとか。アレに比べりゃうちなんてまだまだ」

 いやそれと比較しても……。
 なんていうか、ここに来てアタシはドッと疲れた。突然 妙な物を見せつけられて、怒りもすっかり霧散してしまった。それ自体は結果オーライなんだろうけど……。
 この店はどうなるんだろう。そう思いながら、イトウさんの持ってきたアイスコーヒーを飲む。苦みが強く、氷で薄くなると見越して濃い目に仕上げてある。勉強したのね、あのバシャーモ。
 実際、アイスコーヒーを飲み終わる頃にはアタシの頭もだいぶ落ち着いていた。これは店長さんのブレンドか、はたまたバシャーモの腕によるものか。
 ともかく、頭も冷えた以上、店に長居するのも迷惑だと思えた。そろそろ店を出ようかしら。

「まー、イトウさんもがんばってるみたいだし? アタシはそろそろお邪魔ましょうか。
 あんたはどうするの?」
「ん? あー、どうってもな。ハシバさん連れてきて、イトウさんの様子見て……あとはなんもないな」
「あ、そう。だったら、ちょっと来てほしいんだけど」
「んえ? ……あぁ、いいけど、なんだ?」
「ちょっと話が、ね。ここじゃ難しいこと」
「へー……そうかい。じゃ、俺もお暇するかね。
 ……そうだ、代金、俺が支払うわ」
「は?」

 コイツはいきなり何を言い出すの? アタシの伝票 掠め取って、奢り? やめてよ、デートじゃあるまいし。

「いや、俺の暇つぶし、話し相手のお礼ってことで」
「ふーん、ならいいけどさ。ホントわかんないわね、あんたも」

 わかんないけど、儲けたと思いましょうか。でもコイツってそんなに寂しいヤツだったかしら。そりゃポケモンと一緒の姿ばかりで、浮いた話なんて微塵もないけどさ。
 ……ま、アタシのやることは変わんないけどね。

「……待たせた。んで、どこに行くんだ?」
「とりあえず、ありがと。それじゃぁ……オモテ出ましょうか」
「あぁ、案内頼むわ…………あ?」


 *


「ツンベアーも真っ青って、なにさぁ!」
「え、待っ……あっぐ!!」
「腹の中にフリージオって! えぇ!? アタシゃそんなに冷たいかしら!?」
「ちょ……ウサミさっ、助け……! お前、騙したなぁ!?」
「肉体言語よ! このアホンダラ!!」
「屁理屈……っぁあああああ!!」

 ……よし。

「さて、申し開きは?」
「こっ……今回は、俺が言い過ぎました……」
「わかれば良し」

 これくらいで勘弁してあげましょうか。
 あんまりやりすぎても悪いわよね。知り合い友達に避けられるなんて、寂しいし。……たとえ相手がコイツでも。

「口は災いの元。わかったんなら少しは減らず口を控える事ね」
「お前もな」
「なにぃ?」
「ハイ、ワカリマシタ。しかしな……あんまり厳しくされると、俺も拗ねるぞ?」

 拗ねるぅ? 何を世迷い言をぬかしてるんだか。でも、そうねぇ……少しぐらいなら。

「はい、オボンの実」
「……ワァ、アリガトォ」
「それでも食べてしっかり休んで。次に会うときに身体が痛いとか、グチグチ言わないでよね」
「わぁかったよ。……ったく、泣けてくるぜ」
「泣く元気はあるんだ?」
「おー、涙も出ねぇぜ。頼むから帰ってくれ」

 ん、そうまで言われちゃ帰るしかないじゃないの。
 まぁ、だいたいスッキリしたし。今日は夢見も良さそうだわぁ……。



「いっつも思うんだが。お前ら、仲良い割にくっつかねぇよなぁ」
「勘弁してくれ……」


  [No.372] 晩秋の夜の夢 (趣味について3) 投稿者:MAX   《URL》   投稿日:2011/05/03(Tue) 13:17:35   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 晩秋。
 アパートの自室にて、窓を開け、下降傾向の気温を肌身で感じる今日この頃。
 人間の俺はそろそろワイシャツ1枚では寒いと感じるようになり、そしてミミロップのウサミさんは生え変わりの時期を迎えていた。
 都合よく今日は大学の授業が無く、バイトは午後から。というわけで、午前のうちにブラッシングと相成った。

 折り畳み式の安物ベッドに腰掛けて、同じく布団に座らせたウサミさんの背中にブラシをかけていく。撫でる度にブラシが毛を絡めとり、お役御免となった夏毛がバラバラとこぼれ落ちる。
 後始末を考えると正直うんざりだが、やっておかないと抜け毛をあちこちにばらまくことになる。今の内に落とせるだけ落としておかないと、ただでさえでも大変な掃除が輪をかけて、というわけだ。
 もっとも、毛繕いはミミロップにとって当たり前の行いだから、俺がやるのはせいぜい手の届きにくい背中ぐらいだが。耳や手足、胴体あたりはウサミさんが自分でやっていた。

