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  [No.609] 嘘吐きの英雄 投稿者:夏夜   投稿日:2011/07/30(Sat) 14:47:04   38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 もしもbw主人公が♂♂の双子だったら……。
 ふとそんな事を考えてから始まった、夏夜の妄想と妄想と、原作(ゲーム)の流れから生まれた、王道すぎるゲーム沿い長編小説。
 双子好きホイホイですww

 ピクシブにも上げてありますが、ここでもさらしてみます。
 同時連載も多めに見てあげてください。(ちなみにこちらは亀更新)

 付属タグは
【批評していいのよ】
【描いていいのよ】
【書いていいのよ】
 です。
 全部ついてます、すみません。

 ※この作品は原作を尊重しています。


  [No.610] 00 プロローグ 投稿者:夏夜   投稿日:2011/07/30(Sat) 14:50:37   37clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




〜とある王様のお話〜


 彼は生まれてからずっと1人でした。

 彼は1人である事に疑問を持つ事はありませんでした。

 彼のトモダチは善悪のない存在である、ポケモン達だけ。

 彼の大切な者はトモダチだけ。

 時が経ち、成長して、彼はだんだん気づき始める。

 自分と同じ人間が、ポケモン達を苦しめているという事に。

 彼の耳にはトモダチの悲痛な叫びや、苦しみや、憎しみが、怨念のように響いてくる。

 彼は耳を塞ぐという事をしなかった。

 トモダチの悲しみを聞き

 トモダチの憎しみを聞き

 トモダチの失意を聞き

 彼はいつしかポケモンと人間は共にいるべきではないと考えるようになりました。

 ポケモンにとって人間は邪魔で、彼らがシアワセになるためには人間と離れさせなければならないと。

 自分は何ができるのだろう。

 小さな王様は考えました。

 トモダチを助けるために。

 トモダチをシアワセにするために。

 自分は何ができるのだろう。

 孤独な王様は考えました。



(僕は一体何をすればいいんだろう?)







〜とある兄の話〜


 彼は昔は2人でした。

 彼と弟はいつでも一緒。

 なんでも一緒。

 彼らは同一で平等。

 けれど2人は離れ離れになってしまいました。

 弟と離れて彼は途方に暮れます。

 自分はこれからどうすればいいんだろう?

 自分はこれから何をすればいいんだろう?

 離れた弟と同じ事などできるはずもなく。

 母と喧嘩別れした父に、弟の事など聞けるわけもなく。

 彼はイッシュと繋がる空を眺めて、1日を過ごしていました。

 そんなある日。

 彼は彼女に出会います。

 オレンジ色の体に、長い尻尾。

 そして尻尾の先には赤く燃え続ける炎。

 その町の博士は言いました。

「ヒトカゲは最後まで進化するとリザードンになるんじゃ」

 リザードン

 その名前を聞いたとき、彼は思いました。

 ポケモントレーナーになったら

 ポケモントレーナーになったら、空を飛んで、海を渡って、弟のいる所まで、1人でいけるのではないか?

「・・・・・・一緒に、来てくれるか?」

 彼が彼女にそう言うと、彼女は嬉しそうに彼の胸に飛び込みました。


(さあ、これからどうしよう)






〜とある弟の話〜


 彼は昔は2人でした。

 彼と兄はいつでも一緒。

 なんでも一緒。

 彼らは同一で平等。

 けれど2人は離れ離れになってしまいました。

 兄と離れて彼は途方に暮れます。

 自分はこれからどうすればいいんだろう?

 自分はこれから何をすればいいんだろう?

 離れた兄と同じ事などできるはずもなく。

 父と喧嘩別れした母に、兄の事など聞けるわけもなく。

 彼はカントーと繋がる空を眺めて、1日を過ごしていました。

 新しい友達も出来ました。

 おっちょこちょいで少しドジな女の子と

 クールで知的な男の子

 けれど、何が起こるわけでもなく、街から出るわけでもなく、彼は新しく出来た友達と一緒に平凡な毎日
を過ごしていました。

 兄に会いたい。

 兄に会いたい。

 10歳になれば、兄は迎えに来てくれるだろうか?

 そう思って待ち続けて5年間、10歳になっても、兄が現れる事はなかった。

 兄に会いたい。

 兄に会いたい。

 1人は寂しい。


(兄さん・・・・・・今日も来ないんだね)


  [No.611] 01 トウヤとリュウヤ 投稿者:夏夜   投稿日:2011/07/30(Sat) 14:51:57   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




 イッシュ地方、カノコタウン。
 桃色の、花の花弁が舞い散る、春の午前9時。カノコタウンのほぼ中央に位置する自分の家で、トウヤは、幼なじみのチェレンと共に、トウヤは1つの箱を、神妙な顔つきで眺めていた。
 その箱は長いリボンで丁寧に包装されたもので、今朝アララギ博士によって直接届けられたものだ。
「この中に、僕たちのパートナーとなるポケモンがいるんだよね。」
「・・・・・・うん。」
「こんな大事な日だっていうのに、ベルは・・・・・・また? 」
「あはは・・・・・・。」
 トウヤはあきれたように笑う。彼女の遅刻癖は今に始まったことではない。トウヤは5歳の時に、カノコタウンに引っ越してきたのだが、その時にはもう、ベルはウルトラマイペースな世間知らずの箱入り娘だった。遠足に行く時は、彼女のおかげで、出発時間は延びに延びたし、帰る時もまた同じだった。おそらく今回もそうなのだろう。
 トウヤとチェレンは、毎度の事ながらベルの遅刻癖に呆れてから、プレゼントボックスに再び目をやり、期待に胸を膨らますのだ。






「ここが、カノコタウン・・・・・・。」
 カノコタウンの入り口、1番道路の前で、リュウヤはつぶやいた。
 茶色い髪の毛の、童顔な少年だが、精悍な顔つきをしている。黒く、薄汚れたシャツと、あちこちがズタズタに切れたジーンズを着ている。
(一目、一目だけでいい。母さんとトウヤの姿がみれれば・・・・・・。)
 そう思いながら、かすかに青い匂いを放つ柔らかい草を踏みしめる。
 そして、自分の足元の草の感触や、どこか田舎なカノコタウンの風景を見て、リュウヤはふふっと笑いを漏らす。
「マサラタウンを思い出すなぁ・・・・・・。」
 ポツリとなつかしそうにつぶやいて、そして自身の言葉で、今、自分がおかれている立場を思い出す。
(早く行って、早く帰ろう。トウヤや母さんに迷惑がかかる。)
 そう思い、リュウヤは歩き出す。
 リュウヤは、カントー地方から来たトレーナーだ。
 カントーリーグを制した後、ジョウト、ホウエン、シンオウと、ジム戦を制してきた彼が、どうしてジムもチャンピオンロードもないこんな街に来たのか、それにはちゃんと彼なりの理由がある。
 彼は焦っていた。彼の立ち位置が、かなり危うい所にあるということもある。しかし、それ以上に、彼はとても寂しくなったのだ。
 ある出来事をきっかけに、自分ではどうしようもないくらいに、寂しくなってしまったのだ。
 しかし、リュウヤは気づいてはいなかった。
 彼は長居すると迷惑がかかる、と思っていたのだが、実際はそうじゃなかった。
 彼がこの街に訪れたのが、いや、イッシュ地方に足を踏み入れたのが、そもそもの間違いだったのだ。
「きゃあっ!!? 」
 トウヤの家はどこかと、さまよい歩いていると、ある家の前で中から飛び出してきた女の子とぶつかった。
 金髪で、緑色の帽子を被っている。けっこう可愛い。
 女の子は、長いスカートをゆらゆらと揺らしながら、リュウヤから体を離す。
「ごっごめんなさいっ・・・・・・ってアレ? トウヤ? 」
「え? 」
 突然、自分の名前ではない名前で呼ばれ、リュウヤは驚く。
「ごっめーん!! わざわざ迎えに来てくれたんだー!! ありがとっ。」
「え? あ、ちょ・・・・・・。」
「ささ、早くトウヤの家に行って、ポケモンもらいに行こ。」
「うわっ!? 」
 およそ少女とは思えない程の力で引っぱられ、リュウヤは危うくこけそうになる。しかし、少女はそんなことおかまいなしに、リュウヤを引っぱり、速度を落とさぬまま、トウヤの家に突入する。

「ごめーん、遅れちゃったぁっ。」
「遅いよベル、君がマイペースなのは10年も前から知っているけど、今日は僕らの記念すべき日となるのだから・・・・・・。」
「だからごめんって、もう! トウヤは優しいのに、チェレンってば嫌味!! 」
「・・・・・・僕が、どうかしたの? 」
 ひょこっとトウヤがチェレンの背中から顔をだす。
「何言ってるの、わざわざ私の家まで迎えに来てくれたくせに・・・・・・って、アレ? 」
「ん? 」
 そこで3人はやっとこの場の異常さに気がついた。
 ベルはトウヤが迎えに来てくれたという。しかし、トウヤとチェレンはずっとここに居た。けれど、ベルは自分の家からここまで、トウヤを引っぱってきたのだ。3人しかいないはずのこの部屋に、4人目の人間がいるのだ。
 それも3人が良く知る顔をした人物。
「・・・・・・よぅ。」
 もう1人のトウヤがそこにいた。

