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  [No.793] 【連載】大長編ポケットモンスター「逆境編」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/10/25(Tue) 23:27:29   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 ……ここはどこだ。太陽が照りつけ、背中には水が感じられる。ああ、そういえばそうだ。俺は身を投げたんだったな。今は日光で体を温めながら大海原を漂流中といったところか。全く……全くもって不本意だ、一思いに命を奪ってくれれば良いものを。

 ……お、向こうから雲がやってきたな。嵐が近いことを教えてくれている。だが、これでやっと休める。どうあがいてもこれで終わりだろうが、せっかくだ。一足先に寝ておくとくるか。





大長編ポケットモンスター第2部「逆境編」、連載中。作者:あつあつおでん。


・あつあ通信vol.67

お久しぶりです皆さん、あつあつおでんです。大長編シリーズ3部作の第2作を投稿することとなりました。前作とは打って変わった出だしでしたが、いかがでしょう? 今作はかなり雰囲気を変えていますので、前作との相違点を楽しんでもらえれば幸いです。また、今回から第4世代までのポケモンを使いますので、バトルも今まで以上に面白くなります。是非ともご覧ください。
なお、今作のイメージソングは「語れ!涙!(SE× MACHINEGUNS)」です。×はNGワード対策。

※以下はフラグです、真に受けないように。※

書くために素晴らしい場所ができた。素晴らしい読者にも恵まれた。後は結果を出すこと。中堅狙いなんてしない、絶対台頭してやりますよ。そして、人気になったらね。全国の読者さんから「すごいな、おでん。どうやったんだ?」と聞かれた場合を仮定する。ちょっと間を置いて身を正し、澄ました顔をしながら言いますよ。「いや、普通のことをやったまでです」とね。

※以上はフラグです、真に受けないように。※


あつあ通信vol.67、編者あつあつおでん


  [No.794] 第1話「3つ目の名前」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/10/25(Tue) 23:30:05   79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



「ちょっと、しっかりしてくださいよ!」

「……うん、誰だ……」

 あ、頭が割れそうだ。馬鹿でかい声出しやがって。……それにしても、何かざらざらしたものが感じられるな。これは、推理するに砂か? もしそうなら、まさか俺は流れ着いたのか? 小雨が俺に打ちつけている。少なくとも、生きているのは間違いあるまい。

 俺に声をかける物好きは、安堵の表情を浮かべた。そいつは、右手に傘を、左手に何か赤いものを持っている。

「あ、生きてる! 良かった……さ、急いで看病しないと。フーディン!」

 物好きは赤いものから何かを出した。特徴的なスプーン……フーディンか。余計なことをしてくれるぜ。仕方ない、1つがつんと言っておくか。

「……お、おい。俺のことは気にするな、じきに……」

 楽になる、永遠にな。そう言おうとしたが、口が思うように動かない。物好きは俺が言い切る前にまくしたてた。

「そんなわけないじゃないですか! フーディン、構わず行くよ!」

「おいやめ、うがっ」

 物好きのフーディンが何やら力を入れた。俺の体が宙に舞う。こ、腰が……。

 ここで俺の意識が途絶えた。










「……ここは?」

 目が覚めたら、天井が見えた。別に体が縮んだとかいうわけではない。外から雨音が入り込んでくる。俺は辺りに目をやった。畳が敷いてあり、その上に布団がある。俺はここで寝ていたようだ。部屋には特に何もなく、生活感が感じられない。つまりここは空き部屋で、俺を休ませていたということか。

 それにしても、妙に頭が軽い。視界も良好で若返ったみたいだ。そう思った矢先、俺は枕元に手ぬぐいとサングラスを発見した。

「……まさか、見られたか」

 俺は素早く手ぬぐいを巻き、サングラスをかけた。これは俺が素性を隠すために使っていたのだが、あの物好きめ……全く迷惑な奴だ。

 そうこうしているうちに、部屋に誰かやってきた。あれは、さっきの物好きか。ポニーテールで華奢な体系。赤いTシャツに白のジーンズという出で立ちだ。いたずらっぽい笑顔に緩やかな放物線を描く胸部。足は細いが、それでいて筋肉はしっかりついている。器量の良い、いわゆる美人だな。手にはお盆があり、その上に湯気を漏らす湯呑がある。しかし、どこかで見たことあるような姿だ。まあ良い、今は1つ聞いておくとしよう。

「あ、気が付きましたか? 本当に危なかったんですよ、あと1分遅れていたらと思うと……」

「おい、1つ聞かせて欲しいのだが……ここはどこだ?」

「どこって、タンバシティですけど」

「な、なんだと!」

 タンバシティ、ジョウトの最西端にある町じゃねえか。先の戦いでは遠いから攻撃対象にしなかったが、まさかその遠い町に流れ着こうとは。

「そうか、なるほど……。自分でも嫌になるしぶとさだぜ」

 物好きな女は湯呑みを手渡した。中身は茶だな。俺は1杯含み、喉を潤す。
お、これはナゾノ茶じゃねえか。ずいぶん久々に飲んだ気がするぜ。そもそも、俺は今非常に腹が減っている。一体何日漂流したんだ。

 俺は茶を飲み干すと、湯呑みを畳の上に置いた。それを見計らって、物好きは俺にこう尋ねた。

「ところで、あなたの名前はなんですか? 私、どこかで見たことがあるような気がするんですよ」

「名前か? 俺は……」

 ここで、俺はふと考えた。俺の今の名前はサトウキビだ。だが、それを言ったら危険じゃないか? じゃあトウサで……いや、今でこそ忘れられた身だが、こんな形で人に見つかったんだ。騒ぎになる可能性が高い。仕方ない、3つ目の名前を作るか。俺は少し腕組みをして唸り、それからこう答えた。

「俺は……テンサイだ」

「テンサイさん? ……くすっ、面白い名前。私はナズナ、教師をやってます!」

 げふっげふっ。俺は不意にむせこんだ。な、ナズナだと? もしや、10年前の事故で死んだとばかり思っていた、俺の相棒なのか? ……だが、それを確かめる術は無い。それに触れたら、なんのために正体を隠したのかわからなくなっちまう。ここは適当に話を合わせておくのが吉と見た。

「き、教師か。そりゃ立派な仕事だな。まあ、まずは助かった。感謝する」

「どういたしまして。テンサイさん、今日はもう暗くなります。今晩は私の家でゆっくりしていってくださいね」

「ああ、そうさせてもらおう」

 心にも無い言葉を並べ、俺はその場を切り抜けるのだった。これだから人に合わせるのは苦手なんだ。



・次回予告

助けられたその夜、俺は静かに家屋から出た。恩を返さずに去るのは気が引けるが、致し方あるまい。次回、第2話「慈悲の心」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.68

あー、実に17話もの間離れていた彼が復活しました。サトウキビさん、本名トウサ。どちらの名前も砂糖に関連していると以前述べましたが、今回もそれです。テンサイは砂糖の原料の1つ、彼にはおあつらえ向きでしょう。


あつあ通信vol.68、編者あつあつおでん


  [No.796] 第2話「寛容の心」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/10/27(Thu) 14:39:19   80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「……よし、寝たな」

 俺はこっそり布団から出た。ナズナが居眠りしていて中々厄介だが、どうやらまだ起きてないみたいだな。窓の外はすっかり暗い。時計は午前1時を指している。

「礼もせずに申し訳ないが、出発させてもらうぜ」

 俺は忍び足で玄関までたどり着き、引き戸を慎重に開けた。その瞬間、雨風が俺の胸に飛び込んでくる。

「ちっ、面倒だな」

 俺は脇に目を遣った。傘が2本あるな。1本は真っ赤、もう1本は深い緑。ま、致し方あるまい。ちょっと借りるぜ。俺は緑の傘を手に取り外に出た。

「やっと脱出できたぜ。しかし、この真夜中にどこへ向かうべきか」

 俺はふと考えを巡らせた。俺は正体がばれるのを警戒しないといけない。仮に俺に罪が無いとしても、やっちまったことを消すわけにはいかねえからな。ではどうするか。簡単な話だ、一刻も早く別の町に行くしかない。

 俺は耳を澄ました。確かタンバには海がある。そこで船にでも乗っちまおう。俺は波の方向に歩き始めた。

 歩いて100メートルもしたら、なんと交番があったじゃねえか。ついてねえ、別の道を行くか。そう思った矢先、運悪く警官に出くわしてしまった。白髪だらけの老人である。

「む、お主見かけない顔だな。こんな夜更けに何をしておるのじゃ?」

「いや、特に何も。まあ、強いて言えば散歩だな」

「なるほど。……しかし、それならなぜお主の持っている傘はナズナさんのものなんじゃ?」

 おいおい、この年で因縁つけてどうすんだあんた。ぱっと見、脅しができそうな姿ではないぞ。

「なんだと。おい爺さん、変な言いがかりはやめろよ」

「言いがかりではない。ナズナさんはいつもその傘を使うんじゃ。しかもとても大事にしていてのう。あとわしは爺さんではない、ナツメグという名前がある」

 ……この深緑の傘をか? 中々良い趣味してやがるな。しかし、この傘のせいで爺さんの疑いの眼が俺に向けられてしまったのは事実。うかつだったぜ。

「なぜお主がナズナさんの傘を……もしや、貴様泥棒じゃな? いやきっとそうに違いない!」

「あ、あのなあ……」

「問答無用! 来い、朝まで捕まえておいてやる!」

 俺は爺さんに胸ぐらを掴まれると、そのまま交番に連れて行かれるのだった。この爺さん、なんでこんなに力が強いんだよ。










「ナズナさんや、ナズナさんはいるかね?」

「あ、ナツメグおじさん! どうしたんですか、こんな明け方に?」

 明朝。俺はナツメグとか言う爺さんに引っ張られ、ナズナの家の前まで来ていた。俺が素性をしゃべらなかったから、被害者との面識の有無を確かめようとのことらしい。俺の腕には手錠がかけられてあり、逃走は不可能だ。雨は既に上がり、台風一過と言わんばかりの晴天である。

「実はな、昨晩お前さんの家に泥棒が入ったみたいでなあ。ほれ、こっちだ!」

「……すまん」

 俺は爺さんに突き出された。開口一番、俺は頭を下げて謝罪した。事情はどうあれ、俺が傘を盗んだという形になるのは事実だからな。俺を見て、彼女は声を上げた。

「テンサイさん! 一体どうして……」

「なんじゃ、ナズナさんはこの男を知っとるのか?」

「はい。おとといの夕方彼が倒れているのを発見したので、私が看病していたんです。駄目じゃないですかテンサイさん、体にさわりますよ」

 ナズナは爺さんに状況を説明した。すると爺さんはばつが悪そうな表情で頭をかきむしった。

「なるほど、そういうことか。またやってしまったのう。もう誤認逮捕は何回目かわからんわい」

 爺さんはそっと俺の手錠の鍵を開けた。俺の手が再び自由になる。……一体、何人がこの駐在の犠牲になったのか。少し興味があるな。

「それじゃ、わしはそろそろ失礼しよう。良いかテンサイとやら、病人の立場を利用して彼女に手を出そうもんならただじゃおかんぞ」

「はいはい、わかりましたよっと」

 爺さんは不要な釘を刺すと、のんびりした足取りで帰っていった。彼が視界から外れた後、俺はナズナに詰め寄った。

「おい、なぜ俺を庇ったりしたんだ?」

「なぜって、テンサイさん何も悪いことしてないじゃないですか。まあ、私の傘を勝手に使ってましたけどね」

 彼女はいたずらっぽく笑った。陽気なのも、ここまで進めばある種困りものだな。俺は更に彼女を問い詰める。

「……ふん、俺はあんたが考えるほど善人じゃねえよ。むしろ大悪人だ。そのことを知ってたらどうだったんだ? 俺を警察に突き出したか?」

「もちろんそんなことしませんよ」

「な、俺の話ちゃんと聞いてたか?」

「聞いてましたよ。でもテンサイさんは良い人に見えます。それに、もし仮に悪い人でも大丈夫! 私がテンサイさんの心を奪って神様に捧げちゃいますから
ね。これでテンサイさんは善良な人になれますよ!」

 彼女は胸を叩いてこう言い切った。……む、俺としたことが、心が震えてやがるぜ。こんな気分になったのは10年以上無かったが、今になって魂を揺さぶられるとは思いもしなかった。だが、そのことを悟られるのもなんだか気恥ずかしい。俺は目頭が熱くなるのを隠しながらこう答えた。

「……くっ、そりゃ結構なことだ。じゃあ、1つ頼むとするか」

「その意気です! さ、そうと決まればまずは寝ましょう。今日は休みですか
ら、ゆっくりできますよ!」

 俺は彼女に促され、一緒に家の中に入るのであった。ふっ、今日は久方ぶりにゆっくりできるぜ。



・次回予告

様々な事情を考慮し、彼女は俺を半ば強制的に居候とした。しかし何もしないと頭がおかしくなりそうだからな。仕事を探すとしよう。次回、第3話「科学者、職を探す」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.69

この話のナズナさんの台詞は、ユゴー作の『ああ無情』が元ネタです。犯罪歴のあるジャン・ヴァルジャンは、その経歴を示すカードのために今晩の宿にありつけない。そこで親切な神父が暖かい食事と寝床を提供しました。しかし彼は神父が大事にしていた銀の燭台を盗んで夜中に部屋を抜けました。案の定捕まり、翌朝神父の前に連れられます。そこで神父の一言。

「ああ、一体どうしたのですか。銀の食器も譲ると言ったではありませんか」

ジャンはこの一言でことなきを得ました。戸惑う彼に、神父はこう述べるのでした。

「ジャン・ヴァルジャンさん、あなたはもう悪人ではありません。あなたの魂を私が買いましょう。あなたの魂を悪から切り離し、神の下に捧げるのです」

この時を境にジャンは更正し……。

非常に素晴らしい作品です。岩波ジュニアであるので、是非とも読んでほしいところ。


あつあ通信vol.69、編者あつあつおでん


  [No.797] 第3話「科学者、職を探す」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/10/28(Fri) 11:12:08   86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ところでナズナさんよ、1つ聞いて良いか?」

「なんですか?」

 俺は茶を飲みながら彼女に尋ねた。俺の視界には日めくりが映っている。今日は8月17日だ。まだまだ暑い日が続くが、時折涼しい風が吹き込むと得も言われぬ気分になる。やはり暑いからこそ涼しさが身に染みる。

「あんたはタンバの出身なのか?」

 俺は単刀直入に聞いた。そう、俺が最も気になる点はそれだ。10年前に姿を消したのもナズナなら、この女もナズナ。見た目も大して差異が無い。気にならない方がどうかしている。

「私の出身ですか。……ま、テンサイさんなら大丈夫かな。私、元々はコガネシティに住んでたんです。でも、ちょっとした事故が原因で流れ着いたというわけです」

 彼女の言葉に俺はむせ込んだ。俺はそれから深呼吸をし、事実関係の確認をした。

「ま、まさか……10年前に起こった研究所での爆発事故か?」

「あ、ご存知でしたか」

「まあな。かなり派手に報道されたから、あんたの名前を聞いた時にもしやと思ったんだ」

 事故……いや、事件の当事者だからな、俺は。これを覚えてなかったら、俺はよほどの薄情者か、あるいはぼけてきたかのどちらかだ。しかし……生きていたか。全くもってうれしい限りだぜ。俺は何度も頷いた。だが同時に、罪悪感にも襲われる。果たして、事件の真相を知ったら彼女はどう思うのか。それを考えると、非常に居心地が悪くなってきた。俺は茶を飲み干すと、立ち上がって玄関へ向かった。

「少し散歩してくる」

「はーい。ご飯の時間までには帰ってきてくださいね」










「ほう、職業安定所か。行くあてもない今、仕事の1つくらい探さないと申し訳が立たないしな。少し見てみるか」

 しばらくほっつき歩いていたら、町の外れにある小さな建物を見つけた。潮風に当たるせいか、やや古くさい。

 俺は重い引き戸を引き、中に入った。まず目に飛び込んできたのは、壁に貼られた求人票だ。早速目ぼしいものを探すとするか。

「何々、工事現場での作業に飲食店のホール、掃除等か。種類自体は多いが……どれもこれも時給制だな。職業安定所のくせにこんなものばかりで良いのかよ」

「おやあんた、何か仕事をお探しかい?」

 俺が毒づいた直後、背後から声をかけられた。振り向くと、ミックスオレの缶を持った男がいるじゃねえか。あと、小さな紙片を握っている。この口調からするに、ここの管理人か。

「……あんたが誰かは知らねえが、これだけは言える。仕事を探すつもりの無い奴がこんなところに来るもんか」

「はっは、まあそう言いなさんな。しかし最近は中々求人が来ないんだよねえ」

「ん、確かに。この求人票、どれもこれも1か月以上も前のものだ」

 俺は求人票を1枚ずつチェックした。それを見ていると、今が何月か分からなくなりそうだ。大体が7月中頃のものである。6月なんてやつもあった。男はミックスオレに手をつけながら説明する。

「そこまで余裕が無いんだろうねえ。最近は不景気というお題目を唱えられると、求人の拒否だってまともなことのようにされてしまう。……ところがの、たった今新しい求人が来たんだよ。しかもかなり条件が良い。見てみなさい」

「そりゃどうも。どれどれ……」

 俺は、男が持つ紙きれに目を通した。……これは、およそ若手が貰える額じゃねえな。内容を吟味すると、明らかにベテランを狙っている。俺も長いことやってきたが……悪くない。やってみるか。どのみち、こんな年寄りを雇う店なんざ無さそうだしな。

「よし、早速準備をするか。それじゃ、失礼させてもらうぜ」

 俺は男に一礼すると、一目散に戻るのだった。



・次回予告

俺が向かったのは、非常にでかい施設だった。そこで採用試験を受けるのだが、その内容は予想だにしないものだった。果たして、採用する気があるのか。次回、第4話「採用試験」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.70

なんだか、ただでさえ字数が少ないのに、最近はそれに拍車がかかったような気がします。一人称ってこんなに書くこと少ないんですかねえ。それなら丁寧に書けば良いだろという話になるのですが、そうするとくどくなると言う罠。まあ、もうすぐバトルが始まるので、そうなればこんなこと考える必要は無くなるでしょう。


あつあ通信vol.70、編者あつあつおでん


  [No.802] 第4話「採用試験」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/11/02(Wed) 14:57:27   75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「さて、残るは実技だけか」

 8月18日、俺は仕事の採用試験を受けていた。さっき面接が終わったばかりだ。内容はと言うと、免許の有無や知識の程度を計るもの。俺は免許なんて持ってないから、実演してやった。すると残りの質問は全てパスされた。まあ、これでも何年間かやっていたからな。ある程度の腕になるのも当然か。

 面接が終わると、俺はグランドに案内された。中々広いな。校舎も合わせればがらん堂に匹敵するだろう。俺が着いた時には、辺りに野次馬が1人の男を囲っていた。男は上半身裸で、髪は白髪混じり。裸足にズボンの組み合わせだ。……上くらい着ろよ。俺がそんなことを考えていると、男は声をかけてきた。

「ほう、君が志願者か。なるほど、見ただけでかなりの強者だと分かるな。これは期待できそうだ!」

「……あんたが校長か。どこかで見たことがあるような気がする」

 人ごみをかき分けながら男が俺の前にやって来た。実技試験は校長自らがやるとは聞いていたが、何をするつもりだ?

「なんだ、君はわしを知らんのか。では自己紹介だ。わしはシジマ、タンバジムリーダーであると同時に、タンバ学園の校長をやっておる。まあ、学園とは言っても高校なんだがな、がはははは」

 男、シジマは腹の底から笑いあげた。……そう言えば、俺が旅をしていた頃に戦った記憶があるぞ。格闘タイプの使い手だったような。

「タンバジムリーダーか。どうりで強そうなはずだ。で、その校長がわざわざ出向いたということは……」

「その通り!」

 俺の言葉が終わる前に、シジマは頷いた。それからボールを手に取る。

「実技試験は、わしとのバトルだ。2対2で戦い、その結果を評価に加味する。ここまで来たのだ、今更後戻りなどできんぞ」

「勿論だ。ジムリーダーとは厄介な相手だが、大丈夫だろう」

 俺は腰に提げたボールを掴み、シジマと距離を取った。野次馬達も俺達から離れていく。勝負の準備は整った。俺とシジマの間に審判らしき男が残り、試合開始を宣言する。

「これより、実技試験を始めます。対象は校長、志願者。使用ポケモンは2匹。以上、始め!」

「ではわしから、オコリザル!」

「フォレトス、出番だ」

 俺はまず、フォレトスを繰り出した。一方シジマはオコリザルだ。オコリザルは、確か格闘タイプでは6番目くらいの素早さだったな。技の種類も豊富、油断したら手痛い一発を食らうだろう。ま、フォレトスを一撃で仕留めるのは不可能だがな。

「ぬふふ、格の違いを示すのだ。オーバーヒート!」

 先手はオコリザルだ。オコリザルは体中から熱波を放った。その熱さは、地面が焼け焦げていることから想像に難くない。俺も暑い。フォレトスはこれを直に受けたが、なんとか踏みとどまった。さすが、頑丈の特性は便利なもんだ。さて、反撃と行くか。

「甘いぜ、だいばくはつだ」

 フォレトスはオコリザルに接近し、爆発した。爆風はオコリザルを襲い、黒煙が2匹を覆う。しばらくして、煙が晴れてきた。そこには気絶したフォレトスとオコリザルがいた。

「フォレトス、オコリザル、両者戦闘不能!」

「なぬ、オコリザル!」

 シジマは唸りながらオコリザルをボールに戻した。俺もフォレトスを回収し、2匹目をスタンバイさせる。

「なんだ、ジムリーダーも弱くなったもんだ。俺が旅をしていた頃はもっと強かったはずだが」

「……貴様、わしと戦ったことがあるのか?」

 俺の言葉に、ジムリーダーは反応した。まあ、もう20年も前の話だからな。覚えていなくてもなんら不思議なことではない。

「ああ、確かに。さっき思い出した。もっとも、もう随分昔の話だがな」

「なるほどな。ふっ、それを聞いて安心した。ならばわしの新たな力、とくと見るが良い。ハリテヤマ!」

 シジマは自信満々に2匹目のハリテヤマを投入した。ハリテヤマと言えば、格闘タイプでも指折りの耐久を持つポケモンだよな。攻撃も十分ある。素早さが低いから行動回数こそ少ないものの、交代からでも仕留められるポケモンは多い。

「ハリテヤマか、一撃は難しいな。だがこいつにかかれば……カイリュー!」

 だが、俺の前にその程度では意味がねえぜ。俺は切り札のカイリューを送り出した。その瞬間、野次馬達がどよめいた。なんだ、ドラゴンタイプがそんなに珍しいのか? 45番道路で釣りをすればゲットできるんだがな。まあ、そんなことはどうでも良い。今は目の前の試合に集中だ。

「ねこだまし!」

 先に動いたのはハリテヤマだ。ハリテヤマは拍手をしてカイリューをひるませると、その巨体に似つかわしくない速さで接近、カイリューをはたいた。俺のカイリューの特性をマルチスケイルと知っての行動とは思えないが、面倒なこった。

「っち、ちょこざいな。カイリュー構うな、ぼうふう攻撃」

 カイリューは肩の翼で突風を巻き起こした。ハリテヤマは地面に伏せてやり過ごそうとするが、そうは問屋が卸さねえ。大風はハリテヤマを吹き飛ばし、ハリテヤマは背中を叩きつけられた。

「なんの、ストーンエッジ!」

 ハリテヤマはすぐに立ち上がると、その場で足踏みをした。すると、カイリューの足元から岩の刃が生えてきた。刃はカイリューの腹部をえぐるが、なんとか凌いだ。俺は胸をなでおろし、最後の指示を出す。

「終わりだ、しんそく」

 カイリューは、目にも止まらぬ速さでハリテヤマに突っ込み、そのまま蹴散らした。ハリテヤマは地響きをたてながら崩れ落ちる。

「ハリテヤマ戦闘不能、カイリューの勝ち! よって勝者、志願者テンサイ!」

「ふん、当然だな」

 俺はカイリューを引っ込めた。引退したとは言え、かつては頂点を取った男だ。そう易々とジムリーダーに後れを取るわけがない。しかし、野次馬共の歓声はどうにかならねえのか? うるさくて仕方がない。

 そんなことを考えていると、敗れたシジマはハリテヤマをボールに収め、俺に近寄って来た。妙に晴れ晴れとした表情だ。

「テンサイとやら、見事であった。ジムリーダーのわしをこうもたやすく突破するとは。だが、これでもまだ実力の一部しか出しとらんのだろ?」

「……さすがに分かっちまうか。俺の本領は力任せではない。もっと、驚きと巧さを備えたものだ」

「そうか。しかし、その状態でこれほど強いとなれば話は早い。是非とも、9月1日より教師として我が学園の生徒を鍛えてやってくれ」

 シジマは俺に握手を求めた。俺はそれに応じた。これで採用か。なんだかあっけないもんだが、それについては言わないでおこう。

「……了解した。それでは、俺はそろそろ失礼させてもらおう。当日からはよろしく頼む」

 俺はこう言い残すと、さっさと帰宅するのであった。今日の飯は美味くなりそうだ。




・次回予告

登校初日、事件は起きた。職員室は朝から大慌て、カメラがあちこちを撮っている。一体、何が起きたと言うんだ? 次回、第5話「9月1日」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.71

久々のバトル、中々楽なものです。何故なら、まだポケモンの数が少ないからです。これが段々増えてくると思うと……。しかしテンサイさん、さすがに採用試験であの口調はまずかったかな。普通ならあの時点で一発アウトな予感。
ダメージ計算は、レベル50、6Vフォレトス腕白HP防御振り、オコリザル無邪気攻撃素早さ振り、カイリュー控えめHP特攻振り、ハリテヤマ意地っ張り攻撃特防振り。フォレトスの大爆発でオコリザルが中乱数1発、カイリューはハリテヤマの猫だましとストーンエッジをマルチスケイル込みで確定で耐え、暴風と神速でハリテヤマを確定で倒せます。


あつあ通信vol.71、編者あつあつおでん


  [No.807] 第5話「9月1日」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/11/08(Tue) 08:02:13   83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「テンサイさん、今日から仕事始めだそうですね、しかも私と一緒のタンバ学園!」

 9月1日、登校初日。時刻は7時37分、俺はタンバ学園へ向かっている。もう目と鼻の距離だ。しかし、何故か緊張する。若い頃は旅、その後は研究をしていたから、学校というものはどうにも馴染みが薄いんだよな。ま、教えることは慣れているから大丈夫だろ。それより、ナズナと同じ職場か。腐れ縁もここまで続けば大したもんだ。

「なんだ、あんたの勤め先はあそこだったのか」

「はい。物理を教えているんですけど、みんな元気いっぱいですよ」

「そ、そうか」

 非常に嬉しくない話だな。若い奴にはもっとこう、「元気」と言うより「ぎらぎらした」感じであってほしいもんだ。もう良い年なんだからな。

「ところで、何故この時期に求人なんてしたんだ? 普通は新年度が始まる前に募集するもんだろ」

「普通はそうですね。けど確か、部活の練習中に顧問の先生が怪我をしたとは聞きましたけど」

「怪我だと? 俺の任期は2年のはずだが、いくらなんでも長すぎるぞ」

 もしや、よほどひどい状態なのか。そう思ったのだが、彼女が内訳を説明してくれた。

「あ、怪我自体は1年でリハビリまで終わるらしいですよ。ただ、その先生が研修で1年抜けちゃうんです。もともと研修に行くことになっていたんで、怪我がなくても募集する必要があったみたいです」

「なるほどな。まあ、任期中は全力を尽くすのみだ」

 誰かのために、なんて陳腐な標語は嫌いだからな。どんな状況でも最良のパフォーマンスを見せる……昔からそれができれば良かったのだが。

 しばらくして、ようやく校門が見えてきた。中々広い敷地だ。町の中に校舎があるのではなく、校舎の中に町があると例えれば分かりやすいだろうか。……おや、あそこにいるのは校長じゃねえか。こんな朝っぱらから校門に立つとは立派なもんだ。しかし、その割には落ち着きが無い。俺達がやって来ると、彼は待ちわびたと言わんばかりにしゃべり始めた。

「おお、やっと来たかテンサイ」

「おはようございますシジマさん。何をそんなに慌ててるんですか?」

「ナズナか。それが……いや、ここで言ってはまずい。まずは職員室に入ってくれ」

 校長はナズナを職員室に向かわせた。俺もそれに続こうとしたが、校長に止められた。

「まずい、もう時間がないぞ。いきなりだがテンサイ、すぐに講堂へ向かってくれ。あそこの建物だ」

「了解。早速初仕事だな」

 俺は校門を通って右方面にある講堂へ走った。何故かあちこちにカメラを持った奴らがいやがる。おい、間違っても俺を撮るなよ。

 講堂に入ると、テレビカメラが目に飛び込んで来た。次に大量の客らしき面々。おいおい、いったい何の真似だ? 俺はなるべく顔を隠しながら進む。最前列に机と椅子が用意されているが、おそらくあそこに行けば良いのだろう。

 机にたどり着くと、俺は腰かけた。机上にはメモ書き1枚と数枚のプリントが置いてある。俺はまずメモ書きに目を通した。

「どれどれ、『これを読んでやり過ごしてくれ』か。人使いが荒いぜ全く」

 俺は不平を漏らしながらプリントの読み上げを始めた。さっきまで騒いでいた聴衆も、瞬く間に静かになる。

「ええ、おはようございます。タンバ学園ポケモンバトル部顧問代理のテンサイです。この度は当校の部員による不祥事、大変申し訳ありません。これより、概要の説明へと入らせていただきます」

 ……なるほど、俺は部活の指導までせねばならんのか。しかも不祥事だと。まあ、今はさっさとこの状況から脱出するのが先だ。俺は棒読みで手早く説明に入った。

「事件が発生しましたのは7月26日。高校ポケモンバトル選手権タンバ大会準決勝にて、部員がポケモンに違法なドーピングをしたとのことです。ポケモン保護の観点から、基準量を超えた薬の投与は厳しく禁じられていますが、今回はこれに抵触する格好となりました。ポケモンの挙動が不自然なことに気付いた相手チームが通報、検査の結果事態が発覚。昨晩部員19人中18人が逮捕されました」

 な、なんだと。ほとんど壊滅したも同然じゃねえか。しかも違法ドーピングてか。部外者の俺には事情が分からんが、確か結構重い刑期が約束されていたはずだぞ。

「当校は今回の事態を重く受け止め、再発防止のために努力する所存です。この度は申し訳ありませんでした」

 くそ、心にも思っていないことを言うのは気分が良くないな。さて、ここからは質問タイムだ。どうにかやり過ごすしかないが……ま、あのセリフを盾にするしかないな。

「顧問は事態を把握していたのですか?」

「それは分かりません、なにせ自分は今日初めてこの学園に来たのですから。顧問の先生は現在怪我の療養中です」

「ポケモンバトル部の廃部はあり得ますか?」

「それもこちらでは判断つきません。まあ、1人残っていますし、存続自体は可能だと思いますよ」

 さあさあ、どんどんかかってきやがれ!










「校長、一体どういうことだ?」

 一通り済んだ後、俺は職員室に足を運んだ。そして校長に事情を尋ねた。他の先生方はいない。多分生徒への対応に追われているんだろう。それにしても、くたくただぜ。

「むう、すまん。まさかこのタイミングで不祥事が発覚するとは思わなんだ」

 校長は頭を下げた。まあな、本来なら始業式でもやるもんだろうに、まさか不祥事の謝罪をするとは露にも思うまい。さて、これからどうしたもんだか。今の俺は雇われの身、上の意見を聞いておこう。

「で、俺は何をすれば良いんだ? 俺が顧問代理なら、再建だろうがなんだろうがやってやるよ」

「……やってくれるか?」

「指示さえあれば今すぐにでも」

 俺はぶっきらぼうに答えた。校長はしばし考え込んだが、それから俺にこう頼んだ。

「そうか。なら君に頼もう。ポケモンバトル部は我が校の魅力の1つ、失えば経営にも関わる。必ず任期中に再建をしてくれ」

「ああ、わかった。まずは部員探しだな」

 ……あ。俺の仕事、増えちまったな。



・次回予告

さて、早速部員集めをすることになった。まずは生き残りの部員を探すのだが、どこを探しても見つからない。もしや、俺から隠れているのか? 面白い、俺の前には全てが用を為さないこと、教えてやるぜ。次回、第6話「部員を探せ」。俺の明日は俺が決める。



・あつあ通信vol.71

展開の構成が非常に悩ましかったです。前作とは毛色が違う上にこの構成難はこたえました。次回からも苦戦が予想されるでしょう。


あつあ通信vol.71、編者あつあつおでん


  [No.810] 第6話「部員を探せ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/11/16(Wed) 10:30:40   77clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「で、残った部員ってのはどんな奴だ?」

 放課後。俺とナズナは職員室で話をしていた。話題はもっぱら部活についてだ。彼女は1枚の紙を眺めながら俺の問いに答える。

「名簿を見ると、いるのは1年4組のイスムカ君ですね。早速2人で探しに行きますか?」

「そうだな。……ところで、何故あんたが一緒なんだ?」

 教員の一覧はチェックしたが、あんたは確かポケモンミュージカル部の顧問のはずだが。彼女は待ってましたと言わんばかりに説明をした。妙に生き生きしているぞ。

「へへ。今日は部活も休みで、仕事も全部終わりましたからね。やっぱり、困っている人を放っておくことはできませんよ!」

 ……やれやれ。できれば、あまり俺に関わってほしくないんだがな。

 俺達は職員室を出て、教室に向かった。職員室のある棟には3年生の教室がある。一方1年生の教室はその隣の棟にあるらしい。俺は大股で素早く移動した。やがて、目的地の1年4組にたどり着いた。

「……教室に着いたが、もぬけの殻だな。既に帰ったか?」

 今日は本来始業式、早く帰っても不思議ではあるまい。しかも事件の関係者となれば、いたたまれない気分になるのも分からなくもない。俺も昔は似たような状況だったからな。まあ、俺の場合は自業自得だが。

「そうですね、練習しているかもしれませんよ。専用コートに行ってみましょう」











「専用コート、なあ。おもいっきり他の奴らが使っているぞ。まあ、顧問も部員もいないから当然か」

 俺達はポケモンバトル部のコートに来ていた。コートは2面あり、公園2つ分くらいの広さはあろう。全くもって恵まれた環境であるが、そこに部員の姿はない。あるのは、これをチャンスと好き放題やっている生徒達のみだ。仕方ねえ、こうなれば家に乗り込むか。俺がそんなことを画策していると、ナズナが辺りを見回しだした。

「……うーん」

「どうしたんだ、唸り声なんて似合わねえぞ」

「それが、何かを感じるんですよ。どこか……私達を見ているような」

「何、それは俺達に対する挑戦か。くそっ、どこにいやがる」

 新手のストーカーか、あるいは追っかけか。さては、俺の正体を知った奴か?
 俺は周囲の障害物を凝視した。こういうところに隠れるのが常套手段だからな。

 しばらく探していると、ある草むらが目に止まった。やけに揺れているな。これはもしや……俺は草むらに近づき、分け入った。その時、叫び声が聞こえてきた。俺は不覚にもひるむ。

「あっ!」

 草むらから現れたのは、少年だった。ひょろっとした今時の少年である。そいつは俺がひるむ隙に逃げ出そうとした。野郎、舐めやがって。良い度胸してやがる。

「逃がすな、ソーナンス!」

 俺はソーナンスを繰り出した。ソーナンスは少年の影を踏んで逃がさない。俺達はゆっくりとそいつに近寄り、声をかける。

「おい、いきなり逃げようなんて、何か後ろめたいことでもあんのか?」

「うう……」

「はっきりしやがれ! まずは名前を教えろ」

 俺は少年を睨みつけながら怒鳴った。少年の顔は強張っている。全く、返事くらいはっきりしねえと困るぞ。

「ぼ、僕はイスムカ。おじさんこそ誰ですか?」

「……そういや、始業式やらなかったよな。俺はテンサイ、ポケモンバトル部の顧問代理だ」

「え、あなたが新しい顧問!」

 少年イスムカはのけぞった。ここまで失礼な奴もそうはいないだろう。このオーバーリアクション……ある種の才能だな。

「おいおい、悪いか? 俺はただ手拭いとサングラスを装着しているだけだろ」

「うーん、それでも十分不審だと思いますよ?」

 ナズナの鋭い突っ込みが俺に突き刺さる。確かに、その点は否定できないな。だが、今はそんなことを言ってる場合じゃねえ。俺はイスムカに確認を取った。

「ま、まあ良い。で、イスムカ。残った部員はあんただけなのは分かっている。当然、これから部を引っ張ってくれるよな?」

「えっ。それはちょっと……」

「なんだ、何か問題でもあるのか?」

「だって、俺は1人ですよ。今更どうしたところで、廃部は目に見えてます」

 イスムカは臆面もなく言ってのけた。……こいつ、よりによって俺が最も嫌いな考え方を持ってやがる。さて、どうしたものかね。少しきつめに言っておいた方が後々のためか。

「はっ、小市民の考えそうなことだ。1人でやって駄目な理由なんざ見当たらねえが? それに、人数が足りないなら探せば良いだけのこと」

「う、うう……」

「……逆に考えてみな。人数が減ったということは、それだけ1人に注目が集まる。こんな経験、あんたみたいな奴は卒業しちまったら永久に無理だ。だからこそ! 命を賭けて、かかってこい!」

 俺は彼の目を見た。彼は視線を逸らそうと試みるが、絶対に逃がさない。首を縦に振るまでここに居座るぜ。そんな雰囲気を全開で出していたら、遂に奴が音を上げた。よし、これでこっちのものだ。

「……わ、わかりましたよ。部に残れば良いんでしょう。くそ、暑苦しい人だな」

「何か言ったか?」

「い、いえ別に!」

「それで良い。では、明日から部員集めだ。放課後、必ず俺の下に来るように。もしもの場合は……分かるな? では俺はこの辺で失礼する。ちゃんと寝ろよ」

 俺はそう言い残すと、立ち尽くすイスムカを放ってさっさと職員室に戻るのであった。さて、明日から忙しくなるぜ。




・次回予告

部員集めを始めた俺とイスムカ。しかし誰1人として首を縦に振りやしない。だが、そんな俺達にも運は味方しているもので、大きなチャンスを見出だすのだった。次回、第7話「新たな仲間は人気者」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.72

最近、アニメカービィやロックマンエグゼをようつべで見直しているのですが、面白いです。年取ってからその魅力に気付きました。皆さんにもそのような作品はあるでしょうか? あったら教えてほしいです。


あつあ通信vol.72、編者あつあつおでん


  [No.811] 第7話「新たな仲間は人気者」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/11/20(Sun) 09:38:26   83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「来たか。賢明な判断だ」

 9月2日の放課後、職員室で仕事を片付けていた俺の下にイスムカがやって来た。俺は既に明日の準備を済ませ、いつでも帰宅できる状態だ。なにせ3時間しか教壇に立たなくて良いからな。さすがに私立高校とだけあり、この辺りは充実している。

 そんなことを考えていると、イスムカが俺に疑問をぶつけてきた。質問は学習における4つの基本の1つ。中々分かってるじゃねーか。

「……先生、部員集めなんてどうするんです? もう大半の人は部活に入ってますよ」

「それなら心配はいらない。この学校は1学年6クラスだそうだが、内2クラスは進学に特化しているそうじゃねえか。ならば放課後に勉強している可能性が高い。そんな暇な奴を狙って押し倒す! どうだ、良い考えだろう」

「押し倒すんですか……」

 イスムカの額からうっすら冷や汗が出てきた。おっと、ここは職員室だったな。ついついがらん堂のノリで話してしまった。俺はすぐさま話題を切り替えた。

「真に受けるな、これは比喩だ。それより、勉強に使えそうな場所はどこだ?」

「それなら図書室か教室しかありませんよ。とにかく静かですからね」

「まあ、そうだな。ではまず教室から回るか」










 俺達はとある教室の前で立っていた。引き戸の上には「1-1」と書かれた板が妙に目立っている。どんなに時代が変わっても、この板だけは昔のままだ。まあ、俺はこの学校にいたわけではないんだがな。

 俺達は遠目に、後ろの引き戸から室内を見回した。机が30台程ある中、内5台には人が座っている。また死角になる部分にも誰かいるのだろうが、よく分からない。

「ここが1年1組か」

「さすが、進学目指しているだけあって勉強してますね。僕のクラスはもう誰もいないのに」

「類は友を呼ぶ。お前さんみたいな奴らなら無理もねえだろうな。さて、まずは突入だ」

 俺はイスムカを先に入れた。奴が教室に足を踏み入れた瞬間、右から何者かが飛び出してきた。そいつとイスムカはぶつかり、しりもちをつく。

「うおっ!」

「きゃっ!」

 やれやれ。どこのどいつだか知らねえが、教室で走り回るなよ。部の貴重な戦力が怪我でもしたらどうしてくれるんだ。

「いてて、危ないじゃ……ああ、君は!」

「なんだ、この女は知り合いか? そこらの衆人とはちょっと違う気がするが」

 俺はぶつかってきた奴を眺めた。なるほど、これは美形だな。まず目を引くのが、流れる水のごとくつややかな黒髪。これはかなりの量であると同時に、長さも腰まで届く程だ。布でできたコスモスをあしらったシュシュでまとめても、なお毛先は自由自在に舞う。次に、身なりが完璧である。制服の着方はどこにも隙がみられないし、長方形に近い楕円形レンズの眼鏡はいささかも傾いてない。また、面やつれした色白で、いわゆる「おしとやか」な分類に入るだろう。しかも、制服のせいではっきりと判別できないが、山あり谷ありの体だと予想される。……しかし、俺は面識がない。そんな俺に、イスムカが説明してくれた。