 …………はい、背中はこんなもん。あとは尻尾のあたりだな。ちょっと寝そべってくれ。
 うつ伏せになったウサミさんの腰や尻尾にブラシをかける。フサフサの尻尾は手間取ったが、それもどうにか片づけて、ついでに背中全体を軽くブラッシング。
 軽くやるとき、ウサミさんは手櫛でやると喜んでくれる。ブラシの方が毛並みには良いんだが、ミミロップはトレーナーに懐いてこそのポケモン。やはり撫でてもらうということがうれしいんだろう。
 そう、ウサミさんも本当は誰かに懐いていたんだ。それがどういうわけだか……。

 背中の毛並みを探れば、鉛筆ほどの直径のハゲが点々と見つけられた。ここだけじゃない。腕や太股、身体のあちこちに、毛並みに隠れたハゲがある。
 火傷。素人の見立てだが、原因はタバコの火を押しつけられたことだろう。

 始めて会った時を思い出す。あの頃、ウサミさんは人間に強い警戒心を、そして炎に過剰なまでの恐怖を抱いていた。
 人間の俺への警戒心はサーナイトのイトウさんが仲介してくれたから早めに落ち着いたが、炎タイプのバシャーモであるハシバさんに馴染むのにはえらい時間がかかった。あれは、ハシバさんが炎の熱を押さえ込むよう猛特訓した末に、ようやく近づくことが出来るようになったんだったか。
 ハシバさんには無理をさせたなぁ。本当に、なにがあったのやら……。

 気がつくと、ウサミさんが目を閉じていた。規則正しい呼吸。寝ているのか? つまりそれだけリラックスしたってことか。
 起こすのも悪いか。ちょいと早いがバイトに出るとしよう。抜け毛がひどい内はウサミさんは店に連れていけないし。
 軽く準備を整え、部屋の窓を閉める。毛皮があるから平気だとは思うが、俺にとっては寒いんで、一応。
 ……イトウさん、行くぞ。それじゃハシバさん、ウサミさんのことよろしく。悪いけど今日は帰りが遅くなるんで。飲み会の誘いがあるんだな。


 *


 バイトが終わり、そして飲み会もほどほどで解散となった。そして俺は、不機嫌を隠そうともせずに夜道を歩いていた。

「あ〜んの野郎どもめ……嫌がらせにもほどがあるぜ……」

 独り言が漏れる。しかし酒の影響が無くとも、そんな愚痴も言いたくなるほど状況は悪かった。
 同僚の男2人と楽しげに酒飲みかと思ったら、あいつら、いつの間にか女3人つれてきて合コン風にしやがった。
 酒の席のにぎやかな空気は好きだが、俺は酒が入ると口数が少なくなるタイプなんだ。仲間内なら理解があるから問題ないが、合コンみたいな喋らなきゃいけないような状況は好きじゃないんだよ。
 しかし1番の問題は……、

「いやぁ〜ははぁ、世間って案外 狭いんねぇ〜。アタシの友達が、あんたの同僚とデキてるなんてぇねぇ」

 なぁ〜んでお前が参加してて! 酔いつぶれて! 俺が面倒みなきゃならなくなるんだよ!
 店の常連の女トレーナー。かき氷をメニューから外してから来ることも減って、バイトが楽になったと思っていたのに……。
 こいつは、飲み会にひょっこり現れて、友人たちに誘われるままにホイホイ酒飲んで、飲みつぶれて、今、こうしてッ……!

「はぁ〜〜〜〜っ…………ごめんな、イトウさん。面倒かける」

 俺とイトウさんで左右から肩を貸しあって、こいつをやっと歩かせていた。
 イトウさんから大丈夫という感情が伝わってきて、さらに申し訳なくなる。本当に、こんな面倒なことに巻き込んじゃって……。

 どうしてこんなことに。思い出すのは飲み会が終わって解散するときのこと。俺らを除いた男女2組のうち、一方は素直に解散したんだが、もう一方が妙な動きを始めやがった。
 酔いつぶれたこいつを介抱するかと思ったら、いきなり俺の方にお押し付けて……!


「その子の介抱は普段から話し慣れているお前にしてもらう」
「なにぃ? おい、ちょっと待て」
「いやぁ、すまんね。おれ、その子のうち、知らないし」
「わたしもなんですよね〜。いやぁ友達として恥ずかしいわ〜」
「恥知らずな真似してよく言うよ。俺だって知らないんだから」
「アタシ知ってるぅ」
「そりゃお前の家だからな。酔っ払いは少し黙れ」

「とにかく、だ。おれたちはこの後ちょっと用事があってな」
「ホテルに行くんですよ〜」
「おーい、いきなりバラしちゃ恥ずかしいじゃないか」
「恥ずかしい関係じゃないですよ、わたしたち〜」
「おーおーウザってぇなぁオイ?
 俺にこんな厄介事押し付けといて、お前らは夜のプロレスごっこかぁ? 怒るでしかし!」
「そー言うなや。飲み会の後にはつきもんじゃないか、こういうことも。
 なぁ? キミもこいつの部屋、見てみたいよなぁ?」
「えぇー? あー、興味あるわねぇ」

