マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.449] His Story  〜 あるアウトローの足跡 〜 投稿者:クーウィ   投稿日:2011/05/16(Mon) 19:30:20   142clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



最初の切っ掛けは、実に些細な出来事だった。

偶々すれ違った高校生達の、低劣な悪ふざけ。 自転車に乗って通勤ダッシュの真っ最中だった僕は、道一杯に広がって三列横隊で向かってくる学生達と上手くすれ違えず、道端に止めてあった自転車の列に、思いっきり突っ込んだ。
ワザワザ相手の動きに合わせて隙間を狭め、道端に突っ込むように仕向けた彼らの笑い声を聞きながら、僕は急いで自転車を起し、振り向いて悪態を吐く暇も惜しんで、再びペダルを踏み込み、先を急ぐ。 ……やっと職場に着いたのは、ぎりぎりアウトの午後3時1分の事だった。

次の日、もう一度似たような事が起こった。

前日と同じ様な隊列を組んで、殊更にニヤニヤ笑いを浮かべつつ、堂々と向かってくる学生の群れ。 ……しかし今度は、結果が少し違っていた。
その日は、僕は一度進路を変えたのみで、ワザとにそれ以上は避けようとせず、へらへらと進路を塞ぐ相手に向けて、体を硬くして突っ込んで行った。 
激突直前、勝手が違った事に対し、目に見えて狼狽した学生は、結局対応し切れずに僕の自転車と正面から激突して、その場で仲間達も巻き込み、激しく転倒する。 ……僕自身もバランスを崩しはしたものの、予め心の準備が出来ていたのは大きく、ふら付きながらも体勢を立て直し、そのまま職場に向けて、一直線に走り抜けた。
――その日は遅刻する事も無く、無事に時間内に勤務について、終日何事も無いまま、一日が過ぎた。


ところが、その次の日の事―― 

何時も通りの時間に目を覚まし、朝食を済ませたばかりの僕のもとに、一人の警官が訪ねてきたのだ。 ……何でも、昨日僕と激突して将棋倒しになった学生達の内一人が、転倒した拍子に仲間の自転車によって足を挟まれ、骨にひびが入ったのだと言う。
少年の家族からの通報により、『轢き逃げ』の容疑をかけられた僕は、自業自得の結果だと言う訴えも聞いて貰えないままに、任意同行という形で、近くの警察署へと引っ張っていかれた。

その後に展開された一連のやり取りは、今でも思い返す度に、腸が煮えくり返るようなものであった。
少年達の走路妨害と交通法規違反を主張した僕に対し、学生達は口裏を合わせて反論。 ……世間体を気にする親や、同じく問題の存在を認めようとしない担当教員の介添えもあって、僕は目出度く応酬に負け、『慰謝料』と言う名目で、治療費と自転車の修理代を、全額負担する破目になったのだ。

――それからずっと経った後に、その少年グループが集団で万引きを行って、補導された時。 その時になって初めて、関係した警官や一部の親達が、改めて僕に対して、コンタクトを取ろうと試みたらしいが……その時は既に、僕は勤めていた事業所を首になっており、慎ましく暮らしていた住まいも、引き払った後であった。



納得の行かない示談に踏み切らされた上、事件を重く見た会社に首を切られる事となった僕は、荒れに荒れた。 ……それまでずっと、俗に言うワーキング・プアの立場に甘んじつつも、真面目に陰日向も無く生きて来た僕は、突然自分を切り捨てる事になった世間と言うものに対して、激しい憎悪の念を抱かずには居られなかった。

コツコツと溜めていた貯金を、ただ切り崩し続けるだけの毎日に耐えられず――安アパートを引き払った僕は、そのまま場末のドヤ街に一部屋を借りて、毎日盛り場をぶらついて過ごすようになった。

元々ろくに無かった貯えは、憂さ晴らしに通っていた競馬や賭場での散財で、直ぐに底をついた。 
それを埋め合わせる為に、偶々賭場で知り合った連中の、小間使いのような真似をしている内――やがて僕は、何時の間にかそう言った連中が荷物を送る際に使われる、いわゆる『運び屋』として、重宝がられるようになって行く。 
今までの人生の大半を、真っ当なカタギとして過ごしてきた僕には、何かを届ける際にも特に注意を払われるような要素は無く、例え刑事の隣を通過しようとも、呼び止められるような事が無かったからだ。

――ただ、やはり事が事だけに、身の安全を確保する手段にだけは、どうしても無関心ではいられなかった。 ……丁度その頃、偶然拾ったモンスターボールで、迷い込んで来た盲目の蝙蝠を捕獲したのは、そう言う背景があった。


そしてやがて、再び転機が訪れた。

その日、頼まれていたブツを受け取りに行った僕は、折悪しく依頼主の事務所に於いて、手入れ騒動に巻き込まれてしまったのだ。
突然表通りが騒然となり、大勢の足音が入り乱れて、建物の中へと雪崩れ込んで来た時――僕は偶々同席していた、依頼主の兄貴分と一緒になって狭い階段を駆け下り、追いすがってくるガーディの群れを引き離そうと、狭い路地裏を縦横に逃げ走った。 
――その際、僕はずっと持ち歩いていたズバットを夜空に向けて解き放つと、しつこく追いかけて来ていた赤い犬の集団に向けて『超音波』を放たせ、これを同士討ちに追い込んだ。 
それで何とか僕は、一緒に逃げていた連中共々無事に追跡を振り切って、安全な包囲網の外へと逃げ延びる事に成功する。

それから数日の後、僕は再び依頼人だった男に、「直ぐに来るように」と呼び出された。 ……ただし、今回は何時もの辛気臭い事務所ではなく、今まで入ろうとした事も無い立派なクラブに、昼日中での招待でだった。
そこでは、あの夜一緒に逃げ延びた兄貴分が、数人の男達と共に上機嫌でグラスを傾けており、落ち着かない気分で席に着いた僕に対し、是非とも友人に紹介したいと、声をかけてくる。 ……友人だと紹介された黒ずくめの男は、最初に僕に対してポケモンを扱う手並みの程を訊ねて来た後、「良いアルバイト先があるんだ」と口にして、その場で僕の身の上を、依頼主だった男から譲り受けた。

その日から、僕は『ロケット団』と言う名称のマフィアグループに、構成員の一人として、名を連ねる事となった。
 

 
ロケット団員としての務めは、それほど難しいものではなかった。 

計画や指示内容は、全て上級幹部が作成する為、下っ端である僕らは、『任務』と言う形で時たま下りて来る命令をこなしつつ、普段はダラダラと支部のある町の中をほっつき歩いたり、団員同士で腕比べをしていたりすれば、良かったからだ。 ……その任務と言うヤツも、大抵の場合は出世意欲に燃えた連中や、場馴れした古参の団員が率先してこなそうとする為、気の向かぬ荒事を無理にやらずとも済むと言うのであらば、尚更の事である。
特に目立った活躍も残さず、与えられた任務をこなすばかりで、息抜きの時も万事控えめな僕を、周囲の同僚達は半分馬鹿にしつつも、何だかんだで重宝していた。
昔取った杵柄とはよく言ったもので、書類の始末や雑用と言った事柄をテキパキと進められる僕は、上級幹部から面倒な役柄の人員を求められた時、人身御供として差し出すのに、相応しい存在であったからだ。 ……そしてその面倒事の中には、幹部達が自分達のポケモンを鍛える為に行う、練習試合の稽古相手という役目も、含まれていた。

二匹目のポケモンが加わったのは、そんな日々の事であった。

その日僕は、既に度重なる練習台としての経験から、ゴルバットに進化していた相棒と共に、幹部の一人である『ラムダ』と言う男の特訓に、付き合っていた。 ……組織の頂点に立つボス、サカキの側近の一人である彼は、様々な部署に影響力を持っており、常日頃から練習相手(生贄とも言う)として派遣されて来る僕に興味を持ったらしく、「もう少し歯応えのある練習相手になって貰う為」と言う名目で、研究部門から一匹のポケモンを取り寄せて、疲れ果てて荒い息を吐いていた僕に対し、ボールごとポンと投げ渡した。
呆気に取られたままで受け取った後、言われるままに開閉スイッチを操作して、フィールドに向けて投げ込んだモンスターボールの中から出て来たのは、茶色い体毛に身を包んだ、小さな獣のポケモンであった。
見た事も無いポケモンに、目を白黒させている僕を見て、満足げな表情を浮かべた彼は、そのポケモンがイーブイと言う種族であると言う事と、さまざまな姿に進化する可能性を秘めている事。 ……そして更に、そいつがその特異な体質を利用して、自在に進化・退化を行えるように仕向けた、生体実験の被験体である事などを、矢継ぎ早に告げる。 