「え、先生知らないんですか? この人は学園で1番の美人と評判のラディヤさんですよ。しかも見た目だけでなく、勉強もできるし運動神経もそこそこ。おまけに誰にでも親切にするから、学園中の人気者なんです」

「人気者、なあ」

 俺は首をかしげた。まるで超人だが、がらん堂にいた身としては普通なんだよな。あと、こういう奴は目をつけられて大変な場合が多いと思うのだが。……まあ、それでも人気者ってのは好都合。少し動いてみるか。

「お嬢ちゃん、ちょっと俺達の話に付き合ってくれねえか?」

「え、はい……」

 俺達3人は廊下に出た。そして、俺が話を切り出す。小細工は無しだ、ストレートに頼もう。

「さて、単刀直入に言わせてもらう。ポケモンバトル部に入ってくれ」

「ぽ、ポケモンバトル部と言いますと、もしかして……?」

「そうだ、部員のほとんどが逮捕された。だがこの男が、イスムカが残っている。俺は部を立て直し、大会で勝たせようと思う。そこで、あんたのように暇そうな生徒を探していると言うわけだ」

 俺が遠慮なく事情を説明すると、彼女は困惑した表情を浮かべた。なんだ、意外と普通な一面もあるじゃねえか。もっとも、普通の反応をされて普通に断られたら困るんだがな。

 しばらくして、彼女は結論を聞かせてくれた。申し訳なさそうな顔である。

「……すみませんが、遠慮しておきます」

「何故だ? 放課後に勉強をするなんて、暇だからだろ? それに学業は十分すぎるほど出来が良いと聞く。何が問題なんだ」

 俺は追及の姿勢を見せた。彼女の顔つきを観察してみるに、あまり本意と言う感じには見受けられない。これはもしやチャンスかもしれないと考えたからだ。もし本当に人気者ならば、入部は確実に部の評判を上げる。この好機、みすみす逃すわけにはいかない。さあ、どんな理由でも説得してみせるぜ。ところが、身構えていた俺に彼女が答えた理由は、思いもよらないものであった。

「……私はもっと勉強して、良い大学に入りたいのです。」

「だ、大学だと?」

 俺は思わずのけぞった。これは……なんと言えば良いのか見当もつかん。だが1つ言えることは、とにかく交渉を続けるしかないと言うことだ。

「さ、さすがに真面目ですね……」

「感心している場合か。全く、この俺の誘いを断るなど、よほどの理由があるのかと期待したと言うのに大したことねえな。大学なんて、ただ勉強して入っても全然楽しめないぞ」

 俺は大学に入ってないから偉そうなことは言えたもんじゃねえがな。科学者としての知識はほとんど自力で身につけた。何も固執する理由なんざ無い。しかしどういうわけか、彼女は血相を変えて怒りだした。

「大したことないとはなんですか! これは家族も望んでいることなんですよ!」

 お、おいおい。まさか彼女、そんなつまらない理由のために死に物狂いで勉強しているのか? 故郷に錦を飾るつもりか知らないが、自分のために生きることを知らないようだ。しかしその辛抱強さ、ますます気に入った。

「家族の願い、なあ。それを聞いて尚更がっかりした。一体、あんたの意思はどこにあるんだ!」

「ど、どこと言われましても……これは私の望みでもあります」

「そりゃ違う、そう思わされているだけだ。それにな……」

 ここで俺は一息入れた。失礼は承知の上だ。それでも、今は手を緩める余裕はない。俺は澄ました顔で自らの考えを述べた。

「どちらにしろ、そう言うのは理由にならない。世界を見渡してみろ、部活をばりばりやった奴だってちゃんと合格しているそうじゃないか。中には生活苦のため、バイトをしながら学んだ奴も大勢いる。『勉強があるから部活ができない』と言うのは、『部活があるから勉強ができない』と言ってる群衆と同じだ。そうではないと示したいのなら、俺達と一緒に練習をしてくれ」

 俺は彼女を睨みつけた。サングラス越しでもわかるくらい俺の視線は鋭い。しばし沈黙が続いたが、遂に彼女は顔を引き締め、首を縦に振った。

「……そこまで言うのであれば、私も黙っているわけにはいきません。是非とも参加させてください。私、ラディヤがちゃんとした考えを持っているということを証明して見せましょう」

「そうか。ならば期待しておこう」

 い、意外とあっさり決めたなあ。思った以上に駄目なのかもしれない。……人数不足だから仕方ないか。それに、俺の手腕をもってすればこれくらい、造作もなく改善できるだろうしな。

「先生、ラディヤさんを引き込むなんて凄いですよ! これは流れがこちらに来ますよ」

「だったら良いな」

 俺は気のない返事をした。注目を浴びるようになるのは構わないが、にわかが殺到しそうなんだよな。ま、その時にまた手を打てば良いだけの話だ。今は部員が増えたことを喜ぼう。俺は疲れから伸びをした。すると、彼女は以下のように頼むのであった。

「……あ、先生。できればこのこと、家族には言わないでくださいね。とても厳しいですから」

「おいおい」

 こりゃ中々タフな奴だぜ。



・次回予告

ラディヤを入部させることに成功した途端、大挙して入部希望者が押し寄せてきた。正直なところ、あまりに多いのも考え物である。そこで、希望者に少し実力を見せてもらうことにした。果たして、期待のニューフェイスはいるのだろうか。次回、第8話「選考会」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.73

最近は名前のネタがないんですよね。というわけで、今はアラビア語からとっています。6話のイスムカの由来は「あなたの名前は」という意味なんですよ。これは、ローマ字読みでisum-u-kaと分けられます(正確には発音が少し違います)。isumは「名前」、uは格変化で「〜は」、kaは「あなた(男)」を表します。例えば、これが「あなた(女)」の場合はkiになるのです。格変化は単語によって形が違います(同じ「〜は」でもuや、un、aだったりするという意味です)。更に複数形があり、変化の仕方は実に豊富ですよ奥さん。アルファベット覚えるだけでかなりてこずりました。


あつあ通信vol.73、編者あつあつおでん


  [No.813] 第8話「選考会」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/11/28(Mon) 22:32:48   85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「……こいつは驚いた。まさかこれ程の影響力とはな」

「さすがラディヤさんですね」

 9月3日の午後、俺とイスムカ、ラディヤは職員室から部室を眺めていた。職員室は2階にあるのだが、窓から部室とグラウンド、コートが一望できる。万一の際にすぐ駆けつけられるようにとの考えらしい。悪くはない発想だな。

 しかし、こりゃいかんな。ポケモンバトル部の部室前には、暴動かと思わせる程ごった返している。正直、烏合の衆と言わざるを得ない。呆れながら様子を見ていると、ラディヤが困った表情で俺に尋ねてきた。

「……先生、もしかして全員入部させるおつもりですか? あまり大人数は好まないのですが」

「無論、そのつもりはない。ルールブックを読むと、3人いればどのバトルも参加できるそうだ。だから、あの群衆から1人か2人だけ採用する」

 もっとも、全員不採用の場合も有り得るがな。わざわざ素人を鍛えるなんて、時間の足りないこの状況でやる気は全く無い。入りたい奴は自分ではい上がるしかねえ。

 俺は眼下の生徒達に向け、こう叫んだ。

「おい、お前さん達。俺達はここにいるぞ!」

 俺の呼び掛けに反応し、奴らは職員室の方を見上げた。俺は顔色1つ変えることなく続ける。

「入部希望者が多数いるようだから、今から選考会を実施する。覚悟のある奴はコートに来い。結果に関係無く、俺が見出だした奴を入れてやる」

 俺が言い終わると、群衆は一目散に走りだすのであった。まあ、コートは部室の隣なんだがな。

「さてさて、どんな掘り出し物があるものやら」










「……どうなってるんだ、話が違うじゃねえか!」

「確かに、さっきと比べると……」

「少ない気がします。いえ、まぎれもなく少ないです」

 俺達がゆっくりコートに赴くと、皆異変を察知した。少ない、少な過ぎる。確かにさっきは大勢いた。まさか、たった数分間でここまで減るとは。

「怖気づいたか、小心者め。所詮奴らの情熱なんてそんなものか。挑戦しなければ結果は出ないと言うのによ。まあ、それでも何人かはいるがな」

 大方、途中で負けるのが怖くなったのだろう。あるいは、群衆の波に押されたが、元々入る気なんて無かったか。しかし、今となってはどうでも良いことだ。

 俺は残った10人程の挑戦者を集め、こう述べた。

「勇気ある希望者よ、これより選考会を始める。ルールは簡単、トーナメント戦でのバトルだ。早い話、勝ち上がる程俺へのアピールチャンスが増える。ただし結果は考慮しない。あんた達の将来性を見させてもらうぜ。以上、各自組み合わせを決めたら始めるように」

 俺の合図と同時に、各自一斉にバトルを始めた。頼むぜ、誰かまともそうな力を示してくれよ。

 俺がコートの巡回をしだすと、イスムカが不意に問うてきた。

「先生、こんなやり方で大丈夫なんですか?」

「愚問だな。いざと言う時は、俺が直々に勝負してやれば良い。問題なんて無いさ。それより、1人ずつ見て回るぞ」

「はーい」

 俺達は四方八方に目を向け、新たな可能性の発掘に努めた。そんな中、まずイスムカがとある生徒を推した。

「先生、あの人はどうですか?」

「……良いんじゃねえのか、イスムカよりは。だが、将来性は無いな」

「では、あちらの方はいかがでしょう?」

 イスムカを軽くあしらうと、今度はラディヤが別の生徒をピックアップした。2人共、結構真面目に選んでいるな。これから長い付き合いになるから当然か。

「お、ラディヤはイスムカより良い線いってるな。確かに荒削りだが、それだけ先が楽しみだ。しかし、まだ保留にしとくべきだろう」

 そう、まだ全員は見ていない。早計はしばしばミスを引き起こす。まだまだ吟味の必要があるから、もう少し巡回しておくとしよう。

「……むむ、あれは誰だ?」

 ふと、俺は足を止め、とある生徒を注視した。そしてイスムカに何者かを尋ねる。眼鏡をかけたそいつの使っているポケモンは……ボーマンダだと。タンバの海と同じ白群色の胴に、紅葉のような深紅の翼。間違えるはずもねえ。まさか、こんな学校でドラゴンタイプを見るとは思わなかった。

「ああ、あれは同じクラスのターリブンですよ。ポケモンマニアとして校内では有名ですね。……けど先生、確か僕のクラスで授業教えてますよね? 生徒の名前は覚えた方が良いですよ」

「む、むう。それは失礼した」

 仕事始めの前に写真と名前の一覧を覚えるように言われていたが、不覚だったぜ。だが、これでターリブンがマニアという事実にたどり着けた。確かに、本人の動きから努力の跡が垣間見れる。事実、他の生徒を圧倒しているしな。それでも、まだいくらでも改善の余地が残されている。こりゃ、滅多に無い大物だ。

「よし、あいつと勝負してみるか」

「え、ターリブンとですか?」

「ああ。俺はスカウトする時、なんとなくだが先が見えるんだよ。そして、奴は先が明るいと判断した……期待できるぜ」

 驚きの表情を浮かべるイスムカをよそに、俺はターリブンに近づき、声をかけた。

「おい、お前さんターリブンって言うんだろ。少し俺と勝負してみないか?」

「おお、確かあんたは……誰でマスか?」

「こ、顧問のテンサイだ」

 おいおい、俺はここに来てもう3日目だぞ。ま、授業を受けてない先生の名前を知らないのも無理は無い。……入りたいならそれくらい調べろと言いたいがな。

「ターリブン、俺はお前さんに無尽蔵の鉱脈を発見した。是非とも勝負してもらいたい」

「……それはつまりあれでマスか。オイラの入部は決まったでマスか?」

「まあ、そう慌てんなよ。ほぼ入部決定だが、念のためにな。万が一の場合は、わかるな?」

「なるほどでマス。じゃあ早速やるでマス!」

 その気になったのか、ターリブンは腕を回しながら気合いを高めている。活きが良い奴だ。中々楽しめそうだぜ。

「任せろ。その力……真偽をはっきりさせてやるぜ」

 俺はボールを手に取り、バトルに臨むのであった。



・次回予告

さて、ターリブンの力を知るために勝負を挑んだわけだが、さすがポケモンマニアと言われるだけはある。しかし、顧問の俺は絶対に負けてはならない。一気に決めるぜ。次回、第9話「俺対ターリブン」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.74

仲間がどんどん増えています。女性キャラがメインで2人いるのは、前作1人しかいなかったことを考えると倍増です。

ちなみに、ラディヤという名前は「満足する」という意味のアラビア語です。今作の名付けの方針はこのような感じになるでしょうね。ただ、見た目と名前があまり一致していない罠。なお、彼女は「私が今まで知り合った女性で最も綺麗だった人」をモデルにしてます。


あつあ通信vol.74、編者あつあつおでん


  [No.814] 第9話「俺対ターリブン」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/12/12(Mon) 20:56:13   99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「では、手短に2匹ずつでいくぜ」

 俺とターリブンはコートで対峙した。周りには選考会の参加者の他、多数の野次馬がいる。もちろんイスムカとラディヤもだ。

 若者との勝負か……久しぶりのようで、実はそうでもないんだよな。あの時は負けたが、今回は俺が勝つ。

「わかったでマス。待ってるでマス、オイラのラディヤちゃん」

「は、はあ……」

 しかし、この緊張感の無さは何事だ。ターリブンはラディヤにアピールするのに夢中で、俺の話は殆ど聞き流してやがる。彼女が困っているのにも気付いてない様子だ。……最初から彼女狙いだったのか。ま、不純な動機でも一向に構わないが。遠くイッシュ地方では、もてるためにやっていたら上手くなったトレーナーもいるらしいからな。

 さて、そろそろ動くか。俺はボールを手に取りながらターリブンに声をかけた。

「うつつを抜かすなよ。ではまず俺からだ、ニョロボン!」

「もちろんでマス。いくでマス、ボーマンダ!」

 俺とターリブン、勝負の火蓋は切って落とされた。俺はニョロボン、奴はボーマンダが先発だ。

「やはりボーマンダからか」

 俺は一言つぶやいた。ボーマンダはドラゴンタイプであるコモルーの進化形で、非常に強力な性能を持つ。その根拠は、まず全ての能力が高く、素早さ、攻撃、特攻が抜きん出ている。そこから放たれる高威力の技はそうそう耐えられない。また、特性のいかくで物理相手に後だししやすいのも魅力的だ。強敵には違いないがニョロボンなら大丈夫さ。

「じゃ、いきなりだがぶちのめす。ニョロボン、れいとうビームだ」

「……甘いでマス。ボーマンダ交代、メタグロスでマス!」

 まずはニョロボンのれいとうビーム。渦巻き模様から発射された冷気はボーマンダに命中したと思われたが、寸でのところで逃げられた。代わりに攻撃を受けたのは、4本の足とばつ印が印象的ポケモンだ。ちなみに、足には何かのハチマキが巻かれている。

「メタグロス……メタマンダか」

 俺は2匹目のポケモン、メタグロスを眺めた。メタグロスはエスパーに鋼と言う変わった組み合わせのタイプ構成を持つポケモンだ。互いの耐性を相殺しているから微妙ではあるが、それでも押さえるべき耐性は残っている。タイプ相性の良さからボーマンダと組んだ「メタマンダ」が大流行した時期もあったが、最近はそうでもない。まだ使うトレーナーがいたとはな。だが、甘いぜ。

「ふん、その程度の動きは承知の上だ。ニョロボン、ハイドロ……」

「しねんのずつきでマス!」

「なんだと!」

 俺は半ば信じられない光景を目にした。ニョロボンが技を使おうとしたところ、メタグロスが瞬く間に接近。そのまま鋼鉄の頭を叩きつけ、ニョロボンを沈めてしまった。あれは同じ速さの競り合いじゃねえ。

「ちっ、素早さ重視たあ盲点だったぜ。それにこの威力、こだわりハチマキか」

「おおっ、オイラの秘策を理解してくれる人がいたでマス。良い人でマス!」

 ターリブンは1人で勝手に喜んだ。ナンパしたり騒いだり、忙しい奴だぜ。立場上負けられないのに、こんな相手に負けたら示しがつかねえな。

「そりゃどうも。ではこちらも本気を出すか、カイリュー!」

 俺はニョロボンとの入れ替えでカイリューを繰り出した。お前の新しい力、今こそ見せつける時だ!

「カイリューでマスか。鈍速ドラゴンなんてお呼びでないマスよ」

「それはそれは、随分不勉強だな。カイリュー、りゅうのまいだ」

 カイリューは空を飛びながら、怒り狂ったかのように踊った。力がみなぎっているのが俺にも良く分かる。もちろん、それを見逃すようなターリブンではない。

「そうはさせないでマス、しねんのずつき!」

 カイリューが地上に降りてきたのを見計らい、メタグロスはしねんのずつきをかました。カイリューは直撃を受けたが、余裕の表情である。これにはさすがのターリブンも動揺したのか、声を荒げた。

「ど、どういうことでマス? びくともしないでマス、こんなのインチキでマス!」

「それは違う。これは特性『マルチスケイル』の効果だ。これは体力が満タンの時、ダメージが半分になるって言う便利な代物さ」

「な、なあんでますとおお!」

 お、やっと静かになったか。さてさて、先制技の心配も無いことだし、とっとと片付けよう。

「もう誰も止められねえよ。じしん攻撃」

 カイリューはその足で地面を蹴り上げ、メタグロスをその衝撃で襲った。りゅうのまいで底上げした攻撃の前に、メタグロスはたまらず力尽きた。これには周囲からどよめきが沸き起こる。

「め、メタグロスがやられたでマス……。ええい、こうなったらボーマンダの出番でマス!」

 ターリブンは冷や汗を滴らせながらボーマンダを再登場させた。ボーマンダのいかくでカイリューは少し後退りするが、今更関係ねえ。

「いかく、か。それじゃあ駄目だな。げきりんを決めろ!」

 カイリューはボーマンダを上回る速さで旋回し、渾身の力でボーマンダを殴り倒した。ドラゴンタイプの弱点はドラゴンタイプ、問答無用の威力だった。

「や、やられたでマスう!」

 ターリブンが肩を落とす。ふっ、勝負あった。ギャラリーは展開の速さに感嘆するしかないみたいだな。まだまだ俺もやれるもんだ。もっとも、実際に戦うのはポケモンなんだが。

「よし、俺の勝ちだ。……まあ、これだけできるなら大丈夫だろう」

 俺は何度か頷くと、ターリブンの元に歩み寄り、そしてこう言った。

「ターリブン、負けたが良い腕をしてるな。これなら文句無しで入部決定だ、是非とも俺達の力になってほしい」

 俺の言葉を聞いたターリブンは、しぼんだ風船のような状態からみるみる元気になった。現金な奴め。

「ほ、本当でマスか! やったでマス、ラディヤちゃんと仲良くできるでマス」

「おいおい」

 これで大丈夫なのか、なんとなく心配になってきたぜ。




・次回予告

最低限の人数は揃った、後は鍛練あるのみ。しかし、高校の勝負のルールはどうなってるんだ? 俺達は暇な時間にルールブックを読んでみるのであった。次回、第10話「これがルールだ」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.75

ターリブンは元々、パワポケのメガネ一族みたく「〜ダ」という名前にしたかったのですが、全員「あ」の音で終わるのはバランスが悪いと考え、こんなことに。ターリブンはアラビア語で「student」の意味です。アラビア語からすると、この言葉は外来語なんですよね。で、複数形は「タリーバン(tali-bが「学生」、anが「〜達」)」で「student共」となります。anの部分は昔からある使い方で、英語の〜erに当たります。

お気付きの方もいらっしゃると思いますが、かの有名なイスラム過激派組織タリバンは、アフガニスタン統一を願う学生運動から始まったのでした。なお、他の過激派アルカーイダやその指導者だったウサマ・ビン=ラディンとは、本来別々の組織です。アルカーイダは、ソ連のアフガニスタン侵攻に対する義勇兵の一部が、闘争の舞台を海外に求めて作られたのです。

ダメージ計算は、レベル50、6V、ボーマンダ無邪気特攻素早振り、ニョロボン控えめHP特攻振り、メタグロス@ハチマキ陽気攻撃素早振り、カイリュー陽気攻撃素早振り。メタグロスのハチマキしねんのずつきでニョロボン確定1発。攻撃1段階上昇カイリューの地震は、ニョロボンの冷凍ビームと合わせて確定でメタグロスを倒せます。そして、通常状態の逆鱗でボーマンダを確定1発。


あつあ通信vol.75、編者あつあつおでん


  [No.826] 第10話「これがルールだ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/12/22(Thu) 15:23:32   75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ようやく人数が集まってきたな」

 9月4日、金曜日。世間的には週末だが、俺達に週末なんて無い。今日の放課後も、イスムカ達と部室に詰めているというわけだ。しかし、さすがに立派な部室だな。物置小屋2つ分くらいの広さはもちろんのこと、大量のボールにパソコン、果ては回復用の機材まで、かつての強豪ぶりが垣間見れる。

「そ、そうですか? 3人は少ないと思いますよ」

「……私はこのくらいが丁度良いですが、皆様が望むのでしたら構いません」

「おお。さすがラディヤちゃん、大人でマス。イスムカも見習うでマス!」

「う、なんで僕が怒られるんだ……」

 ……この3人には緊張感と言うものはあるのか? こんな奴らが2年後までに立て直しの礎を築けるのか、今更ながら不安になってきた。今に始まったことではないだろうがな。

「ま、細かい話は言いっこ無しだ。それより、今日は重要な知らせが入ってきた。こいつを見てくれ」

 気を取り直し、俺はとある紙を1枚ずつ配った。3人は軽く目を通すと、ぽつりぽつりと声を上げてきた。

「これ、秋季大会の案内ですね。僕達出られるのですか?」

「ああ。しかし、それが変なんだ」

「と、言いますと?」

「俺達は部員の殆どを逮捕されたんだぞ? しかも、今では風当たりの強いポケモン虐待でだ。にもかかわらず参加できるなんて、罠としか思えないじゃねえか」

「言われてみればその通りでマス。これは何者かの陰謀でマス!」

 ターリブンは顔を真っ赤にさせながら叫んだ。俺は彼をなだめながら、説明を続ける。

「まあ待て。これは俺達から見てもチャンスだ。この大会……参加する価値があるぜ」

「それじゃあ、何か秘策でもあるんですか?」

 イスムカのこの問いに、俺は胸を張って言い切った。

「任せな、ちゃんと用意してある。残すはお前さん達の同意のみだが、どうする?」

 まあ、嘘だがな。大見得切らねえと乗らないからな、最近の若者は。

「そうですね、策があるなら大丈夫でしょう。僕は参加しますよ」

「オイラも出るでマス。ラディヤちゃんに良いところを披露するでマス」

「……皆様が参加するそうですから、私も参加させていただきます」

 イスムカにターリブン、そしてラディヤは首を縦に振った。なんだ、思ったより素直じゃねえか。

「決まりだな。では早速だがこれを熟読しとけ」

 3人の意志を聞いた俺は、3冊の本をそれぞれに手渡した。各々何気無しにページをめくる。

「これは、ルールブックですか?」

「ああ。普通のルールとは少し勝手が違うみたいでな。環境を知るのは勝つための1歩というわけだ」

「なるほど。どれどれ……シングルバトル『マルチ』?」

 首をかしげるイスムカに対し、ターリブンが解説を入れる。息が合ってるな。

「マルチと言えば、ダブルバトルでのスタイルでマス。トレーナーは2人1組になり、それぞれ1匹ずつ繰り出すのでマス。けど、シングルのマルチなんて聞いたことないでマスよ」

「……実は俺も、これを読んで初めて知った。結構ややこしいだろ?」

 ポケモンバトルってのは、もっとシンプルであるべきなんだがな。どうせ、お寒い協調性教育の一環なんだろう。勝負の世界に下らねえ考えを持ち込みやがって。勝負の結果生まれるものは否定しないが、最初からそういうものがあったら生まれる余地がねえじゃないか。

 ま、ここで何を言っても仕方ない。もう少しこいつらの反応を見てみるか。

「えーと、どうやら3人1組のシングルバトルみたいですね。3人で合わせて6匹使うようで、1人最低1匹持たないと駄目だそうです。もし、誰かが1匹も使わなかったら反則負けか……案外厳しいですね」

「同じトレーナーのポケモンの交代は自由でマスが、別のトレーナーのポケモンに交代できるのは3回までとなっているでマスね」

「まあ、そういうことだ。ともかく、俺達の戦いはここから始まる。当日までにルールの把握、鍛練をやっとけよ」

 俺は3人に漠然な指示を出した。3人はそれに対し、元気に返事をするのであった。

「はーい、わかりました」

「了解でマス」

「承知致しました。皆様、頑張りましょうね」

 ……さてさて、どうなるか楽しみだぜ。


・次回予告

さあ、いよいよ秋季大会が始まるぞ。あいつらの力がどれ程通用するのか見物だが……果たしてどうなることやら。次回、第11話「地方大会1回戦」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.76

ダブルバトルではマルチという形式がありますが、シングルやトリプルにはマルチってないんですよね。ローテーションは言うに及ばす。ポケモンスタジアム金銀にはシングルのマルチがあったのですが、スタッフ忘れちゃったのかしら。ルールは2人1組で、1人3匹を使います。で、2人のうちどちらかのポケモンが全てやられたら負け。交代にも色々制約があった気がしますが、覚えていないのでこの辺にしときます。


あつあ通信vol.76、編者あつあつおでん


  [No.833] 第11話「地方大会1回戦」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/01/03(Tue) 20:42:07   69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


「よし、そろそろ始まるぞ。さっさと準備しな」

「は、はい」

 9月12日、土曜日。俺達はタンバシティ所有の多目的コートに来ていた。もちろん試合に出るためだ。朝日がまぶしいぜ。

 俺達は試合が近かったので、ベンチに陣取り待っていた。周囲の目はひどいもんだ、仕方ないことではあるが。しかし、これに萎縮しちまっている奴が1人。イスムカは表情硬く、辺りにせわしなく目を泳がせている。

「なんだ、緊張してんのか? 頼りねえなあ」

「そ、そんなことはありませんよ。ね、ねえ2人共」

 イスムカはやや震えた声だ。おいおい、頼むぜ。

「ええ、私は落ち着いていますよ」

「オイラも大丈夫でマス」

 それに引き替え、ラディヤとターリブンは中々の強心臓らしいな。ターリブンに至っては鼻の下が伸びてやがる。呑気もここまで来れば、ある種の実力だな。

「……さて、冗談はこのくらいにしとこう。今日の対戦相手は超タンバ高校という新しい学校らしいな。まあ、こちらも人のことを言える程長くやってないみたいだが」

「実力はいか程なのでしょうか?」

 ラディヤが尋ねた。至極まっとうな質問だな。なにせ新しい学校、情報を集めるのは良いことだ。しかし、俺は腕組みし、眉間にしわを寄せながら答えた。

「それがな、どうも中々やってくれるらしい。俺達の学園に対抗心があるみたいで、例の件も奴らとの試合の後に公表されたそうだ。ちなみに、その試合はタンバ学園が勝っている」

「……なんだか、負けた腹いせみたいですね」

 イスムカが上手く反応してくれた。これで俺もスムーズに話を続けられる。

「だな。しかし、それでも俺達は前進するしかない。奴らに、俺達は何度でも蘇ることを教えてやりな」

「はい!」

「承知致しました」

「任せるでマス」

 3人とも力強く返事をし、ゆっくりコートの所定の位置に移動した。午前9時か……そろそろ試合だな。相手も準備できたようで、審判がこう宣言した。

「これより、秋期タンバ大会マルチシングルの部1回戦を始めます。対戦チームはタンバ学園、超タンバ高校。使用ポケモンは最大6匹。以上、始め!」

「いくでマス、ボーマンダ!」

「出番だ、パルシェン!」

 タンバ学園の再起を賭けた勝負の火蓋が切って落とされた。相手の1人目は確か、ムハンマドだったか。各校の1人目は試合前に提示されたから分かるぜ。……そう言えば、向こうの監督の姿が見えないな。今は気にする程ではないが。

 で、こちらの先発はターリブンだ。ターリブンはボーマンダ、ムハンマドはパルシェンが先発である。ボーマンダは、出会い頭にパルシェンを威嚇した。

「パルシェンたあ、いきなり勝負に出たな」

 俺は思わずつぶやいた。パルシェンは近年様々な技の発見により見違える程強くなったポケモンの1匹だ。例えば、スキルリンクの特性からのつららばりやロックブラストは、マルチスケイルを持つ俺のカイリューも耐えられねえ。さて、ターリブンはどう出るか。

「……氷タイプ相手には戦略的撤退でマス、メタグロス!」

 まずはターリブンが動いた。奴はボーマンダを引っ込めると、メタグロスを繰り出した。……良いんじゃねえのか? そんなことを考えていたら、ムハンマドもパルシェンに指示を出した。その声は自信に満ちあふれている。

「からをやぶるだ!」

「な、なんでマスと! か、殻が1枚になったでマス」

 パルシェンは突然蒸気を放つと、外側の殻を粉々に砕いちまった。……これで、また一段とゴースに近づいたな、なんて言ってる場合じゃねえ。からをやぶるはパルシェンの強さを支える技で、守りを犠牲に能力を上げることができる。メタグロスなら1発くらい捌けそうだが、奴の個体は……。

「あ、良く考えれば倒すチャンスでマスね。メタグロス、バレットパンチでマス!」

「……今だ、ハイドロポンプ!」

 ここでターリブンは頬を緩め、メタグロスを突っ込ませた。メタグロスは鋼鉄の弾丸の如く飛び、パルシェンを蹴散らそうと懸命に殴る。だが、守りを捨てた状態でもパルシェンの防御は伊達じゃない。バレットパンチを軽く受け流したパルシェンは、水の槍で反撃。真正面から食らったメタグロスは頭のバツ印の鋼板で弾こうとするものの、その勢いは尋常ではない。550キログラムの巨体は紙切れみたいに吹き飛び、そのまま気絶した。

「メタグロス戦闘不能、パルシェンの勝ち!」

「や、やられたでマスー!」










「試合終了! この試合、6対0で超タンバ高校の勝ち!」

「……なんてこったい」

 完敗だ。弁解の仕様は無い。俺達はさっさと荷物をまとめると、足早にその場を後にするのであった。



・次回予告

来年の飛躍を狙う俺達だったが、そこに待ったをかける奴が現れた。そいつは俺に難題をけしかけてきやがる。まあ、それは所詮一般的な難題。俺は必ず突破してみせる。次回、第12話「危険な事態」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.77

私は、高校生の頃部活で登山をやっていました。大会もあったのですが、トーナメント形式ではなく、得点で順位を競う形でした。県毎に基準は違いますが、大体速さ、炊事、マナー、読図、天気図、応急措置、知識、計画書、テント設営が対象ですね。得点は小数第1位まで競うので、年によっては0.1点差に泣くこともありました。登山の途中で食べる行動食は大抵飴やお菓子、カロリーメイト等ですが、中にはキュウリやバナナ、キウイ、果てはパイナップル丸々1個のツワモノもいました。

 ダメージ計算は、レベル50、6V、パルシェンやんちゃ攻撃252特攻172素早84振り、メタグロス陽気攻撃素早振り。パルシェンはからをやぶる1回で130族抜き、無振りメタグロスをからをやぶる1回からのハイドロポンプで確定1発となっています。また、メタグロスのバレットパンチではパルシェンを確定1発にできません。



あつあ通信vol.77、編者あつあつおでん


  [No.848] 第12話「危険な事態」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/01/19(Thu) 09:47:51   85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「テンサイさん、大丈夫ですか?」

「……ああ、このくらいどうということはねえ。こっぴどく書かれちまったがな」

 9月14日の月曜日、早朝。俺とナズナは職員室で話し込んでいた。まだ人も少ないから良い気分……と言いたいが、問題が1つ。彼女と席が隣同士なのだ。もう2週間になるが、昔を思い出して中々気まずい。

 俺は、さっきまで読んでいた新聞を広げて彼女に見せた。彼女は紙面を眺めると、みるみる膨れっ面になる。

「『化けの皮剥がれたり』、『祝廃部』……随分酷い内容ですね」

「だろ? 所詮マスゴミ、広告主や権力者に都合の良い記事しか書かねえのさ。あとは人の感情を逆撫でするような話。誰も廃部するなんて言ってねえのによ。ま、10年前に身を以て経験してるから、大して驚くことではないさ」

「えっ……10年前に何かあったんですか?」

 おっと、俺としたことが口を滑らしちまった。これだからおしゃべりは困る。俺は彼女を睨みつけながらこう釘を刺した。

「何もねえよ。それと、最後のは聞かなかったことにしてくれ」

「は、はい」

 よし、どうやらしばらくは大丈夫そうだな。サングラス越しでは俺の瞳は見えねえが、声と雰囲気がある。彼女は表情が固まり、静かに仕事の準備を始めた。さて、俺も今日の内容をおさらいしておくか。これでも今は教師だからな。

 そんなことを考えていると、職員室に1人の男が入ってきた。校長のシジマだ。ややきつめの背広を着た中で頭から湯気が立っているのを見る限りでは、朝のトレーニングの後といった様子だな。急いで着替えたのだろう。しかし、その割には元気がないようだが。

「お、校長じゃないですか。こんな朝っぱらから何故に青ざめているのです?」

「……テンサイか。土曜の大会は大変だったようだな」

「ま、そうでもないですよ。マスゴミに捏造記事を書かれるくらい、問題ではない」

「あ、あの記事を見たのか! うーむ、どう説明したら良いものか……」

 なんだ、校長はいきなり腕組みしながら考えだしたぞ。どうやら、何か事情を知っているようだな。俺は尋ねようとして、しかしどこからか届く甲高い声に遮られた。

「おーほっほっほっほ、ならば私が説明してさしあげましょう」

 俺達は声の方向を向いた。口調は女だが、姿は男か。しみ1つ無い純白のスーツに、しみを全て隠す程黒いネクタイがやけに目立つ。こいつは……職場を間違えているようだな。まあ、俺が言えた立場じゃねえが。

「誰だあんた? あまり見かけない顔だが」

「……あら、新入りみたいね。よく覚えておきなさい、私はこの学園の教頭、ホンガンジよ。それと、さっきの『捏造』の言葉を取り消しなさい」

 こいつが教頭か。何故こんな奴を教頭にしたか理解に苦しむ雰囲気だな。だが、そんなことはおくびにも出さず奴に問うた。

「おいおい、随分なご挨拶じゃないか。確かに俺は一言も語っていない。にもかかわらずそう言うからには、それなりの根拠があるんだろうな」

「もちろんあるに決まっているじゃない。この記事は私の言葉をそのまま載せ
ちゃったのよ」

「……なんだと?」

 やってくれるぜ。黙っていりゃ、ただの変わった服装のおっさんとしか思われねえものを。オカマ口調をさらけだした上に職場を陥れるような発言をするたあ、見上げた根性だ。俺の頭に幾筋の血管が浮かび上がる。

「あの無様な負け戦の後にね、私に取材が来たの。で、うっかり口を滑らしてしまっという訳ね。お分かり? うっかりとは言え、1度言ったことは取り消せないわよねえ。そういうことだから……さっさと廃部してもらえないかしら」

 教頭はお構い無しに言いたい放題。火に油を注ぐとはまさにこのこと。俺も意地になってくる。

「あのなあ……そんな脅しが俺に効くとでも思ったのか? 理不尽な理由に強引な手法。廃部にする根拠になってないぜ」

「……ふーん、そういう態度取っちゃうのね。なら容赦しないわ、今すぐ潰してあ、げ、る」

 教頭は懐から何か取り出した。あれはもしや、部に関する書類か。付近にはシュレッダーが狙ったかのように鎮座する。まずいな。俺としたことが、ついつい感情的になってたぜ。今のうちに軌道修正せねば。

「……待った。1つ俺の話を聞いてくれ」

 俺は片膝をついた。その姿はさながら、主君の前にいる忠臣だろう。俺の行動を、皆は注意深く眺める。俺は続けた。

「1年間の猶予をくれ。今すぐ廃部にしたら、あんたの手法が批判されるかもしれねえ。だが1年間存続させてくれさえすれば、必ず試合に勝てる程度に建て直してみせる。その時は存続させてもらおう。しかしもし勝てなければ、潰してくれて一向に構わん。これならあんたも寛大と言う評価がされる。悪い動きには見えないだろ?」

「……あら、私と勝負と言う訳ね。随分久々だわ、私に楯突く奴は。けど、確かに悪くない選択肢。それに、あなたが悔しがる顔も見てみたいし……わかったわ。今回はあなたの無鉄砲さに免じて見逃してあげましょう。ただし、来年の公式大会で勝つことができなかったら、その瞬間廃部にするわよ。ま、せいぜい私を楽しませてちょうだいね、おーほっほっほっほ!」

 ホンガンジ教頭は高笑いをすると、ご機嫌な足取りで職員室を後にするのであった。あんたは一体なんのためにここへ来たんだよ。

「……あいつ、どこかで見たことあるような」

 そうだ。奴と話している間、どこか知り合いのような雰囲気を感じた。だが俺の知り合いにオカマ口調の男なんざいねえ。果たして……。

「テンサイさん、あんな賭けをして大丈夫なんですか?」

 考え込む中、ナズナの声で我に帰った。見ず知らずの人の心配とは、昔から変わってないな。

「大丈夫だ、問題無い。もし問題があれば、あんた達に1番良い助けを頼むさ」

 俺はリップサービスをしておいた。こうでも言わねえと厄介だからな。

「すまんの、テンサイ。あやつの横暴は以前からあったのだが、何故か今回は露骨なまでにポケモンバトル部を敵視しておる」

 校長が申し訳なさそうに頭を下げた。面接の時に見せた、豪快な面影は隠れちまっている。それにしても、聞き捨てならない情報だな。

「なんか利害でも絡んでいるということか?」

「それは分からん。あやつはポケモンコンテスト部の顧問じゃから、目立ちたいのかもしれんの。それにしても今回はあまりに過激というのが引っ掛かる」

「クビにはできないのですか?」

 ナズナはさらっと強烈なことを言うな。どうも嫌われているようだな、あの教頭は。

「それがの……あやつとは3年契約で、今の1年が卒業するまでは解雇できないのだ。そう言うルールになっておるからの」

「なるほどな。まあ、気にするこたあねえですよ。俺は頼まれた仕事を淡々とこなすだけ、誰が邪魔をしても遂行してみせますよ。さ、そろそろ仕事に取り掛かるぜ」



・次回予告

さて、いよいよ本格的な練習に着手するぞ。以前から鍛錬は本人に任せていたが、さすがにあの面子では先が知れている。そこで、若かりし頃の俺の練習メニューを課してみることにしたのだが……。次回、第13話「体を鍛えろ」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.78

皆さんが小説を書こうor読もうと思った理由はなんですか? 私は気まぐれにページを開くのであまり理由はないのですが、タイトルを見て面白そうというのは結構大きいですね。また、書こうと思った理由としては、とにかく自己満足が第一です。自分が面白いと思える作品を作ろうというわけですよ。その結果が、今のダメージ計算に忠実なバトルだったりするのです。もっとも、これら公にされているもの以外にも数多くの黒歴史作品が眠っています。


あつあ通信vol.78、編者あつあつおでん


  [No.852] 第13話「体を鍛えろ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/01/23(Mon) 15:51:21   83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 9月14日の月曜日、放課後。強い日差しの中、俺と部員達はバトル用コートに集っていた。周りでは他の部が練習をしている。野球部は泥まみれになりながら白球を追い、バスケ部はひたすら走る。で、俺達は……。

「さて、今日から本格的な鍛練を始める。ごたごたのせいで始動が遅れたが、気にせずいくぞ」

「……それは良いんですけど、先生」

「どうして私達はジャージに着替える必要があるのでしょうか?」

「そうでマス。オイラ達はポケモンバトル部、鍛えるべきはポケモンでマスよ!」

 イスムカ、ラディヤ、ターリブンは口々に疑問や不満をぶつけてきた。それぞれ学校のジャージを着ている。ちなみに、俺は着流しの袖をたすきでまくっている。やれやれ、最近の子供はわがままなこった。

「ま、そう言うな。ポケモンバトルはポケモンだけが戦うもんじゃねえ、トレーナーも大事な戦力だ。と言う訳で、今から体力テストを実施する。まずは準備運動だ」

 俺はラジカセを取り出すと、あるテープを再生した。すると、大音量でラジオ体操のあの曲が流れだす。他の部の奴らが一斉にこちらを向く。だがそんなことは気にも留めず、俺は曲に合わせ体を動かし、声を出した。

