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116 悪魔の光 GPS


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 四月十三日の昨日、螺子山頂上付近で男性の遺体が発見された事件に関して新たに判明したことがあった。
 検案の結果、男性の死因は寒さによる衰弱死と見られている。死亡推定時刻は昨年十二月二十四日から二十五日までの深夜。年齢は二十代後半から三十代前半とされた。遺体の周りにポケモンはおらず、また、男性もモンスターボールを所持していなかった。
 男性の遺体は冬の間ずっと雪に冷やされ、腐乱することなく春まで至った模様。遺体を発見した螺子山の所有者であり、ホドモエジムのジムリーダーでもあるヤーコン氏は「ポケモンが山で死んでいたり、ごく稀にこうして人の遺体があれば山のポケモンが何らかのサインを発するのだが今回は何も無かった。だから気づくのがこんなにも遅れてしまい、ご家族の方に申し訳無い」とコメントした。
 ヤーコン氏の他にも、男性の遺体については未だ謎が多い。警察によると、遺体は腐臭を全く発しておらず、また身体の何処にも死による変化が無いという。その様子は剥製のようで、まるで生きていた気配が感じられないといったものらしい。
 この件について、民俗学の専門家であるヒウン国立大学教授はこうコメントした。

 「毎年十二月二十五日はご存知クリスマスですね。しかし皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが、もう一つ『悪魔の光』の夜でもあります。クリスマスの晩はタワーオブヘブンや螺子山に行ってはいけない、という内容の昔から伝わる伝承です。この題名の童話にもなっているので有名でしょう。
 さて、螺子山の近くにはタワーオブヘブンと呼ばれる、墓標が集まる塔が建っていますがそこにはヒトモシというポケモンが多く生息しています。このヒトモシこそが『悪魔の光』の正体です。十二月二十五日の午後零時、ヒトモシたちはとある儀式を行うのです。いえ、ヒトモシだけでは無く、その夜はヒトモシの仲間であるランプラーやシャンデラさえも集まって来るのでは、と考えられています。
 その儀式とは、生きとし生ける者の魂を奪う事を目的としています。何故聖夜であるクリスマスに行うのか、それはまだ多くの議論が交わされていますが、聖なる神の力が最も高まるからその対抗手段だという説が濃厚です。それ故ヒトモシたちは『悪魔』と呼ばれているのです。
 悪魔たるヒトモシ、ランプラー、シャンデラはポケモン図鑑にもある通り生き物の生命力や魂をその身に燃やして存在しています。彼らの青白い炎は彼ら自身のものではなく、全て他の生命だったものなのです。普段ならば少し寿命を吸い取られるだけで済むでしょうが、最も力を強くしている『悪魔の光』の夜に彼らに近づいては魂を残らず奪われてしまうでしょう。
 恐ろしいのはその限りではありません。悪魔に魂を吸い取られた者は、もう二度と天国に行くことが叶わないと伝えられています。何処にも行くことが出来ずこの世を永遠に彷徨い続けるとも言われていますし、魔の支配する冥界へと運ばれてしまうという伝承も残っています。もしかすると、ヒトモシたちの青白い光の一部へと成り果ててしまうのかもしれません。
 遺体で発見された男性に『生きていた気配が無い』とのことでしたが、恐らく悪魔たちの晩餐に巻き込まれたのでしょう。魂を抜き取られれば生命活動が止まるだけでなく、他の生命の干渉も受け付けなくなります。腐食などの反応が見れなかったり、髪や爪が伸びなくなるのはこのせいです。
 もっとも、『悪魔の光』によって命を落としたケースは近代になって初めてなので絶対的に正しいとは言い切れません。しかし、このような形で亡くなってしまったことで、ご両親やご友人、もしかしたら伴侶の方もいらっしゃったかもしれません、その悲しみを思うと大変やりきれない気持ちになります。男性の身柄が彼を愛する人の元に一刻も早く届けられること、どうか彼の魂がこの世を彷徨い続けることの無いこと、そしてもう二度と『悪魔の光』による被害者が出ないことを心より祈っております」

 警察は男性の身元の判明を急ぐと共に、事件と事故の両面から調査を進めている。