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125 クレッフィの鍵 白色野菜


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 その男の子は意地っ張りで怖いもの知らずだった。お母さんの小言にも反抗しながら、また悪戯を繰り返す。そんな、何処にでも居る男の子だった。
 男の子はその日、こっそりと自分の部屋にポケモンを連れてきた。お父さんが持っている鍵束のような姿のポケモン。部屋の図鑑で調べれば、名前はクレッフィと言うらしい。
クレッフィは、ボールで捕まえても居ないのに男の子に良くなついていた。だから、男の子もクレッフィが大好きだった。
 だけれど、部屋でクレッフィを見つけたお母さんは目を三角にして言うのです。
「今すぐ、元居た場所に戻してきなさい!」
 男の子は怒られた事とクレッフィと離れなければいけないことに悲しくなってわんわんと泣きました。
 お母さんはそんな男の子に部屋から出ないように言うと、お父さんを呼ぶために男の子の部屋を出ていきました。閉じた扉には外から鍵をかけたのか開く様子はありません。
 男の子はそれも悲しくて、目が溶けてしまうんではないかと言うほど泣きました。
泣いて泣いて声も掠れたころ、クレッフィが何かを教えるように何度も上下に動いてるのを見つけました。
赤くなった目を擦りながら、男の子はクレッフィの意図に気がつきます。
クレッフィが見たことのない鍵を沢山ぶら下げていたのです。材質も形も異なる不思議な鍵を沢山。
それらをしゃらしゃら鳴らしながらクレッフィは男の子を誘うように部屋の扉の前で鍵を揺らします。
 すっかり泣き止み不思議そうに鍵を見つめる男の子に、クレッフィは、一つの鍵を渡しました。
 それは、硝子のように透明でひんやりとしていて…鋼で作ったものより繊細な装飾が施された見事な鍵でした。
男の子はその鍵を手にするとどうしても使ってみたくなりました。
そして、目の前には鍵穴が一つ。男の子は鍵に操られるように合わない筈の鍵を差し込み、そして回しました。
 かちんっと軽いバネの音と共に扉がゆっくりと開かれました。
 その扉の向こうは、見慣れた木の茶色い壁ではなく、白い石の長い長い廊下でした。
廊下の両脇には目に鮮やかな扉が沢山並んでいました。
 扉だけでなく廊下も一本道なのに捻れていたりして、天井に階段があったり。そう、ちょうど騙し絵を見ているような、そんな廊下でした。
見たこともないような景色に男の子は驚きもそこそこに、好奇心がむくむくと膨らんでいくのを感じます。
クレッフィが廊下に出て誘うように男の子を振り返ると、もう我慢することなんて出来ませんでした。
男の子は扉の向こうへと入ってしまったのです。
 男の子は時たまクレッフィが渡してくれる鍵と合う鍵穴を探して、走り回りながら様々な扉を開けて回りました。
 最初に開けた紺色の扉は深い、太陽の光も届かないような海の底に繋がっていました。
見たことのない魚のポケモンと大きな銀色のポケモンがゆったりと踊るように泳いでいました。
一部のポケモンが出す光が足りず、全体を見ることが出来ないのが物足りず扉の中へ一歩を踏み出そうとした男の子をクレッフィが止めました。
 男の子は残念に思いながら、紺色の扉を閉めました。
 次の扉は砂岩で出来ていて、開ければまっさらな見渡す限りの砂漠でした。遠くに、蜃気楼のように揺れる今にも朽ちそうな塔が見えます。
地平線を初めて見た男の子はまっさらな砂漠に自分の足跡をつけたくて扉の中へ一歩を踏み出そうとしましたが、またクレッフィに止められました。
男の子はしぶしぶ砂の扉を閉めました。
 その次は緑の扉。幹の果てが見えないほど大きな木と空のように視界一杯に広がる青々とした葉の群れ。
何処からか聞こえるポケモン達の楽しそうな鳴き声は聞いているだけでわくわくしてきます。
その鳴き声の主と遊んでみたくて男の子は扉の向こうへと一歩を踏み出そうとしましたが、これもまたクレッフィが止めました。
男の子はちょっぴり拗ねながら緑の扉を閉めました。
 その次は紫の扉。飛び地のように空中に地面が浮いている不思議な場所でした。
その飛び石に飛び乗ってみたいと男の子は思いましたが、踏み込む前に何か恐ろしいものの声が聞こえたのでクレッフィに言われる前に慌てて紫の扉を閉めました。
 そんな調子で他にも沢山の扉を男の子とクレッフィは開けていきます。時間も疲れも忘れて男の子は遊び続けましたが、ある時酷く地味な扉を通りすぎました。
 なんだかその扉が気になって男の子は引き返して、よくよくその扉を見てみました。
青塗りで金のドアノブの付いた扉。それは何処にでもありそうな普通の扉で、この廊下では酷く浮いていました。
男の子はその扉が何かのか気がついた途端、懐かしくて懐かしくてぼろぼろと泣き出してしまいました。
それは、男の子の家の扉だったのです。
 懐かしくなると、お母さんやお父さんの顔も思い浮かびます。哭きながらドアノブを回しますが当然、他の扉のように鍵がかかっています。
男の子が大泣きしながら、鍵のかかったドアノブをガチャガチャと回すもんだからクレッフィは、とても困ったようにくるくると回ります。
宥めるように床に男の子の好きな不思議な扉の不思議な鍵を落としてくれるんですが、それを見ると男の子はさらに泣きながら言うのです。
 それじゃない!もっとぼろいの、もっと色褪せて茶色くて冷たいの!
クレッフィはその度新しい不思議な鍵を落とすのですが、男の子は我が儘を言いながら、見慣れた家の扉の鍵を要求します。
何度も何度もやり取りをして、クレッフィの足下に鍵の小山が出来る頃。
クレッフィは寂しそうに一回鳴くとようやく、男の子の家の鍵を落としました。
男の子は大喜びで鍵を掴んで消えてしまう前にと大急ぎで扉に刺して、開け放ったら中も確認せずに飛び込みました。
 ただいまっ!
泣き続けたせいで掠れた声を張り上げながら。
 男の子は無事に家に帰ることが出来ました。男の子はお母さんに抱き締められながらクレッフィと廊下に行ってから一年たってると聞かされたときにはビックリしました。そんなに、長い間遊んでいた気はなかったのです。
 お母さんは男の子の無事を喜んだ後、男の子と同じ涙声で何度も何度も男の子へお説教をしました。
男の子は、ごめんなさい。
と、言いながらも嬉しそうにお母さんへ抱き付いていました。
 クレッフィは、その様子を家の外から窓から見つめると草むらへと帰っていきました。
男の子とクレッフィは、それから会うことはありませんでした。
 皆もクレッフィを見かけてもおうちへ連れて帰っては行けません。いつの間にか家ではない何処かへと、連れていかれてしまうかもしれませんよ?