「「うっぎゃぁぁぁぁっ!! 」」
 ベルとチェレンが悲鳴を上げる。
「ド、ドッペルゲンガー!? たいへんっ、トウヤが死んじゃう!! 」
「い、いや、そんな非科学的なもの、存在するわけがない。きっと、ゴーストタイプのポケモンが、いたずらしてるに違いない。」
「カノコタウンにそんなのいるの!? 」
「いない・・・・・・けど。」
 2人が騒ぐ中、トウヤは至極冷静な様子で、言葉を紡いだ。
「・・・・・・兄さん。」
「「兄さん!? 」」
 2人が驚きの声をあげる。リュウヤはきまずそうに「・・・・・・おう。」と頬を掻く。その時、パタパタと足音が聞こえ、トウヤの、いや、トウヤとリュウヤのお母さんが、部屋に入ってきた。
「いま、すごい声聞こえたけど、だいじょう・・・・・・。」
「母さん。」
「・・・・・・リュウ・・・・・・ヤ? 」
 お母さんは驚いた表情をして、リュウヤの肩に触れる。そして、
「久しぶりねー、元気してた? 」
「軽いね、軽すぎるよ母さん。10年ぶりに息子に会ったっていうのに・・・・・・。」
「だってあんまりにもトウヤとそっくりなんだもの、久しぶりって気もしないわー。」
「俺もだよ、相変わらず過ぎて、なつかしい気分の感動とか、どっかいっちゃったよ。」
 そして、トウヤの方を向き、
「久しぶり。」
 と言う。
「ヒサシブリ。」
 無愛想に、トウヤも返す。
 お母さんはトウヤを1階に連れて行こうと背中を押しながら、トウヤ達に言う。
「ちょっとリュウヤを着替えさせてくるから、ポケモン選んじゃなさいよ!! 」
 ご機嫌な様子でそう言い、リュウヤと一緒に消えて行った。その背中を見ながら、トウヤはどうしたらいいのかわからない、得体の知れない感情がお腹の辺りをぐるぐるしているのを感じる。
 兄が嫌い・・・・・・というわけではない。
 ただ、うらめしい。
 ただ、許せない。
 しかし、リュウヤが現れた時、驚きながらも喜んでいる自分を、トウヤは感じ取ってしまっていた。自分の感情の正体を知っているからこそ、トウヤはどうしたらいいのかわからなくなった。
「トウヤ、君に双子の兄がいるなんて知らなかったな。」
「・・・・・・うん。話してないもの。」
 チェレンにそう答えて、トウヤは箱に巻かれたリボンを丁寧に解いていく。
「あっ、トウヤの家に届いたんだから、トウヤが1番に選んでね!! 」
「そうだね、異論はないよ。」
 そう言う2人に「ありがとう。」と返事をしながらも、トウヤ1階にいる兄の事を考えていた。
 カントーリーグ制覇を遂げた兄。
 ジョウト、ホウエン、シンオウと、数々の地方を旅して廻った、トレーナーとしては誇るべき兄。
(どうして、今更・・・・・・。)
 こんな所にきたんだろう、とトウヤは思う。
(どうして・・・・・・このタイミングで・・・・・・。)
 するりとリボンは解けたが、トウヤの頭の中の疑問が解けることはなかった。


  [No.612] 02 さみしかった 投稿者:夏夜   投稿日:2011/07/30(Sat) 14:54:35   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




 僕と兄さんはいつでも一緒。
 悲しい時も、楽しい時も、苦しい時も、2人でいれば寂しい事なんてなかった。
 姿かたち、声も一緒で、道行く人々がものめずらしそうな目で見たり、友達や親戚が僕たちを見間違えるのを見て、遊んでいたんだ。そんな、僕らの夢は、2人でタッグバトルのスペシャリストになるという事。
 どちらか一方しかなれないチャンピオンになんか、興味はなかった。
 僕は、兄さんが大好きで、10歳になったら、自分のポケモンをもらって、一緒に旅に出て、一緒に強くなって、2人でタッグバトルのスペシャリストになるんだって、ずっと思っていた。
 それが、本当にただの夢で終わってしまったのだと気づいたのは、12歳の時。
 5歳の時、僕は父さんと離婚した母さんに連れられて、ここ、カノコタウンに来た。兄さんは父さんと一緒にカントー地方に残ったが、それでも僕は10歳になれば、兄さんが迎えに来てくれて、一緒に旅をするんだってチェレンにもベルにも話さなかったが、僕は信じて疑わなかった。そんな期待を裏切るかのように、 あの知らせは人づてに僕の元に届いた。
 兄さんがカントーリーグ制覇をしたというのだ。
 チャンピオンの誘いを蹴って、ジョウトからホウエン、シンオウと、旅を続けている兄さん。本来なら嬉しく思うはずの報せに、僕はどうしようもなく、裏切られたような感じがした。
 兄さんはもう、旅をしているのだ。
 1人で。
 僕は兄さんが好きで、迎えに来るのをずっと待っていたのに。
 兄さんはまるで、『僕なんかいらない。』とでも言うかのように、旅に出てしまった。
 それから僕は早く旅に出たくてしょうがなくなった。早く旅に出て、つよくなって、兄さんに追いつくために。 兄さんと同じ実力を得て初めて、僕ら双子は平等になれる。そうしたら、僕が兄さんを迎えに行く。
 そう思っていた。
 そう思っていたのに、兄さんは今更、僕の前に姿を現した。
 まだ僕は兄さんに追いついていないのに。
 まだ僕は旅にすら出ていないのに。
 予想外の出来事に僕は驚いてしまい、どう反応していいのかわからなくなった。
「さ、トウヤ、君から選ぶんだよ。」
「あ・・・・・・うん。」
 チェレンに促され、トウヤは箱の中身をみつめる。
 3つのモンスターボールが無機質にトウヤをみつめている。
(兄さんはなんのポケモンを選んだのかな。僕は炎タイプが好きだったけど、兄さんは草タイプが好きだったなぁ・・・・・・。)
 そう思ったとき、僕は無意識のうちに、ツタージャのモンスターボールを手にしていた。

「母さん・・・・・・これはない。これはないよ・・・・・・。」
 1階でシャワーを浴びおえたリュウヤは、自身の母の用意した服を着て、苦笑いを零した。うすい蒼とグレーのジャケット、グレー交じりの黒いズボン、白と赤の帽子・・・・・・。
 どう考えても、先ほどのトウヤの格好と全く同じものだった。
「だって急にくるんだもの、トウヤの服しかなかったのよ。」
「いや、おかしくない? 同じ服を何着も持ってるの? どこのアニメの主人公だよ。」
「本当、こうして見ると瓜2つねー。見分けがつかないわ。」
「双子だからね・・・・・・って、俺の話聞いてる? 」
 そう言ってリュウヤはため息をつき、窓の外に目をやる。木の影にあやしい人影が見えるのに気がついて、リュウヤはぎょっとした。なぜなら、リュウヤはその人影の正体をしっていたからである。
(なんで、こんな・・・・・・早くに。)
 リュウヤはじっと窓の外の人影を見る。硝子に移った自分の姿の中に、奴らがもそもそと蠢いているのが見える。
「 ! 」
 その時、リュウヤは気がついてしまった。
 自分は奴らに顔が知られている・・・・・・。
 そしてその自分は、トウヤと同じ顔をしているのだ。
 リュウヤは、今さら気がついた自分を馬鹿だと思った。いや、元々馬鹿の自覚はあったが、ここまでだったとは予想外だった。
 今、リュウヤが逃げ出したとしても、奴らはトウヤとリュウヤの関係に気がつくだろう。気がつかなくとも、奴らはトウヤをリュウヤだと勘違いして襲うかもしれない。これから旅に出るトウヤにとって、それはいくらなんでも酷だというものだ。
(それだけは・・・・・・阻止しなくては。)
「・・・・・・リュウヤ? 」
「 ! 」
 母さんが不安そうに声をかけてくる。リュウヤは無理矢理笑顔を作って、
「なんでもないよ・・・・・・。」
 と答えた。
「そういえば、リュウヤ、最初のポケモンは何にしたの? やっぱり、フシギダネ・・・・・・かしら? 」
「いや、ヒトカゲだよ。もっとも、今は進化してリザードンだけどな。」
「あら! どうして? 」
 母親に追及され、リュウヤは照れくさそうに、
「あいつ・・・・・・、炎タイプ、好きだから。」
 と言う。その答えは、お母さんの予想通りの言葉だったらしく、お母さんは「そう。」と嬉しそうに微笑んだ。

