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  [No.981] [八章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/05/21(Mon) 13:26:04   67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ぽcket
もnster
ぺarent
8章

『シオンのピチカ』




丸まった包装紙に、黒いマジックで『ヤマブキ・シオン様へ』とだけ書かれてある。
ヤマブキ家に届いた、ふしぎなおくりものであった。
差出人の名前は見つけられず、一体誰が何のために送り出したのか。シオンには見当もつかない。
今日は決してシオンの誕生日でもなければ、クリスマスというワケでもない。
どこにも特別の見当たらない、少々肌寒い春の頭の平日であった。

幾つか疑問は残ったが、微塵も気にかけることなく、シオンは期待しながら贈り物を開封した。
半分は紅く、半分は白い、ツヤツヤの光沢を放つ鉄球が封入されていた。モンスターボールである。
ボールと一緒に名刺ほどのカードが出てきた。何か書かれてある。

『メスのピカチュウが入ってます。かわいがってあげてね』

得体の知れない胡散臭さにシオンの心は震えた。
罪を犯してまでも手に入れたかった代物が目にあるというのだ。
にわかには信じられず、謎の送り主に不審を抱いた。

何故シオンがポケモンを欲していると知っているのか。
一体誰が何のメリットがあってこんなことをするのか。
未だにポケモンを捕まえられないシオンを侮辱し嘲笑っているのか。

不気味な疑問が浮かび上がってきた。
しかし、考えても真実は分からないので、とにかく喜んでおくことにした。
シオンは興奮気味に笑った。嬉しくて楽しくてたまらなくなった。
想像とは随分と違った形ではあったが、ついに、とうとう、ようやく、望みが叶えられたのだった。

「うおおおっ! やったぁ!」

願望の達成という最高に気持ちの良い瞬間を全身で味わった。
そして喜びを表現するかのように、シオンの身体は勝手に動き出す。
薄気味悪い笑みを浮かべ、「うひひ、うひひ」と不気味な声をもらしながら、
小刻みに震えて、不思議な踊りをしながら家の中をうろつきまわった。
十分後、たまたま洗面台を通りかかった時、
鏡に映る自分の姿を見て、シオンは急に落ち着きを取り戻した。



シオンは再び家の中を巡って、父親がいないと確認してから、人気のない部屋へと向かった。
朝の日差しがガラス戸を通り抜け、居間の全体を明るく照らしている。
シオンはしきつめられた畳の上を裸足で渡り、部屋の中央で止まった。
そして、貰ったばかりのモンスターボールを、
目の前に置かれた小さなちゃぶ台の上にたたきつける。
閃光がほとばしる。

光と共にポケモンが姿を現した。
小柄で、ふくよかで、幼児を連想させる体つきのポケモンであった。
映えるレモン色の電気ネズミが、ちゃぶ台の上にちょこんと座りこんでいる。
ピカチュウだった。
あの国民的アイドルポケモンのピカチュウだった。
シオンの胸が高鳴る。目の前のポケモンから目が離せなくなった。

黒曜石のような、大きくて丸い瞳。
わずかに膨らむ真っ赤なほっぺた。
口元のωから覗く幼い牙。
ホクロのような鼻。
赤子のようにふくよかで小柄な体躯。
鮮やかなレモン色の肌。
ギザギザに伸びた尻尾。
切先の黒い、ピンと長く伸びた耳。
指先の尖った短い手足。
体中のどこもかしこも真新しく美しく、それはまぎれもなく本物のピカチュウであった。

シオンは興奮せずにはいられなくなった。
鼻息は荒れ、目から感涙を垂れ流す。
自然と口元が緩み、ニヤニヤと薄気味悪い微笑を浮かべ、シオンは喜びを小声で表現する。

「やった! マジで! すげぇ! うひょー! ファファファ! 」

笑みを浮かべるシオンを、ほとんど無表情のピカチュウが見つめていた。
円錐型の耳をピンと立てて、大きな瞳を開け、人形のようにシオンを観察しているようだった。
じろじろ見られている内に、シオンはピカチュウに悪く思われているような気がしてきた。

