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  [No.875] 【短編集】巳畑の収穫祭 投稿者:巳佑   投稿日:2012/02/25(Sat) 03:33:35   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
【短編集】巳畑の収穫祭 (画像サイズ: 888×1899 223kB)

 第3回ポケスコで見送ったネタの種から収穫できたものを贈ります……ということで、『巳畑の収穫祭』はちょっとした短編集みたいなものだと思ってくださればいいです。
 やっぱり、このまま放置プレイをかますのはもったいないので、今回、このような形を取りました。
 ちなみに妄想スレにぶちこもうかなぁ、ポケストにぶちこもうかなぁと迷っていましたが、記事がこれを含めて七つあるので、ロンポケの方にぶちこませていただいた所存です。 
 
 それと、ポケスコの本来のルールである10000字以内を破った、字数オーバーの作品もあります。

 それでは、巳畑の収穫祭、最後までよろしくお願いします。

 よっしゃ、祭の開始じゃー!(落ち着け


 追伸:全ての作品に【何をしてもいいのよ】タグがかかっております。


  [No.876] 送贈 -SouZou- 投稿者:巳佑   投稿日:2012/02/25(Sat) 03:37:34   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
送贈 -SouZou- (画像サイズ: 383×550 120kB)

 それは何時の時代かも分からない世界。
 そこにはただ荒れ地が広がっているだけで、まるで生きとし生ける存在が感じられなかった。本当に誰もいないのではないかと、それを告げるかのように埃を乗せた風がまるで生気のない黄土色の肌を持つ大地を撫でた。
 このような情景が何処までも続き、何もいないと思われた矢先――。

「そなたの名は何と申す?」
「ミウ」
「そうか、ミウというのか」
「あなたは……だれ?」
「我か? 我はアルセウスという」
 
 ぼさぼさとした桃色の髪を腰まで垂らし空色の瞳を持った一人の少女と金色の輪を携えた一つの白い何か。
 この世界に風がまた一つ何かの始まりを告げるかのように吹き抜けていった。

―――

 円柱系の柱が何本も連なっているそこは神殿みたいな所だろうか。
 所々、色々な色の花を身につけているだだ広い草原の中、その建物は静かにたたずんでいた。
 その荘厳な建物の内部――白い巨体に金色の飾りを付けた者、アルセウスは一つの部屋に入る。この建物にある全ての部屋はアルセウスが出入りできるように大きめに作られており、その部屋も例外に漏れていなかった。入口近くには木製の長机と椅子が一つずつ置いてあり、その奥には釜戸造り(かまどづくり)の台所があって、そこには白い服を身にまとった、桃色の髪を腰まで垂らしていた少女が一人、釜の中のものを木製のおたまでくるくるかきまわしていたがアルセウスの気配に気がついて振り返った。
「あ! アルセウス、お帰り!」
「あぁ、ただいまミウ」
「散歩はもう終わったの?」
「うむ。それよりミウ。ちゃんといい子にしてたか?」
「うん、してたよ!」
 駆け寄って来た桃色の髪を持つ少女――ミウの小さな頭をアルセウスが右前脚でよしよしと撫でていくと、ミウは気持ち良さそうな顔を浮かべる。その微笑ましい顔にアルセウスの心も温かくなっているような気がした。
 このアルセウスとミウは生まれ始めてから一緒に暮らしていたというわけではない。ある荒野が広がっている世界で出逢ったのが最初であった。ミウの方は名前以外、何も覚えていかなったらしく、このまま放置していてはいけないと思ったアルセウスは自分が住まう世界へとミウを連れ帰ったのである。
 それ以来、ミウとの暮らしが始まったということである。
「あ、ねぇ、アルウセス! ご飯作ったんだよ! 食べよ?」
「ミウ、最近、料理をしてくれるのはありがたいが……そなたの食べたいものを申し出れば、我がいつでも用意できるというのに」
 アルセウスには一つ不思議な力があった。
 それは何かを創造する力。
 アルセウスが望めば、ほぼ全てのものを創ることができた。何もないところから食べ物などを生み出すことができるし、その気になればミウのような人間を生み出すことも不可能ではなかった。
 神――まさにその言葉が似合う力をアルセウスは持っていた。
「いいの! わたしが料理したいんだから、それでいいの……それより、いつもゴメンね? 食べ物とかはいつもアルセウスにお世話になっちゃって」
 しかし、アルセウスのその素晴らしい能力を前に、ミウは完全に頼りきっているというわけではなかった。自分のやりたいことやできることは自ら進んでやるようにしていて、ミウのその前向きな姿にアルセウスは関心したのと同時に一つの疑問も浮かんできていた。自分に頼ればすぐに問題を解決できるのに、どうしてミウは自分の手に苦労をかけさせる真似をするのだろうかと。
「さぁ、冷めない内に食べて、食べて!」
「……」
「どうしたの? アルセウス?」
「……いや、何でもない」
 目の前に置かれた、白く揺れる温かなミルクの香りに鼻をくすぐられたアルセウスはとりあえずその疑問を置いておくことにした。スプーンは使えないので、己の超能力を使い、その白いスープを口に運んでいった。ほんのりと甘い香りがアルセウスの口の中に広がり、そして温かい気持ちに不思議となっていく。
「ねぇ、アルセウス」
「ん? どうした? ミウ」
「アルセウスは大きい体をしてるのに、いつもそれだけで足りるの?」
 幅は人間の顔ぐらいある皿に浮かぶ白いスープに映っているのは微笑んでいるアルセウス
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう、ミウ」

―――

 ミウは何かを創るというのが好きだった。
 最近始めた料理しかり、裁縫も好きであったし、また絵を描くのも大好きだった。
 そして、最近ミウは一見変わったものを紙の上に描いていた。
「ミウ、何を描いているのだ?」
「えへへ、これはね……」
 ご飯も食べ終わり、片づけを終えたミウは自分の部屋(円形で、そこには本棚があったり読み書きできるような机や椅子、それに描くものなども揃っている)に戻り、絵を描き始め、アルセウスは傍でそれを覗いていた。
 それは――何やら黄色い体をしていて、長い耳の先端は黒に染まっており頬は赤色をつけていた。背中には二本の茶色模様、尻尾は稲妻をかたどったかのよう。
「かわいいネズミさん、かな?」
「ほう……確かに中々可愛いネズミだな」
「あ、アルセウスってかわいいものが好きだったりするの?」
「いや、別にそういうわけでは」
 ミウの屈託のない笑顔にアルセウスはやれやれといった顔つきになった。彼女のそういう無邪気さや天真爛漫といった性格には時々ペースを崩されることがあるアルセウスであった。まぁ、もちろんミウには他意はない。
 このままペースを崩されてても仕方がないと思ったアルセウスは話題を変えようと、咳払いを一つ入れ、ミウに尋ねかけた。
「ミウ」
「な〜に? アルセウス」
「ミウはその……最近、変わった生き物を描いているみたいだが――」
「むぅ、変わったってなんかヒドイなぁ」
 頬を膨らまし、眉間にしわを寄せたミウにアルセウスは慌てて首を横に振った。
「あ、いや。変わった、というのは確かに失礼だったか。その……そうだ、色々な生き物を描いているではないか。どういう気持ちで描いたのかと思ってな」
 アルセウスがそこまで言うと、ミウが立ち上がって部屋を出ようとする。アルセウスが怪訝そうな顔を向けると、ミウが笑顔で振り返った。
「ちょっと外に行こうよ」
「あ、あぁ」
 ミウに誘われるままにアルセウスも部屋から出た。
 一体、ミウが何を考えているのだろうかと思いながらもアルセウスはミウの後をついていき、やがて彼女が言った通り外にたどり着く。眼前に広がる色とりどりな花を飾る草原が何処までも広がっており、見上げれば白い雲一つない爽やかな青色が塗られた空模様。
「ほら、ここってなにもないじゃない? きれいな空とか草原とかあるけど……でも他にはなにもないじゃない? わたしとアルセウスの他に、どんな子がいるんだろうって考えていたら、なんか描いてたんだ。なんかへんな話かもしれないけどね」
 ミウの困ったような笑みがアルセウスに向けられる。
 確かにミウの言う通り、ここは空と草原と今いる建物以外、何もなく、なんだか殺風景で寂しげな雰囲気が漂う世界だった。アルセウスは昔からここに住んでいたが、ただ綺麗というだけで他には何の変哲もない世界。
 しかし――。
「おぉ、いい風がふいてるね」
「……あぁ」
 ミウが隣に来てからは、その表面だけの色にもなんだか生気が満ちてきているような、そんな気がアルセウスにはした。今まで、ここにいたことが夢幻だったかのように……そして昔のあの出来事もまるで悪夢だったかのような心地だった。
 しかし、ミウが向けてくれる笑顔はその温もりの他に、アルセウスの胸を時々締め付ける。
 昔、自分が犯してしまった罪がその笑顔によって呼び起こされて、内側から不協和音のような音色が鳴り響く。
 それは耳を塞ぎたくなる程であったが、そのことは自分勝手な我がままであると、この罪と向き合わなければと、アルセウスはミウを見て想う。
 彼女がいなかったら、今頃、自分自身を消してしまっていたのではないだろうかと。
 他の者からしたら大げさなことだと鼻で笑われることかもしれない。
 だが、昔の自分を重ねてみると、それは決して嘘ではないような気がする。
 そうしてミウの横顔から入り込むのは、アルセウスの昔話。

―――

 それはアルセウスとミウが住まう世界ではない、違う世界。
 それは蒼く輝く星の世界。
 人間という生き物がいる世界。 
 今、住まう世界に気がついたときにはそこにいたアルセウスが、他の世界を覗き、そして己の力を貸そうと思った世界。
 その世界に己の力を貸している間に、アルセウスはいつの間にか神と呼ばれし存在になっていた。
 アルセウスは人々を幸せに誘おうと、いつも導くべき方法を模索し、人々に提示してきた。
 そして、自分の力が大いに活躍すると、アルセウスはより良い世界にすべく、人々をより幸せになってもらいたいという気持ちが強くなっていた。 
 幸せそうに笑う人々を見るのがアルセウスは好きだった。
 力を使って良かったと心から思える瞬間で、そしてなんだかその者から幸せのおすそ分けみたいな感じで胸が温かくなる――アルセウスはその温もりも大好きであった。きっと、それは何もなかった世界にいたアルセウスが無意識に求めたかったものなのかもしれなかった。
 
 しかし、そんな日々もやがて終わりが訪れる。

 ある日、人々が寝静まった頃だと思われる真夜中。
 時間帯もそうであったし、なによりアルセウスは人間に心を許していた――そこを狙われたかのように、アルセウスは何者かに捕まった。
 それから人知れずな場所まで連れて行かれ、そこで何かの集団的な者達にアルセウスは強制的に力を使わされていた。
 その暴走とも言える行為をアルセウスは何度も咎めた。
 人間のことを信じていたアルセウスはきっとその者達が改心してくれると信じていた。だから反抗することはしなかった。
 しかし、その者達はアルセウスの言葉に一切耳を傾けることはなかった……が、ある日、その者達の親玉らしき男が口を開いた。
「もう神は死んだ。今日からはオレが神だ」
 その傲慢な男の笑い声と共にアルセウスは疑問符を一つ打った。

 神とは何だ?
 自分のことを指して言っているのか?
 それとも自分の力のことを指して言っているのか?
 人間の方から勝手に神と呼んでいるだけであって。
 我は我。
 アルセウスという名を持つ者。
 それ以上でもそれ以下でもない

 身勝手な人間め、そう思い始めたアルセウスの中から沸々と湧き上がる怒りはあっという間に大きく膨らんでいき、やがて臨界点を突破して――。
「もはや我慢できぬぞ……!!!」
 これがアルセウスの理性破裂寸前、最後に発した言葉であった。
 その後は何語かも分からない、いや、ただ叫びながら力の限り、己の怒りをぶち撒けた。
 何をしたのだろうか、詳しいことは怒りの波で埋もれてしまっていて、アルセウスは覚えてはいない。
 そうして、ようやくアルセウス自身の怒りが鎮まり、理性を取り戻したとき、アルセウスの瞳に入り込んできたのは焼け野原だった。
 人は一人もいない。
 いや、生きとし生きるものなどそこには存在していなかったと思われた。
 辺りは真っ黒に染まっているのに、空だけがやけに冷たい青を描いていた。

 アルセウスは辺りを見渡したが結果は変わらず、そこにはただただ真っ黒な地面が続いていた。
 まるで、怒りに溺れたアルセウスの心を示すかのような黒だった。
 ここで、アルセウスは自分のしてしまったことと、それに伴う結果に顔を真っ青に染まらせていかせた。
「我が、全てを、滅ぼした……?」
 やがて、いても立ってもいられなくなったアルセウスは世界を飛び回った。何処もかしこも焼け野原や荒野が続く中、ようやくアルセウスが見つけたのが一人の少女――ミウだった。ミウは最初の頃は名前以外の記憶が飛んでいってしまった影響かどうかは分からないが、茫然としていることが多かった。けれど、少しずつではあるが気力を取り戻していき、今ではご覧の通りの天真爛漫な子になっていったというわけである。
 ミウと暮らしていく中でアルセウスは本や、またはアルセウスの口からミウへと知識を与えたりして、彼女の成長を助けた。
 まるで親子ともいえるような一人と一匹の暮らしが過ぎ去っていく。
 もちろんミウを育てることがアルセウスにとって唯一自分ができる罪の償い……というわけではない。
 例え、それが罪の償いだとして、何だというのだ、この罪は一生消えるものではないのだ。
 そんなこと、アルウセスは分かっていた。 

―――

 ある晩のこと、ミウが眠ったところを見計らって、アルセウスが動き出した。
 超能力を使って、ミウが描いた絵の束を引っ張り出し、外にいる自分の元へと運んでいく。
 その束の中から一枚、今日ミウから見せてもらった――黄色に染まったネズミが描かれている紙を取り出し、その絵を見ながらアルセウスが念じると――。
「ぴぃかぴぃか、ぴかちゅ」 
 すると、アルセウスの目の前には一匹の可愛い黄色に染まったネズミが現れ、きょろきょろと不思議そうに辺りを見渡している。
「ぴぃ〜か?」
「……我の名はアルセウス。これからそなたにはある星に向かって欲しいのだ」
「ぴぃか、ぴか」
「やる気があるのは結構だが……すまない、今少し待ってはくれないか? もう何匹かここに出てきてもらうゆえに」
 アルセウスは黄色に染まったネズミにそう言うと、続けてもう一匹、もう一匹と黄色に染まったネズミがその場に具現化させていく――いや、アルセウスの創造の力という言葉を借りるのなら、産んでいく、という表現の方が当たっているか。とりあえず、ミウの描いた一枚の黄色に染まった可愛いネズミの絵を元に、アルセウスはその場に約十匹程の黄色に染まったネズミを集めるとこう言った。
「……そなた達にはこれからある世界に行って、そこで暮らしていって欲しいのだ」
 アルセウスのその言葉の後に、集まった黄色に染まったネズミ達は光に包まれ、やがて何も残さずに消えていってしまった。
 アルセウスが言葉にした、ある世界。

 それは他ならぬアルセウスが滅ぼしてしまった、あの蒼い星のことであった。

 自分が滅ぼしてしまった世界。
 それに新たな希望を与えること、それがあの蒼い星に対する、アルセウスにできることであった。
 いつまでもあの星をあのままで放置させてはいけない、それは自分の過去から逃げることに繋がる。もちろん罪滅ぼしにはならないし、あの罪は一生自分が背負っていくものだろう。だが自分のできることがあるのならば、この創造の力を――あの蒼い星に捧ごう。ミウとの暮らしの中でアルセウスはその想いを強くしていった。もう悩むことなど、迷うことなどない。あの蒼い星に希望を与える為に自分の力を――。
 そう思いながら、アルセウスは新しい紙を取り出す。
 
 今度は桃色の小さな体に細い尻尾、そして空色の瞳が輝いていた。
 
 この絵は誰かを感じさせる――アルセウスは目を丸くさせた。
 そうだ、ミウだ。
 この絵はどことなくミウを感じさせる。 
 そう思いながらアルセウスが念じると、一匹の小さな桃色の生き物が現れた。
「みゅう」
「…………」
「みゅうみう?」
「いや、なんでもない。それよりすまないが、そなたにはこれからある世界に行って、そこで暮らしてもらいたい」
「みゅうみゅう!」
「よろしく頼むぞ……そうだ、そなたに名をあげよう」
「みゅう?」
「ミュウ。これからはそう名乗るとよい」
「みゅうみう♪」
 嬉しそうにアルセウスの周りを飛んでいる様子を見る限り、小さな桃色の生き物――ミュウはその名前を気にいったようだった。アルセウスはその天真爛漫そうなミュウの姿にミウの姿を重ねながら微笑みを零すと「頼んだぞ……」と言い、ミュウも光に包まれ、消えていった。 
 
―――

 その日から毎晩、ミウが眠ったところを見計らって、アルセウスは外へ出ると、ミウの描いた生き物を創造の力を使って具現化させていく。
 あるときは植物を乗せた緑色のカエルなような生き物を。
 あるときは尻尾から炎を灯らせた赤色のトカゲを。
 あるときは甲羅に身を包んだ水色のカメを。
 次々と具現化させてはあの蒼い星へと送っていく。
 ミウの絵はどことなく温かいものを感じる。きっと、あの蒼い星に何かしらの希望を与えてくれているはずだ。そう信じながらアルセウスは毎晩、毎晩、一日も欠かすことなくそれをこなしていた。
 
――― 

 それからどれくらいの月日が流れたことだろうか。
 ミウの背丈は更に伸びて、最初の頃よりいささか大人びてきてはいるが、あの天真爛漫さはそのままである。
「お休みなさい、アルセウス」
「あぁ、お休み。ミウ」
 一体どのくらい、ミウの絵の中にいる生き物を具現化させてあの蒼い星に送ったことなのだろうか。アルセウスは自分でも覚えていない。それからアルセウスはふと思った。そうだ、あの蒼い星は一体どうなったのだろうかと、見に行こうかと思った。
 何故、今なのかは分からない。
 今までは送ることばかり考えて忘れてしまっていたというのか。
 それは失態だとアルセウスは思った。成り行きもしっかりと見届けなければいけなかったのに、自分は一体何をしていたのか。しかし、ここで延々と自分を責めていても仕方がない。今回はいつもの具現化は取り止めて、アルセウスはあの蒼い星に向かうことにした。自らを光に包んで、そしてその場から消えていった。
 あっという間に蒼い星の世界に到着したアルセウスは空からその姿を見て目を丸くした。
 
 あのときは間違いなく広がっていた荒野の世界には木々などが生えており、確かな緑がそこに溢れていた。
 そしてミウの描いた、あの生き物達の姿もちらほら見えており、どうやら無事に暮らし、この世界に息を吹き返させていた。
 ただ、全ての場所に緑が広がっているわけではない。
 まだまだ荒れているところは見受けられるし、過酷な環境も多々あった。
 しかし、少しずつではあるが確かに――そう思いながら空を舞うと、またアルセウスの目が大きく見開かれる。
 そこは一つの森の中にポッカリと円状に広がった空間――集落とも言えばよいだろうか、その場所にいたのだ。

 人間が。

 木々で造られた家がいくつか立っており、そこでは暮らしが成り立っていたのだ。
 背中に背負ったカゴに果物を積んだ数人の男が集落に現れると、それを笑顔で出迎える数人の女。
 その傍らには、はしゃぎ回っている子供達の姿と、ミウの描いた生き物がいた。
 
 生きていた。

 そこにあった確かな命がアルセウスの瞳の奥深くまで映りこんでいく。
 もう死んでいたかと思っていたはずの命が――ミウ以外の人間がしっかりと、ミウの描いた生き物達と共にこの蒼い星の地を歩んでいる。
 その軌跡に触れたアルセウスの頬に一筋の涙が伝った。
 
 しばらく、空からその集落の様子を眺めた後、アルセウスはその場から立ち去った。
 立ち去るときにはもうアルセウスの瞳から涙が零れることはなかったが、その代わりにアルセウスの瞳には強い光が差し込んでいた。

―――

 翌日、アルセウスはミウを外へと呼び出した。
「どうしたの? アルセウス」
「大事な話があってな」
 首を傾げながらアルセウスの背中の後についていくミウにアルセウスは瞳を一回閉じた。
 実は、昨日、あの蒼い星に行って、アルセウスは二つのことを決心して帰って来た。今、その二つの決心の内、一つを行おうとミウを呼び出したのだ。アルセウスが決心した二つのこと、それはミウに真実を教えること。
 今までは教えてしまったら恐れられてしまうのではないかと、幼き少女の心には受け入れがたいものではないだろうかと思って避けてきた真実――アルセウスがあの蒼い星を滅ぼしてしまったこと。それをミウに告白する。ミウはあのときに比べたら大人になりつつあるが、決してその真実は容易に受け入られるものではないし、これでミウの心が閉ざしてしまう可能性だって否定できない。
 しかし、このまま隠し続けることは自分にとっても、ミウにとっても、『本当のこれから』というものから目を背けることになってしまう。ミウは何時までもここにいられるというわけではないのだ。そして自分も――。
「今日も天気がいいね」
 ミウが空を仰ぎながら、呟いた。
 何処までも続く色とりどりな花を身につけた草原に一つ風が吹き抜ける。
 アルセウスはここで話そうかと思い、立ち止まった。
 この告白でミウがどうなってしまうのかなんて分からない、だから、アルセウスは緊張していた。しかし、一呼吸をゆっくりと入れると話始めた。
「それで、ミウ。そなたに大事が話があるのだが」
「うん、な〜に?」
 今からこの無垢な顔に影を落としてしまうかもしれないと思うと胸が痛むほど苦しいアルセウスだったが話を続ける。
「この世界は我とミウしかいないんだ」
「え?」
「この世界は元々、我しかいなかった世界だった。そして、ミウ。そなたが元々いた世界はここではないのだ」
 徐々に曇っていくミウの顔にアルセウスの中で緊張の度合いが膨らんでいくが、ここで止まるわけにはいかないとアルセウスは自分をしっかりと持ちながら更に話を続ける。
「そなたがいた世界は美しい蒼い星の世界だ……我はその世界を殆ど滅ぼしてしまい、そしてミウと出逢い、今に至る……ということだ」
 大まかなことは話した。
 残念ながらアルセウスはあのとき出逢う前のミウの過去を知らないから、そこまで告白するまでは叶わなかったが、ここまでは話した。後はミウが信じてくれるかどうか、そしてどのような面持ちで自分と向き合うか、それとも拒絶されてしまうか。いきなりこんな規模の大きい話をされて信じろという方が難しい話だ、しかしそれは承知の上だ。
 アルセウスがそう想いながらミウの顔を見続けていると、最初は訳も分からないと言わんばかりにきょとんとしていたミウの顔が徐々に強張ってきて、なんだか苦しそうに肩で息をし始め、額からは汗がふつふつと浮かび上がっている。明らかな異変を感じたアルセウスがミウを呼ぼうとした瞬間――。

 ミウの体が地面に崩れた。

―――

 最初はミウの体を呼びかけながら揺さぶったりしていたアルセウスだったが、安静させた方がいいだろうと気がつき、しばらくミウの体を横たわしておいた。やけに時間が長く経つような感じがアルセウスの中に広がって行く中、やがてミウが目を覚ました。ミウを呼びかけると共にアルセウスの瞳に映ったのは、空色の瞳から零れるミウの涙だった。どうしたのだろうかとアルセウスが訝しげにミウを見つめると、ミウは悲しそうな笑顔を浮かべた。
「……思い出しちゃったんだ。全部」
「思い出したというと……」
「うん、昔のわたしのこと」
 ミウはアルセウスに向けていた顔を空へと向ける。その空色の瞳はまるでどこかを見つめているかのようだった。
「わたしね、ドレイイチバって呼ばれる場所にいたんだ。地下の狭い部屋に閉じ込められて、そこにいた子達とこれからわたしたちどうなるんだろうねって話したのを覚えてるよ。いつになったらその部屋から出られるんだろうって思っていたときにさ」
 ミウの腕が大きく空に仰いだ。
「どかーんって爆発みたいなことが起きて、次に気がついたときには、みんな、いなくなっちゃってた」
 空色の瞳から溢れてくる感情は留まることを知らなかった。
 いつ出られるか分からなかった部屋の中、それを壊してミウを空の下に導いてくれたのは他ならないアルセウスだった。 
 だけど、自分と同じくあの空の下を望んでいた子達は? 
 思い出した記憶によって産まれた感情の波に流されながらもミウはなんとか声を出した。
「アルセウス……わたし、アルセウスに、なんて言ったら、いいか、分からない、や……」
「ミウ」
「分からないけど、ね。でもね、でもね。今、わたしがここに、いるということは、嫌じゃ、ないから」
「……」
「不思議、なんだけど、それだけは、確かに言える、こと、なんだ」
 その言葉が終わると共に、ミウは声をあげて泣いた。これでもかというぐらいの声が空へと伸びていった。思い出された過去と今を繋いで意味を見出したミウをアルセウスはそっと前足で抱きしめてあげることしかできなかった。そして、そのアルセウスの行為をミウは拒絶しなかった。そこから見て、先程のミウの言葉は本当なのだろう。
 ミウがこの世界にいたことは、そしてアルセウスが告白したことは、決して無駄なことではないということが鮮明に輝いた瞬間だった。

―――
     
 あれから何十年の月日が経ったことだろうか。
 ミウの顔にはたくさんのしわを刻み込まれており、すっかり老婆となっていたが髪は依然と綺麗な桃色に染まっており、瞳も空色で広がっていた。
「ミウ、大丈夫か? 最近、元気がなさそうだが……」
「あら、アルセウス。えぇ、大丈夫よ。この通りにね」
 ミウの部屋でアルセウスにそう尋ねられた彼女は笑顔で腕を振りながら答えた。しかし、ミウの食べる量がここのところ最近、減ってきているし、また休みがちな日も多くなってきている。「そうか……」と言いながらも心配そうな顔を向けてくるアルセウスに、ミウは苦笑交じりでしょうがないなと言わんばかりの顔を見せた後、外に散歩しに行こうと言ったのであった。
 
 相変わらず、この世界は空と所々に花を身に付けた草原が広がっている以外に何もなかった。
 少しの間、歩き続けるとミウは草原の上に静かに座った。それに続いてアルセウスも体を草原に体を預けミウに寄り添う。
 それからお互い、しばらくは空を眺めているだけで何も話さなかった。
 ゆっくりとした時間がその場を流れていく。
 おだやかな風が流れている中で、ようやく口を開けたのはミウの方だった。
「ねぇ、アルセウス」
「どうした? ミウ」
「あの日のこと、覚えているかしら」
 アルセウスは首を傾げた。あの日とはいつのことなのだろうか、今までミウとは数十年の間、共に暮らしてきたのだ。ミウにとって話したい『あの日』を特定できるわけではない。アルセウスが答えないでいるとミウの口が再び開いた。
「わたしに全てを教えてくれた日のことよ」 
「……あの日、か」 
 アルセウスがそのときの情景を思い出すかのように呟いた。ミウが言った『あの日』とはアルセウスがミウにこの世界のことや、彼女との出会いのこと……そして、ミウが記憶を取り戻した日のことである。忘れるわけがない、あの日が本当のミウと自分の始まりだったと言っても過言ではないとアルセウスは思っている。今まで隠してきたものを壁とするのなら、それが取れたということは、ミウとアルセウスを隔てるものはもう一切なくなったという意味に繋がるのだから。
 あのアルセウスの告白から次の日は流石の明るいミウの顔も曇りがちだった。しかし、ミウは徐々にまた普段の笑顔を取り戻していき、アルセウスは今まで以上にミウが隣にいるということを感じられた。
「ありがとう……」
 ミウが目を閉じて続ける。アルセウスは何も挟むことなく、ミウの言葉に耳をゆだねることにした。
「あの日があったから、本当のアルセウスに出逢って、本当の私に出逢った。確かに……アルセウスが犯してしまったことはとんでもないことよ。けれどね、アルセウス、これだけは聞いて。あなたがわたしにくれた日々は確かなもので、幸せだったわ。あの子達の分も生きようと思って、こうして強く生きてこれたのも、アルセウスのおかげなの。だから、だからね……ありがとう、アルセウス」
 アルセウスがくれた日々。
 それに至るまでの過程のことを考えると、ミウにとっては複雑な気持ちだっただろう。しかし、こうして彼女なりに答えを出して、そして今、自分に告白している。その上、告白だけではなく、「ありがとう」という言葉までもミウから受け取った。
 
 おだやかな風が一つ吹く。

 ミウは静かに目を閉じたまま、アルセウスの体にもたれかかった。

 ミウの最期の温度を感じながらアルセウスの頬に一筋の涙が垂れた。
  
―――

 ミウが亡くなって翌日、アルセウスはミウを草原の下に埋めると、ミウとのこれまでの日々を眺めているかような眼差しを空に向ける。そうしてしばらくの間、そこにたたずんでいると、やがてアルセウスはその場から離れた。
 そして、アルセウスはミウを埋めたところからも、一緒に住んでいた神殿みたいな場所からも離れた場所へとやってきた。
 何故、相変わらず草原しか広がっていないこの場所を選んだのかは分からない。今まで住んでいた場所から離れることによってそこから新しい一歩を踏み出そうという考えがあるかもしれない。
 とりあえず、その場所でアルセウスは瞳を閉じると一枚、また一枚と自分の周りに板を出していった。それは雷を彷彿とさせるかのような黄色であったり、紅蓮の炎を想像させるかのような赤色であったり、水を象徴するかのような蒼色であったりと全部で十六枚の板がアルセウスの周り浮かんだ。
「この板をあの蒼い星に運べば……きっと、あの土地は潤うことであろう、全てとはいかないかもしれぬが、これできっと……」
 アルセウスが久しぶりに蒼い星を見たときに心に決めたこと――ミウに過去を告白することの他にもう一つ、それは自分の力をあの蒼い星に注ぐということだった。創造の力が源となっている板なのだ、あの蒼い星を豊かにさせることはできるはずだとアルセウスは信じていた。しかし、これを実行すると自分の力を殆ど失くしてしまうことになり、死ぬことはないかもしれないが、代わりに永い眠りにつくことになることであろう。それでも構わない、あの蒼い星の為になるのならば喜んでこの身を未来へ託そう。
 ちなみに、今やることにしたのはミウとの日々を終わらせた後にしたかったからである。自分がいなくなった後にミウを一人きりで残したくなかったからだ。
「……ミウ、そなたに会わなかったら我はどうなっていたのだろうな」
 板が一枚、また一枚と光を放ちながら消え、蒼い星へと向かっていく。
「もしかしたら我は自分で自分を殺してしまっていたかもしれないし、ずっと引きこもっていたかもしれない」
 徐々に減っていく板と共に、アルセウスの脳裏に浮かぶのはミウとの日々。
 あの日で全て失ったはず笑顔も、温もりも、全てミウと共にいたからこそ蘇ったものだとアルセウスは思う。
 こうして、自分の犯してしまった罪と向き合い、行動に移せた勇気をくれたのも他ならないミウだった。

「ありがとう、ミウ」
 
 最後の一枚が消えると、力を殆ど失くしたアルセウスはその場で倒れ、そして永い眠りについた。
 おだやかな風がアルセウスを優しく抱きしめるかのように吹き抜けていく。
 そんなアルセウスの元へと風が送った一枚の紙。
 それは桃色の小さな体に空色の瞳をした小さな生き物――アルセウスが名づけたミュウという名の生き物。

 瞳を閉じたアルセウスの顔に微笑みが浮かんだ。

―――
 
 それは遠い未来。
 蒼い星の世界の中のこと。
 とある町の民家の座敷に、桃色の髪に瞳を空色いっぱいに埋めた少女が一人と、何やら植物の種らしきものを乗せた一匹の緑色のカエルが座っていた。そしてちゃぶ台を挟んで、向こうにはには顔にしわをたくさん刻んだ老婆が一人座っていた。
「ほ、ほ、ほ。なるほど。この赤い板のう」
「うん。この前、拾った板なんだけど、なんだか不思議な感じがしてね。この町で物知りなおばあちゃんがいるって聞いたから、これがなんだろうかって相談しようと思って」
「なるほどのう」
「それで……おばあちゃん、これ何か分かる?」
「ふむ……正直に言うと流石のわしにもよく分からんのう」 
 残念そうな顔を浮べる少女に、老婆は微笑みながら尋ねた。
「そうじゃ、お譲ちゃん。これを拾ったときに何を感じたのじゃ? 不思議な感じと言っておったが」
「あ、えーと。なんか懐かしいような、温かいような感じがしたの。フシギダネにはそんな感じがなかったみたいだし……おばあちゃんはこの板を不思議だって思わない?」
「うむ、感じないのう」
「……そうかぁ。やっぱりわたしの気のせいなのかなぁ」
「フシャフシャ」
 そうそうと言わんばかりに少女の隣に座っていたフシギダネと呼ばれた子が鳴いたが、対する老婆は違う考えだった。
「いやいや、案外、お譲ちゃんに関係あるものかもしれないぞ?」
「わたしに?」
「そう、じゃから、お譲ちゃんにしか感じなかったことかもしれないということじゃ」
 自分に関係がある板……もしそうだとしたら、自分にしか会うことができる何かがある、と考えると少女はそのロマンあふれる可能性に胸を躍らせた。
「ありがとう、おばあちゃん。この板は大事に持っておくことにするよ」
「それがええ。それがええ。大事な縁があるかもしれんしのう」
 少女の明るい顔を見れたことに一安心した老婆は「ほほほ」と笑うと、そういえばとあることに気がついて少女に尋ねる。
「お譲ちゃんの名前を訊くのを忘れておったわい。良かったら教えてくれんかのう?」
「うん! わたしの名前は――」 
 
 少女とフシギダネが老婆の家にいる頃。
  
 その町の上では一匹の桃色に染まった小さな体に空色の瞳を浮べた生き物が空を飛んでいた。
  
 鳴きながら。

「みう」

 誰かを呼ぶように鳴きながら。
  


  [No.877] あわにのって 投稿者:巳佑   投稿日:2012/02/25(Sat) 03:40:05   60clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 草木も眠る丑三つ時のこと。
 満月の下、船も通っていない、静かな大海で桃色のくらげと水色のくらげが十数匹集まっていました。
 しばらくしますと大きな銀色の鳥が海底から現れます。
 それは銀色の海神様と呼ばれる者で、海から出る際に大きな水しぶきを宙に描き、それから翼を広げますと、それはそれは清らかな声で鳴き始めました。

 
 集えや集え魂の子や
 そろそろこの世からお暇する時刻
 満月が黄泉への道を照らしている間に還りましょう
 
 集えや集え魂の子や
 迷子にならぬようにこの銀色の歌が目印にしましょう
 それと黄泉行きを示す銀色の片道切符一枚忘れずに
 
 
 銀色の海神様は夜空を見上げながら、歌い続けます。
 どこまでも澄み渡るような歌声が響き渡ります。
 しばらく歌い続けていますと、遠いところから、ぽぉっと淡白くて丸っぽい光が飛んできました。
 それは一つだけかと思いきや、次々と集まってきて、気がつけば海神様の周りには淡白い光の園が生まれていました。
 そしてやってきた淡白い光から銀色の海神様から、銀色の羽――黄泉行きの片道切符を受け取っていきます。 

 
 なぁなぁどうだった
 久しぶりに家族の顔見れました ウチは大家族でね 皆いい笑顔をしてましたよ
 
 ねぇねぇどうでした
 アイツ元気そうやったなぁ もっと勝負したかったで
 
 なぁなぁどうだった
 我が子が進化していてビックリしましたわ
 
 ねぇねぇどうでした
 あの子も恋したようで タマゴを産んでいたのう はてさて どんな子が生まれることやら
 
 
 尽きることのない土産話を白い光達が交わしていますと、桃色のクラゲ達と水色のクラゲ達が動き出します。
 淡白い光達の前まで行きますと、桃色のクラゲ達と水色のクラゲ達が泡を吐きます。
 それから一つの淡白い光が、黄泉行きを示す銀色の片道切符を一匹の桃色のクラゲに見せてからその泡の玉の中に入りますと、ふわりと夜空に向かって浮かびました。
 続いて、同じように他の淡白い光が銀色に輝く片道切符を今度は水色クラゲに見せてから、違う泡の玉に入りますと、これもまた、ふわりと夜空に向かって浮かびました。
 一個の泡の玉に、銀色の片道切符を持った一つの淡白い光。
 それが繰り返されていきますと、夜空には銀色に淡白い光の川ができあがっていました。
 それはまるで天の川のように。
 魂の川が夜空を流れていました。

 
 ふわりふわりと泡の玉
 さよならと言ってパチンと割れた
 最後に映ったのは名残惜しそうな顔
 
 ふわりふわりと泡の玉
 元気でねと言ってパチンと割れた
 最後に映ったのは花咲くような笑顔
 
 ふわりふわりと泡の玉
 何も言わないままパチンと割れた
 最後に映ったのは幸せを願うかのような微笑み


 年に何回か、魂達は黄泉の国という死後の世界からこの世に戻ってこられるときがあり、数日間、それぞれ、想い想いの場所で過ごします。
 それから還るとき、銀色の海神様は魂が迷い子にならないように呼び声をかけまして、そして、桃色のクラゲ達と水色のクラゲ達の泡はいわば、魂が黄泉まで還る為の乗り物の役を果たしていました。
 泡が割れるとき、それは魂が黄泉の国へとちゃんと還ることができたことを示します。
 

 夜空を流れる魂の川
 その輝きは想いを説いて
 
 夜空にはびこる銀色の波
 その輝きは命を説いて
 
 夜空へ去りゆく一時の夢
 その輝きは刹那を説いて
 

 やがて魂の川が流れ終わり、夜空にいつもの静寂が訪れますと、桃色のクラゲ達と水色のクラゲ達は海の中へと帰っていき、銀色の海神様は夜空高くへと翼をはためかします。
 今回もしかりと魂達を黄泉の国へと送ったことを知らせるかのように。
 また彼岸の日を迎えたときにお会いしましょうと挨拶に願いを込めながら。
 
 清らかな声で歌い去りて。


  [No.878] あかむらさき 投稿者:巳佑   投稿日:2012/02/25(Sat) 03:41:56   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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【0】
「ふ、ここで出逢ったのも運の尽きだ」
「きゅう……」
「怯えているのか? 可愛そうに……だが安心するがよい。すぐに勝負をつけてやる」
「きゅ、きゅうっ!」
 空は灰色模様の平原で、一匹のニドランメスと対峙している紫色の生命体が一匹。身長差、体格差がかなりあり紫色の生命体が圧倒的に有利である。
 紫色の生命体が攻撃体勢を構え、ニドランメスに緊張感が駆けてゆく。紫色の生命体が先に動き出した! 
 三本指を前に突き出し――!

「ゆびをふるっ!!」

 紫色の生命体が技名そのままに指を振ると――。

 チャリーン☆ という金属が地面に落ちたかのような音が辺りに散らばった。
「……四百四十円。ふぅ、『おまもりこばん』の効果は絶大だな。やはり二倍は違う。二倍は……あ、そこのニドランメス、協力、感謝する」
 気絶しているニドランメスにそう言うと紫色の生命体はどこかへと去っていった。



【1】
『じばく』一回、『だいばくはつ』三回、『ねこにこばん』五回。
 今回は上々な結果だと呟いている者が一つ。
 その身を完全に隠した漆黒のマントを地面まで垂らし、これまた漆黒のヘルメットを被って、完璧に身を黒に溶かした者である。
 変質者。 
 一見、傍から見たら奇妙な奇妙な(大事なことなので二回)変質者である。
 何かヤバイもの……あれか、ロケット団みたいなマフィア的なものに手を出しているのではないかと懐疑満載の視線をもらってもおかしくはない。実際問題、平日昼間の賑わう街中に姿を現した、その……変質者に道行く人は顔を合わせてジィーッと視線を貼りつけたり。または口を合わせてヒソヒソと。とにかく、その変質者は注目を浴びていたのであった。身長が二メートル程あったのも目立つ要因の一つだった。
 そんな人々の視線や言葉に謎の変質者は気がついていた。
 内心で大量の冷や汗をかきながら、謎の変質者は目的地まで歩き続ける。ばれてはいないだろうか。いや、ばれてはいないはずだ。大丈夫大丈夫……大……丈夫のはず、タブンネ。そう心の中で呟いていると、謎の変質者の足はようやく目的地までたどり着いた。ここまでやけに時間が長かったような気がする……特に街中に足を踏みこんでからは……と、謎の変質者は更に肝を冷やしながら中へと入っていった。

 買ったものは昼食用の五百ミリ入りヤナップ印の緑茶と、海苔弁当一つ。それから先取り情報満載の週間雑誌『ポケ友』など、計二千円の買い物。
 今日はツイてる、これだけの買い物をしたのは実に久しぶりだと謎の変質者は買い物袋を持ちながら、ルンルンとスキップみたいなことをしている。
 格好との凄まじいギャップで変質度が上がった!  
 先程の冷や汗はどこへやら。幸せモード全開で謎の変質者が先を進んでいると、どてん! という何かにぶつかる音が。続いて何かが割れる音が鳴り響いた……その音で、ようやく我に返った謎の変質者が下を向くとそこには尻餅をついている少女と散らばっている何かの破片が。「す、すまない」と謎の変質者が言おうとした瞬間だった。小さな少女が立ち上がったかと思いきや、いきなり飛び上がり――。
 前倒ししながらラリアットを決めた。
 唐突な少女の攻撃(しかも威力が高い)に謎の変質者は「ぐえっ!」と蛙のような鳴き声をあげると、そのまま倒れ――続けざまに今度は腹に重い一撃を喰らった謎の変質者はそのまま夢の中へと沈まされたのであった。
 
 なんだか体に違和感を感じながら謎の変質者がようやく目を覚めると、そこはどこか家の中だった。十畳ほどの部屋にベッドと小さなテーブル、部屋の奥にはキッチンらしきものがあり、そしてピカチュウやピッピといった可愛いぬいぐるみが所々に置かれてあった。「なんだここは……」と呟いている謎の変質者はやがて自分の姿を見て目を丸くする。マントやヘルメットが剥がされて紫色の肢体をさらされており、それにロープでぐるぐる巻きにされているではないか。おまけに手持ち道具が全てなくなっている。
「……ようやく目を覚ましたわね、こんちくしょうが」
「え?」
 声のする方へ謎の変質者が目を向けると、そこにはコンビニ袋を提げている少女が一人。身の丈は百四十センチ程、燃えるような赤色の髪をツインテールにして腰まで垂らしていた。その少女はオニゴーリのような形相を浮かべながら謎の変質者を睨みつける。ただならぬ殺気を感じて、謎の変質者は思わず喉を鳴らした。
「さてと、説教をかます前にいくつか質問するから答えろ、いいね?」
「え、あ……あぁ」
「まず一つ。アンタはポケモンなわけ?」
「そ、そうだ。我はミュウツーと呼ばれているポケモンだ」
「そう、じゃあ二つ目。アンタ、自分の立場分かってる?」
「い、いや、分かってない」
「だよねー。あははは――ざけんなよ」
 声は容姿通り可愛い声、しかしそれは表面だけの話で実際中身はそれとは全く異なるドスの効いたもの。謎の変質者――ミュウツーは嫌な予感ばかりしてならなかった。正直言って、何これ怖いガクブルといった状態である。
「アンタさぁ、いきなりワタシにぶつかってきてねぇー。コレを見事に割ってくれたんだよねぇー」
「……」
 怖い、笑顔でしゃべっているが、少女の顔は絶対笑っていない。そうに違いない……というか逃げ出したい気持ちが膨らんできているミュウツーに少女は一枚の何かを出し「これなんだと思う?」と尋ねた。花弁のような模様が描かれている……何かの破片のようなもの。しかし詳しい事情を知るはずもないミュウツーは首を横に振った。
「まぁ、そうだよね。あのね、これね、大事な大事な壺ってやつなのよ」 
「壺……?」
「そう壺。昔のとある職人とドーブルが作った傑作の壺」
「ほう」
「それをね、送る途中でアンタってやつは……!!」
 少女がそう言いながらどこからか鉄製のハリセンを取り出すとバシンッ! と物騒な音を叩き出した。殺られる――そう思ったミュウツーに戦慄めいたものが駆け巡っていった。しかしこのままビビっているままでは色々な意味で危ないと思ったミュウツーはなんとか喉を絞って言葉を抽出する。
「いいい、いや、あれは我のせいでは……」
「るっせぇー! てめぇからぶつかってきたんだろ、 このヤロー!!」
「ぐおっ!?」
 鉄製ハリセンによって一蹴された。
 ミュウツーが大きなたんこぶを作らせた頭を苦悶な声を上げながら抱えていると、少女が「あれ、いくらか分かる?」とミュウツーに尋ねる。ここでまたニッコリと笑顔で訊かれるなんて怖い以外何物もない。しかし繰り返し、詳しい事情を知らないミュウツーはとりあえず「い、一万とかか?」と答えると――。
「アホか!」
 また鉄製ハリセンで一蹴された。
「あれは百五十万するんだよ! ばかぁ!」
「なんだと……!?」
「社長が肩代わりしてくれて助かったわ。それに返済はいつでも待っていてくれるらしいし、さっすが社長、懐が違うわ。どこかのポケモンとは違って」
 そう言った後、少女から見下ろされたミュウツーの感覚に戦慄(せんりつ)が走った。逆らったら確実に殺られるとミュウツーの本能が叫び声のように訴えかけてくる。冷や汗が全く止まらないミュウツーに少女は鉄製のハリセンの先端を刀のように目の前へと突き出し、こう言い放った。
「……弁償してもらうからね、百五十万……!」 
「な……!?」  
 ミュウツーの目は丸くなった。運よく一日一回『ゆびをふる』を成功させたとして、『おまもりこばん』込みで計算すると三千四百と九日分――約九年程、この少女といないといけないのか? そうなのか? 駄目だ辞めてくれ、体が持たない、こんな自分に恐怖を与えるほどの少女となんか絶対に持たない、そうミュウツーは言いたかったがもちろん言えずに。
「異論は認めないからね」
 結局、少女の笑ってない笑顔でミュウツーは三度一蹴されてしまったのであった。 
 