「1、2、3、4、5、6、7、8。2、2、3、4、5、6、7、8。おい、お前達も声を出せ!」

「い、1、2、3、4、5、6、7、8!」

 3人共、渋々ながら動きだす。周りの視線が気になるのか、目が泳いでやがる。これは早く慣れてもらわないとな。

 しばらくして、ラジオ体操第2が終了した。ふう、久々にやったから体が少々痛いぜ。コガネから流れ着いたと言っても、日課をさぼるのは良くないな。

「よし、準備運動は終わりだ。呼吸を整えるついでに柔軟もやっとけ」

 俺は地べたに座り、足を広げながら伸ばし、胴を前に倒した。ああ、こっちもあまり曲がらなくなってるな。以前は顎まで地面に届いたが、今では肘より先の腕が接する程度。もっとも、俺が最も驚いたのは別のことなんだがな。

「むぐぐ、硬いでマス硬いでマス!」

 ……ターリブン、胴と地面の角度が45度もあるじゃねえか。せっかくだから背中を押しておいた。断末魔に近い叫びが聞こえたが、気のせいだろう。

 準備運動、柔軟は済んだ。これでようやく本題に入れるぜ。

「では、いよいよテスト開始だ。まずは小手調べに腕立て伏せをやるぞ。回数に制限は無い、できる限り続けろ」

 俺が指示を下すと、3人は少し距離を取って腕立て伏せを始めた。皆、ペースは同じくらいか。……しかし、見ているとやりたくなるもんだな。俺も例外ではない。

「俺もやってみるか。ここしばらく鍛えてないからかなり衰えているだろうがな」

 俺はカウンターを地面に置き、腕の伸縮を繰り返した。みるみるうちにカウンターの回数が増えていく。一方、3人は徐々にペースダウンしていった。

「むぐぐ……もう無理だっ」

 まずはイスムカが脱落。地に伏せた。

「お、オイラも限界でマス……」

 次にターリブンがギブアップ。まあまあだが、俺を超えるのは無理そうだ。俺は既に30回こなし、まだまだ余裕が残るからな。

「ま、まだまだできますわ!」

 意外にも、ラディヤが辛抱強く数をこなしている。腕が震えているのが俺でも分かる。しかし、ただただ意志の力が彼女を動かしているようだ。これは良いもの見させてもらったぜ。









 数分後。俺は後半ばてて、思った程結果が伸びずに終わった。ラディヤも最後は力尽きた。それから休憩を挟み、俺は結果を発表した。

「……全員終わったな。ただ今の結果、イスムカ15回、ターリブン23回、ラディヤ37回、俺58回だ。ふっ、まだまだ……と言いたいところだが、ラディヤだけは非常に優れた結果を残した」

「お褒めに預かり光栄です」

 ラディヤは努めて冷静に受け答えた。だが俺は、頬が緩むのを見逃しはしなかった。……どこか、昔の俺と似てる気がするな。負けず嫌いで、顔に出さないところが。

「それに引き換え、男共はひでえな。そんなんじゃ、とても腕利きにはなれっこねえよ」

「は、はあ……。けど、やっぱりトレーナーの体力とポケモンバトルって関係無いと思いますが?」

 イスムカが不服を述べた。理由を説明しないから当然だが、まだまだ納得してないようだ。

「まあ、確かにそうだ。ポケモンに頼る戦いをしている奴は大概そう考える。だがな、戦っているのはポケモンだけじゃねえ。俺達トレーナーも戦場で仕事してんだよ」

「戦場で仕事でマスか? オイラ達、指示してるだけじゃないでマスか」

「おいおい、冗談はよせ。勝負は何もスタジアムだけで行われるわけじゃない。ポケモンへの指示なんざ、そのごく一部に過ぎないのさ。それよりも、訓練の相手、教える技のチョイス、食事の管理、士気の鼓舞、ボールの投てき、相手の分析等々、やるべきことはいくらでもあるんだ。今、体を鍛えるのは、お前さん達がポケモンの訓練に付き合えるだけの体力をつけるためのものなんだよ」

 俺は端的に説明した。この話を聞いた奴は例外無く困惑の表情を浮かべ、俺に尋ねてくる。こいつらも同じ。俺はただ、いつものように真意を理解させるだけだ。

「な、なんだってー! ……でも、人がポケモンの練習相手になるって、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ、問題無い。むしろ、やらないと困るぞ。ポケモンの数には限りがある、それゆえどこかで人が代わりに相手をしなければならない。ちなみに、技の手本から実際の殴り合いまで、その方法は多岐に渡る。ポケモンの動きをより深く理解するためにも、こうしたことは重要なのだ」

「な、なるほど。明らかに滅茶苦茶な話だけど……わ、分からなくもないですね」

 イスムカは釈然としない感じで俺を見た。俺はサングラス越しに彼を見つめる。すると恐れをなしたのか、抵抗を止めた。やっと言うことを聞くようになったか。今のやり方でできないなら、他のやり方に耳を傾けるのが手っ取り早い。あんた達には悪いが、少々強引にやらせてもらうぜ。

「そうだ、人間素直が1番だぜ。さ、そろそろ次の種目に取りかかるぞ」

 こうして、体力測定が続くのであった。



・次回予告

今日は仕事が早く終わった。部活もやっちまったし、かなり時間があるな。よし、せっかくだから前の顧問の見舞いでも行ってみるか。次回、第14話「見舞い」。俺の明日は俺が決める。

・あつあ通信vol.79

現在私は教育学というものを勉強しているのですが、先生が言うには「教師が身につけさせたいもの、授業計画、実際の授業、生徒の習熟度、の4つの項目があり、それらは大抵一致しない。また、それらをより近付ける方法、身につけさせたいものを研究するのが教育学」だそうです。このような見方をすると、学校のテストは授業と習熟度の関連を調べる古典的な方法とも言えますね。……だったら、平均点がある点になるくらいのテストを作るのは根本的に違う気もしますけど。


あつあ通信vol.79、編者あつあつおでん


  [No.855] 第14話「見舞い」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/01/26(Thu) 09:17:04   83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「よし、今日はここまでだ。各人日曜日は体を休め、来るべき月曜日に備えるように」

「も、もう駄目だぁ……」

9月19日、土曜日。太陽が南中する頃に、今日の訓練を切り上げた。訓練と言っても軽いもので、手始めに5km程走り、筋トレを行うだけなのだが。しかしこの3人には堪えた様子だ。

「おいおい、この程度で音を上げるなよ。若い奴ならすぐに楽になる、しばらくは辛抱するんだな」

「お、鬼でマス……サディストでマス!」

 ターリブンは頭から湯気を放った。湯気ってのは寒くなくても出るんだな。今の勢いなら、タービンを回して発電できそうだ。

「まあまあ、落ち着いてくださいターリブンさん。きっと先生も、私達のことを考えてこうしていらっしゃるのでしょうから」

「……やっぱり元気が出てきたでマス! ラディヤちゃんは女神様でマス〜」

 ……管理も楽そうだ。イスムカがはぶられている気がしないでもないが、気のせいだろう。

「テンサイさーん!」

 馬鹿なことを考えていると、誰かが俺の元へ近づいてきた。いつもの声である。

「む、ナズナ先生か。一体どうしたんだ?」

 俺は声の主、ナズナに問うた。彼女は右手に花束、左手にかばんを持っている。家に飾るつもりなのか? そんな予想をしていたが、彼女の答えは意外なものであった。

「今からお見舞いに行こうと思うんですけど、一緒にどうですか? 部員のみんなもどう?」

「見舞いか、誰のだ?」

「それはもちろん、テンサイさんが来る前にいたバトル部の顧問さんですよ」

「ほう。そういえばまだ会ったことはなかったな」

 確か、マーヤとか言ったか。練習中の怪我に部員の不祥事と、中々の厄年なんだろう。彼女は説明を続ける。

「すごく部活に力を入れていたから、怪我をしたときはとても落ち込んでいたんです。部員がいなくなったことも知ってるはずですし……。そこで、元気な姿を見せて安心させちゃおうってわけです」

「なるほど。まあ、今日はもう訓練も終わったし、勉強も平日にやらせれば問題あるまい。おいお前達、今から見舞いに行くぞ。ついでに後で昼飯おごってやろう」

「おお、太っ腹でマス。早速行くでマス!」

 飯に反応したターリブンを先頭に、俺達は入院先の病院に向かうのだった。……これだけ食いつくなら、訓練の餌に使えるかもな。













「この部屋か」

 場所は変わってタンバ総合病院。町中にあるこの病院は、古き良き建物が立ち並ぶ中でもかなり浮いている。しかも人口は少ないにもかかわらず、受付はごった返しときた。年寄りが多いのか、不健康な奴が多いのか。

 ま、気にすることじゃねえ。俺は扉をノックした。中からどうぞと返事が届く。俺は扉を開き、病室に入った。

「失礼します」

 ほう、個室か。病室と言うと相部屋のイメージがあるのだが、良い部屋だ。中身はごく普通、ベッドに机、テレビが置いてあるばかりである。そして、俺達の目の前に1人の男がいた。黒髪の短髪で、もみあげがあごでつながっている。しかし不精と言うわけでもなさそうで、もみあげの幅が整えられている。また、髭はない。患者用の服を着て本を読んでいたが、俺達に気付くと本を机に積み上げた。積み上げたと表現したのは、机に何冊も本があるからだ。そして、男は朗らかな声で応対する。

「いらっしゃい。……ん? んんんんん? ナズナちゃんじゃないか! そして後ろにいるのは愛すべき部員達! ……少し顔ぶれが変わっちゃってるけど」

「マーヤ先生こんにちは。今日は新たな部員を連れてきましたよ。さ、みんな挨拶して」

 俺達の会話は自己紹介から始まった。……俺も名乗るべきなのか?

「イスムカです。先生がお元気そうでなによりです」

「ラディヤと申します。この度入部させていただきました」

「オイラはターリブンでマス。オイラが入ったからにはすぐに全国に行けるでマスよ」

「うんうん、よろしく。壊滅したはずだけど、これは心強いな。……で、サングラスをかけたのがもしかして?」

 マーヤは終始笑顔だったが、俺について尋ねると目の色が変わった。それに伴い顔も引き締まる。

「はい、先生の代わりにやってきたテンサイさんです。なんと校長に勝っちゃうくらい強いんですよ」

「……テンサイです、至らぬ者ですが精一杯指導をしています」

 俺は軽く会釈をした。先程まで厳しい表情だったマーヤは、ナズナの一言で明るくなった。くるくる表情が変わるな。

「へー、あの校長にかい。今では全国でも評判のあの人でもかなわないか……あれ?」

「どうしましたか?」

 ふと、ナズナがマーヤに突っ込んだ。ま、いかにも何かありそうな口ぶりだったしな。

「僕が読んでる本の作者さんに、どことなく似ている気がしてね。ほら、この人だよ」

 マーヤはテーブルに積まれている本から1冊取り出し、俺達に見せた。タイトルは『重力パーティ理論』か。表紙をめくったページに作者の写真が載ってあ
る。手ぬぐいを頭に巻き、白衣をまとう男だ。……俺が誰よりもよく知る男である。

「……トウサか。確か、一昔前話題になった科学者だよな」

 俺はふとつぶやいた。……トウサ、これは俺の最初の名前。種々の事情で姿を隠し、サトウキビと名乗った。もっとも、今ではサトウキビの名も捨てたがな。

「あれ、テンサイ君も知ってたの? やっぱり彼はすごいねえ、いなくなった後でも大きな影響力を持っている……2人ともどうしたの、暗い顔しちゃって」

「別に俺はいつも通りですよ」

「そ、そうですよ! 気にしないでください」

 俺とナズナは適当にごまかしておいた。片や本人、片や当人の相方だったんだ、気まずいのは当然のことだ。……それにしても、俺自身も驚いたぜ。何せ、10年以上も前に出した本をいまだに読んでいる奴がいるんだからな。さすがに時代遅れだろうに、俺だってまめに調整を変えたりするんだから。

「ふーん、ならそうしとくよ。しっかし、ナズナちゃんにも新たなボーイフレンドができたせいか、以前にも増して美人になってるね」

「ふふ、いつも冗談が上手ですね」

「ははは、ナズナちゃんにはかなわないなあ。……ところでテンサイ君、ちょっと頼まれてくれないかな?」

「何をですか?」

 俺の返答を聞くと、マーヤはすかさずこう切り出した。

「是非とも君と勝負してみたいんだけどさ、どう? これでもね、少しは名の売れたトレーナーなんだよ僕。これも何かの縁、部員にポケモンバトルの真髄を垣間見させる、良い機会だと思わないかい?」

「……なるほど。悪くないでしょう。しかしその体でバトルなんてできるのですか?」

 俺はマーヤの右足を指差した。右足には包帯がぐるぐる巻かれ、枕を置いて位置を高くしている。ついでに、足を伸ばすためのおもりが、紐で足とつながれてベッドからぶらさがっている。どう見ても骨折しているぞこれは。

「なあに、心配無いさ。車椅子があるから指示くらい出せる。そういうことだからさ、さっさと外に出ようよ」

「……分かりました。おいお前さん達、行くぞ」

 俺はうなずくと、イスムカ達を連れて外に出るのであった。では、俺の読者のお手並み拝見といくか。



・次回予告

さて、顧問のマーヤと戦うことになった。俺はいつものようにカイリューを軸にするも……まさかあのような戦術を使うとは思わなかったぜ。次回、第15話「晴れの男」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.80

今回初登場したマーヤ先生、名前の由来はツイッターでの募集になります。流月さんが最初に反応してくれたので、採用させてもらいました。キャラの設定上中々登場しないのですがね。今回のような登場人物の名前の募集は、たまにツイッターでやります。私の名前で検索すればたぶん見つかるでしょう。


あつあ通信vol.80、編者あつあつおでん


  [No.858] 第15話「晴れの男」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/02/02(Thu) 12:29:32   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「では、使用ポケモンは3匹としよう。準備は良いかい?」

「ええ、いつでも」

 俺達は病院の庭に足を運んだ。俺とマーヤは対峙し、その他は見物をしている。マーヤは車椅子だ。自由に歩けないってのはかなり厄介だよな。俺も旅をしていた頃は、怪我をする奴らを大勢見てきた。その中には旅を止める者もいた。健康こそ全ての基盤だと心に留めたもんだ。まあ、その俺が後に海に身を投げるのも皮肉な話だが。

「テンサイさん頑張れー!」

 外野ではナズナ、イスムカ達が口々に声をかけている。所詮外野に勝負を左右することなどできねえってのに、呑気な奴らだぜ。

 さて、俺とマーヤはほぼ同時にボールを手に取った。わざわざタイミングを合わせる必要は無い。あの男はかなりの手練れだってことはすぐにわかっている。互いに上手い具合に勝負を始められるだろう。

「よし、始めるぞ。出でよシャワーズ!」

「いくぜカイリュー」

 マーヤがボールを投げた直後に俺は1匹目を繰り出した。俺の先発は切り札カイリュー、マーヤのポケモンはシャワーズだ。シャワーズと言えば、耐久、ス
カーフ、アタッカー、なんでもこなせる優秀なポケモンである。特に特性のうるおいボディを使った耐久型は凶悪と評判だな。さあ、どう来る。

「まずは様子見だ、りゅうのまい」

「ふふふ、予想通り。シャワーズ、にほんばれだ!」

 初手はりゅうのまい。特性のマルチスケイルのおかげで、氷技であってもかなり耐えられる。一方シャワーズはと言うと、尻尾を箒のように左右に振り、空の雲を掃除してしまった。

「にほんばれ……晴れパか」

「その通り。このポケモンにはちょうはつが飛んできやすいけど、力押しもできるから使いやすいんだよ」

「なるほどな。ま、晴れたところで構うこたあねえ。げきりん、決めてやりな」

「なんのこれしき、れいとうビーム!」

 カイリューは頭から湯気を放ちながらシャワーズをぶん殴った。速さ、力共に申し分ない。だが、シャワーズはこの猛攻をしのいだ。しかもまずいことに、懐から半透明の石を取り出した。あれはこおりのジュエル! シャワーズは強化されたビームを一閃、カイリューを貫く。……シャワーズの攻撃が終わると、カイリューは力無く崩れ落ちた。

「な、これは!」

「どうだい、シャワーズの耐久は伊達じゃないだろ? 本当は初手で撃つべきだろうけど、場を整えるのも大事だからね」

「……こいつぁ一本取られたぜ。だが、これくらいのフォローはできて当たり前だ。スターミー、頼むぜ」

 俺はカイリューを引っ込め、スターミーを起用した。見た目は星を2つ重ねただけのポケモンだが、俺の6匹の中核、じゅうりょく要員には違いない。今はそんな余裕無いがな。

「そうはいかないさ、でんこうせっか!」

「サイコキネシスだ」

 スターミーよりも先に、シャワーズが動いた。シャワーズは急加速して前足でスターミーをはたく。これに負けじとスターミーもシャワーズを雑巾の如く絞った。既にほうほうの体であるシャワーズにとどめをせには十分な攻撃だった。マーヤは胸の前で手の平を見せるジェスチャーを取る。

「あう、容赦ないねえ。ま、仕方ないか。じゃあ次はゴウカザル、仕事だよ!」

 マーヤはシャワーズと入れ代わりにゴウカザルを送り出した。ゴウカザルと言えば、格闘タイプとしても炎タイプとしても最速のポケモンだ。強力なポケモンの多くから先手を取れ、攻撃特攻共に高く、しかも様々な技を覚える。それゆえ汎用性は非常に高い。……だが、1つ気になるな。

「ゴウカザル……最後の1匹はスターミーに対抗できないと見た」

 よくよく見れば、ゴウカザルの右腕にはきあいのタスキが結ばれているじゃねえか。敢えてゴウカザルで挑むからには、それなりに理由があるはず。余裕ぶっこいてるのでなければ、不利なポケモンが残っていると考えるのが妥当だ。ならば、やることは1つ。

「一気に片付けるぞ、サイコキネシス」

 スターミーは先程と同じく、ゴウカザルの体を捻った。ゴウカザルからは色々危ない音が響いてくるものの、奴はなんとかこらえた。これがきあいのタスキの効果、体力全快のポケモンは必ず1回耐える。

「ちっ、面倒だぜ。だがその程度で戦況は変わらねえ!」

「それはどうかな? ゴウカザル、オーバーヒートだ!」

 マーヤが不適な笑みを浮かべると、その瞬間ゴウカザルは太陽のように輝いた。周囲は光に包まれ、そして熱波が辺りを襲う。光は白、紫、青、黄、橙、赤と変化し、数秒後に収まった。白い光は高温の証拠。赤い光は低温になっていくのを如実に示している。まあ、それでも所詮炎技。水タイプのスターミーなら……何!

「馬鹿な、一撃で落ちただと!」

燃え尽きたゴウカザルの向かいに、干物に成り果てたスターミーが横たわっていた。こいつぁ……予想外だったぜ。

「どうだい、これが晴れの威力さ。元々の技の威力にタイプ一致、晴れ、特性のもうかが合わさった。水タイプと言えど、とても耐えられないよ」

 マーヤは自信たっぷりに言い放った。車椅子に座ったまま言われても全く説得力が無いな。だが、現に俺は久々に追い詰められている。晴れ主軸の相手に苦戦するのは、タンバに流れ着く前と合わせて2度目だ。俺は軽くため息をつく。

「……俺はつくづく晴れに弱いな。ま、んなこと言っても仕方ねえ。こいつで勝負を決めよう。俺の最後の1匹はこいつだ!」

 俺は堂々とした立ち居振る舞いで3匹目を外に出した。出てきたのは、どこぞのロボット似のニョロボン。こいつが今回の切り札だ。これを受けて、マーヤの表情はより確信を持ったものとなる。

「ニョロボン? ……良かった、ニョロトノだったら破綻してたよ。じゃあゴウカザル、インファイト!」

「まずはしんくうはでとどめだ」

 先手は譲らねえ。ニョロボンは腹部に力を入れ、渦巻き模様から波を飛ばした。ニョロボン目がけて突っ込むゴウカザルはこれと直撃し、その場に伏せた。ゴウカザル撃破だ。

「ひえー、しんくうはが来たか」

「ふ、ニョロボンなら先制技は来ない……そう勘違いする奴が多いもんでな、重宝してるぜ」

 俺はお返しとばかりに胸を張って答えた。さて、これで1対1。ニョロボンには隠し玉もある、タイマンなら間違いなく勝てるぜ。

「確かに、素直にマッハパンチを使えば良かったよ。だけど僕の勝ちは決まりだ、リーフィア!」

 マーヤはゴウカザルを回収すると、勝負を託したボールを投げた。現れたのは、葉っぱのような耳を持つポケモン、リーフィアだ。イーブイの進化系の1匹で、物理が得意。防御はかなり高く、強引につるぎのまいを使って攻めることもできる。特性はどちらも晴れに関するものだが……。俺は天を指差した。先刻までの灼熱の日差しはどこへやら、天候は元通りとなっている。

「最後は草タイプか……だが、晴れは終わっちまったぜ。ようりょくそだろうがリーフガードだろうがこっちのもんだ」

「はは、これでもそう言ってられるかな? リーフィア、リーフブレードで終わらせろ!」

 マーヤの号令と同時に、リーフィアは走り出した。リーフブレードは体のどこを使って繰り出すかは見当つかねえが、普通に殴り合っても負けは明白だろう。しかし、こんなこともあろうかと仕込んだ技がある。

「……ふっ、カウンターだ」

 俺は小声で指示を出した。ニョロボンは両手を前に突き出して構える。他方、リーフィアはニョロボンから見てやや左に逸れた。そしてそこから円を描くような足取りで接近、真正面に尻尾を振りかざしてきやがった。このままだと、切りつけざまに右方へ抜けられちまう。そうはさせるか!

 ニョロボンは、リーフィアの尻尾が左脇腹に食い込んだ時を見計らって胴体を掴んだ。ニョロボンの耐久ならこれくらい造作もねえ。そうしてニョロボンは、ここから状態を逸らす。掴まれたリーフィアは抵抗すらできず、地面に激突。バックドロップの完成だ。リーフィアも戦闘不能、俺の勝利だ。

「勝負あったな。中々油断ならない戦いだったぜ」

「……さすが、校長に勝つだけはあるね。僕の完敗だよ」

 マーヤは負けを認めた。彼はリーフィアをボールに収めると、俺の元に近寄り握手を求めた。俺はそれに応じる。

「んなこと無いですよ。相手の隙を突くという大事な部分を実行できていた。あんたに指導してもらえる部員は幸せ者でしょう」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 ……よし、これで俺達は顔見知りだ。やはり、勝負してみないことには素性が分からないからな。こういった機会を持てて良かったぜ。

「テンサイさんやりましたね! 本当にマーヤ先生に勝っちゃうなんて」

 あ。そう言えば、ナズナ達のことをすっかり忘れてたぜ。それだけ勝負に熱中していたということか。彼女とイスムカ達は俺の勝利を称えた。

「ギリギリだったがな。もしや、俺が負けるとでも思ったか?」

「そんなことはありませんよ、へへ」

 彼女ははにかんだ。……なんだかなあ。昔からそうなんだが、こういう仕草を取られるとどうにも抵抗する気が無くなっちまう。俺もまだまだ俗だな。

 そんなことに思いを巡らしていると、マーヤが時計を示した。もうに1時か。

「それじゃ、そろそろお昼にしようか。せっかくだからみんなも食べていきなよ。ここの病院の食堂は一般にも解放されていて、結構評判なんだよ」

「おお、そうでマス。早く先生におごってもらうでマス!」

「ああ、そうだな」

 俺達はポケモンの回復と昼食のため、院内に戻るのであった。さあ、明日からまた仕事だ。


・次回予告

部活の指導をやっていて忘れていたが、そろそろ中間テストの時期らしいな。どうせやるなら徹底的に難問揃いにしたいところだが、そうもいかないらしい。さて、どうしたものか。次回、第16話「試験」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.81

執筆や構想を練っていると、シナリオの最後の話が先にできてしまうことってありませんか? 私は前作で既にこの傾向が出ていました。なにせ最終話は3年前に完成していたんですから。今作も実は連載開始前から最終話の流れだけはできているのです。その間にどれくらい濃い内容が書けるかで、ラストの感動も全然違うのでしょうね。

ダメージ計算は、レベル50、6V、カイリュー陽気攻撃素早振り、シャワーズ控えめ防御特攻振り、スターミー臆病特攻素早振り、ゴウカザルせっかち特攻素早振り、ニョロボン控えめHP特攻振り、リーフィア陽気攻撃素早振り。まず、カイリューの竜舞逆鱗をシャワーズは確定で耐え、その後ジュエル冷凍ビームで68.8%の確率で一撃。スターミーのサイコキネシスでシャワーズを落とし、ゴウカザルにはタスキで耐えられる。そしてゴウカザルの猛火晴れオーバーヒートでなんとスターミーが81%の確率で一撃。最後のニョロボン対リーフィアでは、リーフィアはリーフブレードを確定で耐えられ、ニョロボンのカウンターで粉砕できます。

最近思うのですが、努力値調整は必要ですかね? あまりピンポイントな調整をするみたいな露骨なことはしたくないですが、メジャーな耐久調整やスカーフ、葉緑素調整くらいなら大丈夫ですかね? よろしければご意見お願いします。


あつあ通信vol.81、編者あつあつおでん


  [No.866] 第16話「試験」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/02/13(Mon) 23:32:13   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「テンサイさん、調子はどうですか?」

「……まあまあだ。どうにもテストってもんは作るのが難しいな」

 9月25日の金曜日。時刻は夕方の7時となったが、俺はまだ学校に残っていた。来る試験の問題作成と、部員の自習の面倒を見るためである。ラディヤは問題無さそうだが、イスムカとターリブンが不安だ。3人は職員室の隣にある自習室に居て、俺がたまに巡回している。ラディヤが2人に教えているから心配は無いと思いたい。

 ま、そんなこたあ大したことじゃねえ。厄介なことに、今回の試験で問題を作ることになっちまった。担当は1年生。範囲は三角比、平面図形、確率と場合の数。どれも初歩的なものばかりだが、科学や実生活の基盤となる分野ばかり。なるだけ定着していてほしいもんだぜ。

「確かに、問題作るのは大変ですよねー。私も初めて作った時は大変でしたよ。今はだいぶ慣れましたけどね」

「ほう。じゃあ、ちょっと見てもらえるか? 俺は数学、あんたは化学担当だが……分かるだろ?」

「もちろんですよ。えーと、どれどれ……」

 俺は彼女に問題用紙の原稿を見せた。まだ作りかけだから5問ほどしかないが、良し悪しを判断するには充分だろう。

 彼女はしばし、その薄っぺらな紙を眺めていた。しかし、どんどん表情が曇りがちになり、最後には頭上にクエスチョンマークを浮かべた。……そういや、昔からあんまり数学が得意じゃなかったよな、彼女は。少しは教えたつもりだが、どうやら中々定着していないようだ。

「て、テンサイさん……これはちょっと難しすぎないですか?」

「そうか? 例えばこれなんか、下手すりゃ全員正解するぞ」

俺は大問3を指差した。内容はこうだ。赤い玉が2個、青い玉が7個入った袋から1個取り出し、色を確認してから戻す。この手順をn回行うとき、赤い玉を取り出す期待値を求めよ。な、簡単だろ?

「い、いやいや。それにしても学校でやる問題にしては誘導も少ないですし、計算も煩雑ですし……。私も似たようなミスをやってたから、大きなことは言えないですけど」

「じゃあどんなのにすれば良いんだよ……」

 俺は窓の外に目をやった。9月の終わりとは言え、まだまだ明るいな。なるべく早く帰っておきたいもんだ。週末でしか対戦の研究ができねえし。

「やっぱり、教科書の問題から少しだけ数値をいじってみるのが手っ取り早いでしょうね」

「なるほどな。まあ、どちらにしろ1から作り直しだ」

 なるほどとは言ったが、そんな適当なことをする気はさらさら無い。なぜなら、それでは必死に準備してきた生徒が気の毒だからな。やってる奴だけ結果が出て、しかも教科書の模倣ではない問題……必ず作ってやる。生徒と言えば、高校と中学だと生徒、小学校だと児童、大学だと学生と区別するそうだな。













「よし、では試験を始めるぞ。全員、無駄な抵抗はやめとくことだ」

 10月2日、金曜日。中間試験1日目。1時間目から数学たあ、実に幸せだろうな。朝は頭が最も働く時間だから、調子良くできるだろう。

 さて、俺が監督するのは1年4組だ。つまり、イスムカやターリブンのクラスである。この2人は席に着きながら話をしていた。ターリブンが嘆き、イスムカがそれに受け答えすると言う構図だ。

「お、終わりでマス……」

「まあまあ、先生だってそんなに難しい問題は出さないでしょ。きっとマーヤ先生みたいに分かりやすいはずだよ」

「おいそこ、これ以上しゃべったらカンニングと見なすぞ」

 俺は周囲を凝視しながら問題用紙を配った。カンニングでもしようもんなら、容赦無く吊し上げてやるぜ。ポケギアを使ってないかも要チェックだな。

 さあ、準備はできた。時計は8時50分を指している。俺は開始の合図を送るのであった。

「では……始め!」


・おまけ:中間テスト やってみたい方はどうぞ

  1学年2学期中間試験 数学
   年 組 氏名
  次の問いに答えよ。

問1:正弦定理を証明せよ(10点)。

問2:余弦定理を証明せよ(10点)。

問3:それぞれ異なる色の玉が17個ある。この中から8個を選び、円になるように並べる組み合わせは何通りか。ただし、回転させて一致するものは同一とみなす(10点)。

問4:赤い玉が3個、青い玉が8個入った袋の中から無作為に1個取り出し、色を確認してから元に戻す作業を何回か繰り返す。この時、
 (1)3回繰り返して赤い玉を2回取り出す確立を求めよ(3点)。
 (2)4回繰り返して少なくとも1回青い玉を取り出す確立を求めよ(5点)。
 (3)赤い玉を取り出す期待値が1回以上になるには、最低何回繰り返す必要があるか(6点)。

問5:方べきの定理を場合分けして証明せよ(15点)。

問6:
┏┳┳┳┳┳┳D
┣╋╋╋╋╋╋┫
┣╋╋┻┻┻B┫
┣╋┫   ┣┫
┣╋B┳┳┳╋┫
┣╋╋╋╋╋╋┫
A┻┻┻┻┻┻┛


図において、AからDに向かって格子状の道を最短経路で歩く。すなわち、必ず東か北に向かって歩くことになる。この時、
 (1)Bをどちらも通らない経路は何通りあるか(4点)。
 (2)Bを通る回数の期待値を求めよ(8点)。

問7:次の内容を証明せよ(各7点)。
 (1)円周角の定理
 (2)円に内接する四角形の対角の角度の和は180°

問8:半径が6の円Pと7の円Qがある。PとQの中心の距離は12で、PとQの両方に接するように接線がひかれている。接線とP、Qとの接点をそれぞれR、Sとする。この時、
 (1)PとQはどのような位置関係にあるか(2点)。
 (2)RSの長さを求めよ(6点)。
 (3)PとQの接線が常に両方の円の上部を通るとする。PとQの中心の距離をrとする時、RSの長さを求めよ(7点)。

・次回予告

さて、今日はテスト返しをするわけだが、ここまでひどい結果になるとは思わなんだ。やはり、やってない奴にはそれ相応のリターンしか無いと言うことだな。ここから這い上がってくるのが何人いることやら。次回、第17話「テスト返し、解答」。俺の明日は俺が決める。

・あつあ通信vol.82

今回はテストを本文に掲載してみました。やはり学園ものは学園ものでしかできない内容をやらねばと考えた結果です。なお、解答は次回行います。皆さん、もしお時間があればふるってご参加ください。


あつあ通信vol.82、編者あつあつおでん


  [No.891] 第17 話「テスト返し、解答」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/03/06(Tue) 08:56:55   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「それでは授業を始める。起立、礼!」

 10月8日の木曜日、1時間目。いつも通り授業が始まった。いや、必ずしもいつも通りではないな。生徒達はいつも以上に顔がやつれている。中には涙をまぶたに湛えている奴も。

「……いつも思うんだが、挨拶くらいきっちりやろうぜ。ま、今日はんなことどうでも良い。言っても聞かないだろうからな」

 そう、今日は試験明け1回目の授業だ。俺はあまり共感できないが、落ち着いてはいられないようだ。妙にくたびれているのもそのせいか。よし、待たせるのもあれだからな。一思いにやってやるか。

「早速だがテストの返却を行う。出席番号順に取りに来るように。それから、受け取る時は両手でな。それが礼儀と言うもんだ」

 俺がこう言うと、皆一斉に列をなした。ある生徒は答案を隠し、またある生徒は自信満々な表情をみるみる崩していく。

「おお、辛うじて赤点を免れたでマス!」

「え、なんだって! 僕は赤点なのにさ……」

 ……ターリブン、お前さんとイスムカは1点しか変わらねえぞ。だが、よく3割近くも取れたと言っておいた。てっきり1桁かと思ったからな。

 一通り済み、生徒は席に着いた。皆、答案の点数が書かれた部分を折っている。隠したところで学年毎に掲示されるんだから、意味無いのにな。

「さて、わめくのは授業後にしてもらうとする。まずは講評をさせてもらおう」

 俺があちこちにガンを飛ばすと、たちどころに生徒はおとなしくなった。それを確認し、俺はゆっくり口を開く。

「結論から言えば、お前さん達の不勉強さが良く分かるものだった。学年平均が28.5点、クラス平均に至っては21.1点の体たらく。ちゃんと、赤点を回避できるように作ったんだがな」

「有り得ないでマス……どう考えても殺しにかかってたでマス」

「それを勉強不足と言うんだ。全部教科書に載ってたぜ」

 俺は軽くあしらった。証明問題の出来が特に悪かったのが、一夜漬けで臨んだ良い証拠になるんだよな。ま、落としてばかりでは逃げ道が無い。明るい話題も撒いておくか。

「もっとも、進学クラスもここと大差無い。これは裏を返せば、進学クラスも大したことない連中だったと言うこった。今、1年生200人は横一線……このチャンスを活かすも殺すもお前さん達次第だな。ま、こんな状況でも満点を取った強者がいることは喜ばしい限りだ」

「だ、誰なんですかそれは?」

 お、イスムカが食いついたな。生徒達もにわかに騒がしくなってきた。俺は指揮者の如く両腕を上げ、これを鎮めた。

「誰か? イスムカ、お前さんも良く知る人物だ。まあ、許可も取ってるし大丈夫だろ。今回満点を取ったのは進学クラスのラディヤ、ただ1人だ」

 俺が彼女の名を口にすると、生徒達は驚嘆の声を上げた。一方、一部の奴らは諦めたかのようにため息をつく。俺は構わず話を続ける。

「そもそも、半分に到達したのは彼女だけだった。……これだけ見れば、勉学は才能でもって決まるように思える結果だ。だが、それは違う。今回の問題はいずれも教科書に根差したものだから、ちゃんとやっとけば半分は余裕だったはずなのさ。しかし、テスト前にあれ程言ったにもかかわらず、お前さん達は参考書に走って勉強した気になった。その結果がこれだ……もっと基本を丁寧に押さえるんだな。それと、毎日復習しろよ。毎日10分の継続学習と1日だけ10時間やるのでは、前者の方が圧倒的に強い。楽だしな。じゃ、そろそろ解説に入る。各自、ペンを持って備えるように」

 俺はチョークを持ち、黒板と向かい合った。生徒達がペンを持つ音が止むのを見計らい、さっさと書き始めるのであった。


・おまけ テスト解答

問1: △ABCとそれに外接する円Oについて、半径をR、BC=a、CA=b、AB=cとする。
  (i)0<∠A<90°である時
    BD=2Rとなるような点Dを円周上にとる。この時、円周角の定理より
    ∠BCD=90°、∠D=∠Aだから、
    sinD=sinA=a/2R
    これを変形すると、a/sinA=2R
    他の角でも同様である。
  (ii)∠A=90°の時、
    sinA=1、a=2Rだから
    a/sinA=2R
    他の角でも同様である。
  (iii)90°<∠A<180°の時、BD=2Rとなるような点Dを円周上にとる。この時、∠Dは∠Aの対角だから
    ∠D=180°−∠A
よって、sinD=sinA=a/2Rだから
    a/sinA=2R
    他の角でも同様である。

問2:△ABCについて、BC=a、CA=b、AB=cとする。また、AからBCに垂線を下ろし、交点をHとする。
   (i)∠Bが鋭角の時
     AH=c*sinB
   BH=c*cosB
   CH=BC−BH=a−c*cosB
    三平方の定理より、
    b^2=(a−c*cosB)^2+(c*sinB)^2=a^2+c^2
−2ac*cosB
  (ii)∠Bが直角の時、(i)より
     b^2=(a−c*cos90°)^2+(c*sin90°)^2=a^2+c^2−2ac*cos90°=a^2+c^2
  (iii)∠Bが鈍角の時
    AH=c*sin(180°−∠B)=c*sinB
    BH=c*cos(180°−∠B)=−c*cosB
    CH=BH+BC=−c*cosB+a
    三平方の定理より
    b^2=(c*sinB)^2+(−c*cosB+a)^2=a^2+c^2−2ac*cosB
   
問3:17個の玉から8個を選ぶのは
   17C8=24310通り
   これを円になるように並べるからその組み合わせは
(8−1)!=5040通り
   ゆえに、求める組み合わせは
24310*5040=122522400通りである。

   *別解
円順列はぐるぐる回すと同じものになる組み合わせがあり、玉を8個使う今回は同じものが8通りできる。ゆえに、
   (17P8)/8=122522400通りである。

問4:(1)3C2*(3/11)2*(8/11)=216/1331

(2)1-(3/11)4=1-(81/14641)=14560/14641

   (3)取り出す回数が1回の期待値は3/11回である。
    取り出す回数が2回の期待値は(9/121)*2+(48/121)*1=66/121=6/11である。
    3回の期待値は(27/1331)*3+(216/1331)*2+(576/1331)=9/11
    4回の期待値は(81/14641)*4+(864/14641)*3+(3456/14641)*2+(6144
/14641)=12/11
    よって、赤い玉を取り出す期待値が1回をこえるには最低4回取り出せば
よい。

問5:(i)左の図において、円周角より
    ∠BAC=∠BDC
    ∠ACD=∠ABD
    二角相等で
    △ACP∽△DBP
    よって
    PA:PC=PD:PB
    ゆえに
    PA・PB=PC・PD
  (ii)図において、円に内接する四角形の内対角より、
    ∠PAC=∠PDB
    ∠PCA=∠PBD
    二角相等で
    △PAC∽△PDB
    よって
    PA:PC=PD:PB
    ゆえに
    PA・PB=PC・PD
  (iii)図において、接弦定理より、
∠PTA=∠PBT
また、共通の角で
∠TPA=∠BPT
二角相等で
△TPA∽△BPT
よって
PT:PA=PB:PT
ゆえに
PT^2=PA・PB

問6:(1)
┏┳┳┳┳┳┳D
┣╋╋╋╋╋╋┫
┣╋╋╋╋╋B2┫
┣╋╋╋╋╋╋┫
┣╋B1╋╋╋╋┫
┣╋╋╋╋╋╋┫
A┻┻┻┻┻┻┛

    図がこのような形であるとした時、全ての経路は
    13!/6!7!=1716通り
    また、南西のBをB1、北東のBをB2とすると、両方を通る経路は
    (4!/2!2!)*(6!/2!4!)*(3!/2!1!)=270通り

┏┳┳┳┳┳┳D
┣╋╋╋╋╋╋┫
┣╋╋┻┻┻B2┫
┣╋┫   ┣┫
┣╋B1┳┳┳╋┫
┣╋╋╋╋╋╋┫
A┻┻┻┻┻┻┛
    元の図において、両方を通る経路は
    (4!/2!2!)*2*(3!/2!1!)=36通り
    よって、元の図において全ての経路は
    1716−(270−36)=1476通り
    また、B1だけを通る経路は
    (4!/2!2!)*(7!/2!5!+5!/1!4!)−36=120通り
    B2だけを通る経路は
    (8!/2!6!+6!/2!4!)*(3!/2!1!)−36=93通り
    ゆえに、求める経路は
    1476−(36+120+93)=1227通りである。
  
   (2)(1)より、Bを1回通る経路は
    120+93=213通り
    また、B1、B2の両方を通るのは36通りである。
    全体が1227通りだから、それぞれの経路を通る確率は
    213/1227、36/1227
    よって、Bを通る回数の期待値は
    (213/1227)*1+(36/1227)*2=285/1227=95/409である。   

