「さて、仕事は終わったがまだ日没には早い。本屋にでも寄るか」
10月17日、土曜の午後4時30分。部活と部員の勉強の世話を終わらせた俺は、家路についていた。日は傾き、徐々に海が朱色を受け入れていく。空も同様だ。鱗雲、別名巻積雲が燃えるように輝き、秋の夕焼けを感じさせる情景である。
そうした情緒ある時間で、俺は本屋に向かっていた。たまには立ち読みでもして、有益なネタを拾っとかねえとな。だが、何者かの声が俺の行く手を阻んだ。
「おーい、そこの手拭いかぶった坊や!」
「な、なんだ?」
俺は辺りを見回した。あるものと言えば、せいぜい交番くらいである。しかし、声はその交番から聞こえてきた気がする。そこでその方向を凝視した。交番は今の位置から30メートル程離れているのだが、よく見れば縁側に誰かいるようだ。
「こっちじゃよこっち! 暇なら話でもしようじゃないかい!」
あれは……以前出くわした駐在か。夜通し尋問されたから、良く覚えているぜ。まあ、呼ばれて無視する道理はねえ。俺はゆっくり交番へ歩を進めた。そして駐在に声をかける。
「爺さん、確かナツメグとか言ったな。こんな所で詰めていたのか」
「だから爺さんではないわ! そう言うお主はテンサイだな、ナズナちゃんと同棲している……」
「おい、それ以上言うな。誤解を招く」
「なんじゃ、つまらんの」
爺さんは口を動かすのを一旦止めた。縁側にたたずむ爺さんは、白髪の上に警察の帽子をかぶり、制服にはしわ1つ見当たらない。また、腰には警棒とボールを2個備えている。
そんな生真面目な爺さんは、ふと俺にこう尋ねてきた。
「ところで坊や、タンバでの暮らしには慣れたか? 中々良い町じゃろうて」
「ああ、まあまあな。やっとこの辺りの地理を思い出した気がするぜ。若い頃に旅で来たが、昔とほとんど雰囲気が変わらねえ、良い町だ」
俺は無難に答えた。よくよく考えれば、俺がこの町に流れ着いてからもう2ヶ月も経つのか。ポケモンリーグを目指していた若かりし頃は、1日過ぎるのすら待ち遠しかった。しかし今は2ヶ月があっと言う間。年を実感せざるを得ないな。
さて、俺がたわいもないことに思慮を巡らせていると、爺さんは力の無い言葉を放った。
「……じゃろうな。最近は人が減っておるから、どうにも開発が行われないんじゃよ」
「なるほど。そういや、確かに人はまばらだな」
……以前町に向かったことがあるが、店に対して客の数が明らかに少なかった。特に子供は、いないも同然な状態だった。人が減っているのは確からしいな。
「ほれ、あれを見てみなさい。たくさん家が建っておるじゃろ?」
「ん? 言われてみれば、崖にハイカラな住宅があるな。木々が手入れされてねえから見過ごしてたぜ」
俺は、爺さんが指差す先を注視した。その方向には、町の西にある山がそびえている。山と言っても形は段々となってあり、そこに多数の建築物が敷き詰められている格好だ。例えるなら、映画の舞台になりそうな様子である。だが、そこかしこに雑草や雑木が繁茂しており、住宅はたいそう景色に溶け込んでいる。
「無理もないの。なにせ、あれらは皆空き家なのじゃから」
「……あの全てが空き家だと?」
おいおい、ちょっと冗談がきついぜ。しかし冗談などではないのは、爺さんのしわが次第に増えていくことからも明らかだった。
「ニュータウンと言うのかの。タンバ周辺には平地があまり無いから、あのような場所に家を建て、道も整備したんじゃ。しかしその目論見は崩れ、ご覧の有様じゃよ。もうこの辺りで活気があるのは、町の中心部とサファリパーク以外には無いぞ」
爺さんの口から不意に出てきたある言葉に、俺は不覚にも吹いた。すぐさま俺は追究する。
「さ、サファリパーク? おいおい爺さん、サファリと言えばカントーのセキチクシティだろ。あるいはホウエンのミナモシティ近辺、シンオウのノモセシティだ。ジョウト地方にサファリパークなど……」
「なんじゃ、知らんのか? やはり坊やじゃのう。仕方ない、流行の最先端を走るこのわしが教えてしんぜよう。10年程前にな、バオバと言う男がジョウトでサファリパークを開いたのじゃ。セキチクのサファリを畳んで来たから大したもんよ。で、最近は他地方のポケモンも入れてかなり儲けているようじゃ」
爺さんは胸を張って説明した。10年前からある施設のどこが流行の最先端だと突っ込みたいところだが、んなこたあどうでも良い。あのサファリパークが近所にあるのか、しかも他地方のポケモンまでいると。
「それは耳寄りな話だ。案外、戦力確保に使えるかもしれねえな」
俺は小声でつぶやいた。ジョウトにいるポケモンは種類が少ないから、選択肢が増えるのはありがたい限りだ。
「そう言えば、ナズナちゃんから聞いたが、坊やはタンバ学園であのポケモンバトル部の顧問をやっとるそうじゃないか」
「ああ、そうだが?」
「……ここだけの話じゃが、例の事件以降、部に対する町の人達の見方は厳しくなる一方なんじゃ。以前は強いからって、あれ程応援しておったのに」
爺さんは先程より一層しわを増やした。ここまでやれば、ある種の隠し芸と言えるかもな。しかし、今の言葉には思い当たる節がある。どうにも町の奴らが近づいてこないのも、それが理由か。
「手のひらを返したと言うわけだ。ま、気にするこたあねえさ爺さん。よくある話だからな、『何故起こったのか』を追究することなく、ただただ非難に終始するのは」
全く、世情にいとも簡単に流される奴らが多いのは嘆かわしいもんだぜ。俺も、かつてそれによって潰されたから、十分承知はしていたが。まあ、逆に言えば、結果を出せば奴らは途端に英雄扱いをしてくるわけだ。嬉しくもなんともないが、黙らせるにはこれが最も有効だろうな。
そう言えば、今何時だ? 俺は懐中時計をチェックした。おっと、もう5時か。そろそろ家に帰らねえとナズナが怒っちまう。ここらが引き際だな。
「さてと、俺はそろそろ帰らせてもらうぜ。俺は世事には疎いからよ、また何かあったら教えてくれ」
「なんじゃ、もう帰るのか? 仕方ないのう。まあ、また時間があれば来なさい。じゃが自分で調べるのも怠るんじゃないぞ、坊や」
「合点だ」
俺はゆっくりうなずくと、ますます赤くなった夕日を背に家に戻るのであった。
・次回予告
さて、俺は部員達を連れてサファリにやって来た。もちろん試合で使うポケモンを探すためだが、この機会を無駄にする理由は無い。俺も久々に新しく捕まえてみるか。次回、第20話「サファリパーク、未知のポケモン」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.85
今作はモブキャラを大量に書けるようになることを目標の1つに据えているのですが、どうにも1人1人に手をかけたくなっちゃうんですよ。ナツメグさんもその1人。出したからには使わないともったいないと何回も起用するうちに、モブがそこまで出ないまま最終話にたどり着く……これはできれば避けたいところです。まあ、今作は余裕で100話いくでしょうから大丈夫だとは思いますが。
あつあ通信vol.85、編者あつあつおでん