「その個体は実験の結果、反って進化の石による刺激を受け付けなくなってしまった失敗作であり、これ以上金をつぎ込む価値が無くなった」――そう締め括った幹部の男は、これでは闇で流す訳にも行かないからなと苦笑して、言葉も無くポケモンを見つめている僕をその場に残し、お供に連れているヤミカラスを従えて、悠々とその場を去っていった。
――既に薄暗くなり始めたフィールドの真ん中で、冷たい目付きで振り返ったまま自分を見つめるイーブイのその表情は、その後暫くの間、毎晩の様に夢に出て来る事となる。


それから、数週間後――

僕達下っ端構成員は、ほぼ全員がヤマブキシティに集められ、それぞれグループごとに分散配置させられて、作戦開始の合図が下るのを、緊張した面持ちで待ち受けていた。
やがて通信機から指示が飛ぶと共に、僕らは勇躍して目標に殺到し、あっという間に目的の大型ビルディングを、制圧し終える。 ……内部に潜ませていた『細胞』達と連携しつつ、抵抗を試みた警備員達を数と質の両面で圧倒し、怯える社員達を一箇所に押し込めたところで、僕らの作戦は無事に終結した。

警備員の繰り出してきたゴーリキーを、ゴルバットの『エアカッター』で一蹴した僕は、その後仮眠室で「ポナヤツングスカの恨み」とか何とか喚いていた協力者の男を、汗を掻きつつ何とか宥め終え、当初の予定通り担当区域であった、9階フロアの警戒に移る。

――これが世に言う、『シルフカンパニー本社ビル占拠事件』の、幕開けであった。


警戒に当たっている最中は、比較的暇だった。 
物資は十分過ぎるほどに用意されていたし、人員にも不足は無い。 ヒーリングマシーンから仮眠室まで全て揃ったビル内は、設備の面ではほぼ完璧に近く、例え激しい模擬戦をやらかしたとしても、後始末には全く困らなかっただろう。 
一般社員達は大人しく怯えており、警備員達は傷を負った手持ちポケモンの容態に掛かり切りで、僕らに反抗してくるような不穏分子は、何一つとして存在していない。 ……ただ、会社の重役達だけは、組織の要求になかなか屈しようとはせず、その為ボスと経営首脳達との協議は、ただ只管に長引いていた。

退屈な日々を紛らわす為、僕らは当直や戦闘訓練の合間を縫って、内部の協力者達に案内してもらいつつ、社内をくまなく見て回った。 
様々なブースに並べられている試作品や、市販の傷薬などの必需品の数々はどれも興味深く、ある研究区画には、大型の水ポケモンを飼っていたと言う、巨大な水槽まであった。 ……案内してくれた研究員の男は、相変わらずロシアの奥地に飛ばされた時の恨み言を述べるのに忙しかった為、僕らはそれらの珍物を勝手気ままに見て回りながら、時折その辺にあるものをこっそりポケットに入れたりして、変化の無い毎日への、積もった憂さを晴らしていた。
――僕自身も、保管されていた幾つかの傷薬を失敬すると、その内幾つかを、手持ちの容態が悪化して苦悩している警備員達に、こっそりと流してやった。 ……連中のポケモンが暴れだしたりするのは困りものだったが、流石にそのまま死なれてしまっては、此方も後味が悪かったからだ。


そうして更に、一週間が過ぎようとしていた時―― 不意に、破局が訪れた。

突如下った警戒指令と、次々と突破されていく、各階層の団員達。 ……やがて僕の前にも、圧倒的な力を持った侵入者は、その姿を現した。
目の前に現れたのは、赤い帽子を被った、たった一人の少年。 此方の姿を確認した途端、即座に戦闘態勢に入った相手に対し、僕自身もほぼ反射的に、装備しているモンスターボールを手にとって、応戦の構えを示す。
 
結論から言えば、僕達は一蹴された。 
少年の繰り出したフシギバナに対し、僕がぶつけたポケモン達は、何の有効打も与えられないまま、一方的に敗れ去ったのだ。
最初に繰り出したイーブイは、低レベルながらも出来る限りの事をやってくれたし、切り札だったゴルバットも、圧倒的に有利なタイプ相性に物を言わせて、幾度か相手に技を見舞った。 ……しかし、対する少年側は一言も言葉を発しないままであったにも拘らず、絶妙なコンビネーションで此方の攻め手を受け流し、食い下がろうとする僕らを退ける。
『電光石火』で挑みかかったイーブイは、呆気なく『蔓の鞭』に捕まって叩き伏せられ、『怪しい光』と『エアカッター』で相手を翻弄しようとしたゴルバットも、粉で動きを鈍らされたところに『捨て身タックル』を受け、壁面にぶつかって墜落する。

倒れたポケモン達に向けて思わず走り寄り、立ち上がろうとするイーブイを背中に庇った僕に対し、彼はやや驚いた表情を浮かべて、相棒の種ポケモン共々、改めて此方の顔を覗き込んで来る。 
その静かな視線を受け止めている内、不意に僕の心の中に、熱湯のような感情の奔流が、前触れも無く逆巻き始めた。 

「お前ぐらいの歳から……!」

突き上げてきた強い衝動に抗い切れず、僕はそのまま相手に向けて、自らの立場も弁えず、おらび立てていた。
言葉を用いずとも心を通わせ、ただ信じる道を一心に進み続ける目の前のコンビに対し、僕は羨望と嫉妬も露わに、語気を強めてがなり続ける。 ……そうでもしなければ、その陰に埋もれたもう一つの思いを、覆い隠す事が出来そうにも無かったから。

「お前ぐらいの歳からポケモンを始めていれば  俺も――」  そう口にする僕を見詰める彼の目は、あくまで静かに澄んでいて……そして何処と無く、哀しげな光が宿っていたような気がした。

やがて、更なる増援がやってくる気配がした時、唐突に呪縛は解かれた。 少年はハッと我に帰ると、一挙動でフシギバナをボールに戻し、去り際にもう一度僕らに一瞥をくれてから、最後まで無言のままに駆け去って行く。
その背中を為す術も無く見送ったところで、数人の団員が仮眠室を突っ切って現場に到着し、侵入者の行き先を僕に質問するや否や、勢いもそのままに追跡を開始する。 
一人残された僕は、そこで漸くちょろまかして来た傷薬と元気の欠片で、手持ちの連中を回復させる機会を得た。

再度戦列に復帰した僕達だったが、結局それ以上の戦闘は不要だった。 
回復を終えた二匹をボールに戻して、もう一度侵入者を捉えようと立ち上がった丁度その時、携行している通信機を通して、ボスも含めた幹部連中の全滅と、それに伴う本社ビルの陥落が伝えられる。 
――『各個に脱出しろ』との命が下されはしたものの、既に侵入者との戦闘で大損害を受けていた僕達には、使用可能なポケモンが殆ど居らず、勢い付いた警備員や突入してきた警官達を振り切って無事に逃げ延びる事が出来た者は、全体の半分にも満たなかった。 ロケット四兄弟を始め、名のある連中の大半が捕らえられて、組織の中核戦力を担ってきた屋台骨は、ここで一気に失われてしまったのだ。
しかし、それでも僕自身は、予め手持ちを回復させる事が出来ていたお陰で、叩き破った窓からゴルバットの足に捉まって、どうやら脱出に成功する。

本社ビルでの作戦が失敗に終わってからは、流石のロケット団も損失の大きさに鳴りを潜め、僕達残存戦力は地に伏したまま、ほとぼりが冷めるのを待っていたのだが――やがて程なくして、ボス自らが潜伏していた隠れ家を放棄、組織の解散を宣言したとの連絡が入るに至り、ここに関東地方でのロケット団の組織的活動は、ピリオドを打たれる事となった。



――――――――――



全国の地下組織でも最大の雄だったロケット団が、ボス・サカキの離脱によって事実上崩壊したその後も、側近として中核を担っていた一部の幹部達は、再び組織を復活させる事を夢見て同志を募り、目減りする一方の構成員達を可能な限り引き止めて、統制の維持に努めていた。
かく言う俺自身も、既に行き場を失っていた事もあり、予てから目を掛けられていた幹部の一人・ラムダの誘いによって、引き続きロケット団復活を目論む残党勢力の一員として、組織に加担する事となる。

