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118 森の奥 ピッチ


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 ここ、本当に暗くてやんなっちゃうよね。迷いの森って名前がつくのも納得。なんか不気味だもん。それに、迷って出られなくなっちゃう人も本当にいるしね。その数が結構多いモンだから、それにまつわる変な噂まで立っちゃってさ。エイセツシティとか、この森の周りに住んでる人はみんな知ってるの。みんな話半分に聞いてるけど、実際にあそこでいなくなった人の家族とかポケモンのトレーナーとかは、割と本気で信じてる人もいるよ。
 あっ、やっぱり知ってる? でもあの噂、広まるにつれていろいろ尾ひれがついちゃってるみたいでさ。本当に同じこと知ってるかどうかわからないから、まずわたしから話をさせてよ。
 この森の噂で、私が知ってるのは……
 森を抜けたら、その先にはポケモンしかいない世界が広がってるって話。そこにたどり着いたポケモンは人間といたことを忘れて、そのポケモンだけの世界でずっとずっと暮らすんだって。人間がもし行けても、それまでの記憶を全部なくしてポケモンになって、そこでポケモンとして暮らすことになるとか。
 手持ちのポケモンがいなくなった人とか、そのポケモンを探しに行って帰ってこなくなった人の家族とかが言い出したんだって言われてるけど、もう発信元なんか分かんないよ。おまけに最近だとなんだか話が変わっちゃってるみたいで、そこにはカロスにいないポケモンとか伝説のポケモン、どんなポケモンでもそこに行けば見つけられるんだって噂になってるの。そんなとんでもないところ、あるわけないのに。
 あ、同じ話だった? しかもお兄さん、そこに行って珍しいポケモンを探したいの? ……そっか、本当に信じてる人、いたんだ……。ごめん、まさか本当に信じてる人がいるとは思わなくて。それにしてもこの話、結構有名になってるんだね。もしかしたら別のかなあって思ったんだけど、心配いらなかったみたい。
 それじゃあお兄さん、もう一つの話は知ってる? ……知らないかー。ポケモンの世界の話はこっちに比べればまだほのぼのしてるし、どんなポケモンも見つかるっていう辺りは夢があるんだけど。こっちは本気でホラーだから、あんまり広めたがる人がいなかったのかもね。
 え、聞きたい? ここで聞くの、怖くない? お兄さん、結構肝が据わってるね。こういうところに来るくらいだから当然か。
 まあそれでも、ちょっと覚悟して聞いてね。
 えーっと。さっき最初の話で、この森の奥にはポケモンだけの世界があるって言ったじゃない? そこは実は虐待されたり捨てられたり、人間に酷い目に遭わされたポケモンたちのためにある世界で、人間と一緒にいた記憶がなくなるのも、辛いことを思い出さないためなんだって。
 それでさ、これだけでも十分怖いんだけど、実はここからもっと怖い話になるのよ。
 この森の奥の奥にあるのはそんな平和なポケモンだけの世界だけじゃなくて、人間やポケモンがそのまま木になったような、人面樹って言うんだったかな。そんな木ばっかり生えてるところもあるんだって。
 なんでも……えっと、ここにオーロット、住んでるでしょ? あ、今通った。あの子たちが森の奥にある「ポケモンだけの世界」の番人で、虐待されて死んじゃったポケモンの魂がこの森の木に宿って生まれたものだから、森に迷い込む中でも特にポケモンを虐待したり捨てたりする悪人や、そういう人に手を貸すポケモンを許さないんだって。だからオーロットはそういう奴らを森の奥深くまで追い詰めた後、ありったけの恨みを込めた森の呪いをかけて人面樹に変えて、森から永遠に出られなくしちゃう。そうすると悪い奴らはもう二度とポケモンを虐待できなくなるから酷い目に遭うポケモンは減るし、迷いの森の木はますます増えて、ポケモンだけの世界と逃げてきたポケモンは見つかりにくくなる。そうやってここに住むオーロットは、ずっと人間からポケモンを守ってるんだって。
 ……あれ。お兄さん、何だか顔色が悪いよ? どうしたの、やっぱり怖かった? そうだよね。このお話で、お兄さんに思い当たることがないわけないもの。だからわたしは、お兄さんの前に出てきたんだから。
 ポケモンになっちゃうって噂を流しても、それでもポケモンを乱獲しに来るよくばりな人。そしてそのポケモンを売り飛ばしたり、虐待する人。そんな人を捕まえるために、わたしたちはこのお話を作ったの。どうしたら人間が、この森に近づかなくなるか。それに、どうしたらお兄さんみたいな人が来てくれるか。みんなで知恵を振り絞って、一生懸命考えた。
 ……ああ、逃げないでよ。逃げられないけど。分かってるんでしょう? もうお兄さんの足が地面に根を張ってるのも、お兄さんの手が固まって、モンスターボールを持てなくなってるのも。そこから、森の呪いはどんどん上に上がるの。だから身体が干からびて木になっていくのが、お兄さんにはよくわかるはずだよ。頭のてっぺん、脳みそが木になっちゃうまで、ずっと。
 でも、喜んでもいいと思うんだけどなあ。お兄さんはこれから、いろんなポケモンを見るんだよ。カロスにいないって思われてるポケモンも、伝説のポケモン……は、ちょっと自信ないかな。でも、来たっていう話を聞いたことはあるから、きっと可能性はあるよ。
 でもね、お兄さんは見るだけ。ずっと、見ているだけ。手なんか絶対に出させないし、出せない。だってその頃には、お兄さんは木になっているんだから。
 ……え、どうしてこんなことするのか、って? わたしね、いろんなポケモンとタマゴをずっと生んでいるのが嫌だったから逃げ出してここに来たの。だからわたしも人間は嫌い。それに、人間を迷わせることや、森の呪いをかけることはできないけれど、人間に紛れ込めるのはわたしだけだったんだもの。
 それじゃあね、お兄さん。
 怖い? 大丈夫。今まであなたが売ってきたポケモンの数でも数えていれば、きっとすぐに終わるはずだから。