戻る
------------

120 妖精王 yoto


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 先日、歴史的に重要な書物が発見されました。
 この書物はとある国の、珍しい紋章と、それを掲げたある王に縁あるものなのですが、みなさんは紋章とはどのようなものか知っていますか?
 マントや旗などに描かれている優美な文様を刻み、鮮やかに色付けされたの楯の絵、それが紋章です。
 紋章は、現在では主に家系の識別に利用され、カロス地方などでは由緒ある家柄の方の間で継承されていますが、元々戦いの中で個人を認識するための記号のようなものでした。
 例えばこの紋章の上部のヘルメットから爵位を知ることが出来ます。クレストがギャロップ、ヘルメットが銀、バーは金で横向きですので、この紋章の持ち主は公爵以下の貴族だったようです。その他にも紋章からわかる事柄はたくさんあるのですが、これはまた別の機会にいたしましょう。
 また、紋章には多くの生き物が描かれています。中でも大変多くの紋章に描かれている生き物といえば、そう、ドラゴンです! 風を切る大きな翼、獲物を貫く鋭い牙と爪、大地を焼き尽くす炎の息吹! 強くてカッコイイ、全男子憧れの存在!!
……
……
 こほん。当時、ドラゴンは強さの象徴でした。人々はドラゴンの強さにあやかろうと、好んでその姿を紋章に描き入れました。さらにそれだけでは飽き足らず、王家や貴族たちはこぞってドラゴン狩りに出掛け、本物のドラゴンを捕まえては御披露目会を開いて内外に己の強さを示していたそうです。
 そんな猛者が駆けめぐるそんな時代に、今回発見された書物に記された国では風変わりな紋章が掲げられました。
 ニンフィアの紋章です。
 その国があった地方では、今でも多くの人々がピクシーやグランブル、フラベベなどの妖精たちを描き入れた紋章を継承しています。以前は他の国と同じようにドラゴンの紋章を掲げていたのですが、ある出来事ののち、人々は好んで妖精の姿を紋章に刻むようになったと言います。そのきっかけとなった、荒ぶる双竜を沈め、のちに「妖精王」と称えられたクインス王の言い伝えをひとつ、ご紹介しましょう。

あるところに大平原をかこむ三つの小国あり
一つ、海のほとりの青の国、
一つ、厳しい山々の連なる赤の国、
そして一つ、豊かな森の緑の国、
三国は、大平原の恩恵を受け平和な時を過ごしていた

緑の国の王、クインスは
女と見紛うほど美しい顔立ちで、
幼少よりイーブイと共に森や大平原へ足しげく通い、
木や花や、妖精と深く絆を結んだ

平和に黒い影を落としたのは人々の見栄と傲慢
ドラゴンを狩り、ドラゴンを捕まえ、ドラゴンを誇示の道具に、
牙と言う牙を折りつくしても人々は止まらず
青は赤を求め、赤は青を求め、
青の竜の旗が突き出され、赤の竜の旗が翻り、
戦は始まる

クインスは哀しみ、
大平原のたもとに立ち尽くす
そこへ怒れるボーマンダが牙を向き、
死を覚悟するも、
旅人と妖精サーナイトに救われた

クインスは森へ急ぎ
妖精たちに助けを乞うた
妖精たちはクインスに力を授け、
まばゆい光に包まれたイーブイはニンフィアへと姿を変えた

妖精たちと、騎士たちと、ニンフィアと、
クインスはドラゴン飛び交ういくさ場を堂々と横切り、
ついに戦いの中心に至り、青と赤の王を説き伏せた
旗はもう翻ず、戦う者はいなくなった

そこへ優美な角を持つ紺碧のけもの現れ、
クインスに戴冠す、
紺碧のけものはひと駆けで、大平原を蘇らせ
もうひと駆けで姿を消した

クインスは授かった王冠を持ち帰り、
人々はその勇気と栄誉を称え、
妖精王と、そう呼ぶようになった

 ドラゴンと人間の、大地を巻き込んだ痛ましい戦いを、妖精たちと共にクインス王が鎮めた、そんなお話でした。竜紋章を掲げた二つの国によるこの戦いが、今では「双竜戦争」と呼ばれているのは、歴史の授業で耳にした方が多いことでしょう。
 しかし、昔話で語られていることだけがクインス王に戦争に介入するきっかけになったかと言うと、いささか疑問が残ります。なにせ戦場となった平原に頼らずとも、豊かな森も清らかな水源もクインス王は持ち合わせていましたから。大層心優しい性分だったとはいえ、ドラゴンの血を血で洗うような激しい戦争に、わざわざ自身と国を危険に晒してまで割って入る必要はなかったのではないか、そう言うことです。
 そこで研究者の間では、何か別の理由もあったのではないかと言われています。
 王と二国の王は古い友人同士であったとか、人知れぬ恋の物語であったとか、はたまたクインス王は実は女性であったとか……様々な説が飛び交っています。しかし、どれも憶測の域を超えません。
 クインス王自身ついては、今も多くの謎に包まれているのです。というのも、その後進出してきた大帝国の民族統一思想によって、当時の記録という記録は焼却され、王家直属のポケモン使いの一族を除き、王家とその関係者は全員処刑されてしまったためです。しかし、そのポケモン使いの一族が密かに王家の末娘を匿ったので、幸いにも王家の血は途絶えずに現代まで脈々と受け継がれています。
 そして、今回見つかったこの書物は王家直属のポケモン使いだった一族から寄与されました。
 そう、これはクインス王の手記です。
 現在の当主によれば「この手記は大帝国から匿ったときにクインス王のご息女がお持ちになっていたもの。歴史的に重要な書物だとは理解していたが、とても私的な内容ばかりで、公にするのを躊躇った」とのこと。
当主のコメントには賛否両論あることでしょう。ですが、私はかの一族が今のいままでこんなに歴史的に重要な書物を隠していたという非難よりも、長い間黙されてきたこの手記の存在を、いま公の場に公開する決心をした勇気を讃えるべきなのではないかと、強く思います。
 いままで謎とされていたクインス王治世時代が、この手記によってついに明かされるのでしょうか。クインス王とはどの様な人物であったのか。戦争に介入した真意とは? 専門家ではない私ですら、歴史的瞬間への期待で胸が高鳴ります。研究機関の発表が待ち遠しいですね。