再生ロケット団の中心となったのは、旧組織でも重きをなした、四人の幹部。
ボス・サカキの側近中の側近として、各部門の総括や外部勢力との交渉などで代理役を務めたアポロを筆頭に、サカキ本人の秘書官も兼ねていた、紅一点のアテナ。
作戦の実行を担っていた行動隊の若手幹部であるランスに、それに工作活動や作戦の立案に関わっていた、変装の名手でもあるラムダ。 

何れも本名では無くコードネームで知られる彼らは、旧組織で管理していた機材やポケモンを構成員に配布し、戦力の増強を図る事と、再興の拠点を取締りの強化された関東から西の城都地方へと移転させて、活動基盤が整うまでの準備期間を設ける事。 そして、最終目標をボス・サカキの組織復帰に置く事などを、基本方針として決定する。
この決議により、俺は正式にラムダの下に配属されると共に、更に彼の配慮によって、新たに二匹のポケモンを受け取った。 

「最早お前も、立派な古参団員だからな。 ……期待させて貰うぞ?」 

そう口にしつつ、手ずからモンスターボールを渡してくれる彼の口調を真似て、何時も一緒に連れているヤミカラスが、そっくりそのまま同じ台詞を復唱する。 ……後にこれが、予想もしなかった失態を招く事になるのだが――それはまた先の話。
新たにベトベターとスリープを手持ちに加えた俺は、早速新しく配属された部署の同僚達と共に、新天地となる城都地方に向け、星空の下に進発を開始した。 

既に元々の団員の八割以上が、様々な理由から組織を離れており、無事に城都に到着した暁には、また新たに団員を募って、一から訓練し直さなければならない。 ラムダの言うとおり、俺達古参の団員に課せられた責務は、決して軽いものではなかった。


それから三年程は、あっという間に過ぎ去った。 

俺達古参団員達は、来る日も来る日も『ロケット団』の名前に憧れて入団して来た、暴走族上がりのチンピラ共を相手に、組織の一員としての誇りを叩き込む為の猛訓練を繰り返し、文字通り休む暇すら無い有様だったのだ。
ロケット団員としての気風を一通り身につけさせ、どうにか使い物になるまでに漕ぎ着けると、次はそう言った新米共を簡単な任務に送り込んで、実地体験を積ませて行かねばならない。 ……最初からポケモンを扱える奴はまだしも、トレーナーとしての経験がまるで無い奴には、それもまた一から教え込んで行かねばならず、手は幾らあっても足りなかった。 

しかしそれでも、丸三年もそう言った事をひたすら繰り返した結果、どうやら組織としての地力は、そこそこの水準にまで達したようであった。
最初は目立たぬように各地に点在していた組織の構成員達も、やがて丁子や黄金にアジトを構えて、そこを拠点に勢力を拡大するようになっていく。
資金源が開拓されて行くに連れ、組織の活動も徐々に大掛かりなものとなり、黄金では地元の勢力を押さ込んで、地方単位での優位性を確実なものとしたし、丁子では再び研究部門が息を吹き返して、ポケモンを使った生体実験を復活させた。

そしてやっとその頃になって、新人の訓練が一段落した俺達は、此処に来て漸く古参らしい待遇と、本来の役割に合った任務を与えられるようになる。

ずっと同じ幹部の下で働いてきた三人の同僚の内、先ず一人が、元々の役割である工作活動の為に、単身関東地方へと派遣される。 ……奇妙な語り口が特徴のその男は、組織で唯一の外国人であり、海の向こうのイッシュ地方の出身者だった。
次いでもう一人の古参団員は、下っ端の面倒見が良い事を買われて、丁子のアジトに警戒要員の纏め役として、転出される。 ……「ひゃらひゃら」と薄気味悪い笑い声を始終上げている変わり者であったが、外面に反して内の人柄は決して悪くは無く、何故この道に進む事になったのかが、今一つ掴めない奴だった。

そして最後の俺自身は、直属の上司であるラムダの、副官のような地位を与えられる事となった。 ……既に、三年間に及ぶ昼夜を問わない訓練期間を経て、古株の手持ちが最終進化を遂げ終わっていた俺は、何時の間にか古参の団員の中でも一歩抜きん出た実力の持ち主として、広く名を知られるようになっていた。

後にラムダが、『怒りの湖』での作戦の為に丁子のアジトへ工作部門の拠点を移すと、その副官である俺自身も、それに従って日和田での活動を切り上げ、城都北部へと転進する。 
新たに着任した丁子のアジトでは、既に半年前から送り込まれていた同僚の男が、やはりひゃらひゃらと笑いながら部下達の強化鍛錬を進めており、今や遅しと待ち焦がれられていた俺達工作部門の到着を、何時もの掴み所の無い嗤いと共に迎えてくれた。
工作部門の移動が完了した事により、遂に作戦の準備が万端整った丁子アジトは、早速その月の内に、新たなミッションを実行に移す。 『湖に満ち溢れるコイキングを無理矢理進化させてギャラドスに仕立て上げ、周辺地域の不安定化を加速させると共に、新たな戦力と資金源を確立する』――そのミッションの内容は、長年に渡る研究部門の試行錯誤の成果であり、再生ロケット団の力を世の中に示す、最初のデモンストレーションになる筈だった。
 
 
丁子のアジトは、町の真ん中に位置する何の変哲も無い土産物屋の、地下部分を中心に築かれていた。 

アジトの規模は、町の中心のほぼ全域に渡る程の大規模なもので、内部には作戦に必要な全電力を賄える巨大な発電装置まであり、複数の電気ポケモンによる電力生産により、外部からの支援無しに、独力でミッションを遂行する事を可能としていた。
セキュリティも厳重を極め、侵入者に右往左往させられた嘗てのシルフ本社ビルでの戦訓から、各所に監視装置が設置されており、警戒要員の即応体制も万全で、警備網に引っ掛かる者が現れ次第、立ち所に戦力を集中出来る体制が整っていた。 
他にも様々な仕掛けが施され、主要部には暗証ロックが取り入れられており、最も重要な発電管理室には声紋照合システムが採用され、幹部以外の者には、決して開ける事は出来なかった。 ……更にこの部屋には、作戦遂行に関する全ての機能を保管するシステムが設けられており、緊急時でも独立して作戦遂行を継続する事が可能であった。
――しかし、警備の中枢を担う一般団員達の練度だけは、絶頂期の往時に比べて、著しく劣る事は避けられなかった。 それを何とか補う為に、アジトの内部には高レベルの野生ポケモンを一定の拘束の下に放し飼いにし、俺達古参団員は暇さえあれば、新人共を鍛え上げる為の、戦闘訓練に明け暮れる。 ……嘗ては盛り場でとぐろを巻く事を日常としていた者達も、組織の復活と言う輝かしい目標を達成する為、人が変わったような熱心さで、未熟な弟分達の戦力強化に奔走した。
 

ところが――そんな俺達の一丸となった努力も、アジトの陥落とそれに伴う作戦計画の放棄により、敢え無く水泡に帰する。
前回の組織崩壊から、既に約四年。 ……漸く敗亡の痛手から立ち直りつつあった俺達を襲った災厄は、今回も『子供のトレーナー』だった。

不意に鳴り響いた警戒警報に、何故か過去の経験が慨視感(デジャヴ)として蘇った俺は、直ちに野外に設置されていた送信アンテナの警備を中断、肌身離さず持っていた四匹の相棒達と共に、連絡のあった地上口へと急行した。
が、しかし――既にそこは、圧倒的な戦力を誇る侵入者によって、鎧袖一触と言った有様で突破されてしまった後であり、蹴散らされた数人の団員達が、無様な格好で散らばっている切り。 
呆けたようになっている偽の店員役に活を入れ、どうにか敵戦力の情報を聞き出した俺は、そいつに対し壁に叩き付けられて伸びてしまっている、もう一人の団員の手当てをしてやるように命じると、空ろに口を開いているアジト内部へと通じる隠し通路に向けて、飛び込んで行く。

すると入って直ぐの所に、最初の相手が待ち構えていた。 
黒髪を二本に束ね、頭の左右に振り分けているトレーナーと思しき少女が、先に行った仲間達を援護する為に、地上からの増援部隊を迎え撃っている。 ……七人もの団員を相手に互角以上の戦いを繰り広げている彼女の周囲には、何れも十分な鍛錬を積んでいると見える四匹のポケモン達が、見事なチームワークを披露しており、既に手持ちを全滅させられて手も足も出なくなった数人の団員達が、ウィンディに威圧されて小さくなっていた。