 ズダンッ ガコンッ バコッ バコッ

 上から大きな物音と共に、ポケモンの鳴き声が聞こえてくる。
「あらあら、元気ねー。」
「室内でバトルって・・・・・・おいおい、バイオレンスな友達だな。」
「ちょっと様子、見てきてくれないかしら? 」
「・・・・・・へーい。」
 この服装で上に上がるのは気が引けるが、やはりお母さんのいう事に逆らう事はできないし、少し、トウヤのバトルしてるところを見てみたかった。
 階段をのぼり、トウヤの部屋に入る。
 そこはそれは酷い有様だった。高そうな薄型テレビは傾き、某ゲーム会社の大人気ゲーム機は倒れて転がり、ゴミ箱はむしろゴミを散らかす箱と化し、シーツや絨毯、天井や壁紙は、ポケモンの足跡でぐしゃぐしゃ・・・・・・。
「わーお・・・・・・。」
 苦笑いをこぼしながら、トウヤたちの方を見る。
 どうやら、トウヤとチェレンが戦って、トウヤが勝ったようだ。
「あ、兄さん、来たの? 」
「ん、ああ、母さんが様子見て来いって。」
「ごっごごごごごごめんなさいっ!! 」
 ベルがものすごい勢いで、頭を下げた。
「私がちょっとだけなら大丈夫って・・・・・・。それに、お兄さんとは知らず、思いっきり引っぱって来たりして・・・・・・ごめんなさい!! 」
「や・・・・・・ここ、俺んちじゃないし。それにさっきの事なら、少し驚いたけど(ベルの力の強さに)大丈夫だから・・・・・・ね? 可愛い女の子なら大歓迎だよ。」
「ふぇ!? 」
 思わぬ言葉にベルは顔を赤くする。あうあうと挙動不審になった後、「お母さんに謝ってくるー。」と、階段を降りていった。その後を「僕も行くよ。」と言ってチェレンが追う。
「僕と同じ顔で、ベルに妙な事吹き込まないでくれる? 」
「え、何? 彼女だった? 」
「・・・・・・違うよ。」
 トウヤはふいっと、そっぽを向き、階段を降りていってしまう。リュウヤはつまらなそうに頷き、その後を追った。
「騒がしくしてすみません。」
「あのぅ・・・・・・お片づけ。」
 1階では、ベルとチェレンがお母さんに謝っているところだった。お母さんは寛容にも、「いいわよ、私がやっておくから。」と言い、トウヤとリュウヤの方に目を向ける。
「トウヤ、どんなポケモン選んだの? 」
「・・・・・・ツタージャ。」
「あら! どうして? 」
「・・・・・・。」
 トウヤはちらりとリュウヤのほうを見やり、恥ずかしそうに目を伏せた。
「どうでもいいでしょ、そんな事。」
 その反応を見て、お母さんはやっぱり嬉しそうに笑うのだ。
 離れて育っても、この子達はこの子達なのだと。




「それじゃ、アララギ博士の研究所で。」
「うん、わかった。」
 チェレン達と別れ、身支度を始めるトウヤを、じぃっとリュウヤは眺めていた。
 お互いになんて切り出したらいいのかわからないせいか、重たい沈黙が続く。
「兄さん。」
「・・・・・・何? 」
 最初に口を開いたのはトウヤだった。
「旅は、楽しい? 」
「・・・・・・うん。」
「1人で、寂しくなかった? 」
「・・・・・・。」
 リュウヤは答えない。
 ジ――――ッとリュウヤが鞄の口を閉めた。それを背負って、部屋から出て行く。その背中を追いかけながら、リュウヤはトウヤに聞こえないように、小さくつぶやいた。
「さみしかったよ。」

『とてもとてもさみしかったよ。』

 そしてそんな寂しさを紛らわせてくれた、自身のポケモン達に感謝した。
 腰のモンスターボールがそれに答えるように、カタカタと揺れた。


  [No.613] 03 それでもやはり 投稿者:夏夜   投稿日:2011/07/30(Sat) 14:55:56   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「遅い・・・・・・ね。」
「ああ・・・・・・うん。」
 チェレンの言葉に、トウヤは“もう慣れた”とでも言うかのように頷いた。
 アララギ博士の研究所前、例のごとくベルは来ない。
「俺、見てこようか? 」
「・・・・・・なんで兄さんがいるのさ? 」
「暇だからだぞ。」
「・・・・・・人の旅立ちを娯楽にしないでよ。」
 にかっと笑うリュウヤにトウヤは冷たい眼差しを向ける。その視線から逃れるように「いってきまーす。」と、リュウヤはベルの家へ向かった。
 初めて来た所といえど、そんなに大きな町とはいえないし、なによりベルの家はトウヤの家より先に訪ねた場所だ。しっかりと覚えている。
「・・・・・・おじゃましまーす。」
 おそるおそるベルの家の扉を開けると、中から「だめだめだめーっ!! 」という男の声が聞こえてきた。
「どうして!? あたしだってポケモンもらったんだもん!! 1人で旅だって出来るもん!! 」
 ベルの声もする。
 どうやら、旅に出るかでないかで、父親と揉めているらしい。
「大丈夫だもんっ!! 」
 居間からベルが飛び出してくる。勢いあまってリュウヤにぶつかる。
「トウ・・・・・・ヤ? 」
「いや、リュウヤ。」
「 !?? 」
 リュウヤが名乗ると同時に、ベルは赤くなって飛び上がる。「さささっ、先に行ってるねっ。 」と言って、先に走っていってしまった。
「・・・・・・、・・・・・・。」
 ベルの父親が、居間で自分の奥さんに何か言っている。
「うちの娘が旅になんて出れるはずがない!! あんなに世間知らずで。あんなに可愛いのに!! 」
(可愛いって・・・・・・。)
「・・・・・・この父あってのあの娘、だな。」
 ぽつりとつぶやいて、リュウヤはベルの家を気づかれないようにこっそりと出た。




 アララギ研究所前に戻ると、3人はもう図鑑とタウンマップを手に入れたようで、一番道路の向こう側にいた。
 ベルも、先ほどのことを気にしているような素振りは全く見せず、明るく振舞っている。
「話はもう終わったのか? 」
「うん、これからカラクサシティに向かうトコ。」
「ふーん。」
 トウヤの言葉に、リュウヤは興味なさそうに頷く。その背中を、ベルがつんつんと突いた。「なぁに? 」と振り返るリュウヤに、ベルはそっと耳打ちする。
「さっきのは内緒だよ。」
「・・・・・・ん、わかった。」
 ベルの気持ちも汲んで、リュウヤは素直に頷く。ベルは恥ずかしそうに頬を赤らめ、帽子を被りなおした。
「ところで、なんで兄さんが着いてくるのさ。」
「暇だからだぞ? 」
「どんだけ暇なの? まさかずっと着いてくる気? 」
「さーてね。」
 トウヤの追求に、リュウヤはごまかすように笑う。そしてチェレンやベルの進んで行った先を見る。
「・・・・・・。」
 2人以外に誰もいないせいか、とても重苦しい沈黙が流れる。
(長いあいだ一緒にいなかっただけで、こうも気まずくなってしまうのか・・・・・・。)
 自分たちの絆の儚さを身近に感じ、小さく、自嘲気味にリュウヤは笑う。
「・・・・・・兄さん。」
 やはり、沈黙を破ったのはトウヤだった。
「兄さんはもう、イッシュ地方まわった? 」
「・・・・・・いや、カノコタウンにたどり着くために彷徨ったけど、ジム戦とかはしてないな。」
「・・・・・・そっか。」
 淡々とした口調で、トウヤは頷く。
「・・・・・・僕は、ジム戦に挑戦するよ。」
「え? 」
「イッシュ地方をまわったら、次はシンオウに行く。ホウエン、ジョウト、カントーも順番にまわるよ。」
「・・・・・・先のことまで考えすぎだろ。」
 リュウヤは笑った。
「今のことを考えろよ。」

「・・・・・・うん。」
 恥ずかしそうにトウヤは頷いた。
(強く、強くなりたい。)
 リュウヤを許す事はできない。
(早く追いつきたい。)
 でも、共に同じ道を歩める今が、とてつもなく嬉しくて。
(早く、肩をならべて歩きたい。)
 後ろから聞こえる彼の声が、かぎりなく愛しくて。

「おっ、見ろ、ヨーテリーだぞ。」
「・・・・・・本当だ。」
「あっちにはミネズミもいるなぁ。」
 リュウヤは草むらできょろきょろしながら、はしゃいでいる。
「兄さん、ポケモン連れてるの? 」
「・・・・・・あー、いや、カントーからずっと一緒にいる奴とイッシュで道に迷った時、偶然見つけたポケモンの2体だけだな。他はボックス。」
「ボックス? 」
「・・・・・・ん? ああ、捕まえたポケモンを預けたりできる所だよ。ポケモンセンターのパソコンからつなげるんだけど・・・・・・まぁ、その辺はアララギ博士が教えてくれるだろ。」
「ふーん・・・・・・。」
「まぁ、カラクサタウンに行く前に、こういう草むらでポケモンを育てていったらどうだ? 俺、トウヤのバトルしてるところ、見てみたいし。」
 「さっきは見損ねたからなー。」とリュウヤは言い、トウヤは草むらでツタージャをくりだす。相手はヨーテリーだ。
 ヨーテリーを相手にバトルを始める、トウヤとツタージャを少し離れた水辺の芝生の上に腰を下ろしてリュウヤは眺める。自分もあんな感じに、コラッタやキャタピー、ポッポを相手にヒトカゲと戦ったなぁ、と、5年ほど昔の事を頭に思い描く。それと同時に、トウヤを迎えに行かなかった、行けなかったということに、少しばかりの後悔を覚える。
 平等で対等で同一。
 それが彼ら双子の暗黙の掟だった。
 しかし、姿かたちは同じでも、心まで同じであれるはずがない。ましてや、住んでいる場所や環境が違ったのだ、経験もそれぞれ異なるものになるのは明らかだった。現に2人は一人称やしゃべり方、性格は全く違うし、好みも大幅に違う箇所があるだろう。
 リュウヤは知っていた。
 自分たちは決して同一の存在にはなれないという事に。
 しかし、だからこそ、お互いの存在が愛しくてしょうがなく、共に歩めるこの時間が嬉しいのだと。
「・・・・・・。」
 木の陰からじっとこちらを見つめる人間の気配を感じて、リュウヤはそちらの方に目をやる。敵の姿を探すと、意外とたやすく見つかった。おそらくたいした相手じゃないのだろう。
 ぱちりと、目が合う。
 リュウヤは動かない。相手をじっとみすえ、指先はモンスターボールに届く所に持っていく。
 相手が唾を飲み込むような動作をして、ざっざっざっ、と、木々の奥へと消えていく。
 リュウヤは肩の力を抜いて、トウヤの方を見ると、トウヤは、本日10体目のヨーテリーを倒した所だった。ツタージャもだいぶレベルがあがったようで、新しくつるのムチを覚えたらしい。
「・・・・・・ポケモンを育てるのって、こんなに大変なんだね。」
「おう、俺は1番最初のジムのエキスパートが岩タイプでな、最初のポケモン1体しか連れてなかったから、玉砕したなー。」
「え? フシギダネを連れてたんじゃないの? 」
「え、ああ、いや、その・・・・・・。」
 言葉に詰まり、照れくさそうに顔をそむけるリュウヤを助けるかのように、トウヤのライブキャスターが鳴った。
『ハァーイ、トウヤ、アララギよ。今、何処にいるのかしら? 』
「・・・・・・1番道路です。」
『OK、今からカラクサタウンのポケモンセンターに来てくれるかしら、そこで、トレーナーとしてかかせないものを教えるから。』
「・・・・・・はい、わかりました。」
 ピッとライブキャスターを切る。
 そしてツタージャを頭を撫でてからボールに戻し、そのまま何も言わずにカラクサタウンに向け歩き出した。その後ろを、ニコニコと笑いながら、リュウヤが着いていく。
 しばらく歩くと、目の前に、寂れた感じの古い、小さな町が見え始めた。
「あれだな、カノコタウンに行くとき通った。」
「・・・・・・うん。」
 カラクサタウンは文字通り木の葉の枯れたような雰囲気の街で、これが俗に言う過疎化地域という奴なのだろう。でも、トウヤもリュウヤも、こういう雰囲気の街は嫌いじゃなかった。
 トウヤはいったんリュウヤと別れ、アララギの待つポケモンセンターへ向かおうとする。トウヤは名残惜しそうにリュウヤの姿に目をやり、
「すぐ、戻ってくるから。」
 と言う。
「おう、待ってるよ。」
 そのリュウヤの返事に安心したのか、トウヤは全国共通の赤い屋根の建物に走っていった。その自分そっくりの背中を見送ってから、リュウヤはてもちぶたさにあたりを見渡した。すると、広場になにやら人だかりが出来ていて、そこにチェレンの姿もあった。
「おーい、チェレーン。」
「何? 」
「・・・・・・って名前だったよな? 」
 冷静すぎる目を向けられ、リュウヤはたじろぐ。
「名乗りもしない人間に、名前を呼ばれるのは、あまりいい気がしないよ。」
「お、おお、悪い。俺はリュウヤ、知っての通り、トウヤの双子の兄、よろしくな。」
「・・・・・・チェレンだよ。知ってると思うけど。」
「それにしても、お前、よくトウヤと間違えなかったなー。親でも間違える事が多かったのに。」
「何いってるんだい? 君とトウヤは全然違うよ。外見はともかく、中身は欠片も似ていない。」
「・・・・・・まぁ、たしかに。否定はしねぇけどさ。ところで、何が始まるんだ? 」
「さぁ? 何かの演説? みたいだけど。」
 広場の中央に、水色のフードを被った、コスプレ染みた格好の男女に守られるように囲まれた、長い髪の毛の初老の男性がこれまたコスプレ染みた格好で立っている。
(もう春なのに・・・・・・暑くねぇのかな? )
「もしかして、あのおっさん冷え性? 」
「知らないよ、てか、なんの話? 」
 チェレンの突っ込みは聞こえないふりをして、リュウヤは突如現れたコスプレ集団を食い入るように見つめる。チェレンはそんなリュウヤを見て、
「ガキだね。」
 とつぶやく。
 普段から、おとなしく、物静かで冷静なトウヤを見てきたチェレンは、トウヤと同じ顔をした、トウヤの“兄”が、こんなどうでもいいことに目を輝かせている事が信じられなかった。そして、先ほどの脈絡のない会話。トウヤもたまに意味のわからない事を口走る事があったが、リュウヤのそれは、トウヤのそれをはるかに上回っていると、チェレンは感じていた。
 チェレンのつぶやきは聞こえていないようで、リュウヤは相変わらず興味心身な様子で、コスプレ集団を見ている。
「皆さん。」
 初老の男性が1歩、前へ出た。
「私の名前はゲーチス、プラズマ団のゲーチスです。」
 ゲーチスと名乗る男は、そう前置きしてから、次の言葉を紡いだ。
「今日皆さんにお話しするのは、ポケモン開放についてです。」
 一瞬、あたりがどよめいた。
 この言葉を聴いて、リュウヤは「こいつらはヤバい。」という認識を持つ。
 先ほどまでは、ただの珍妙なコスプレ集団だったのだが、さっきの言葉と、ゲーチスの目を見て、リュウヤは彼にカントーのロケット団やホウエンのマグマ団、アクア団、シンオウのギンガ団などと同じような嫌な感じを感じ取ったのだ。これらの地方で起こった事件は、地元の友人が主な戦力となり、共に事件を収束させようと躍起になった。そんな、危ない事に自ら進んで首を突っ込んでしまうような性分だったためか、一目見て、プラズマ団のゲーチスなるこの男が善人ではないことがわかった。
(・・・・・・まずいな。)
急にリュウヤは真剣な顔になる。
 自分はすでに、ある厄介事に巻き込まれているし、それによって起こりうる被害が、トウヤに向かないようにトウヤを守る、義務と責任がある。性分とはいえ、さすがに手が回らない。
(イッシュの人には悪いけど、俺が一番大事に思ってるのは、トウヤだから・・・・・・。)
 それにあんな思いをするのは、もうごめんだった。
 そう言い聞かせ、リュウヤは演説を始めるゲーチスに再び目を向ける。
「・・・・・・我々人間はポケモンと共に暮らしてきました。お互いを求め合い必要としあうパートナー・・・・・・そう思っていられる方が多いでしょうが、本当にそうなのでしょうか? 我々人間がそう思いこんでいるだけ・・・・・・。そんな風に考えた事はありませんか? 」
「・・・・・・。」
 リュウヤは冷めた目でゲーチスを眺めながら、おとなしく演説を聴いていた。
「トレーナーはポケモンに好き勝手命令している。仕事のパートナーとしてもこき使っている。そんな事はないと誰がはっきりと言いきれるのでしょうか? ・・・・・・いいですか皆さん、ポケモンは人間とは異なり未知の可能性を秘めた生き物なのです、我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。そんなポケモン達に対して私たちがすべきことは何でしょうか? そうです! ポケモンを開放することです! ・・・・・・そうしてこそ、人間とポケモンははじめて対等になれるのです。皆さん、ポケモンと正しく付き合うためにどうすべきか良く考えてください。というところで私ゲーチスの話を終わらせていただきます。」
 ゲーチスは1歩下がり、