――うわあ……。何なの、この人。これが私のトレーナーなの? 顔が気持ち悪い!――

つい目をそらし、真面目な顔を作ってから、シオンは再びピカチュウと向き合った。

「はじめましてだな。今日から俺が君のトレーナーになるシオンだ。
 ええっと……色々あるだろうけど、まあ、これからよろしくな、ピカチュウ」

シオンはドキドキしながら自己紹介をし、握手を求めて手を伸ばした。
ピカチュウはプイとそっぽを向いた。
ギザギザな尻尾が部屋の隅まで離れていく。
逃げられてしまった。

「いきなり逃げることはないだろ、ピカチュウ」

シオンはムッとして言った。
ピカチュウの行動が気に食わなくて、少しだけ苛立つ。
ポケモンに好かれたいと思っているのに、ポケモンの方から逃げ出してしまった。
まるで理想が遠ざかって行くのを見たような気がして、
シオンはもどかしさを抱えずにはいられなかった。


「なぁ、ピカチュウ……。おい、ピカチュウ……。返事くらいしろよな」

ピカチュウはそっぽを向いた。
シオンの呼び声にも反応せず、背中を向けて佇んでいる。

シオンはふと、未だピカチュウに名前を付けていないことを思い出した。
ピカチュウにピカチュウと呼ぶのは、シオンにニンゲンと呼ぶようなものだ。
返事をしないのも分かる気がした。
シオンはちゃぶ台の上に腰かけ、しばらく頭をひねる。

まず最初にシオンは個人的にカッコイイと思うニックネームを授けようと考えた。
恐らくカッコイイかと思われる名前でピカチュウを呼ぶ自分を連想する。

大人や子供の集うポケモンバトルでにぎわう公園の真っ只中で、
ピカチュウに対し「こいつは俺のバハムートだぜ!」、と言い張る男。
幼女めいているピカチュウを相手に「デストロイは今日も可愛いなあ!」、と言い切る男。
少し考えてからぼやいた。

「……無しだな」

次に平凡そうな名前として『ピカじろう』というのを思いつく。
ふと目の前のピカチュウのギザギザの尻尾を見ると、
先端がハートマークの上半身のようにまあるく二つに分かれていた。
このピカチュウがメスである。

「……じろうも無し」

最後にメスだと分かるように女性の名前を考える。
『ナナコ』『シゲミ』『サトコ』『ナナカマコ』……ピカチュウをニンゲンとして扱うのは、
なんだか紛らわしいので却下する。
故に、女性だと分かりなおかつピカチュウだとも分かる人前で言っても恥ずかしくない名前に決定した。
その結果、シオンは言った。

「よぉし! それじゃあ、お前の名前は今日からピカコだ!」

ピカチュウは微塵も反応を示さなかった。
自分の名前が呼ばれたとは思ってもいない様子だった。
哀愁の漂う小さな背中を見せつけたまま微動だにしない。

「そうか。この名前は嫌か? そんなに俺のセンス悪いか? ……無視か。まあいい。
 とにかくピカコは無しだな。後、一応言っておくけど、俺はお前が反応する名前にしかしてやらないからな」

親から貰った自分の名前が気に食わないシオンは、ピカチュウにも納得のいく名前を与えるつもりだった。
ピカチュウの気持ちを考えてあげることで、より一人前のポケモントレーナーになれるような気がしていた。

しかし、一般的なトレーナーはポケモンの命名を勝手に行う。
我が子に与える名前のように勝手に意味を込めて勝手に命名する。
人間にポケモンの細かい感情を把握することはほとんど不可能に等しい。

それでもシオンはピカチュウが何か反応を見せるまで自作ニックネームを呼びまくる。
女の子らしくてピカチュウだと分かる名前候補を次々挙げていった。

「ピカリ!」
「ピカナ!」
「ピカヨ!」
「スピカ!」
「チュウカ!」
「ピチカ!」

――もう面倒くさいから姓名判断師にでも頼ろうかな――
そう思った直後であった。
ピカチュウの身がビクッと一瞬だけ震えた。そして体をねじ曲げて振り返った。
パッチリ開いた大きな瞳がシオンの視線と重なった。
一瞬だけ時が止まったように感じた。
そしてピカチュウはすぐにそっぽを向いた。

