マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.843] 【1】火炎鳥 投稿者:イサリ   《URL》   投稿日:2012/01/07(Sat) 00:20:20   86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「グレン島の火山が、噴火したらしい」
 週末の朝、新聞を広げた父が呟きました。


 朝食の準備をしながら、母がテレビを見るように促します。
 そこに映っていたのは、海から撮った噴煙を上げる岩山、空から写した流れ出す溶岩、船に乗る人々――。
 ホームカメラで撮ったと思われる、手ぶれのある映像も挿入され、よりいっそう臨場感をかきたてます。
『現在も、ジムリーダーを中心に必死の避難作業が続いています』ニュースキャスターが、真剣な表情でメモを読み上げていきます。

 
 わたしはそのニュースを、どこか遠い場所で起きた悲惨な災害の一つとは、どうしても思うことができません。
 この『一ノ島』も、グレン島と同じ火の島だからです。


 早く準備をして学校へ向かう船に乗らないと完全に遅刻してしまうのに、テレビの画面から目を離せませんでした。




【1】火炎鳥




 休火山である『灯火山(ともしびやま)』に程近いこの一ノ島は、古くから火の神様を信仰してきました。
 島のあちらこちらで、火の神様を祀る石碑や文言を見ることができます。

 神様は、火炎鳥の姿をしていると伝えられています。

 火の神様はとてもプライドが高く、人が火口から石一つでも持ち帰るのも許しません。聖なる火山を穢す人間は焼き殺したとも言われています。
 灯火山の噴火は彼女の怒りの表れであるとして、一ノ島の人々は畏れ敬ってまいりました。




 三ノ島にある学校から帰宅し、居間のテレビをつけました。チャンネルを回してニュースを探します。
 見慣れたニュースキャスターが画面に現れたところで手を止めました。

『グレン島の火山は、現在は小康状態を保っています。しかし、今後大規模な噴火が予想されるため、全島避難が開始されました。現在、クチバ港やセキチク港に向かう船が、グレン港から臨時に運行しています』

 司会者が、どこかの大学の教授だか研究所の元所長だかに話を振ったところで電源を切り、居間を後にしました。
「テレビはつけておいていいのよ」と台所から母の声が聞こえましたが生返事をしつつ二階の自室に上がります。



 自室の椅子に腰掛けたまま、わたしはぼんやりと考え事をめぐらせます。三限の数学の宿題のことなどまるで手につきません。
 現実逃避、時間の浪費。まとまりのない思考の端にちらりちらりと姿を現しては消えていく不安感。
 原因は、間違いなく今朝ニュースで見たグレン島の噴火でした。

 可笑しなことに、わたしには『何かできることがあるはず』ではなく『何かしなければならないことがある』という、どこか確信めいたものがありました。
 それは小さな小さな火のようにくすぶり、朝から心の奥底をじりじりと焦がしていました。

 火山の噴火。火炎鳥の怒り。
 わたしは、何か炎の化身の逆鱗に触れるようなことをしたことがあったのでしょうか。

 ――石一つでも。

 伝承の中のその言葉が不意に脳裏に浮かびました。部屋の学習机の引き出しを開け、恐る恐る中を探ってみました。
 上から数えて三番目の引き出し中から、白いハンカチに包まれた何かを見つけました。震える手でハンカチをめくります。中から現れたのは、炎の力を宿した石でした。


 この石を持ち帰ったのは、五年前、家族で灯火山にハイキングに行った時でした。
 火口近くで休息をとっていたとき、岩の陰に見つけた赤い石の美しさに心を奪われ、誰にも相談することなくひっそりと持ち帰りました。
 後で調べたところによると、この石は『炎の石』と呼ばれ、一部のポケモンを進化させる力を秘めた貴重な石だということです。
 ポケモンを進化させるために使うかどうかは別にしても、この燃えるように美しい紅蓮色の石を自分の物にしてしまいたいと思いました。
 それで、ハンカチで包み、誰にも見られないように学習机の奥にしまっておいたのです。


 冷静に考えれば、この石を持ち帰ったことと今回のグレン島の噴火とは、因果関係などないでしょう。
 もしも火の神様の怒りを買ったのだとすれば、溶岩に包まれ、火山灰に覆われるのはこの一ノ島だったはずです。
 彼女は、あくまでもこの島の神様なのです。


 その晩は中々寝付くことができず、ベッドの中で何度も寝返りを打ちました。瞼を閉じると、脳裏には流れ出すマグマの映像が鮮やかに蘇ります。
 本当に伝説を信じるのならばあの時に石を持ち帰らなければよかったのだし、信じないのならば笑い飛ばして気にしなければいいのに、そのどちらもできなかった自分を、ひどく恨めしく思いました。