「というわけだ。頼むわ」
「オメェンチニじゅぺった送リツケテヤル」


 ……あいつら、今頃よろしくやってんのかねー。恨めしいったら……呪われろぉ。

「あぇ〜、どこ連ぇてくのよぉ?」
「俺のアパート。お前んち、知らないからな」
「やぁだ、エッチ」
「警察なら引き取ってくれるかなぁ……」

 イトウさんから咎める感情が来た。普段なら冗談だって言うところだけど、今回ばかりは本気で思ったから素直に謝った。


 *


「ただいま……」
「お邪魔しぃます」

 夜は9時過ぎ。宣言通り遅くなったわけだが、アパートにつくなり溜め息が出た。
 招かれざる客を連れてきて、ハシバさんもウサミさんも、きっと戸惑うだろうなぁ。
 案の定、俺を迎えたウサミさんが意外な人物に目を丸くした。しかし、そんな俺の目には見慣れない物が。

「どしたの、ウサミさん。そのタマゴ」

 ウサミさんが大事そうに抱えている……多分、ポケモンのタマゴ。
 イトウさんも困惑をテレパシーで伝えてきている。いったいどこから持ってきたんだか。

「何があった……何してんのさ」

 部屋に入ればハシバさんが、片隅で膝をそろえて正座していた。なに、この「申し訳ない事しました」って姿。
 俺としては状況はさっぱりなんだが、しかし意外にイトウさんから、納得の意のテレパシーが伝わってきた。どういうことだ?

「イトウさん、何か知ってるのか? 俺はちょっと、わからないんだが……」

 そう言うと、イトウさんは苦笑いを浮かべてテレパシーを送ってきた。
 内容は、ハシバさん、ウサミさん、愛情。……愛情?

「なに?」

 続けて、布団、シーツ。……見れば確かに、ベッドのシーツが洗った後みたいになってる。ウサミさんの抜け毛が残ってるから、帰ってからガムテープで掃除しようと思ってたんだが。
 視線を動かし、ハシバさんを見る。縮こまっていたのがさらに縮んだような気がする。
 続いてウサミさんを見れば、恥ずかしそうに視線を逸らして、タマゴを抱き直した。

「……そーゆうことかぃ」

 ハシバさんは生真面目だし、ウサミさんは俺に甘えてばかりだったから、まったく予想してなかったよ。いつの間にか発展してたのね、君たち。
 知らなかったのは俺ばっかりかぃ。なんか悔しいなぁ。身近な相手が知らない間に進んでるっていうのは、なんとなくすっきりしないものがあるねぇ。

「いやはや、まぁ……今後も仲良くな」

 そっかぁ〜……いやまぁ、ハシバさんがウサミさんの心の助けになってくれるんなら、俺は素直にうれしいよ。ウサミさん、結構ツラい経験してきてるからさ。
 いやはやしかし、なんか大事なこと忘れてないかな……。


「あ。……ごめん、出そう」

 こいつ連れてきてんだった。忘れてた…………なに? 出る?

「イトウさん、トイレっ!!」
「ぅぁぁ……揺らしたら…………ぅ」


「ぅぁああああああああ…………」

 うわああああぁぁぁぁ…………。
 何が悲しくてこいつ家に連れ込んでまでリバースさせなきゃならないんだよぉ〜……。

「飲み過ぎだオマエ……」
「ぅぁ〜……」
「はぁ〜……イトウさん、こいつ落ち着いたらシャワー浴びせてやって。服脱がすの、俺がやるわけにいかないからさ」
「やぁん、エッチぃ……」
「言ってろ、ボケ。
 暴れるようなら“サイコキネシス”で押さえつけてもいいから。面倒押し付けるようで悪いけどさ……」

 本当なら俺もシャワー浴びて早く寝たいところだけど、今日はそうもいかないみたいだ。イスに座ろうとしたら勢いがついてドスンといった。酒と疲労と罪悪感で身も心もグッタリです。
 ひどい状況だとは俺も思う。イトウさんはこう言う時とばっちりを受けてばかりだ。それでも「大丈夫」と、苦笑い程度で引き受けてくれる。ホント、イトウさんの献身は心にしみるよ。
 イトウさんが人間だったら、あるいは俺がポケモンだったら、今頃結婚を申し込んでいるところだよ……。現実じゃ有り得ないが。

 シャワー室から響くにぎやかな声と水音が、逃避しかけた俺を現実に引き戻した。……そうだ、バスタオル用意しとこう。足拭きマットもだ。
 …………あぁそうだ、ウサミさん。悪いけどウサミさんにも面倒事、いいかな。
 首を縦に振ってくれた。ありがたいねぇ。それじゃぁ、あいつの下着、軽く洗濯しておいてくれない? 洗面所で水洗いだけど。
 …………あぁ、ありがとう。キレイ好きのミミロップは流石だよ。これも俺がやると後で騒動になるからねぇ……。あ、タマゴは預かるから。よろしく頼むよ。

 ハシバさんは、洗濯の後で頼みたいことがあるから。……とりあえず、正座はもういいだろ。
 どこでそんな仕草覚えたんだか。俺は教えてないぞ?