問7: 円の中心をO、それに内接する四角形との交点をA、B、C、Dとする。
  (1)円Oに内接する△ABCにおいて
    (i)ACが中心Oを通る時、△OBCは二等辺三角形だから
     ∠OBC=∠OCB
     また、∠AOBは∠COBの外角だから、
     ∠AOB=∠OBC+∠OCB=2∠OCB
     よって∠OCB=1/2∠AOB
   (ii)どの辺もOを通らない時、CとOを通る直線を引き、C以外の円との交点をEとする。
     △CAE、△CBEはともにOを通る三角形だから、(i)より
     ∠ACE=1/2∠AOE、∠BCE=1/2∠BOEである。
     ∠ACB=∠ACE+∠BCEだから
     ∠ACB=1/2(∠AOE+∠BOE)=1/2∠AOB
     (i)、(ii)より、同じ弧の円周角は中心角の半分に等しい。
     

  (2)∠BADは∠BODの円周角だから、
    ∠BAD=1/2∠BOD
また、∠BODの外角は360°−∠BODである。
    この時、∠BCDは∠BODの外角の円周角だから
    ∠BCD=1/2(360°−∠BOD)=180°−1/2∠BOD
∠BADと∠BCDは対角であり、
    ∠BAD+∠BCD=180°
    ゆえに、円に内接する四角形の対角の和は180°である。
   

問8:(1)PとQの中心をそれぞれp、qとすると、
    p+q=13>12
    よって、PとQは異なる2点で交わる。

   (2)pから接線に平行な直線を引き、qSとの交点をXとする。この時四角形pXSRは長方形だから、
    pX=RSである。
    また、XS=pR=6より、qX=1
    よって、pX>0だから、三平方の定理より
    pX=√(144−1)=√143
    ゆえに、RS=√143である。

   (3)(2)より、pq=rだから
    RS=√(r^2−1)である。



・次回予告

読書の秋と言われる季節になった。そんなことをしきりに叫ぶ奴に限って大して読んでない気がするが、まあ良い。たまには知識を蓄える時間が必要だからな、イスムカ達と何か読んでみるか。次回、第18話「知識の山」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.83

この連載を始めた当初はここで話すネタに困りがちでした。今は少し楽になりましたが。前作はあれでも途中から始めたので、貯まったネタで話をつないでいたのです。

さて、皆さんは今回のテストで何問解けたでしょうか。証明問題はやや手強いですが、全体的に基礎的な事項の定着を計る構成としました。格子状の道と期待値なんかは、まさにその典型的な例ですね。複合問題や証明問題を増やした分、ネタ切れで後半が適当だったのですが、そこにまだまだ力不足を感じました。次回はより完成度を上げるので、是非挑戦してみてください。


あつあ通信vol.83、編者あつあつおでん

[ 891.pdf (283kB) ]


  [No.906] 第18話「知識の山」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/03/16(Fri) 09:15:36   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「よし、そろそろ休憩するか」

「トホホ……勉強は大変だよ」

 10月10日の土曜日、午後3時。俺はいつも通り訓練をこなした後に、誰もいない図書室で勉強の面倒を見ていた。ちなみに、訓練ってのは技術を教え込むことだ。が、これと違って練習は、自ら技術を体得するために取り組むことである。まだまだイスムカ達はひよっこだからな、俺が訓練させていると言うわけだな。

 話はさておき、イスムカとターリブンの勉強不足には困ったもんだ。教科書は落書きしか書いてない、ノートにも自主学習をした様子は微塵も無い。問題集に至っては見るまでもなかった。だから今は基礎から徹底的に叩き込んでいる。まだ1年生だから、矯正する余地はいくらでも残っている。……本人達はだいぶへばってきたみたいだが。

「それは毎日やってないからですよ。毎日やればイスムカさんもできるようになります」

「そうなのかなあ」

 ラディヤの正論にも、イスムカは暖簾に腕押しと言った有様だ。仮にも今回の試験のトップの言葉を聞き流すとはな。仕方ねえ、俺からも言っておくか。

「全くもってその通りだ。ポケモンも学問も、繰り返し鍛練することによってのみ上達の道が開かれる。俺だって、ただのほほんとして上手くなったわけじゃねえしよ」

「それはそうでマスが、毎日筋トレと勉強だけじゃ飽きるでマス」

「……いちいちわがままな奴め。仕方ねえ、たまには読書でもするか?」

「読書? 何を読むんですか?」

「そうだな、これなんかどうだ?」

 俺は書棚から適当な本を見繕い、イスムカに渡した。イスムカは題名を読むなり首をかしげる。

「『ロウソクの科学』? どんな本ですか?」

「簡単に言えば、児童向けに書かれた、科学の面白さを伝える本だ。お前さんにはまだ専門書は早いだろうからな」

「フフフ、イスムカ君には子供向けがお似合いでマスか。じゃあオイラは……」

「ああ、ターリブンも同じのを読んどけ」

 俺はターリブンの目の前に同じ本を置いた。なぜ同じ本があるのか気になるが、まあ良い。

「……だそうだよターリブン」

「うわーんでマス!」

 そしてこの掛け合いである。全くお気楽な奴らだぜ。

「じゃあ、ラディヤにはこいつだ」

 2人とは別に、ラディヤに1冊の本を示した。彼女は表紙を眺める。タイトルとモンスターボールが印刷された、簡素な表紙だ。

「これは……『ポケモンバトルの基礎』と書いてますね。私は違うのですか?」

「ああ。お前さんは試験でもべらぼうに結果が良かったからな、そのご褒美だ。部活にも精力的に取り組んでいるし、当然と言ったところか」

「ありがとうございます。部活は……最初はあまり好意的に思っていませんでしたが、入ったからには手を抜かないようにと心がけていますので」

「感心だな、ここまで良くできた娘も珍しい。男共も見習えよ」

 頭をかいている彼女を見て、俺は何度もうなずいた。彼女は部を支える程成長するだろうな、考え方が子供じゃねえし。やりたいことは全力で、嫌なことでも力を入れる。イスムカ達にもそうなってほしいから、彼女を手本にしろとは言ったが……。

「き、厳しいでマス……。これは男女差別でマス、セクハラでマス!」

「おいおい、セクハラはなんか違わないか?」

 2人の反応はこの有様だ。まだまだ先は長いな。ちなみに、セクハラとは性的嫌がらせのことで、差別してるわけでもないからイスムカの指摘は正しい。

「そいつは失礼な話だな。俺は誰にでも厳しいが、ちゃんとしてる奴を評価しているに過ぎない。自分の怠慢を棚に上げる奴なんざ、生涯モテねえぜ」

 俺の口調はやや熱を帯びてきた。こういうところはきちっとしとかないといけねえからな。

「子供も大人も、大した差は無い。あるとすれば理解の進度だ。だから俺は、やり方こそ子供向けだが、中身まで子供向けにすることは絶対にしない。だからしつけも手を抜かない。今渡した本も、その一環と言うわけさ」

「な、なるほど。なんだか、上手くまとめられた気がするけど……まあ良いか」

 そうそう、子供は素直が1番だ。まあ、まだ不服そうに頬をふくらましているターリブンもいるのだが。気にすることでもないな。

「それじゃ、早速読むとするか。1度読み始めたら止まらなくなるぜ」


・次回予告

ある日、家路についていたらあるおっさんに出会った。いつぞやの警官だ。そのまま俺は、おっさんの世間話に付き合わされることになってしまうのであった。次回、第19話「縁側の駐在」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.84

この話で紹介した『ロウソクの科学』という本は、実在します。独学の科学者ファラデーが著した児童向けの本で、科学がいかに素晴らしいものかを語っているそうです。

皆さんの好きな本はなんですか? 私は伝記が好きなんですよね。教科書に載るような偉人も色々失敗続きだと理解できる上、ネタ作りにもってこいですから。味のあるキャラなんだよなあ。小学生の頃読んだ漫画の伝記は今でもいくつか覚えてますよ。


あつあ通信vol.84、編者あつあつおでん


  [No.942] 第19話「縁側の駐在」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/04/02(Mon) 13:35:59   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「さて、仕事は終わったがまだ日没には早い。本屋にでも寄るか」

 10月17日、土曜の午後4時30分。部活と部員の勉強の世話を終わらせた俺は、家路についていた。日は傾き、徐々に海が朱色を受け入れていく。空も同様だ。鱗雲、別名巻積雲が燃えるように輝き、秋の夕焼けを感じさせる情景である。

 そうした情緒ある時間で、俺は本屋に向かっていた。たまには立ち読みでもして、有益なネタを拾っとかねえとな。だが、何者かの声が俺の行く手を阻んだ。

「おーい、そこの手拭いかぶった坊や!」

「な、なんだ?」

 俺は辺りを見回した。あるものと言えば、せいぜい交番くらいである。しかし、声はその交番から聞こえてきた気がする。そこでその方向を凝視した。交番は今の位置から30メートル程離れているのだが、よく見れば縁側に誰かいるようだ。

「こっちじゃよこっち! 暇なら話でもしようじゃないかい!」

 あれは……以前出くわした駐在か。夜通し尋問されたから、良く覚えているぜ。まあ、呼ばれて無視する道理はねえ。俺はゆっくり交番へ歩を進めた。そして駐在に声をかける。

「爺さん、確かナツメグとか言ったな。こんな所で詰めていたのか」

「だから爺さんではないわ! そう言うお主はテンサイだな、ナズナちゃんと同棲している……」

「おい、それ以上言うな。誤解を招く」

「なんじゃ、つまらんの」

 爺さんは口を動かすのを一旦止めた。縁側にたたずむ爺さんは、白髪の上に警察の帽子をかぶり、制服にはしわ1つ見当たらない。また、腰には警棒とボールを2個備えている。

 そんな生真面目な爺さんは、ふと俺にこう尋ねてきた。

「ところで坊や、タンバでの暮らしには慣れたか? 中々良い町じゃろうて」

「ああ、まあまあな。やっとこの辺りの地理を思い出した気がするぜ。若い頃に旅で来たが、昔とほとんど雰囲気が変わらねえ、良い町だ」

 俺は無難に答えた。よくよく考えれば、俺がこの町に流れ着いてからもう2ヶ月も経つのか。ポケモンリーグを目指していた若かりし頃は、1日過ぎるのすら待ち遠しかった。しかし今は2ヶ月があっと言う間。年を実感せざるを得ないな。

 さて、俺がたわいもないことに思慮を巡らせていると、爺さんは力の無い言葉を放った。

「……じゃろうな。最近は人が減っておるから、どうにも開発が行われないんじゃよ」

「なるほど。そういや、確かに人はまばらだな」

 ……以前町に向かったことがあるが、店に対して客の数が明らかに少なかった。特に子供は、いないも同然な状態だった。人が減っているのは確からしいな。

「ほれ、あれを見てみなさい。たくさん家が建っておるじゃろ?」

「ん? 言われてみれば、崖にハイカラな住宅があるな。木々が手入れされてねえから見過ごしてたぜ」

 俺は、爺さんが指差す先を注視した。その方向には、町の西にある山がそびえている。山と言っても形は段々となってあり、そこに多数の建築物が敷き詰められている格好だ。例えるなら、映画の舞台になりそうな様子である。だが、そこかしこに雑草や雑木が繁茂しており、住宅はたいそう景色に溶け込んでいる。

「無理もないの。なにせ、あれらは皆空き家なのじゃから」

「……あの全てが空き家だと?」

 おいおい、ちょっと冗談がきついぜ。しかし冗談などではないのは、爺さんのしわが次第に増えていくことからも明らかだった。

「ニュータウンと言うのかの。タンバ周辺には平地があまり無いから、あのような場所に家を建て、道も整備したんじゃ。しかしその目論見は崩れ、ご覧の有様じゃよ。もうこの辺りで活気があるのは、町の中心部とサファリパーク以外には無いぞ」

 爺さんの口から不意に出てきたある言葉に、俺は不覚にも吹いた。すぐさま俺は追究する。

「さ、サファリパーク? おいおい爺さん、サファリと言えばカントーのセキチクシティだろ。あるいはホウエンのミナモシティ近辺、シンオウのノモセシティだ。ジョウト地方にサファリパークなど……」

「なんじゃ、知らんのか? やはり坊やじゃのう。仕方ない、流行の最先端を走るこのわしが教えてしんぜよう。10年程前にな、バオバと言う男がジョウトでサファリパークを開いたのじゃ。セキチクのサファリを畳んで来たから大したもんよ。で、最近は他地方のポケモンも入れてかなり儲けているようじゃ」

 爺さんは胸を張って説明した。10年前からある施設のどこが流行の最先端だと突っ込みたいところだが、んなこたあどうでも良い。あのサファリパークが近所にあるのか、しかも他地方のポケモンまでいると。

「それは耳寄りな話だ。案外、戦力確保に使えるかもしれねえな」

 俺は小声でつぶやいた。ジョウトにいるポケモンは種類が少ないから、選択肢が増えるのはありがたい限りだ。

「そう言えば、ナズナちゃんから聞いたが、坊やはタンバ学園であのポケモンバトル部の顧問をやっとるそうじゃないか」

「ああ、そうだが?」

「……ここだけの話じゃが、例の事件以降、部に対する町の人達の見方は厳しくなる一方なんじゃ。以前は強いからって、あれ程応援しておったのに」

 爺さんは先程より一層しわを増やした。ここまでやれば、ある種の隠し芸と言えるかもな。しかし、今の言葉には思い当たる節がある。どうにも町の奴らが近づいてこないのも、それが理由か。

「手のひらを返したと言うわけだ。ま、気にするこたあねえさ爺さん。よくある話だからな、『何故起こったのか』を追究することなく、ただただ非難に終始するのは」

 全く、世情にいとも簡単に流される奴らが多いのは嘆かわしいもんだぜ。俺も、かつてそれによって潰されたから、十分承知はしていたが。まあ、逆に言えば、結果を出せば奴らは途端に英雄扱いをしてくるわけだ。嬉しくもなんともないが、黙らせるにはこれが最も有効だろうな。

 そう言えば、今何時だ? 俺は懐中時計をチェックした。おっと、もう5時か。そろそろ家に帰らねえとナズナが怒っちまう。ここらが引き際だな。

「さてと、俺はそろそろ帰らせてもらうぜ。俺は世事には疎いからよ、また何かあったら教えてくれ」

「なんじゃ、もう帰るのか? 仕方ないのう。まあ、また時間があれば来なさい。じゃが自分で調べるのも怠るんじゃないぞ、坊や」

「合点だ」

 俺はゆっくりうなずくと、ますます赤くなった夕日を背に家に戻るのであった。


・次回予告

さて、俺は部員達を連れてサファリにやって来た。もちろん試合で使うポケモンを探すためだが、この機会を無駄にする理由は無い。俺も久々に新しく捕まえてみるか。次回、第20話「サファリパーク、未知のポケモン」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.85

今作はモブキャラを大量に書けるようになることを目標の1つに据えているのですが、どうにも1人1人に手をかけたくなっちゃうんですよ。ナツメグさんもその1人。出したからには使わないともったいないと何回も起用するうちに、モブがそこまで出ないまま最終話にたどり着く……これはできれば避けたいところです。まあ、今作は余裕で100話いくでしょうから大丈夫だとは思いますが。


あつあ通信vol.85、編者あつあつおでん


  [No.963] 第20話「サファリパーク、未知のポケモン」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/04/23(Mon) 00:30:05   78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ほう、あれがサファリパークか。意外と賑やかだな」

 10月24日の土曜日、午前9時。今日は部員達とサファリパークへやってきた。俺達の真面目には受付と入り口があり、その周りには屋台や売店が並んでいる。47、48番道路が未整備なのが気になるものの、周辺含めて良い環境だな。ゴミも落ちてない。

「先生、なんだか楽しそうですね」

「まあな。なにせ、随分野生ポケモンを捕まえることなんて無かったからな、俺は。たまには原点に戻ってみるのも悪くねえだろ」

「原点回帰と言うわけですね」

 イスムカの指摘に、俺は機嫌良く答えた。最後にこんな経験をしたのはもう20年も前だからな、血がたぎるってもんよ。旅が終わった後はずっと研究続きで、世間を追われた後は若者の指導。最後には片田舎に流れ着いて……このまま、静かに暮らすのも悪くねえかもな。ま、んなこと考える程老けてはないのだが。

 さて、物思いにふけるのはそのくらいに、俺は受付に向かう。

「おーい。ポケモン取り放題、大人4人頼む」

 俺は4人分の入場券、計2000円を払い、部員達に配った。

「ほらよ。今回は俺が払ってやる。次からは自腹を切ることだ」

「わかりました」

「ありがとうございます、先生」

「おお、ありがたく頂くでマス。オイラには1回でも十分でマスよ」

 ……各々、準備はできたようだな。今日は皆私服だが、それぞれの性格がよく出ている気がする。イスムカはできたての角材の色をしたジーンズに黒い長袖のシャツ、赤いベスト。ターリブンは膝下10センチ程の紫のパンツに若草色の長袖。一方ラディヤは、股引に枯れ葉色のミニスカート、そして灰色のダッフルコートである。

 俺達は入り口をくぐり抜け、サファリパークに足を踏み入れた。俺は部員達に、事前に説明した内容を確認する。

「それじゃ、行くか。ここからは各自でポケモンを捕まえてくるんだ。閉園時刻の5時には戻ってくるように。では解散!」










「しっかし、随分広いな。地平線の彼方まで続いてやがるぞ」

 10分後。俺は道無き道をあてもなく歩いていた。お目当てのポケモンがいるわけでもなし、行ってみたいエリアがあるわけでもなし。ちなみに、今いる場所は木々が生い茂り、岩場が点在している。

 そんな中、俺はあるポケモンが横切るのを発見した。腹に、ありがちな稲妻模様が描かれている。

「お、何かいるな。あれは……エレブーか」

 俺の前を素通りしたポケモン、そいつはエレブーだ。エレブーは主に発電所近くに生息し、電気を食べるらしい。戦闘能力は上々、進化もできる。少なくとも、ポテンシャルがあるのは確かだ。

「電気タイプ、悪くはない。では遠慮無く、捕獲だ!」

 俺はボールを握ると、ためらいなく投げつけた。だが、ボールはあらぬ方向に飛び、無駄になった。皮肉にも、当たってないからまだ気付かれてない。

「おろ、当たらないぞ。まあ、昔からこうなんだが」

 ふん、下手な鉄砲も数撃てば当たるさ。30個しかないが、さすがにいけるだろうよ。俺は再び構え、エレブーを狙う。

「こんにゃろ、こんにゃろ!」

 くそ、目に見えてボールが減りやがる。確か15個くらい投げたが、一向に捕まる気配すらねえ。もちろん、エレブーが手強いからではない。

「それではとても捕まりませんぞ!」

 ふと、俺の右方からややしわがれた声が飛んできた。そちらを向いてみれば、年食った清掃員みたいな爺さんがいるじゃねえか。つくづくこの町は年寄りだらけだな。しかし、返事をしないのは失礼だ。返答しておくか。

「誰だあんたは?」

「おっと失礼、申し遅れた。私はバオバ、このサファリパークの支配人をやっている者です」

「ここの支配人か。こんな場所にいるのは、単にぶらぶらしている……わけではないよな」

「ご名答。園内の見回りはもちろんのこと、入園者の話に耳を傾けてより良い施設にしようとするためです。今は娯楽に溢れていますからね。少しでも気を抜こうものならすぐに破綻してしまいますから、こうした活動はやらねばならんのです」

 作業服姿の支配人、バオバは胸を張った。よほど自分達の活動に自信を持っているのかね。まあ、これだけ立派な施設に客が大勢入っているしな。俺もついつい夢中になっちまったし。

「なるほど、地道な仕事が今の大ブームを支えているのか。では1つ、入園者として質問させてもらうが……どうやったら上手くボールを投げられるんだ? どうにも昔からコントロールが悪くてな、普通に捕獲した試しが無いんだ」

「おお、それこそ私の出番です。では実演してみましょう」

 バオバ支配人は腕まくりをすると、懐から1個のボールを取り出した。それから身振り手振りで説明する。

「まず大事なのは、腕の振り方です。基本はこのように、まっすぐ振り下ろします!」

「腕をまっすぐ振り下ろす、だな」

 俺はメモ帳に書き込んだ。こういう時はメモ帳が1番だからな、図が描けるからより分かりやすくなる。腕は……垂直に下ろすんだな。肘の位置はあまり変化せず、ボールの出所は高い。ボールを持たない手は振り子のように用い、球威を増すのに一役買っている。そして、股が裂ける程足を前に出し、胸を突き出す。こんなところか。俺のメモが終わると、バオバ支配人は続けた。

「また、手のひらは前に向けていることが重要です。手のひらが斜めだったりすると、力のかかりがおかしくなってまっすぐボールを投げられませんから。では、あなたもやってみてください」

「ああ。そりゃ!」

 手のひらは、振り下ろす面と直交するようにすれば良いんだな。それもメモしたら、指示された通りボールを投じた。上体をやや左に傾け、右腕が地面に垂直になるよう気を配る。左腕を高く上げ、ボールを放す時は腰に引き付ける。そうして投げられたボールは、俺の予想した場所に、しかもかなりの威力で到達。ボールはエレブーを吸い込み、しばらく揺れ、そしておとなしくなった。俺の手持ちは既に6匹だから、そのままボールは転送された。

「……当たった。しかも捕獲できた」

「おめでとうございます。飲み込みが早いようで何よりです」

「こちらこそ助かった。この年になって、制球難を克服する兆しが生まれるとは思わなかったぜ」

「それは良かった。ところで、お名前を教えていただけますか?」

「名前? ……あー、タンバ学園のテンサイだ。今日はポケモンバトル部の活動の一環として来ている」

 やや考え込んで、俺は名前を教えた。と言うのも、タンバ学園の者だと厄介者扱いされる可能性があったのと、俺の正体が知られる恐れがあったからだ。そして、バオバ支配人は想定内の反応を取る。

「なんと、あのタンバ学園! うーむ、そうですか……」

「……不満ならいくらでもどうぞ、支配人さん。俺達はどう言われても構わねえさ」

 俺は開き直った。幸い、ここに部員達はいない。つまり、サファリ側は誰が部員か分からない。例え追い出されても、あいつらと連絡を取って引き上げれば良いだけの話だ。ところが……支配人の様子は思ったのとは違ってきたぞ。まるで、探していた獲物を見つけたかのような表情だ。

「いえいえ、そのようなことは微塵も考えておりません。むしろ、好都合とさえ思っているのです」

「と、言うと?」

「はい。現在我々はタンバ周辺の清掃ボランティアをしております。園内のみならず、園外環境も重要ですから。しかしタンバは広く、中々手が行き届かない場所もあります。そこで、タンバ学園ポケモンバトル部様にお手伝いしてもらえないかと考えた次第です。こちらは人手、そちらは信用回復や体力増進等に利があると思われますが、いかがでしょう?」

 不意に出された提案に、俺は目を丸くした。当然、サングラスをかけているから外からは分からないが。さて、どうしたものかね。せっかくの話だ、できるだけ有利な条件を引き出してみるか。

「ボランティアか。周囲は実力で黙らせるのも悪くないが……俺がやるわけではない。あいつらのことを鑑みると、あんたの提案は魅力的だな。だが、もう一押し何かねえのか? 単なる体力増進なら訓練でどうとでもなる」

 俺はやや強気に出た。仮に蹴っても痛手ではないし、このくらいはいつものことだ。

「いやはや、テンサイ様は手厳しくいらっしゃる。そうですね、園内でのポケモンバトルと書庫の利用許可でどうですかね? 書庫にはポケモン関連の書物がありますから、知識を深めるのにはもってこいですよ」

 バオバ支配人は更に譲歩してきた。……上手くいったみたいだな。これだけ条件が整えば悪くない。学校は狭いからな、ここで訓練できるなら願ってもない話だ。俺は首を数度縦に振る。

「ふむふむ、それは中々良い話だ。よし、では来週の日曜から参加させてもらうと言うことで大丈夫か?」

「来週の日曜、11月1日ですね、わかりました。この件についての詳しい話はまた後日、お電話致します。ではそろそろ失礼します。どうぞごゆっくり」

 バオバ支配人は深々とお辞儀をすると、そのまま別のエリアに向かっていった。また見回りだろうか。

「……行っちまったか。さて、またポケモンを探すかな」

 いきなり色々起こって疲れちまったが、まだボールは残っている。もう少し楽しませてもらうとしよう。俺は大きく伸びをすると、ポケモン探しに奔走するのであった。


・次回予告

勉強の面倒を見ながら夕刊に目を通していると、派手に書かれた記事があった。最近はこんな奴もいるのな、なんと言うべきなのやら。次回、第21話「それはわがままなのか」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.86

ポケモン世界では、実体のあるものをパソコン通信で送り飛ばしますよね。若かりし頃の私はそれを「分子の構造を完璧に測定して、そのデータを送信。それを基に同じものを再現する」と解釈してました。後から知ったことなのですが、これは量子力学という物理学の分野で「テレポーテーション」というものらしいです。測定すると状態が変化してしまうので完璧な測定は極めて困難ですが、その欠点を克服する方法も研究されているようです。これを実用化しているポケモン世界は、インフラこそ不十分なものの、科学的に現代より進んでいると言えるでしょう。


あつあ通信vol.86、編者あつあつおでん


  [No.994] 第21話「それはわがままなのか」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/05/31(Thu) 07:48:02   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ほら、さっさと復習をやりな」

「待つでマス、今日は大事なニュースの日でマス! だからまずニュースでマス」

 10月29日、木曜日。今日も今日とて訓練の後に復習をやっている。時間は5時頃で、この季節ならもう夕日が目に刺さる自分だ。俺はと言うと、仕事を定時までに仕上げて誰もいない図書室で部員達の勉強を見ている。

「なら、さっさとやることを済ませるこった。そしたら好きなだけ見るが良いさ」

「……ターリブン、諦めろ。まずは今日の復習をやろう」

「イスムカ君までひどいでマス……」

 俺とイスムカに促され、ターリブンは渋々ノートを開く。……向学心はバトルでも大事だってことに、早く気付いてもらいたいもんだね。

「さてと、今日の仕事が終わった俺は夕刊でも読むか」

 俺は図書室に置いてある夕刊を手に取り、2面と3面を読み始めた。勉強の世話と言えど、ただ見るのも時間の無駄遣いなんでな、夕刊でも読もうってわけよ。ついでに説明すると、俺が1面を読まないのは大事なことが書いてないからだ。センセーショナルな記事で読者の目を引き、本当に重要な話題は1面から追いやる。俺を今の境遇に導いたあの事件だって、大した話じゃないにもかかわらず1面だった。全く、なんのための新聞か分かったもんじゃねえ。

 頭に血を昇らせていると、夕刊越しに何かの影が俺の視界に入った。俺が夕刊を閉じれば、そこにいるのはいつもの3人だ。皆1面に釘付けである。

「……おいお前達、何見てんだ。そんなに驚くような記事でもあったのか?」

「そりゃそうでマス! オイラが知りたかったのはこのことでマス!」

 ターリブンは力強く指差した。その先には、このような内容が書かれてある。

「何々、『ツカノ選手、入団拒否』か。ツカノって誰だ?」

「ご、ご存知ないのですか先生? ツカノ選手は大学で最も評判のトレーナーで、お爺様が監督をするタテウリアイアンツへの入団を希望していたんですよ」

「ところが、昨日のプロポケモンリーグのドラフト会議で波乱が起きました。アイアンツは他チームに指名されないようにしていたはずなのに、リングマファイターズが指名して交渉権を手に入れたんですよ。で、今日何か発表があるんじゃないかと噂されてたと言うわけです」

 ラディヤとイスムカの説明で、話はぼちぼち理解できた。アイアンツはタマムシシティを本拠地にしていて、プロリーグの盟主を気取ってることで有名だ。今回の事件は、ここのわがままを通すための算段か。

「そうか、そりゃ随分意志の固い野郎だ。その是非はともかく、自分から望んだ道を否定するなんざ、中々できねえぜ」

 俺は皮肉交じりにそのツカノって奴を評した。すると、ラディヤがこう尋ねてくる。

「先生はこれについてどう思いますか?」

「俺の意見か。そうだな……この会議で指名されるには、事前に申請しなきゃならねえんだろ? チームが1つじゃないのは周知の事実、だからトレーナー側は『どのチームに選ばれても文句言わない』と認める必要があるだろう。プロになりたいって意志表示しておきながら、お望みのチームじゃなければ交渉もしないなんてのは、単なるわがままだろ」

「そうでマスか? 別に問題無い気がするでマスが……」

 ターリブンは頭にクエスチョンマークを浮かべながら首をひねる。理由も無しに反論する、あまり感心できねえな。

「おいおい、冷静に考えてみろよ。例えば、ターリブンがクラス中の女子へ一斉に告白したとする。当然彼は、とにかく誰か彼女になってほしいと思っている。にもかかわらず、彼の告白を受け入れた女子を『好みじゃないでマス』の一言で振ったらどうなるよ? 言動と行動が矛盾していると指摘されても仕方あるまい」

「うーん、そう言われてみればそうだな。他チームに移籍する手段も結構ありますし、入っといた方が良いかもしれませんね」

「だな。まあ、交渉できるのが1チームだけってのも問題だとは思うが。複数チームが、くじ引き等によって優先順位が生まれるよう交渉できれば、んなことにはなってないだろうし」

 俺は例え話に加えて、現状の制度の改善すべき点も指摘しておいた。これで少しは考えもしっかりするだろう。

「そうでマスな。2年後、オイラが選ばれる頃には改善してほしいものでマスよ」

「では、2年後に選ばれるためにも勉強をしっかりしないといけませんね、ターリブン様」

「う、それは勘弁してほしいでマスよ……」

 ラディヤの鋭利な突っ込みに、一同笑いを込み上げるのであった。さあ、そろそろ勉強を再開させるか。


・次回予告

週末、約束通りサファリの手伝いにやって来た俺達。それも終わり、訓練の時間が訪れた。そう言えば、あいつらは先週何を捕まえたんだ? 勝負がてらに確認しておくか。次回、第22話「ボランティアと秘密の訓練」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.87

今日の話の元ネタ、プロ野球好きなら知ってるはずの話題だったでしょう。現実世界の話題を積極的に取り上げると言う今作の目標をこなせて良い感じでした。ところで、今この後書きを書いているのが2012年3月16日で、丁度某球団が色々やらかしたニュースが話題になってます。こういうのもまた別の機会に書いてみたいですね。


あつあ通信vol.87、編者あつあつおでん


  [No.1003] 第22話「ボランティアと秘密の訓練」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/07/02(Mon) 09:22:19   71clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「おお、来ましたね」

 10月31日の土曜日、午前8時。俺達は再びサファリパークに来ていた。再びと表現したが、これから毎週来ることになるだろうな。さすがに10月末だと、この時間帯でも朝日がまぶしい。サングラスをしていても、これは中々こたえる。

 そんな中で、俺達はバオバ支配人と落ち合った。作業服姿だが、支配人としての気品がそこかしこに感じられる。

「ああ、今週からよろしく頼む。ほら、お前達も挨拶しな」

「おはようございます、イスムカです」

「ラディヤです。この度はお誘いありがとうございます」

「オイラはターリブンでマス。よろしくお願いしますでマス」

「それでは行きましょうか。まずは……」

 挨拶も済んだところで、バオバ支配人は出発しようとした。おっと、これだけは先に断っておかなきゃな。

「ちょっと待ってくれ、1つ頼んでおきたいことがある」

「なんでしょう?」

「……俺達がここでボランティアをしていることは、部外者には漏らさないでくれ。部活もここで行う都合上、余計な情報漏洩は避けたいんだ」

「そういうことですか。経営者としては非常に共感できる話ですね。分かりました、あなた方がここにいることは伏せておきましょう」

 俺の頼みを、支配人はあっさり受け入れた。完全に信用することはできないが、ひとまず情報管理には目処が立ったな。まあ、他校に手の内を探られる程強くならなければ意味無いが。

「そうしてもらえると助かる」

「では、改めて出発しますか」

 俺が礼をすると、支配人は歩を進めるのであった。さあて、一仕事やってくるかい。










「今日はこの辺りの清掃をやりましょう。終わり次第園内に戻ります。さあ、今日も張り切っていきましょう!」

「合点だ。さあ、どんどんやるぜ!」

 10分後、俺達はサファリに沿って流れる川に到着した。流れは穏やかだが、山を下れば急流になり、やがて海となるのが川と言うものだ。足元をすくわれないようにしねえとな。

 そこで、俺はボールから1匹のポケモンを繰り出した。ニョロボン、俺が旅を始めた頃に捕まえたポケモンだ。勝負の機会は少ないが、毎日の鍛練のおかげで今だに筋骨隆々としている。

「ニョロボン、腹ごなしにここいらの掃除をするぞ。終わったら水浴びでもしよう」

 俺がこう指示を出すと、ニョロボンは上機嫌で作業に取りかかった。地上で生活できると言っても、やはり水が好きなんだよな。俺はあまり好きではないが。

「いつ見ても強そうですね、先生のポケモンは」

 ニョロボンの姿を見たイスムカは、思わず手を止めため息を漏らした。さすがにわかるようだな、こいつの強さが。

「当たり前だ。数々の修羅場をくぐり抜け、数多の大会で実績を残した奴らばかりだからな」

「ほう、例えばどんな大会でマスか?」

「筆頭は言うまでもなく……いや、それは言えんな。知りたきゃ自分で調べろ」

 危ない危ない、口を滑らすところだった。仮に部員だろうが、俺の正体を感づかれるような話を聞かせるわけにはいかねえからな。まあ、予想通りターリブンがいぶかしがるわけだが。

「えー? もしかして、さっきのは嘘でマスか?」

「違う。なんでもポンポン答えたら、調べる癖が身につかないだろ? そのことを憂慮しての判断だ。少なくとも、校長に勝っているのだから実力はある」

「それもそうですわね。校長先生は、今では全国でも指折りのジムリーダーですから」

 ナイスフォローだラディヤ。彼女の言う通り、タンバジムリーダーのシジマは非常に強力だ。彼の使う格闘タイプは近年強化が著しく、毎年のように新しい技やポケモンが登場している。さらに、リーダー自身も研究を重ね、今ではジョウト地方で最も強いのではないかと目される程だ。あの時は勝てたが、6匹で勝負したら分からないな。ま、今はどうでも良いことだが。

「そう言うこった。って、ついつい無駄口叩いちまったぜ。ほら、口よりも手を動かせよ」

「はーい」










「ふう、今日はこれで終わりか?」

「ええ。お疲れ様でした、明日もよろしくお願いしますよ」

「ああ。さて……」

 午前11時48分。一通り片付けた俺達は、サファリに戻ってきた。随分時間を食っちまったが、良いトレーニングになったろう。

「じゃあ、早速訓練開始だ。今日は場所も良いからな、特別に勝負をするとしよう」

「ほ、本当ですか!」

「ただし、使えるのは先週サファリで捕まえたポケモンだけだ。新顔のチェックと言うわけだが、もしいないなら他の手持ちを使え。それじゃ、さっさと選びな」

 俺の発言に目を輝かせた3人は、嬉々としてボールを手に取るのであった。さあ、真剣勝負の始まりだぜ。


・次回予告

さあ、久々の対決だ。地方大会では散々な出来だったが、今回はもう少し踏ん張ってもらいたいところだな。次回、第23話「新顔現る」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.88

本当は今回で対戦パートに入るつもりでしたが、思いの外長引いたので分割にします。

しかし、最後にバトルしたのって何話ですっけ? 今作は雑談回があまりにも多すぎて、売りである対戦回が少ないのがちょっと気になりますね。ストーリーの都合上仕方ありませんが。


あつあ通信vol.88、編者あつあつおでん


  [No.1012] 第23話「新顔現る」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/07/19(Thu) 07:53:14   75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「じゃあ、まずはラディヤからだ。全力でかかってこい」

 俺と部員達は、互いに適当な間合いで対峙した。向こうは1番手がラディヤだ。果たして、いかなる動きをするか注目だな。

 そよ風に周囲の雑草がざわめく。自然の観客もお待ちかねだ、そろそろいくか。俺は先日教えられたようにボールを投げた。それに釣られるようにラディヤも繰り出す。

「小手調べだ、エレブー!」

「いきますよ、キノココ!」

 俺が使うのはエレブーだ。先週捕まえた、実に20年ぶりの新戦力。随分せっかちだが、能力や技を考えると適していると言えるだろう。

 対するラディヤはキノココか。かの有名なキノコのほうしを覚えるポケモンで、進化すると無限戦術と言う戦法を使えるキノガッサになる。能力的には平凡だが、一撃で落としては訓練にならない。少しは考えて技を選ばないとな。

「まずは10まんボルトだ」

 先手はエレブーだ。エレブーは両腕をプロペラの如く回し、頭の角から電撃を放った。電気は伝わるのが速い。キノココはこれを真面目から受け、弾き飛ばされた。しかし、その丸々とした体はすぐに起き上がる。これを見て、ベンチから疑問の声が聞こえてきた。

「キノココに対して電気技でマスか?」

「そりゃ訓練だからな。いきなり弱点突いて倒したら、意味が無い」

「なるほど」

 イスムカが軽くうなずいた。彼が頭を上げるまでの一瞬のうちに、ラディヤは叫ぶ。

「キノココ、きのこのほうしです!」

 キノココは頭上から苔のような色の粉をばら撒きだした。粉は風に乗り、エレブーにまで到達。すると、エレブーは膝をつき、しまいには地面に伏していびきをかき始めた。

「まあ、予想通りの展開だな。さて、これからどうする?」

 エレブーは寝た。しかし向こうに決定力は無い。キノココと言えば、どくどくだまを持たせて特性のポイズンヒールを発動し、みがわりを利用して戦う無限戦術だ。それは先程も述べたが、キノココに変化は無い。こりゃ手ぶらか。なら待つか。

「もちろん考えてあります。やどりぎのタネ!」

 そうこうするうちに、キノココが仕掛けてきた。またしても頭のてっぺんから種を出し、無抵抗なエレブーに発射。種は瞬く間に発芽し、エレブーの左腕に絡みつく。

「……ほう、それは悪手だな。起きなエレブー、ボルトチェンジだ」

 俺は眠っているエレブーに指示を送った。幸いにもエレブーは目覚めた。それから電気をまとってキノココに体当たりをし、すぐさまボールに戻る。あんまり悠長にやってたら、簡単に交代されるってのが良く分かるだろうな。

「隙あり、みがわりです!」

 もちろん、彼女もそれは理解しているようだ。俺が次のボールを投げると同時に、キノココは人形を額に作り出した。一方俺は、こいつを2番手に投入。それを見て、ベンチのイスムカが声を上げる。

「あれは、フォレトスか!」

「ご名答だ、イスムカ。フォレトス、むしくい攻撃」

 フォレトスは速かった。回転しながらキノココに接近し、鋼鉄の殻で噛みついた。キノココはタネばくだんで抵抗するも、かすり傷にもなりゃしねえ。

「ああっ、みがわりが……」

「ついでにもう1発、とどめだ」

 動揺するラディヤを尻目に、もう1度むしくいをお見舞いした。エレブーの攻撃とみがわりで消耗したキノココを倒すには、十分すぎる攻撃だった。キノココは気絶し、その場に転がる。

「キノココ!」

「緒戦は俺の勝ちだな。次はどっちが勝負するんだ?」

 俺はベンチの2人に問いかけた。これを受け、威勢よく動いたのはターリブンだ。

「ふふふ、ここはオイラに任せるでマス。全部やっつけるでマスよ」

「そいつぁ、大した自信だ。ならば早く出しな」

「わかったでマス。ハスボー、出陣でマス!」

 ターリブンは腕に力を込めてボールを投げ込んだ。出てきたのは、頭に平たく大きな葉っぱを持つポケモン、ハスボーだ。

「ハスボー?」

 俺は不意を突かれた気分だった。ハスボーは水、草タイプ。水タイプの技ならフォレトスに通るが、こちらは虫タイプだぞ。もしや……。

「いくでマス、懐刀めざめるパワー!」

「……フォレトス、むしくいだ」

 思った通りだ。ハスボーは体から力を放出しようとした。だが、ハスボー程度には抜かれねえよ。なにしろこのフォレトスは、ぎりぎりまで速く動けるように育てなおしたんだからな!