駆けつけている間に、また一匹、味方の団員が繰り出していたズバットが、少女のエビワラーに『冷凍パンチ』を叩き込まれて、呆気なく打ち落された。 すかさず次のポケモンを繰り出そうとするその団員を押し退けると、俺は即座にボールを投げてクロバットを解き放ち、有無を言わせぬ不意打ちで、前に突出していたパンチポケモンを、一撃で地に這わせる。 
いきなり敵のアベレージが上がった事により、少女とそのポケモン達の間に動揺が走ったのを見逃さず、俺は続いて二つのボールを場に投げて、一気に相手を畳み掛けた。 
少女を挟むように具現化したスリープとベトベターは、間髪を入れずヘドロと念波でトレーナーを急襲し、それを身を以って庇いに掛かったベイリーフとカラカラを、毒と混乱により無力化する。
『エアスラッシュ』でエビワラーを撃破したクロバットに対し、ウィンディが怒りの咆哮と共に『火炎放射』を吹き出して来たが、その炎の奔流は、場に解き放った最後のボールの中身によって、正面から受け止められた。 ……ボールから飛び出した漆黒の四足獣は、その高い耐久力を持って『火炎放射』を凌ぎ切り、逆に攻撃して来た伝説ポケモンを、『怪しい光』で混乱させる。

それでも少女のポケモン達は、尚も驚くほどの強靭さを持って、圧倒的な戦力を誇る俺達に対し、激しい損耗を強要して来たものの――結局最後には数に押し切られて、手持ちのポケモン尽くを、戦闘不能に追い込まれた。 
何とか無力化させた少女に対し、寄って集って攻めかかったにも拘らず大損害を被った新米団員達が、血相を変えて詰め寄ろうとする中、俺はそんな連中を一喝すると、早急に他の侵入者の後を追わせるべく、その場から怒鳴りつけるようにして追い散らす。
怒声に慌てふためいた下っ端達が、手持ちを回収して一人残らず走り去った事を確認すると、俺は此方を睨みつけてくる相手に背を向けて、先に行かせた連中の後を、走って追いかけ始めた。 ……背後で相手が何か口にするのを完全に無視し、残りの侵入者を探して駆ける俺の周囲で、手持ちの連中は不満の色も見せずに、次の獲物を逸早く捉えようと、精気に溢れた瞳で前方を探る。 

次に視界の内に現れて来たトレーナーは、目付きの鋭い赤い色の髪の少年に、似たような茶色の髪の毛を持った、マリルを従えた少女であった。 ……敵陣の真っ只中であるにも拘らず、口論の真っ最中と見える両者の周囲には、複数の団員達が手持ちと共にノックアウトされており、更にアジト内に放し飼いにされていた野生のイシツブテやビリリダマ等が、目を回して転がっている。
近付いて来る俺達に気がつくと、両者は直ぐに口論を中断し、素早く応戦の構えを取った。 無論此方も、最初から素通りする気は更々無い。
少年が繰り出したポケモンは、ゴースにズバット、それにアリゲイツとコイル。 一方の少女のポケモンは、消耗しているのかマリル一匹のみ。 ……此方のポケモンは四匹で、数の上では若干不利であったものの、先程とは違って質では明らかに勝っており、それ程厄介な相手とは思えなかった。 

しかし――実際に戦ってみると、確かに両者共に最初の相手に比べれば一歩劣りはしたものの、やはり一蹴出来るほど甘い相手などでは決して無く、結局はかなりの消耗戦となった。
少年のポケモンは統制が取れており、互いの連携の緊密さは、先程健闘した少女のそれですら、上回るほどのものであった。 ……しかしその反面、何処か動きに堅苦しさがあり、自在に互いをフォローしあっていた最初のチームと比べれば、突き崩すのは比較的容易でもあった。
それに対して少女のマリルは、単独ながらも主人の指示に的確に反応し、その息の合ったコンビネーションは、何時か目の前に立ちはだかった一人の少年とパートナーとの戦い振りを、彷彿とさせるものであった。 ……ただ惜しむらくは、少女とマリルはその後リーグチャンピオンまで一直線に上り詰めたと言うあの赤い少年に比べると遥かに未熟であり、逆にあの時から長足の進歩を遂げている俺達を迎え撃つには、余りにも非力に過ぎた。

赤い髪の少年はブラッキーを麻痺状態に陥れ、帽子の少女はベトベターを戦闘不能に追いやったが、それが彼らの限界でもあった。 
『電磁波』を仕掛けたコイルは、『シンクロ』によって自らも麻痺を移されて地に落ち、『アクアジェット』で善戦していたマリルも、スリープの『催眠術』に捕まったところで、残っていたアリゲイツ共々クロバットの放った『エアカッター』の餌食となる。
手持ちを全て失った両者は、詰め寄ってくる俺達の隙を突いて『穴抜けの紐』を使い、それ以上の追求が及ぶ前に、素早くアジトから脱出した。 

引き際の鮮やかさに感嘆する暇も無く、俺は急いで携行していた道具で手持ちのポケモン達を回復させ、更なる敵影を求めて、アジトの中枢へと踏み込んでいく。 
……入り口で入手した情報によると、侵入者の総数は五人。 未だ撃破の報告が為されていない事を考えると、まだ後二人のトレーナーが、アジトの中枢付近に食い入っている筈であった。

するとその途上で、俺は偶々発電管理室に向けて急行している、この丁子アジトの最高責任者―現組織のサブリーダーでもある幹部のアテネと、ばったりと鉢合わせした。 
直ぐにその場で現状を報告した俺に対し、アテナは満足そうに頷いた後、残りの侵入者への阻止攻撃に同道するよう、命令を下す。 次いで彼女は、既に侵入者がアジトの主要部を制圧してしまった事と、その際に俺の上司であるラムダが諸共に撃破されてしまった事などを、簡潔に語った。
漸く辿り着いた発電管理室の扉が、ラムダの連れていた例のヤミカラスの声真似であっさりと解放されたのと、侵入者の最後の生き残りが其処に姿を現したのが、ほぼ同時。 ……直後に起こったタッグバトルが、最終的にこのアジトの帰趨を、左右する事となった。

アジトを襲撃してきた連中の最後の一党は、黄色い帽子を被ったこれまでの連中と同じ年頃の少年と、覇気に溢れた鋭い眼差しと近寄り難い威圧感を併せ持つ、ドラゴン使いの青年トレーナーであった。
少年の方と対峙する事になった俺達は、相手の繰り出して来たポケモン達と真っ向からぶつかり合い、広いアジトの廊下を目茶目茶にしながら、火花を散らして凌ぎ合う。

スリープが『念力』でモココの動きを封じると、相手のオオタチは『不意打ち』で応酬し、攻撃に精神を集中していた催眠ポケモンを、ただの一撃でコンクリートの床に沈める。
少年のオニドリルが『乱れ突き』を仕掛ければ、身軽なクロバットは素早く体をかわし、後に続こうとしたポポッコに向け、『翼で打つ』で奇襲をかける。
少年が繰り出した赤い色違いのギャラドスは、同じく高レベルを誇ったマグマラシ共々大いに此方を苦しめたものの、やがてベトベターの『嫌な音』とブラッキーの『怪しい光』によって徐々に消耗して行った挙句、地響きと共に戦闘不能に陥った。
双方共に激しい損耗を重ねながらも、レベルの優位を背景にした俺達は、『月の光』で回復しつつ身を挺して攻撃を受け止めるブラッキーと、倒れ際に相手方のど真ん中で『毒ガス』を噴霧したベトベターの働きにより、何とか相手の攻勢を凌ぎ切って、敵チームを防戦一方に追いやる事に成功する。

ところがそこに至り、後一息と言うところで、突然相方の竜使いが割って入り、消耗し切った少年の手持ちを庇うようにして、男の操るカイリューが、俺達の前に立ちはだかった。 ……この時既に、彼の相手をしていた幹部のアテナは全ての手持ちを撃破されてしまっており、従って側面からの支援や合力は、全く望むべくも無かった。
新たに取って代わったドラゴンポケモンは、幹部の手持ちポケモンを一体で全滅させただけあって、少年の手持ちとはレベルが全く別次元であり、忽ちの内に俺の手元の残存戦力を、粉砕してしまった。 
殆ど無傷を保っていたクロバットは、突如空気を切り裂いて閃いた『雷』によって敢え無く撃墜され、今までずっとあらゆる攻撃に耐え続けて来ていたブラッキーも、流石に『破壊光線』の直撃には耐えられず、コンクリートの壁面を砕くほどに叩き付けられて、為す術も無く崩れ落ちる。