「もしかして……」

期待を込めて、シオンはもう一度ピカチュウのニックネームを呼ぶ。

「ピチカ!」

だるまの形にも似たレモン色の小さな背中は再びビクンと震えた。
名前に呼応するかのような仕草に思えた。
今度は振り返ってはくれなかった。
しかし、シオンは勝手に確信した。
思わず口角がつり上がった。
名前を探し当てたことが嬉しくてたまらなかった。

「そうか、お前ピチカって言うのか! そうかそうか!
 ……でもその名前なんか微妙だしダサいしやっぱりピカコにしないかお前?
 ……全然反応しないんだな。ああでも、うーん、ま、 いっか。名前ぐらい何だって」

シオンはちゃぶ台から降りると、壁際のピカチュウを拾い上げようと前かがみになって歩み寄った。

「よぉし、ピチカ。ほら、俺に捕まえられるんだ」

シオンが近づいた途端に、ピカチュウは電光石火の駆け足で、シオンの股の下を潜り抜けた。
その勢いでちゃぶ台の下も潜り抜け、シオンの後にある壁の端まで距離を取った。
ピカチュウに嫌われているみたいで、また少しシオンはイラっとした。

「どうして逃げたりなんかするんだよ。ほら、おいでおいで! 怖くないから、お前の味方なんだから」

シオンは手まねきをしてみたが、すぐに無駄なあがきだと理解した。
ピカチュウのきょとんとした表情が、
――何をしているんだこの人間は?――
と訴えているようだったからだ。

渋々シオンはピカチュウを追いかけた。
ピカチュウのにげる……だめだ、にげられない。

ピカチュウは出口を探るよう、壁に沿って走っていた。
その動きは素早く、迅速を極めた。
しかし、呼吸は荒々しく、どこか焦っているようにも見える。
まるで逃げ切れなければ死んでしまうかのように必死でもがいている様子だった。
シオンは素早いレモン色を目でとらえ、
うつむきながらゆっくりと大股で追いかけるうちに、四角い部屋をぐるりと一周していた。
この部屋の内壁に、小さなポケモンが力尽くでこじ開けられる扉は設けられていない。
シオンはピカチュウにあきらめてもらうため、逃げ場がないことを思い知らせたのだ。

「ここから逃げられないぞ、ピチカ。観念しろ」

ふいにピカチュウは止まり、振り向き、シオンはキッと睨まれる。
その瞳は丸い形のままだったのに、何故か睨んでいるように見えた。
そしてピカチュウは前かがみになり、床を蹴って、シオンに向かって走り出す。
ピカチュウの行動にシオンは嫌な予感がしていたにも関わらず、
どうしてなのか前向きにとらえていた。

「そうだピチカ! 俺の胸に飛び込んで来い!」

ピカチュウが突っ込んでくる。
シオンは両腕を広げて待ち構える。
さながら感動の御対面である。
そしてピカチュウは飛び込んだ。
シオンの腹部に猛烈なタックルが入る。

「うぐぇっ!」

シオンは体をくの字に折り曲げ、胃液とうめき声を漏らした。
吐きそうになりながら、腹部を押さえて後方に倒れる。
倒れる際に、後頭部をちゃぶ台の角に思いっ切り強打した。
激痛の爆発にシオンは眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり、
体中に力を込めて、声を上げずにこらえた。