 フォレトスはハスボーの攻撃を避け、またしても殻で食らいついた。そして、ハスボーもキノココと同じ末路をたどった。ミイラ取りがミイラになるってところか。

「や、やられたでマスー!」

 ターリブンは地面を踏みつけた。その悔しさをぶつけてほしいものだな、今後の訓練に。

「やれやれ、まだまだ読みが甘いな。わざわざ弱点の相手に出したら、疑われて当然だ。では、最後はイスムカの番だぞ」

「は、はい。くそー、こうなりゃやけくそだ。トゲピー、頼む!」

 さあ、ターリブンも退けた。残るはイスムカただ1人。イスムカは明らかに緊張している。表情が強張っているからな。そんな彼が勝負を託したのは、まだよちよち歩きのトゲピーだった。こいつぁ、面食らったぜ。

「トゲピー……だと? サファリにこんなポケモンいたか?」

「いませんよ。このトゲピーは、家にいるトゲキッスが持ってたタマゴから生まれたんです」

「そういうことか。ま、いるならなんだって構わん。フォレトス、じしん攻撃」

 俺はすぐさま勝負に出た。フォレトスは軽く飛び上がると、大地に全力でタックル。そこからトゲピー目がけて地割れが起こった。その衝撃でトゲピーは転ぶ。もっとも、この程度で沈む程やわな耐久でないことは分かっている。それはイスムカも同じなようで、彼は緊張しながらも声に力を込めた。

「負けるなトゲピー、だいもんじだ!」

 トゲピーは、イスムカの期待に応えんとばかりに両手を前に突き出し、口から火の玉を発射。火の玉はすぐに大の字となり、フォレトスに襲いかかる。フォレトスはしばし火だるまとなったが、なんとかしのいだ。俺は冷や汗を滴らせながらも胸を張る。

「ぐ、だいもんじたあ派手にやってくれるじゃねえか。だが残念、さすがのフォレトスもこの程度の攻撃は……こ、これは!」

俺はうなった。なぜなら、耐えたはずのフォレトスが飴玉のように転がってしまったからだ。まさか、この俺が素人に不覚を取ろうとは……。

「フォレトスが倒れています! トゲピーの勝ちですわ!」

「ふうー、危なかった。特性『てんのめぐみ』で火傷にできなかったら負けてました」

 イスムカは額の汗を拭った。ま、こんなこともあるよな。気にしても仕方ない。俺は次のボールを懐から取り出し、こう言うのであった。

「……ふん、運には恵まれているようだな。それが吉と出るか凶と出るか、見物だぜ。さあて、気を抜くなよ。勝負はまだまだこれからだ」



・次回予告

今日は久方ぶりの休日だ。だが、ただ休むのは大層愚か故に立ち読みでもすることにした。そのつもりだったのだが……。次回、第24話「休日なんて無かった」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.89

今日は久々の対戦回。ダメージ計算は全員レベル50の6V。ただしハスボーはめざぱの都合上攻撃特攻素早がU。キノココは陽気無振り、エレブーはせっかち無振り、フォレトスは陽気攻撃素早252振り、ハスボーは控えめ無振り、トゲピーは図太い無振り。キノココはエレブーの10万ボルトとボルトチェンジを確定で耐えます。しかしむしくいにはやられます。ハスボーも確定1発。一方トゲピーの大文字はフォレトスでもタネばくだんのダメージ込みで耐えられるものの、火傷ダメージ込みだとギリギリ確定1発にできます。


あつあ通信vol.89、編者あつあつおでん


  [No.1015] 第24話「休日なんて無かった」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/07/26(Thu) 14:08:07   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「さて、立ち読みでもしようか」

 11月8日の日曜日。今日は珍しい休日だ。昼飯の時分だが、俺は本屋に向かっている。人の多い場所に行く気が無いのと、飯屋の奴らの態度が鼻持ちならねえからだ。家からは離れているし、かといって飯屋も駄目。ならば空きっ腹を我慢しても本を読んだ方が良い。

「今日は掘り出し物でもあれば良いのだが……ん?」

 そんなことを考えながら往来を歩いていたら、1人の女が道行く人々に声をかけているのを見つけた。俺が言えた言葉じゃねえが……あの女、かなり奇妙な服装だな。白いレースのついた黒いスカートに、これまたヤミカラスの濡れ羽のようなパフスリーブの服。ついでにエプロンなんかも着ている。メイド服ってやつか?

「客引きか、ご苦労なこった」

 全く、あんな服装で声かけなんてよくできるぜ。俺にはあんなのできそうにねえ。ま、だからと言って相手にする理由は無いがな。さっさと本屋に向かおう。

 そう思いながら足早に移動し始めた、まさにその時。俺の目の前にメイド服の女が飛び出してきたのだ。俺はすんでのところで止まったが、そいつとの距離は50センチもくだらない。それから彼女は、およそ聞き慣れない猫なで声でこう言ってのけた。

「あ、ご主人様! お帰りなさいませ!」

「な、なんだ! おいてめえ、冗談はよせ」

 俺は可能な限りのけぞった。そしてそのままブリッジの態勢になろうとするも、彼女に左腕を掴まれてしまう。

「冗談なんかではありませんよー。さあさあ、美味しいお茶の準備ができてます。早く家に入りましょう!」

「ぐおおおお……」

 こうして俺は、鼻歌まじりの彼女に連れられ、付近の家屋に入るのであった。……やれやれ。










「はい、どうぞ」

「お、こいつはナゾノ茶か。しかも上物の……って、そうじゃねえ」

 数分後、俺はメイド服の女に連れられた店で座っていた。個室には、俺と彼女が2人きり。木目が美しいフローリングに白の壁紙、ソファーにテーブルだけのシンプルな部屋だ。そして、テーブルには俺の好物のナゾノ茶。しかし、今の俺に茶を飲む余裕は無い。

 俺は彼女をまじまじと眺めた。……うん? この娘、見覚えがあるぞ。少し探りを入れるか。俺は腕組みをしながら質問をしようとしたが、先手を取ったのは彼女だった。

「ご主人様、今こんなことを考えてませんか? 『この娘、見覚えがあるぞ』って」

「ふん、んなのそっちの思い違いだろ」

「そんなことはありませんよー。なぜなら……私も覚えてますからね、サトウキビさん。いや、今はテンサイさんでしたっけ?」

 俺は不覚にも息を呑んだ。娘の一言は、俺を揺さぶるには十分すぎるものだった。だが、これで思い出したぜ、彼女が誰なのかを。

「……あんたは確か、ミツバだったかな。身なりと口調が違ったから気付かなかったぜ」

「ああ、これですか? ですよね、こんな格好は普通しませんから」

 メイド服を着た女、ミツバは無邪気に笑ってみせた。仕事中にんなこと言って良いのかは気になるところだがな。しかし、厄介な奴が現れたぜ。彼女はヒワダのボール職人であるガンテツの孫だ。かつて、旅の途中に知り合ったわけだが……念のために探りを入れるか。

「全くだ。ところで、あんたは俺のことを突き出す気か」

「突き出すって、コガネでの事件ですか?」

「その通り。俺は現在お訪ね者さ、あれほどの馬鹿騒ぎをやったんだからな。もしあんたが俺の存在を警察に知らせても、なんら不思議な話じゃないだろう?」

 俺はナゾノ茶でのどを鳴らしながら、サングラス越しに眼光を飛ばした。まるで通報するなと脅しているかのようだが、断じてそれはない。ただ、話の真偽を判断する時に出る癖だ。

 そんな俺の意図を察したのか、ミツバはあっけらかんと返答した。

「確かに、大々的に宣伝してましたからね。『市民を惑わす極悪人のサトウキビ逮捕にご協力ください』みたいに」

「やっぱりな」

「でも、私は通報する気はさらさらありませんからね。安心してください」

 あまりにストレートな回答に、俺は思わずむせこんだ。そりゃそうだろ、今の言葉は明らかに反社会的だからな。俺は呼吸を整え、再度問うた。

「お、おいおい。どういうつもりだ。穏やかじゃないじゃねえか」

「そりゃ、サトウキビさんは同志ですからね。もちつもたれつですよ」

「同志、なあ」

 なんだ、彼女は科学者なのか? それとも教育者? いや、さすがにこの風体で教育者はねえな。いずれにしても、彼女の真意を推し量るのは一筋縄じゃなさそうだ。

 俺が少し考え込むと、彼女はまるで何か思いついたかのように、右握りこぶしで左手のひらを叩いた。

「あ、そうだ! あと30分くらいで交代の時間なんですよ。だから私の家に来てください。びっくりしますよ! もし来ないなら、あなたの正体を町中で言いふらしますからね」

 ミツバはさりげなく牽制をかますと、自分の茶をいれゆっくり飲んだ。俺も、左手で頭を抱えながら湯飲みを空にするのであった。

「ちっ、しっかりしてやがるぜ」

 休日は長引きそうだな。


・次回予告

ミツバに連れられ、彼女の家にやってきた。……これは大したもんだ。俺はそこで見たものに、不覚にも感嘆するのであった。次回、第25話「悪の技術者」。俺の明日は俺が決める。




・あつあ通信vol.90

このコラムも、はや90回目。意外と頑張れるものですね。

さて、今回登場したミツバは以前出した気がしますが、覚えていた方はいますかね。以前と言っても、前作ですけど。スタッフロールでも何をやる人なのか分からずじまいでしたが、突然今回の電波を受信したわけです。


あつあ通信vol.90、編者あつあつおでん


  [No.1028] 第25話「悪の技術者」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/08/17(Fri) 22:31:43   77clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「さあさあ、こっちですよ!」

「やれやれ、一体何をそんなに躍起になっているんだ?」

 店を出てしばらく歩いていると、小さな小屋が見えてきた。この辺はタンバの北部で、砕ける岩が点在している。そんな辺ぴな場所に小屋があるのだから、否応なしに目立つ。

 さらに歩き、とうとう小屋の目の前に着いた。ミツバは鍵を開けると、俺を招き入れる。

「さあどうぞ、ここが私の部屋です」

「……ただの部屋じゃねえか。こんなのを見せるために呼んだのか?」

 俺は入室して早々疑問を放った。部屋は7畳の畳に台所、トイレに風呂というシンプルな作りになっている。そこここに桃色の小物があり、若い女性の生活感を醸し出しているが、ややほこりっぽい。そして気になるのが、畳部屋の真ん中に鎮座するこたつだ。秋も深まったとはいえ、タンバにはこたつなんざ無用の長物。冷え症か何かだろうか。

 そんな俺の疑問を見透かすかの如く、ミツバは胸を張って言った。

「ふっふっふ、良い質問ですね。でも驚くのはこれからですよ」

 ミツバはポケットからポケギアを取り出し、ボタンを押した。すると、静かだった部屋に地響きがとどろくじゃねえか。震源地はまさに目の前のこたつで、いきなりせりあがって扉が姿を現した。

「なっ、こたつが変形しただと!」

「では、下へ参りまーす」

 度肝を抜かされる俺をものともせず、ミツバは扉を開けた。そして俺を引きずりながら中に入ると、扉を閉める。しばらくして、がたがた揺られながら体が浮いたような感覚を覚え、そして止まった。扉は開き、俺は一歩前進する。

「やっと着いたか。しかし、暗いからよく分からないな」

 俺は辺りを見回した。暗いから上を把握することはできないが、足元なら確認できる。なにやら柱のようなものが点在しており、砂のような手触りだ。また、後ろには先程の扉がある。どうやら、ここは地下室みたいだな。エレベータで降りたなら納得できる。

 その時、突然中が明るくなった。サングラスがあるからまぶしくはないが、こりゃスタジアムで使う類の照明だ。

「な……なんだこれはぁ!」

 俺は目を見開いた。眼前に広がっていたのは、俺の背丈の5倍はあるだろう人形の模型である。いや、これは模型なのか? 少し動いた跡が見受けられるぞ。まあ、驚くのはこれだけではない。この空色の人形、5体もいるんだ。とてつもない威圧感だな、これは。

「ふふっ、驚きましたか? これこそ私が心血を注ぐ夢の塊、ゴルーグ戦隊です!」

 ミツバは胸を叩いた。余程嬉しいのだろうか、頬が緩みっぱなしである。……近頃の中高生は技術力が高いな。ん、中高生? ふと気になった俺は、ある質問をぶつけた。

「……そう言えば、あんたは学校で見ない顔だな。ちゃんと通学してるか? してないなら、学校にも行かずに何をやってるんだ?」

「おお、よくぞ聞いてくれました! 聞かれたからには答えないわけにはいきません」

 ミツバは不敵な笑みを浮かべながら、名乗りを上げた。

「メイド喫茶のコスプレは、世を忍ぶ仮の姿。私の正体は、世界制服を企む悪の科学者なのです! 学校なんて行ってませんよ」

「……お、おう。そいつぁ、でかい夢だな」

 おい、こいつをどう思うよ。さすがの俺も、おべっかを言うしかねえ。だってそうだろ。俺みたいに不満があれば分からんでもないが、この娘はまだ若いんだからな。

「あ、もしかして本気にしてませんね? 本音はどんどん言ってくださいよ、それも全て野望の助けになりますから」

 ミツバはどんどん畳みかけてくる。手にはメモ帳とペンが握られている。仕方ねえ、言っておくか。相手にするのも面倒だがな。

「そうか、では遠慮なく。まず、なんのために世界征服なんざするのかがわからねえ。次に、たかだか数体のロボット程度で征服なんてできるものか。最後に、あんたは科学者と言うより技術者だ。科学技術を活かして物作りをするのは、紛れもなく技術者だからな」

「ふむふむ、確かに一理ありますね。特に最後の指摘は盲点でした。よし、これからは悪の技術者と名乗ります!」

 彼女は嬉々としてメモを取った。納得するべきはそこじゃねえだろ。

「おい、他の指摘点はどう説明するんだ?」

「それは言えませんよ、こういうのはトップシークレットですから」

「ふん、そういうわけか」

 俺は少し口を閉じた。秘密主義なら聞くわけにもいかねえな。もっとも、聞きたいわけでもないが。

「それでですね、サトウキビさんに頼みたいことがあるんですよ」

「なんだ、懺悔でも聞いてほしいのか? それと、その名前で呼ぶな」

「そうですか。じゃあテンサイさん、私の世界征服の手伝いをしてください!」

「だが断る」

 俺は半ば呆れつつ、しかし即座に返答した。どうやら、俺の技術力を欲しがっているみたいだな。まあ、俺はタイムカプセルすら作れるから、狙われてもおかしくねえか。だが、そうはいかない。彼女は色々説得するが、こればっかりは譲れないのさ。

「えー、今のままで良いんですか? テンサイさんの力なら、世界を変えられるんですよ」

「……俺はもう人前に出ようとは思わん。それに、今更悪人に戻るつもりは毛頭無い」

「世界征服は悪人のやることではありませんよ!」

 ミツバが語気を荒げた。ん、自分を正義の味方とでも思っているのかね、彼女は。そういう奴は、往々にして堕落するんだ。俺みたいにな。まあ、今は適当にあしらっておこう。

「分かった分かった。ひとまず今日は帰らせてくれ。それと、暇な時があれば話くらい聞いてやろう。こいつを取っとけ」

 俺は懐から紙とペンを取出し、電話番号を記した。着信拒否の設定をしとけば教えても大した痛手ではない。これで引いてくれれば良いのだが。

「お、電話番号ですね。私のこと、誘ってるんですか?」

「違えよ。ともかく、俺は帰るからな」

「仕方ないですねえ。じゃあ今日はお開きにしましょうか。テンサイさん、次こそは協力してもらいますよ!」

「へっ、何度でも断ってやらあ。じゃあな」

 俺はそそくさとエレベータに乗り込み、ミツバの家から脱出するのであった。……帰るか。


・次回予告

さてと、また試験の時期がやってきた。前回は難しいと非難続出だったが、今回はどうするかねえ。次回、第26話「難しいものなど無い」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.91

ミツバは、大空ぶっ飛びガールとかそんなレベルではなかった。完全に電波娘になってしまいました。本来は学校で出す予定でしたが、ナズナと雰囲気が被るのでこのようなことに。あと、単純にゴルーグを出演させたかったんです。

皆さんは世界征服したいですか?


あつあ通信vol.91、編者あつあつおでん


  [No.1032] 第26話「難しいものなど無い」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/08/18(Sat) 22:31:36   69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「テンサイさん、今回も1年生の試験担当なんですか?」

 11月30日の月曜日。俺は部活の指導、ではなく試験問題を手掛けていた。日も暮れるのが随分早くなり、夕方5時半だってのに外がよく見えねえ。あまり遅くまで仕事するのは好かないが、仕方あるまい。

「ああ。なんでも、今教えている人が最も上手く作れるとからしい。まあ、雑用を代わりにやってもらってるから文句はねえさ」

 俺はあくびをしながら答えた。既に大体できているが、どうにもはかどらない。やはり、意図的に簡単にするのは俺の性分じゃねえな。

「しかし、前回はかなり不評だったな。あれでもまだまだ手加減した部類なんだがな」

「……私が見てなかったら大変なことになってましたね」

「だろうな。まあ、どれもこれも教科書をベースにしているから、文句は言えまい」

 俺は悪びれることなく言ってのけた。そう、あれは基本的な事項の羅列がメインだった。だから、生徒の怠慢は成績に直結する。にもかかわらず、なんでもかんでも責任転嫁する奴らの気が知れねえ。まあ、そういう育て方をされたのは同情に値するが。

「あれ、教科書ベースなんですか?」

「そりゃそうだ。異なった例題をくっつけて、一度に色々やらなきゃいけない問題を作っただけだからな。難しいことなんてこれっぽっちも無い」

「な、なるほど……」

 俺の説明に、ナズナも何度かうなずく。俺はさらにたたみかけた。

「第一、生徒の実力を計るのが試験なんだろ? 生徒の実力に合わせたレベルにして意味があるとは思えねえ。だから、簡単にはしない。やってない奴は落ちてもらう。もちろん、やっても落ちる奴には救済手段を設けるがな」

「へえ、結構真面目ですね。意外と考えていて安心しましたよ」

「ふん、さすがに俺も鬼じゃないさ」

 恥ずべきは、努力しようとしない者達だからな。ちゃんとやってる者達にはしかるべき手助けをするのは当然。俺はのびをすると、仕上げに取りかかるのであった。










「さて、試験やるぞ。無駄な抵抗はやめな」

「トホホ……今回こそおしまいでマス」

 12月7日の月曜日。あれから1週間経ち、もう試験1日目だ。前回同様イスムカ達のクラスで監督をするわけだが……生徒に変わりはないようだな。ターリブンはじたばたし、それにイスムカが冷静な突っ込みを入れている。良いコンビだぜ。

「ターリブン、今回も勉強してないのか? 僕ですら昨日やってきたのに」

「そうは言っても、オイラは忙しかったでマス! 勉強しようとしたら、急に部屋が散らかってることに気付いたでマス。だから掃除したら、朝になってたんでマス」

「……つまり勉強しなかったんだろ?」

「うるさいでマス! ……こうなったらイスムカ君、頼むでマスよ」

「見せないぞ、僕は」

「……早くしろ。もう配るぞ」

 さて、そろそろ時間だ。俺は懐中時計を教卓に置き、試験問題を配った。教室は瞬く間に静まり、秒針の音のみが変化を感じさせる。

「それでは今から50分、あがけるだけあがくことだ。それでは……始め!」

 長針が指定の時間を指したので、俺は1回拍手をして試験開始を告げるのであった。さあ、お手並み拝見といこうか。


・次回予告

さて、今回の試験も散々な出来だったわけだが。特に難しい問題を出したつもりは無いものの、こいつは参ったぜ。次回、第27話「今年の疑問は今年のうちに」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.92

勉強しようとしたら掃除したくなる人、意外といるのでは? 私は専ら学校で勉強していたのでありませんでしたが。

では、今回も試験問題を載せておきますね。今回は幾分易しくなってるはず。

・2学期期末試験 数学
  年 組 氏名

問1(30点):以下の問に答えよ。(各5点)
 (1)サイコロを4回振って3回同じ目が出る確率
 (2)「X≧1ならばX^2≧1」の対偶
 (3)3辺の長さが5、6、7の三角形の面積
 (4)コインを8回投げて表が出る回数の期待値
 (5)中心角が90゜になる円周の円周角
 (6)直径Rの球の体積

問2(10点):√3は無理数であることを証明せよ。

問3(15点):500円払ってサイコロを3回振り、その和が10以上なら1000円の賞金をもらい、9以下なら100円払うゲームをする。この時
 (1)2回連続で賞金を獲得する確率を求めよ(5点)。
 (2)このゲームを1回行う時の期待値を示せ。また、このゲームはプレイヤーにとって得になるか(10点)。

問4(15点):kを定数とする。自然数m.nに関する条件p.q.rを次のように定める。

・p:m>kまたはn>k
・q:mn>k^2
・r:mn>k
(1)次の[イ]に当てはまるのを,下の(イ)〜(ニ)のうちから一つ選べ(3点)。
pの否定p~は[ク]である。
(イ)m>kまたはn>k
(ロ)m>kかつn>k
(ハ)m≦kかつn≦k
(ニ)m≦kまたはn≦k

(2)次の[ホ]〜[ト]に当てはまるものを,下の(チ)〜(ル)のうちから一つずつ選べ。ただし,同じものを繰り返し選んでもよい(各4点)。
(i)k=1とする。pはqであるための[ホ]。
(ii)k=2とする。pはrであるための[へ]。pはqであるための[ト]。

(チ)必要十分条件である
(リ)必要条件であるが,十分条件でない
(ヌ)十分条件であるが,必要条件でない
(ル)必要条件でも十分条件でもない

問5(15点):円に内接する四角形ABCDがある。AB=3、BC=4、CD=4、AC=√37である。この時
 (1)DAを求めよ(9点)
 (2)△ABCと△ACDの面積比を求めよ(6点)

問6(15点):AB=1、BC=2、∠ABC=60°となる△ABCがある。サイコロを振り、1、2、3、4が出たらABを3伸ばし、5、6が出たらBCを4伸ばす。この時
 (1)2回振ってAB=4、BC=6となる確率を求めよ(2点)
 (2)(1)の時の△ABCの面積を求めよ(4点)
 (3)2回振った時のCAの長さの期待値を求めよ(9点)

あつあ通信vol.92、編者あつあつおでん


  [No.1033] 第27話「今年の疑問は今年のうちに」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/08/25(Sat) 18:58:53   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 12月14日の月曜日、朝から大風が吹いている。沿岸部だから雪は降らないが、着流し1枚の身にはこたえるぜ。まあ、そんなことはどうでもいい。俺はいつものように教室に入り、授業を始めた。

「さて、これからテスト返しをする。出席番号順に並ぶように」

 俺が指示すると、生徒達は1人ずつ結果を受け取った。ある者は嘆き、またある者は予想外の内容に目を丸くする。どちらにしろ、喜ぶ奴は皆無だ。それはイスムカやターリブンも同じであった。

「ああ、赤点でマスぅっ!」

「ぼ、僕も赤点なのか……」

「静かにしやがれ、いちいちわめくな。それがお前さん達の実力だ」

 俺は、教室の隅々まで届く声で生徒を静めた。果たして効果があったのか、彼らは力なく席に座り込む。やれやれ、最初からそうしてろってんだ。これで講評に入れる。

「さて、今回は平均点が上がると思ったのだが、前回と大差ない25.4点だった。言っておくが、今回は特別易しくしてある。難しすぎると人のせいにばかりする輩がいるが、これで分かっただろう? 結果が出ないのは単なる実力不足だってことが」

「それでもこれは難しすぎるでマスよ!」

 おや。ターリブンめ、言うようになったな。赤点が何を偉そうに開き直ってやがる。こういう時は、徹底的に教えておいた方が良いだろう。

「ほう。ではターリブン、どの問題が教科書のどこに出たか覚えてないみたいだな。確か授業でやったはずなんだが。嘘だと思うならノートを探しな」

「……あ、あったでマス」

 ターリブンはノートをめくり、まさにテストと同じ問題を見つけた。……ノートの中身がラディヤのそれとそっくりだが、この点については黙っておいてやろう。

「そら見ろ。ついでに、反論される前に言っといてやる。最後の問題は確率と三角形の複合問題だが、サイコロを振る回数を2回に留める等の措置を取ってい
る。しかも複合と言いながら、単に三角形の問題で導いた値を確率の問題で使っているだけだ。問題を細かく分ければ単純な計算の寄せ集めなのだから、難しくもなんともないのさ。授業でやった問題や単純な計算問題すらできないで教師を非難するなんざ……百年早いぜ若造共」

「う、やられたでマスー!」

 決まったな。勝負はいとも簡単に終わった。燃え尽きたターリブンをよそに、俺は皮肉に満ちた声で他クラスの状況を説明する。

「まあ、他も大したことがないのがせめてもの救いだな。そんな中でも進学クラスのラディヤはまたしても満点だった。他の教科の先生にも聞いたが、全体的に……満点らしいな。同い年で部活もやってるのにこれだけの差が出るのは、才能なんてもののせいじゃない。今回悪かった奴は自らの怠慢を反省するこった」

 ひとしきり話し終えると、教室からは通夜の席みたいに音が消えていた。ああ、こりゃやりやすいぜ。次からもこんなやり方でいくかね。まあ、今はそれよりも解説だ。俺はチョークを手に持つと、こう指示するのであった。

「じゃ、解説始めるか。しっかりついてこいよ。今年の疑問は今年のうちに、だ」


・1学年2学期末試験、解答

問1(30点):以下の問に答えよ。(各5点)
 (1)5/54
 (2)「X^2<1ならばX<1」
 (3)6√6
 (4)4回
 (5)45゜
 (6)4πr^3/3

問2(10点):
 √3が有理数であるとする。有理数は既約分数a/bで表される。
 よって√3b=aだから
 3b^2=a^2
 a^2が3の倍数なのはこれより明らかである。さらに、√3>0、a>0より、a=3p(pは自然数)と表すことができる。これを代入すると
 3b^2=9p^2だから
 b^2=3p^2となる。
 a^2が3の倍数なのはこれより明らかである。さらに、√3>0、b>0より、b=3q(qは自然数)と表すことができる。これを代入すると
 a/b=3p/3q
 これより、a/bは約分できるとわかる。ところが、a/bは既約分数であるから、これは矛盾する。
 ゆえに、√3は無理数である。

問3(15点):
 (1)
 樹形図を書くと、1回のゲームで勝つ確率は135/216=5/8となる。これを2回繰り返すのだから、求める確率は
 (5/8)^2=25/64である。
 (2)
 このゲームを1回やった時、勝てない確率は(1)より3/8である。
 よって、期待値は
 (5/8)×1000+(3/8)×(−100)=587.5円
 1回につき500円を払うから、期待値で見ればプレイヤーの特になる。

問4(15点):
(1)
 pの否定p~はm≦kかつn≦k、すなわち(ハ)である。

(2)
 (i)
 k=1とする。この時
 p:m>1またはn>1
 q:mn>1
 だから、mとnが自然数より、p→qは真であり、q→pも真である。
 よって、pはqであるための必要十分条件(チ)である。

 (ii)
 k=2とする。この時
 p:m>2またはn>2
 q:mn>4
 r:mn>2
 だから、mとnが自然数より、p→rは真であり、r→pも真である。
 よって、pはrであるための必要十分条件(チ)である。
 また、p→qは偽であり(反例:m=3、n=1)、q→pは真である。
 よって、pはqの必要条件(リ)である。


問5(15点):
 (1)
  四角形ABCDは円に内接するから、∠ACD=180゜−∠ABCだから
 cos∠ACD=−cos∠ABCとなる。
 余弦定理より、
 AC^2=25−24cos∠ABC=16+DA^2+8DAcos∠ABC
 また、cos∠ABC=9+16−37/24=−1/2だから、
 AC^2=25+12=37=16+DA^2−4DA
 DA^2−4DA−21=0
これを解くと、DA=7、−3
 DA>0より、DA=7

 (2)
 △ABC=3×4×1/2×sin∠ABC=6×√3/2=3√3
 △ADC=7×4×1/2×sin∠ADC=14×sin∠ABC=7√3
 よって、△ABC:△ADC=3:7となる。

問6(15点):
 (1)
 AB=4、BC=6となるのは、ABを1回、BCを1回伸ばしたときである。
 ABを伸ばす確率は2/3、BCを伸ばす確率は1/3であるから、求める確率は
 2×(2/3)×(1/3)=4/9

 (2)
 ∠ABC=60°だから、求める面積は
 4×6×1/2×sin∠ABC60°=12×√3/2=6√3

 (3)
 2回振った時、ABを1回とBCを1回、ABを2回またはBCを2回伸ばすことになる。これらが出る確率はそれぞれ4/9、4/9、1/9で、この時CAの長さは余弦定理よりそれぞれ√37、2√7、√91である。
 ゆえに、求める期待値は
 √37×4/9+2√7×4/9+√91×1/9=4√37+8√7+√91/9となる。


・次回予告

長かった授業期間が一段落つき、冬休みに入った。もう年末だから大掃除をしねえとな。そうして部屋中を掘り返すと、あるものが発見されるのであった。この写真は……。次回、第28話「自らの遺影を見る」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.93

前回のテスト回でもしつこく書きましたが、テンサイさんの教育方針は全くぶれませんね。こういうのは基本ながら、ないがしろにされている気がします。何度でもトライして、成長してほしいものです。


あつあ通信vol.93、編者あつあつおでん


  [No.1034] 第28話「自らの遺影を見る」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/08/31(Fri) 21:44:33   76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「さあ、大掃除しますよ!」

「そうかい、頑張りなよ」

 12月23日の水曜日。学校は今日から冬休みだそうだ。本来なら部活の指導だが、何やら校内で準備があるらしい。仕方ないから家で研究と持ち込むつもりだったのだが、ナズナの一言で事態が変わった。おいおい、掃除はそんなに気張ってやるものじゃないぞ。

「テンサイさん、他人事みたいに言ってる場合じゃありませんよ」

「そう言われてもな。俺は毎日掃除しているからほとんどやる必要無いぞ」

「だったらなおのこと好都合です。私の部屋の片付けを手伝ってください」

 やっぱりそうきたか。まあ、俺の部屋は片付いているからな。居候状態である立場からすれば当然だが。俺の部屋は四畳半の畳の周りが板張りの和室で、押し入れがある。部屋にあるのは文机と和風の電灯、それに数冊の本だ。教科書や対戦に関するものが大勢である。これでは散らかりようがない。

 ま、掃除してる中で何かするのは落ち着かないからな。手伝うとするか。

「……なるほどな。それなら付き合うぜ」

「お、やる気が出たみたいですね。よし! そうと決まれば行きますよ」

 俺はナズナに促され、彼女の部屋まで移動した。そう言えば、彼女の部屋は見たことなかったな。昔は結構ごちゃごちゃしていたが、少しは改善してるだろう。そんな期待はいとも容易く打ち壊された。

「……予想通りというか、ちと散らかりすぎじゃねえか?」

 扉を開けた俺は顔をしかめた。昔と大して変わってなかったか。ベッドと入り口の床だけが、この部屋を洋室だと知らせてくれている。そこら辺にビニール袋やら紙やらが散乱しており、机の上には授業で使うであろう資料が山積みだ。彼女は頭をかきながら口を開いた。

「だから呼んだんですよ。私1人では今日中に終わりそうもありませんから」

「だろうな。ではまず不要な物を処分するぞ」

 俺は懐から軍手を取り出し、床に散乱する物に手をつけ始めた。手をつけると言っても、念のため確認をすることは忘れない。

「これは捨てても良いな?」

「あ、それは残します」

「じゃあこれは?」

「それも残します」

「……おい、捨てる気あるのか?」

 俺は遠い目で彼女を見つめた。10年前と変わっちゃいねえな、本質的には。ちっとは面倒見ないと本格的に問題が出るだろう。

「私もそう思うんですけどねー、中々踏ん切りがつかなくて」

「そうか。んなこと言ってたらゴミ屋敷に、ん?」

 ふと、俺は机の上にある写真に目をやった。そこに写っているのは1人の娘と1人の羽織を着た男である。娘はナズナだろう、しかしこの男は誰なんだ? 俺は彼女に尋ねた。

「この写真、写っているのはあんたと誰だ?」

「ああ……それですか。この人はトウサって研究者です。昔私が研究者を目指していた頃に師事していました。相当な有名人だったからテンサイさんでも知ってるはずですよ」

「……有名人、なあ」

 これが俺か。彼女と写っているということは、失脚する前か。世間的には失踪を通り越して死亡扱いだから、遺影と言っても差し支えあるまい。しかし、写真の俺は腕組みしてよそ見と、かなり不機嫌だな。俺は元々写真嫌いだから無理もないが。

「そのトウサって奴は、確か随分前に失踪したらしいな。確か弟子を殺害したという疑いがかけられていた。こんな写真を飾るってことは、もしかしてあんたは関係者か何かか?」

「ご名答! 私こそトウサさんの一番にして唯一の弟子なんですよ。ものすごく嫌がられましたが、毎日頼み込んで助手にしてもらいました。口では煙たがってましたけど、みんなから照れ隠しだと言われてましたよ。……だからこそ分かるんです、あの人が私を襲うはずがないって」

 ナズナは胸を叩いて答えた。叩いたところで何かが揺れるということは微塵もない。だが、こうもよいしょされるとますます正体を明かすわけにはいかねえな。それと同時に、俺は改めて自らの大罪を悔いた。くそっ、俺はこのような若者を攻撃したと言うのか! そのことを考えると、自然に口が動いていた。

「ふん、大した信頼だな。……すまない」

「え?」

「は、話しづらい内容だったからな。聞かない方が良かったろ?」

 俺は適当にごまかした。ごまかしたとは名ばかりで、目が泳いでいる。まあ、幸いにも彼女は気分良く話しているから気付かなかった。

「そんなことありませんよ。私、自分のこれまでのことなんて気にしないですから。隠したところでいずれ知られちゃいますしね」

「それは良い心がけだ。それだけしっかりした芯がある奴は早々いない。姿をくらましたトウサって野郎にも言い聞かせてやりたいぜ、ははは」

 俺の乾いた笑い声が部屋に響いた。まったく、実に哀れじゃないか。本当に、今の言葉はこたえるぜ。俺も全てを打ち明けられるくらい強くならねえとな……。

 さて、しみったれた話題はここまでだ。俺は半ば逃れるように声を張り上げた。

「さてと、やるならさっさと掃除するぞ。早くしねえと手遅れになるからな」

「はい!」

 俺とナズナは、再び捨てるものを選別するのであった。今日は長くなりそうだぜ。


・次回予告

学校主催でパーティーをすることになった。本当は対戦の研究をしたいのだが、ナズナに誘われ渋々ついていくことに。だが、まさかそこであんな機会を得られるとは。次回、第29話「とんでもないプレゼント」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.94

掃除は難しいです。中々面白いものではありますが、何かをしないといけない時に限ってやりたくなるのは何故でしょう。


あつあ通信vol.97、編者あつあつおでん


  [No.1041] 第29話「とんでもないプレゼント」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/09/18(Tue) 17:42:55   69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「おお、テンサイではないか。まさか君が来るとはな」

 12月24日木曜、時刻は午後7時を回ったところでシジマ校長が声をかけてきた。舞台は学校1階の多目的教室。多目的教室と言っても、そこらのちんけな代物とは訳が違う。体育館の半分はあるであろう巨大な部屋なのだ。これに倉庫が備わっているのだから恐れ入る。普段は体育や大規模な会議で使われる場所だが、今日に限っては趣が異なる。人は皆華やかな衣装をまとい、ご馳走の香りが漂う。実に非現実的な空間だ。

 そのような場所でも、俺はさらしに着流しだった。まあ、そんなことは問題ではない。俺はシジマ校長のあいさつに返事をした。

「こんばんは、校長。俺もいまだに冗談だと思ってますよ、自分が人前に現れるなんて」

「確かにな。それでも来たということは、彼女の提案だろう?」

「全くもってその通り。留守番のはずが、『暗い帰り道には付き添いが必要です!』とかで付き合う羽目になりましたよ。まあ、内容自体は素晴らしいですが」

 俺はフォローをしておいた。今、この場にいる奴らは現実を忘れている。それに水を差せるほど非情ではないからな。相手にもよるが。

 俺の言葉を受け、校長は上機嫌だ。今日はシワの無い背広を着ているが、そこまで腹部は目立たないな。昔は少したるんでいたらしいが、これも鍛練の成果か。

「わはは、それは良かったわい。主催者になった甲斐があるというものだ」

「……しかし、突然クリスマスパーティーなんてどうしたんです? しかも、こういうイベントにはいるはずの教頭もいませんが」

 俺は率直な疑問をぶつけた。そう、今日はまだあの癪に障る教頭を見ていないのだ。いないならそれで構わないものの、理由が気になるもんでね。

 俺の問いに、校長は胸を張って答えた。

「ほう、やはり気になったか。そうだな、今回パーティーを開いたのは生徒の教育が目的だ。社会に出ても恥ずかしくないようにするために、服装や言葉遣いは普段以上に厳しくしてある。それと、ホンガンジは来れないように計らっているのだ」

「来られない? 厚顔無恥なあの教頭なら、無理矢理でも来て荒らしそうなものですが」

 俺は思わず首をかしげた。一方校長は気にせず続ける。

「ふふ、今回はイッシュ地方への出張を命じておいたから大丈夫だ、『異文化の学校経営の視察』という名目でな。これで年末まで戻ってこれまい」

「そりゃ助かる。どうにもあれは厄介ですから」

 俺は深々と礼をした。まったく、校長の計らいにはいつも頭が上がらねえぜ。

「それは良かったわい。……してテンサイよ、実はお主に良い知らせがあるのだが、聞きたいか?」

「良い知らせ? 給料が増えたとかですか?」

「それ以上だ。……ポケモンバトルのプロリーグがあるのは知っておるな?」

 ふと、校長が気になる言葉を挙げた。「プロリーグ」ってことは、まさかスカウトか? それはねえか。

「ええ、全国各地にありますね」

「そうそう。そのうちの1チームがな、毎年2月のキャンプで我が校の施設を利用することになっているのだ。このキャンプの練習試合に、ポケモンバトル部が参加できるようにしておいた」

「……プロと勝負ですか」

 俺は息を呑んだ。緊張してきたからではない、嫌な予感がしたからだ。万が一注目でも浴びてみろ、瞬く間に居心地が悪くなる。まあ、今は顔に出さず聞くだけだが。

「そうよ! わしが練習に付き合っても良いが、色々忙しいからな。この機会にトップレベルのバトルを肌で感じられればと思った次第だ。是非とも有効活用してくれ」

「もちろんですとも」

 俺は再びお辞儀をした。さてと、こりゃ面倒なことが増えたな。……しかし、これも1つのチャンスにつなげるくらいにしてやるさ。俺はすぐさま頭の中で構想を練りだすのであった。


・次回予告

さあ、今日から1年のスタートだ。今年が飛躍の年になるよう、俺も全力を尽くさないとな。あ、せっかくだから初詣をやっておくか。次回、第30話「新年の抱負」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.95

プロチームのキャンプ、野球以外だとどこでやるんですかね? サッカーは野球と近いとは聞いたことありますが、バレーやバスケットはどうするんだろ。日本国内のみならず、NBA等の海外でも気になる話です。


あつあ通信vol.95、編者あつあつおでん


  [No.1042] 第30話「新年の抱負」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/09/20(Thu) 16:39:46   82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「あけましておめでとうございます、テンサイさん」

「ああ、おはようナズナ先生」

 1月1日、金曜日。いつも通りナズナの家に居候中。彼女は居間で座っている。今日は新しい年の始まりだが、あまり興味はない。だからいつも通りのあいさつをしたところ、ナズナは不服のようだ。

「もう、そこは『あけましておめでとうございます、ナズナさん』でしょう!」

 年の初めから怒られてしまった。しかし、気合い入ってるな。と言うのも、彼女は振り袖を着ているのだ。そいつは深紅を主体に白の線が入っている。……帯のしめ方が少し不恰好だが、言わないでおくか。

「新年早々悪いが、俺にそんな期待はしない方が良いぞ」

「つれないですねえ。あ、そういえば年賀状が来てますよ」

「な、なんだと!」

 俺は2つの点で声を上げた。まず、行方知らずのはずの俺に年賀状が来たこと。次に、年賀状が来るような時間まで寝過ごしたのかということ。だが壁時計を見ても、時間は午前7時前である。これでも十分寝坊だが、常識はずれなほどではなかった。もっとも、そんな事情を露も知らない彼女は怪訝そうな表情だ。

「テンサイさん、そんなに驚くことじゃないですよ。それとも、しばらく年賀状をもらってなかったとか?」

「よ、余計な詮索は無用だ。それより、誰から来たか見せてくれ」

「はい、どうぞ」

 俺はナズナから年賀状を受け取った。枚数は、差出人はイスムカ、ターリブン、ラディヤ、そしてナズナだ。どれもまあまあ……と思いきや、ラディヤのそれだけは次元が違った。すりかえの技によって年賀状を交換しているミミロップという構図で、実に写実的である。もしかしたら手持ちにでもいるのか?