【2】
『ゆびをふる』からの『ねこにこばん』で借金百五十万返済計画! ということにはならず……代わりにミュウツーは少女が働いている配達業『デリバードのよろずやプレゼント』なるところにお世話になることになった。とりあえず少女が事情を話すと、社内の人達からあっさりとオッケーをもらえた。なんでも人手はいくらあっても足りないぐらいだという。むしろ力持ちなポケモンが働けるというなら大歓迎だった。
 早速、仕事に入ることになったミュウツーは倉庫に集まっている配達箱の整理をしたり、宅配作業にも携わることになった。仕事の覚えはいいからそこは問題はないとして、百五十万円までの道のりは長いものになりそうだった。
「次、これ。三丁目の山田さんちに運んでって」
「やけに大きい箱だな……」
「文句を言わないでさっさと運べ!」
「後、この着ぐるみもなんとか――」
 鉄製ハリセンの打撃音が鳴り響いた。
 渋々、仕方なくミュウツーは配達に出かけて行ったというわけである。今、ミュウツーは(デリバード型の)着ぐるみを装備しており、動くと中がとても熱い。太陽がさんさんと射してくる光、そしてその熱気を返してくるコンクリート、汗がだらだら止まらない。しかし外すことは叶わなかった。少女曰く「これがアンタのユニフォームだから、絶対脱がないこと。いいね? 宣伝にもなるし……外したらぶっ倒す」とのこと。脅迫ではなく本気でそう言ってくるから逆らえなくて怖いとミュウツーは愚痴っていた。
 
 ここで話が少しさかのぼるのだが、元々、ミュウツーは火山がある島町の研究所に住んでいたポケモンであった。
 その研究所で産まれ、育てられたのだが、ミュウツーにとってはおよそ育てられたものではないと思っている。
 産まれたというより、意識が芽生え始めたときには奇妙な液体の中にいて、ずっとそこからしか世界を覗くことしかできなかった。
 目に映るのは、二十四時間ずっと研究所でなにか怪しいことをしている人間たち。
 耳に届くのは、不気味な電子音や、奇妙な液体の流れる音、それからときどき自分に話しかけてくる人間の声。
 そして頭に届くのは、まるでノートを真っ黒にさせるかの膨大な文字に、酔って気持ち悪くなりそうになるぐらいに次々と入り込んでくる景色。
 それから諸々。
 
 こんな風に、研究所によって自分というものが縛られているのに限界が来て、こうやって飛び出して、曲がりなくも自由に生きてきて、心が落ち着いてきたと思った矢先にまたこうやって自分の身が縛られてしまうとは誰が思ったことだろうか。まぁ、自分にも非があるのだから仕方ないとは頭では書かれていても、心では認めたくなかったミュウツーは思わず呟いていた。
「だいたいアイツが小さすぎるのが悪いんだ、小さいのが」
「へぇ……わたしのせいなんだ……言ってくれるじゃない」
「そうそう、お前のせいだ、お前の」
 無意識に返事をしたミュウツーに一人の殺気が届く。
 まさかと思いながら、そのまさかではないようにと願いながらミュウツーは振り返ったが、残念ながら、そこにいたのは紛れもなくあの少女だった。どこかの力士像の如く仁王立ちしており、指をポキポキを鳴らしている。顔は笑顔を貼りつけていたが、到底、誰かを癒すといった笑顔ではなかった。まさかの状況に、暑苦しい着ぐるみの中だったが、今のミュウツーは北極にいるかのような気分だった。
 無意識にミュウツーの歯がガチガチと恐怖を鳴らし始める。
「たまたま同じ道で、アンタがちんたらしている間に追いついた。状況理解オッケー? じゃあ――」
「待て待て待て待て中の荷物がどうなっても」
「それ布系のはずだから問題ない」
 必死の主張もむなしく少女の飛び膝蹴りがミュウツーにヒットした。コジョンドも真っ青のスピードと威力にミュウツーの腹から蛙が潰れるかのような音が鳴り響き、そして三十メートル程、ミュウツーは吹っ飛ばされた。
「次、身長のこと言ったら、マジで半殺しだかんね!」
「……ゴホ、グホ、き、肝に銘じておく」
  
 あれから早くも二週間が過ぎ去り、用があると言って去って行った少女にホッとしながらもミュウツーは仕事を続け……ようやく休憩が入った頃、テーブル二つと椅子数個が無造作に置かれてある休憩室みたいな場所で、ミュウツーが暑苦しい着ぐるみを脱ぐとそこにいたのは白い袋を持った赤い鳥ポケモン――デリバードだった。なんとこのデリバードが『デリバードのよろずやプレゼント』の社長であったりする。
『名前のまんまというツッコミは許す。ただしポケモンがどうやって会社経営しているのだという深追い禁止』
 これが社内規約の一つだったりするわけだから、実際のところどうやって経営しているのだろうかは謎のまた謎なのである。
 デリバードがミュウツーに「でりっ!」と声をかけてきた。ミュウツーも「あぁ、お疲れ」と返すとデリバードがペットボトル一本――ヤナップ印の緑茶を出してきてくれた。ミュウツーは「すまない、恩にきる」と受け取るとその場で座り、早速いただくことにした。独特な苦みが疲れを癒してくれそうな気がしてなんとなく落ち着く……ホッと安堵の息を一つ漏らしたミュウツーの隣にデリバードがちょこんと座った。
「でりば、でりでり?」
「ん? 仕事の方は順調かと? まぁ……なんとかなってはいるかって感じだな」
「でりでりでり」
「ゆゆら……? そういえば、あぁ、アイツのことか。一緒に生活しているそうだけど、どうだって? もうそんなこと決まりきっていることだ。最悪だ、最悪」
「でり?」

 まだ一緒に過ごして短いというのに、ミュウツーにとって忌々しいことは数知れずだった。
 まず、一緒に過ごし始めて初日のことだった。いきなり使いパシリされたのである。
「コンビニでビリリダマビールを二本に、グレン印の温泉まんじゅうを一セットを急いで買ってきてね」
「ま、待て、子供が酒など」
 しかしここでゆゆらに無言のにらみをもらってしまい、結局、何も言えずじまいにミュウツーは言うことを聞くハメになった。ツボを割ってしまった罪悪感からくるものもあるかもしれない、居候するのだからこれぐらいはというのもあるかもしれない。でも一番は――逆らえない、この言葉に尽きるような気がしてミュウツーは怖かった。コンビニに行く際、ゆゆらと同じ年頃だろうと思われる子が無邪気に走っているのを見て、思わずミュウツーは溜め息を吐いた。ゆゆらにはこういう一面はないのか、そうなのかと。
 他にも部屋の掃除を頼まれたり、ゴミの片付けを頼まれたり、そしてゆゆら自身はというと気がつけば自分を残してどこかに行ってしまうし、もうなんだか置いてかれている感がミュウツーには否めなかった。逆らったら怖いというのは大いに分かったのだが、それ以外のことは全く分からない。あの性格だ、もしかしたら、変なことに手を出しているかもしれないとミュウツーは思った。変なこと、例えば、そうマフィアといった類。しかし、それはミュウツー自身がこの街にきたときに周りから思われていたことでもあるのだが、という真実をもちろん彼は知らない。
 こんな風に思い出しながら、苦虫でも噛んだような顔を浮べて愚痴をこぼしているミュウツーにデリバードが口を開いた。  
「でりぃ、でりば、でりでり、でりば」
 その言葉にミュウツーはまさかと馬鹿にするかのように鼻を鳴らした。
「悪いが言わせてもらう、そんな馬鹿なことはない。アイツには優しいという言葉はきっとない」 
 デリバードが言うには、ゆゆらは本当は優しくていい子だということだったが、今までの仕打ちからして、到底ミュウツーが信じられるものではなかった。また、今までゆゆらに何か気の効くようなことをされたことがあるかと言われれば、答えはもちろんノーである。この二週間でミュウツーが認識したゆゆらの像は、横暴、乱暴、凶暴、といった感じにとにかく暴れ馬の如く手がつけられないといったものだった。このように全く信じようとしない態度を取るミュウツーにデリバードが声量をあげて訴え始めた。
「でり……でりでりば! でりば、でりでり、でりばーでりでり、でりでりでりばっ!」       
「……な?」
 誤解されては困るというデリバード社長からの告白に、ミュウツーの顔はだんだんと驚きの色に染まっていき、しまいには目を丸くさせていた。
 その言葉の一つ一つにはミュウツーの偏見を壊すほどのものが込められていた。

 その日は仕事を早めにあがることにして、デリバード社長に教えてもらった住所へとミュウツーは向かうことにした。昼間は近所のおばちゃんの井戸端会議で騒がしく、夜には会社帰りの人達が酔って騒がしい商店街とは離れている場所で、見晴らしの良さそうな丘の近くにそれはあった。一軒の二階建ての構造となっている青い屋根の家で、鉄柵が敷かれている門の傍には『あおいとりのゆりかご』と書かれてある札があった。それと鉄柵の向こう側には家があるのはもちろんのこと、比較的小さいながらも公園のような遊ぶスペースがあって、ブランコやすべり台、砂場などもあった。
 ここがそうなのかとミュウツーは呟きながら、辺りを見渡す。この家の周りはあまり建物もない閑静な場所なのか、人は全くと言っていいほどいない。誰にも見つからないように来たミュウツーには実に都合が良かった。これからこの中の様子を覗くのだからあまり人がいない方がもちろんいいに決まっている。ちなみに身にまとっている装備は例のデリバードの着ぐるみではなく、旅の相棒と言っても過言ではない漆黒のマントである。これなら姿が闇夜に隠れて事を進めやすい。
 ミュウツーはもう一度だけ左に右を顔を向けて人がいないことを確認すると、軽い身のこなしで門を超えた。ひらりと漆黒のマントが空を踊るが、音はあまりたたず、そして着地にもを配って、なるべく音を最小限に抑える。こうして無事に侵入を果たしたミュウツーは玄関前の扉の前から姿を消し、建物をぐるっと回ると、庭の方に出た。庭にはオレンの実やらモモンの実などが育てられているような木があり、また都合のよい隠れ場所を見つけたものだとミュウツーは心の中でガッツポーズを決めていた。とりあえずその木々の内の一本を選ぶとミュウツーはそこに体を忍ばせると、その木の向こう側にあるガラス製の引き戸――つまり建物の方へと意識を傾ける。桃色に染まった厚手のカーテンで中を覗くことは叶わなかったが、それでもミュウツーは目を閉じ、耳に意識を集中させた。元々、身体的能力がずば抜けているミュウツーだったが、旅を続けている間にその能力を高めたらしく、集中すれば百メートル先の事情も聞くことができるようになった。
「はい、ロイヤルストレートフラッシュ。わたしの勝ちね」
「ゆゆらねぇちゃん強すぎ」
「これでさんれんぞくって、ぜったいふせいこういしてるよねっ?」
「タネも仕掛けもないわよ。運も実力の内、これがわたしの実力、分かった?」
「よっし、次は何人かでゆゆらっちを監視だ!」
 そこで何人かの子供が「おー!」という声をあげる。どうやら部屋の中ではトランプでポーカーをやっているようだった。ミュウツーもその遊びは知っていた。ただ知識として知っているというだけでやったことは一度もないが。それにしても運が良い奴だと、ミュウツーは思った。今の自分に置かれている立場とは大違いだと、正直、うらやましかったりした。
 ポーカーはその後も続けられていき、ゆゆらは持ち前の運の良さを発揮し、周りの者たちは不正を発覚させようと活きこんでおり、そして楽しそうな笑い声もそこから溢れてきた。その楽しげな雰囲気にミュウツーはなんだか今ここに自分がぽつんといることがみじめになってきた。一人旅を続けてきた自分にとって、誰かと一緒にいるということは初めてのことだった。契機はとても褒められたものではなかったし、その誰かさんには散々使い走りされたりであるし、いい思い出なんてどこにもない。
「はい、またロイヤルストレートフラッシュ」
「また〜!?」
 そんな会話でミュウツーは現実に戻ってきた。
 不思議な感覚だった。
 さっきまでデリバード社長に愚痴をこぼしていたのに、どうして、ここまで彼女のことを考えてしまったのか自分にも分からない。
 先程のデリバードの話に同情して、心が変わったというのか、いやそれはないかとミュウツーは首を振っていた。
 そのデリバード社長からもらった話はこうだ。
 
 ミュウツーが今いる、ここ――『あおいとりのゆりかご』はゆゆらが育った場所であった。
 
 ゆゆらは小さい頃、両親を亡くして孤児院といった施設育ちの子だという。
 デリバード社長が施設の関係者から聞いた話だそうだが、ゆゆらはいつもやんちゃでおてんばな性格ではあるものの、責任感は強く、あの強さもそこから身に付いたものであろうとのこと。まぁ、強くなりすぎて、時々別方向になったりしているのが玉に傷なのだが。しかし、ゆゆらは誰よりも強くなった――それはきっと誰も失いたくないという気持ちから来ているのではないだろうか……まぁ、これは施設の関係者による推測だけどとデリバード社長は付け足していたが。
 それで、ゆゆらは時々、『あおいとりのゆりかご』に顔を出したりしては買ってきたお菓子などを子供達に分けたり、遊んでいたりしているという。今日も早めに仕事を切り上げたのはそこに行く為であったのだ。
「ねぇねぇ、ゆゆらおねえちゃん、今度はポケ生ゲームで遊ぼうよっ!」
「いいけど、それ一回やると長いでしょ? あ、そうだ。夕飯に出る野菜を食べるって約束したらやってあげてもいいわよ?」
「ゆゆらおねえちゃんのイジワルー」
「お、おれ、ちゃんとやさい食うもんね!」
「わ、わたしだって!」
「ぼ、ぼくもー!」
「はいはい、分かったから、分かったから。そいじゃ、準備しよっか」
 更に場を包む楽しそうな声に、これ以上いても邪魔になりそうだと思ったミュウツーはその場から去っていった。吹き抜ける風がなんだか冷たかった。


