マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.956] #1 異臭問題、屋敷のお嬢とまじない師 5 投稿者:乃響じゅん。   投稿日:2012/04/15(Sun) 20:53:28   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 5


 うおお、とドドの後ろで声が荒ぶった。ベトベトンは手を伸ばし、ドドの足元に近づく。少し触れそうになって、ドドは一歩離れる。
「おやおや、餌くれるご主人が帰っちゃったもんだから、怒ったか」
 キュウはケタケタと笑った。
「頼んだぜ、キュウ」
「やれやれ、燃やすのはいつも俺だ」
「まあまあ、そう言わずに頼むよ。丁寧にな」
「はいはい」
 キュウは炎を吐いた。高熱がベトベトンの指先に触れ、たちまち全身を覆った。ただの熱では派手な炎を上げることは恐らくないだろう。キュウの炎はそれほどまでに高温なのだ。下手をすれば周囲のものを全て燃やしてしまいかねないため、狙いと出力を外さないようにしなければならないようだ。炎の真っ白な光でベトベトンが見えなくなった。唸りが、焦れから苦しみに変わった。キュウは火を止める。
「こんだけやれば、後は勝手に燃えてくれる」
 キュウは言った。悪いな、とドドは言って、頬をさすった。まだじんじん痛む。
「痛いのかい」
 キュウはおかしくてたまらないといった様子だった。ドドは怪訝な顔をした。
「痛いに決まってるだろ」
「そういえば、何でお前叩かれたんだろうな?」
 人食いのキュウは本当に分かっていないらしい。
「どんなに自分勝手な人間でも、夫人にはまだ娘を思う心があったってことさ。娘を傷付けられたら怒る」
「ふーん」
 屋敷に漂う異臭を消し去る。ロコの依頼を解決するためには、ベトベトンの始末を夫人の口から頼まれる必要があると思っていた。秘密裏にベトベトンを消し去ったとしても、夫人は人食いの魔力にとりつかれたままだっただろう。そして、すぐに同じことを繰り返したに違いない。自身の美しさよりも、大切なことがあるのだと気付かせなければ、解決したとは言えない。
「お前も悪い奴。お嬢さんに内緒で、自分にだけ臭いを感じなくなる術かけたろ?」
「バレてたのか」
 ケタケタとキュウは笑った。ベトベトンの身体が最初の十分の一にまで縮み、炎の勢いが衰え始めた。
「明日、謝んないとなぁ」
「そうよ。明日あなたには謝ってもらうわ」
 夫人が再び地下室に現れた。
「今日はお泊まりになって下さいな。ロコが随分お世話になったようだから、これくらいはさせてちょうだい。部屋はもう用意させてあるわ。案内します」
 ドドとキュウは顔を見合わせた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
 結論はすぐに出た。
 炎は消え去った。ベトベトンの鎮座していた地面には黒いしみと、僅かな燃えカスが残っていた。

