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  [No.940] [外伝]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/04/01(Sun) 15:23:07   60clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

POCKET
MONSTER
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番外編




『玉』




半分だけ眠っているような感覚で、私は気持ちよくまどろんでいた。
うとうとしていると、ドッドッドッ、とテンポのよい音がかすかに聞こえてきた。
鈍い音に合わせて大地が震えているのが分かる。

―――足音だ!

眠っていた私の肉体に、冷や水を浴びたかのような衝撃が走った。
全ての余裕を失い、替わりに身の毛もよだつ恐怖の念が心を満たしていく。
私は目を覚ました。
緊急事態を告げるように心臓の音がバクバクと鳴り響いている。
それから、ふと思い出して、慌てて、隣で眠る私の娘を叩き起こした。


「起きなさい! チカ! 起きろ!」


赤い頬をペチペチ叩き、わめくように大声で呼びかけた。
娘の黒く丸い瞳がゆっくりと開いた。


「んもぅ、何なの? パパなの?」


弱弱しい声が返ってくる。
私の娘のチカはうっとおしそうに寝ぼけている様子だ。
対して、私は真剣なまなざしを送り、言った。


「魔王が来る!」


チカはポカンとした表情を見せてから、取り乱したように跳ね起きた。
スムーズに立ち上がれないほど、チカはびくびくうろたえていた。



朝日が見えるよりも早い時刻であった。
見える全てが薄暗く、世界が青い影に覆われているかのようだ。


「急げチカ! もっと速く!」


私とチカは背の高い草原の中を疾走していた。
草の中に身を隠すよう、四つん這いとなって駆け抜ける。


「足を止めるな! 走れ! 全力で逃げるんだ!」


私はチカを先に走らせ、草の中に消えていくのを確認した。
そして、ふと、立ち止まる。
私の背中の向こうから、息が詰まるほどの重苦しい空気が流れ込んできた。
そこに何がいるのかを確認しなければならない。
恐る恐る振り返った。

雲一つない、夜の色を残した空を背景にして、巨大な影が揺れ動いていた。
高く太い柱のような影が徐々に近付いて来る。
足音が大きくなるにつれて、次第にその姿がハッキリと映った。
それは巨大な、二足歩行の、のっぺりとした、異形の化け物であった。
間違いなく、私達が魔王と呼ぶ生き物であった。

魔王とは、凄まじく強大な力を持っていながら、残虐性の高い、全く言葉の通じない生き物だ。
手のほどこしようがない最低で最悪のモンスターである。
無力で弱小な私達には、逃げる以外に選択肢はなかった。

身を堅くして眺めている今も、魔王はじわじわと迫りくる。
真っ直ぐこちらに迫りくる。

―――狙われている!

私は、死に怖気づいた。
全身から冷や汗がドバドバと流れた。
今になって、チカの無事を思い煩う。
胸騒ぎがする。
気が気でなくなった私は、全速力でチカを追いかけた。
落ち着きを忘れて、魔王の傍から全力で逃げ出した。
本気で足を動かしてるのに、体が重さがもどかしくってたまらない。



さえぎる草の行列を、頭で突っ切って走る。
走り続ける。
しばらくして顔を上げると、ようやくチカの姿が見えた。
ずいぶんと移動速度が落ちている。
息を切らしているらしい。
そして、ようやく私はチカの隣にたどり着く。
その時だった。
いきなり前方から突風が吹きすさぶ。
何の前触れもなく、嵐が襲ってきた。
私は力んで地面を踏み付けた。
冷たく激しい風に飛ばされないよう、チカを支えて踏ん張った。


「こんな時にっ! 一体何なんだ!」


風が止むまで耐え凌ぐと、私の目の前には足があった。
太くたくましく鋭い爪の伸びた脚だ。
そこにいたのは、尻尾の長い、翼を広げた、首の伸びた、怪獣だった。
ドラゴンだった。
私は顔を上げて、魔王よりも大きなドラゴンと視線を交わす。
その脅威に気圧されそうになったが、逃げるわけにはいかない。
私の腰からびくびくと震えるチカの感触が伝わっていたからだ。
無い勇気を無理矢理しぼりだし、私は勇んで申し出た。


「急いでるんだ! そこを退いてくれ!」

「断る」


ドラゴンが言った。
地の奥底から響いてきたようなしゃがれ声だった。


「何の用だ! 後にしてくれ!」

「我が主がお前達の命を強く渇望しておる。大人しくその身を捧げるのだ」

「お前……魔王の下僕か!」

「魔王? 下僕? ……クックックッ、なるほど。上手く言い当てておるなぁ」


ドラゴンはのん気に感心している様子だった。

にわかに、空から声が降って来た。
咄嗟に私は身構える。
呪文のような荒唐無稽な言語が頭の上から流れていた。
私は周囲をキョロキョロと警戒していたが、娘もドラゴンも口を開けてはいなかった。
ハッと思い立って、後ろを見た。
巨大な悪の姿がそこにはあった。
魔王がいた。
全身を視界に収まりきれないほど近い所にいた。
背筋が凍りついた。
一瞬、体が硬直して息が抜けなくなった。
魔王は呪文を言い終える。
そして、ドラゴンは口走る。


「アンタが邪魔だとよ」


ゾッとするほど冷たい一言だった。
ドラゴンはツバを吐き捨てるように、口から真っ赤な閃光を放った。
閃光はビュンと飛来し、私の胸に触れ、爆発した。
立ちくらみがするほどの、強い光が視界を奪った。
鼓膜の奥にまで轟音の濁流が押し寄せてきた。

