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105 母形 GPS


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 あなたは、「母形(ははがた)」をご存知だろうか。
 今でこそ我々は飢餓に悩まされること無く過ごせるし、医療技術も随分発達して毎日を健康に暮らせているが、昔はそうではなかった。老人や子どもなどを始めとする身体が弱い者は病に冒されやすく、無事に生きることすら大変だった時代もある。
 そんな中、特に人々が心配を寄せていたのは新たな命をその身に宿した存在――妊婦だ。人間、ポケモン共に妊娠中は通常よりも多くの栄養が必要だし、身体を壊す可能性も大幅に上がる。出産時の事故も恐れられていた。
 人々は考えた。母親と、そして生まれてくる赤子の命はどうすれば守れるのだろうか、と。
 その結果生まれたのが母形である。母形はその文字の通り母の形をした偶像で、木や石、貝、骨、金や銀などその土地ごとで手に入る様々な材料で作られた。大きさは平均的なものだとモンスターボールを縦に二つ積み重ねた程度で、家の女が妊娠した時は勿論、子を宿した雌のポケモンがいる場合でも身分を問わずに母形を置いたという。
 母、とは即ち妊婦である。人間をかたどったものだとお腹を大きくした女性の母形が多数見つかっているが、生憎ポケモンは卵生で、しかも妊娠しているのかどうかは見た目には明確にわからない。しかし、ポケモンの母形もかなりの数、それも人間の形の何倍も残されているのだ。これはどういうことか。
 答えは、母を象徴するようなポケモンの形、だ。ポケモンには雌しかいない種類がいくつか存在する。ポケモンの母形はこのような種類をかたどっているのだ。代表的なものだと常に子どもを腹部の袋に入れて行動するガルーラ、自分の子だけでなく他の命にも栄養満点のミルクをくれるミルタンク、たくさんの子孫を残して群れを作るビークインなどだろうか。他にも、様々な母形が発見されている。
 ポケモンをかたどった母形はその土地に多く生息するポケモン、例えばカントーならガルーラやニドクイン、ジョウトならハピナスやミルタンク、シンオウではビークイン、と言ったようにだ。先ほど「その土地ごとで手に入る様々な材料で作られた」と書いたが、面白いものだとイッシュのドレディアの母形は草タイプのポケモンだからであろうか、乾燥させた植物で出来ている。
 母形の発祥地はまだわかっておらず、どの地方でも同じように作られ、同じように祀られていたようだ。どこかから一気に伝わったのか、旅人たちが各地へと運んだのか、或いは母子を想う人々の気持ちは全ての地で共通のもので、自然のうちに国中で生まれたのか――それは定かではない。
 幸いにと言うべきだろうか、次第に人間もポケモンも妊娠中に命を落とす危険が減ってきて、それに呼応するように母形の文化も薄れていった。現在でも一部の産婦人科では母形を祀る習慣があるみたいだが、肝心の患者やその家族たちは単なる置物くらいにしか捉えていないだろう。
 しかし、母形では無いもののそれに似た、新たな文化が誕生しようとしている。現在、若者の間ではどうやらポケモンの形をした手のひら大の置物が流行っているそうではないか。勿論、そこに安産や健康などの願いを込めているわけでは無い。が、やはり我々人間はポケモンをかたどることで幸福を得ているのだ。
 ちなみに人気のポケモンは男性ではミミロップ、サーナイト、女性の中だとアブソルやウインディだそうだ。そう、面白いことにポケモンの人気の傾向は男女で分かれているのである。しかしイーブイとその進化系たちは性別を問わず皆愛されているようだが。
 今を生きる若者たちは、ポケモンの偶像にどんな思いを込めているのだろう。是非とも、今後はそこに迫っていきたいものだ。