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108 平行世界と豊穣の神 あきはばら博士


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 この世界と良く似た、しかし決して交わることの無いもう一つの世界があるという説がある。
 科学的根拠など皆無で突拍子も無い話であるが、遠い昔からイッシュ全域、いや、世界中で口受されてきた伝承だ。いつ頃から言われ始めたのか、どこの誰が言いだしたのか。それらは全く以て不明である。その上伝えられていく内に話は分岐し、地方によって、地域によって少しずつ変わってしまった。もう一つの世界へと神隠しに遭って帰ってきたと言う者の証言、もう一つの世界に行ってしまった者と念力で会話をしたという記録、エスパーポケモンや祈祷師による予知夢と念視。いずれにしても真相はわからないし、それぞれの話は少しずつ食い違っていてどれが正しいのか、そもそも正しい話は存在するのかも不明である。共通しているのはただ一つ「別の世界がある」ということだけだ。
 この説はとりわけイッシュでよく言い伝えられてきた。何故だろう。答えは二つ。皆さんも良く知っているであろう「ホワイトフォレスト」と「豊穣の社」によるものだ。
 まずホワイトフォレストだが、ここはポケモンと人とが豊かな自然の中でのんびりと暮らしていることで有名である。しかし考えても見て欲しい。どうしてあんな中途半端な場所に町を作ったのだろうか。わざわざ森を切り開かなくとも近くに住みやすい場所はいくらでもあるし、労力を消費して開墾するには適さない場所だろう。
 これはいくつかの伝承を合わせた仮説だが、どうやらあの場所はもう一つの世界――平行世界とでも呼ぼうか――との「相違点」であると言えそうだ。平行世界にはホワイトフォレストが存在せず、何か別の土地として人とポケモンが暮らしているらしい。そしてそのどちらとも、二つの世界をまたいで帰れなくなってしまった者達が「他の地方からの移民」と身分を偽り、自分たちが暮らす場所を作ったのだ。町が出来たその後も、時折平行世界へと迷い込んでしまった人たちを受け入れてホワイトフォレスト、或いは平行世界のこの場所は発展を遂げてきた。
 
「相違点」について少し説明をしておこうか。これは言葉通り、平行世界同士で違う部分である。基本的に二つの世界は同じような時を過ごしているようだが、少しだけ違いがあるのだ。例えば、先ほど述べたように平行世界へと迷い込むような人々は「相違点」の一つで、もう一つの世界には存在していない人間だったのだ。恐らくそれ故に神隠しに遭ったのだろう。
また、ジョウト地方に伝わる伝説で、銀の羽を持つ鳥の姿をした海神。違う地方に住んでいる我々にもお馴染みの話だが、どうやら平行世界にかの神は存在していないらしい。代わりにいるのは太陽の神。勿論真偽は不明だが、太陽の光を受けてとても美しく輝く虹色の羽を持つと言う。他にも、ホウエン地方の海の神の伝承の代わりに大地の神が言い伝えられているなどの話が残っている。
このような神話における「相違点」は、我がイッシュも例外では無い。皆さんもよく知っているだろう、とある地域では「ポケモン様」と呼ばれる雷神のことだ。気まぐれに人里に現れては嵐を巻き起こして去っていくはた迷惑な神様だが、平行世界に彼は存在していないみたいだ。なんと羨ましい、などと思ってはいけない。雷神様の代わりに、平行世界には風神様がいて同じように悩みの種となっているらしいのだから。

そしてこの二神(もっとも、我々は片方しか知らないが)の話は先述の「豊穣の社」に繋がっていく。あの場所にある祠には豊穣の神が祀られているのは周知の事実であろうが、この豊穣の神にはもう一つの側面がある。それは、こちらの世界と平行世界どちらにも存在し、どちらにも存在し得ないということだ。

――風神と雷神が自らの力を奢り、主なる者が祀られている社の前で暴走を始めた時。
――豊穣の神はその姿を現し、二つの世界を繋ぎ、二神を裁く。

これは大昔、それこそ恐らく豊穣の神が祀られ始めた頃に書かれた一節だ。つまり、それぞれの世界で「ポケモン様」が自分の目の前で暴れたら、両方の世界に存在出来る豊穣の神は平行世界同士を繋いでその暴走を鎮めるのである。豊穣の神はこちら側の世界にも、あちら側の世界にもいない。しかし、いる。豊穣の神が現れる時は、一瞬とは言え二つの世界が一つになるのだ。
神隠しに遭ったと言われる人々は、この瞬間に立ち会ってしまった者だろう。もう一度平行世界同士の嵐に居合わせればもしかしたら戻れたかもしれないが、そんな偶然そうそう重ならない。そして帰ることが出来なくなった人々は、仕方なく自分の世界とは違う世界で生きていくことを決めたのだ。
科学が発達し、伝承や伝説と呼ばれるものは以前よりも軽視されるようになった今、平行世界の存在を確かめようとするもの好きなどほとんど存在しなくなった。私もそのもの好きの一人であるが、もしも帰って来れなくなったらと思うと自分の身を犠牲にしてまで調べようとする気は起きない。きっと、平行世界の伝承はこのまま少しずつ薄れていくのだろう。
だけど期待せずにはいられない。いつか、平行世界へと旅立ち、そして帰って来るような存在が現れるのでは無いかと。例えばそう、この前子どもながらにして四天王とチャンピオンに勝利し、ポケモンリーグの頂点へと上り詰めた少年とか――。

(サザナミタウンの地方紙、民俗学者による連載コラムよりとある日のものを抜粋)