 それからしばらくして、洗濯が終わった下着をハンガーや洗濯バサミで吊し、俺はハシバさんにうちわを渡した。
 左手に火をつけ、右手のうちわで熱風を扇ぐ。ハシバさんには、乾燥を急ぐために一役買ってもらうことになった。これもまた、俺ではできないことである。
 それも20分ほどして、シャワー室から「終わった」とテレパシーが飛んできた。ウサミさんに下着を渡し、あいつにさっさと着替えてもらう。

「ねぇー。あんた、アタシの下着、見たぁ?」
「あー? 見てないよ。全部イトウさんとウサミさんにやらせたんだ。わかるわけねぇだろ」
「そーねぇ。ありがとうねぇ、イトウさん、ウサミさん」

 知らぬが仏なり。嘘もつかねば仏になれぬ、ってな。面倒を回避だ。
 着替えの終わったあいつと入れ替わりに、今度は俺がシャワーを浴びる番だ。重い腰を上げ、下着と寝間着とタオルを持って、シャワー室に足を運んだ。


 *


 シャワーを浴びて多少は疲れもとれたところ、部屋に戻れば俺の寝床に酔っ払いが寝ころんでいた。

「ふぁー……男臭い」
「男の布団に入ってんだ。当たり前だろ」

 何やってんだよ、こいつは。
 そりゃぁ異性の布団の臭いなんて、緊張するもんだと思うけどさ。こいつはなんだ? さっきから呆けてるように見えるんだが。酔いがひどいか? それとも のぼせたか?

「まー、とりあえず。男臭いと思うけど、そこで一晩寝てくれ。
 掛け布団は……そーだな、バスタオルがあるから、タオルケットとして使ってくれ。風邪引かれても困るからな」
「ポケモンたちはぁ?」
「適当な場所で寝るだろうさ。毛皮があるから、外じゃなければ風邪も引かないだろ」
「じゃー、あんたはどこで寝るのさ」
「俺か? あぁ、イスで寝るよ」

 それしかあるめぇ。布団は占領されてて、床は寝るにはキレイじゃない。となればイス寝は必然。腐っても医者を志す者として、寝る場所に贅沢は言ってられない。

「ふー……ん」
「なんだ?」

 と思っていたら、あいつがのっそりと身体を起こして、こちらをじっと見つめてきた。
 何事かと思えば、今度は立ち上がり、俺の身体につかみかかると……、

「よいしょぉっ!!」
「ぉ、ぉぉおい!?」

 布団に向けて、俺を押し倒した!?
 悲鳴を上げる安物ベッドを心配し、下の階の住人から苦情がこないか恐怖する。そんなことを考えているうちに、あいつが俺に被さって、抱きついてきた。

「おぉっ……お前、何をするンだ!?」
「なにって、えぇ? わかってるくせにぃ」
「わかりたくないから聞いてるんだよ」
「あーそぅ……ナニよ」
「ナニ?」
「ナニをするの」

 訳の分かりたくないけどわかってしまうことをほざきながら、こいつは俺の胸に自分の胸を押し付けてきた。
 男のそれとはちがう、柔らかな感触。暖かさ。そして鼻に来る異性の臭い……って酒臭ぇ。

「ウェストはイトウさんみたいに細くないし、足だってウサミさんみたいにキレイじゃないよ。
 けどね、バストだけは結構自信があるのよ? そりゃハシバさんの大胸筋にゃ負けるけど」
「いや、比べる対象が間違ってる気がするんだが……」

 確かにこう、胸に来る感触はなんだか良いものを感じてしまうが……。
 言いながら、拘束から逃れようとモゾモゾと身体をくねらせる。が、まったく緩む様子はない。くっそぅ、ポケモントレーナーの腕力がこんなに強いなんて……って、俺もその1人のはずなんだが……!
 しかも身体を動かす度に柔らかい感触が右に左にむにむにと形を変えて……やべぇ。

「くすぐったぃ……」

 不覚にもドキッとした。

 …………って落ち着くんだ! 動くな、俺!
 相手はこいつだ! 目に見えるものを見ろ。身体に感じるものは本能で反応するだけだ!

 ……シャワーで暖まったからか、酒に酔ってるからか、こう……とろけた表情って、どうしてこう色っぽいんだろうな……。

 待て。
 お前の目の前にいるのはあの女だ。憎まれ口を叩き合うようなひねくれもの仲間だ。理性は相手にするなと言っている。本能に流されるんじゃぁない!
 思い出せ、これは酒の勢いなんだ。シラフじゃないんだ! あいつは酔っ払い。俺もほろ酔い。本心じゃないし、ここで一線越えたら後が面倒どころじゃない!

