「ほう、あれがサファリパークか。意外と賑やかだな」
10月24日の土曜日、午前9時。今日は部員達とサファリパークへやってきた。俺達の真面目には受付と入り口があり、その周りには屋台や売店が並んでいる。47、48番道路が未整備なのが気になるものの、周辺含めて良い環境だな。ゴミも落ちてない。
「先生、なんだか楽しそうですね」
「まあな。なにせ、随分野生ポケモンを捕まえることなんて無かったからな、俺は。たまには原点に戻ってみるのも悪くねえだろ」
「原点回帰と言うわけですね」
イスムカの指摘に、俺は機嫌良く答えた。最後にこんな経験をしたのはもう20年も前だからな、血がたぎるってもんよ。旅が終わった後はずっと研究続きで、世間を追われた後は若者の指導。最後には片田舎に流れ着いて……このまま、静かに暮らすのも悪くねえかもな。ま、んなこと考える程老けてはないのだが。
さて、物思いにふけるのはそのくらいに、俺は受付に向かう。
「おーい。ポケモン取り放題、大人4人頼む」
俺は4人分の入場券、計2000円を払い、部員達に配った。
「ほらよ。今回は俺が払ってやる。次からは自腹を切ることだ」
「わかりました」
「ありがとうございます、先生」
「おお、ありがたく頂くでマス。オイラには1回でも十分でマスよ」
……各々、準備はできたようだな。今日は皆私服だが、それぞれの性格がよく出ている気がする。イスムカはできたての角材の色をしたジーンズに黒い長袖のシャツ、赤いベスト。ターリブンは膝下10センチ程の紫のパンツに若草色の長袖。一方ラディヤは、股引に枯れ葉色のミニスカート、そして灰色のダッフルコートである。
俺達は入り口をくぐり抜け、サファリパークに足を踏み入れた。俺は部員達に、事前に説明した内容を確認する。
「それじゃ、行くか。ここからは各自でポケモンを捕まえてくるんだ。閉園時刻の5時には戻ってくるように。では解散!」
「しっかし、随分広いな。地平線の彼方まで続いてやがるぞ」
10分後。俺は道無き道をあてもなく歩いていた。お目当てのポケモンがいるわけでもなし、行ってみたいエリアがあるわけでもなし。ちなみに、今いる場所は木々が生い茂り、岩場が点在している。
そんな中、俺はあるポケモンが横切るのを発見した。腹に、ありがちな稲妻模様が描かれている。
「お、何かいるな。あれは……エレブーか」
俺の前を素通りしたポケモン、そいつはエレブーだ。エレブーは主に発電所近くに生息し、電気を食べるらしい。戦闘能力は上々、進化もできる。少なくとも、ポテンシャルがあるのは確かだ。
「電気タイプ、悪くはない。では遠慮無く、捕獲だ!」
俺はボールを握ると、ためらいなく投げつけた。だが、ボールはあらぬ方向に飛び、無駄になった。皮肉にも、当たってないからまだ気付かれてない。
「おろ、当たらないぞ。まあ、昔からこうなんだが」
ふん、下手な鉄砲も数撃てば当たるさ。30個しかないが、さすがにいけるだろうよ。俺は再び構え、エレブーを狙う。
「こんにゃろ、こんにゃろ!」
くそ、目に見えてボールが減りやがる。確か15個くらい投げたが、一向に捕まる気配すらねえ。もちろん、エレブーが手強いからではない。
「それではとても捕まりませんぞ!」
ふと、俺の右方からややしわがれた声が飛んできた。そちらを向いてみれば、年食った清掃員みたいな爺さんがいるじゃねえか。つくづくこの町は年寄りだらけだな。しかし、返事をしないのは失礼だ。返答しておくか。
「誰だあんたは?」
「おっと失礼、申し遅れた。私はバオバ、このサファリパークの支配人をやっている者です」
「ここの支配人か。こんな場所にいるのは、単にぶらぶらしている……わけではないよな」
「ご名答。園内の見回りはもちろんのこと、入園者の話に耳を傾けてより良い施設にしようとするためです。今は娯楽に溢れていますからね。少しでも気を抜こうものならすぐに破綻してしまいますから、こうした活動はやらねばならんのです」
作業服姿の支配人、バオバは胸を張った。よほど自分達の活動に自信を持っているのかね。まあ、これだけ立派な施設に客が大勢入っているしな。俺もついつい夢中になっちまったし。
「なるほど、地道な仕事が今の大ブームを支えているのか。では1つ、入園者として質問させてもらうが……どうやったら上手くボールを投げられるんだ? どうにも昔からコントロールが悪くてな、普通に捕獲した試しが無いんだ」
「おお、それこそ私の出番です。では実演してみましょう」
バオバ支配人は腕まくりをすると、懐から1個のボールを取り出した。それから身振り手振りで説明する。
「まず大事なのは、腕の振り方です。基本はこのように、まっすぐ振り下ろします!」
「腕をまっすぐ振り下ろす、だな」
俺はメモ帳に書き込んだ。こういう時はメモ帳が1番だからな、図が描けるからより分かりやすくなる。腕は……垂直に下ろすんだな。肘の位置はあまり変化せず、ボールの出所は高い。ボールを持たない手は振り子のように用い、球威を増すのに一役買っている。そして、股が裂ける程足を前に出し、胸を突き出す。こんなところか。俺のメモが終わると、バオバ支配人は続けた。
