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  [No.980] あなたの夢へ、ご招待 【二】 投稿者:稲羽   《URL》   投稿日:2012/05/17(Thu) 23:44:48   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

【二】

 若者とムウマージの目前に姿を現した、この真っ黒の生き物。
 その容姿は、簡単に言ってみれば、暗闇の色に満ちたドレスを着用した人間、という所か。とは言え、顔も手も黒く、両肩からは何か尖ったものが突き出ている格好だ。頭頂部は細長く伸びており、色は白雲のようであった。首の周りは赤い襟のようなもので覆われていた。そして、足に相当する部分は見えず、体が地面から少し浮き上がっている感じになっている。ちょうど、ムウマージのように。
 そのムウマージはと言えば、青年の後ろでぷるぷると震えつつ、様子を見守ることしか出来なかった。
「だ、誰なんですか、貴方は、一体……」
 恐る恐る、青年が声を掛ける。
「おやおや、この私を見て、何者かとおっしゃるとは。貴方は私のことについて、全くご存じないのですか」
 声の主が丁重な口ぶりで返す。それに対し、男は戸惑いの声こそあげたものの、何も答えようとはしない。
 この不思議な生物の姿形を、何処かで目にしたことがあったはずだ、と彼は思った。けれども、記憶が定かでなく、はっきりと名前が出てくるまでには至らない。
 結局、少し時間が経過した後に、ようやく彼は首を左右に振った。
「そうですか、これは失礼いたしました」
「で……貴方は、何者なんですか? 見ず知らずの俺たちに、急に話しかけてくるなんて、一体、何故」
 男は再び尋ねた。声が先ほどよりも幾分早くなっている様であった。
 ほんの少しずつではあるが、男は徐々に落ち着きを取り戻してきていて、眼から出ていた悔し涙は徐々に止まりつつあった。けれども、目前にいる得体の知れない生物に対する不安は一向に無くならないのであった。
 一方、この闇色の生き物の表情は厳しくも堅苦しくもなく、それでいて少しだけ冷めているように感じられる。一時として崩れることも急変することも、まるで無い。従って、どういう考えを抱いているのかも全然見えてこないのである。
 闇色の生き物は声を出し始めた。
「それでは、お答えいたしましょう。まずは自己紹介から始めることにしましょうかね。私の名は『夢路(ゆめじ)』と申します。生き物としての名前は『ダークライ』でございます。人間の方々からは『あんこくポケモン』などとも呼ばれておりますね」
「はあ、『あんこくポケモン』の『ダークライ』……え、『ダークライ』……? 何処かで聞いたことがあるような……」
「左様でございますか。まあ、私たち一族の名は古来より広く知られておりますからね。もっとも、貴方がたは私どもをあまり良く思ってはいらっしゃらないようですが」
「……と、言うと?」
「何でも、他の生きとし生けるものに悪夢を魅せる習性があるというので、不吉に感じてしまうらしいのですよ。私どもが毎晩毎晩活動するものだから、その悪夢で苦しめられる生き物が後を絶たないんだとか。中でも、新月の夜には特に活動が盛んになるとされ、その日に見る悪夢は全て私どもの魅せるものであるに違いない、と人間達の間で語られているそうです。これでは、私どもが悪く思われても、仕方がないというものですがね」
 ダークライというらしき生き物が、そっと小さく、溜め息をついた。
 この闇色の生き物の言葉が若者の耳に入ると、彼の頭の中ですっかり薄れていた記憶が、鮮明になって蘇った。まるで、パズルの核心部のピースが埋まって、絵の全体像がはっきり浮かび上がるかのように。
「……ま、待て、貴方が、ま、まさか、あの、だ、『ダークライ』!? そうだ、おとぎ話や怪談話、都市伝説なんかによく出てくる、あの『幻のポケモン』ですか!」
「ほう、思い出して下さったのですな? まことに嬉しい限りでございます」
 ダークライの表情が、ほんの少しだけだが、緩んだ。少なくとも、この青年にはそのように見えた。
 男の方は、表情こそ平静を装っている風だが、声の調子、体の小刻みに震える様などからして、動揺がはっきりと現れている。
「あの『ダークライ』って、本当に居たのか! それとも、俺が見ているのは幻なのか! いや、ダークライだけに、俺自身が悪夢を見ているのかも知れないな、なあんて」
 男は立ち上がった。夢路(ゆめじ)に面と向かって目を合わせつつ、少し歩み寄った。先ほどまで極度に絶望していたことなど、すっかり忘れてしまっているようだ。
 背後に居たムウマージもつられてやって来る。ただ、青年が俄然興味津々な気分になったことは理解できず、目の前にいる「幻のポケモン」に対して恐怖を隠せずにいる風だ。結局、彼の背中から、事態をじっと見つめ続けるしかなかった。
 そんな紫色のポケモンにも全く意を介さずに、青年は更に続けて言った。
「……で、君のようなポケモンが、一体どうやってここに来れたんですか? 確かに辺りにはほとんど何の人影も見あたらないから、見つかってもおかしくなかったでしょうに」