 理性と本能に流されまいと必死になっている。なんでだ。なんでこいつがこんな風に見えるんだ!
 こんな状況の原因になった同僚とその友人を心の中で恨む。恨むというか現実逃避に走る。
 しかし、こいつの声が俺を目の前の現実に引きずり戻してくる。

「あんただって、アタシを連れ込んだらこういうことするつもりだったんでしょ?」
「あー……いや。お前とそういうことするのは、有り得ないから」

 強がりを口にする。この調子だ。とにかくイヤだと口で言え。そうすりゃ気分もネガティブに傾く。

「お前は俺のストライクゾーンには入ってないんだ。ボールどころかデッドボールだよ。逃げるよ。乱闘物だよ」
「へ〜ぇ……口ではそう言ってるけどねぇ。ここんとこガチガチになってるんだけど? どう説明すんのさ」
「〜〜〜〜ッ!」

 握ってきた。
 それは、反則。

「……俺だって、普通の人間の男だよ。女に抱きつかれたら、身体はこんなんなるさ。けどな、理性の方は絶対にイヤだって言ってるよ」
「女がここまでやってるのにイヤだって? 据え膳を食わないのは恥なんじゃないの?」
「酒に飲まれてお前と過ち犯す方が、よっぽど後生の恥だよ」
「そんなにイヤなの?」
「あぁ、イヤだね。こんなん酒の勢いだ。一時の気の迷いだ。そんなんじゃ俺は絶対に納得しないよ。
 だいいち、周りを見ろや。お前は何か? ハシバさんもウサミさんもイトウさんも見てるのに、構わねぇってか?」

 考えてみれば、こうしているすぐそこにみんながいるわけだ。家族の見ている手前、そんなバカなことができるわけない。

「知らないわよ……あんたしか、見えてないもの」
「おー、視野の狭いことで。それでトレーナーが務まるか? 現実見ろよ」
「うるっ……さい! じゃぁ、泣いてやるっ」
「なにぃ?」
「泣いてやるんだから! あんたがその気にならないってんなら、アタシゃここで泣き寝入りしてやる!」
「なっ……おい、なんで泣く」
「あんたがやらないからよ! あんたなら良いって思ったのに!
 アタシはあんたのことが…………あんまり好きじゃないけど」
「なら今すぐやめろ。離れろ。こういうのは恋人同士がするもんだ」
「じゃぁ恋人になれ!」
「ならない」
「泣くぞ!」
「泣くな!」
「どっちよ! やるか! 泣くか!」
「やらない! 泣かせない!」

 どうなってるんだ。
 口から出るに任せていたら、なんだか訳の分からない会話になってきた。
 俺にだって一応、明日には午前から大学で授業があるんだ。こんなところでジタバタしてるわけにもいかない。
 三十六計逃げるにしかず。ここは一発、夢の中に逃げる!

「あーもぅ、酔っ払いとの会話なんて埒が明かねぇ。
 イトウさん、最後にゴメン。“さいみんじゅつ”で俺ら、寝かせてくれ」
「逃げる気!?」
「逃げるよ! 俺だって疲れてるんだ。明日は午前中から予定があるんだ。いい加減に寝たいんだ。
 お前だって一晩寝れば、今の記憶なんざキレイに消し飛んで、朝から大騒ぎすることになるだろうさ」
「するわけないでしょ! “ハジメテ”を賭けたって良いわ!」
「なにぃ?」
「あんたが賭に勝ったら、アタシの“ハジメテ”、くれてやるって言うのよ!」
「いるか、ボケェ! どこまでテメェに都合が良いように話し転がそうとしてんだ! いい加減に寝ろ! 頼む、イトウさん!」

 盛大な溜め息が聞こえた。どうやら、イトウさんの堪忍袋も限界が近いらしい。
 イトウさん、本当に面倒をかけてゴメン。

「ちょっと! なに、自分だけ大人しく寝ようとしてるのよ! アタシばっかり恥かいて! あんたも何か賭けなさいよ!」
「うるせぇな! 名前も知らねぇヤツにそんなことできるかよ! 俺は店員で、お前は常連客だ! それだけだ!」
「あーそう、知らなかったの! そういやアタシも知らないわね! アタシはミズハよ! あんたは!?」
「ミズハか! 俺はタダマサってんだ!」
「タダマサね! ほら、名前覚えたんだから、文句無いでしょ!」
「おぉ、いいさ! わかったよ! お前が明日になっても忘れてなかったら、俺は人生かけてお前を養ってやるよ! これでいいだろ!」
「あー、聞いたからね! 覚えたからね! 明日になっても忘れなかったら、ちゃんと守ってもらうからね!」
「いいから寝ろ! 忘れろ! お前なんか、にゃ……ぜったぃ…………」
「覚えて、て……やるんだかぁ…………」