 さて、俺が年賀状を眺めて数秒もしないうちに、ナズナは俺の左手首を握った。そしてこう言い放った。

「それじゃ、行きますか!」

「……初詣か? 昨晩遅くまで年越し番組で笑っていたってのに、元気なこった」

「私はまだ27歳ですからね。ささ、早くしないと人が多くなっちゃいますよ」

 ナズナが腕を引っ張るので、俺は抵抗をやめた。年賀状を机に置き、彼女についていくのであった。

「仕方ねえな、今年だけだぞ」










「今年も元気に過ごせますように」

「……今年も目立たず過ごせますように」

 1時間後、俺達は近場の神社にやってきた。予想通り人でごった返しだ。屋台もあちこちにあり、タンバとは思えない盛況ぶりである。まあ、大半が爺さん婆さんなのだが。

 それはともかく、俺達は今年の抱負、もとい願いを口にした。無論、賽銭など投げてない。あくまで抱負だからな、他人任せにするつもりは毛頭無い。ところが、俺の抱負を聞いたナズナは首をひねっている。

「テンサイさん、それはさすがに難しいと思いますよ。テンサイさんの行動、すごく目立ってますし」

「それは校内での話だろ? 社会的に日陰ならそれで万事良しだ」

 そもそも俺、そんなに目立ってないしな。そう思いつつも人だかりから離れた。そこで、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「あ、先生でマス! 正月からデートなんてお熱いでマスね」

「……ターリブンか、あけましておめでとう。イスムカ、ラディヤも」

「あけましておめでとうございます、先生」

「今年もよろしくお願いします」

 そこにいたのはいつもの面々だった。ラディヤ、イスムカ、ターリブンは俺と対照的にぴんぴんしてやがる。これが年の差というものなのか。い、いかん。しみったれたことを考えるほど、俺は年食ってねえぞ。俺は自らの気持ちを逸らすかのように、3人に問うた。

「いきなりだが、お前さん達の今年の抱負は何だ?」

 俺の問いに、まずはイスムカが答えた。続いてラディヤ、ターリブンも返事をする。

「僕の抱負は、部活も勉強も頑張るってところです」

「私は、どこに出ても恥ずかしくないように精進しようと思っています」

「オイラは彼女を作るでマス。あとは勉強も一番になって部活でも大会を勝ち抜いて有名人になるでマスよ」

「欲張りすぎだ」

 ターリブンの抱負に思わず突っ込んだ。なぜなら、彼の手から1円玉を見出だしたからである。さすがにそれはケチすぎるだろうよ。

 んなことを言い合っていたら、ナズナがある方向を指差した。そこには人が群がっており、周囲の木々には何かが巻かれている。

「はーい、硬い話はそこまで! みんなでおみくじしましょう!」

「くじねえ。ま、気休め程度にやるのも悪くねえか」

 俺達はくじの販売所へ向かい、1人1枚ずつ買った。さあて、俺の今年の評定はどうなんだろうな。


・次回予告

さてさて、筋力アップばかりの訓練に不満がたまってきたみたいだな。そうだな、たまには別のことでもやらせてみるか? 俺も久々に動きたいと思っていたところだし。次回、第31話「体を張れ」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.96

今回の話は冬ですが、書いているのは真夏です。昔の和歌ではありませんが、夏があるから冬の寒さが楽しめるということですかね。


あつあ通信vol.96、編者あつあつおでん


  [No.1043] 第31話「体を張れ」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2012/10/05(Fri) 08:58:31   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「……オイラ、こんな練習ばかりは嫌でマスよ」

 1月15日の金曜日。最早正月など過去の話とばかりに、訓練を続けていた。ちょうど今は休憩中、イスムカとラディヤは水分補給に向かっている。

 そんな矢先、ターリブンが不満を漏らした。ほう、意外と我慢したな。てっきり毎日騒ぐものだと思ってたぜ。まあ、早かろうが遅かろうが認める気は無いが。

「なんだ、音を上げるにはまだ早いぞ。今日のノルマは残っている」

「違うでマス。オイラ達は毎日体力作りばかりで、全然バトルをやらないじゃないでマスか。サファリでも戦術の勉強や掃除ばかりでマス。たまにはそういうのもやりたいでマス!」

 ターリブンは思いの丈をぶちまけた。ったく、分かってねえな。貧弱な体であの訓練をやったらどれほど危険なことか。……いや待てよ。今こそ訓練量を増やす絶好のチャンスだ。俺は不敵な笑みを浮かべながらこう切り出した。

「……なるほど。つまり、ターリブンは今以上に訓練を増やしてほしいというわけか。殊勝な心意気だ」

「え? いやあの、オイラは体力作りの代わりに……」

「お前さんの気持ちはよおく分かった。では今日のノルマを達成したら、追加でやってみるか」

 俺はしてやったりの表情だったに違いない。それとは対照的に、ターリブンの声から力が抜けた。

「トホホでマス……」










「そういうわけだ。今から俺が手本を見せるから、その後お前さん達もやってみな」

 夕方の5時50分。日はほとんど暮れた中、俺はモンスターボールを片手に説明していた。明かりは教室から漏れる電灯だけだ。しかし、あらかじめ予告していたとはいえ、人とポケモンが戦うことに不安があるのだろう。ラディヤとイスムカから声が上がる。

「はあ、了解です。けど先生、大丈夫なんですか?」

「事故でも起きましたら大変ですよ。私達にできるかどうか……」

「なぁに、心配するな。そのために毎日鍛えたんだろうが。それに、ポケモンはじゃれあいで本気を出すことは無い。ちゃんと説明してれば問題ねえよ。では、出番だフォレトス」

 俺は軽くボールを投げ、フォレトスを繰り出した。ボールから出た時点で俺の方を向いているが、これはボールの向きを調整する技術が必要だ。まあ、今は必要無いが。

「フォレトス、今日は久々の訓練だ。遅れるなよ?」

 俺が合図をすると、フォレトスは少し距離を取った。それから、ドラム缶を転がす要領で斜めに回転しながら接近してきた。いよいよだぜ。

「先手はもらった!」

 俺は回転するフォレトスを風に舞う木の葉のごとくかわした。もちろんかわすだけではなく、足払いを仕掛ける。ポケモンの技で言えばローキックに当たる。これで回転が止まったフォレトスだが、次の瞬間飛びつきながら俺の腕にがぶりついた。だが怪我はしてない、あくまで訓練だからな。

「ちっ、むしくいか。ならばこれでどうだ!」

 俺はフォレトスが攻撃してくるのを待った。狙い通り攻めにきたところで、殻を掴む。最後に投げ飛ばせばともえなげの完成だ。フォレトスは体勢を立て直そうとごろごろしている。チャンスだ。

「さあ、最後の一発だ。必殺きあいパンチ!」

 俺は視界からフォレトス以外の全てを排除し、距離を詰める。一方フォレトスは、目の前にリフレクターを張る。俺は壁ごとフォレトスを殴りつけた。ひねりながら突き刺した右腕には痺れを感じたが、支障は無い。

「うむ、そこまでにしとこう。動きは大丈夫みたいだな。……おいお前さん達、何黙っているんだ」

 フォレトスをボールに戻す時、3人が完全に黙りこくっているのに気付いた。やがて、3人は口々に言葉を放つ。

「そ、そう言われても困るでマスよ」

「ポケモンと互角に戦えるなんて……」

「先生、すごすぎます!」

 3人共、反応はばらばらだな。俺は得意げに胸を張る。

「この程度で驚くのはまだ早いぜ。今でこそ科学の力で人は安全に住んでいる。だが、太古の昔はどうだったか? シンオウにはポケモンと人が結婚したという神話もあるが、現実的には生き残るための争いもあったはずだ。ポケモンに負けないための、強い体を持っていてもおかしくあるまい。まあ、それでもポケモンには大きく劣るから知能を発達させたのだろうが」

 そう、俺達が忘れている力を使わなければならない。可能性の枠を打ち破るためにな。俺はそんなことを考えながら、ターリブンを指差した。

「というわけだ、ターリブン。まずお前さんがやれ」

「お、オイラでマスか?」

「そりゃ志願者だからな。さすがにボーマンダやメタグロスでやれとは言わん、俺でも苦戦しちまう。しかし、ハスボーの相手ならできるだろう? ほら、良いところを見せるチャンスだぞ」

 俺は発破をかけた。ターリブンは中々冒険心豊かな奴だ。彼はボールを握り、放るのであった。

「……こうなったらとことんやるでマス! オイラの男気、とくと目に焼き付けるでマス!」


・次回予告

今日は妙にナズナが早く帰宅したな。何か用事でもあるのか? それならいつも俺に連絡しとくはずなんだが、一体どういうことだ? 次回、第32話「サプライズ」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.97

ポケモン世界の人間は結構強いでしょう、スーパーマサラ人にはかなわないと思いますが。しかし、さすがに3色パンチを出せる人は少ないと思います。あれを再現するならどのようにするべきですかね?


あつあ通信vol.97、編者あつあつおでん


  [No.1044] Re: 第31話「体を張れ」 投稿者:リング   投稿日:2012/10/05(Fri) 22:13:19   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


>
> ・あつあ通信vol.97
>
> ポケモン世界の人間は結構強いでしょう、スーパーマサラ人にはかなわないと思いますが。しかし、さすがに3色パンチを出せる人は少ないと思います。あれを再現するならどのようにするべきですかね?
それはもう、戦国無双のごとくブショーリーダーを暴れさせれば……


  [No.1045] 第32話「サプライズ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/10/10(Wed) 13:27:18   82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「む、あれは……」

 寒風吹きすさぶ1月25日の月曜日、夕刻。いつものように訓練の準備をしていた俺は、ナズナが校舎から出る姿を目撃した。彼女は足早に学校を後にし、俺の視界から消えた。

「一体どうしたこった、あんなに早く帰るとは。ミュージカルの部活の指導は休みなのか? いや、それより俺に連絡の1つも無いぞ。今まではそんなことありはしなかったのによ」

 成り行きとはいえ、俺と彼女は一緒に住んでいる。何かあったら連絡するってのは当然のことだ。それをしないということは、厄介事に巻き込まれたのか?

 俺の心配は、訓練にやってきたラディヤの声で少し落ち着いた。

「先生、何をおっしゃっているのですか?」

「ラディヤか。それがな、まだこんな時間だってのにナズナ先生が帰宅していたのだ。何か怪しいと思ってな」

 俺は事情を説明した。もちろん、全ては言わない。この俺がこれくらいで動揺するなどと知られれば、色々不都合が起こるからな。

「そうなのですか。ふふ……」

「おい、何を笑ってるんだ」

 ラディヤは、さも何か知ってそうな笑い方をした。……一体どうなってるんだ。

「あ、失礼しました」

 ラディヤは軽く頭を下げた。ちょうどそのタイミングで、ターリブンが現れた。

「2人共、サボりでマスか? ならオイラだってサボるでマス!」

「うるせえ、サボっているわけじゃねえぞ。ちょっと気になることがあっただけだ」

「先生、ナズナ先生が早くお帰りになったのが気になるそうですよ」

 ラディヤがターリブンに経緯を話した。すると予想通り、ターリブンは冷やかしに走った。

「おお、なるほどでマス。そりゃ嘆くのも分かるでマス、2人は仲良しでマスから」

「こら、余計なこと言ってんじゃねえよ。物事を憶測で判断するのは……」

「じゃあどうしていつも朝一緒に来るでマスか?」

「……詮索は無用だ。訓練のメニューを増やしてやろうか?」

「え、遠慮するでマス」

 うむ、なんとかしのいだな。










「あ、テンサイさんおかえりなさい」

 午後8時半、俺は家に戻ってきた。ナズナの行動が気になるものの、仕事はこなしてきた。さて、早速探りを入れるか。

「ただいま。今日はえらく早いな、熱でもあるのか?」

「違いますよ。今日は色々準備があったんです」

「準備、なあ」

 俺は気の入らない返事をした。彼女は妙にうきうきしている。ダイエットでも成功したのか?

「さあさあ、まずはご飯にしましょう!」

 そんなことを考えながらも、手を洗ってうがいをし、食卓についた。目の前には、彩りこそ鮮やかな料理が並んでいる。

「い、いただきます。……む、これはすごいな」

 俺は若干手を震えさせながら一口食べた。おや、思った以上に上出来じゃないか。昔ナズナに料理を作ってもらった時は飲み込むだけで精一杯だったってのに。月日はかくのごとく人を育てるものだな。

「美味しかったですか? 良かったあ」

 俺の反応に安心したのか、ナズナは深呼吸をした。……腕に自覚はしていたみたいだな。だが、まだ分からないことが残っている。聞かねばなるまい。

「にしても、一体全体どうしたんだ? 今日は記念日でもなければ祝日でもないはずだぞ」

「えっ、覚えてないんですか? 今日はテンサイさんの誕生日じゃないですか」

 彼女の不意の一言に、俺は一瞬思考が止まった。誕生日だと……。そんなもの、最早必要無いと意識してなかったぜ。なにせ祝う奴も、それに応じる奴もいないのだから。もし記憶が確かなら、今日で俺は36になるはずだ。

「……確かに今日は俺の誕生日だ。しかし、どこで知ったんだ?」

「ふっふっふ、秘密です。私にかかればそのくらい難しくありませんよ。それよりこれを……」

 彼女は、どこからともなくラッピングされた箱を取り出した。包みをはがして出てきたのは、一組の衣装だ。上下に分かれており、下は腰と足首をひもで縛るタイプの黒もんぺ。上は着物のようになっており、生地が重なる部分をひもで結ぶ形となっている。上の着物には両脇にスリットが入っている他、大きめのポケットがある。ちょうど俺の好みにぴったりだ。

「ほう、良くできた作務衣だな。アンタが着るというわけではないだろうし、もしやプレゼントってやつか」

「はい、大正解です! 毎日着流しですから、たまには気分転換しませんとね。しっかし、調べるの大変でしたよ、テンサイさんが欲しがっているもの。部員の3人に聞き込んでようやくここにたどり着きました」

 ナズナは胸を張って答えた。あいつら、いつの間にそんなこと話してたんだ。ラディヤの動向が怪しいと思ったら、こういうからくりか。……もっとも、実に久々の贈り物だ。感謝しねえとな。

「なるほど。ありがとな、わざわざ気を遣ってもらって」

「いえいえ、気にしないでください。それより、私の誕生日にもプレゼントしてくださいね」

「そういうことか。まあ、気長に待っててくれよ」

 俺はせっかくなので作務衣を上から羽織り、美味い飯に舌鼓を打つのであった。たまにはこんな日があっても良いな。


・次回予告

時間は年を取るごとに早くなる、俺も例外ではない。遂にプロチームのキャンプが始まったのだ。そこで、交流のために部を代表して選手と勝負することになった。果たして、いかほどの実力なのやら。次回、第33話「プロとの遭遇」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.98

作務衣とは、元々禅宗の僧侶が着る作業着です。甚平に近いのですが、あちらと違って長袖です。色は黒が基本で、出世すると茶色や藍色等も着るとのこと。スリットが入っていて、脇の部分でひもで結んで着ます。私もデニムの作務衣を持っていますが、着心地が良い上にかっこいいですよ。


あつあ通信vol.98、編者あつあつおでん


  [No.1046] 第33話「プロとの遭遇」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/10/11(Thu) 11:22:13   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「では、この1ヶ月間頑張ってください」

 2月6日の土曜日、タンバ学園グラウンド。プロポケモンリーグのキャンプの歓
迎式が行われていた。ちょうどシジマ校長の式辞が終わったところである。天気
は快晴、浜風がなびく。鍛えるには絶好の気候と言えるだろう。

 今回やってきたのは、シンオウリーグのリングマファイターズ。コトブキシティに根を下ろし、地域密着にいち早く取り組んだ球団である。去年はシーズン中の監督解雇を決定したせいか、成績は芳しくなかったようだ。

 まあ、チームの成績なんざ問題ではない。指導を受けるからにはなんだって吸収してやるさ。

「それでは早速、生徒の指導をしてもらいましょう」

 よく見ればシジマ校長、今日は珍しく背広姿だな。……似合わねえ。それはともかく、いよいよプロとの交流が始まろうとしていた。そこに、プロ側のある選手がこう持ちかけてきた。そいつは2メートルはあろう長身で、しかし体格はそうでもない男だ。確か、荒削りながら昨シーズンの新人王になった選手だ。

「了解っ! でもその前に、一度バトルをお見せしたいのですが、よろしいでしょうかっ!」

「それは大丈夫ですよ。誰と誰が勝負しますかな?」

「それはもちろん、僕イケメンとっ! 顧問の先生ですっ!」

 おいおい、この野郎何を言ってやがる。普通生徒と選手が接待の要領でやるもんじゃないのか? 不意打ちに思わず言葉が詰まった。

「お、俺かよ……」

「その通りっ! 生徒より実力ある先生と勝負することでっ! 良いバトルになるのですっ! それが見本となるのですっ!」

 イケメンと名乗る男は声高らかに説明した。こいつ、暗に生徒のこと馬鹿にしてるな。でなけりゃ、生徒が先生に劣るなどと言わねえだろうし。こういう野郎は生かしちゃおけねえ。

「けっ、面倒な話し方しやがる。別に俺は構わねえが、選手生命が縮まっても責任取らんぞ」

「元よりその覚悟ですっ!」

「うむ、決まりですな。イケメン選手、テンサイ、しっかり頼みますぞ」

 交渉成立だ。シジマ校長が促し、俺とイケメンは距離を取った。外野はその周りを囲み、今か今かと待っている。

「準備完了っ! ところで、ここの部員はあれだけですかっ! バトル教室の応募葉書が100枚以上届いているとのことですがっ!」

「ん……ま、まあな、あれだ。ちょっと色々事情があってな」

 どうやら、部がだめになる前に応募したらしい。にしても100人以上いたのか。この学校の生徒が540人程だから、一大勢力だったのは間違いあるまい。まあ、所詮過去の栄光だ。気にせず始めるか。

「じゃあさっさと始めるが、3匹で良いか?」

「よろしいですっ! どこからでもどうぞっ!」

「ふん……どうなっても知らないぞ。フォレトス、仕事だ」

「いきますよマンムーっ!」

 プロリーグのトレーナー、イケメンとの勝負が幕を上げた。果たして、新人王の実力はどのようなものか。

 俺の先発はフォレトス、対するイケメンはマンムーだ。マンムーは地面、氷の固有タイプ構成で、攻撃面で大変秀でている。しかし耐久や素早さも平均点以上はある。最近は「あついしぼう」の特性が発見されて人気が上昇している。毛むくじゃらの体に眼鏡をかけたような目元、氷でできた弧を描く牙が特徴的だ。

「まずはじしん攻撃っ!」

「効かんな、ステルスロックだ」

 先手はマンムーだ。マンムーは後ろ足で立ち、前足で大地を叩きつけた。揺れた地面はフォレトスを襲う。一方フォレトスは、どこからか透明な岩をばら撒いた。これで相手の後続の体力を奪える。

「その程度っ! もう一度じしん攻撃っ!」

 マンムーは止まらない。再び苛烈なじしん攻撃を放つ。フォレトスは今にも倒れそうだが、なんとか凌ぐ。よし、これで俺の勝ちだ。

「残念だが、ゲームオーバーだ。だいばくはつ」

 俺の指示を受けたフォレトスは、まず懐から透き通った石、ノーマルジュエルを取り出した。そして体内から燃え上がり、爆風を巻き起こした。爆発はジュエルに反応してより広範囲に広がり、それこそ一寸先も見えなくなった。

 幾分経ち、爆発と土煙が収まり、辺りの状況がはっきりしてきた。そこにいたのは崩れ落ちたフォレトスと、いまだ立っているマンムーだった。マンムーの足元には、黒こげになった布きれが落ちている。

「なるほど、タスキか。オーソドックスな組み合わせだ」

「見ましたかっ! これで僕が明らかに有利ですっ!」

「おいおい、聞いてなかったのか? あんたは既にゲームオーバーなんだよ。その証拠に……カイリュー!」

 ふん、プロにしては察しが悪いな。俺はフォレトスを引き下げ、代わりにカイリューを繰り出した。よほどのことが無い限り、こいつで勝負が決まる。

「カイリューですとっ! これは僕の勝ち決定っ! マンムーっ! こおりのつぶてっ!」

 いきがるイケメンは指示をするが、マンムーはぴくりとも動かない。数秒後、マンムーは地響きをあげながら倒れこんだ。イケメンはこれに面食らった様子である。

「ななっ! マンムーがやられてしまいましたっ!」

「何度も同じことは言わねえ。カイリューにはしんそくがある。勝負は決まっているのさ」

「ぐぬぬっ! しかしその程度っ! 必殺のレアコイルっ!」

 イケメンはマンムーを引っ込め、レアコイルを投入した。ステルスロックが食い込みつつもお出ましだ。鉄球に一つ目があり、ネジが数本とU字形磁石を2つ備えたのがコイル。これが3匹集まってネジの本数を少し減らしたのがレアコイルである。電気タイプと思われていたが実は鋼タイプも併せ持ち、鋼タイプの複合で唯一耐性が増えている。鋼タイプには珍しい特殊アタッカーの上、特性の「がんじょう」や「じりょく」を持つポケモンの中では速い部類。それゆえ需要はある。だが……。

「大した障害ではないな。カイリュー、りゅうのまいだ」

「隙ありっ! でんじはですっ!」

 カイリューは宙に浮かび、自由気ままな軌跡を描きながら舞った。これを好機とばかりにレアコイルは微弱な電気をカイリューに流し込む。カイリューは痺れ、ゆっくり腰を下ろした。しかし、カイリューの右手にはいつの間にか木の実があった。ふふふ、仕込んだ甲斐があったぜ。カイリューは木の実を口にすると、体の強張りがあとかたもなく消え去った。

「隙ありなのはそっちの方だ。こちらがなんの考えも無しとでも思ったか?」

「ら、ラムの実……っ!」

「カイリュー、じしん攻撃」

 青ざめるイケメンをよそに、カイリューはじしん攻撃を決めた。大地に揺さ振られたレアコイルはひとたまりもなくバラバラになった。レアコイルの特性はじりょくだったか。いや、ステルスロックで頑丈が潰れた可能性もあるか。

 さて、外野共が騒がしくなってきたな。果たして、俺の強さに驚いたのか、イケメンの情けなさに呆れたのか。どちらにしろ、こちらが優勢だ。そろそろ勝負を決めたいところだな。

「さあ、最後の1匹はどいつだ?」

「……ストライクっ! 逆転しますよっ!」

 イケメンは力一杯に最後のボールを投げつけた。出てきたのはストライク、虫タイプのポケモンだ。特性の「テクニシャン」とつばめがえしの相性は良く、このポケモンのアイデンティティーである。他にもとんぼがえりやカウンター、きしかいせいにつるぎのまい等、からめ手も豊富。初心者からベテランまで扱いやすいのは間違いないな。捕まえるのはやや難しいが。とはいえ、ステルスロックが刺さって既に息切れしてるな。タイプ相性を受けるステルスロックは、最大半分もの体力を奪う。使われなくて良かった。

 さあ、これが最後の対決だ。幸いカイリューはまだ無傷、負けはない。

「でんこうせっかっ!」

 動いたのはストライクだ。残像ができる程の速さで接近し、自慢のカマを振るう。だがしかし、カイリューの特性はマルチスケイルだ。体力満タンならダメージが半減されるこの特性のおかげで、テクニシャンの補正が入った技とて痛くない。

「それで終わりか。ならこちらも終わらせよう。げきりん!」

 俺は声を張り上げた。カイリューは瞳に炎を宿し、ストライクを殴り飛ばす。これぞ必殺の一撃。ストライクは地面に打ちつけられ、それで終わった。

「あ、あがが……」

 誰の目から見ても、どのような結果かはっきりしていた。それはイケメンも同じようで、歯をガタガタさせ、呆然としながらストライクを眺めていた。ついでに、外野も全員息を止めたかのように沈黙している。

「よし、良い勝負だった。さすがプロ、一歩間違えれば危なかったぜ」

 そのような状況で、俺は世辞を言いながら一礼してカイリューをボールに回収するのであった。


・次回予告

今日は何かの行事があるらしい。これは学校とは全く無関係のものだが、大抵校内でことが運ばれる。今年はちょうど休日と重なるから縁遠いはずなのだが、キャンプの見学で校舎は賑わっている。さて、何が起こるかな。次回、第34話「サングラスは舞う」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.99

今日のダメージ計算は、レベル50、6V、

 フォレトス意地っ張り攻撃素早252HP4@ノーマルジュエル
 マンムー意地っ張り攻撃素早252HP4@タスキ
 カイリュー陽気攻撃素早252HP4@ラム
 レアコイル控えめHP特攻252素早4@進化の輝石
 ストライク陽気攻撃素早252HP4

まずマンムーの地震2回を、やや低い確率ながらフォレトスが耐えます。返しのジュエル大爆発は確定でマンムーのタスキを発動させます。カイリューの神速はこおりのつぶてより優先度が高いので必ず先制。竜舞からの地震でレアコイルは確定1発。そして逆鱗でストライクを確定1発。

カイリューは圧倒的ですね。パーティの中でもあまりに飛び抜けてます。


あつあ通信vol.99、編者あつあつおでん


  [No.1047] 第34話「サングラスは舞う」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/10/12(Fri) 11:24:24   77clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ありゃ、とんでもない人だかりだな。休日だってのに」

「やっぱり、プロの選手を間近で見たいんでしょうね」

 2月14日の日曜日、昼下がり。俺とナズナは職員室でグラウンドを眺めていた。プロチーム、ファイターズのキャンプも中盤戦。生き残りを目指す選手達が、休日返上で練習している。俺達と一緒だな。彼らの周囲には大勢のファンや生徒がおり、出待ちでサインを狙っているようだ。まあ、そんなことはどうでもいい。

「こっちはこっちで妙に注目されるし、気が休まらねえよ」

 俺は近くにある新聞に目をやった。そこにはこう書いてある。「ダークホース現る:昨年新人王のイケメン選手を、まるで赤子の手をひねるがごとく破ったテンサイ氏。各球団はその存在を把握してなかったようで、その実力を垣間見ようと躍起になっている。チャンピオン以上と絶賛する評論家も少なくない。まだまだ未知数な部分はあるが、今秋のドラフト会議では注目を集めるかもしれない」……こいつら、俺の正体を知ったら掌返しするんだろうな。全く、本人のことも考えてほしいもんだ。まあ、メディアにそんなこと期待するだけ無駄だが。

「それもそうですね、私も落ち着かないですし。まあ、これ食べてリラックスしてくださいよ」

 そう言って、ナズナはかばんから包みを取り出した。甘い匂いがするな。見るまでもなく中身が当てられるぜ。

「菓子か。一体どういう風の吹き回しだ?」

「いやですねえ、とぼけちゃって。今日はバレンタインデーじゃないですか。たくさん作ったからおすそ分けです」

「そういうことか。なら遠慮なく頂こう」

 俺は包みを受け取り、中にある菓子を一口食べた。チョコレートでコーティングしたクッキーという定番ものだ。所々苦味があって甘味が際立つ。この感じだと、チーゴでも使ったか。たまにはこうしたものも……。

 その時だ。職員室の外から一通りではない怒鳴り声が聞こえてきた。甲高い男の声で、確かに聞き覚えがある。

「この声はまさか……」

 俺はすぐさま廊下に飛び出した。左右を確認すると、左側に人だかりができているのが見えた。中心にいるのは1人の生徒と1人のおっさんである。生徒の手には何かあるな。

「ほーほっほっほ、私にぶつかるとは良い度胸してるじゃない」

「す、すみません」

「あなたねぇ、謝って終わるなら警察は要らないのですよ? 私が満足するまでいたぶっちゃいますからね」

「きゃあっ……」

 あれはラディヤ! そして教頭のホンガンジじゃねえか! あの野郎、因縁なんかつけやがって。しかも、今まさに殴ろうと腕を振りかぶってやがる。そうはさせるか!

 ホンガンジの拳はうなりをあげながら振り下ろされた。鈍い音が響く。だがしかし、ラディヤには命中していない。何かが落下したような乾いた音が聞こえ、不意に視界が明るくなる。何かが俺の頬を流れる。何があったかは、まあ分かるだろ。

「……あら、私の邪魔をする奴がいるとは驚いたわ」

「はっ、驚くことはねえさ。生徒の身を守るのは当然だからな」

 不機嫌そうにしわを寄せるホンガンジに対し、迷うことなく答えた。これを受け、ホンガンジの眉間のしわはますます深く刻まれる。

「……ふーん、お涙頂戴の典型みたいな台詞ね。私、そういった偽善者が大嫌いなの。特に、あなたみたいな顔の奴はね」

「おやおや、こいつはとんだとばっちりだぜ。俺のそっくりさんに痛い目遭わされたりでもしたのか?」

「……やはり忘れたみたいね。これだから偽善者は困りますわ」

「おい、てめえ何のことを言ってやがる」

「ほーほっほっほ、何でもありませんわよ。さて、愚か者テンサイに告げましょう。私に歯向かったこと、いずれ後悔するでしょう。しかしその時謝っても許してやりませんからね、覚悟しなさい。ほーほっほっほ!」

 ホンガンジは、まるで宝を得た山賊のごとく上機嫌になると、意気揚々とその場を離れるのであった。ったく、何様のつもりだあの野郎は。しかし、一部俺のことを知ってるかのような口振りだったのが気になるな。まあ、今はそれより確認だ。

「大丈夫かラディヤ」

「は、はい。先生こそご無事……ではありませんね」

 ラディヤは息を呑んで指摘した。俺は顔を触ってみると、手が血で染まった。彼女をかばう時に殴られたわけだが、額でも切れたのだろう。これは若い女子には刺激的かもしれないな、なだめておこう。

「気にするな、かすり傷だ。部の貴重な頭数を失うのに比べれば、どうってこたあない。つばでもつければすぐ治るさ、はっはっはっ」

 俺は朗らかに笑って見せた。笑うと実に気分が良いな、痛みもどこかに飛んでいく。

「……はい。サングラス、落ちてましたよ」

「な、なんだと!」

 そんな時間も束の間、ナズナが俺にサングラスを渡した。言われてみれば、視界が黒くないじゃないか。俺は表情を凍らせながら、すぐにサングラスをかけた。

「これは不覚だった、顔を見られちまったとは」

「……お顔を見られると何か困るのですか? たいそう凛々しい顔立ちですから、隠す必要は無いと思いますが」

 ラディヤが疑問を投げかけた。顔の評価はともかく、急いでこの話題を切り上げねば。

「……まあ、大人には色々事情があるのさ。俺の腑抜けた顔のことは忘れてくれ、分かったな」

「わ、分かりました」

 ふう、ようやく一段落ついたぜ。なんとなくナズナの視線が気になるものの、蒸し返すのは危険だ。しばらく黙って仕事するか。俺は手拭いで顔の血を拭き取ると、静かに職員室に戻るのであった。


・次回予告

当たり前のことだが、プロは勝つことが仕事だ。勝利程、人の心を揺さぶるものは無いからな。当然、様々なノウハウがあって然るべきである。団体戦は専門外だからな、しっかり学んでおこう。次回、第35話「まるで盆踊り」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.100

普通、こういうことがあったら警察沙汰なのですが、ポケモン世界ですからね。あの世界の悪の組織を、警察が捕まえた試しはほとんどありません。例外はギンガ団とハンサムですが、それでも人員はたったの1人です。「謝って終わるなら警察は要らない」という台詞はある意味、ポケモン世界の警察に対する皮肉なのかもしれませんね。


あつあ通信vol.100、編者あつあつおでん


  [No.1050] 第35話「まるで盆踊り」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/10/17(Wed) 13:15:32   79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「なるほど、時にはベンチから指示を出すというわけか」

「ええ、そうなんですじゃ。選手は血気盛んな者ばかりだから、わしら年寄りが遠くから状況を見ることも必要なのです」

 2月22日の月曜日、午後5時頃。俺は部活の指導をしながら、ファイターズの監督と話をしていた。ファイターズ側は既に今日の練習を切り上げ、残った選手の何人かが部員達の面倒を見てくれている。だから俺は監督、テンプル氏からノウハウを聞いているというわけだ。

 にしても、指示をするってのは面白いやり方だな。俺は1人のバトル以外を全く知らないから、そのノリで指導をするところだった。となると次は、これをどうやるかが問題だ。

「指示を下す、それは有効だな。しかし、当然相手に感づかれる可能性もあるわけだよな」

「ええ、そりゃもちろん。そこで役に立つのがサインですじゃ」

「サイン?」

 一瞬三角形が頭に浮かんだが、さすがに違うよな。俺は監督の話に耳を傾ける。

「口にしなくとも、こちらの意図を伝える手段はいくらでもありますわい。いわゆるボデーラングエジというやつものが、主に使われますぞ」

「ボディーランゲージのことか。……ん、例えばポケモンを媒介に意思疎通を図ることはできないのか」

「それもできますじゃ。ただし、試合で使えるポケモンは諸々含めて6匹まで。戦力を割いてまで伝達に使おうとは思う者はそういませんぞ」

 テンプル氏は懐からルールブックを取り出し、ある部分を指差した。なになに、「いかなる理由であれ、試合中に使用できるポケモンは6匹までである。また、バトルで使用したポケモンを他の役割に使用することはできない。その逆も然りである」か。ふむふむ、中々厳格だな。まあ、どんなポケモンが何をしたかなど、今時調べればすぐ分かる。ルールとしては生きているようだ。

「そんなルールがあるのか。じゃあ普段はどうするんだ?」

「それはですな、例えば……ホイッ!」

 急に声を張り上げたと思ったら、監督は全身を使って動きだした。

「ヤッタッタ! ヤッタッタ! ヤッタッターノッホオーイホイッ! ……このような形が我がチームのサインですぞ」

「あ、ああ。なるほど、こりゃ中々……熱血だな」

 俺は適当に返事をした。こりゃあれだ、盆踊りみたいなフォームだったな。あんなの見せられたら、敵味方共に集中できねえに違いない。

「そうでしょう。テンサイ殿も取り入れると良いですぞ。やり方は様々ですが、多くの学校がやっていますからな」

「そうだな、是非そうさせてもらおう。貴重な提言、感謝します」

 俺は監督に一礼をしながらもこう思うのであった。……さすがに盆踊りはやらないがな。


・次回予告

短い間だったが、遂にキャンプの引き上げの時がやってきた。この1ヶ月でどれほど変わったか、ちょっとポケモン見せてみな。む、これは進化か……。次回、第36話「成長の跡」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.101

よくよく考えたら、口頭で指示を出したら相手に簡単に対応されてしまいます。ゲームとしたらそれで良いのですが、現実的には無益な行動です。他のスポーツではその辺どうなのでしょうか。

あつあ通信vol.101、編者あつあつおでん


  [No.1052] 第36話「成長の跡」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/10/18(Thu) 12:07:25   69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「この1ヶ月、実に有意義な練習ができましたぞ。今年は優勝できるかもしれませんな」

「それは良かった。我々タンバ学園一同も、応援させてもらいますよ」

 2月28日の日曜日、朝。さすがにこの時期になると寒いとは思わなくなる。風も南のものが多くなり、道端にはどこからかハネッコが舞ってきている。冬の終わりは近い。

 さて、今日は日曜日だが俺は生徒達と学校に来ている。キャンプに来ていたファイターズの撤収に立ち会っているというわけだ。シジマ校長とテンプル監督のおべんちゃらを聞いてから選手を見送る予定だが、ここで流れが変わってきた。きっかけは監督である。

「ありがとうございますじゃ。して、子供達はどれくらい育ちましたかの?」

「子供達とは、部員のことですか?」

「それですじゃ。『教えることは学ぶこと』という金言があります。これは逆に言えば、子供達の育ち具合は自らの成長を確認する指標になるのですぞ」

「なるほど、そういうことですか。では、その点についてはテンサイに話させましょう」

 校長は不意に話を振った。おいおい、いきなりかよ。こう言ってはなんだが、あいつらはあまり成長していないと思うんだよな。まあ、お互いの顔に泥を塗るわけにもいかねえ。上手いこと乗り切るか。

「分かりました。おいお前さん達、こっち来てポケモンを出しな」

 俺は生徒の中から3人を呼び出した。いつもの面々は俺達の近くに歩み寄り、ボールを投げる。イスムカのトゲピー、ラディヤのキノココ、ターリブンのメタグロス、ボーマンダ、ハスボーの揃い踏みだ。

「さて、ここには5匹のポケモンがいます。内訳はメタグロス、ボーマンダ、ハスボー、キノココ、トゲピー。この中で1匹、今から進化します」

 俺が宣言をした直後、ハスボーの体が光に包まれ始めた。周囲の歓声の中、ハスボーはその姿を著しく変化させ、光は収まった。ほんのり赤く染まった口元と爪、子供と間違えそうな直立二足歩行が特徴的である。これはようきポケモンのハスブレロだ。

「進化したのはハスボーでした。では次に、ある技を見せましょう。キノココ、ちょっとあの技を頼むぜ」

 俺はキノココにジェスチャーを送った。少し考えて、キノココはトゲピーにわずかながらの粉をふりかける。トゲピーはこの不意うちに飛び跳ねたが、すぐに寝息をたてて眠ってしまった。よし、上手く指示が通ったな。

「今使ったのはキノコのほうし。この技を使えるのは強いキノココのはず。つまり、成長した証拠に違いありません」

 キノココは以前からこの技を使えたが、その点について触れてはいけない。突っ込まれる前に話を終了に持ち込むとしよう。

「このように、皆さんのご指導の甲斐あり私達は大きくなれました。感謝の言葉もありませんが、この場を借りてお礼申し上げます」

 俺は深々と頭を下げた。個人的な意見ではあるが、今年の成績はだめだろうな。これからチームの主力になろうって奴が素人の俺に完敗するのだからな。まあ、そんなことはおくびにも出さないが。

 しかしながら、どうやらあちらさん達は俺の言葉に燃えてきたようだ。監督は胸を叩き、こう叫ぶのであった。

「うむ! それなら安心ですじゃ。皆の衆、今季はやりますぞ、覇権奪回!」

「……期待していますよ」

 ま、たまには新聞で結果を見てみるとするか。


・次回予告

さて、色々あった2月も終わったわけだが……あれを忘れてるみたいだな。色恋沙汰にうつつを抜かし、部活に精を出したのは結構。しかし、これだけはやってもらわねえとな。次回、第37話「年度末の試練」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.102

今回は極端に短かったです。あんまり大事な話ではないのでぱっぱと進めました。やはりメリハリつけた方が、書く側からすれば楽できます。


あつあ通信vol.101、編者あつあつおでん


  [No.1056] 第37話「年度末の試練」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/10/22(Mon) 09:03:35   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「……ほらよ、まだまだあるぜ」

「げっ、まだあるでマスか! しかもこれ、英語や古典もあるでマスよ。オイラは数学の勉強をしているはずでマス!」

 3月2日の火曜日、夕刻。明日からの試験に備え、俺はイスムカとターリブンに付きっきりで指導していた。ラディヤ? 彼女はその成績に免じて自由にやらせているさ。あの内容で満点を連発するんだ、わざわざやらせる必要もあるまい。

 そういうわけで、俺は次から次へと基礎問題をやらせていた。彼らは不平をこぼすが、全く意に介さない。

「知らんがな。同じ勉強に変わりないだろ? もっと大きく物事を捉えるこった」

「でもどうして他の教科をやらせるのですか? 例えば化学だけ勉強するといったことはだめなんですか?」

 イスムカ、中々良い質問だ。その気付きをバトルでも活かしてくれれば助かるのだがな。まあ確かに、一見すれば非効率なやり方だ。しかしちゃんと狙いはある。

「ああ、それか。……お前さん達は、『成功しかしたことない人』に魅力を感じるか?」

「あんまり感じないでマス。なんだか嘘臭いでマスよ」

「なるほど。じゃあ『失敗しかしたことない人』は?」

「うーん、その人次第だと思いますよ。けどたまには上手くいかないと面白くないですね」

「うむ、全くその通り。成功の裏に失敗があるからこそ人に厚みが出る。それと同じで、様々なものに触れることが大事なのだ。どんなものでも尖らせたら凶器にもなるが、角を削れば転がってどこにでも行ける。自由になるとはこういうことを言うんだよ。学校は単に勉強ができればいいわけじゃなく、バランスの取れた力を育てる場だからな」

「……オイラ、よく分からないでマス」

 俺の発言に、ターリブンは首をかしげた。イスムカは空気を読んで何度かうなずくも、その表情は冴えない。ま、やらされているうちは分からんだろう。それでも、必ずこの意味を噛み締める時が来るはず。それに期待するとしよう。そういうわけで、俺はこう言って話を切り上げるのであった。

「ふっ、すぐに理解できなくても良い。これからたくさんのことを経験して、少しずつ知っていけば十分だ。その一環としても、しっかり勉強するんだぞ」











「さて、そろそろ始めるぞ。各自抵抗を止め、速やかに準備しな」

 翌朝。試験初日につき、生徒共は浮き足立ってる。学習しねえ奴らだ、もう5回目のはずだぞ。

 俺が生徒を凝視していると、イスムカとターリブンの会話が耳に飛び込んできた。

「……今回、もしかしたらいけるかもしれないでマスよ」

「へえ、こんな時でも冗談を言えるようになったんだ」

「冗談じゃないでマス! なんだか教科書の問題が解けるようになってきたでマス。こりゃイスムカ君には勝てるでマスよ」

「言ったなー。よし、なら今回は真剣勝負だ」

 おいお前達、試験前に騒ぐとは良い度胸だな。俺はサングラス越しに眼光を光らせた。彼らを黙らせるにはこれで十分である。俺は速やかに問題を配り、試験開始を宣言するのであった。

「……時間だ、健闘を祈る。初め!」


・次回予告

今回の試験もひどいもんだった。3回も同じ結果だと、これに関わる奴ら全員うんざりだろう。だが朗報もあった。これはもしや……。次回、第38話「因果応報」。俺の明日は俺が決める。


・1学年末試験
 年 組 氏名

 1:以下の問いに答えよ(各5点)。
 (1)a^2+7a+10をa+2で割った商Qと余りR
 (2)x^2−2x−1で割ると商が2x−3、余りが−2xになる多項式
 (3)3/x(3−x)+x/3(x−3)
 (4)1−1/{1−1/(1−x)}
 (5)(k+1)x−(2k+3)y−3k−5=0が、kの値に関わらず成り立つx、yの値
 (6)x+y=1を満たすにx、y対して、常にax^2+by^2+cx=1を満たすa、b、cの値
 (7)(x+2)^2+(y−3)^2=0を満たす実数x、yの値
 (8)a>0、b>0、ab=12の時、a+bの最小値