「御清聴感謝いたします。」
 そう締めくくり、来た時と同じように、部下たちに守られるようにしながら去っていった。
 演説が終わると同時に、群集は散り散りになっていく。どの人も先ほどの演説の内容を少なからず気にしているようで、浮かない表情をしている人も少なくない。
「君のポケモン・・・・・・、いまはなしてよね。」
 散り散りになっていく人の中、1人だけその場に残った青年が、人の波の間をすり抜けるようにして、リュウヤに近づいてきた。
 その青年は、リュウヤの目の前に来ると、静かな、アルト調の声で唄うように言った。
「君のポケモン、今、しゃべったよね」
「え?」
 リュウヤが唐突な問いかけに思わず声を出す。
 白と黒の帽子の下から、緑色のくせ毛が長く伸びているが、体格的には男だろう。顔は目深に被られた帽子のせいかもしれないが、どこか、影のある表情をしている。
「随分と早口なんだな」
 チェレンが割って入ってきた。
 青年への警戒心をむき出しに、疑い深い表情で続ける。
「それにポケモンがしゃべった・・・・・・だって、おかしなことをいうね」
 科学的思考の強いチェレンは「信じられない」といった顔で、青年を見る。リュウヤも青年の言葉を根っから疑っているわけではないが、あまり信じる気にはなれなかった。他の地方にも、「ポケモンと言葉が交わせる」という人間は少なからずいた。しかし、そのほとんどが、営利目的のインチキ商売で、本当にポケモンと言葉が交わせる人間なんて、いないに等しいものだった。だが、そんななかで、リュウヤは一度だけ、ポケモンとテレパシーで言葉を解するトレーナーと会ったことがあった。彼は、力のことを隠し、ポケモンと一緒にひっそりと暮らしていた。
(そういう力がある人は、普通力のことを隠したがるものじゃないのだろうか?)
 これは昔会った人たちを見て培われた、リュウヤの独断と偏見による考えだが、リュウヤ自身、これを間違っているとは思わなかった。
 だから、どうしてもこの青年の言う事に、信憑性が感じられなかったのである。
 青年は、チェレンの言葉を受け、自信たっぷりに言った。
「ああ話しているよ」
 それから、哀れむようにチェレンとリュウヤを交互に見て、
「そうか、君たちにも聞こえないのか、かわいそうに」
 と、つぶやくように言う。
(かわいそうなのはお前の頭だろう)
 そう言いたげなチェレンのことは、眼中にないのかあまり気にせずに、「ああ、自己紹介がまだだったね」と切り出し、
「僕の名前はN」
 と、本名かどうかも怪しい名前を堂々と名乗った。
「僕はチェレン、こっちは……」
 Nのことは快く思ってないが、名乗られたら名乗り返す主義のチェレンが、自分とリュウヤの自己紹介をしようとする。その言葉を遮るように、リュウヤが口を開いた。
「トウヤ」
「え?」
 予想とは全く違う名前にチェレンがリュウヤのほうを見る。リュウヤはチェレンにいたずらっ子のように微笑んで見せ、もう一度言う。
「俺の名前はトウヤ」
 そして、いつもの調子で話を続ける。
「……アララギ博士に頼まれて、ポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところ」
「最も、僕の最終的な目標はチャンピオンだけどね」
 最後にチェレンが付け足した。
「ポケモン図鑑ね」
 Nが呆れたような口調で言う。
「そのために幾多のポケモンをモンスターボールの中に閉じ込めるんだ……僕もトレーナーだが、いつも疑問で仕方がない、ポケモンはそれでシアワセなのかって」
 その口調は本当にポケモン達を哀れんでいるようで、同時にポケモンへの愛情が滲み出ているようにも感じた。
「あんたは、さっきの演説の支持者か何かか?」
 リュウヤが訊く。
 しかし、さっきのゲーチスのような『やばい感じ』は、このNという青年からは、全くかんじられなかった。不思議な雰囲気を持っているが、おそらく奴らとは何の関係もない、ただの一般人なのだろう。
 リュウヤはそう考えて、あえて深く訊いた。
「……そうだね、そうかもしれない、でも僕は今とても迷ってる。この迷いを振り切るために……トウヤだったか、キミのポケモンの声、もっと聞かせてもらおう」
 そう答えて、Nはチョロネコを繰り出す。
「……バトルか」
 そうつぶやいて、リュウヤは腰のモンスターボールに手を伸ばす。
 一瞬、リザードンを出してしまおうかと思ったのだが、イッシュ地方にいない、カントー地方のポケモンを、“新人トレーナーであるはずのトウヤ”が出すのはあまりに不自然で目立ちすぎる。
 リュウヤは咄嗟に、カノコタウンに来る前に捕まえたポケモンを使う事にした。
 それは、灰色の美しい毛並み、丸く、大きな耳、ふさふさ、もふもふの尻尾……。
「……チラーミィ?」
 Nが首を傾げる。
「僕が聞いたのは、別のポケモンの声だったんだけど……」
(そう、もっと大きくたくましい、獰猛で強いポケモン……)
「……どうかしたか?」
「……いや、なんでもない」
 Nは特に気にしないようにして、バトルに集中する。
 先攻を取ったのは、Nのチョロネコだった。
「チョロネコ、たいあたり!!」
「かわせ、チラーミィ」
 すばやい動きで突っ込んでくるチョロネコを、その頭上に飛ぶようにして、チラーミィがかわす。
「そこから、スイープビンタ!!」
 リュウヤの指示とほぼ同時に、チラーミィは自分の長い尻尾を、下にいるチョロネコに叩きつける。
 1、2、3、……。
「よし、5回当たったな」
 バトルに気を置きながらも、リュウヤは相手であるNを注意深く観察する。
 ポケモンの声が聞こえるという(自称)彼は、やはりバトルをしているなかでも、どこか浮世離れした雰囲気を放っており、口元には絶やさず笑みを浮かべている。
(バトル経験は、あまりなさそうだな……)
 “才能はあるかもしれないが”とリュウヤはつけたし、「それでも、俺の敵じゃあない」と小声でつぶやく。そして、再びチラーミィにスイープビンタの指示を出す。
(トウヤといい勝負って所か……うかうかしてたら抜かされちまうな)
 倒れるチョロネコをみながら、リュウヤはそんな事を考えていた。
「……!!」
 Nはリュウヤのチラーミィを見て、驚いた表情をし、ボソリと何かをつぶやいた。
 チョロネコにお礼を言いながら、彼女(もしくは彼)を、ボールに戻し、リュウヤに向き直る。
「モンスターボールに閉じ込められている限り……、ポケモンは完全な存在にはなれない。ボクはポケモンというトモダチのため、世界を変えねばならない」
「……」
 リュウヤは黙ってNを見据える。
 一瞬だけ、ゲーチスに感じたあの『やばい感じ』が、この青年からも発せられたような気がした。
 しかし、それも気のせいかとも思えるほど短な間だけで、Nはやはり変わらず、どこか影のある微笑を称えながら、軽い足取りで街の奥に去っていった。
「……へんなやつ」
 チェレンがぼそりとつぶやく。
「……そうだな」
 ボソリと、リュウヤも返した。
 戦いを終えたチラーミィが、リュウヤの肩に乗ってくる。ふわふわとした毛が、リュウヤの頬をくすぐる。
「……まぁ、気にすることはないよ、ポケモンとトレーナーは支えあって生きている!!」
「……」
「……なんだい? その怪訝そうな顔、まさか君までポケモンを解放すべきだ、なんて言いだすのかい?」
「まさか……いや、どうだろうな」
 強い口調でチェレンに聞かれ、リュウヤは肩をすくめる。
「Nの話やおっさんの演説の内容は、端的にはごもっともだと思うよ。現にポケモンを道具や商品としか考えない人間なんて、この世には腐るほどいる。ポケモンにしてみればたまったもんじゃないだろうね。……だけど、チェレンの言うような『支え合って生きている』トレーナーとポケモンだって、この世界にはたくさんいる。俺は、そういう奴らと競い合い、励ましあって生きてきた。それに、モンスターボールに入ってようとなかろうと、ポケモンと人は通じ合えるし、ポケモンはポケモンだ。俺の持論だけど」
「……何が言いたいの?」
「両方正解だと思うから、どちらが間違いだ、どちらが正しい、なんてわからないって事。もしかしたらこれは正解なんてない疑問なのかもね」
「……じゃあ、君はどうするのさ」
 いらだったようなチェレンの口調に、リュウヤは「おっかないねぇ」と再び肩をすくめて、
「どうもしないさ、俺は変わらずこの子たちと生きていく。それでこの子たちが苦しんでいるのか、嬉しいのかはわからないけど。……強いて言うなら、これは俺のエゴなのかもしれない」
 擦りよってくるチラーミィの頭を、左手で撫でながら、リュウヤは自嘲気味の笑みを浮かべる。
「俺が、この子たちのそばにいたいんだ」
「……」
 チェレンはそう言うリュウヤを黙ったまま見つめる。
(もしかしたら……この人はトウヤや僕なんかよりずっと大人で……)