 次の朝早く、わたしは家を出て灯火山に向かいました。
 今さら火口に石を返したところで、どうなるものでもないのはわかっていました。たった一人の人間が大自然に対して影響を与えていると信じるのは愚かなことです。
 しかし、頭の半分では馬鹿げていると理解しながら、もう半分ではそれにすがらないではいられない、この矛盾した気持ちをどうにかして消化しなければ、いつか自分がおかしくなってしまいそうな気がしたのです。
 ……きっとわたしは、心の中にわだかまりを残しておきたくなかっただけです。


 灯火山に向かう途中の『火照りの道』は、地熱によって暖められた道路です。岩を掘り抜いて作られた洞窟には温泉も湧き出し、湯治客で賑わっています。 
 もう秋も終わりだというのに、温泉に続く洞窟の入り口には、溶岩を纏ったカタツムリが、のたりのたりと這っています。


 山頂に近づくにつれて草木はまばらになり、硫黄のにおいも強くなったように感じました。
 ごつごつした岩山ををゆっくり、一歩ずつ登っていきます。背中にかいた汗を風が冷やしました。


 太陽が西に傾き始めた頃、わたしは山頂に到着しました。
 火口に着いて見渡すと、幸いあたりには誰もいません。
 慎重に、断崖に近づき、のぞき込みます。魂を吸い取られるような深さです。
 
 
 リュックサックを降ろして石を取り出し、両手で掲げました。


 ――炎の石を、聖なる山にお返しします。
 赤い石は、火口の岸壁を転がり落ち、底の方でかしゃんと音をたてました。
 火花が散って、消えたようにも見えました。


 ふと、目の前が明るくなりました。


 パチパチとはじける音を頭上に感じ、はっと見上げた先には、空を覆う炎の翼がありました。
 神話に伝えられる火炎鳥が、今まさに火口の対岸に降り立ち、翼を折り畳むところでした。

 荒々しくも美しい火山の化身の存在感に圧倒され、わたしは言葉を失い、その場に立ち尽くすしかありません。

 火炎鳥は、威嚇するでもなく、厳かにこちらを見つめてきます。
 その静かな瞳と、陽炎のようにゆらめく翼を見ているうちに、わたしの中の恐怖心はすっと消えていきました。

 不思議なことに、この炎に焼き尽くされてもいいとさえ感じていました。
 震える声で言葉を紡ぎ、火山の神様に向かって語りかけました。

 ――わたくしは、幼いころに過ちを犯しました。そのお咎めを受ける覚悟はできております。
 ――ですが、火山が噴火してしまえば、多くの人々が、ポケモンが、命を失います。住むところを失います。
 ――どうか、怒りをお鎮めください。多くの生命を助けてください。


 わたしの言葉を聞く火炎鳥は、どこか哀しそうに見えました。
 そして、一声大きく鳴くと、火口の岩場から飛び立ちました。

 紅蓮の翼をはためかせ、煌めく火の粉を散らしながら、彼女は北の方へと飛んで行きました。

 
 自分が生死の境目にいたという実感が嵐のように巻き起こりました。
 命があって良かったと思う安堵と、死にたくないという恐怖が綯い交ぜになり、その場にへたり込みました。
 ああ、私には多くの人々のために、自分の命を差し出す覚悟など本当はありはしなかったのだ――と、まざまざと感じさせられました。





 それからどうやって家に帰ったのか、本当のところよく覚えていません。

 今となっては、すべてが白昼夢だったような気さえします。
 机の中を探しても炎の石は見つかりませんでしたが、わたしが火の神様に会ったという直接的な証拠にはなりません。
 窓から投げ捨てたのかもしれないし、もしかしたら最初からそんなものは無かったのかもしれないのです。
 曖昧な、記憶の中の出来事です。


 わたしが灯火山から戻った翌日、グレン島は爆発的な噴火を起こしました。
 立ち上る噴煙は火口から上空数千メートルに達し、真昼の空を暗く覆いました。火山灰が噴き上がる際の摩擦が青白い稲光を巻き起こし、火口付近はさながら地獄の様相を呈しました。
 火口から流れ出た大量の火砕流と溶岩が、島のほとんどを焼き尽くし、ジムも研究所も、ポケモン屋敷と呼ばれた建物も飲み込まれました。
 

 しかし、懸命な避難活動の甲斐もあり、幸いなことに一人の犠牲者も出なかったそうです。


 グレン島の火山は今も活動を続けています。小規模な噴火が続き、火山灰が降り注ぎ、地震の頻発する状況がこの先何ヶ月も続く可能性がある、とテレビの中の専門家は語っていました。
 島に人が戻れるようになるには、長い長い時間がかかるのかもしれません。


 火炎鳥に会ったのが現実だとするならば、わたしはどのような意図で語りかけていたでしょう。
 わたしがあの時想っていたのはグレン島のことなのか、一ノ島のことなのか、あるいはその両方だったのか。
 何より、火炎鳥はわたしの言葉をどのように捉えて飛び立って行ったのでしょうか――。
 


 火山灰のにおいのする北風が、家の隙間から吹き込んできます。
 主のいなくなった火の島は、これからしんしんと冷えていくのでしょう。


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