「痛ぇぇ……くっそ、ふざけるなよ! なんてことをするんだ! こら、ピチカ!
 俺はお前のトレーナーなんだぞ! 主なんだぞ! 分かっているのか!」

ピカチュウは四つん這いになってシオンをにらみ、牙をむき出し 、戦闘態勢をとっている。
その肢体をシオンは憤怒の形相で見下ろしていた。

シオンは自分のポケモンと仲良くなれるのだと強い期待をしていた。
深い友情と堅い絆で結ばれたほほえましい関係を築きあげられるのだと信じていた。
しかし、目の前にいる自分のピカチュウは怒りを持って反逆の態度を示していた。
もはや、シオンとピカチュウとの間に、ポケモンとトレーナーの関係は存在していない。
シオンは悔しくてならなかった。
むしろ憎たらしいくらいだった。
先ほどまではピカチュウを可愛がるつもりでいたのに、
自分に逆らう生意気な態度が露わになると、徐々に強い怒りを覚えつつあった。

しつけと称して殴ってやりたかった。
シオンは自分の苦しみをピカチュウに分からせてやりたかった。
しかし、小さなポケモンを相手に、暴力で訴えるものならば虐待行為になりかねない。
そんな畜生にも劣る腐れ外道のはしくれになるつもりなど断じてありえない話であった。
シオンは今にも襲いかかってきそうなピカチュウを見やると、拳を強く握りしめ、
湧き上がる怒りをグッと飲み込んだ。
シオンはがまんした。

「まあまあ、落ちつけよピチカ。さっきから前のめりになってんじゃねえよ。
 俺とバトルするワケじゃあるまいし。ほら、こっちにこいよ。仲良くしようぜ」

シオンはピカチュウにスッと手を伸ばした。パクっと指を噛まれた。

「痛っ!」

指先に痛みが針のように突き刺さり、思わず腕ごとひっこめた。
この一撃を合図にピカチュウは動き出す。
ちょこまかと縦横無尽に飛び回り、時折ちょっかいをかけるようにシオンへの攻撃を仕掛けてきた。

ピカチュウのひっかく。
シオンはスネを爪を立ててかきむしられた。
ズボンの上から肌をなぞられ妙に心地よい。

ピカチュウのしっぽをふる。
ギザギザの尻尾でシオンは顔面を何度も何度もビンタされた。
小顔マッサージでも受けているような感触だった。
防御力が下がっているのか、少しずつ頬の痛みがハッキリしてきた。

ピカチュウの電気ショック。
赤い頬から電撃を放たれる。
青白い閃光がジグザグに蛇行しながらシオンに襲いかかった。
全身にチクチクと刺さるような痛みが押し寄せる。

レベルの低いピカチュウに、シオンを怪我させるほどの力はなかった。
しかし、微力な刺激も幾度か受けているうちに、少しずつストレスが蓄積されシオンは苛々していった。
いかりのボルテージがあがった!

「やめろよピチカ。俺を倒したって逃げられるようになるワケじゃないんだぞ。……早くやめるんだ!」

ピカチュウはいうことをきかない。
ワケも分からず、シオンは攻撃されていた。
血管を断ち切るようなひっかく。
耳に穴を開けるようにかみつく。
心臓を狙うように、胸の真ん中での電気ショック。
何度も何度もシオンの体中に高速移動のピカチュウが突っ込んできた。
電光石火の猛攻撃を貰ってしまい、シオンに息吐く暇もなく何度も何度も痛みを覚えた。

怒り狂ったかのような猛攻撃だった。
まるで親兄弟の仇とでもいうような怒涛のラッシュを浴びせられた。
どうして仲良くなろうとしているのに、死ぬほど嫌われなければならないのか。
理想と現実の大きすぎるギャップが、シオンの顔にしわの数を増やしていく。
いかりのボルテージがあがった!

体中が痛い。また痛い。
気が付くと、怒りに身が震えていた。
腹が立つ。気に食わない。許せない。
身も心もズタズタにされ、
必死に耐えることが馬鹿らしくなって、
とうとうシオンのがまんがとかれた。

ふいに自分の体から小さな黄色い生き物が転がり落ちてきた。
その生き物めがけて、シオンは、全力で思いっきり、ためらいなく、腕を振り切った。
シオンのはたく。

パァン!

高い音が弾けた。
手の平に衝撃が走る。
ピカチュウの肉体が真横に吹っ飛んだ。
勢いつけて吹っ飛んで、落下して、畳の上をゴロゴロと転がり回り、
硝子戸にぶつかるとようやく動きが静止した。

ピカチュウは思いのほか遠くへ飛んでいき、その体重の軽さにシオンは驚いていた。
六キログラムもの重みがあるとは考えられない。
今になって目の前にいるピカチュウが子供なのだと気がついた。
黒い瞳が大きなワケではなく、顔や体が小さかったのだと感心するように納得した。

シオンは落ち着いていた。
激しい怒気はすっかり消え失せ、不思議なくらいに平常心を取り戻していた。
むしろスッとしたような清々しい気持ちでいた。
横たわるピカチュウを視認すると、シオンは哀れむようなまなざしで見下した。

「なぁ……たのむよピチカぁ。俺はさ、ただお前に言うことをきいてほしいだけなんだよぉ。
 普通のポケモンが普通に出来ることをやってほしいだけなんだよぉ」

シオンは、まるで疲れ切ったまま困っているかのような態度で語った。

「普通のポケモンだったらさ、ちゃんとトレーナーのいうことに従えるだろ?
 どこのどんなポケモンも出来てることだろ? それなのにどうしてお前は……。
 もうちょっとちゃんとしてくれよピチカ。
 俺は普通のポケモントレーナーになりたいだけなのに……」

半ばあきらめている感じの、ゆるくてねちっこい説教であった。
さながら駄目な息子に対して呆れ果てている親のような気分であった。

侮蔑の声を無視して、倒れていたピカチュウはゆっくりと立ち上がった。
ダメージが深刻なのか、力が入りきっていない様子で、小さな足ががくがく震えていた。
そして、今にも泣きそうなほど潤んだ瞳でシオンを見つめていた。
その黒い眼差しにシオンは胸を貫かれた。
ふいに後ろめたい気持ちになった。
ピカチュウの悲しげな表情を見ているうちに、
シオンは『皆から責められなければならない』ような気持ちになってしまい、急に怖くなった。
落ち着きを失い、胸中で得体の知れない嫌な感情が渦を巻いていた。

いつの間にか、目の前には自分の大切な相棒の傷ついた姿があった。
あってはならない状況だった。
いったい誰のせいでこんなことになってしまったのだろうか。

「お、俺は悪くないぞ。俺のせいじゃない。
 だいたいポケモンがトレーナーに攻撃するなんておかしいじゃないか。
 俺に攻撃するお前が悪いんだ。自業自得なんだぞ」

シオンは受け入れられなかった罪悪感を振り払うように言い訳をした。

小さな雫がレモン色の肌を伝って、落ちていく。
ピカチュウは呆然とした表情で、ぽたぽたと涙が流した。
まるで浴びせられた罵倒を理解し、悲しんでいるかのようだった。

シオンは幼児を相手に思いっ切り叱っている感覚になった。
ピカチュウの泣き顔を見れば見るほど、シオンは胸の奥が苦しくなってきた。
心臓をギュッと縛られているような気がした。
不愉快だった。
投げ出したくなるような嫌な気持ちだった。

「やめろよ。俺をそんな目でみるな。……泣いてんじゃねぇよ!」

ついピカチュウを邪険にして怒鳴ってしまった。
そうしなければ『自分が怒られなければならない』ような気がしたのだ。
シオンは、このままでは自分が悪者になると思った。
悪者扱いされてしまったら、
もう喜んだり、嬉しそうにしたりすることが駄目で許されなくなってしまう。
なんとなくそんな気がしていた。
シオンは無意識の内で得体の知れない恐怖に駆られ、
その恐怖から逃れるようにしてピカチュウを怒鳴りつけてしまっていた。

時が過ぎて、シオンは落ち着きを取り戻すと、
目の前には大切な相棒であるハズのピカチュウが泣いていて、
それが悲しいことなのだと思い出したように気が付いた。
大事なピカチュウを引っ叩いたあげく、お前が悪いと責めている自分がいた。
ほとんどポケモン虐待だった。
その行いはトレーナーの恥であり、人間の恥でもあった。
唐突にシオンは自分が嫌で嫌でたまらなくなった。嫌悪感に飲み込まれた。