「静寂の中で息を潜め、夜の闇に紛れつつ、あらゆる視線をかいくぐりまして、ここに来るに至ったのです。私どもは古来より闇と共に生きてきたのですから、このくらいのことは晩飯前でございます」
「ええ? いまいちよく分からないです」
「理解していただく必要はありません。何せ、私は『ダークライ』、貴方は『人間』なのですからな。私が私なりに説明を施したところで、全て理解してもらえるとは思っておりませんので」
「ふうん……」
 青年は訝しげな顔を浮かべつつも、夢路の言い分ももっともだと思った。
「ところで、お連れ様のことはお気遣いにならなくて宜しいのですかな?」
 夢路の言葉に、青年ははっと我に返った。目の前にいる「幻のポケモン」に気を取られていたばかりに、ムウマージの存在をすっかり忘れていたことに、ようやく気づいたのだ。
 慌てて後ろを向くと、相も変わらず怯えているらしき、紫色のポケモンの姿があった。
 青年の視線が自分に向いたのを察知したムウマージは、そっと彼の顔を見上げる。先ほどまでの憂鬱そうな様相はどこへやら、目の前にいる得体の知れぬポケモンにすっかり興味津々となっている青年の姿、それがムウマージには不思議に思えてならないのである。
 ムウマージは青年の顔をまじまじと見つめる。その眼差しからは、悲哀と恐怖の入り交じっているものが感じられた。
 ムゥ、とムウマージは呟いた。随分と心細げな声である。目にはすっかり涙が堪っていたらしく、ほんの少しずつ、一滴、また一滴と、流れ出していた。
 そんなポケモンに、青年はそっと手を差しだすと、三角帽の形をした頭を優しく、ゆっくりと撫でる。
「ごめんよ、怖かっただろう」
 青年は小さく声を出した。
 彼の手の温もりは、マジカルポケモンの目に堪っていた水滴をどっと溢れ出させるには十分であった。
「随分と幼気(いたいけ)な、可愛らしいお方なのですな」
 夢路が言った。
 青年はムウマージの頭から手を引くと、再びダークライの方に視線を向けた。
「そうでしょう。いや、『可愛らしい』は余計な気もするなあ……。とにかく、このムウちゃんは、ムウマの、それも赤子同然だった頃から、ずっとこんな感じなんです。まるで俺の生き写しを見ているようでね。こんなにも落ちぶれてしまった俺が言うのも何ですが」
「ふむ、落ちぶれている、と」
「その通り。俺はポケモントレーナーとしても、人間としても落第級と言って良い。まったく駄目な男なんです」
「ほほう、人間として失格なんじゃないか、とお思いで。どうしてそのようなことを?」
「俺にも、色々事情があるんですよ!」
 青年は思わず声を荒げてしまった。
 しかしながら、夢路は慌てる様子など、全く見せようとはしない。落ち着いた表情のまま言葉を受け止める様子は、少し冷たすぎるのではないか、と感じさせてしまうほどである。
「ああ、怒ってはなりません、短気は損気と申しましょうに」
「いや、怒るとも、怒りますとも! 夢路って言いましたっけ、貴方、これ以上他人のプライベートに立ち入るつもりですか! 幾ら幻のポケモンに対してとは言え、俺だって人並みの節度は持ち合わせているつもりだ!」
「とりあえず、落ち着いて下さい。先に申し上げた通り、私は貴方のことが気になったからこそ、こちらに来たのでございます。だから、もう少し詳しくお聞かせ願えないでしょうか。無論、誰にも漏らすような真似はいたしませんし、私のお伝えするべき件についてもお話ししたい所存でございます。しかし、それは貴方のお話の後でも、決して遅くはないと思うのです」
「それは本当に? 嘘じゃないんですね?」
 若者は静まりこそしたものの、念を押すその口調は強気な風に聞こえた。
「左様でございます。このダークライに二言はございません」
「あ、ああ、そこまで言うのなら……こんな俺の話で良ければ、今すぐにでも言ってやりますよ! 但し、後でしっかりと貴方の話も聞かせて下さいね。俺、約束破られるの、嫌いなんで」
「もちろん、その様にいたします。それでは、貴方の気が済む限り、いくらでもお話し下さいませ」
 夢路はこのように述べると、すっかり声を発しなくなった。そして、青年の表情、或いはムウマージの様子を、食い入るように見つめだしたのである。
 男は「あんこくポケモン」の言葉を疑った。この夜に初めて見知ったばかりのポケモンの繰り出す話を、とうてい信じられるはずはない。一方で、この場で自分の身の上話を思いのままに喋くることができるのならば幸いだ。第一、自分は追い詰められているんだ、そうに違いないのではなかったか、と青年自身感じてもいた。そうとなれば、せっかく巡ってきた機会を逃してなるものか。ここで言わなければ、次は無いかも知れない。こうして青年はダークライの提案に乗ることを決意したのだった。
 一方、ムウマージは声こそ出さなかったけれども、目から出てくる水滴は全く抑えようがないようであった。この様相が物語っているのは、青年の行く先を案じている風であろうか、それとも幻とも言われる生命体に怖がってしまっているか、そのいずれでもない、全く別のことなのか。その答えは、このポケモンのみが分かることである。
 辺りを包み込む暗がりや静けさが変わる気配は、未だに感じられない。


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