(色んなものを見てきたのかもしれない)

 それこそ、汚いものも、美しいものも……。
 そう思いながら、チェレンは沈黙を破るかのように、口を開いた。
「僕はジムリーダーに挑戦して、チャンピオンを目指す。……いつか、あんたとも戦ってみたい」
「……たのしみにしてるよ」
 きびすを返して去っていくチェレンに、リュウヤは右手で手を振った。
「……」
 チェレンは後ろで手を振っているリュウヤの気配を感じながら思う。
(リュウヤはカントー出身だと聞いた。ここからカントーは、身1つで旅をするにはかなりの距離がある……。きっと相当な実力を持っているのだろう)
 チェレンは、先天的な直感で感じ取っていた。今の自分ではリュウヤには勝てないという事を。
 そして物事には順序というものがあると思っていた。
(リュウヤと勝負するために、まずジムリーダーと戦って己を磨き、トウヤにリベンジするんだ)
 チェレンは知っていた。努力なくしては勝利を得ることは出来ないという事を。
 チェレンは知らなかった。その努力で得た力の先で、自分が何をしたいのかという事を。


  [No.614] 04 紫のいたずら 投稿者:夏夜   投稿日:2011/07/30(Sat) 14:58:04   51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




「それが兄さんのイッシュで捕まえたっていうポケモン?」
「ああ、チラーミィっていうポケモンだよ。アララギ博士も持ってただろ?」
 Nが去った後、5分足らずでポケモンセンターから戻ってきたトウヤに、肩に乗っているチラーミィについてきかれて、リュウヤは振り向きながら答える。
 興味深そうにチラーミィを眺めながら、トウヤはリュウヤの横に並び、ポケットに手をつっこむ。
「で、これからどうするんだ?」
「ん」
 トウヤは黙って母からもらったタウンマップを広げる。
「ジム戦に挑戦するにしても、そうでないにしろ、進む道は1つだな」
「うん、2番道路を抜けて、サンヨウシティに行こう」
「了解っと、買い物とかはいいのか?」
「もう済ませた」
 先ほど出てきた赤い屋根の建物を横目で見ながら、トウヤは静かに答える。
(ああ、この地方はショップとポケモンセンターが同じ建物にあるんだっけ?)
 そう思い返しながら、慣れない地方に、少しばかりの不便さを感じる。
 ゆったりとしたアコーディオンの音色(どこかで誰かが轢いているのだろうか)を聞きながら、2人は2番道路に向けて歩き出した。
 このカラクサタウンはそんなに広い町ではない。すぐに2番道路と繋がる改札に到着した。
「此処の地方はこういう改札が至る所にあって、電光掲示板には、近くの町や道路の情報が事細かにのってるんだ」
「……なんで、イッシュ出身の僕より詳しいの?」
「……そりゃ、カノコまで歩いてきたからだよ」
 はっはっはっ、と笑いながらリュウヤは電光掲示板に目をやる。
 “いたずらポケモンが出ます!! 荷物を盗られないよう注意……2番道路”
 そんなテロップが流れていた。
「物取りポケモンだって、世も末だねぇ」
「いたずらポケモンって言いなよ、その言い方すごく人聞きが悪いよ」
 同じようなモンだろ? と肩をすくめるリュウヤに、呆れたようにトウヤはため息をつく。
 悪いポケモンなど、この世にはいない。
 誰かがそういった本を書いたとチェレンは言った。
 嘘か本当かは定かではないが、そうだとすれば、この盗難ポケモンもいたずらか、あるいはそれ相応の理由があってそういうことをしているのだと、トウヤは思っていた。
「まぁ、2番道路自体はそんなに長くないみたいだし……日が落ちる前に抜けよう」
「……うん」
 頷きながらトウヤは改札から2番道路に向けて足を踏み出した。
 その時だ。
 トウヤの頭上を何かがかすめ、トウヤのかぶっていた帽子が何者かに掠め取られる。
「!?」
 驚いて、トウヤは先ほどまで帽子のあったところを、ペタペタと触る。
「あそこ!!」
 リュウヤがトウヤの帽子を盗った何者かを見つけ、指さした。
 トウヤの斜め左、数メートルほど離れたところに、それは帽子のつばをくわえたまま、すました顔ですわっていた。
 三角の耳と、紫色の体毛を持つ、長い尻尾をゆらゆらと揺らしたポケモン……。
「……チョロネコ?」
 図鑑を開いて確かめながら、トウヤはつぶやく。
「きっとあいつだな、“物取りポケモン”」
「……“いたずらポケモン”」
 リュウヤの茶化すようなセリフを、わざわざ訂正してから、トウヤはチョロネコに向き直る。
「帽子、返してくれないかな。それ、大事なものなんだ」
 なるべく優しい口調になるように心がけながら、トウヤはチョロネコに言う。
 しかし、チョロネコはふい、とそっぽを向きながら、馬鹿にしたように目を細めた。
「……む」
 馬鹿にされてるのがわかったのか、トウヤがわずかに顔をしかめる。
 チョロネコは鼻で笑ってから、身軽な動きで草むらの奥へと消えていった。
「あっ!! 待って!!」
 慌ててトウヤはチョロネコを追いかけ、リュウヤはそのトウヤを追う。
 けれど、ポケモンと人間では俊敏性や瞬発力など、身体能力がそもそも違う。おまけに、あのチョロネコはこの2番道路のポケモンで、地の利も向こうのものだ。捕まえるどころか、追いつくことすらできない。3分としないうちに、2人はチョロネコを見失い、くさむらのなかを彷徨い歩く。
「おい」
 いきなり声をかけられた。
 赤い帽子、赤い服を着た、白い半ズボンの少年だ。
「俺は短パン小僧のケンタ、あのチョロネコ、お前たちのポケモンだろ」
「は?」
 唐突に怒ったようにしゃべりはじめる少年、ケンタに、2人は戸惑いを隠せずに、同時に同じモーションで首を傾げる。
「俺はあいつに大事な相棒のモンスターボールを盗まれたんだ!! 返せよ!!」
「ちょ……待って……っ!!」
 掴みかかってくるケンタに、戸惑いながらもトウヤは抵抗する。
 しかし、履いてる靴が悪いのか、足首をひねって後ろに転びそうになる。
「ちょっと待った」
 しりもちをつきそうになるトウヤを引っぱり、抱きとめながら、リュウヤはケンタを蹴っ飛ばす。
「何すんだ!!」
 顔を上げて噛みつかんばかりの勢いで食ってかかろうとするケンタの顔面を、リュウヤは再度踏みつけて黙らせる。
「大丈夫か?」
「……う、うん。でも、いきなり蹴るのは良くないと思うよ」
 リュウヤから離れて、自分の足でしっかり立ちながら、トウヤは鼻を押さえているケンタに白いハンカチをを差し出しながら、
「……僕らはチョロネコのトレーナーじゃないよ、大丈夫?」
「っ嘘付け!! あのチョロネコ、あいつと同じ帽子持ってたぞ!!」
「……その帽子はトウヤのだ、さっき盗られたんだよ」
「へ……?」
 リュウヤの言葉にケンタは口を開けて呆ける。
 トウヤは「わかってくれたんだろうか?」とため息をつく。
 リュウヤの肩に乗ったチラーミィが、くわぁっと大きな欠伸を漏らした。