 ドドとキュウは二階の一室に案内された。ベッドや机などが一通り揃っていたが、ロコの部屋よりも簡素な印象を受けた。今は使われていない部屋だという。机の上のランプに火を灯し、ぼんやりと部屋がオレンジ色に輝く。
「ゆっくり休んで下さい。また明日、改めてお話し致しましょう」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
 ドドは頭を下げた。キュウもそれに倣う。夫人は扉を閉めた。ふー、とため息をつくドド。日中窓を開けて風を通せば、屋敷の悪臭も全て消え去るだろう。とりあえず安心、といったところか。一つ、伸びをした。気分がいい。
「ん? 何か落ちたぞ」
 キュウはドドの服の内側から、黒いものがぽとりと落ちるのを見た。コロコロと転がり、キュウの手前で止まった。床には光が届かないせいで、よく見えない。顔を近づけて、確認してみようとする。その瞬間、黒いものはキュウの口の中に跳躍した。キュウは思わず叫んだ。
「どうした」
 ドドは振り返った。どたばたと手足を暴れさせるキュウを見て、異常を察知した。
「何かが、口の中に……まずい、にがいっ」
 キュウは何度も口に入った何かを吐きだそうとした。だが、喉の奥に貼りついたような感覚がしぶとく残る。
「ちょっと我慢しろよ」
 ドドは術を試みた。キュウの頭が上を向いたまま、硬直する。念じて指を上に振り上げると、キュウの口から黒い、いやよく見れば濃い紫の物体が飛び出した。
(こいつか)
 更に術をかけ、ドドはそれを空中に縛りあげた。ピクリとも動かないが、まだ生きている。内ポケットから小さな空き瓶を取り出し、素早くそれを封じ込めた。すぐにキュウの姿を確認する。元凶と思わしきものを取りだしたにも関わらず、まだキュウはもがき苦しんでいた。
「まずい、にがいっ、ああっ」
「水を貰ってくる。我慢しろ」
 ドドは部屋を出ようとする。だが、キュウの衰弱は急激だった。キュウはしゅうしゅうと白い煙を上げ、縮んでいった。苦しげな声が、徐々に細くなっていく。もう助けられない、という予感がドドの動きを縛った。煙が消え去った後には、手のひらに乗るほど小さくなったキュウの頭部だけが残っていた。目を閉じ、眠っているようにも見えた。
 瓶を手に取り、中の紫色の物体を睨んだ。
「ベトベトン……お前か。畜生」
 やられた、と思った。最初に触った時か、或いは燃やして油断している隙か。ベトベトンは自身の小さな分身を用意し、自分の服の隙間に潜んでいたのだ。
 ふと、ドドは自分が笑っていることに気付いた。どういうわけか、ひどくおかしな気分になっていた。いや、理由は分からないでもない。己の中にある疑問に対する解を導く、一筋の光を見つけた、そんな確信があった。
「そんなにこいつが憎いかい? 言霊使い」
 そう呟いて、ドドは頭部だけになったキュウを撫でた。ランプの炎が、怪しく揺らめいた。

 朝、ロコは朝食を取りにテーブルにつくと、夫人が悩ましげな表情で座っていた。
「おはようございます」
「おはよう、ロコ。あなたにお手紙よ。昨日のまじない師さんから」
 夫人はロコに渡す。
「本当だったら、この場で一緒に食事しようと思ったんだけどね。空き部屋使って、泊まって行くように言ったはずなのに……。朝起きたらこの紙が置いてあるだけだったのよ。ひどいわ」
 夫人は本当に残念そうに言った。自分と会わせてくれようとしたことを思うと、この一言を言わずにはいられなかった。
「ありがとう、お母様」
「どういたしまして」
 笑顔を交わし合い、ロコは手紙に目を通す。
 手紙の内容は、今回の事件に対する考察と謝罪だった。ドドが自分だけ悪臭から逃れていたこと、ロコだけつらい目に合わせてしまったこと。だが、夫人を説得するためにはこれしか思い浮かばなかったので、どうか許して欲しい、と。
 朝食も取らずに帰ってしまったことに関しても、謝っていた。どうしてもすぐに帰らないといけない事情が出来てしまった、とだけ書いてあったため、詳しい理由を知ることは叶わない。そのお詫びにと、プレゼントについて書かれていた。手紙の後ろに、何も書かれていない正方形の紙がついていた。例によって、まじないのかかった便箋だった。
――もし再び、お嬢様の身に何かあれば送ってください。必ず駆けつけますから。
「お母様の言う通り、確かにひどい人ね」
 文章を読み終え、手紙を折りたたんだ。
「私を置いてすぐにどっかに行っちゃうなんて、まるでお兄さまみたい」
「確かに、イングウェイは無茶ばっかりしていたわね。いつも何かやった後で、報告するんだから」
 二人は顔を見合わせる。可笑しくなって、笑いだした。ドドは、まじない師だ。きっとロコの知らない世界で、誰かの為に頑張っている。
 遠い地で頑張っている、父と兄に思いを馳せた。二人は元気にしているだろうか。
「早く帰って来ないかしらね」
「そうですね」
 開けた窓から差し込む朝日が眩しい。風が一つ通り抜けると、爽やかな木々のにおいだけが屋敷を包み込んだ。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー