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09 鮫の子孫たち  No.017(HP


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 我が国における子供達の大きな区切りと言えば、やはり公的にポケモンを持てるようになる十歳であろう。この歳になるとポケモン取扱免許を取得し、トレーナーとして旅立つ事が出来る。地方ごとに推奨されるポケモンが定められ、大抵は草、炎、水タイプの中から一匹を選ぶ事が多い。例えばカントーではフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメといった具合にである。通信・転送技術が発達してきた昨今においては、各地方の推奨ポケモンから一匹を選ぶ方式を採用している自治体もあるようだ。
 ただまれに、町独自の採用方式をとっている場合もある。例えば、ホウエン地方にあるビンビタウンの鳥替え神事はそんな中の一例だ。
 ビンビから旅立つ少年少女達は地元の神社で鳥ポケモンの入ったモンスターボールを回し合う。神楽が鳴っている間、鳥替えは続けられ、止んだ時に手に持っていたボールの中のポケモンが最初のポケモンとなる、という決まりだ。
 ビンビタウンのビンビとは漢字で燕尾と書き、これは旧いスバメの名前である。今でこそ様々な地方の鳥ポケモンを混ぜているが、つい十年程前まではスバメのみであったという。スバメは町の周辺に多く生息しており、町を代表するポケモンであると同時に、調達が容易なポケモンでもあった。また、神事が行われる神社の祀神がオオスバメであり、この町の信仰的な側面も伺う事が出来る。
 このように現在のような選択制が広まる以前は、地域に多く生息している種を最初のポケモンとする事が多かった。
 さて、では国外ではどうであろうか。ホウエン南にある島国では、まだそんな風習のある地域が多く残っている。ここでは海で猟をしながら暮らしているタマテ族の通過儀礼を例に挙げる事にしよう。
 その年齢は七歳くらいとも十歳を過ぎてからとも言われる。男の子には試練が与えられる。その試練とは海に出て、キバニアを一匹、捕獲する事である。これが行われる時期というのが、普段は群れで行動するキバニアが単独行動を多くとる時期と重なっているらしい。ある者は好物で釣って仲良くなる。またある者は血だらけになりながら捕獲を試みる。そうしてなんとか捕獲が出来たなら、一人前の男として部族から認められるのだ。
 そして、ポケモンがキバニアである事にも理由がある。それはタマテ族の始祖がサメハダーであると信じられているからだ。彼らに口伝によれば、こうである。
 その昔、女が人に化けたサメハダーと契りを交わした。女は人の子と鮫の子をそれぞれ産み落とし、人のほうがタマテ族になり、兄弟は父と共に海に戻った。
 つまり、彼等は鮫の子孫であるという訳だ。彼らにとってキバニアを捕獲するという事は海に帰った兄弟を捜す事と同義なのである。
「兄弟とは入り江で出会ったんだ」
 そう語るのは、十年程前に通過儀礼を済ましたというホア・リさんだ。今年は息子さんが捕獲に挑戦するのだそうだ。
「あの頃、俺の手は傷だらけだった。けれど兄弟だけは鮫肌を立てなくてね。だから息子にもそうアドバイスしてるよ」
 そう言って彼は海に向かい、ぴいっと鋭く口笛を吹いた。するとどこからか、三角の大きな背ビレを立てた魚影が現れ、こちらに近づいてきた。
「今じゃ兄弟も立派なサメハダーさ。奴にも息子がいるんだ。それもたくさんな」
 ホア・リさんはそう言うと、ざばんと海に飛び込んで、サメハダーのヒレに手を伸ばすとやがて一緒に海中へと消えていった。