「なんだー!! そうだったのか、そりゃ悪かったな!!」
「こちらこそ、蹴っ飛ばして悪かったな」
 誤解が解けた両者は、まず謝るところから始まった。
「さっき、言ってたけど、モンスターボール盗まれたって本当?」
「……ああ、ヨーテリーの入ったモンスターボールを盗られた。他にも財布とか、トレーナーカードとか、バッジケースとか盗まれた奴もいるぞ」
「……ここに、帽子盗まれた奴がいるから加えとけ」
「うるさいよ」
 リュウヤを小突いてから、トウヤはケンタに聞く。
「君は此処であのチョロネコを探してるの?」
「ああ、俺の大事な相棒の入ったモンスターボールだからな、何がなんでも取り返すさ」
「……他の人は?」
「皆あのチョロネコを捕まえようと息巻いてるよ、少し奥に行けば結構な人数がいるぞ」
「ふーん……」
 興味なさそうにリュウヤが頷く。
 肩の上のチラーミィは退屈なのか、うたた寝を始めていた。
「どうする? トウヤ」
「え?」
「盗まれたのは帽子だから、そんな値打ち物じゃないし、大切なものでもないだろ。ほっといて先に進む事だってできるが……」
「探すよ」
 きっぱりと、トウヤは言った。
「……そうか」
 あえて理由は聞かず、リュウヤは「トウヤの意思に従う」と、頷いた。
 トウヤは野生のポケモンがたくさん出てくるくさむらを歩くので、ツタージャをモンスターボールから出し、先頭に据える。
「ツタージャ、チョロネコのいる所ってわからない?」
 トウヤは訊くが、ツタージャはしばらく考えてから、首を横に振る。
 ピクシーやコンパン、ガーディ、マリルと違って、よく見える目や、よく利く鼻、耳を持っていないツタージャに、ポケモンを探し出すことはできないだろう。
 2人はケンタも連れて、とりあえずポケモンのいそうな所を探しあるいた。
 けれど、出てくるのはヨーテリーやミネズミ、チョロネコは全く出てこない。
「なかなか出てこないな」
「うん」
「……あのさぁ」
 2人の会話に、ケンタが割って入った。
「お前ら双子なの?」
「遅いな!!?」
 遅すぎるケンタの質問に、リュウヤがつっこむ。
 トウヤがリュウヤと自分を指さしながら、
「こっちが兄のリュウヤで、僕が弟のトウヤ」
「で、お揃いの服着て歩いてんのか、見分けつかねぇな」
「まぁ、親も間違えるくらいだからなぁ……っと、そういやぁ、1人いたな」
「……何が?」
「俺たちの見分けがつくやつ」
「へぇ」
 ケンタが感心したような声をだす。
 トウヤが小声で「誰?」とリュウヤに訊く。
「チェレンだよチェレン」
「え?」
「あいつ曰く、俺とトウヤは全く違うらしい」
「……へー」
 リュウヤの言葉に、トウヤは心此処にあらずといった風に頷く。余所見をしていたためか、道端にできたくぼみにつまづいて、トウヤは派手にころんだ。
「トウヤ!?」
「おいおい、大丈夫か? んなランニングシューズ履いてねぇからだよ。動きにくいだろ」
「……持ってないし」
 ケンタに向かってボソリとつぶやいてから、ぽんぽんと服を叩いて立ち上がるが、右足を着いた時に「うっ」と顔をしかめる。
「捻ったのか? 見せてみろ」
「……大丈夫だし」
「大丈夫じゃねぇだろが、ほら」
 鞄から簡易救急箱を取り出し、トウヤをその場に座らせる。
 簡単な手当てを柄にもなく繊細な手付きでテキパキとこなしていくリュウヤを見て、トウヤはどうしようもない経験の差を再度確認してしまう。
「手馴れたもんだな」
「年季が違う」
 感心したような口調でつぶやくケンタに、リュウヤは短く返す。リュウヤのその言葉にケンタは「なんだよそれ」と笑いながら返すが、トウヤはリュウヤの戦歴を考えると、とても笑う気にはなれなかった。
「よっ……と」
 リュウヤの力を借りてトウヤがやっと立ち上がった時、トウヤのライブキャスターが鳴った。
「あれ?」
「誰からだ?」
 ピッとトウヤがライブキャスターの受信ボタンを押す。
「トウヤ!!」
 ライブキャスターの向こうから、聞きなれた女の人の声がした。
「母さん?」
「そう、ママです。そっちはどう? そろそろポケモンと仲良くなって、旅の楽しさをかみ締めている頃かしら?」
「いえ、今まさに旅の厳しさを体感しているところなのですが」
「ちょっと用があって連絡したんだけど、2番道路の入り口まで戻ってきてくれるかしら」
「無視ですか、お母様」
「じゃあ、切るわねー」
 一方的にしゃべられるだけしゃべられて切られたライブキャスターを呆気に取られながら見て、リュウヤは「戻るか」と肩を落としながら言い、トウヤの肩を支える。
「お前らの母ちゃんおもしろいな」
「……はは」
 ケンタの声に、トウヤとリュウヤは乾いた笑い声を漏らした。

「そうだ、一回カラクサタウンにもどるからな」
「え?」
 段差を乗り越えながらリュウヤは隣にいるトウヤに言う。
「足の手当てしなきゃいけないからな」
「……でも」
「帽子くらいいいだろぉが、モンスターボールとか財布じゃないんだから」
「よくない!!」
 立ち止まってきっぱりとトウヤは言った。
「だって、だってあれ、せっかく兄さんとお揃いなのに……」
「……」
 リュウヤは黙ってトウヤをみつめる。
 そして、ボソリと言う。
「お前……意外と恥ずかしい奴なんだな」
「……うるさいよ」
 ぐにっと左足でリュウヤの足の甲を踏みつける。
 顔をしかめながら、リュウヤは「わかった、わかった」と笑った。
「俺たちはいかなる時も、平等で同一、だもんな」
 ぽつりとつぶやいて、2番道路の入り口の前にいる母さんに手を振る。
「はいこれ!! 掃除してたら出てきたの、片付けってしてみるものね〜」
 母が差し出したのは新品のランニングシューズだった。
 それもご丁寧に、リュウヤと同じメーカー、同じ型、同じ色のお揃いのシューズ。
 決して示し合わせて買ったわけではなかったのだが、なんという偶然の一致なのだろうか。
 そんな事も含め、いいたいことは山ほどあったのだが、開口一番、トウヤが口にしたのは、お礼やつっこみなどではなく、
「もっと早くに届けて欲しかったです」
 という不満だった。
「あと、リュウヤにライブキャスター」
「あ、おう」
 戸惑いながらもリュウヤは赤い色のライブキャスターを受け取り、つけ方がわからないのか、ひっくり返したり、ふったりしている。
「つけてやろうか?」
「あ、ありがと」
 ケンタがリュウヤの右手にライブキャスターを装着する。
 その様子を見ながら、母さんはにこやかに頷き、来た道を引き返そうとする。
「あら」
 その行く手に現れたのだ。
 件の、“いたずらポケモン”が。

「母さん、それ、そいつ“物盗りポケモン”!!」
「……“いたずらポケモン”」
 不機嫌そうな顔をしながらも、トウヤはちゃんとリュウヤの言葉を訂正する。
 そして、先頭に据えていたツタージャが、チョロネコの前に立ちはだかり、彼(彼女?)を睨みつける。
「僕の帽子、返してくれないかな?」
「俺のモンスターボールもだ!!」
 トウヤの後ろでケンタが吼える。
 かなり本気で怒っている2人を前に、チョロネコはたじろぐ。
 そもそもこのチョロネコは生来的にいたずら好きの性格で、本人としてはちょっとしたいたずらのつもりで、人のものを盗んだりしているだけなのだ。本気で怒られるという事がすでに心外だろう。それもきっと、ポケモンと人間の価値観の差、という奴なのだろうが。
 チョロネコは、戸惑いながらも後ずさりをはじめ、持ち前のすばやさで逃げ出そうとする。しかし、
「ツタージャ、つるのムチ!!」
 2番道路を歩きまわった事によって培われたツタージャのすばやさの方が上だったようだ。チョロネコはツタージャのつるに捕まり、身動きが取れなくなる。
 トウヤはチョロネコの傍に近寄る。
 チョロネコは怒られると思ったのか、三角の耳を垂れさせて、怯えたように目を伏せる。
「……」
 これにはさすがに罪悪感を覚えたのか、トウヤは呆れたようにため息をつき、
「……怒らないから、帽子と、あと、ほかの人から盗った物を返してくれないかな?」
 そう言って、そっとチョロネコの頬に触れた。
 チョロネコは驚いた様子でトウヤを見上げ、ツタージャがつるのムチをほどいても、逃げようとはしなかった。
「……」
 その様子を、リュウヤは少し離れたところから見ていた。
 悪い事をしたポケモンを瞬時に許せるトレーナーがこの世に何人いるだろうか。
 そんな事を、リュウヤは考えていた。
 人間の言う“悪い事”。
 それはあくまで人間としての観点なのだ。ポケモン自身は、それを悪い事とは思ってはいない。ただひたすらに無邪気に生きているだけなのだ。
 そのことに気づけている人間が、この世界に一体何人いるだろうか。
「……あそこでポケモンを傷つけないのが、トウヤだよなぁ」
 盗んだものを隠してある場所に案内しようとするチョロネコについていくトウヤを見ながら、ぽつりとリュウヤはつぶやく。
 そのリュウヤの背中を軽く叩いて、母さんが小さく笑った。


  [No.623] 05 サンヨウシティ 投稿者:夏夜   投稿日:2011/08/02(Tue) 11:48:23   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



「トウヤ!!」
 チョロネコの騒動の翌日、ケンタと別れたトウヤとリュウヤが2番道路の出口、ちょうど、サンヨウシティに抜けようというときに、そんな明るい声と共に、金髪に黄緑色の帽子を被った少女が、リュウヤの背中に飛びついてきた。
 リュウヤは声で誰だかわかったので、落ち着いた声で言う。
「どうしたの? ベル」
「うん、あのね!! トウヤ、バトルしよ!! 新しいコも仲間になったんだよ!!」
 飛びついたのがリュウヤだとは気づかずに、ベルは“トウヤ”に向かって話を進める。
「……別にいいけど、どこでやる?」
 自身の兄に飛びついたままのベルに、ツタージャを連れたトウヤが問う。
「ここでやろ!! ……って、あれ?」
 自分が飛びついていない方のトウヤが返事をしたことにより、ベルはやっと、自分がリュウヤに飛びついていたことに気づく。
「ごっごごごごごごごめんなさい!!」
 ぱっとすぐにベルはリュウヤから体を離す。
 そして真っ赤になりながら、
「……今度こそ間違ってないとおもったのになぁ」
「それ、全く根拠のない自信だよね?」
 ぼやくベルに、ため息交じりに、トウヤが言う。
「俺は役得だから、別にいいけどねー」
 はははっとリュウヤは笑うが、トウヤの膝蹴りを背中に食らって悶絶した。