【3】
 ミュウツーが『あおいとりのゆりかご』に赴いてから数日後の夜のこと。
 ミュウツーが居候させてもらっているゆゆらの部屋に戻ってくると、ドアは開いていたのだが彼女の姿はおらず、電気を付けると居間にあるちゃぶ台の上には一枚の紙切れがあった。そこには『ちょっと出かけてくる』と短い一文だけ書かれてあった。鍵を閉めないでいくとは不用心だと呟きながらミュウツーは今日の帰り際にデリバード社長からもらったビニール袋から一本、おごってもらったビール缶を取り出した。そして、ちゃぶ台のところに座り、カシュッといい感じに缶を開けると早速一口飲み、ミュウツーは一息ついた。実は旅の途中でも一、二本味わったことがあるだが、人間は中々ぜいたくなものを飲むものだなとミュウツーは思った。程なくしていい感じにほろ酔いが回ってくる。
 そういえば、ゆゆらは仕事を早く切り上げていたから、またあそこへ行ったのだろうかと思いながら、ミュウツーは天井を仰いだ。それから、ゆゆらにとってあそこにいる子達が妹や弟で、大事な家族なんだろうなとふと考え始める。あの日、窓越しから聞こえた楽しそうな声が今でも忘れられないままでいる。なんで、ここまで脳裏に焼きついているのだろうか。
 もしかして、自分はゆゆらのことがうらやましかったからとでも言うのだろうか。
 自分は研究所に産まれて、育って、周りに人はいたけど、自分にとってはいないも同然で、研究所に出たのはいいけど、自分の世界が広がったのはいいことだけど、なにかが胸をつっかえていた。
 それは恐らくゆゆらと共に暮らし始めてから、ミュウツー自身が気がつかない内にあったのかもしれない。
 
 自分は意外と寂しがり屋かもしれない、ミュウツーがそう思うと、酒がまずくなった。
 
 今日はこのまま寝るか――そう、ミュウツーが目をつむったときのことであった。
 玄関の方から扉が開く音がした思いきや、居間に現れたのは白いヒゲをたくさん蓄えた白衣姿の老人が一人と、黒い服に身をまとったサングラスをかけた若い男が二人。
「……何者だ」
「いやぁ……ほ、ほ、ほ。まさかこんなところにいたとはのう」
「生体確認完了。新種のポケモンだと思われます」
「能力確認完了。高個体、ロリコ博士、お気をつけて」
「なぁ〜に。大丈夫じゃよ。ワシが何も準備をしないでここに来たとでも?」
 ガハハと笑い声を上げるロリコ博士と呼ばれた老人に、ミュウツーはなんとなく嫌な予感がした。博士ということは自分が嫌いな研究所類いのものに違いない……ミュウツーは一気に酔いからさめ、そして身構えた。そんなミュウツーの姿にロリコ博士は「ほ、ほ、ほ。話が進めやすくてよいのう」と言うと、ミュウツーに歩み寄る。ここで家の主であるゆゆらの許可なしに暴れてもいいのだろうか、そうミュウツーが考えているとロリコ博士が口を開き、いきなり告白した。
「さて、キミをこれから研究所に連れていって、色々と実験したいのだが」
「だが断る」
 ミュウツーが断固拒否するとロリコ博士がガハハとまた笑い出す。「何が可笑しいのだ」と睨みつけるミュウツーにロリコ博士はニヤリとイヤらしく口元を歪ませた。
「ワシが何も調べずに来たかと思うか? ならば、よろしい。色々と調査したものをお前さんに聞かせてやろう」
「なに……?」
「本名、神寺希ゆゆら(かんじき ゆゆら)今年で十五歳、少々暴れん坊な性格。六歳の頃に事故で両親を亡くし、孤児院で育てられる。十歳で巣立ち、『デリバードのよろずやプレゼント』に働き始め――」
 以下、三十分程続くので割愛。
「そして、キミはミュウツーと呼ばれているワシ達にとっては新種のポケモンで研究対象。以上」
「何故に我のときだけ、そんなにバッサリしている!?」
 ミュウツーのツッコミにロリコ博士はまぁまぁと言いながら、一冊の薄い本を取り出して「別に来ないなら来ないでいいのだが」とミュウツーに渡す。両手両足は鉄製の枷で繋げられており、ぼろぼろな服をまとって、赤いツインテールを揺らしながら半裸少女が潤んだ目でこちらを見つめてくる表紙の薄い本。まさかこの赤いツインテールの子って……そう思いながら、ミュウツーは本を開け――。

 鼻血が本に吹き飛んだ。

「この子がそうなっても知らないぞ?」 
「……分かった。分かったから、絶対にゆゆらには何もするな……!」
「話が分かってよろしい」
「くそ……!」
「なんとでも言えばよい……それにしても我ながらよく描けたものだなぁ。よし新刊はこれで行こう、これで」
「……間違いなく、肖像権とかで訴えられるぞ、貴様」
 ロープで手首を縛られ、連行されるミュウツーはとりあえずゆゆらに危害が及ばないことを良しとすることにした。それから借金を返せなかったことを心の中で呟くと、そこからは何も考えないようにした。


 アパートから車で連行されること約五分程、人通りのない路地裏の一角に地下に続く薄暗い階段があり、そこを下りていくと、真白に染まった廊下が現れた。そしてそこを通る途中で何人かの白衣姿の人と会う。
「御苦労さまです、ロリコ博士」
「それが例の新種のポケモンですか……!」
「もしやと思って追跡調査を頼んで正解だったわい」
「流石、勘の鋭い方ですなぁ」
 ミュウツーにとっては他愛もない談笑が数分間続いた後、再び歩き出し、ようやく研究部屋らしきところに着いた。パソコンが何台か起動してあり、他にもなんだか精密機械みたいなものも完備してあり、そして空調の音にピコピコといった感じの電子音が絶え間なく鳴り響いていた。
 そこでミュウツーはようやく手首を解放され、それからロリコ博士のされるがままに、赤、青、黄といった変なコードを体に付けられる。「大丈夫じゃ。まずは生体をより精密に調べるだけじゃからな」と、そう言いながら作業を続けるロリコ博士をよそに、ミュウツーは嫌な思い出を頭の中に浮かべていた。自分が産まれた研究所では変な液体漬けにされたときもあったけど、ここでもそんなことをされてしまうのだろうか。体は持つのか、精神は持つのか、他人の命を弄ぶ気か、そんな不満を思っていたのだが……今、ここで騒ぎを起こして、ゆゆらの身に何かが起こるのも嫌だった。
「どうした? なんだか心拍数が上がっているみたいだが。ガハハ、そんなに緊張することないぞ。リラックスにな。リラックスに」
「……誰のせいだと思っているんだ。誰のせいだと……」
「ん? 何か言ったか?」
「何も言ってない。空耳だろう」
 とりあえず、自分が黙って従っていればゆゆらには危害は及ばないし、それに反抗的なことさえしなければ、きっと何事もなく――。
 ここまで考えて、不思議なことにミュウツーは気がついた。誰かを守る為にこうやって捕まるとは、と。本来なら自由を求めていた自分なのに、自分に嫌なことをしてくるゆゆらのことなんか気にしなくてもいいのに、どうしてなのだろうか。気がつけば、ここまで、ゆゆらのことに必死になっている自分がそこにいたという事実にミュウツーは目を丸くさせていた。
「ふぅむ。やっぱり波長がちょっと乱れておるのう。やはり少し固くなっておるか? なぁ〜に、この研究所ではしっかりとお前さんを可愛がってやるから心配せんでいい」 
 その後のロリコ博士の笑い声に、ミュウツーは正直に言うと嫌な予感しかしなかった。
 けれど、動かなかった。
 口ごたえもしなかった。
 ただ、無言の主張を紫色の瞳に乗せて、ロリコ博士を睨みつけていた。
「まぁ、そんなに研究というもんを邪険にしないでくれい、と言ってもすぐには信じてくれないじゃろうけど」
 あのような脅迫をかましてくる奴のことなんか信用ならない。
 ミュウツーがまた睨み続けていると、ロリコ博士はやれやれといった顔になった。
「ふぅ。そこまで睨まれても困るのう。まぁ、よい。やがてここの居心地良さが分かるじゃろうよ」
 そんなことあるものかとミュウツーが思ったのと、ロリコ博士がミュウツーの傍を離れたのは同時のことだった。ロリコ博士が丸底フラスコに水を入れ始めると、本が乱雑に置かれてある机の上に鎮座していたアルコールランプでそれを熱し始め、近くに置いてあったコーヒーの素が入っているビンを取った。どうやら一服するようだ。
 コーヒーを作っているロリコ博士の後ろ姿を見ながら、ミュウツーはゆゆらのことを思っていた。
 今頃、何をしているのだろうか。
 借金を返さないまま消えて、きっと怒っていることだろう。
 次に再会できた日には本当に殺されそうで、怖い――怖いのけれど、何故か、ミュウツーから笑みがこぼれていた。
 しかし、再会という言葉にミュウツーの顔はあっという間に曇った。
 果たして、再会できるのか? 
 この研究所から脱出できるのか?
 あのときは、自分の為だけであったし、脱出することによって失うものなんて何もなかった。
 けれど、今回はどうだ。ゆゆらが人質的な立場にある以上、むやみに脱出することはできない。自分の力ならここから脱出して、他の地方に雲隠れすることは可能だ。しかし、その代わりにゆゆらの身に何かが起こることは間違いなしだ。あの男の顔には嘘という文字はなかった、これだけは分かる。今のミュウツーにゆゆらを見捨てることなんてとてもできなかった。多分、旅をしている中で、本当に自分が欲しかったのは自由ではなくて――。
 そこまでミュウツーが思ったときのことだった。
 
 何やら激しい爆発音らしきものが鳴り響いた。

 それから一人の若い助手らしき丸底眼鏡をかけた青年が慌てて部屋に現れた。
 そのときミュウツーの目に入ったのは、戸が開かれた先に倒れているカイリキーの姿だった。たくましい筋肉を乗せた灰色に染まった四本の腕がだらしなく倒れている。
「ロリコン博士! ロリコン博士!」
「ンは余計じゃ! 落ち着けい! どうした、何があったのじゃ!?」
「ひ、一人の少女がこの研究所に侵入してきてるんです!!」
「なんじゃと!?」 
 ミュウツーも目を丸くさせた。
「ハッ……! そうじゃ、少女の容姿は!?」
「身長は百四十センチ程で、赤い髪をツインテールにしています!」
 まさかまさかとミュウツーの心臓は鼓動を速める。
「カイリキーとか、ゴローニャをのめすなんて一体……どうやってあの小さな体から力がぁあああっぷおう!!??」
 助手がいきなり飛んだかと思いきや、そこに現れたのは赤い髪のツインテールを揺らしている一人の少女。
「身長のことは言うんじゃねぇよ、この野郎っ」
「ゆゆら!」
「ここにいたんだ。ったく、いきなり連れてかれてると思ったら、こんな変なところにきちゃって」
「ま、まさかついてきたのかのう!?」
「当り前じゃない。コイツには借金がまだ残ってるもん」
 どこで見かけたのかは分からないが、まさかここまで付いてこられるなんて、この少女のスペックは一体なんなんだとロリコ博士が思っているのをよそに、ゆゆらはミュウツーの元につかつかと歩み寄っていくと、ミュウツーの体にまとわりついているコードをぶち抜いていく。そのゆゆらの手が少しばかり赤くなっているのにミュウツーは気がついた。
「手……大丈夫か?」
「ん? あぁ、これ? カイリキーは余裕だったんだけど、ゴローニャは流石に硬かったわ。まぁ大したことはなかったんだけど」
 どれだけチートな少女なんだ。より強いポケモンとして産まれてきた自分に対してもラリアットとか決めるし、全て常識に当てはまらない、通用しない。まぁ、きっとそれがゆゆらの確固たる強さの一つの証というものかもしれないとミュウツーは思った。
「待て待て! 神寺希ゆゆら!」
 名前を呼ばれたゆゆらはロリコ博士の方に顔を向ける。その顔は誰だよコイツはと思いっきり顔に書いてあったように見える。
「お前さんの事情は知っておる! ここで大人しく、ミュウツーを置いていったら、百五十万、払ってやろ――」
 刹那――ゆゆらはロリコの胸元をつかんで自分のところに寄せると、思いっきり睨みつけた。その眼力に、あれだけゆゆらに対して脅迫まがいのことをしたロリコ博士も身をすくませた。睨みつけられてはいないがミュウツーも思わず身をすくませた。ゆゆらの瞳からにじみ出していたもの、それは本物の殺気だった。
「コイツがちゃんとわたしに働いて返してもらうんだから、余計なことはしなくても結構よっ」
「だが、すぐに百五十万をもらえた方が――」
 なんとか喉を振り絞るかのようにロリコ博士が言うと、ゆゆらが思いっきり、ロリコ博士の急所を蹴り上げた。あまりの痛さにロリコ博士は苦悶の声を上げた。同じ男であるミュウツーは思いっきり目をつむった。あれは確かに痛い。思わず敵ながら、そこだけは同情していたミュウツーである。
「るっせぇよ! わたしが決めたことにチャチャ入れんじゃねぇ!」
「ゆゆら……」
 自分より小さい少女なのに、今のゆゆらが見せた真っ直ぐな心はミュウツーの心を一瞬で惹かれさせていった。研究所に出て、自由に生きたい、あれも真っ直ぐな心だったのか、ミュウツーは今のゆゆらに昔の自分の姿を重ねると、胸に熱いものが迫ってくるのを感じた。
「ったく、アンタもアンタよ。なんでこんな奴らについて行くのよ」
「いや……ゆゆらに危害を加えるとかそんな脅迫をな――」
 ゆゆらがミュウツーの頭にチョップをかました。「ぐえっ!?」とミュウツーから悲鳴が上がる。
「わたしが負けるわけないじゃん。何考えてんのよ」
「……確かに」
 ミュウツーがそう苦笑を交えながら立ち上がった。自分の杞憂に終わったかな、だったら脱出した方がまだマシだったかもしれないと思いながら、依然と急所に手を押さえながらうめいているロリコ博士の元に歩み寄った。
 もう迷いはしない。
 自由が欲しくて研究所に出たのだから、もう二度と戻るようなことはしない。
 そして自由も欲しいのだが、もう一つ欲しいものができたかもしれない――それを邪魔されたくなかった。
「……悪いが、これ以上、我らに何かをしようと言うのなら、容赦はしない」
 それから見せしめに一個、黒い玉を作ると、それを放ち、見事に一つの機械に貫通した。
 これが自分の意志だ――そう迷いの晴れたミュウツーの瞳がキラリと鋭く輝いて――。
 
『緊急警報、緊急警報、自爆装置が発動しました。十分以内に各員避難してください。繰り返します――』

「ばかもんが……この研究室も終わりか……退散だぁ!!」
 そう言うなり、立ち上がったロリコ博士は「まだ他にも研究所はある! ワシ達は諦めんから覚えておれ!」そんな(三流な)捨て台詞を吐き捨てながら、走り去って行った。先程の助手の姿ももうなく、場はあっという間にけたたましく鳴り響くサイレン音でいっぱいに。それから、ゆゆらは指をポキポキと鳴らしながら、ミュウツーに歩み寄った。その形相はオニゴーリの如く、そして何故かツインテールの赤い髪が怒りと共にゆらゆらと上に浮かんでいるように、ミュウツーには見えた。
「……ア、ン、タ、は、また余計なもんをぶっ壊しやがって……!!」
「ま、待て、こ、これはその、あれだ」
「言い訳無用だっつうのっ!!」 
 今、ここでドンパチしている暇はないはずなのだが、怒りで我を忘れてしまっている(と思われる)ゆゆらの攻撃に、ここで死んでたまるかとミュウツーも必死になって耐える。
 確かにあのときのツボと同様にまたやらかしたかもしれないが、これは事故だ、事故なんだと主張しても一向に止まらない攻撃と同時に、そういえば、ここから早く逃げなければマズイのではとミュウツーは今更ながら思う。

 しかし時すでに遅しだった。
『きゃは、十分経過。自爆します★』
 ミュウツーとゆゆらのやり取りを楽しそうに眺めるような声(萌え系)が響くと――。

 ミュウツーとゆゆらのいる世界が一瞬で真っ白に染まった。

 轟く爆発音が辺り一体に響き渡る。
 研究所は一気に廃墟となってしまった。
 依然と煙が立ち上る中、今度は違うサイレンの音が鳴り響く。
 赤く染まっている消防車に、白く染まっている救急車が現場へとやってくる。
 謎の爆発に誰か巻き込まれてしまってないかと、作業を開始する人達――。

 このように路地裏では緊張感が走っている中、『あおいとりのゆりかご』近くにある小さな丘の上。
 
 一本の木下にミュウツーとゆゆらがいた。
 先に目を覚ましたのはゆゆらの方で、ミュウツーが隣で倒れていることを確認すると、彼の顔を覗きこんでみた。
 ゆゆらはそっとミュウツーの腕を取ると彼の体温は冷たく――。
「死んだフリしてんじゃねぇよっ」
「ぐえっ」
 冷たくはなかった。
 俗に柔道での、十文字固めという技を決めながら、依然と怒りが収まらない様子のゆゆらに、命がけのテレポートで脱出を成功させたミュウツーは思った。

 ここで死ぬかもしれないと。

 まぁ、実際にはそんなことはなかったのだが。
 ゆゆらの機嫌が直るのに時間がかかったのは言うまでもない。


【4】
 ミュウツーがさらわれたり、研究所が爆発したりといった物騒な事件の後、ミュウツーとゆゆらは缶ビールを一本ずつ呑みながら、ゆっくりしていた。
 時刻はもう深夜を回っており、耳を澄ませば、遠くからフクロウポケモンのホーホーの鳴き声が聞こえてくる。先程までは心底から怒りを爆発させていたゆゆらだったが、少し落ち着いてきたようで、缶ビールを少しずつ口に運びながら雑誌をめくっていた。ミュウツーもなんだか解放されたような気分で一口飲む度に天井を仰ぎ、今日のことを振り返る。
 今日は本当にゆゆらに救われた。
 彼女が来てくれなかったら今頃どうなっていたのだろうかと想像しようとしたが、ミュウツーは横に首を振った。それは止めておこう。折角の酒がまずくなってしまうからとミュウツーは苦笑をこぼす。
 後、ゆゆらに救われたのは何も体のことだけない。心のことでも救われたとミュウツーは思う。
 あのとき、ゆゆらの後ろ姿を見てミュウツーが思ったのは、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなったということだった。  
 確かにあの過去は変えられないものであるし、一種のトラウマのようなものである。
 しかし、今、自分はここに生きている。
 過去に生きているわけではないのだ。
 こんなこともあったなと、それを酒の肴(さかな)にして飲み干すことができるような男になりたいものだとミュウツーは思った。
「ん? なに、見てんのよっ」
「今日は……世話になったな」
「ホントよ、全く。いい? 絶対に借金を返すまではどこかに消えるの禁止なんだからっ!」
「あぁ、分かってる」
 ふと、ゆゆらが立ち上がると雑誌を丸めてミュウツーの頭をぽこんと軽めに叩く。
 その目はどことなく真剣な眼差しなような気がした。
「絶対なんだから」   
 そう言って振り返るゆゆらに、ミュウツーはお互い酔っているものだと苦笑混じりに再び缶ビールに口をつける。
 苦い味がほどよくミュウツーの舌を走っていくのと、ゆゆらが何かを拾い上げたのは同時のことだった。
「ん? なに、これ」
 ゆゆらがしかめっつらで拾ったソレは一冊の薄い本。
 その薄い本を同じく目にしたミュウツーは目を丸くさせ、口に入れたビールを思わず吹いた。
 それは確かロリコ博士が描いたという、いかがわしい内容の――。
 あのまま置いていったのかとミュウツーが舌打ちしたときにはもう時すでにおそしだった。
 再びミュウツーの方へと振り返った、ゆゆらの顔は、それはそれはもう真っ赤に染まったオニゴーリのような形相であった。
「ま、まて、話せば分かる話せば――」
「……こういうのを買う金があるんなら、借金によこせよ、このばかぁあああ!!」
「誤解だぁああああああああ」
 こんなこともあったなぁと、この出来事も酒の肴にして飲み干すことができる日はきっと遠い。


「次! さっさとこれを四丁目の佐伯さんちに運ぶ!」
「す、少しは休憩を……着ぐるみ熱いっ!」
「文句を言うな文句を! アンタまだ借金残ってんだからっ! ほら、さっさと行く!」
「分かった、分かった……」
 あれから更に二週間が経ち、初めての給料とやらをミュウツーは受け取ったのだが、生活費諸々を引くと借金返済代に当てられたのはほんの少しだけだった。一体、本当にいつまで続くのだろうかと思いながら、ゆゆらに背中を蹴られたミュウツーは出発した。重そうな箱を二つほど抱えて走っていく。デリバードの着ぐるみを装備している為、道行く人はすれ違う度にミュウツーに視線を当てている。全く、これで本当に宣伝になっているかどうかが疑わしい。そんなことを心の中で愚痴りながらもミュウツーは街中を駆け抜けていく。玩具屋に電気屋、魚屋、肉屋などが並ぶ商店街を抜け、角を左に曲がり、両端にコンクリートの塀が続く一本道を通り、目的の佐伯宅にたどり着く。呼び鈴を押して間もなく初老のおばあさんが現れ、箱を渡す……予定だったのだがこの重いものをおばあさんに持たすわけにもいかないので、ミュウツーは家の中まで運んでおき、そこで判子をもらった。さて戻って次の件に行くかとミュウツーが家を出ようとする前におばあさんが「ありがとね」と声をかけてくれた。ミュウツーは「どうも」と言うと家を出て行った。
 なんだか笑顔に「どうも」って言えた気がしたミュウツーだったのだが、着ぐるみ装備でその顔を届けることまではできなかった。
 会社に戻りながらミュウツーはこの日々も悪くないかと思ってしまうのは駄目だろうかと、ふと思った。
 無事に借金を返済できたとき、また旅の日々を送るのも悪くないが、このままここで日々を送るのもいいかもしれない。

 何せ、ミュウツーが欲しかったものは自由ともう一つ――。

「やっと戻ってきた! おっそい! 荷物溜まってんだから、次さっさと運ぶ!」  
 色々と大変かもしれないが。
 
 それもまた一興かもしれないと、着ぐるみの中でミュウツーは苦笑いを浮かべていた。 


  [No.879] One daybreak One yell !! 投稿者:巳佑   投稿日:2012/02/25(Sat) 03:44:18   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
One  daybreak  One  yell  !! (画像サイズ: 388×500 44kB)

【1】 
 なんか最近、調子が悪い。
 そんな気がする。
 それともあれか、スランプってやつか。
 そうなのか。
 
 ポケモンセンターの宿泊施設にある一人用の部屋で、そんなことを考えながらベッドの上に一人、俺は寝転がっていた。
 ポケモントレーナーとして数年前に旅立って、最初の頃は勢いに任せながら曲がりなくも順調だった気がする。
 けれど今はどうなのだろうか?
 旅を通して成長したはずなのに、何故かあの頃と比べたら小さくなったような気がしてならない。レベルアップしているはずなのに、逆にレベルダウンしているようにしか思えない自分がここにいる。
 ここんとこ最近、ポケモンバトルで負けが続いている。
 負けすぎて、どんな風に勝負に勝つんだっけ? と思わず錯覚するほど、なんか最近まいっている気がする。
 友達からには少し休んだらとか勧められているけど……急に充電期間と言われてもなぁ、何をしたらいいか分からないというのが実情である。
 ……うーん、なんか考えごとのしすぎで頭疲れたし、寝るか。
 心にかかったままのもやに囚われながら、俺は目をつむった。
 まるで夢に逃げるような感じが少し嫌だった。


【2】
 
 ここは夢の中だろうか。
 そう思いながら俺が起き上がると、そこに広がっていたのはどこかの塔みたいな場所の屋上なのかな。周りが空ばっかりだったのでそう判断した。ちなみに空は真っ暗闇に染まっており、それだからか目の前にいるやつの存在が浮き上がって見えた。
 真白なもふもふを身につけ、空色の瞳がよく映えている一匹の龍……あれ、どこかで見たことあるような、ないような……?
 そんなことを考えている折だった。
 真白の龍が大きく息を吸ってから――。
 
 空に向かって咆哮(ほうこう)を上げた。
 
 凛として力強く鳴り響く、その声の力に俺の体がビリビリと震えた。俺に向かって咆哮を上げたのならまだ分かるが、空に向かって放たれたはずの咆哮がここまでの力だとは思わなかった。
 このように、真白の龍の底知れない強さを感じて、胸の鼓動が早くなっている俺と、真白の龍の視線が一点に交わった。全てを吸い込み、何もかもを溶かしそうな澄み渡る水色の瞳がとても綺麗で、高まってきていた胸の鼓動が落ち着いていきそうな気がした。
 しかし、俺を見ていた真白の龍が目付きを鋭くしたした瞬間、いきなり咆哮を再び上げたかと思うと――。

 いきなり火炎放射を俺に向けて放ってきやがった!

 うわあああああ! と叫びながらも、俺はなんとか一直線に向かってくるその炎を避けることに成功した。
 いきなり何してくれやがるんだ、この龍は!? 
 後もうちょっとで丸焦げだったぞ!? 
 そんな俺の不満は露知らず、真白の龍が第二の火炎放射を放ってくる。俺はとにかくそれを避ける。どう考えても俺の話を聞いてくれそうな様子は真白の龍から感じないし、どうすればいいんだ、どうすれば。
 その後、真白の龍は何度も何度も火炎放射を放っていき、俺はひたすらそれを避けていくというまさにイタチごっこが続いた。一体、いつになったら終わるんだ。俺が何をしたって言うんだよ、なんでこんな目にあわなきゃいけないんだ。
 はぁはぁと俺が肩で息をし始めていく。いきなり、なんか強そうなやつに会ったという上に、何度も火炎放射をかわし続けているんだ。高まっている緊張感の上に、命がけの逃走、疲れても無理がない気がする。まるで全力疾走をしている感覚が俺にはあった。
 それにしても、あの真白の龍の火力は底なしか? 何度も火炎放射を放っているはずなのに、疲れの様子を一切感じさせない……まぁ、ただ者ではなさそうだから、これぐらいはやってのけるってか。ちくしょう。
 
 また、真白の龍が火炎放射を放ってくる。俺がまた避ける。

 なんかこう走り続けてると、最近の俺が浮べられてきたような気がしてきた。
 そういえば、最近、勢いというかなんか攻めの姿勢が自分にはないような気がする。
 こうやって、火炎放射からひたすら逃げ続けるように、怖くて進めないというのが多い気がする。
 失敗するかもしれない、できないかもしれない、ここまでやってもいいんだろうか、最近のバトルはそんな気後れがたたって負けているような気がしている。
 昔はこれで行くぜー! という思い切りが今よりあった。だから負けても自分の全力を出せたと思えて、もちろん負けたことにはすごい悔しくて、そしてそれが成長の糧になったと思う。
 今は負けても全力を出せた感がなく、悔しさというより、変なもやもや感ばかりが俺の胸を覆うような気がする。
 それと、勝つことにも昔はすごい喜びを噛みしめていたのに、今はなんか安堵感ばかりが覆っているような気がする。 

 そこまで思うと、俺は立ち止まった。すると、真白の龍も火炎放射を放つのを止めて、俺のことを見つめた。

 あのときに戻ることはできない。
 だけど、これからを変えること――今のうじうじとした俺の姿を変えることはできるのかな?
 
 真白の龍の尻尾が赤く燃え上がり、そしてその口から放たれたのは蒼い炎。
 俺は思い切りそれに向かって飛び込んでみた。
 俺の体はあっという間に蒼い炎に包まれていったが、不思議なことに体が焼けることはなかった。その代わりと言ったらなんだが、体の方が熱くなっている。こんなところで何をしているんだと体に喝を入れられているような感じだ。

 俺の中で何かが崩れた音がしたような気がした。 


【3】

 目が覚めたら、そこはポケモンセンターの宿泊施設にある一人用の部屋にあるベッドの上だった。
 もう朝なのだろうか、窓の方からポッポやスバメのさわやかな鳴き声が聞こえてくる。
「……やっぱり夢だったよな」
 不思議な夢であったと思いながら頭をポリポリとかいていると、ブルブルというバイブ音が枕元で鳴った。その音の元は俺の携帯で、赤と白のライン柄が特徴的な携帯だ。俺がその携帯を手に取り、画面を開くとそこには一件のメールが届いていることが表示されていた。
 送信主は俺の親友からで、件名には『伝説のポケモンゲットなう』と打たれてあり、一枚の写真が添付されていた。 
 それは暁の空に浮かぶ白い雲、それは何かに見えるようで不思議な写真だと思ったが、その疑問は添付された写真の下に打たれていた文ではっきりとした。

『レシラムゲットなり! スゲーだろwww』

 あの真白の龍の正体が分かった俺は思わず笑みを浮べながら、その親友に返信しといた。

『俺もゲットした』

 返信し終えると、俺は携帯をベッドの上に置いて、起き上がった。
 そして窓の方へと向かい無地のカーテンを開けると眩しい朝の光が部屋の中に入り込んでくる。
 空を見上げてみると、広がる暁の空の情景が視界に映ってきた。

 新しい一日の始まり。

 それは新しい一歩の始まり。

 踏み出す勇気はここにある。

 暁に向かって俺はガッツポーズを送った。
 


  [No.880] カボチャンデラ 投稿者:巳佑   投稿日:2012/02/25(Sat) 03:46:22   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
カボチャンデラ (画像サイズ: 379×550 149kB)


【1】
「おーい帰って来たぞー」
 そんな声が聞こえてきて、一匹の青いペンギンポケモン――ポッチャマがよちよちと玄関へと歩いていく。主が帰ってきたきたと言わんばかりの笑顔である。
「おー。留守番ごくろうさん、ポッチャマ」
「ぽちゃっ!」
 これぐらい当然だろうと胸を張って答えるポッチャマの前にいたのは十五歳ぐらいの青年だった。右手に大きく膨らんだお店の袋をぶら提げていて、ポッチャマは何が入っているのだろうかと首をひねらせた。しかし、あいにく、袋は白色に染まっていて、中を覗くことは叶わなかった。
 ポッチャマの視線に気がついた青年は、袋の中から入っている物を一個取り出して、見せてやった。

 そこにはオレンジ色のカボチャが一個。

 途端に、ポッチャマは悲鳴を上げながら見事なバックステップを決めた。
 ついでに両手をカンフーでもやるかのように構えて、臨戦態勢なかっこうに早変わり。
「ありゃ……まだ、ダメだったかぁ。なぁ、ポッチャマ、このカボチャさんは何もしないぞ? 怖くないぞ?」
 青年がそう説得してみるものの、ポッチャマの輪生態勢が解かれることはなかった。青年が白いスポーツ靴を脱いで、玄関からポッチャマに一歩近づくと、それに合わせてポッチャマは一歩後ろに下がる。
 青年がもう一歩踏み出す。
 ポッチャマがもう一歩後退する。
 試しに青年はカボチャの入った袋を床に置き、ポッチャマに近づくと、ポッチャマはホッと安心したかのような顔を浮べる。そこで、青年は一歩戻って、例のカボチャの入った袋を持ち上げると、それを見たポッチャマの顔は再びこわばらせた。

 それを何回か繰り返して、結局はふりだしに戻るのであった。

 青年が困ったような顔を浮かべたのは言うまでもない。
「なぁ、ポッチャマ。このカボチャさん、お前にフラれて泣いてるぞ?」
 えーんえーんと声色を変えてカボチャを演じてみせる青年だったが、そんな子供騙しがきくもんかと言いたげにポッチャマから返されるだけに終わった。
「お前なぁ、確かにあのときは驚かして悪かったよ。けどさ、そろそろカボチャさんを許してやれよ、な?」
「ぽっちゃ!」
「……このままだと、このカボチャさん、グレてお前を襲うかもなぁ」
「ぽ……ぽちゃぽちゃ!」
 一瞬、カボチャに襲われるところを想像してみて戸惑ったポッチャマだったが、例え襲われたとしても返り討ちにしてくれるわと、すぐに思い直して首を横に振った。中々、進展しないこの状況に青年はどうしたものかと頭をかき始めた。

 ポッチャマがカボチャを嫌いになった事情は、今から約一ヶ月前にあったハロウィンにさかのぼる。
 青年がポッチャマをビックリさせようと、ハロウィンでは定番である、ジャックランタンを真っ暗な部屋でポッチャマに見せたのだが……。
 結果は散々だった。
 いきなり現れた、不気味に笑うカボチャにポッチャマは某サスペンスばりの悲鳴を上げたり。
 それから、錯乱状態に陥ったポッチャマが水鉄砲を今度はマシンガンばりに乱射したり。
 そして、びしょ濡れになった青年は翌日、風邪を引いてしまったり……おまけに数日間はポッチャマが口を開いてくれなかったりと本当に散々なハロウィンであった。
 こうして、ポッチャマはその日がトラウマとなって大のカボチャ嫌いになってしまったというわけである。食べるのはもちろんのこと、目に入るだけでもアウト。青年に対する機嫌は直っているものの、カボチャに対する機嫌は直らないままである。

 なんとかカボチャ嫌いを克服してもらいたいと青年は思った。
 好き嫌いは良くない……というのはあくまで建前で、(実は)カボチャ好きだった自分の為にというのが一番であった。
 ポッチャマが嫌いになってから(自分のせいもあるし)我慢してきた青年だったが、そろそろカボチャが恋しくなってきてしまい、そして今に至るということである。
「なぁ、ポッチャマ」と言いながら一歩前に踏み出す青年に、ポッチャマは頼むから止めて欲しいと言わんばかりに鳴きながら、再びバックステップジャンプを決めて見せたが――。

 着地時にツルンと足元を狂わせて、そのまま背中から転倒し、居間にあるテーブルの柱に思いっきり後頭部を直撃させた。

「ポ、ポッチャマ!?」
 青年が慌てながら自分に駆け寄ってくる姿をポッチャマはぼんやりとか感じ取れなかった。どうやら打ちどころが悪かったらしく、そのまま意識が遠くなっていく。
「大丈夫か!? ポッチャマ! ポッチャマ!」
 青年の悲痛な声が届くこなく、ポッチャマの意識は真っ黒に塗りつぶされた。


【2】
「ぽ、ちゃ……?」
 ポッチャマが目を覚まし、体を起こす。
 ぼんやりとする視界の中、ポッチャマは何があったのだろうかと思い出すことを試みてみた。
 確か、青年が自分の大嫌いなカボチャを持ってきて、自分がそれを避ける為に後ろへと下がったら、誤って滑って、それから頭を打って――そんな感じで、徐々にぼんやりとしていた視界が明るくなってくると、ポッチャマは目を丸くさせた。
 ここはどこ?
 上も下も、右を視点を映しても、左に顔を向けても、真っ白に塗られた空間しかそこにはなかった。青年の姿はなく、そこにいたのはポッチャマともう一つ。

 何故か隣にオレンジカラーのカボチャが一個あった。

「ぽちゃっ!?」
 ポッチャマは思わず右サイドジャンプを決め、カボチャから距離を取ると、それに訝しげな(いぶかしげな)視線をぶつけた。
 いつのまにあったのだろうか、このカボチャ。不意打ちとは卑怯なマネをするではないかと、そんなことを思いながらポッチャマがカボチャをにらみつけているときのことだった。いきなりカボチャがガタガタと震えだしたかと思いきや、次の瞬間、カボチャの頭の部分がパカッと勢いよく開いた。すると、白い煙がもくもくと中からどんどんとあふれてきて――。

「呼ばれて飛び出て、カボチャのチャチャチャ♪ カボチャのチャチャチャ♪ チャチャチャ、カボチャのカボチャンデラ♪」

 陽気な歌と共に、現れ、宙に浮かんでいるのはシャンデリアの姿にも似たポケモン、シャンデラというポケモンが――。

「ちょっと! そこ! わたしはシャンデラじゃなくて、カボチャンデラっちゃ! んもう、次間違えたら、カボチャにして、こんがりおいしい、外はカリッと、中はフワッとなパンプキンパイにしてやるっちゃ♪」
「ぽ、ぽちゃ……?」
 なにやらあさっての方向に向かって主張しているカボチャカラーの炎を灯しているシャンデ――いや、カボチャンデラにポッチャマがなんだコイツと言いたかった。顔にもそのような気持ちが浮かび上がっている。
「はーい♪ そこのペンギンちゃーん。わたしの名前はカボチャンデラっちゃ♪ キミの名前を教えて欲しいっちゃ♪」
「ぽ、ぽっちゃま……」
 とりあえず、この場は流れに任せて、ポッチャマが自分の名前を名乗ると、カボチャンデラはふむふむと頷き、それから先端にオレンジ色の炎をまとう細い腕を一本、ポッチャマに向けてビシっと力強く指すと、こう言った。
「ずばりっちゃ、ポッチャマ! キミはカボチャが好きだっちゃ!?」
「ぽちゃっ!」
「え、違うっちゃ? むしろ嫌いだっちゃ? そ、そんな……お姉さん、寂しいっちゃ……」
 そんなの知るかとポッチャマは鼻を鳴らしながらムスっとした表情を浮かべて首を横に振った。いきなり現れては、自分の嫌いなカボチャの話を振ってくるし、それにカボチャから出てきたというのもあってか、あのカボチャンデラというやつがカボチャに見えてしょうがない。本当に迷惑な話だとポッチャマは思った。しかし、カボチャンデラもそれで退くわけにはいかなかった。
「いいっちゃ!? カボチャというのは緑黄色野菜でビタミンやカロテンが豊富な栄養価の高い、優秀な野菜っちゃ! それに――」
 以後、カボチャンデラの熱いカボチャトークが延々と続いていった。当然、ポッチャマにとってはどうでもいい話だったわけで、ビタミン? カロテン? 何それ。というか大嫌いなカボチャに興味が湧くわけなんかないといった感じで、やがて退屈そうに口を開いては大あくびをかます始末。そうして徐々にうつらうつらとなっていき――。
「それでっちゃ、カボチャはシチューとかスープ系の器代わりも果たすっちゃ。これぞエコっちゃ。素敵だと思わないっちゃ?」
 
 カボチャンデラが気がついたときには大きな鼻ちょうちんを作っているペンギンが一匹、そこにいた。

「おいこらっちゃ! お姉さんの話をちゃんと聞くっちゃ!」
 カボチャンデラがそう怒鳴ると、やかましいなぁと思いながらポッチャマが起き上がった。そんなやる気も何もなさそうなポッチャマにカボチャンデラの中で何かが爆発したのか、オレンジ色の炎が激しく燃え始めた。
「お姉さんの話を聞かない子にはおしおきしてやるっちゃ! カボチャの刑にしてやるっちゃ!」
「ぽちゃ!?」
 ゆらりゆらりと近づいてくるカボチャンデラにポッチャマは戦慄(せんりつ)を覚えた。
 
 カボチャ来るな!

 その気迫が乗ったポッチャマのマシンガンばりな水鉄砲が連射されていく。
「ちゃっ!? み、水っ! 水はなしっちゃ!? あぷっ! わぷっ! へるぷっ!」
 炎タイプであるところは元のシャンデラとは変わりないようで、カボチャンデラには効果抜群だった。
 鎮火されそうで襲うつもりが逆にピンチに陥ったカボチャンデラに、容赦なく水鉄砲をマシンガンのようにかましていくポッチャマ。
 しかし、いつかは弾切れになる本物のマシンガンのように、ポッチャマの水鉄砲も切れるときがやってきた。流石に、連射は体にこたえたようで、はぁはぁと苦しそうにポッチャマが息を上げたときだった。
「ぽちゃあっ!?」
「ちゃ、ちゃ、ちゃ♪ お姉さんを甘く見ないで欲しいっちゃ……♪ がはっ、ぶはっ、む、無理なんかしてないっちゃ?」
 いや明らかにダメージの蓄積量が重すぎて、浮遊するのも一苦労しているように見えないのだが。
 しかし、そんな満身創痍(まんしんそうい)な姿になっても、カボチャンデラはポッチャマに近づいていく。一方、あれで決着がついたとばかり思っていたポッチャマは当然、戸惑うばかり。その戸惑いはカボチャンデラが何かを仕掛ける猶予(ゆうよ)を与えてしまうという結果に繋がってしまい――。

「カボチャのチャチャチャ♪ カボチャのチャチャチャ♪ あなたはだんだんカボチャになるぅ……カボチャになるぅ……っちゃ♪」

 そんな摩訶不思議な呪文を唱えながら、カボチャンデラが二本の細い腕の先端に燃える、四つのオレンジ色に染まった炎をゆぅらゆらと不気味に、怪しく揺らした。
 すると、それを一度、目に止めてしまったポッチャマはあら不思議、それから目が離せなくなってしまった。カボチャになんかなりたくないという気持ちは残念ながら、徐々に遠くなっていく意識と共にぼんやりとなってしまい――。
「カボチャ……もといカボッチャマになるというのも悪くないっちゃ♪ それじゃ、行ってらっしゃいっちゃ♪」
 カボチャンデラのその言葉を最後に、ポッチャマはまた意識を失った。


【3】
 ここはどこなのだろう?
 ポッチャマが気がついたときには、そこはどこかの居間にあるテーブルの上だった。どこかで見覚えがある場所だと思っていたとき、ポッチャマはようやく自分の身に異変が起こっていることを知った。

 カボチャになってる!

 そう、今のポッチャマは青いペンギンの姿ではなく、実がのった大きなオレンジ色のカボチャになっていたのだ。
 そういえばと、ポッチャマは気を失う前のことを思い出していた。もちろん、あのカボチャンデラのことである。まさかあの野郎、本当にカボチャにしやがって……と文句をぶちまけたかったポッチャマであったが、残念ながら肝心の相手がいない上に、声まで出すことができなかった。おまけに動けないときたから困ったものだった。
 さてどうしようかとポッチャマが思っていると、誰かが居間にやってきた。その現れた者の姿にポッチャマは驚いた。それは、他ならないポッチャマのパートナーである青年だったからである。ポッチャマが場所に見覚えがあると感じたのは、ここが青年の家だったからだ。
 ポッチャマは助けを呼ぼうと、必死に声を出そうとするが、やはりそれは叶わなかった。そして一方、青年はというと楽しげに鳩胸をアピールしているマメパトがプリントされているエプロンを着ている。

 ここだよ!
 気がついてよ!