――こんな馬鹿な奴、死ねばいいのに!――

ピカチュウの絶望しきった泣き顔を見て、また胸の内側がギュうっと苦しくなった。

一度大きく深呼吸してから、シオンはしぶしぶ自分が悪者なのだと受け入れる。
口の中の苦いものに耐えるような顔つきをしてシオンはピカチュウに頭を下げた。

「ごめん! あのさ、なんていうか、俺が悪かったよ。やっぱり、お前悪い奴じゃない。
 俺が最低だった。トレーナーなのに、これじゃあポケモン虐待だよな。悪かったよ
 ……それじゃ、仲直りをするぞ!」

それは『仲直りをしろ』という命令であった。

シオンは腰を屈めて、自分のピカチュウに歩み寄った。
対してピカチュウはゆっくりと鈍間な動きで逃げる。
疲れ切ったかのようによたよた歩いて逃げるピカチュウを、シオンは素早く走ってとっ捕まえた。
何故か悪いことをしているような気持ちになった。

「知ってるか、ピチカ?
 ポケモンってのは捕まえられたらトレーナーのいうことをきくようになるようなもんなんだぞ。
 今、お前は俺に捕まえられたんだから、これからは俺のいうことをきかなきゃ駄目なんだぞ」

シオンはいとも簡単にピカチュウを拾い上げ、優しく命令した。
当たり前のことを言ったつもりだったのに、何故か酷いことを口走っているように思えた。
にわかにシオンの手の平に刺すような痛みが走る。

「ピチカ! 電撃はやめろ!」

相手を圧倒させるように迫力をこめて怒鳴りつけた。
シオンの手の中で、ピカチュウの小さな体がビクッと驚いたように震える。
ピカチュウは電気ショックの攻撃を止めると、泣くことに専念し出した。
「チュウ、チュウ!」と高い鳴き声を上げながら、涙をポロポロ流して、
ただひたすらにむぜひ泣く。
体中から力が抜け、シオンの攻撃力が下がった。

シオンはピカチュウをギュッと抱きしめた。
抱きしめるようにして、ピカチュウの動きを封じ込める。
もう逃げられない。

シオンの腕の中でピカチュウのあばれる。
服にかみつく、尻尾を振る、耳元で騒ぐ、どんな悪足掻きもシオンに効果はない。

ピカチュウが嫌がって逃げようとしていることは明白であった。
それでもシオンは抱きしめる腕を絶対に離さないつもりでいた。

「ピチカ。俺のことを好きになってくれ。そうなれば全てが解決するんだ。
 お願いだから、嫌いにならないでくれ。喜んで俺の命令に従ってくれ。
 そうしてくれなきゃ、俺は幸せになれないんだ」

シオンはピカチュウに向けて、トレーナーのポケモンとして当然のことを嘆願したつもりであった。
しかし、何故なのか、シオンは自分の口から出てきた言葉が、
自分にとって都合のよい妄言のように聴こえてしまった。
ワケも分からず、再び自分が悪者のように思えてきて、振り払ったはずの罪悪感がよみがえる。

「……べつに俺は、何もおかしなことを言ってないよな? 間違ったこと言ってないよな?
 ポケモンがトレーナーのいうことをきくのって当たり前のことなんだよな?
 普通に、皆と同じことなんだよな?」

確かめるようにシオンはぼやいた。
腕の中の小さなポケモンは、疑問に答えてはくれない。
「チュウチュウ!」という泣き声を上げるばかりだった。
シオンは抱きしめていたピカチュウに、すがりつくようにして顔を近づける。
微かな鼻息が聞こえた。
小さな脈動を感じた。
獣の臭いがした。





つづく?





あとがき?
Q誰かの捕まえたポケモンだから言うことを聞かないのでは?
Q他人の捕まえたポケモンに勝手に名前を付けられないんじゃ?
Aごめん。


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