――この結果を目の当たりにしたアテナが、アジトの放棄と撤収を宣言した事により、丁子アジトの拠点としての活動は、完全に停止させられる事となった。



―――――――――――――――



丁子のアジトは壊滅したものの、そこで挙げた数々の功績と戦い振りによって、幹部のアテナと共にスリープの『テレポート』で脱出した俺は、一躍組織の中でも最優秀の使い手の一人として認知されるようになり、次期幹部候補として、名前を上げられる事となった。

「叩き潰した侵入者を捕らえる事が出来ていたら、幹部昇格は間違いなかったのにな」

上司であるラムダもそんな事を口にしては、「惜しい事をしたものだ」と首を振りつつ、ずっと目を掛けてきた俺の立身を、皮肉を交えつつも祝福してくれる。 ……ロケット団の幹部だけあって、酷薄な部分を十二分に持ち合わせている彼も、その裏ではなかなか憎めない部分があり、事に目下の相手に対する人当たりの良さには、ある意味理解し難い部分すらあった。 
……後に彼のそう言った性格が、彼自身が全てを賭けていたロケット団という組織に対し、最後の引導を渡す遠因となるのだが――その時はまだ、誰もそんな事態が訪れようとは夢にも思わなかったのは、言うまでも無い。

そうした身の回りの変化の一方では、組織の命運を決定付ける為の一大作戦が、着々と実行に向けて動いていた。
黄金のラジオ塔を標的としたこのミッションは、今回の組織再建に向けた活動の、言わば総仕上げとでも言うべきものであり、現時点で動ける者は幹部も含めて全員が出動する、一世一代の総力戦であった。
――前回のシルフカンパニーでの敗北から四年を経たこの作戦により、ロケット団は再び世間にその名を轟かせ、併せて潜伏中の元の指導者・サカキの復帰を以って、新たに超地域クラスの巨大組織として、復活を遂げるのである。


そしていよいよ、決行日を明日に控えた夜。
俺は同じ部門に戻って来ていた、丁子の警戒班長だった同僚の古参団員と共に、明日の企ての成功を祈りながら、門出の祝杯を挙げていた。

部門の主任である上司のラムダは、既に局長に変装してラジオ塔に潜り込んでおり、破壊工作の命を受けて関東に派遣された後一人の同輩は、隠密行動で通信を禁じられている為、何処で如何しているのか見当も付かない。 従って、新米団員達が引き上げた後の工作部門に残っていたのは、俺達二人だけであった。
丁子アジトでの攻防戦で名を上げた俺とは違い、侵入者に呆気なく暗証コードを明かしてしまった彼は、事実上の左遷を喰らう破目となっており、明日は監禁してある本物の局長の、監視役を任じられていた。 ……しかしそれでも、彼は別段気に病んでいる様子も無く、相も変わらずひゃらひゃらと笑い声を立てながら、上機嫌でウィスキーを口に運ぶ。

やがて夜も更けて、明日に備えて切り上げようと言う事になった時――ふと彼は、腰を上げたままの状態で俺の方を振り向くと、何時も浮かんでいる例の笑いをその一瞬だけ収めて、強か呑んでいる気配すら見せずに、静かに呟く。

「俺は丁子では、監視カメラのモニターをチェックする役も兼ねてたんだが…… どうしてあの時、小娘を捕まえなかったんだ?」

不意の問い掛けに、俺は完全に虚を突かれ、文字通り酔いも醒め果てた状態で、言葉も無く相手を見やる。 ……結局あの件は、後で戦った二人と同様、「『穴抜けの紐』で逃げられた」という報告で済ませてしまっており、まさか真相を知る者が存在していようとは、夢にも思ってはいなかった。

「向いてねぇんだよ、お前は…… 幹部にされちまう前に、さっさと切りのいいとこで足を洗っちまいな」

そんな俺の反応には一切構わず、彼は更にそう付け足すと、再び何時もの掴み所の無い笑みを浮かべて、「明日は頑張ろうぜ」と口にしつつ俺の肩を叩くと、何時もと変わらぬ笑い声を立てながら、上機嫌な風体で部屋を去っていく。
遠ざかるそいつの背中を見詰めつつ、俺は結局口の端にまで出掛かった言葉を、相手に投げつける事が出来なかった。 ……韜晦と孤独が入り混じるその背中に向け、俺はただ心の中で、相手に同じ質問を繰り返す。

「(何でお前は、この道を選ぶ事になったんだ――?)」、と……


翌朝、作戦は予定通りに決行された。

町中に散らばった団員達は、日頃の訓練の成果を如何なく発揮して、四年前と同じく命令と同時に目標地点へと集結し、危な気も無くラジオ塔を制圧・確保する。
内部での抵抗は殆ど無く、二人の警備員は功を争う下っ端団員達によって瞬時に蹂躙され、怯えるラジオアイドルやDJ、収録スタッフについては、気に掛ける必要すらなかった。
『局長』は手筈通りに組織に対して恭順を示し、定時番組をその場で中断して、臨時放送を全てのチャンネルで流すよう、スタッフ全員に指示を飛ばす。

一通りの手筈が整った後、俺達一般の団員は素早く各階層に分かれて配置に付いて、妨害に出てくるであろうあらゆる勢力に対し、万全の体制で備えを固める。 
各階を繋ぐ階段には必ず防衛チームが配され、あらゆる通路にはパトロールが立ち、建物の入り口付近には、怒りの湖で捕らえられたギャラドスの使い手達が、目立たぬようそこかしこに分散して、強行突入を企てようとする者に対して目を光らせる。
――士気は新米の下っ端に至るまですこぶる高く、古参や幹部連中に至っては、既にその鼻息だけで、ゴローニャでも何でも吹き飛ばしてしまわんばかりの勢いであった。

その『妨害勢力』は、占拠した次の日に姿を現した。
前日、既に幾人かの警官が、入り口の受付カウンターで阻止されたり、無理矢理内部を調査しようとして不意打ちを喰らい、拘束されたりを繰り返していたのだが――残念ながらその連中は、水際での阻止は愚か、潜入行動それ自体ですら、見咎められる事が無かった。

朝方の正午前、数人の下っ端団員達がラジオ塔に入り込み、受付を横切って階段の方へと進むのを、入り口で見張っていた連中も受付カウンターに潜んでいた者達も、全く意に介そうとはしなかった。
――だが、その連中は次の階層に通じる階段で誰何されると、途端にボールからポケモンを繰り出して見張りを一撃。 慌てふためいた一階の配員達を瞬く間に蹴散らし終えて、そのまま二階へと殺到して来る。
一方の二階の防衛陣は、不意の事態に浮き足立ちながらも、侵入者に対して攻撃を開始。 ……彼らの報告により、突入して来た三人の偽団員達の正体は、先だって丁子のアジトを襲撃して来た少年トレーナー達である事が、明らかとなる。

各階層の団員達の健闘も空しく、侵入者の勢いは衰える気配すら見せずに、厳重な布陣で臨んだ筈の支配階層を、次々と捲き上げて行く。 
三階のロックされた扉の後ろ側に配置された俺は、扉の向こうで他の団員達が蹴散らされて行く様を、逐一入って来る無線機からの音声によって把握しつつ、ただただ焦燥に駆られていた。
今回、俺は局長の正体が変装したロケット団幹部だと言う事を秘匿する為、敢えて上司であるラムダとは別の区域に配属されており、局長室に向かう侵入者達の行く手に立ち塞がる事は、最初から許されてはいない。 ……当のラムダ自身は、出発前に手持ち全てを『自爆』及び『大爆発』習得済みのポケモンで固めており、「いざとなったら、纏めて吹き飛ばしてやるさ――」と不気味な笑みを浮かべて、配置換えを願った俺の要請を、一笑に付していた。

やがて、四階の局長室に通じる階段を防衛する連中が、無線機から壊滅の報告を送信して来た後――ややもして、突如として爆発音が連続してラジオ塔を揺るがし、音源である五階局長室での戦闘を、全団員に知らしめる。
俺は急いで無線機を弄くり、工作部門の統括者である上司を呼び出そうとしたが、無線機からの応答は一切無く、ざらついたノイズ音が響くのみで、状況は全く掴み様が無かった。
ただその代わり、更に暫くした後――二人分の子供と思われる駆け足音が扉の向こうから伝わって来て、上での対決がどう推移したのかを、無言の内にも伝えかけて来る。 
……どうやら次は、地下倉庫に配置された、あいつの出番のようだった。

――後に聞いたところによると、地下倉庫での戦いも、かなりの激戦となったらしい。
事件が収束した後、俺はもう一度あいつと顔を合わせる機会があったのだが、金で臨時に雇った火事場泥棒達を加えた彼の一隊は、倉庫にある無数のシャッターの間に隠れつつ、入れ替わり立ち代って二人のトレーナーを急襲し、一時は手持ちの半数以上を無力化するところまで、追い詰めたのだと言う。 ……だがその奮戦も、更にもう一人の少年が場に駆けつけた事によって、一気に巻き返されたのだった。 
監禁されていた本物の局長は、無事二人の少年と一人の少女のトレーナー達によって救出され、解放された囚人から渡ったカードキーにより、ラジオ塔の防衛ラインは、一挙に崩壊へと突き進む事となる。

同時にその時、戦いに敗れた彼は少年達から、局長の居所を教えたのがあのラムダだと告げられて、「さてこそは……」と、呵々大笑したと言う事であった――


扉の向こうに最初の足音が到着したのは、二人分の駆け足音が去ってから、暫くの後であった。
そしてやがて、夕暮れ時も近付いてきた頃――更に三人分の足音が加わったところで、小さな電子音が目の前の機械端末から発せられ、強固な防犯扉の解錠を、立ち上がった俺の耳に告げてくる。
ゆっくりと上昇していく扉の向こうに並んでいたのは、やはりあの時アジトに乗り込んで来た、四人のトレーナー達であった。 ……俺の姿を見た途端、彼らは一斉に連れていたポケモン達と共に姿勢を低くし、戦闘体制を整える。

それに応えるべく、俺が静かにボールベルトに手を伸ばそうとする中、唐突に一人の少女が進み出で、仲間達に向けて、先に進むように促した。
反論や気遣いの言葉が飛び交う中、強い意志と口調によって他の少年達の異議を退けた彼女は、俺の顔を正面からひたと見据え、二つに分けた黒髪を逆立てるような気迫で、仲間達の前進を阻ませまいと立ちはだかる。

俺は敢えて、他の連中はそのまま行かせる事にした。 
階段を上がったこの先には、破れたラムダを除いた残り三人の幹部達が、各階に一人ずつ手ぐすね引いて待ち構えており、無理に此処で全員を引き受けずとも、別に問題は無い。 ……それにどの道、幹部連中でも押さえられないような相手であれば、俺が一時に全員と戦ってみたところで、何の成果も上げられはしないだろう。 
彼女の後ろを走り抜けていく連中が、視界の外に消え失せた時――俺は再び動作を再開すると、一番手となるモンスターボールをそっと掴み、開閉スイッチを確かめるように押し込むと、軽いステップと共に前に投げ放って、自らに課せられた闘いに向け、我と我が身を放り込んだ。

少女の実力は、前回とは比べ物にならない程の、飛躍的な進歩を遂げていた。 
俺がベトベターを繰り出したのに対し、彼女の先手はガラガラ。 迅速に投げ付けられて来た『骨ブーメラン』を『溶ける』でかわすと、間髪を入れず『地震』が襲いかかり、地面との接触率が上がっていたベトベターは、その衝撃をもろに喰らい、一溜まりも無くダウンする。
続いて場に躍り出たブラッキーは、『怪しい光』でガラガラを撹乱。 不利と見て引き下がろうとするところにすかさず『追い討ち』を仕掛け、有無を言わさず骨好きポケモンを討ち止めるものの、裏を掻かれた筈の彼女の目には、あの時と違って動揺の影すら見出せなかった。

次のポケモンを繰り出しながら、少女が叫ぶ。
「何故あの時見逃したのか」――  具現化したエビワラーの体が僅かに沈み、直後凄まじいスピードで弾け飛ぶ。 『マッハパンチ』が鋭くブラッキーの横腹にのめり込み、漆黒の獣が苦痛の悲鳴を上げる。
「ガキをいたぶる趣味なんてねぇからだよ」――  後ろに跳躍したブラッキーが、『月の光』でダメージを癒す。 窓から差し込む赤い斜陽が、月光ポケモンの試みを、微力ながらも後押しする。

追撃を仕掛けて来るパンチポケモンを、回復半ばのブラッキーが、再び『怪しい光』で迎え撃つ。 素早く目を瞑ってそれをやり過ごしたエビワラーは、そのまま勢いを殺さずに拳を突き出すも、捉えた相手はビクともしない。
入れ替わって『マッハパンチ』を受け止めたスリープが、覚えたての『サイコキネシス』でエビワラーを屠ると、俺は次のポケモンを解き放つ相手に向け、鋭い声音で切り返した。

「どうして俺達の邪魔をする」――  直接少女に照準を合わせ、スリープが『サイケ光線』を発射する。 ボールから飛び出したメガニウムが『光の壁』を張り、自らを盾にして少女を庇う。
「ポケモンを道具扱いにするなんて許せない」――  メガニウムが『神秘の守り』を繰り出して、スリープの放った『催眠術』を無効化する。 続いて放った『マジカルリーフ』が、狙い過たず精確に、催眠ポケモンの急所を撃ち抜く。

ぐらりとよろけるスリープを庇うように、再びブラッキーがフィールドに出る。 高い耐久力を背景にした、鉄壁の守備能力を誇る月光ポケモンに続き、俺は一気に決着を付ける為に、チーム最強のアタッカーである、相棒のクロバットをその場に加えた。 
対する少女の方も、既に戦闘中のメガニウムの隣にウィンディを呼び出して、此方の連携に抗する構えを見せる。 
差し込む赤い光は徐々に輝きを失い、長く伸びる影の色が目立たなくなっていく中、漸く全ての役者が出揃って、バトルはクライマックスを迎えた。
『光の壁』と『神秘の守り』により、既に小細工は通用しない。 力と力のぶつかり合いは、衰え始めた日の光に抱かれるラジオ塔内の空気を震わせて、固唾を呑んで推移を見守る人質達や敗残団員達の思いも余所に、薄暗い廊下を灼熱の決戦場に変貌させる。

逆落としに突っ込んだクロバットの『翼で打つ』は、側面から援護の為に仕掛けられたウィンディの『火炎放射』によって、メガニウムの体を捉えられないままに終わる。 攻撃を断念して切り返すこうもりポケモンに向け、ハーブポケモンの必中技(マジカルリーフ)が追撃の手を伸ばすも、ブラッキーの『追い討ち』が肋骨に炸裂した事によって、それは中途で寸断される。
懐に飛び込んで来た月光ポケモンに対し、すかさずウィンディが炎を纏った牙で喰らい付くが、直後その大柄な体は、漆黒獣の鋭い反撃により、強かに外壁に叩き付けられた。 『しっぺ返し』で大ダメージを受けた伝説ポケモンが、一時的に戦闘から脱落した瞬間を見計らい、再び急降下したクロバットが、何とか立ち直ったばかりのメガニウムの首に、強烈な一撃を叩き込む。
弱点を突かれてよろけるハーブポケモンを励ましつつ、少女は俺を睨みつけながらも、今度は憎しみを感じさせない声音を持って、叫ぶように訴えかける。

「何故あなたほどのトレーナーが、ロケット団に加担しているのか」――  踏み止まったメガニウムを気遣いながら、少女は「理解出来ない」と言う風に訊ねかけてくる。 横たわっていたウィンディが、歯を食い縛って首を擡げ、身を震わせながらも起き上がる。
「ロケット団員だったなら、腕が立っちゃあいけねぇのかよ」――  最早余力も残っていないであろう相手に対し、ブラッキーがダメ押しの一撃を仕掛ける。 勝利を確信したクロバットが、身を震わせる伝説ポケモンに対し、止めの『エアスラッシュ』を撃ち放つ。

既に、かわす力は残っていない筈だった。 ……次に訪れた結末を予想出来た者は、その瞬間には間違いなく、誰一人としていなかったに違いない。
最早相手の生き残り達は、ウィンディの『威嚇』によって辛うじて浮かしただけの体力しか、残っていなかった筈だったのだから。 

……或いは、彼らの体を動かしたものは、残りHPやPPとは、また別のものであったのだろうか――?

「あなたには、分かっている筈……!」  

少女の叫び声と共に、倒れ掛かっていた二匹のポケモン達の瞳に、新たな精気が宿った。 
メガニウムの前足がブラッキーの一撃を受け止め、ウィンディの体が跳躍して、目にも止まらぬスピードで、風の刃をすり抜ける。 
次の瞬間、漆黒獣は渦を巻く花片に飲み込まれ、クロバットは右翼に致命打を受けて、なす術も無く地に落ちた。 ……『新緑』に後押しされた『花弁の舞』は、鉄壁であった筈の月光ポケモンの体力をただの一撃で奪い去り、伝説ポケモンの『神速』は、チーム最速を誇るこうもりポケモンのスピードを持ってしても、防ぎようの無いものだった。 

僅か十秒にも満たない間に起こった出来事に、その場にいた全員が、凍り付いたように動きを止める中――天井に設置された館内放送用のスピーカーから、ラジオ塔の解放を告げる局員の声が、高らかに鳴り響く。
その勝利宣言に対し、ハッと我に立ち返った俺は、素早く倒れた二匹の相棒達をボールに戻すと、依然力無く転がっているスリープに対し、駄目元ながらも脱出指令を発する。 ……幸か不幸か、催眠ポケモンはその無茶な要請にもしぶとく応え、残された力を振り絞って、『テレポート』を発動させた。

不可思議な浮揚感に全身を押し包まれる中、目の前の少女が俺に向けて、何事かを口走る。
俺はその口の動きと表情から、彼女が何を口にしたのかを理解すると、飛び去るまでのホンの一瞬に、意思の表示を返してみせた。

「待って……!」と叫ぶ少女に対し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せた俺は―自らのその目の内に、何処か寂しげな光が宿っていた事には、全く気がつかないままに―パトカーのサイレンが押し寄せてくる、その建物を後にした。
 
 
 
それから、二週間余りの後――

俺は今、浅葱の町の外れにあるあばら家の一室で、そこだけ全く埃を被っていない寝袋の上に寝転びながら、此処までずっと連れ立って来た数人の仲間達の事を、ぼんやりと思い返していた。
連中が寝起きしていたところは、やはり俺が背中を預けている場所と同じく、ある程度埃が払われて、跡が付いている。 しかしその連中も、此処一週間の間に一人減り二人減りして、昨日からは此処の住人は、俺一人だけとなっていた。 

昨日出て行った最後の一人は、ずっと工作部門で共に働いていた、あの古参団員であった。 今回のラジオ塔の作戦でも、大勢の構成員達が逃げ切れずに逮捕され、幹部達の行方ですら定かではないと言うのに、彼はまたしても官憲の追及を巧みに逃れ、配下の新米達すら一人も損なわずに、まんまと脱出に成功していた。
どちらかと言うと、部下達の身の落ち着け所を見届ける為に付いて来ていたらしい彼は、別れ際になって初めて、実家が丁子の町にある事を打ち明け、故郷に戻って新たに人生をやり直す心算であると、例によってのひゃらひゃら笑いを浮かべながら、何処までが本気か分からない態度で、素っ気無く語る。

「関東に行ったアイツの事も気になるが、さし当たってはお前の方が心配だな……  ……ま、何とか落ち着いたら連絡くれよ。 饅頭辺りでも送ってやるぜ」

あの事件の後、晴れて指名手配犯となった俺の身の上や、関東に行ったまま連絡の付かないもう一人の同僚の安否を最後まで気に掛けながらも、別れ際にはワザとに軽い口調で締め括った彼の背中を、何をするでも無しに瞼の裏に思い描いている内――ふと俺は、何時の間にか周囲がすっかり暗くなっている事に気が付いて、少し唖然とした。 ……どうやら、自分でも気が付かないままに、ウトウトと眠り込んでしまっていたらしい。
大きく鼻で溜息を吐いてのっそりと寝袋の上に起き上がると、独り自嘲気味の苦笑を浮かべてから、そろそろと立ち上がる。 枕元に並べていたボールを腰に止めると、強張っている体を軽くほぐして、欠伸をしながら首を回す。

――そろそろ俺自身も、身の振り方を算段するべき時だった。


身支度を整えて外に出ると、未だに眠りに就き切れていない浅葱の町の中心街が、見た目も鮮やかな色とりどりの灯火を煌かせ、港に身を休める大小様々な船の船員達を、盛んに誘い込んでいた。 
町の中心から放射状に延びる道路には、行き交う車のヘッドライトが交差して、それらの頭上を一定周期で、町のシンボルである灯台の光が、帯となって通過する。 町の上空を掠めた光の帯は、そのまま遥か水平線をなぞる様にして海面を舐め、水上に突き出たあらゆる障害物を、暗闇の底から浮かび上がらせる。

あの強い灯台の光を生み出しているのは、たった一匹のポケモンだと言う。 ……ただ一匹の生命の光が、この地に息づく様々な命を照らし出し、安息の地を求めて訪れる数も知れない客人達に、進むべき道を指し示すのだ。
絶え間なく走り続ける灯台の光は、闇に慣れた俺の目には余計なものであったけれども、明々と輝く町の光にも全く色褪せる事無いその様は、何か強い訴えを帯びて、俺の心をそこに留め置く。

ロケット団にいた頃は、そうやって感傷的に物事を捉える事は、殆ど無かった。 
ポケモンは道具――それがロケット団員としての心得であり、全てのポケモンはロケット団の為に存在していると解釈するのが、組織の構成員に課せられた、唯一無二の哲学だった。
自ら望んで手を下した事は無いとは言え、組織が金目当てでポケモンを狩り立てたり、無理矢理な生体実験を繰り返したりするのは、日常茶飯事の様に受け止めていた。

当初は常に抱いていた仕事への嫌悪感も、日々の任務に身を費やしている内に、自然と薄れた。 ……爪弾きされていた所を拾われた俺には、組織を抜けて流れて行けるアテなんて、何一つとしてなかったから。
そうやって俺は自分自身に言い訳しつつ、紫苑の町でガラガラとカラカラの親子を狩り出し、桧皮の町のヤドンの井戸で、新人達の研修を行った。 
所詮気ままに生きているポケモンなんかには、自分達日陰者の人間の立場など、理解出来る訳が無い。 自分の身を守る事も出来ないような野生なら、人に淘汰されても仕方が無い――そう思いながら。

けれども、こうして改めて世の中というものを見つめ直してみると、自分達が如何にポケモンという存在に支えられて生きているのかが、手に取るように分かるのだった。 ……闇を切り裂くあの力強い輝きが無ければ、日々行き交っている無数の船舶は忽ち足元を見失い、その尽くが不安と孤独に怯える余り、立ち往生してしまう事になるであろう。

――そう。 丁度、今の俺自身の様に……


暫くの間、ただひたすら声も無く灯台の明かりを見詰めていた俺は、やがて大きな溜息を一つ吐くと、「フン……」と一つ鼻を鳴らしてから、折からカタカタと揺れ始めていた、腰のモンスターボールを手に取った。 ゆっくりとした手付きで開閉スイッチを操作すると、そのまま順繰りに四つとも、自分の周囲に解き放ってやる。
中から飛び出した手持ちの連中は、まるで次の指示を待ち焦がれているかのように、感傷的になっている俺の周りで、一様に士気の高さをアピールして見せた。 闇の中に炯々と光る八つの眼(まなこ)には精気が満ち、空を翔る星屑の輝きが光となって、彼らの瞳を静かに彩る。
そんな仲間達の姿に、俺はもう一度鼻を鳴らしつつ、今度は目に見える形ではっきりと苦笑して見せると、次いでゆっくりと首を幾度か振った後に、ポケットに利き腕を突っ込んで、一枚のコインを取り出した。 ……ロケット団残党として指名手配されてしまった今、取締りが厳しくなる一方の城都や関東に身を置き続ける事は、最早不可能である。

俺の手元にあるのは、ずっと行を共にして来た四匹のポケモン達と、幾つかの地下組織に関する、おぼろげな情報。 ロケット団員として数々の作戦で功を上げてきた経験が、今の俺が持っている、最大の武器だった。
流れて行くは、北か南か――  朽葉の港で砂中から拾い上げた、表側にホエルオーが彫り込まれた古い銀貨に、己の行く道を託す事にする。

一匹一匹に対してそれを指し示し、その場の全員にとっくりと眺めさせた後、俺は静かにそれを親指で弾いて、中空高く打ち上げた。
僅かな星明りを弾き、闇に溶ける事無く宙を舞う銀貨を、四匹のポケモン達は、瞬きもせずにじっと目で追う。