「使用ポケモンは1体、どちらか先に先頭不能になった者の負け!!」
 ベルがおぼつかないようすでモンスターボールを取り出しながら言った。
 トウヤはツタージャ1体しか持っていないので、使用ポケモンも何もないとは思うのだが、ルールを明確にするのは、何処でも何でも大切な事だ。……世間知らずでマイペースなベルがそこまで考えているとは到底思えないのだが。
「じゃ、勝負、はじめっ」
 審判を勤めるのは、例のごとくチラーミィを頭にのせたリュウヤだ。
 このチラーミィ、リュウヤになついているのか、それともモンスターボールに入るのが嫌なのか、初めてバトルしたあの日から一向にモンスターボールに戻ろうとしない。トウヤは不思議がっていたが、ポケモンがモンスターボールを嫌って入らないという事例もあるという事を、リュウヤは知っていたので、さして気にも留めなかった。
 だがしかし、ある程度の実害は伴うようで、
「チラーミィ」
 ポケモンバトルを繰り広げる2人の横で、リュウヤが半分苛立ったような声をだす。
 しかし、反応はない。
「チラーミィさーん?」
 しばらくしてからもう1度リュウヤはチラーミィを呼ぶ。
 しかし、顔はチラーミィの体に隠されてて見えない。チラーミィが、リュウヤの帽子のつばにぶら下がっているのだ。
「どいてくださーい」
 チラーミィは ぐうぐう ねむっている ▼
「……」
 リュウヤはため息をついてから、帽子を180°回転させた。
 チラーミィが帽子のつばと一緒に、後頭部の方へと移動する。
「……これでやっと見れる」
 やっとリュウヤがバトルを見れるようになった頃、トウヤとベルのバトルは、もう終盤がかっていた、いや、正確には、リュウヤが見れるようになったと同時に、ツタージャのグラスミキサーが、ベルのヨーテリーに決まり勝負がついた。
「あーあ……」
 がっかりしたようにリュウヤがため息をつく。
「お前のせいでまーた見れなかっただろー」
 後頭部にいるチラーミィの額を一指し指でくすぐりながら、リュウヤが悪態をつく。
「兄さん、すっっっっごい、うるさかったよ」
「……すまん」
 トウヤに冷たい目で見られ、リュウヤは気まずそうに頬を掻きながら謝る。
 ベルは戦闘不能になったヨーテリーをモンスターボールに戻してから、トウヤとリュウヤの元に駆け寄ってきた。
「あははっ、やっぱりトウヤは強いやー……私ももっと頑張らなきゃ」
「……ん、でも、次だって負けない」
「私だって次こそは勝つんだから!!」
「……」
 そんな2人のやりとりを見ながら、リュウヤは故郷のライバルたちの事を思い出す。
(俺は最初のバトルは……レッドに負けて、ブルーに馬鹿にされて、グリーンに怒られたんだっけ? グリーンは今ジムリーダーで、レッドはチャンピオンかぁ……半幽霊状態らしいけど。ブルーは……)
「兄さん?」
「うぉっ!? なんだ?」
「……サンヨウシティ、行くよ」
「……おう」
 トウヤに促され、リュウヤはトウヤの隣を歩き出す。ベルはもう先に行ってしまったようだ。
(皆、なんだかんだですげー事、やってるのになぁ……)
 故郷の友人達の職業を思って、トウヤは苦笑いをこぼす。

(俺は、何をやってるんだか……)







 イッシュ地方、サンヨウシティ。
 それなりに高い建物があり、(なかにはマコモという人の研究施設もあるそうだ)サンヨウジムと、トレーナースクール、そしてかつて科学者たちが夢を描き、集ったといわれている“夢の跡地”が有名な町だ。
 小さな町だが、活気はある。
「何処に行く?」
「ジム」
 リュウヤの質問に間髪いれずに答えてから、「ああでも、アララギ博士にマコモという研究者に会えって言われてる」とぼやいた。しかしトウヤはまっすぐサンヨウジムのある喫茶店に向かう。
 扉の前には1人の男性がいた。
 バーテンの服のようなものを着用した、人の良さそうな顔の緑色の頭の青年で、なかなかの美形だ。細長いシルエットのそれは、ジムに近づいてくる2人を見つけて、声をかけてきた。
「ジム戦希望の方かい?」
「……はい」
 青年の聞いていると癒されるような、澄んだ声に、トウヤの方が頷く。
「君の1番最初のポケモンは?」
「え?」
 唐突に訊かれ、トウヤは首を傾げる。
「ツタージャですが」
「いや、聞かれたの兄さんじゃないし」
 勝手に答えるリュウヤにトウヤは言う。
「で、どうなんだい?」
「あ、いえ、ツタージャです」
重複する答えを、恥ずかしそうに赤面しながら、トウヤは答える。リュウヤは面白いものを見るかのようにバーテン服の青年を見て、リュウヤはトウヤを引っぱって店の端に連れて行く。
「何なの?兄さん、話の途中に」
「あの優男、サンヨウジムのジムリーダーだぞ」
「え?」
「この前買った雑誌に載ってた」
「へ、へぇ? それで?」
 いきなりな話にトウヤはまごつきながら聞き返す。
「あのジムは新人トレーナーに“タイプ相性の恐ろしさ”を叩き込むといわれるジムだ。名前からしてどういうジムかわかるな?」
「……絶対に苦手なタイプが出てくるって事?」
 それで最初最初のポケモンのタイプを聞いてきたのか、とトウヤは思い(それって反則くさくないか?)とわずかに疑問に思う。
「そうだ、だから、お前の相手は必ずと言っていいほど炎タイプで間違いない」
「……なんで教えてくれるの?」
「……俺も最初のジムは他人の助言を借りたからな、こうしないと不平等だろ?」
「……」
「そして、これはその時譲り受けたわざマシンだ」
「……?」
 リュウヤの差し出したディスクのような装置を、トウヤは首を捻りながら受け取る。
「俺は、マコモって研究者のところに行ってきてやろう」
「は?」
「用件はちゃんと後で教えてやるからさ、それと、名前と性格、借りるからな」
 そう言ってリュウヤはトウヤに背を向け、街の住宅街の方へ歩き出す。
「あ、ああ、うん」
 暗に“お前の振りして行ってくる”と言ったリュウヤの背中を横目で見送り、リュウヤ曰く“ジムリーダー”の優男のもとへ戻る。
「すみません、ジム戦、今からお願いできますか?」
「ああ! もちろんさ!! 僕はジムリーダーの1人、デント、よろしく!!」
(……兄さんすげぇ)
 手の中にあるわざマシンをそっと握りしめた。






「さーて・・・・・・何処にあるのかな?」
 サンヨウジムの前でトウヤと別れたリュウヤは、マコモ博士(何の博士かはわからなかったが、とりあえずそう呼ぶことにした)を探して、住宅街をふらついていた。
「普通博士って研究所とかにいるんじゃねぇのかな?」
 しかし、この街のマップには、それらしき建物は無い。
 当てもなくフラフラしてると、チェレンに会った。
「あ、チェレン」
「なんだ、リュウヤか」
「……(ちょっと雰囲気似せたつもりだったのになぁ)」
「トウヤの真似したって無駄だよ、君とトウヤじゃ全然違うもの」
「……お前には敵わないね」
 はぁ、とため息をついて、肩をすくめる。
「君は何してるの? トウヤは何処?」
「……トウヤはジム戦、俺はマコモ博士のところに行く所」
「へぇ、じゃあ、ジムに向かうのはもう少し後のほうがいいね」
「おう、そうしとけ。ところでさ……」
 リュウヤはマコモ博士の研究所を知ってるか、チェレンに訊ねた。チェレンは大きなマンションを指さし、「あそこの2階だよ」と言った。
「じゃあ、僕はトレーナーズ・スクールの方を見に行くから」
「え? お前は行かないの?」
「興味ないし」
 ぽつりと言って「それに……」とつなげた。
「僕がいないほうが、トウヤを演じるには都合がいいんじゃない?」
「む……」
 フッと嫌味な顔をして笑うチェレンに、リュウヤはムッとした表情を向ける。
「お前、嫌味な奴だな」
「君に言われたくないね」
 チェレンはそう言って、とスクールのある方向へ歩いていく。
 フン、と鼻を鳴らしてリュウヤも、チェレンに教えてもらったマンションに向かって歩き出した。


 マンションは新築のようで、内装も外装も綺麗だった。薄い黄色のこのマンションは、コンクリート作りで、全体的にひんやりしている。1階に入ると、マコモの妹を名乗る少女に中に通された。
 白い壁、白い天井、白い床……と、真っ白い空間の中に、ばかでかい機械(リュウヤも今までに見た事のないものだった)と、茶色いソファが異様に目立つ部屋だった。
「あら、ごきげんよう」
 部屋にいたのは、膝まであろうかというほど長い髪の毛を揺らした、丸い大きな目の白衣の美女で、桃色の髪飾りをしていた。
「……あなたが、マコモ博士ですか?」
「ええ」
 美人博士、マコモは頷き、優雅に一礼した。
「ようこそ、私の研究所へ」