 興奮した意識が一気に鎮静していく。強烈な眠気で瞼が落ちていき、俺たちは、揃って眠りに落ちた。
 とびっきりの“さいみんじゅつ”か。最後に、ありがとうございました……。


 *


 携帯電話のアラームが鳴り響く。起きる時間だ。
 まだ眠い。が、アラームは止めないと。みんなの迷惑になる。
 ……あぁ、なんだか布団が重いな。やけに窮屈だ。腕を伸ばすだけでも一苦労だし。昨日の飲み会、そんなに疲れたんだったか……。

 …………。

「…………ぁ、ぁああああああああ!!!???」
「んー……て、ぇええええええええ!!!???」

「で、出て行けぇーーーーっ!!」
「なんでぇーーーーっ!?」

 な……どうして俺のベッドにミズハがいる!?
 俺は昨晩なにを…………飲み会でミズハが現れて、ミズハが飲みつぶれて、ミズハの家を知らないから俺のアパートで介抱して、ミズハに押し倒された!!

「お前っ……早く、出て行け! 荷物まとめて!」
「ちょっ……タダマサ!? なんで……ここどこよ!」
「俺の部屋だよ! アパート! いいから早く!」

 大慌てで身なりを整え、「わけわかんない!」とか言いながら、ミズハが玄関に駆けていく。

「ミズハ、忘れ物!」
「あぁ、カバン!」
「ほれ!」
「あ、ありがと!」

 放り投げたカバンを受け取ると、靴を履き、ドアの鍵を開ける。ドアの隙間から光が射し込み、玄関が一気に明るくなった。

「も、もう2度と来るんじゃないぞ!」
「に、2度と来ないんだからね!」

 最後まで罵声を浴びせあい、朝の騒々しさが駆け抜けていった。


 はぁ〜〜〜〜…………。


 静かになった部屋の中で、大きな溜め息が響いた。

「…………イトウさん」

 見れば、イトウさんが眉間にシワを寄せて、諦めや怒りがない交ぜになった感情をテレパシーで激しく送ってきた。
 そしてハシバさんとウサミさんもまた、疲れた顔で首を横に振っている。
 救いの道は有りや無しや……無いな。

「本当に、ご迷惑おかけしました……」

 床に膝をつき、俺は深々と頭を下げた。
 そしてしばらく、イトウさんが落ち着くまでの間、ずっと謝り続けることになった。


  [No.373] 続・晩秋の夜の夢 白昼夢 投稿者:MAX   《URL》   投稿日:2011/05/03(Tue) 13:31:20   81clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 後日、職場にて。

「で、あの晩はどうなった? 部屋に入れたんだろ?」

 注文の合間を縫って、憎いあんちくしょうが声をかけてきた。

「あー、酒の勢いでな。あいつは俺の部屋で一泊していったよ」
「ほ〜ぉ……」

 ニヤニヤと客商売にあるまじき笑顔を浮かべやがって。
 にゃろめぇ、おめぇんちにビリリダマ半ダース送りつけんぞ。

「で、やったのか?」
「やらねーよ」
「なにぃ!?」
「お静かに」

 仕事中に大声出すなよ。お客さんの迷惑だろ。
 ……っと、そういうそばからお客さんだ。

「おぉ、お前のお客さんだな」
「……ちょっとトイレ」
「タダマサ」

 壁際じゃない。めずらしくカウンター席から、ミズハに呼び止められた。

「ご指名だぜ?」
「……お冷やになります。ご注文が決まりましたら、また伺いますので」
「接客態度がなってないんじゃないの? 店員さん」
「まっとうなお客様は、店員の手首を力一杯掴まないかとッ……!
 話があるなら注文の後にしてくれ。水だけじゃ、ちょっとな……!」
「それもそうね。じゃ、ブレンドコーヒー1つ。ハシバさんによろしく」

 おぉイテテ……。
 へし折る勢いで掴まれた手首をさすりながら、ハシバさんにブレンドコーヒーの注文を送った。
 ハシバさんも手慣れたもんだ。コーヒーサイフォンの下の燃える手は、アルコールランプよりずっと早くお湯を沸かす。そうかからずにお湯はコーヒーに変わり、短い時間で精製されたそれはスッキリとした味わいで定評があった。

「お待たせいたしました」
「ありがと。……なんていうか、すっかりこの店自慢のコーヒーよね」
「店長のブレンドが良いんだよ」
「ハシバさんの腕もね」
「あぁ、燃えてるもんな」
「…………」

 ずずぅ、とコーヒーをすする。シカトか。

「すっかり名物店員かしら。あんたがバイトしてる間、この店も安泰ね」
「いや、バイトじゃなくなってもハシバさんたちは残るさ。実地研修が始まったら俺はバイトどころじゃないが、ハシバさんたちはハシバさんたちで雇われてるからな」
「あれ、結局認められちゃったんだ……」
「名物店員ですから」