 2:(10点)a>0、b>0の時、a+b/2≧√abを証明せよ。また、等号が成り立つのはどのような場合か。

 3:(15点)x^4+x^3−x^2+ax+b(a、bは実数)が、ある二次式の2乗になる時、定数a、bの値を求めよ。

 4:(15点)a≧2、b≧2、c≧2、d≧2の時、abcd>a+b+c+dが成り立つことを証明せよ。

 5:(20点)正の数a、b、cについて
 (1)a+b=cならば、a^2+b^2<c^2であることを示せ。
 (2)a^2+b^2=c^2ならば、a^3+b^3<c^3であることを示せ。


・あつあ通信vol.102

今回テンサイさんが言った「尖らせたら〜」の下りはツイッターで散々BOTにつぶやかせていました。ようやく使う機会が巡ってきてよかったです。


あつあ通信vol.102、編者あつあつおでん


  [No.1057] 第38話「因果応報」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2012/10/23(Tue) 09:13:13   74clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 さて。試験は前日に終了し、授業のない先生方は採点に追われている。俺の担当である数学は初日からやったから、既に結果は出た。それをこれから返すわけだが……相も変わらず騒がしい奴らだ。

「ああ……オイラ今回はできた気がしないでマスよ」

「試験前にあれだけ自信あったのによく言うよ。僕も相変わらず赤点が怖いけど」

 やれやれだぜ。毎度のごとく、俺は2人をたしなめた。

「イスムカ、ターリブン、静かにしな。ではいよいよ返すが、今回はこのクラスで一番だった奴の答案を先に渡そう」

 俺の発言に、クラス中はどよめいた。普通は出席番号順だが、今回は中々面白い事態になったからな。勝者を称える意味も込めてこういう手法を取ってみたのだ。

「そいつは俺が希望する最低ライン、60点を大きく下回る。だが成長したのは間違いない。その証拠に、基礎的な部分の得点率が大幅に改善されていた」

 俺はイスムカとターリブンの目の前に立った。この2人は隣同士の席なのだ。周囲が沈黙し、誰に最初に手渡されるかを注視している。

「今回のトップ、それはターリブンだ。皆、拍手!」
 俺は解答用紙を力強くターリブンに返却した。その瞬間、拍手ではなく感嘆の声が響き渡った。そりゃそうだろうな、今まで赤点の常連だったのだから。もっとも、当人が一番意外に思っているようだが。

「お、オイラでマスか! おかしいでマス、これ49点しかないでマスよ!」

「そうだ、ターリブンの結果は49点だ。逆に言えば、残り29人全員はこれ以下だな。もっと正確に言えば、40点以上はターリブンだけだが」

「えっ、それじゃもしかして今回は……」

 イスムカはいち早く気付いたのか、声をあげた。

「鋭いな、イスムカ。予想通り、今回の赤点の人数は末恐ろしいレベルだった。今までは30点代後半が平均だったが、今や言いたくもねえ。その中でターリブンが抜け出したわけだ、これを誉めないわけにはいかまい」

「……それは嬉しいでマスが、なんだか物足りないでマス。一番になるならもっと良い結果を出したかったでマスよ」

 ほう、ターリブンらしくない発言だな。少しは勉学に執着が生まれたか。

「ふっ、そう言えるようになったなら上出来だ。なら次は、学年トップを狙うこった」

「そ、そうでマスね。オイラ、勉強でも一番になるでマス! ……あれ、学年トップは確か……」

「さあ、さっさと解説始めるぞ。全員ペンを持って構えろ」

 ターリブンが余計なことを考える前に、俺は説明を始めるのであった。今は上を目指すだけ、誰がトップなのかなど気にする必要がないからな。







・次回予告

さて、春休みがやってきた。いつものように鍛練をこなすつもりだったが、あることを忘れていたな。これからのためにも話を聞きに行くか。次回、第39話「獄中の叫び」。俺の明日は俺が決める。


・1学年末試験、解答
 1:以下の問いに答えよ(各5点)。
 (1)Q=a+5、R=0
 (2)2x^3-7x^2+2x+3
 (3)3+x/3x
 (4)1/1−x
 (5)x=-1、y=-2
 (6)a=-1、b=1、c=2
 (7)x=-2、y=3
 (8)4√3

 2:
a>0、b>0の時、√a>0、√b>0だから
(√a-√b)^2
=a+b-2√ab≧0
a+b≧2√ab
よってa+b/2≧√ab
また、等号が成り立つのはa=bの時である。

 3:
x^4+x^3−x^2+ax+b=(cx^2+dx+e)^2(c、d、eは実数)とおくと、
x^4+x^3−x^2+ax+b=c^2x^4+2cdx^3+(d+2ce)x^2+2dex+e^2となる。
両辺の係数を比較して整理すると、
c=1、d=1/2、e=-3/4、a=-3/4、b=9/16またはc=-1、d=-1/2、e=1/4、a=-1/4、b=1/16
よって、a=-3/4、b=9/16またはa=-1/4、b=1/16

 4:
a≧2、b≧2より、
(a-1)(b-1)=ab-a-b+1≧1
よってab≧a+b……1
同様に、c≧2、d≧2より、
cd≧c+d……2
同様に、ab≧4>2、cd≧4>2より、
(ab-1)(cd-1)=abcd-ab-cd+1>1
よってabcd>ab+cd……3

1,2,3より、abcd>a+b+c+d

 5:
 (1)
(右辺)−(左辺)
=c^2−(a^2+b^2)
=(a+b)^2−(a^2+b^2)
=2ab>0
よって、a^2+b^2<c^2。
 (2)
(右辺)^2−(左辺)^2
=(c^3)^2−(a^3+b^3)^2
=(c^2)^3−(a^3+b^3)^2
=(a^2+b^2)^3−(a^3+b^3)^2
=a^2b^2(3a^2-2ab+3b^2)
=a^2b^2{3(a-b/3)^2+8b^2/3}>0
よって、a^3+b^3<c^3。




あつあ通信vol.103

新しいジャンルに進むにつれて徐々に問題が難しくなっていると錯覚する人がよくいますが、よく教科書を読んでください。最初の例題は、手前の文章を読めば誰でも解ける上に解法まで載ってます。最初はこれを真似しながら問題を解くことに集中しましょう。これを繰り返せば上達するはずです。怠けたらどっちみち駄目ですが。


あつあ通信vol.103、編者あつあつおでん


  [No.1061] 第39話「獄中の叫び」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/11/04(Sun) 19:17:34   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「お前さん達、今日はここまでだ」

「おお、珍しく早いでマス」

 3月24日の水曜日、正午前。既に春休みへ突入し、汗ばむ陽気の中でポケモン達と訓練していた。

 そんな日に、俺は切り上げることにした。こんなこたあマーヤ先生の見舞いの時以来だ。思った通りラディヤが尋ねる。

「早いということは、何かあるのですか?」

「ラディヤは察しが良いな。今日はこれからある場所に向かう。弁当食べたら校門で待ってな」

 俺はそうとだけ言い残し、そそくさと荷物をまとめに行った。生徒より遅かったら示しがつかねえからな。









「ここで会う人って、一体誰なんですか?」

「そりゃ今に分かる。少なくとも、イスムカはよく知ってるはずだ」

 しばし時が移り、刑務所の面会室。ここはタンバの山奥にある施設で、ジョウトやその周辺から受刑者が送られてくる。手持ちのポケモンは全て親族や関係者に渡されるため、脱走は極めて困難だ。全く、俺みたいな奴が白昼堂々来るとは皮肉だぜ。

「ほほう、イスムカ君には黒いお付き合いがあったでマスか」

「違うよ!」

「……お、ようやくご到着だぜ」

 他愛ない会話を切り裂くように、ガラス壁の向こう側の錆びた扉が音を立てた。そこから現れた人物に、いの一番声をかけたのはイスムカであった。

「あ、部長!」

「部長、ですか。それはつまり……」

「うむ、そうだな、お互いに説明しておくか。ここに呼んだのはポケモンバトル部の部長だ。去年の事件で他の部員と共に逮捕され、今は収監中。将来を嘱望されていたようだが、これで水泡に帰した。これで間違いないよな、ハーラル君」

「そうです。よくご存知でしたね、報道はほとんど無かったそうですが」

 戸惑う部員達に面会相手の紹介をした。頭は丸め、青と白の横縞というパンツにでも使いそうな柄の衣服をまとう。足元はスリッパ、顔面には丸眼鏡を装備している。その端正な顔立ちには似ても似つかぬ境遇だな。

「なに、これくらいは造作もない。それと紹介しておこう。新たな部員のラディヤとターリブンだ。イスムカは……言わなくても大丈夫か」

「ラディヤです、初めまして」

「オイラはターリブンでマス」

 ラディヤとターリブンは一礼した。なんとなくうやうやしい様子なのは気のせいではあるまい。そりゃ受刑者だからな、顔にも振る舞いにも出さないのは簡単ではない。だがハーラルは意に介さず返事をした。

「ああ、よろしく。私はハーラルだ。それにしても、イスムカはよく逃げ出さなかったね、感心だよ」

「あ、ありがとうございます」

 イスムカは直立不動で声を絞りだした。どうやら、後輩には敬意を持たれているようだな。さてと、掴みはこのくらいで良いだろう。

「……それでは、そろそろ本題に入ろう。去年の事件について、知っていることを全て教えてもらいたい」

「去年と言えば、違法ドーピングのことでマスか? あれは確かもう裁判も終わったって聞いたでマスよ」

 俺の発言にターリブンは首をかしげた。ふん、思った通りだ。事実が行き届いてない。

「おいおいそれだけか、少しは考えてみろよ。違法ドーピングは致命的な重罪、起きただけでも大事件なんだぞ。通常なら判決まで大々的に報道される上に長期化するが、今回は扱いが異常に小さいし早い。何かが裏で動いていると読むのが道理よ」

「あ、それはつまり私達の無実を信じているってことですか? ええと……」

「テンサイ、顧問代理だ。それと、別に無実なんか信じちゃねえよ。だが、扱いがおかしいのは気になる。その辺の裏を探った結果、無実の証拠でも出たら信じてやるさ。だから包み隠さず話してくれ」

 俺は前に乗り出しハーラルに迫った。彼は微動だにしないが、ゆっくりと口を開く。良い肝っ玉してやがる。

「……分かりました。もとより頼れる人はいませんし、ダメ元です。巻き添え食った他の部員のこともありますし。その代わり、分かったことはこちら側にも伝えてくださいね」

「承知した。それじゃどこからでも良いから始めてくれ」

 俺の承諾を確認すると、ハーラルは証言を始めるのであった。果たして、何を聞き出せるかね。


・次回予告

なるほど、これが奴らの知っていることか。鵜呑みにするわけにはいかんが、新聞に載ってない情報が盛り沢山だな。俺の任期は長くない、少しずつ調べるとするか。次回、第40話「真実の原石」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.104

縞パンというものがあることを最近知りました。あれはあれで悪くないですよね。囚人服の例えに使うのはアレでしたが。


あつあ通信vol.104、編者あつあつおでん


  [No.1064] 第40話「真実の原石」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/11/17(Sat) 20:52:13   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


「……私はポケモンバトル部を率いて夏の大会に挑戦しました。目指すは巧技園だけでした」

 ハーラルははまず、自らの事件までの状況を話すことにしたようだ。こんな事件があったというのに、バトルのこととなればどことなく生気が見えるな。

「巧技園か。普段はプロチームの試合場所であり、春と夏の大会の本選が行われる場所だよな。悪趣味な外装に非難が集中したからつたで覆っているのは有名な話だ」

「ええ、それでも私達の目標でした。元々シジマ校長が開いたこの学校は、熱心にバトルを推奨していました。私達も強力なバックアップを受けて順調に育ち、遂にタンバ予選を勝ち上がれるほどになったのです」

「そうだったのですか。……遂に? バトルに熱心なら優秀なトレーナーを入学させれば良いのでは?」

 ふと、ラディヤが疑問をあげた。言われてみればそうかもしれんな。1から育てるのは費用も時間もかかるし、何より成長する保証が無い。こうした問いに、ハーラルは明快に返答した。

「まあそうだよね。でも校長はそういうやり方に大反対で、自前で育てることを原則としていたんだよ。ただし、頭がキレる人はたくさん集めたみたいだよ。『賢い人の伸び代は大きい』ということらしい。実際、主力には進学クラスの奴らが多かった。彼らは推薦で入ってたよ」

「ほーう、つまりそれが進学クラスがあった理由でマスな。ポケモンのやりすぎで馬鹿にならないための措置ということでマスね。進学クラスにバトル部員が集中していたでマスから、逮捕の後はがらがらだったでマスよ」

「おい、僕を見るなよ」

 ターリブンは得意げにイスムカを眺めた。全く、胸を張るほど勉強してねえだろお前さんは。まあ、今はそんな枝葉はどうでもいい。話を続けよう。

「……それで、ようやく日の目を見た育成方針によって、お前さん達は勝ち上がったというわけだ」

「はい。足元もすくわれずに駒を進め、準決勝の超タンバ高校戦にも勝ちました」

「ふむ。ここからが本題だが、どのポケモンを使ったんだ? ついでに、相手の様子も出来る限り説明してくれ」

 ようやく核心に迫ってきた。あの校長や顧問からして不正を許すようなこたあ無いだろうが、それもこの証言ではっきりする。

「そうですね。まず使用ポケモンですが、最初はラグラージでした。相手はケーシィで、こちらはこだわりスカーフを持たせて奇襲させるつもりでした」

「そりゃ中々良い考えだ。『ラグラージは遅いから先手を取れる』という固定観念を持つトレーナーは結構いるからな」

「……ところが、先手を取ったのはケーシィでした。サイコショックを使われ、一撃でラグラージがやられたのです」

「い、一撃? そんなケーシィが……」

イスムカの言葉が止まった。そりゃ、ラグラージほどのポケモンをひねるケーシィなんざ普通有り得ねえからな。ターリブンもこれに同調する。

「イスムカ君の言う通りでマス。ケーシィどころかフーディンがこだわりメガネを持っても余裕で耐えられるはずでマス!」

「そう、あの場にいた人なら誰だっておかしいと気付けるほどだったんだ。ケーシィの目は虚ろだったし体中小刻みに震えていた。後で調べて知ったんだけど、あれは事前に過剰なドーピングをしたに違いない。それでもジャッジは動かない。……だから、こちらも秘密兵器を投入した」

「秘密兵器とは、大層な物言いだな」

「そんなことはありませんよ。私が繰り出したのはピクシー、それも『てんねん』の特性のピクシーです」

 ハーラルは嬉しそうにその秘密兵器の話を切り出した。余程自信があると見えた。……その気持ち、分からなくもない。俺もカイリューには自信があるからな。

「そりゃなんとも珍しい。確か、イッシュ地方のジャイアントホールでたまに出るピッピを進化させる必要があるはずだぞ」

「そう、それほど貴重なポケモンです。話を戻すと、私達は相手のドーピングを特性で無効にしつつ、コスモパワーで守りを固めてアシストパワーで攻めることにしました。これが功を奏したという格好です」

「……でも、逮捕されたでマスよ。しかも試合の1ヶ月以上も後に」

「そこなんですよ。私達は結局次の試合で負けたのでエンジュ園には行けませんでした。それから秋の大会に向けてというところでマーヤ先生は怪我するし、私達は捕まってしまったんです。……裁判では通報者と対戦相手の立場で超タンバの連中が証言してました。『ケーシィの攻撃の威力が全く落ちた上に凄まじい反撃に全滅させられた。ドーピング以外にあり得ない』とね。確かに結果はそれで合ってますが、話をすり替えてましたよ。しかも証人のジャッジは皆向こうに有利な証言ばかり……」

「買収されたか。告発に時間がかかったのは準備をしていたからと見えるな……あんたの言ったことが全て事実なら」

 俺は少しまごついた。はて、この手の話で役に立ちそうな代物は何があったかな。……お、あれがあるじゃないか。

「ところでよ、その試合の録画とかスコアブックは無いのか?」

「スコアブックは押収されたみたいで今はありません。でも、録画なら誰かがしているかもしれません。ちょうどあの試合からテレビやラジオ中継が始まりましたから」

 ハーラルは最後の最後でとてつもなく重要な情報提供をしてくれた。なんだよ、つまりそこら中に証拠が転がってるというわけか。これを審議しなかったのなら、完全にはめられたな。……度は違うが、かつての俺と同じ立場だ。はんっ、これは動かないわけにはいかんな。

「よし、それだけ聞ければ十分だ。これで動くことができる。それじゃ、そろそろ失礼させてもらおう。ある程度目処がついたらまた来るぜ」

「は、はい。よろしくお願いします」

「それでは先輩、失礼します」

「何か入り用でしたら連絡くださいね」

「オイラ達がきっと助けるでマスよ」

「ありがとうみんな。そっちこそ頑張りなよ!」

 俺達は別れのあいさつを済ませると、面会室を後にするのであった。ハーラルも部員達も名残惜しそうだが、今は前を向いて歩くしかないんだぜ、仕切りなしに対面できる時が来るまではな。


・次回予告

月日は経ち、今日から新学期だ。部員達も進級する。さらには新しい顔触れが登場する……のだが、なんだこいつは。次回、第41話「マッドな教師」。俺の明日は俺が決める。

・あつあ通信vol.105

日本には三審制という言葉があります。実際には3回どころか10回以上やっていることもありますが。確か、同じ事件でも裁判所によって扱う内容が違うんですよ。第一審では事実関係、第二審では第一審で確定した事実を前提に別の話といった具合に。うろ覚えなので間違っているかも。


あつあ通信vol.105、編者あつあつおでん


  [No.1068] 第41話「マッドな教師」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/11/20(Tue) 07:42:53   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「お、マクラギ先生いたか」

「そちらは確かテンサイ殿か。私に何か御用かな?」

 4月7日の水曜日、午後。今日は始業式と入学式だけで、昼から生徒は部活や勉学に精を出している。気温も順調に上がり、春風が心地よい。花開いた桜がたなびくのを眺めるのも趣がある。

 そんな中、俺は生物教室に足を運んでいた。新任のマクラギ先生を呼ぶためだ。新任と言ってもヘッドハントされた逸材らしいが。そいつは古ぼけた白衣に上下真っ黒なスーツとズボンを着用している。おかげで、ピカチュウを彷彿とさせるネクタイがよく映える。体型はごくごく平均的だが、首を見る限り鍛えられているようだ。頭髪はスーツと同じ色で、くせが無いストレートである。

「ああ、しばらくしたら会議が始まるから連絡に……何読んでるんだ?」

「これのことですかな。『現代訳シンオウ神話』という本ですが、非常に興味深い内容なのでね。仕事が済んだら読んでいるのですよ」

 俺はマクラギ先生の読んでいる本を尋ねた。一体いつのものか分からない程のハードカバーだが、神話か。俺はどうしても敬遠してたな。単なる物語として見れば面白いのだが、勝手に解釈して物知り顔で語る奴らが多いし。特に物書きには、これを取り入れさえすれば上手い作品ができると思っている野郎がわんさかだ。……おっと、つい熱くなっちまった。俺はマクラギにまた質問をした。

「神話か。つまりマクラギ先生は単なる教師ではなく……」

「そう、科学者なのですよ! これだけの説明で感付く方がいるとは驚きです。ではあなたも?」

 マクラギ先生の俺を見る目が様変わりした。科学しか知らない科学者なんてそうそういないからな。いたところで大成しないわけだが。

「まあそんなところだ。生物の担当ってことは専門もそれなのか?」

「ええ。特に超人力の研究をしていますよ」

 マクラギ先生は胸を張って答えた。……なんだ、俺は何か聞き違いでもしたのか? 全く聞き慣れない語句が飛び出してきたぞ。少しは他分野の勉強もしていたつもりだが、最先端の話題なのかね。

「……超人力? 超能力のことじゃなくてか?」

「超能力ではありません、超人力です。超能力では曖昧な上に語弊がありますので私は超人力と呼んでおります」

「ふむ、なるほど。超人力というからには、人力を超える力のことか?」

「その通り。人の限界を超えた位置にある能力者の存在と、彼らの心身を研究するのが私のフィールドです。これは世界で私だけがしている研究であり、故に世界をリードしているのは私なのですよ」

 マクラギ先生は不敵な笑みを浮かべながら述べた。声は何かを押さえているかのように震えている。オンリーワン、か。しかし、鵜呑みにできる内容ではない。

「……そりゃ、普通信じないからな、そんな力。根拠はあるのか?」

「ふっふっふ、それくらい計算済みですとも。根拠はシンオウ神話にあります。かつて人はポケモンと結婚していたという記述がありますが、人とポケモンの間に子供ができたとしたらポケモンの能力を受け継ぐ可能性もあるはずです」

「しかし、人はポケモンとは……」

「そう、人とポケモンは今でこそ分けられています。しかし、昔からそうだったとどうして断言できるでしょうか? 私は、太古の人はポケモンの一種であったと信じているのです。ポケモンには『タマゴグループ』という、タマゴを作れる組み合わせが存在します。人がそれらのいずれかに属しているとしたら……。それを証明するのが能力者の存在なのです。これらは言わば両輪なのですよ」

 マクラギ先生は表情を変えず、しかし語気を強めながらまとめた。つまり、ポケモンの能力を受け継いだ人の存在が人のポケモンたる所以となる。反対に、人がポケモンの一部ならその能力を受け継ぐってことだな。どちらの証明が楽かと言われたら、前者だろうな。まあ、この考えが本当に成り立つならの話だが。

「にわかには信じがたい説だが、夢があって良いな」

「いやはや、これは夢でもなんでもありません。あなたやあなたの周りにも、能力者がいる可能性はありますからね。もしその兆候が表れましたら、すぐに教えてください」

「それは構わないが、外に漏らすつもりじゃあるまいな?」

「その辺はご心配なく。能力者の存在が世に知られれば、彼らは忌み嫌われ、迫害されるでしょうから。決して能力者は、マイノリティなどではないのですがね」

 ふむ、やはり単なる科学者じゃねえな。自らの研究で見境なくなる男ではなさそうだ。風貌は30手前くらいだってのに、大した奴だぜ。

「おっと、話し込んでしまいました。そろそろ会議に行きましょうかね」

「ああ、そうだな」

 俺は部屋の時計を確認した。会議まで3分か。さっさと行って準備しないとな。俺はマクラギ先生と共に、職員室に急ぐのであった。



・次回予告

おい、こいつぁどういうことだ。あからさまな嫌がらせだろこれ。……いや、そんなのはいつものことだ。ならば平常通り、抜け道を見つけて悔しがらせるか。次回、第42話「働かざる者食うべからず」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.106

皆さんは超能力、あると思いますか? 私はあるとは思いません、少なくとも『自分は超能力を持っているかもしれない』などとは期待できないくらいに。それこそ才能に期待する方がまだマシです。しかしながら現実にはそうした能力者がいることがメディアを通じて知られています(ヤラセ臭いものも多々ありますが)。そういう神秘的な話もポケモンと絡められれば素敵ですよね。もっとも、神話を話の核に置くのは大嫌いなので科学的な面も多いに取り入れたというわけです。その辺については別の機会にでもお話しますね。


あつあ通信vol.106、編者あつあつおでん


  [No.1070] 第42話「働かざる者食うべからず」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/12/01(Sat) 21:26:32   81clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「おい、これは一体どういうことだ」

「あーら、随分でかい態度じゃないの。私がちょっとでも機嫌を悪くしたらどうなるか、分からないのかしら?」

「質問に答えろ。なぜ俺達の部活の予算が出ないんだ。昨年の予算ではちゃんと出ていたと書いてあるのによ」

「鈍いわねえあなたも。昨年のポケモンバトル部の失態への制裁なの、これは。本来なら学校の名誉毀損で訴えても大丈夫だけど、特別にこの程度で済ませてあげてるの。むしろ感謝してほしいわ、ほーっほっほっほ!」

「……ちっ、余計なことを」

「あ、そうそう。制裁はもう一つあって、今年度の公式試合で勝てなかったら廃部ですわよ。せいぜいあがきなさい、ほーっほっほっほ!」










「……というわけだ。学校側からの資金援助どころか廃部の可能性にさらされることになった」

 4月16日の金曜日、夕刻。俺は今朝あったゴタゴタについて3人に話していた。全く理不尽なことだが、このくらい慣れっこだ。俺が普段通りに説明したせいか、どうにも事態の重要性を認識してないな。まあ、廃部のことを言わなかったのもあるが。

「それは大変なことになりましたね。でも、予算って何に使うんですか? 僕達の練習ってポケモンとの取っ組み合いか筋トレくらいじゃないですか」

「まあ、普段はな。だが遠征の費用や訓練の質を向上させるための投資が必要になる。ポケモンに持たせる物も工面しないといけない」

「では自費でこなすというのはどうなのでしょう?」

「それも考えたのだがな、猛反発するのがいたのでな」

 俺はその反対者の方に顔を向けた。ターリブンが熱弁をふるうのが見える。

「オイラ、これ以上支出が増えたら生活できなくなるでマスよ!」

「ということだ。しかし気に揉む必要は無い。金のなる木のありかは掴んでいるさ」

「お、さすが先生でマス!」

 ターリブンの表情はスロットの出目のごとく変化するな。もう少し落ち着きを持ってほしいぜ。

「今から早速全員で行くぞ。ついてきな」










「ようテンサイさん。なんだいそいつらは、隠し子か? 相手はやっぱりナズナさんかい?」

「相変わらずだな、ガッツさん」

 太陽がいよいよ沈もうとしている時分、俺達は学校近くの商店街のある店を訪れた。この商店街には色々あって、創業うん百年の薬屋から各種飯屋、メイドカフェなんてものまである。

 で、着いて早々俺は店長と冗談を言い合った。スキンヘッドに鉢巻き1つ、腕まくりをした深紅のシャツにオーバーオールが異様に目立つ。どことなく土管が似合いそうな雰囲気が出てる。

「誰でマスか? このオクタンみたいな頭の人は」

「おう坊主、今時度胸があるじゃねえか。だが口が悪いのは感心しかねる。よく覚えとけ、俺様は『ボクジョー軒』店長のガッツだ」

 店長のガッツは啖呵を切った。この威圧感は初対面の奴らを縮こませる。3人とて例外ではない。俺は両者の間に入ってガッツ店長の紹介をした。

「ボクジョー軒ってのは野菜や木の実を扱う店でな、他では中々売ってない物が多数ある。ジョウト地方はなぜだか木の実の栽培が行われないから、こういうところで買うわけだ」

「その通り! テンサイの旦那にはいつもひいきにしてもらってるぜ。特に努力値を下げる木の実を大量に買ってもらってるのさ」

「努力値?」

「……それについては後で説明しよう。それよりガッツ店長、今日は注文に来たのだが。これが目録だ」

 俺は懐からメモ用紙を取り出した。ガッツ店長はそれを眺めるなり、腕組みをしてしまった。

「どれどれ。うーん、こりゃ高くつくよ。ざっと10万はかかる」

「構わん。その代わり、増えた分を買い取ってほしい。あと、俺がここに来ていることは漏らさないでくれ」

「ほう、なるほどね。なら、来週には仕入れておくぜ。どーんと俺様についてこい!」

 ガッツ店長は胸を叩いた。そのポーズはさながらケッキングと言ったところか。しかし、有能だから気にならないね。

「そうしてもらえると助かる。……そうだ、ついでにこいつらの紹介をしとこう。右からイスムカ、ターリブン、ラディヤだ」

「イスムカです、初めまして」

「ターリブンでマス。おじさん鉢巻きが似合うでマスね」

「ラディヤです。これからよろしくお願いします」

 3人は頭を下げた。この挨拶に気を良くしたのか、ガッツ店長は

「おう、気持ちの良い若者じゃねえか。俺様はガッツ、覚えとけよ!」


・次回予告

さて、資金稼ぎは様々な方策を取らねばならない。どれかが立ち行かなくなってもリスクを小さくするためだ。だが、そればかりやるわけにもいかない。というわけで、実戦練習もかねて全国のトレーナーと勝負することにしよう。次回、第43話「ランダムマッチ」。俺の明日は俺が決める。



・あつあ通信vol.107

同じ話で何度も場面を変えるのは好きではありませんが、あまりに短いのでつなげました。最初の場面を簡潔に済ませることでなるべくスムーズかつ分かりやすくなるよう配慮しましたが、大丈夫でしたかね。


あつあ通信vol.107、編者あつあつおでん


  [No.1071] 第43話「ランダムマッチ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/12/02(Sun) 16:09:16   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「さて、今日はこれを使っていくぞ」

「これがランダムマッチの施設でマスか……」

 4月18日の日曜日、ポケモンセンター。旅で訪れたトレーナーや、地域住民のたまり場として賑わっている。特に、俺達が今いる場所はな。

 ランダムマッチ、全国のトレーナーと仮想的に対戦をする施設だ。ポケモンセンターの2階で受け付けている。仕組みはポケモン転送システムの応用だ。トレーナーとポケモンをデータ化し、それをやり取りして戦う。バトルの後は始める前の状態に戻り、経験が残る。全く、俺が開発した技術がこうも発展するとは。俺は半ば感心しながら説明をした。

「今年になってできたそうだ。気軽に参加できるフリーと成績が残るレーティングを選べるが、まずはフリーでやってみな」

「先生はどうなさるのですか?」

「俺はレーティングだ。少しやってみたんだが、フリーはごっこ遊びのレベルなんでな。レーティングも似たような状況だが」

「それは先生が強すぎるからじゃあ……」

 イスムカは俺の発言にこう反応した。それにすかさずターリブンが続く。

「間違いないでマスね。少なくともイスムカ君は一生勝てないんじゃないでマスか?」

「それはターリブンも一緒じゃないか」

 ったく、いつも元気な野郎共だ。これから勝負の時間だってのによ。

「おい、そろそろ始めるぞ。まずはラディヤからだ」

「はい」

 ラディヤは、対戦用の椅子に座り、専用のヘルメットをかぶった。椅子とヘルメットはつながっており、ここからトレーナーのデータを読み取るようだ。ちなみに、椅子の右脇にモンスターボールをセットする穴がある。なお、データ化された世界、すなわち電脳世界は各階のモニターに映る。他のセンターのバトルも映されるから、昼夜を問わず対戦を見られるわけだ。

 電脳世界に、データ化されたラディヤがいる。対戦相手もじきに来るだろう。電脳世界と言っても普通の対戦用コートが舞台だ。舞台装置は選べるらしい。そして、外野の俺達も中にいる。俺達以外にも大勢いて、外より活気がある。どうやら、全国のポケモンセンターの2階にいる人間は全員データ化されるみたいだな。正確な表現は無理だが、場を盛り上げるのには良いだろう。

「へえ、こんなかわいい娘が相手かい。嬉しいねえ。あ、オジサンはボルトって名前なんだ。よろしく」

「ラディヤと申します。よろしくお願いします」

 いつの間にか対戦相手が到着したようだ。つなぎの男……ボルト……、あまり見たくなかった奴じゃねえか。少なくとも、向こうは俺を覚えている。まあ、電脳世界のやや崩れた姿では断定できまい。俺は、この時ばかりは性能の限界に感謝した。

「オッケー、挨拶も済んだから始めようか。事前の申し込み通り、1匹ずつのシングルでいくよ」

「はい。では……キノココ!」

「さあ仕事だ、ライチュウ!」

 んなことを考えているうちに勝負が始まった。ラディヤはキノココ、ボルトはライチュウである。

「ライチュウですね。年季が入ってます」

 ラディヤは手始めにライチュウの観察に入った。うむ、教えたことができているな。ライチュウはピカチュウの進化系で、能力はごくありふれたものである。ただし、ピカチュウによる珍しい技の使用報告が多いため、ライチュウ自身も恩恵に預かることができる。電気タイプながらくさむすびを使え、補助技や大技も揃う。最近ではひらいしんの特性を得たらしい。丸まった耳に触り心地良さそうな足、稲妻のような尻尾の先がトレードマークだ。

「キノココかあ。こりゃ油断できないな。まずはみがわりだ」

「タネマシンガンです!」

 勝負の歯車が回りだした。先手はライチュウ、右手に小さな人形を作った。一方キノココは口から拳ほどのタネを連射する。タネは2回当たり、みがわり人形は木っ端微塵である。

「しまった、思わぬ火力だぞ。ならば一気に、わるだくみだ!」

「キノココ、きあいパンチ!」

 ライチュウは悠長に戦うのを諦めたのか、いかにも悪者っぽい表情でわるだくみをした。しかし、キノココにとっては好機だ。……力を込め、形容しがたいところから一発叩きこむ。きあいパンチの威力はVジェネレートや爆発技に次ぎ、もろはのずつきやはかいこうせんに並ぶ威力だ。ライチュウとてひとたまりもあるまい。

 ところが、ライチュウはまだ倒れない。ほう、運が良いポケモンだ。ま、形勢不利なのに変わりはない。キノココはいまだ無傷だからな。めざめるパワーさえなければ余裕だろう。

「……危ない危ない、皮1枚でつながったよ。さて、倒せるかどうかわかんないけど賭けるしかないね。必殺のかみなりだ!」

 ライチュウは一か八か、かみなりを放った。めざめるパワーは無しか。かみなりは、電気のしぶきをあげながらキノココを突き刺す。さすがに半減でも効いてるな。だが、それでも勝利には届かない。

「いいですよキノココ! そのままタネマシンガンでフィニッシュです!」

 ラディヤは勝ちを確信した顔だ。キノココは再びタネを打ちつけた。今度はこらえきれず、ライチュウは地に伏した。その瞬間ジャッジが下った。データ化したから的確な判断を出すってわけか。何はともあれ、ラディヤの勝ちだ。

「……かあー、やっぱり削りきれなかったか。ありがとう、良いバトルだったよ」

「こちらこそありがとうございます。緊張感あるバトルを楽しめました」

 勝負の後は、どちらからともなく歩み寄って握手をした。ボルトはさりげなくハグをしようとするも、上手くかわされている。彼はラディヤにこう切り出した。

「うんうん。……ところで、真後ろにいるおじさんは知り合いかい? さっきからバトルを眺めていたけど」

「あ、先生のことですね。よろしければお呼びしましょうか?」

「いや、大丈夫だよ……。こんなところで見かけるとはね」

「あの、それはどういう……」

 まずいな、完全にばれている。これ以上の長居は無用だ、ずらかるとするか。

「おいラディヤ、そろそろ交代だ。次のバトルの準備をするぞ」

「はい、今すぐ! それではボルト様、お先に失礼しますね」

「ああ。頑張るんだよ、君の先生は天才だからね」

 俺はラディヤを呼び、ヘルメットを外させた。そうしてそそくさと撤収するのであった。これは厄介なことになりそうだ。


・次回予告

さて、ボクジョー軒に頼んだ物がやってきた。資金稼ぎはもちろん、戦力の強化にも欠かせないものだ。これで教頭の鼻をあかしてやるぜ。次回、第45話「金の成る木」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.108

今回はレベル50、6V、ライチュウは臆病特攻素早252、キノココ陽気攻撃素早252で計算。ライチュウのみがわりをキノココのタネマシンガン2発で破壊。その後のきあいパンチも耐えます。ライチュウのわるだくみ雷は高乱数で耐えられ、キノココのタネマシンガン2発できっちりとどめ。

ランダムマッチの仕様を考えるのは難しかったですが、某ゲームを参考にした結果こうなりました。矛盾があってもスルーしてください。


あつあ通信vol.108、編者あつあつおでん


  [No.1073] 第44話「金の成る木」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/12/15(Sat) 18:48:29   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「さ、これが注文したものだ」

「これが能力上昇の木の実かあ」

 4月19日の月曜日、放課後。いつものように部室に集まっていた。ひとつ違うのは、俺が紙袋に入れた木の実を持ってきたというところだ。どれもこれも滅多に手に入らない逸品ばかり。これを見たラディヤはピンときたみたいだな。

「チイラ、リュガ、ヤタピ、ズア、カムラ、サン、スターと勢揃いですね。図鑑でしか見たことがありませんでした」

「スターの実とはかっこいい名前でマス。確か、ランダムで能力が大きく上がるでマスよね」

「そうだ。ガッツ店長が『バトルサブウェイで203連勝して仕入れた物だ、収穫できたら俺様に流せよ!』と言っていた。サンの実も似たような仕入れらしい」

 ……俺も実物を目にするのはこれが初めてなんだよな。まあ、これから見飽きるほどになるわけだが。しかし、こいつらはそれ以外の点に注目してやがる。

「先生物真似上手いですね」

「余計なことを。それより、早速これを植えるぞ。ただし部室の中だ」

「部室の中、ですか? この辺りは日当たりが良いですから外の方が適しているのでは?」

 ラディヤは辺りを眺めた。西日が差し込む部室の隣では、朝日もまた浴びることができる。昼間に至っては言うに及ばず。それでも、何も考えずに植えるのは自殺行為だ。

「全くもってその通りだ、ラディヤ。だがな、あの教頭の存在を忘れちゃならねえぜ」

「あっ、そうでしたね」

「あの教頭は鬼畜でマス。きっと収穫直前の苗を引っこ抜いたりするはずでマスね」

「そういうことだ。幸い、部室の窓は大きい上に南向き。万が一気付かれたなら、授業中は蛍光灯で補助して部活の時間に外で日光浴させて育てるのが良いだろう。とにかく木の実は水と光。水やりを忘れるなよ」

 俺は注意事項を説明し、鉢植えに土と肥料を入れた。これもボクジョー軒から注文したが、ホウエンやシンオウの肥沃な大地に匹敵するものだそうだ。

「はい。それじゃ、日替わりで水をやろうか」

「それが良いでしょうね」

「じゃあ今日はオイラが水をやるでマス」

 こうして、鉢植えにそれぞれの木の実を1個入れ、まずターリブンがジョウロで水をまくのであった。あとは無事に育つのを期待するしかねえな。

「頼むぜ、金の成る木」


・次回予告

忘れてもらっちゃ困るが、サファリでのボランティアは順調だ。せっかくだからここでも木の実を育ててみるか。最近は農園を始めたらしいし、木の実の予備はあるからな。次回、第45話「バオバ農園」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.109

木の実は種から育てるのでしょうか、実を植えるのでしょうか。どちらにしろ、ゲームのように数日で木になる成長の早さは異常ですね。最短クラスの桃栗3年と最長の4日でできる木の実を比べても、約274倍も早い。もし現実に存在したら、アメーバのような質感でしょうね。


あつあ通信vol.109、編者あつあつおでん


  [No.1077] 第45話「バオバ農園」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/12/23(Sun) 20:50:26   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「今日もありがとうございます」

「なあに、お安い御用ですよ。もっとも、部員達はどう思っているか知りませんが」

 4月24日の土曜日、昼。今日はサファリパークでボランティアをした。これを始めて半年は経ち、今では園内の仕事を手伝うことも増えてきた。現在は休憩中。部員達は俺達の目が届く範囲で弁当を食べている。この後は実戦訓練だ。

 しかし、バオバ園長もしっかりしてるな。俺の言葉にこう返してきた。

「それでも結構ですよ。最近では『若者のボランティアを受け入れている』と評判で、教育のモデルケースとして扱われているのです。おかげでここもますます繁盛しています。あ、もちろん皆さんのことは伏せていますよ。こう見えて顔が利きますから」

「なるほど、確かに人が増えている。ですが、それは別の要因もあるでしょう」

 俺は辺りを見回した。園内東側はサファリパーク、ポケモンが潜んでいる場所だ。こちらにも人が来るのだが、近頃では西側がごった返すようになっている。そこには苗や鉢植えが満載だ。

「……さすがに鋭い。ボールの投げ方といい、人並みならぬ力を感じますね。予想通り、事業繁栄は1つの要因だけではありえません。3月から始めた農園が好調なのですよ」

「やはり。どうも敷地が広がっていると思ったぜ」

 俺はうなずいた。以前も草刈りやらをボランティアと称してやっていたが、農地に使うとは意外だったな。いや、サファリパークのことを考えたら自然か? どちらも、人工的な自然という点で一致している。バオバ園長は続ける。

「近郊の住民はもとより、カントーからの栽培委託もしているのですが、『自分で作ったものを食べられる』と好評なのですよ」

「自分で作った、ねえ……」

 俺は皮肉まじりにつぶやいた。人に作るのを頼んで「自分で作った」とは傲慢ここに極まれりだな、自分で植え付けた奴はまだしも。しかしそうだな、丁度良い。ここに保険をかけるのも悪くないな。

「ところで、俺もいくらか場所を借りて植え付けをしたいのですが、構わないですか? 今回は俺個人の頼みなんだ」

「ほう、テンサイ様直々の申し込みですか。もちろん大歓迎ですよ。区画と期間で料金が異なりますので、まずはそちらのご説明からしましょう」

「ええ、よろしくお願いします」

 こうして、俺とバオバ園長の交渉が始まるのであった。……ふむふむ、これは良い条件だな。


・次回予告

雨の日ってのは嫌いじゃない。昔の記憶を洗い流してくれるからだ。しかしこういうことは一向にお断りだな。次回、第46話「相合傘はよそでやれ」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.110