「また、手のひらは前に向けていることが重要です。手のひらが斜めだったりすると、力のかかりがおかしくなってまっすぐボールを投げられませんから。では、あなたもやってみてください」
「ああ。そりゃ!」
手のひらは、振り下ろす面と直交するようにすれば良いんだな。それもメモしたら、指示された通りボールを投じた。上体をやや左に傾け、右腕が地面に垂直になるよう気を配る。左腕を高く上げ、ボールを放す時は腰に引き付ける。そうして投げられたボールは、俺の予想した場所に、しかもかなりの威力で到達。ボールはエレブーを吸い込み、しばらく揺れ、そしておとなしくなった。俺の手持ちは既に6匹だから、そのままボールは転送された。
「……当たった。しかも捕獲できた」
「おめでとうございます。飲み込みが早いようで何よりです」
「こちらこそ助かった。この年になって、制球難を克服する兆しが生まれるとは思わなかったぜ」
「それは良かった。ところで、お名前を教えていただけますか?」
「名前? ……あー、タンバ学園のテンサイだ。今日はポケモンバトル部の活動の一環として来ている」
やや考え込んで、俺は名前を教えた。と言うのも、タンバ学園の者だと厄介者扱いされる可能性があったのと、俺の正体が知られる恐れがあったからだ。そして、バオバ支配人は想定内の反応を取る。
「なんと、あのタンバ学園! うーむ、そうですか……」
「……不満ならいくらでもどうぞ、支配人さん。俺達はどう言われても構わねえさ」
俺は開き直った。幸い、ここに部員達はいない。つまり、サファリ側は誰が部員か分からない。例え追い出されても、あいつらと連絡を取って引き上げれば良いだけの話だ。ところが……支配人の様子は思ったのとは違ってきたぞ。まるで、探していた獲物を見つけたかのような表情だ。
「いえいえ、そのようなことは微塵も考えておりません。むしろ、好都合とさえ思っているのです」
「と、言うと?」
「はい。現在我々はタンバ周辺の清掃ボランティアをしております。園内のみならず、園外環境も重要ですから。しかしタンバは広く、中々手が行き届かない場所もあります。そこで、タンバ学園ポケモンバトル部様にお手伝いしてもらえないかと考えた次第です。こちらは人手、そちらは信用回復や体力増進等に利があると思われますが、いかがでしょう?」
不意に出された提案に、俺は目を丸くした。当然、サングラスをかけているから外からは分からないが。さて、どうしたものかね。せっかくの話だ、できるだけ有利な条件を引き出してみるか。
「ボランティアか。周囲は実力で黙らせるのも悪くないが……俺がやるわけではない。あいつらのことを鑑みると、あんたの提案は魅力的だな。だが、もう一押し何かねえのか? 単なる体力増進なら訓練でどうとでもなる」
俺はやや強気に出た。仮に蹴っても痛手ではないし、このくらいはいつものことだ。
「いやはや、テンサイ様は手厳しくいらっしゃる。そうですね、園内でのポケモンバトルと書庫の利用許可でどうですかね? 書庫にはポケモン関連の書物がありますから、知識を深めるのにはもってこいですよ」
バオバ支配人は更に譲歩してきた。……上手くいったみたいだな。これだけ条件が整えば悪くない。学校は狭いからな、ここで訓練できるなら願ってもない話だ。俺は首を数度縦に振る。
「ふむふむ、それは中々良い話だ。よし、では来週の日曜から参加させてもらうと言うことで大丈夫か?」
「来週の日曜、11月1日ですね、わかりました。この件についての詳しい話はまた後日、お電話致します。ではそろそろ失礼します。どうぞごゆっくり」
バオバ支配人は深々とお辞儀をすると、そのまま別のエリアに向かっていった。また見回りだろうか。
「……行っちまったか。さて、またポケモンを探すかな」
いきなり色々起こって疲れちまったが、まだボールは残っている。もう少し楽しませてもらうとしよう。俺は大きく伸びをすると、ポケモン探しに奔走するのであった。
・次回予告
勉強の面倒を見ながら夕刊に目を通していると、派手に書かれた記事があった。最近はこんな奴もいるのな、なんと言うべきなのやら。次回、第21話「それはわがままなのか」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.86
ポケモン世界では、実体のあるものをパソコン通信で送り飛ばしますよね。若かりし頃の私はそれを「分子の構造を完璧に測定して、そのデータを送信。それを基に同じものを再現する」と解釈してました。後から知ったことなのですが、これは量子力学という物理学の分野で「テレポーテーション」というものらしいです。測定すると状態が変化してしまうので完璧な測定は極めて困難ですが、その欠点を克服する方法も研究されているようです。これを実用化しているポケモン世界は、インフラこそ不十分なものの、科学的に現代より進んでいると言えるでしょう。
あつあ通信vol.86、編者あつあつおでん