 そう声を上げたかったポッチャマだったが、何度やってみても結果は同じである。やがてエプロンを装着し終え、台所で手を洗い終えた青年がキッチンから包丁を一本取り出したのを見たポッチャマに戦慄(せんりつ)が走った。
 まさか、あの包丁でカボチャになっている自分を――そう思ったポッチャマはガクガクブルブルと半ば涙ぐみながら、待って、待ってよと主張した。しかし、青年から見たら何の仕掛けもないカボチャ、露知らないのは無理ない。そして、青年は鼻歌交じりに白いまな板を準備すると、テーブル上にあったカボチャをそれに移し、包丁を持った。
 キラリと鋭利さを語る包丁。
 そして、その冷たいものが当たる感覚。
 ポッチャマはただひたすらガクガクブルブルする他なく――。

 ざっくばらん。

 そのまま青年がカボチャを何個かに分けると、お鍋に水を入れて、火をかけた。
 その水が沸騰したら、ざっくばらんにしたカボチャを鍋の中に投入して、しばらく熱湯風呂に浸からせる。
 少ししたら、火を止めて、青年はつまようじでカボチャを刺し、皮が柔らかくなっていることを確認すると、ざっくばらんのカボチャ達を取り出した。
 銀色に輝くボウルの中に入った、ざっくばらんのカボチャ達を青年は丁寧に皮をむいていく。
 そして全ての皮をむき終えた青年はカボチャを潰して、それから裏ごし作業を行った。
 その作業が終わると、青年は市販のパイ生地を使って、カボチャの為の部屋作りに入る。めん棒を使って上手い具合に円状に伸ばした。
 パイ生地作業を終えると、今度はパイの具である裏ごしをしたカボチャに砂糖や生クリーム、ほぐした卵などを入れて、かき混ぜていく。
 銀色に輝くステージで踊る、カボチャから甘くていい香りが漂い始めて、青年は思わず顔をにやけさせた。
 こうしてピューレー状になったカボチャとパイ生地を型に入れて、更にパイ生地を網目模様に詰めると、青年はレンジに入れて、スイッチを入れた。
 
 それから約一時間後、チンという終了合図が電子レンジから鳴り響き、桃色のキッチンミトンを装備した青年が中から、型を取り出すと――。

 そこには円状で、表面と縁がパイ生地でできていて、そして中はふんわり美味しそうなカボチャのパンプキンパイがあった。
 
 湯気がもくもく上がっていて、パイ生地はこんがりと小金色に焼けていた。そしてパイの具であるカボチャから甘い香りが漂っている。
 青年は包丁で器用にいくつか切り分けると、フォークを片手に持ち、食べ始めた。
 外はカリっと。
 中はフワッと。
 上手くできたようで、青年は顔をほころばせながら、一気にほおばっていく。
 それを半分ほどほおばると「えへへ、後は晩飯の後のデザートにしようっと♪」と青年は楽しげに言いながら、残りのパンプキンパイにラップをかけてから冷蔵庫に入れると、外へと遊びに行ったのである。

 さて、冷蔵庫に残されたパンプキンパイ――ポッチャマは呆然としていた。
 調理されてしまっている間に何も感じなかったのだ。包丁で感じるはずだった切られるという痛みも、鍋やレンジでの熱さも全く感じなかったのである。そしてパンプキンパイにされて、こうやって青年に半分ほど食べられてもなお、意識は残っている。
 そんな摩訶不思議に、ポッチャマが依然とボーっとしている間に時が一気に流れたのか、やがてまた冷蔵庫が開かれた。
「今、これぐらいしかないけど、食べられるかな? とりあえず急がなくっちゃっ」
 青年が慌てながら、取り出したパンプキンパイを再び皿に置き、レンジの中に入れると、スタートと書かれているスイッチを押した。
 何ごとなんだろうとポッチャマがレンジ越しで居間の様子をうかがうと、驚いた。
 なんと、青年に抱かれ居間に現れたのが他ならない、ポッチャマだったからだ。
 チンっとレンジが暖め終えたことを伝える為に鳴ると、青年はとりあえずポッチャマをイスに座らせ、レンジからパンプキンパイを取り出した。
 それからラップを取り外して、フォークで一すくいすると、ぐったりしている様子のポッチャマに一口運んだ。
 
 そのときだった。

 パンプキンパイ姿のポッチャマが昔を思い出した。

 あれは一年前ぐらいのことだろうか?
 ポッチャマがどこぞのトレーナーに捨てられ、右も左も分からない野生の世界でさまよい、ついに空腹と疲れで倒れたときに助けてくれたのがあの青年だった。
 青年は友達との遊びからの帰り道で、道端で倒れているポッチャマを見つけると慌てて拾い、連れ帰った。
 そして、青年が家でポッチャマに食べさせたのが――。

 パンプキンパイだった。

 あのとき、ポッチャマはあまりの空腹から夢中で食べていたので、何を食べていたのか分からなかったが、あれはポッチャマの大嫌いなカボチャで、そして、それはとてもおいしかった。

 それを思い出した。


【4】
「どうだったっちゃ? カボチャになった気分はっちゃ」
 次にポッチャマが目を覚ましたときに、そこいたのはカボチャンデラだった。
 どうやら元の姿に戻っているようだ、そう気がついたポッチャマのおなかから虫が鳴いた。その間の抜けた音にカボチャンデラは恥ずかしそうな顔を浮べた。
「ちゃちゃちゃ♪ 色々あって、おなかがすいたっちゃ? そんな子にはこれをあげるっちゃ♪」
 そう言いながらカボチャンデラがポンっと、ポッチャマの手の上に乗せたのは一個のパンプキンパイだった。
 ポッチャマが少しの間、それを眺めていると、カボチャンデラが言った。
「早く食べないと冷めちゃうっちゃ? あ、ちなみにどうやってパンプキンパイを出したのかは企業秘密っちゃ♪」
 カボチャンデラに促され、ポッチャマは食べることにした。 

 外はカリっと。
 中はフワッと。
 そして口の中に広がる素朴なカボチャの味。
 それから温かい味。

 おいしい、ポッチャマがそう思ったのと、そのつぶらな瞳から涙がこぼれ落ちるのはほぼ同時であった。
 あの日、青年がくれたパンプキンパイ。
 あの日、自分を助けてくれたパンプキンパイ。
 あの日の想い出がパンプキンパイを通じて、温かくポッチャマの胸に伝わっていく。
 なんで嫌いになったんだろうかと、そう不思議に思えるほど、あのときのジャックランタンが可愛く思えるほど、ポッチャマはパンプキンパイ――カボチャが大好きになっていた。そんなポッチャマの心が分かったのか、カボチャンデラは微笑んだ。
「もう大丈夫みたいだねっちゃ」
 カボチャンデラの言葉と共に、ポッチャマの体がフラっと揺れる。
 またポッチャマの視界が歪んで暗くなってきたのだ。なんだか眠くなってきたという感覚がポッチャマの体を支配していく。
「『あのとき』は怖がらせちゃって、ごめんっちゃ」
 微笑みながらそう言うカボチャンデラに何か返そうとしたポッチャマだったが、そこで意識が完全に暗転した。


【5】
「良かった……やっと気がついたっ」
 ポッチャマが目覚めると、そこは青年の部屋にあるベッドの上だった。声がする方にポッチャマが顔を向けると安堵(あんど)の息をついている青年がいた。
「お前、机の柱に頭おもいっきりぶつけて、気絶してたんだぞ? 大丈夫か? 気分とか悪くないか?」
 青年は確かにいるが、あのカボチャンデラの姿がどこにも見当たらない。あれは夢だったのだろうかとポッチャマは視線を右に左にキョロキョロさせたり、もしかしたら、これが夢なのかもしれないと自分のほおをつねってみたりした。そんなポッチャマの様子に、事情を知らない青年は心配そうな顔を浮べた。もしかしたらどこか変なところを打ったのではないかと思ったのである。
「ほ、本当に大丈夫か?」
 ポッチャマがやっと青年が浮べている顔に気がついて、立ち上がると、「ぽちゃ!」と言いながら、腰に両手をつけ、鼻を鳴らしてみせた。その様子に青年が一安心した後のことだった。

 お互いのおなかから虫が鳴いた。

 青年とポッチャマはパチクリとお互いを見合った後、あまりの偶然さにおかしくなって笑った。それから青年が何か背後に置いているらしく、背中を回してそれを取ると、ポッチャマの前に出した。
 それは白い皿の上に乗っている一つのパンプキンパイで、表面は網目状のパイ生地が広がっている。
 温かな湯気がふわふわ上がっていた。
「腹減ってるかなって思って作ってたんだけど、暖かい内に目を覚ましたな」
「ぽちゃ……」
「あのな、ポッチャマ。カボチャはとてもおいし――」
 青年が説得しようとしたときだった。
 ポッチャマがパンプキパイを眺めながらよだれを垂らしているのが見えたのである。
「まさか……ポッチャマ、お前、カボチャ嫌いじゃなくなったのか?」
 青年がそう言うや否や、ポッチャマがパンプキンパイにがっつき始めた。
 外はカリッと。
 中はフワッと。
 おいしいと、ポッチャマの目がらんらんと輝いている。
「もしかして……頭ぶつけた衝撃で」
「ぽちゃぽちゃ!」
 訝しげ(いぶかしげ)に覗いてくる青年にポッチャマは怒るように鳴くと、またパンプキンパイにがっつき始める。
「ま、まぁ……別に好きになったら好きになったで、僕も助かるけど」
 これでカボチャを我慢しなくてもいいんだと、青年がホッとしながらポッチャマのパンプキンパイにがっつく姿を見ると、つい微笑む。まるでカボチャ嫌いが嘘だったみたいだと思ったのもあったが、そういえば、ポッチャマに最初食べさせたのもパンプキンパイだったなと思い出したのである。
 そんなことを思いながら青年が眺めていると、ポッチャマがいきなり食べる動作を止めた。
 そして、青年を一回見ると、残っていたパンプキンパイを半分に割って、片方を青年に差し出した。
「え、くれるのか?」
 目を丸くさせている青年にポッチャマが「ぽちゃ!」と言いながら、青年に差し出し続ける。
 ポッチャマから分けてもらったという驚きと、喜びを噛みしめるように青年がはにかんだ。
「ありがとな、ポッチャマ!」
 パンプキンパイを受け取った青年は礼を言うと、早速一口食べる。
 ポッチャマもそれに続いて一口食べる。

 外はカリッと。
 中はフワッと。
 
 こんなにも笑顔が溢れてくる。

『カボチャのチャチャチャ♪ カボチャのチャチャチャ♪ チャチャチャ、カボチャのカボチャンデラ♪』


  [No.881] 祭の後のあとがき 投稿者:巳佑   投稿日:2012/02/25(Sat) 03:51:07   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
祭の後のあとがき (画像サイズ: 378×550 122kB)

【始めの挨拶】 
 前置き:やっちゃいましたっ☆(妄想スレの帯より)

 やっちゃったよ、本当にあの妄想スレの帯通りに(笑)
 とはいっても作品の完成というだけで、本という形にするにはまだまだ妄想の話、いつかできたらいいですなぁ( 
 あるいは鳩さんも言っていたけど、一冊だけでもいいから自分でコピーしてみて、どういう感じになるのかを試してみるのも面白そうかも(ドキドキ)
 
 どうも。
 最近は深夜バイトなるものをやってみたり、サークルの運営の手伝いをしたり、呑みとカラオケでオールしてグロッキーになったり、ますじゅん(増田順一さんの略のつもり。勝手ながらですいません)からサインをもらってひゃっほいしたりとかしてました巳佑です。
 今回は巳畑の収穫祭を読んで下さり、ありがとうございました!
 いかがだったでしょうか? 
 楽しんでいただけたら幸いです。
 さて、後書きなのですが各話についてお話をしながら進む形にしようかと思います。
 よろしければ、もうちょっとだけご付き合いくださいませ。(ドキドキ)


【送贈 -SouZou-】 テーマ:命を贈る、送る
 
 昔、(確か深夜の)チャットでも話題になった、ポケモンの先祖であるミュウと創造神であるアルセウスの関係とは何かと考えた結果、こうなりました。
 一回、アルセウスが世界を滅ぼしかけてるといった物騒な話や、ミウは一体何匹のポケモンを描いたんだという疑問まで盛り込んであって、ある意味、無茶苦茶な妄想だったなと思ってます。ちなみにこの作品が一番時間かかりました。(汗)
 なんというか、どういう風に進めていって、ミウとアルセウスのやり取りはどんな感じがいいのだろうか、話の結びに関してはあれで良かったのだろうかと、なんか個人的には今回の短編集の中で一番書くのが難しかったという印象の作品でもありました。それ故に、一番、時間がかかりましたです。(汗) 
 イラストの方も背景はH6の鉛筆でガリガリしていったりとかしたので、また時間がかかっていました。(汗)


【あわにのって】 テーマ:魂を送る
 
 こんな情景があったら素敵だなぁと思い浮かべながら書いていった作品です。
 よく『海に還る』という言葉があるじゃないですか。
 そこから海の神様であるルギアには魂を導いたりする一面もあったりするかなぁと思い浮かべて、書いていきました。
 ちなみに泡には命の儚さなどといった意味も含まれています、そう、しゃぼん玉飛んだというあの曲のように。
 

【あかむらさき】 テーマ:日々を送る
 
 さて、しんみりとした話の後で、ここではぶっちゃけ、はっちゃけました( 
 見た目はカッコイイけど、やることなすことなんか威厳がなさそうな(?)伝説ポケモンの話とかどうよ、という妄想からこの物語が生まれました(笑)
 こなゆとゆゆらの性格が似ているのは多分偶然です(
 というわけで、変態狐に続いてミュウツー様までもがげしげしされております。(苦笑)
 ゆゆらの心情の掘り下げが少し物足りない感じで否めませんが、笑ったわと言っていただけたら幸いです。 
 
 ちなみにロリコ博士は結構売れっ子らしいとの噂があったりなかったり(


【One daybreak One yell!!】 テーマ:エールを送る
 
 暁の空を撮影したあの日、(個人的には)レシラムに見える! というところから始まった物語です。
 色々な形を見せてくれる空を撮るのが好きで、自分の携帯の写メには空の写真が比較的多くあったりします。(ドキドキ)
 あの雲、なんか形がアレに似てる!
 なんか空のグラデーションが綺麗だなぁ。
 といった感じで興奮しながら写真を撮っていたりもします。(汗)

 ちなみに、暁という意味はdaybreakの他にもdaylightなどもあったのですが、壁を壊して(break)前に進むという意味を込めまして、daybreakの方を採用しました。


【カボチャンデラ】 テーマ:カボチャを贈る
 
 収穫祭といったらなんか野菜とかを思い浮かべる一方で、『One daybreak One yell!!』までの短編を振り返ってみると、見事に野菜の『や』の字もないという事態に。
 これは個人的になんとなくなんか野菜つけよーぜと思って、元々、単発でポケストに入れる予定だったこの作品を今回の短編集に入れ込むことにしました。なので、実は言うと、この話だけはポケスコでやろうというネタでなかったりします。(苦笑)
 まぁ、とりあえず、皆もカボチャに恋するといいよ(
 
 ちなみに作者は『〜っちゃ』が口癖の鬼娘を読んだことありません。
『私が誰より一番〜♪』から知った口です。
なので、某鬼娘とカボチャンデラは(もちろん)何も関係はありませんので、あしからず(苦笑) 



【最後に何言か】
 なんで、『こなゆ。』の方をポケスコに出したんだよという声が早くにも聞こえそうなのは気のせいですか、え、気のせいじゃないですか、僕にはどっちか分からな(以下略)
  
 さて、ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
 これにて、巳畑の収穫祭は終了です。
 カボチャ食べたいっちゃ、カボチャ(
 
 ちなみに発売日はもちろん未定です(笑)



【追伸その1】
 ちなみに、こなゆ。は(超)改稿をする予定です。
 読んだ方は分かると思いますが、最後のシーン(他も)は完全に削ります。
 それだけは言っておきます。(汗)
 ただ、変態狐の性格は変わらないので、冒頭には注意タグを置いておきますね。
【この先、変態狐がいますので気をつけてください】的な感じで。


【追伸その2】
『こなゆ。』って何? これから読んでみようかなぁ、という方へ。
 
 閲 覧 注 意 で お 願 い し ま す 。
 変 態 狐 が お り ま す ゆ え 。

 それでは失礼しました。