 まぁ、ポケモンドクターとして免許が取れたら、この町を離れて流しの医者になるつもりだけどな。ハシバさんたちとは、惜しいが、その時までの付き合いだろう。
 ……考えてみれば、とんでもないことだな。バイトで世話になった店のために、手持ちを全部さよならなんて。
 厄介事もありそうだけど、まだその時じゃない。予定は変わるものだし、まだまだ時間をかけて考えていこう。

「……またなんか企んでるのかしら?」
「企みとは失敬な。将来の夢を考えてただけですよ?」
「夢ねぇ。ポケモンドクター?」
「そう。流しの、な」
「長篠?」
「傷ついたポケモンのためならば、北はシンオウから南はホウエン・サイユウまで。
 とりあえずそこら辺をうろついては手当たり次第に治療する、そんな流しのドクターになるつもりだ」
「あぁ、流し、ね。……じゃぁ、ハシバさんたちもその時まで、か」
「いや、置いていく」
「置いてく?」
「の、予定だ」
「予定……」

 相棒も無しに冒険の旅なんて、危険極まり無いけどな。まぁ、その時までには相棒の1体ぐらい、仲間にできてるだろうさ。
 といっても予定は予定だし。ハシバさんたちに住み込みで働かせてもらうよう、店長に頼むつもりだけど……断られたら連れて行くまでだ。
 と、そんな風に将来設計していると、ミズハが不満そうな顔になっていた。

「……何にしても、あんたがこの街からさよなら、は決定済みってわけか……」
「……はは、まぁ、馴染みの相手とお別れってのは、何だって寂しいもんだよな。
 といっても、明日にもってわけでなし。医者見習いのうちはこの街にいるんだけどな。
 なんなら、今のうちから思い出でも作っておくか? なんてな」
「…………」

 あー、またシカト? 冗談にしちゃ、ちょっと軽薄すぎたか……。

「ねぇ、あの日の晩のことなんだけど」
「お、おぉ? ……あー、なんだよ?」

 いきなりなんだ? あの日の晩って、飲み会の日の、だよな。

「あんたやっぱり、アタシの下着、見たでしょう」
「…………えーっと、唐突すぎて、ちょっとついてけないんだが」

 あん時は、確かに見たな。俺は嘘ついたよ。
 でもなんで今、こんなところでそれを言う? 公の場じゃないの。ちょっと恥ずかしいよ、下着って。

「ちょっと考えればわかる嘘だったのよね。
 アタシの下着、洗ってあったし。
 乾かすには早すぎるし。ドライヤーの音、しなかったし。
 となると、ハシバさんの炎で乾かしたって事になるわよね。
 んで、ハシバさんの横にはあんたがいたわけだ、か、ら……」
「ごめんなさい、あの時、嘘つきました。とっさにね。
 でも、そうしないとウルサイことになると思ったから。相手が酔っ払いだったんだもん」
「そこはまぁ、アタシの深酒が招いたことだから、大目に見るわ。
 で、よ? アタシが本当に気づいてほしいこと、わかる?」
「ん?」

 なんだ、あの推理で、どこが気になるってんだ? 疑う余地も無い、ちゃんとした推理だぞ。しかしまぁ、今言うってことはあの後に改めて思い返したって事だよな…………あ?

「あ?」
「気づいた? っていうか、覚えてた?」
「まさかお前、あの日の晩のこと、覚え……て」
「深酒してもね、記憶はしっかりしてたみたいだわ。
 あん時アタシ、かなり恥ずかしい事したなって……今、思い出しても、もぉ、叫びたいもん……」

 あぁ、あれ、思い出したんだ。そりゃあ恥ずかしいだろうなぁ。声が震えてるぜぇ……。
 でもお前だけじゃないよ。

「でさ、あんたも凄いこと言ってたわよね」
「…………言いたいね、ここは、全く記憶にございません、って」

 声が震えるぜ。バッチリ思い出せたんだもん、俺も。
 たしか、賭。


『今の記憶なんざキレイに消し飛んで、朝から大騒ぎすることになるだろうさ』

『お前が明日になっても忘れてなかったら、俺は人生かけてお前を養ってやるよ!』


「あっ……れは、おい……」
「人生かけて養ってくれるんだっけぇ?」
「酔った勢いだ……」
「結局やろうがやるまいが、後生の恥はできちゃったわけだ」

 おいおいおいおいオイ! 俺はなんて事を口走っちまったんだ!
 俺たちはあくまで友人、知り合いじゃないか。顔を合わせれば憎まれ口の押収。そんなカップルがあるか!
 こんな、お互いに声を震わせながら、冷や汗ダラダラでするやり取りなんて……これは違う! 違うだろ!