絶えず羽ばたきつつも全く音を出さず、硬貨の軌跡を見守り続けるクロバット。
――最初に出会った時、路地裏に張られていた防虫ネットに引っ掛かって、無力にもがいているのみだった盲目のこうもりポケモンは、今ではどんな闇の中でも見渡せる二つの目を持ち、鋼鉄製の金網だろうと、翼の一振りで造作なく打ち破る事が出来る。

地に座り込み、静かな息遣いで結果を待つブラッキー。
――当初は夜毎に後遺症に苦しみ、全く周囲に心を許そうとはしなかった遺伝子ポケモンは、徐々に打ち解けて行くにつれ生気を取り戻し、やがて自らの体を闇色に染め上げる事によって、苦痛の楔から解き放たれた。


立ち塞がりし少女が望み、それ以前には無言の少年が諭してくれた道程を、俺も昔は夢に見ていた。 
再び光の下に出でて、誰にも気兼ねせず後ろめたさも感じる事無しに、真っ直ぐに生きる。 漸く得る事が出来た、人生の糧――不慣れな闇中の道を、共に手探りで進み続けて来た掛け替えの無いパートナー達と、過去の柵に囚われる事無く、ただ直向きに――

……けれども、それは所詮叶わぬ夢。 ロケット団員として組織に加担した時点で、俺は表の世界に戻る資格を、完全に失ってしまっていた。
ポケモンを不当に扱う事を常としている組織の構成員は、ポケモン取り扱い免許を無条件で剥奪され、逮捕・起訴されてしまった時点で、手持ちのポケモン一切に於ける、親権と所有権を放棄させられるのである。


弧を描いて落ちるコインを、上目遣いに眺めるスリープ。
――倒れても尚止まざる闘志の催眠ポケモンは、どれだけ酷使されても期待を裏切る事無く、傷付いた体に鞭打って、常に的確に役割を果たす。

光の絶えた闇の底に身を休め、新月の空を見上げるベトベター。
――身を挺する事を厭わぬヘドロポケモンの働きは、戦いが激しければ激しいほどにその存在感を増し、死力を尽くして競り合うチームの仲間達に、最終的な勝利を約束してくれた。

両者の間に落ちた銀貨の表面には、滑らかな手触りが年月を感じさせる、波間に遊ぶホエルオーの像。 ……行く先の決まった俺の視線は、遠くに見える港に停泊している、一隻の船に注がれる。 
豊縁行きの大型貨物船を目標として見定め、屈んでコインを拾い上げた俺は、肩に掛けているショルダーバッグを背負い直し、静かに仲間達に出発を告げた。
体を摺り寄せて来るブラッキーの頭を優しく撫でてやり、スリープが『念力』でトスしたボールを受け取ると、体を伸ばして催促して来るベトベターをボールに回収し、羽音も立てず先行するクロバットの後に続いて、ゆっくりと前に向かって歩き出す。


あの時少女が言わんとしていた事の意味を、俺は確かに知っている。 ……闇の中に光を求める事の困難さも、そこに手を差し伸べてくれようとした、その温かさをも。
だがしかし、俺にはその手を取る事は出来ない。 光射す場に再び立つ為の代償が、今の自分自身にとっては、余りにも大き過ぎたのだから。
――最早、後戻りは出来なかった。 心を許してくれたこいつ等と共に生きて行く為には、一度選ぶ事となったこの道を、只管進み続けるしかないのだ。

この世界で生きて行く際、過度な望みを抱いたならば、やがては全てを失うだろう。 ……闇の中を歩む際に、最も大切な事――それは、何があろうとも自分を見失わずに、常に最後の矜持だけは、捨てずに保ち続ける事だった。 
自分が最も大事にしているものを、決して裏切らない事。 それさえ守り続けていれば、例え何処で生きて行こうとも、またどのように上っ面が変化し果てようとも、俺は俺であり続けられる。



時はポケモンを変え、また人をも変えて行く。

安穏と生きていた場所から放り出されて、早6年。 既に暗中を歩み続けて久しく、日陰に生きる事に慣れた俺には、闇を切り裂く強い光も、道を指し示す温かな灯火も、最早無用のものとなっていた。
今はもう、暗い闇の中でも方角を見失うような事は無く、未知なる存在に怯えたり、立ちはだかる柵に、不意に足を取られたりする事も無い。 再び光の下に転び出で、孤独と苦悩に打ちひしがれるよりは、住み慣れた闇の中を泳ぎ渡り、見果てぬ岸辺を目指して進もう。
――信じ抜き、傍らを歩み続けてくれるこいつ等と、同じ世界で共に生き、同じ喜びを分かち合い、同じ涙を流せるように。



雲一つ無い新月の空の下、蟠る闇に溶けて行く俺達の行く先に向け、小さな流れ星が一つ、水平に飛んで消えた。


―――――――――――――――


御題:【悪】
足跡三部作の一角にして、トリの一作でもある。



再投稿もやっぱり遅れに遅れましたが、取りあえず後書き(汗)

『悪』と言うお題が決まったのを受け、『悪役』→『歴代悪役と組織』→『流浪する下っ端』――と言った流れで思考が推移した結果、こんなお話と相成りました。
一人の無名の主人公を据え、前々から印象深かった下っ端団員共と交流させつつ各地を放浪させて、歴代の主人公達の前に立ち塞がらせる。  これが、当初のコンセプトです。

当然その場合、物語の主人公は随時成長していきますが、ゲームの主人公達はまだまだ未熟な時点でそれとぶつかる為、結果的に流れ者団員の成長と葛藤、そしてゲームの主人公達の挫折と奮起が、浮き彫りに出来るかなと目論んでおりました。  ……そんな気がした時もありました(爆)
結論として、普通に金銀・城都で区切ってしまいましたので、そんな描写は出来ず仕舞いでしたけども。 


書き始めた切っ掛けは、『竜の舞』の校正や連載作品の更新が滞っていた時、「そう言や俺、まだ御題で書いた事無かったっけな……」などと思い当たり、息抜きに現実逃避したのが理由だったりします(汗)  ……よってこのお話は、見ての通りあまり情景描写も丁寧では無いですし、語り口も練り切れてはおりません。
あくまで勢いとフィーリングに後押しされた作品ですから、基本的には、作者の記述願望第一で綴られております。  ……反省はしていませんが(爆)

その肝心の記述願望と言うヤツは、此処はもう単純に、『出したいヤツを出す』と言うものです(笑)
シルフで主人公に負け、「お前ぐらいの歳からポケモンやってれば――」と嘆いた下っ端。
ポナヤツングスカ支店に飛ばされたのを根に持っているはぐれ研究員。
丁子で『ラッタの尻尾』と言うパスワードを教えてくれ、後に黄金の地下倉庫で再会した、「ひゃひゃひゃ」と笑うロケット団員。
関東でエージェントとして発電所に潜入し、後にイッシュで家庭を持って、いかり饅頭を送られている外人団員に、金銀編で中ボス役を務めた、ロケット団残党の幹部達。
……これらの『思い出深い悪役達』に光を当てて、敢えてダークサイドからフューチャーしてみようと言うのが、この作品を書き始めた、最大の動機なのです。


そしてもう一つ、どうしても書いてみたかった事――  それは、単純に悪役として蹴散らされるのみの連中にも、それぞれの個性があり、また相応の人生観や、背景があろうと言うことです。
……例えどうしようもない様な悪党であっても、必ずどこかでは別な顔を持ち、極少数の相手のみであったとしても、好意を持って接し合う事はある筈。 仲間内や行きつけのバーでなら、普段の荒々しい物言いを潜めて軽い冗談を言い合ったり、落ち込んでいる相手を励ましたりする光景が、見られるに違いないだろうと思うのです。

確かに彼らは悪役として、何時も主人公達に突っかかって来るわけですが……それでもやはり、群れを成して集団の一部として生きている、小さな存在に変わりはありません。
実際のヤクザや暴力団が、世間からの指弾や警察の取り締まりに晒されつつも、何故潰れないのか……?  それは、行き場を失ってしまったあぶれ者や、表の世界では上手く溶け込めないはみ出し者達の、最後の受け皿として機能しているからです。

世間から爪弾きされてしまった者達が、最後に身を預ける場所――  心ならずも墜ちて来た者達の、最後の拠り所としての組織と言うものを、一度表現してみたかったのです。



……それでは!  
御縁があらば、また別の作品でお会い致しましょうです。  ここまで長々と付き合って頂き、有難う御座いました……!


【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【批評してもいいのよ】


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