自然自然と言いますが、自然って代物は定義が難しいです。人工的に杉を植えまくった山を自然と言えるのか、ビルにツタを垂らしたら自然と言えるのか。それらはおそらく、コンクリートを植物に置き換えただけの人工的なものなのだと思うのです。皆さんの考えはどうですか。


あつあ通信vol.110、編者あつあつおでん


  [No.1079] Re: 第45話「バオバ農園」 投稿者:シオン   投稿日:2012/12/25(Tue) 22:22:42   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

> ・あつあ通信vol.110
>
> 自然自然と言いますが、自然って代物は定義が難しいです。人工的に杉を植えまくった山を自然と言えるのか、ビルにツタを垂らしたら自然と言えるのか。それらはおそらく、コンクリートを植物に置き換えただけの人工的なものなのだと思うのです。皆さんの考えはどうですか。
>
>
> あつあ通信vol.110、編者あつあつおでん


あつあつおでんさん、はじめまして。シオンと申します。
私のような素人人間&新参者が言えることではないですが、我慢してください。


たしかに自然って定義が難しいです。
おでんさんならされているとは思いましたが、意味について私のほうでも調べてみました。


――――ここから(wikipediaより一部抜粋)

自然(しぜん)には次のような意味がある。

1.人為が加わっていない、あるがままの状態、現象
2.1の意味より、山、川、海など。人工物の少ない環境。自然環境。
3.1の意味より、人間を除く自然物および生物全般
4.1の意味より、ヒトも含めた[1]天地・宇宙の万物
5.人災に対置した天災、あるいは人工造成物に対置した天然造成物を考えた場合の、それらを引き起こす主体

――――ここまで

この意味から考えるとおでんさんのおっしゃる通りビルにツタを垂らすというのは『自然』とは言い難いですよね。
『自然』が失われてる、と色々問題になってますがそれを壊したのは我々人間。
一度開発された土地を元に戻すなんて不可能に近い。
あくまで私の意見になりますが、屋上庭園とかビルにツタを垂らすなどは、そういったことをしてしまった我々のある意味での罪滅ぼしなのかとも思いました。


  [No.1080] Re: 第45話「バオバ農園」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2012/12/26(Wed) 22:20:39   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

シオンさん初めまして、おでんです。感想ありがとうございます。素晴らしいお考えをいただきました。

私も後になってゆっくり考えてみましたが、我々は自然のことを気にしながら生活などしていません。むしろ、ガーデニングなんかをやって「我々は自然を大切にしているぞワッハッハ」と得意になる始末。その裏にどれだけの自然破壊があるのか。自分の目で見て自分で手を下さないとわからないでしょうし、意識しようとすらしないでしょう。そういう意味で、この話は皮肉に満ちた、私の目指すべき小説になったかと思います。まあ、内容は自然とはずれてますが。

それでも、いつかは自然を意識できる人間が増えてほしいですね。


  [No.1082] 第46話「相合傘はよそでやれ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2013/02/12(Tue) 08:24:32   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「おや、雨か」

 4月28日の水曜、午後7時。今まさに帰ろうとしていた俺の頭上から、雨粒が落ちてきた。現在地の学校から家まで幾分距離があり、ともすれば風邪の心配もあり得る。なぜなら傘を持ってないからだ。

「ま、帰って風呂入れば問題ねえだろ」

 しかし、俺の体は頑丈だ。大して考えもせずに歩きだした。4月の末だけあって大分明るいな。風も心地よい。

 と、学校を出た直後。降りしきる雨が何かに遮られた。上を向けば黒混じりの緑の傘、右を向けばナズナがいるじゃないか。確かこの傘は彼女のお気に入りだったかな。それはともかく、この状況は……。

「テンサイさん、一緒に帰りましょう!」

「……それは一向に構わんが、これはやめてくれないか」

 俺は傘から出た。この手の状態は、ちょうど相合傘と呼ぶにふさわしい。俺はそんなものに興味ねえし、あらぬ煙がたっちまう。これについては勘弁だぜ。

「えー、テンサイさんなら喜ぶと思ったのに」

「俺の生活を見てれば大体分かるだろ。相合傘はよそでやってくれ」

 俺はナズナを牽制した。彼女はいかにも不服そうに膨れっ面をするが、すぐさま不敵な笑みを浮かべた。うっ、こういう状況で良いことが起こる試しは無いぞ。

「……ふーん、そうきましたか。そんなこと言っていたら、入浴中に私も入っちゃいますよ」

「よし、帰るぞ。傘に入れてくれ」

「よしよし、それでよろしい」

 俺はさっさと観念して傘に入れてもらった。あー、完全に遊ばれてるな。だが彼女は、やる時はやる。実際、昔入浴中に乱入されたことがあった。だから足蹴にするのも難しい。困ったもんだ。

 さて、俺達はゆっくり家路に進んだ。ナズナの歩くペースは俺の7割程で、俺が合わさねばならない。そんな中、彼女はふとこう切り出してきた。

「ところでテンサイさん、来週末は空いてますか?」

「来週末? 部活が終わった後なら時間がある。……掃除の手伝いならやらんぞ」

 俺は皮肉まじりに切り返した。彼女はまたもふてくされる。

「違いますよ。デートのお誘いです」

 ……デート? いわゆる逢引きだよな。まさかこんな言葉を再び使う時が来ようとは。お天道様も吹き出したのか、雨足が強まってきやがったぜ。

「逢引きだあ? あんたな、ちょっと唐突すぎやしないか?」

「そんなことはありませんよ。私の家にテンサイさんが居候を始めて8ヶ月が経ったのに、まだ1度も遊びに行ってないじゃないですか。たまには息抜きしないと持ちませんよ」

「お気遣い結構。だが、それなら俺1人で遊べばいい話だろ」

 俺は丁寧に断りを入れた。10年以上前には、彼女以外にも様々な奴と遊んだが、今の俺はその輪に入るような立場ではないからな。下手に人目につきたくないのもある。だが、ナズナも食い下がる。

「テンサイさん、さては遊び慣れてないですね? こういうことは1人より2人の方が楽しいんですよ。それとも、私じゃ不服ですか?」

「……不服ではないな。仕事ぶりを見聞きする限り、有能であることは理解できる。うむ、じゃあそうだな、話相手くらいにはなってやろう。場所はそちらに任せる」

 俺は渋々了承した。どのみち、逃れる術はなさそうだと、彼女の目を見れば明らかだしな。それならいっそ、俺にとって実のある時間にしたい。こうした意図を含んだ返事に、ナズナは軽く飛び跳ねた。おかげで雨粒が散る。

「やった! それじゃ、絶対忘れないでくださいよ!」

「ああ。楽しみにしてるぜ」

 俺は手を前に伸ばした。小雨か、帰る頃には止みそうだな。よし、今夜は先々の仕事に充てるとするか。用事ができちまったしな。


・次回予告

さて、逢引きなんて何年ぶりだろな。昔はかなり遊んだ記憶もあるが、もう10年以上前の話。今の手際には疎いから、どうなるかは分からんぞ。次回、第47話「懐かしき話」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.111

相合傘なんて今時いるんですかね? 手をつなぐカップルは見飽きるほどいますが、そこまではいきません。やはり男女の相合傘など漫画のみの存在なのか……。


あつあ通信vol.111、編者あつあつおでん


  [No.1084] 第47話「懐かしき話」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2013/02/19(Tue) 20:56:35   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「お、今日も大入りですね!」

「がらがらの間違いじゃねえのか?」

5月8日の土曜日、午後1時43分。場 所はボウズスタジアムタンバ、多種目 対応の競技場だ。閑散期を減らすため に様々なスポーツや競技を可能にした 結果、プロのトレーニングやアマチュ アの試合等で高い使用率を叩きだす。

そんな場所に、俺はナズナといた。 サファリでのボランティアを終えてか ら駆け足でやってきたのだ。先に到着 していたナズナと合流し、今は試合開 始を待っている。今日はプロポケモン リーグの試合があるそうだ。ナズナは 贔屓チームのユニフォームを着てい る。と言っても、いつもと変わらず赤 いシャツと雲のように白いズボンだ が。彼女曰く、あまりに好きすぎて普 段の服装はこのユニフォームを真似て いるとのことだ。確かに、彼女は毎日 同じシャツとズボンを着ているし、嘘 ではないだろうな。

少々話が逸れた。さて、俺の皮肉に 彼女は笑って返す。

「それは言わないお約束ですよ。こ の、なんとなくまばらに席が埋まって いたら大盛況という状態なんですか ら」

「……あんた、本当にチョウジコイキン グのファンなのか?」

「もちろんです。でもファンだからこ そ現実を直視しないといけませんから ね。球場でフロントを批判して囲まれ たことも何度かありますよ」

「そうかい、そりゃ元気なこった」

俺はなにげなしにスタジアムの中心 部を見回した。試合に出るであろう選 手がポケモンの調整をしている。この スタジアムは野球場を基本としている のだが、一塁側にホームのタンバニョ ロボンズ、三塁側にアウェイのチョウ ジコイキングがいる。俺達は三塁側の 内野自由席真ん中でつまみのバンジピ クルスをかじっているわけだ。応援団 は取り決めにより外野で陣取ってい る。ちなみに、三塁側なのは彼女がコ イキングファンだからだ。

と、ここで俺は今日これまでの中で 感じた疑問を思い出した。年を取ると すぐに忘れちまうのが困りもんだぜ。 また忘れないうちに尋ねとくか。

「ところで、少し気になっていたんだ が……」

「なんですか?」

「あんた、ここに来るまでに随分薬品 を買ったみたいだが、そんなに化学が 好きなのか? てっきりちょうじ……超 能力でも好むものだとばかり」

俺は彼女の脇にある紙袋を指差し た。袋に貼ってある伝票によれば、炭 素、酸素、水素など、基本的な物質の 瓶詰めが入っているようだ。実験の練 習なら学校の備品を使えばいいわけだ から、当然個人的な使用に使うと考え られる。彼女が俺のもとにやってきた 時は無知も良いところだったし、わか んねえな。

そんな俺を見透かすかのように、ナ ズナは胸を張って答えた。

「そりゃもちろん。好きじゃなかった ら先生なんてやりませんよ。もちろん 超能力も大好きですけどね。マクラギ 先生の超人力なんかはロマンがありま すから」

「それもそうだな。しかし、そこまで 執着するには、何か理由があるんじゃ ないのか?」

「当然ありますよ。元々は科学ではな くてトレーナーを志したんですけど ね」

「ほう。せっかくなら聞かせてくれな いか?」

「……うーん、まあいっか。テンサイさ んが食いつくのも珍しいですし」

ナズナは明後日の方向を眺めなが ら、昔話を始めた。口調は、晴れた日 の海のように穏やかだ。

「私ですね、子供の時に家族とポケモ ンリーグを見に行ったんですよ。しか も決勝戦だったから、それはもうすご い人だかりで、はぐれちゃったわけで すよ」

「そりゃ困ったな。どうせ入場券は親 御さんが持っていたんだろうし」

「ええ。それで辺りを歩き回っていた ら……不良に囲まれちゃったんです」

彼女は珍しく表情を強ばらせてい た。ガキの頃経験したものってのは年 とっても忘れないものなんだな。しか し、どこかで見たような話だ。

「その流れだと、人目につかない場所 に連れていかれたってところか」

「またまた鋭いですね。で、林の中で 身ぐるみ剥がされそうになったわけで すよ。抵抗したら襲われて……でもその 時!」

「誰かが割って入った。その人は辛う じて危機を免れた少女をかばいなが ら、チンピラを蹴散らした。こう言い たいんじゃねえか?」

俺は彼女の台詞をそっくり先取りし てやった。何故分かったか、だって? 簡単な話よ、俺は当事者だからだ。 正確には、俺も似たような経験をした ことがあるから。もっとも、俺は助け た側だが。

「よくご存知ですね。じゃあその人の 名も分かりますよね?」

「……トウサ。20年以上前のポケモン リーグ優勝者だな」

俺は、かつての俺の名前を引き合い に出した。確かに俺は、昔女の子を助 けたことがある。おかげで決勝戦はギ リギリの展開を強いられることになっ ちまった。その女の子がナズナという わけか。彼女の話で昔の記憶が蘇った ぜ。

「正確には21年前ですね。ともかく、 助けてくれた上に家族を探すのも手 伝ってくれたトウサさんに憧れたわけ ですよ、若かりし頃の私は」

「それでトレーナーを目指したって寸 法か。あんたは確か今年で28、当時は まだ7つ。影響を受けるなって方が無 理な話だな」

俺は月日の早さをしみじみ感じた。 俺はあの時15だったのが、今は36。も うトレーナーとしての肩書きは完全に なくなっちまったな。

景気よく語るナズナも、やや頬が紅 潮してきた。そんなに話せるのが嬉し いのかね。

「そりゃそうですよ。……それから月日 が経ち、私は冒険の旅に出発しまし た。バッジも着々と集まり、ようやく ポケモンリーグに挑戦する時がやって きました。ところが! またしてもあ の人は世間を驚かせたのです」

「ポケモン転送システムか。……大体先 が読めたが、大きな疑問が残る」

俺は首をひねった。俺は、今パソコ ンで使われているポケモン転送システ ムを作り出した。その後彼女は俺のと ころに転がり込んだ。俺は、彼女が昔 助けた娘だとは露にも思わなかった が、問題はそこではない。彼女もその ことは承知のようで、あえて聞く必要 はなかった。

「『トウサさんと私の専門分野が違う のはなぜか』ってことですよね? テ ンサイさんの想像通り、私は全てを放 り投げて弟子入りを志願しました。で も私はトレーナーでしたから、科学の かの字も知りませんでした。おかげで 何度も門前払いを食らって、最後には 半ば拾われる形で住み込みを始めまし たよ」

彼女は苦笑いをした。俺は物理関連 を専ら得意とし、彼女は化学に力を入 れていた。だが当時、彼女は元素すら 覚えていない素人だった。一体何が あったのかは俺でも分からん。

「当時は話題になっていたな、『あの トウサが後継者を発見した』と。本人 は否定していたが」

「確かに、『研究はしないでいいから 手伝ってくれ』って言われましたよ。 でもそれじゃやっぱり悔しいじゃない ですか、だからこっそり勉強をやった んです」

「ほう、道理で日に日に賢くなってる はずだ……」

「え?」

「い、今の話だ。昔からの勉強の習慣 が続いているんだなと誉めたんだよ。 言わせんな恥ずかしい」

俺は適当にごまかしながら目を逸ら した。恥ずかしいのは間違いない、彼 女にこんな言葉はかけたことがなかっ たからな。耳が熱いぜ。それより、危 うく怪しまれるところだった。口は災 いの元、注意して使わねば。まあ、今 回は彼女の機嫌がますます良くなって きたから結果オーライだ。

「ふふ、ありがとうございます。……そ れで、色々勉強した結果、化学だけは なんとかものになったんですよ。数学 がほんとに分からなかったけど、経験 でカバーできましたからね」

「なるほど。……そういうことなら、俺 が数学の指導をしてやろうか? もっ とも、その必要も無いかもしれんが」

俺は提案をした。彼女は予想外だっ たのか、目を丸くし、それから少し頭 をさすった。

「ほ、本当ですか? 是非お願いしま す! でも、笑わないでくださいよ」

「心配すんな、出来の悪い奴らはいく らでも見てきた。それより、そろそろ 試合が始まるぜ」

俺はスタジアム中央に視線を向け た。いつの間にか選手達も準備万端、 いつでも試合が始められるようであ る。

「あ、もうこんな時間か。よっし、今 日も気合い入れて応援しますよ!」

「お、おい。俺を巻き込むなー!」

彼女は俺の腕を引き、フェンス際ま で駆け下りるのであった。……直情的な 性格もどうにかしねえとな。

・次回予告

昔、とある地域のリーダーが識字率を 大きく上げることに成功したが、どの ような方法を使ったと思う? そう、 読めるようになった奴に教えさせたの さ。これは何も字に限らず、数学でも 同じだ。……む、どうやらあいつにも兆 しが見えてきたな。次回、第48話「教 えることは学ぶこと」。俺の明日は俺 が決める。

・あつあ通信vol.112

一人称ってどうやって回想したらいい んですかね? 特に主人公以外の場合 は。脇役の回想シーンを書ける人は凄 いと思います(小学生並の感想)。

しかし、今回は予定と大分違う話にな りました。当初は本屋でとあるノン フィクション小説を見て昔を思い出す というものでした(デートであること は変わりません)。次回はどうなるの やら。

あつあ通信vol.112、編者あつあつお でん


  [No.1085] 第48話「教えることは学ぶこと」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2013/02/24(Sun) 21:05:25   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「どうだ、少しは分かるようになってきたか?」

 5月13日の木曜日、夕刻。俺は補習部屋でターリブンと話をしていた。明日から試験が始まるせいか、今から俺がやる補習には、にわかに大勢の生徒がやってきている。普段からこれくらいやってくれれば助かるのだがな。

「そうでマスね。先生に言われた通り、授業のあった日に問題集をやっただけでマスが、随分慣れてきたでマスよ」

「そいつは何よりだ。……ならばちょうど良い。おい、お前さん達、ちょっと聞きな」

 一通り人数が集まってきたところで、俺は室内の生徒に呼びかけた。皆は補習開始を察し、俺の方向を向く。

「今日の自習から、ターリブンを俺の代理とする。俺が空いてない時は彼に質問するように」

「な、な、なんでマスとおっ!」

 俺は、のけぞるターリブンを気にすることなく肩を叩いた。周囲の視線が俺からターリブンに移ると同時に騒がしくなってくる。

「へえ、ターリブンが先生か。なんだか頼りないような……」

「ふふ、でも期待されているみたいですね、うらやましいです。では早速聞きに行ってみましょう」

「あれ、それは昨日僕に教えてくれた……」

 お、まずはラディヤが歩み寄ってきたぞ。こいつは意外だな、彼女なら逆に教えると思ったのだが。この間イスムカに指導している姿を見かけたが、俺に勝るとも劣らない腕だったしな。

「ターリブン先生、この問題の解法を教えていただけますか?」

「げっ、この問題でマスか! ラディヤちゃんが分からないんじゃオイラにはとても……」

 ターリブンはそこまで言いかけはっとした。ラディヤの視線が彼に向かって一直線なのである。ターリブンは冷や汗を流しながら鉛筆を手に持った。

「……えーい、こうなったらやれるだけやってやるでマス!」

「その息です!」

 ラディヤの励ましを受け、ターリブンは問題に取りかかった。……あの問題は俺が彼女に教え、彼女がイスムカに教えていたものだ。彼女なりの気遣いというわけかね。

「お、随分賑やかですねえ」

 ちょうどそのタイミングでナズナが姿を見せた。以前約束した通り、数学のレクチャーを受けるためだ。彼女の瞳は心なしか光に満ちている。

「来たか。代わりを用意しといたから、あんたに付きっきりで指導できるぜ」

「わ、私1人に付くんですか?」

「そうだ。ちょうど、できる奴に先生役をやらせたいと思っていたところだ。そこであんたの話を聞き、都合がいいと判断したわけよ。俺の手が空いてなければ先生役に頼らざるをえない。教えることは学ぶこと、奴らのためにもあんたのためにもなる話さ」

 俺は道理を説明した。教えるってのは、勉強の最終段階なんだ。全ての知識、技術が要求される。これを身に付けるには実際に教えるしかないんだ。

「教えることは学ぶこと、ですか。昔そんな言葉を聞いた気がします。まあいっか、じゃあ今日はとことん付き合ってもらいますよ!」

「望むところだ」










「さて、無駄な抵抗は止めろ。問題用紙と解答用紙を配る、下手な真似をした奴は全ての科目で0点にするぞ」

 翌日の朝。何も言うべきことはない。いつものように試験の準備に取りかかるだけだ。俺は用紙を配り、時計に目をやった。9時40分、時間だ。

「それでは……始め!」



2学年1学期中間試験 数学

  年 組 氏名

1.以下の問いに答えよ(各6点)
(1)X^3-1=0
(2)ω^2+ω+1
(3)A(1,-1),B(4,3)間の距離
(4)A(-3,3),B(-3,1)を通る直線の方程式
(5)A(-2,-1),B(2,3)を直系の両端とする円の方程式
(6)X^2+Y^2=20において、点(-2,4)上の接線の方程式

2.3次方程式X^3+X+10=0の3つの解をα,β,γとする。この時、1/α,1/β,1/γを解とする3次方程式を作れ。(8点)

3.2点A(-5),B(11)に対し、線分ABを5:3に内分する点をP、7:11に外分する点をQとする。この時、線分PQの中点を求めよ。(8点)

4.三角形の各辺の中点の座標をそれぞれ(-1,-1),(0,1),(2,-2)とする。この時、三角形の各頂点の座標を求めよ。(11点)

5.次の連立方程式が、ただ1組の解を持つ条件、無数の解を持つ条件、解を持たない条件をそれぞれ求めよ。(13点)
3X-2Y+4=0 aX+3Y+c=0

6.直線4X+3Y-5=0が次の円によって切り取られるとき、弦の長さと、弦の中点の座標を求めよ。(15点)
 (1)X^2+Y^2=4(6点)
 (2)X^2+Y^2+4X-2Y-1=0(9点)

7.点P(X1,Y1)と直線aX+bY+c=0の距離dはd=|aX1+bY1+c|/√(a^2+b^2)であることを証明せよ。(15点)



・次回予告

時間はかかったが、やっと柱ができたな。柱がいればクラス全体を底上げするのも容易い。あとはあいつだけだな。次回、第49話「磨けば光る」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.113

教えることは学ぶこと、これは慶應義塾大学で似た制度が取られていますね。半学半教といった形で、学内の文書では教授も君付けで呼ばれるそうです。この大学で先生はただ1人、創設者福沢諭吉とのこと。

私自身、教えることでコツを掴んだ経験があります。結構考えますからね、言い回しとか解き方とか。

ちなみに、今回の問題はちょうどいい難易度となっています。これを初見で満点にできれば勉強で困ることはすぐには訪れないでしょう。

あつあ通信vol.113、編者あつあつおでん


  [No.1090] 第49話「磨けば光る」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2013/03/22(Fri) 21:03:44   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


「……ほう」

「どうかしましたか?」

 5月14日の金曜日、午後。試験は午前中に終了し、自主勉強をする一部の殊勝者を除いて皆帰ってしまった。残ったのは教師一同で、試験の採点や雑務、授業の準備などを行っている。俺はこうして採点というわけだ。

 そんな中、ナズナが俺の顔を覗き込んだ。机が隣だからそういったことも容易なのだ。俺は1枚の紙を示し、説明した。

「平均点が上がっている。半分をようやく超えてくれた」

「どれどれ……ほんとだ。先生が担当したクラスだけやけに高いですね」

 紙にあるのは試験の結果だ。本当は見せるべきではないらしいが、同じ学年を受け持つから大丈夫だろう。問題はそこではなく結果で、俺の指導するクラスは他より10から15点ほど上を行っているのだ。俺は、さも当然といった口ぶりで話す。

「まあな、独り立ちした生徒が1人現われるだけで随分変わるもんさ。それがまさかターリブンになるとは思わなかったが」

「へえ、何点だったんですか?」

「俺の口からは言えんな、個人情報の流失になる。……おっと、点数が見えていたな」

 俺は先ほどの紙を裏返しにした。あいつは学年でもトップクラスの87点だったが、お調子者のターリブンのことだ。あちこちに言いふらすから俺が言う必要もあるまい。……そう言えば、忘れないうちに伝えとくか。

「ちなみに、あんたは60点だったぜ」

 実は、彼女にも同じ問題を受けさせていたのだ。今回は少し辛口に作ったから上出来、と言いたいところだが、仮にも教師だからな。まだまだ、こんなものでは困る。

「う、道は険しいですね」

「まあな。一朝一夕で結果が出たら他の奴らの立場がねえ。そのことはあんたもよく分かっているだろ?」

「そうですね。それにしても、生徒の成績向上には何か理由があるんですか?」

 不意に、彼女が俺に尋ねてきた。おいおい、飯の種をそう簡単に言いふらすとでも思ったのか? まあ、1つくらい教えてもまだまだノウハウは残るし、教えとくか。

「簡単な話よ、編入をちらつかせただけだ」

「編入?」

「そう。この学校、成績優秀者を進学クラスに編入できるようになっている。俺はただ、『編入できれば、誰かさんはお前を見直すだろうよ』と言うだけで十分だったさ」

「……すごく欲求に忠実なんですね」

 あまりに単純な話に、ナズナも困惑気味だ。こんな物語のキャラみたいな奴なんてそうそういねえし、ある意味正しい反応だ。

「だな。だが、動機は不純でも構わんさ。あんたもしっかり勉強してくれよ」

「もちろんですよ。テンサイさんがぎっくり腰になるくらいの成果、すぐに出してみせますから」

「はっは、そりゃ楽しみだぜ」

 俺はひとしきり笑うと、また仕事に戻るのだった。今日は早く帰れそうだし、一気に仕上げるか。



2学年1学期中間試験 数学 解答

1.以下の問いに答えよ(各6点)
(1)X=1,(-1±√3i)/2
(2)0
(3)5
(4)X=-3
(5)X^2+(Y-1)^2=8
(6)-2X+4Y=20

2.
条件より、-(α+β+γ)=0,αβ+βγ+γα=1,-αβγ=10
この時、求める方程式の解は1/α,1/β,1/γだから、
-(1/α+1/β+1/γ)=1/10,1/αβ+1/βγ+1/γα=0,-1/αβγ=1/10
よって、求める方程式は
10X^3+X^2+1=0

3.
Pの座標をpとすると、
p={3*(-5)+5*11}/(5+3)=5
Qの座標をqとすると、
q={(-11)*(-5)+7*11}/(7-11)=-33
よって、PQの中点の座標は
(5-33)/2=-14

4.
頂点の座標をそれぞれA(a,b),B(c,d),C(e,f)とする。また、中点の座標をそれぞれP,Q,Rとし、これらがそれぞれAB,BC,CAの中点であるとする。この時、
(a+c)/2=-1,(c+e)/2=0,(e+a)/2=2,
(b+d)/2=-1,(d+f)/2=1,(f+b)/2=-2
となる。これらを解くと、
a=1,b=-4,c=-3,d=2,e=3,f=0
ゆえに求める座標は(1,-4),(-3,2),(3,0)

5.
3X-2Y+4=0…1 aX+3Y+c=0…2とする。これらを変形すると、
1式はY=(3/2)X+2、2式はY=(-a/3)X-c/3となる。
(i)ただ1組の解を持つ時、直線の傾きが異なればよい。
  よって3/2≠-a/3すなわちa≠-9/2
(ii)無数の解を持つ時、直線が一致していればよい。
  よって3/2=-a/3,2=-c/3すなわちa=-9/2,c=-6
(iii)解を持たない時、直線の傾きが等しく切片が異なればよい。
   よって3/2=-a/3,2≠-c/3すなわちa=-9/2,c≠-6

6.
 (1)
  直線の方程式を変形すると、X=(-3/4)Y+5/4となる。
  これを円の方程式に代入して解くと、X=(32±15√3)/40,Y=(6マイナスプラス5√3)/10
よって、弦の長さは(5/4)√3、中点の座標は(9/5,6/5)である。
 (2)
円の中心の座標は(-2,1)である。これと直線の郷里dは
  d=|4*(-2)+3*1-5|/√(4^2+3^2)=2
  また、直線との交点と中心の距離は√6である。
  この時、弦の長さを2mとすると、
  m=√(6-4)=√2
  ゆえに、弦の長さは2√2である。
  まあた、弦の中点は、円の中心を通る直線4X+3Y-5=0の法線と、直線の交  点である。
  法線はY=(3/4)X+5/2である。これを解くと、
X=-2/5,Y=11/5である。
  よって、中点の座標は(-2/5,11/5)である。

7.点P(X1,Y1)と直線aX+bY+c=0の距離dはd=|aX1+bY1+c|/√(a^2+b^2)であることを証明せよ。(15点)
まず、原点と直線mの距離を求める。
原点Oからmに垂線OHを下ろすと、OHはmに垂直な直線である。この直線の方程式は
bX-aY=0
これらの2直線の交点がHであり、座標をH(X0,Y0)とすると
X0=-ac/(a^2+b^2),Y0=-bc/(a^2+b^2)
よって、OHの距離は
OH=√c^2(a^2+b^2)/√(a^2+b^2)^2=√c^2/√(a^2+b^2)=|c|/√(a^2+b^2)…1
次に、点pと直線mの距離dを求める。
点Pと直線mをそれぞれ-X1,-Y1平行移動させると、点Pは原点O、直線mはそれと平行な直線m'と一致する。
直線m'の方程式は
a{X-(-X1)+b{Y-(-Y1)}+c=aX+bY+(aX1+bY1+c)=0
この時の距離は、1式より
|aX1+bY1+c|/√(a^2+b^2)
ゆえに、点P(X1,Y1)と直線aX+bY+c=0の距離dはd=|aX1+bY1+c|/√(a^2+b^2)である。

・次回予告

さて、俺達は他校との練習試合に赴いたわけだが、相手のエースは随分優秀みたいだな。とはいえ、勝負は1人でするものではない。ちったあ力を見せつけろよ、お前さん達。次回、第50話「練習試合」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.114

頭が爆発しそうです。私は今まで携帯電話でちまちま書いていくスタイルを採っていたのですが、機種変更でそれが難しくなったのでパソコンで書くことにしました。ところが、集中して長時間執筆にあたる経験が少ないため、とても落ち着きませんでした。執筆そのものは大丈夫でしたが、もう少し辛抱強くならないといけませんね。


あつあ通信vol.114、編者あつあつおでん


  [No.1102] 第50話「練習試合」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2013/05/19(Sun) 20:32:10   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


「おい、そろそろ練習試合が始まるぞ。前に出な」

5月22日の土曜日、午前10時。俺達はポケモンセンターの地下にいた。もちろんバトルのためである。練習試合のためにコートを少し借りているというわけだ。ここにいるのは、タンバ学園ポケモンバトル部に、相手となるタンバ商業。審判と旅のトレーナーが2、3人、そして背広のおっさんが複数。このおっさんの割合が最も高いために、なんとも滑稽な風景となっている。

 ともあれ、去年の秋以来の対外試合だ。少しは成長した姿を見せてほしいもんだぜ。

「これより、タンバ学園とタンバ商業高校の試合を始めます。使用ポケモンは6匹。以上、始め!」

「いくでマス、ボーマンダ!」

「勝負だ、チャーレム!」

審判の声と同時に、各チームの1人目は構えた。こちらの先陣はターリブンだ。2つのボールが宙を舞う。1つからはボーマンダ、もう1つからはチャーレムが登場だ。

 チャーレムとは珍しいな。モンペを穿いたかのような足元に十字架型の頭部が特徴的なチャーレムは、格闘・エスパーという変わったタイプ構成である。何と言っても特性の「ヨガパワー」が強力で、単純な数値の倍の攻撃力を叩き出す。技も豊富なのだが、耐久・素早さともに劣る部分がある。それをわざわざ先発させたということは、恐らく……。

「ほーう? 機先を制す……」

「れいとうパンチ!」

 ターリブンが指示を出そうとすると、チャーレムがそれを上回る速さで突っ込んできた。チャーレムはボーマンダの威嚇にも怯まず右手に冷気を溜め、そのままボーマンダのあごをアッパーの要領で殴りつけた。勢いでボーマンダは仰向けになり、首と頭が凍っちまった。動く気配はなく、審判がジャッジを下す。

「ボーマンダ戦闘不能、チャーレムの勝ち!」

「し、しまったでマス!」

「あの馬鹿、あれほど先発のスカーフに気を付けろと忠告してやったのに」














「そこまで! この試合、3対0でタンバ商業高校の勝ち!」

「ぼ、ぼろ負けだ……」

 15分後、決着がついた。結局、出鼻をくじかれたまま態勢を立て直せず、押し切られてしまった。男共は情けない声を出す中、ラディアが2人をフォローしている。全く、使っているポケモンを考えればターリブンが主力になってもらわなくては困るんだがな。イスムカはまあ、トゲピーだけでは仕方あるまいが。

「気を落とさないでくださいイスムカ様。次に勝てばいいんですよ」

「そうだ。練習試合なんざ、プロでも目指さない限り勝敗など度外視しとけ。だが、明日からの訓練はきつくするぜ」

 俺の宣言を聞いた3人の表情に危機感が走ったように見えた。……別に大したことしてねえんだけどな。

 そんな茶番を繰り広げていたら、1人の青年が近寄ってきた。先程の試合で戦ったタンバ商業の奴だ。

「今日はありがとうございました。また一つ成長のきっかけとなりそうです」

「あ、あんたはタンバ商の! あんた強すぎるでマス、おかげで帰ったらえらい目に遭わされるでマスよ。……そう言えば名前を聞いてなかったでマスね。オイラターリブンでマス」

「トンジルです、初めまして。……皆さんの顧問の先生ってもしかして、プロ注目のテンサイさんですか?」

 タンバ商のトンジルは一礼をすると、こう尋ねてきた。これにはラディアが返答する。

「その通りです。あ、私はラディヤと申します、以後お見知りおきを。テンサイ先生はポケモンバトルでは負け知らずで指導も適切、風当たりの強い私達バトル部をいつも守ってくださります。そう、まるで父親みたいに」 

「そこまで誉めると嘘くさいぜ? それより、あんたも中々やるようだな、トンジル君。背後の観客席はスカウトらしき人だかりができてたぜ」

 俺はトンジルの背後を指さした。試合前からいた背広のおっさん達は、皆熱心にメモを取っている。大方、金の卵の経過を観察してたんだろう。無理もない、この青年は4匹のポケモンを使って俺達の6匹を倒したのだからな、しかも2年生でだ。誰が見ても、将来有望だと思うだろうさ。だが、彼は随分謙虚なようだ。

「いえ、自分はそんな……。むしろテンサイさんの方が注目度が高いですよ。新聞でも既に複数球団が獲得を目指す方向ですって」

「はっ、そんなのくそくらえだ。全員返り討ちにしてやる。……ところでよ」

 俺は辺りを眺めてからこう切り出した。

「あんた達のチーム、他の奴はどこに行ったんだ? 試合中もやる気無さそうだったぞ」

「ああ、やっぱり分かりますか。実は、自分がいつも1人で試合を終わらせるので、みんなに出番が回ってこないんです。それで全員自分任せに……」

 トンジルは申し訳なさそうに答えた。気にするこたあねえと思うが、若さゆえの心配性か。

「なるほど。確かに今日も1人でやってたな。まあ、プロの目を引くレベルなら無理はあるまい」

「それならトンジルが後から出るようにしたらてなうなんですか?」

 ここで、イスムカが提案をしてきた。彼が後続に回れば、否応なく全員に出番が回ってくるだろう。一見適当に思われるが、その案は無意味である以上に危険だ。それはトンジルも分かっているようで、首を横に振った。

「それも提案しましたが、顧問に却下されました。順番が変わっても活躍するのは自分で、しかも晒し者になると他のメンバーから抗議があったんです。自分が出てくる頃に相手が態勢を整えたら立て直せないというのもあります」

「ほう。……だとよターリブン」

「な、なんのことでマスか?」

 ターリブンは冷や汗を流しているが、具体的には何が問題なのか把握できてないって顔をしてやがる。これはみっちり教えてやらないとな。しかい……ワンマンチームということか。つまりは彼さえ突破すれば勝つのはたやすいと。良いことを聞けたぜ。

「大変なんだな、強い奴がいても。ま、それでも次は負けん。覚悟しとくこった」

「はい、こちらもその時はもっと強くなって待ってますよ」

 ふっ、中々清々しい若者だぜ。次の対戦が楽しみだ。


・次回予告

さて、しばし時間がかかったが、ようやっとあれを収穫する時がやってきた。俺は栽培に失敗したが、あっちはなんとか上手くいったようだ。次回、第51話「木の実の1つは黄金の1つ」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.115

ダメージ計算は、レベル50、6Vで行います。チャーレムは陽気攻撃素早さ振りでスカーフ持ち、ボーマンダは控え目特攻素早さ振り。チャーレムの冷凍パンチは威嚇込みでもボーマンダを最低乱数以外1発で落とします。さすがの特性ですね。


あつあ通信vol.115、編者あつあつおでん


  [No.1121] 第51話「木の実の1つは黄金の1つ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2013/07/15(Mon) 21:34:32   455clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


「ようやく収穫かあ、長かったなほんと」

 5月30日の日曜日、朝。俺達はサファリの貸し農地にいた。あちこちに背の高い木々が生い茂り、枝からは様々な香りの木の実がぶら下がっている。全く、どうして実の成る木ってのは成長が早いのかね。そこら辺にあるやつは何年もかかるってのに、高々数か月でこうもでかくなるとは。ま、収穫したら枯れるあたり、バランスは取れているだろうが。

 そう、今日は木の実の収穫だ。やや時間がかかったものの、これで直近の資金繰りは楽になる。ついでに、戦術の幅も広がるってもんよ。

「これで私達の活動も不自由することが減るでしょうね」

「だな。じゃ、1つずつ回収していくぜ。そのうち半分はこっちの袋に、もう半分はこの中へ入れるんだ」

「了解でマス。でもなんで分けるでマスか?」

「ま、それは今に分かる」

 俺は用意してあった麻袋を広げると、1つずつ中に入れていくのであった。










「おう、テンサイの旦那じゃねえか。もしや、木の実が収穫できたのかい?」

 その日の夕方4時。汗ばむ日差しの中、俺達はボクジョー軒を訪れていた。収穫だけなら午前中で終わったんだが、その後また植えたから時間がかかった。それにしても、相変わらずガッツ店長は活発に動いている。それとは対照的に、収穫した木の実を担いだイスムカとターリブンは息が上がっている。まだ鍛錬が足りねえか、仕方のない奴らだ。

「ああ。今日はひとまずこれだけ持ってきた」

 俺は、2袋ある麻袋の片方の封を切った。その中を覗き込むや否や、店長は目の色を変えた。1つ1つ手に取り、底にあるものまで丁寧に質を確かめている。一通り確かめた後、こう評した。

「チイラにリュガ、ヤタピ、ズア、カムラ、イバン、ナゾ、レンブ、ミクル、サン、スターか。こいつぁ大したもんだ、これほど立派なものは滅多にねえよ」

「そうなのですか?」

「そうとも嬢ちゃん。これらの木の実は育てんのが難しくてな、水やりの他に土や日当たり、野生ポケモンの生態なんかまで関わってくる。希少性に加えてバトルで有効なものばかりだから、馬鹿みたいに高いってわけよ」

 ガッツ店長はウエストポーチから電卓を取り出しながら説明した。これに納得する一方で、ターリブンが首をかしげた。

「なるほどでマス。……じゃあ、なんでオイラ達は上手くいったんでマスか?」

 ほほう、中々目の付け所がシャープじゃねえか。やはり、頭脳を磨いた成果が出てきてる。俺は感心しながらヒントを提示した。

「それはな、植えた場所が関係している」

「場所? サファリの農園ですよね」

 皆が俺のヒントに戸惑っている。が、さすがにプロは違った。店長は右手拳で左手のひらにポンと叩く。

「そうか! サファリなら様々な環境が用意されてるから、どれか1つは当たりだったってわけだな」

「その通り。俺も庭で育ててみたが、ヤタピしか育たなかった。海に近い所ではこいつしか育たないみたいだ。これからは農園で育てることとしよう」

 俺がぼやいていると、店長はささっと電卓をつつきだした。そして、出た数字を俺達に示す。

「では、今日はこれくらいで買い取るとしようか。へっへ、また頼むぜ!」

「こ、この額は! これでオイラ達、お金持ちでマスよ!」

 ターリブンが思わず腰を抜かした。無理もない、麻袋1袋で50万もすれば、誰だって飛び上がるさ。だが、そう上手くいくはずもない。俺は現実を知らしめることにした。

「……残念ながら、そうはいかねえよ。なぜか分かるか? ラディヤなら分かるんじゃないか?」

「そうですね……これらの木の実は大変高価です。木の実の1つは黄金の1つとまで呼ばれることもあるそうです。おそらく、仕入れ値がとても高かったので、利益自体はそこまで大きくないのでは?」

「ああ、全くもって大正解だ。自由に活動するにはまだまだ心もとない。明日からもまた水やりは続くから、覚悟しとけよ、はっはっは」

 俺は高笑いをするのであった。全く、仕入れで30万も使ったのは俺なんだからな。感謝しろよ。

「ヒエッ……」

「甘かったね、ターリブン」



・次回予告

おや、ミュージカル部の連中が練習してるな。ジョウトでは露とも耳にしない言葉だが、一体どんな代物なんだろうな。ちょっくら見てみるか。次回、第52話「ミュージカルの妙味」。俺の明日は俺が決める。


・あつあ通信vol.116

冷静に考えて、数時間で身が成る木の実って異常ですよね。どれだけ物質を集めたり吸収するのが得意なんだと言いたくなります。まあ、ふやふやでしょうが。


あつあ通信vol.116、編者あつあつおでん