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106 イプリスの猫祭り 穂風湊


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 賑やかな音楽が街に鳴り響き、それに合わせ人々は大通りをパレードする。三年に一度の猫祭りが先月、カロス地方北東部の街、イプリスで行われた。
 パレードの参加者にはある一つの特徴がある。それは全員がニャオニクスに扮していることだ。着ぐるみの者がほとんどだが、中にはフェイスペイントを駆使し、まるで本物のポケモンのようになりきる人もいる。なぜニャオニクスの祭りが開かれているのか、それにはイプリスの歴史が関係している。
 今から数百年前、カロス地方で流行病が蔓延した。発症から僅か数日で命を落としてしまうその怖しい病気は、次々と伝染し、イプリスもその例外ではなかった。それにより多くの命が失われ、街の活気は全く消えてしまった。
 家族を亡くした人々のやるせなさや疫病への恐怖。それらの負の感情の矛先は無関係な者へと向けられた。自分達が苦しんでいるのにどうしてポケモン達は平然と生きているのか。街に多く生息し、人間と共に暮らしてきたニャオニクスの姿を見て人々は考えた。
 ――彼らが平気でいるのは、ニャオニクス自身が病気を蔓延させているからではないか。ニャオニクスが自分達を苦しめているのだ。特に雄の体毛は如何にも悪を象徴しているような暗い色ではないか。
 ポケモンの方が人間より生命力が高い、というのが真の理由であったが、そこまで考える余裕はなかった。そうだと結論付けると、その考えは一気に広まり、ニャオニクスの掃討が開始された。
 ニャオニクスは姿を見つけ次第捕獲され、街で一番背の高い時計塔へと運ばれる。そして着き落とすことで殺されていった。たとえそれが雌であろうと、新たな悪魔を生む可能性があるからと言い同じく殺されたのだった。
 その習慣が功を為さない事は、結局病気の猛威が去るまで気付かれることはなかった。理解したときにはもう遅く、死んだ人間と同じかそれ以上のニャオニクスの血が時計台の下で流された。生き残ったニャオニクスもどこかへ姿を消し、街は文字通り寂れてしまった。
 その悲惨な出来事を忘れないように、いつかまたニャオニクスに帰ってきてもらえるようにと戒めの意を込めて始められたのがこのイプリスの猫祭りだった。しかし現在では賑やかな祭事という印象の方が強い。外部からも多くの観光客が訪れ、皆一様に行事を楽しんでいる。
 特に目を引くのが、祭りの最後に行われる「猫落とし」だ。歴史になぞらえ、時計台の上から人形で作られたニャオニクスが落とされる。見事それを受け取った人は、猫を救った英雄として、たくさんのお菓子と賞賛を贈呈される。今回の英雄はイプリスの少年で、来年からはトレーナーとしてニャスパーをパートナーに旅に出るそうだ。そんな彼は多くの人に囲まれ、照れたように頭をかいていた。

 そんなイプリスの街並みを、ニャオニクスはあくびをしながら眺めているのであった。