私の全身は、真っ赤な炎に覆われていた。
私の肉体は、真っ赤な炎に蝕まれていた。
激痛と間違うほどの灼熱が体中を襲った。
思わず悲鳴を上げようとした。
しかし、その途端に、炎も感覚も消え失せてしまう。
温度も、痛みも、恐怖も、何も感じなくなった。
世界がフラッと傾いて、私は倒れた。

力を入れているのに体が動かない。
どうやら私はドラゴンにやられてしまったようだ。
自分の弱さに情けなくなった。

私を燃やした炎は、周囲もろとも焼き尽くしてしまった。
辺り一面に黒く焦げた草が、全部しおれて煙を上げていた。


「パパァ!」


助けを求める声がした。
さえぎる草は影も無く、チカの姿がハッキリと見えた。
そのすぐ隣に、ドラゴンと魔王の下半身があった。
絶望した。
チカは血の気を失った顔色で、表情をひきつらせている。
このままだと、今まで大事にしてきた私の宝物が無くなってしまう。
居ても立っても居られない。
それなのに、体が動かない。
もどかしくて、あせって、いらだって私は怒鳴った。


「チカっ! 逃げろっ!」


しかし、チカは動かなかった。
びくびく小刻みに震えるだけだった。
腰が抜けてしまったのだろうか。
チカが恐怖で動けないのだと思うと、私は胸が張り裂けそうになった。
もうほとんどあきらめていた。

魔王の下半身がわずかに動いた。
すると、空から何かの塊が降ってきた。
スッと弧を描いて墜落する。
私の娘の頭の上に。


「チカッ!」


ギョッとした。
叫んでいた。
音が聞こえなくなって、頭の中が真っ白になった。
この体が自分の物じゃないような感覚になって、
心臓の鼓動が遠くなって、
まるで生きた心地がしないでいた。

チカが死んだ。
私はそう思い込んでいた。
しかし、目の前の現実は違っていた。
チカは閉じ込められていた。
魔王が落としたオリの中に閉じ込められていた。
赤と白の丸い玉のようなオリに。


「何これ! 何なの! 出してよ! ここから出してっ!」


オリの中の絶叫は、小声となって私に聴こえた。
紅白の玉のオリは、チカの声を発しながら、右往左往に激しく揺れ始める。


「待ってろ! 今、助けてやるからな!」


私は手足がバタバタと動かしていた。
まるで陸地で跳ねるコイキングのように、横たわって震えていた。
娘がピンチなのに、助けてあげたいのに、私の体が立ち上がることはなかった。


「助けて! 怖いよ! パパ、助けて! お願い、出してよぉ!」

「もうちょっとだ! あと少し頑張ってくれ! チカ! ……チカ?」


ついさっきまで玉のオリはゴロンゴロンと転がり回っていた。
今は凍りついたかのように静止している。
静寂が流れた。
チカが言葉を返してくれなくなった。
時が止まったのかと勘違いをした。
いつまでたっても玉のオリはピクリとも動かない。
まるで死んでしまったかのように動かない。


「チカ! チカ! おい! 返事をしろ! してくれっ!」

「もう遅い」


ドラゴンがやけに沈んだ声で言った。


「うるさいっ! 何が遅いもんか! チカ! パパはここにいるぞ! チカ!」


私は娘の名前を叫んだ。
馬鹿みたいに何度も呼んだ。
怒り狂ったかのように、チカの言葉を求め続けた。
しかし、何も起こらない。
チカの気配は全く感じられなかった。
目の前にある玉のオリは微動だにしない。

チカの入った玉のオリを、魔王は軽々しく拾い上げた。
まるで重さなんてないかのように。
魔王は私の娘を閉じ込めたあげく、無慈悲にも連れ去ろうとしている。
許せなかった。
あまりの傍若無人さに腹が立った。


「おい、まて! ふざけるな! チカをどこに連れて行こうっていうんだ! 身勝手すぎるぞ!」

「案ずるな」

「黙れドラゴン! 悪魔の手先め!」

「昔、まったく同じ目にあったことがある。嫌な思い出ではあるが、今はけっこう満足しておるぞ」

「ワケの分からないことを! 待て魔王! どこへ行く気だ! 答えろ! 答えろよぉ!」


横たわったままの私に、ドラゴンが哀れむような眼差しを向ける。
同情してくれているかのように見えた。
協力してくれるかもしれない。
馬鹿げた発想をした私は、淡い期待を胸に、尋ねた。


「待てドラゴン! 娘を返してくれ! その替わりに私が!」

「無理だ。ひんし状態じゃ、捕まえられない。あきらめろ」


ワケの分からないことを言って、ドラゴンは私に背を向けた。
何度も止まるよう叫んでみたが、ドラゴンが歩みを止める気配はなかった。

二つの背中は、ゆっくりと私から遠ざかって行く。
私は、ただひたすら憎しみの念を投げ続けた。
声がかれても叫んでいた。

あっという間に、二体の悪魔の姿が見えなくなってしまった。
チカが私の隣からいなくなってしまった。
急に悲しくなって、目頭が熱くなった。


「うおぉおおおおお!」


私は大声で叫んだ。
現実を声で振り払うようにわめき散らした。
まるで赤子のように声を上げて涙を流した。
誰もが眠る静かな朝に、醜い声が嫌にハッキりと聴こえた。
生きる望みを失くした今も、私の命は続いている。


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