「お、お前も大概、恥ずかしいけどなッ……!」
「え、えぇまぁねッ? でもッ……人生かけて養ってくれる相手になら、有りだとは思うわよ?」

 …………これはまずい。
 まっすぐ前を見ていられません。動悸が激しいです。顔がひきつります。イヤな汗が止まりません。
 目を逸らしていたら、イトウさんと目があった。
 あぁ、お仕事がんばってるね。丸いトレイとエプロン姿も板に付いてきたよ。似合っているよ。ところでなんとか打開策を見出してくれないかな。
 そんな俺の心情を読みとったか、イトウさんは俺に向けて、歯を見せてイジワルに笑ってきた……ってイトウさん!?
 飛んできたテレパシーは祝福……って、イトウさん!!

「っはぁ〜〜〜〜……」

 と、不意にミズハの溜め息が耳をついた。見れば、どうやらコーヒーをあおったようだ。そうか、そうすりゃちょっとは落ち着くか。

「……まぁ、今から言ってても仕方ないことだけどね」

 震えの落ち着いた声で、俺にダメ押しを仕掛けてきた。

「あんたがこの街に残ってアタシを養うか、アタシがあんたについていくか。そのどっちかってところかしらね」
「お互い、友達のままフェードアウトってのは……」
「無理ね」
「無理、か?」
「そ。無理。
 実はね、この店に入る時、店先でウサミさんに面白いものもらっちゃったのよねぇ〜」

 そう言って鞄から取り出したのは、卵。しかも、どこかで見覚えがあるような……。

「まさかッ……」

 ハシバさんを見る。サイフォンを片手に持ったまま、驚きに目を見開き、クチバシを開いて固まっていた。
 おい、マジか……。

「イトウさんが教えてくれたわ。ハシバさん、ウサミさん、愛情、卵。……ハシバさんは♂だし、つまりアタシは母親公認でこの卵を託されたってことなのよね。
 イトウさんも祝福してくれてるわ。で、アタシなりの解釈なんだけど。これってつまり、家族になってほしいって事じゃないかしら?
 ……あら、イトウさん、肯定ですって」
「ハシバさんの意見も、聞かないとなぁ〜……」
「イトウさん、中継。……呆然、だそうよ。しばらくは無理そうね」

 そりゃあれだけ驚いていたら何も考えられないだろうさ。我ながら汚い逃げ方したもんだ……。

「まぁ、いいわ。どうせ行く末は半分決まってるんだもの。時間もあるし、答えはゆっくり考えてもらおうかしら。
 ごちそうさま、お会計お願いします」
「はい、ただいま」

 同僚がレジに向かう。俺の後ろに来たところで、

「ようやくくっついたな」

 うれしそうに言いやがって。おめぇんちにヒトモシ1グロス送りつけてやる……。

「タダマサ」

 呆然としている俺の傍ら、今度は店長が声をかけてきた。

「今日はもう、あがっていいぞ。ハシバさんもだ」
「はい……」

 そうですよね、こんな状態じゃ仕事になりませんよね。外面に気を使わなきゃならない客商売でこの有様は……ねぇ。
 ハシバさんも心ここにあらずって感じだし。手つきがおかしくなって、今の調子だと火加減誤ってサイフォンのガラスを割りかねない。

「お先に、失礼します……」


 *


 そして店の軒先で、俺とハシバさんは揃って呆然としていた。
 ハシバさん、そんなに卵がミズハの手に渡ったのがショックだったのか……って我が子が他人に譲られたんだ。そりゃショックだよな。
 まぁ、俺もショックだよ。
 よりにもよって、絶対こいつだけは無理、って相手とこんな間柄になっちまうなんて。その原因が酒の勢いと一夜の過ちってんだから、本当に救えない。
 せめてもの救いは、まだ時間があるって事か。頭が冷えてから考え直してくれることも、ないわけじゃないよな……。

 あとは、俺があいつのこと、嫌いじゃないってことぐらいか。
 そりゃまぁ、今まで思わせぶりっぽいことも度々してたけどさ……でも、あいつは恋人にするもんじゃないよ。友人だから良いんだ。
 あの憎まれ口の叩き合いは、友人同士の気安さだからできたと思ってたんだが……。
 これからどうなるんだ? やっぱり、そう、彼氏彼女の間柄らしいことでも、するのかね。
 ……なんで、ちょっとドキドキするんだろう。
 俺、喜んでる? ちょっと認めたくないっつうか……あいつが絡むと、どうしても素直になれない……。

「帰ろうか、ハシバさん……」

 男2人、もとい、男1人に雄1体。転がり落ちるような展開ついていけず、重たいものを背負った歩みでノソノソと家路についた。
 その背に届くウサミさんの声援が、今は救いに感じられた。


 *


「ただいま……」
「あら、おかえり」
「……2度と来るな、って言ったよな。2度と来ない、って言ったよな?」
「フ……イトウさんに誘われたら断れないわよ」

 イトウさん……あんた、俺にどうなってほしいんだ……?

「さ、夕食には彼女の手料理ってヤツを披露してあげるから。少しは楽しみにしなさいな」

 あぁ、なんかだんだん楽しみになってきた自分がいるよ。
 嗚呼、俺の将来に幸あらんことを……。