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16 狐払 穂風湊


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 ゾロアークの面をつけた女性がススキ野を駆け、後を村人達が追う。
 村人の手にはそれぞれマトマの実が握られていた。そしてそれらを女性に向かって投げつける。
 これが"狐払"と呼ばれる行事だ。

 直接村人に取材をしたかったが、全員が祭りに夢中だったため、それは叶わなかった。しかし運良く、近辺に住みこの祭りを知るという父子に出会い、彼らから話を聞くことが出来た。
 父親は目元を赤く縁取っているのが特徴的な男性だった。
 そんな彼が話したのは次のような内容だ。

 この村では昔からオボンやモモンなどの果実の栽培が盛んだった。
 しかしある年、冷夏や少雨の影響から今までにないほどの不作となった。ただそれを嘆いていても仕方がない。厳しい状況だが互いに協力して冬を乗り切ろう、そう村人達は割り切っていた。
 けれどそろそろ収穫しようかという頃、一匹のゾロアークがオボンの実を拝借しているのを村人が発見した。
 当然村人は怒った。自分達の貴重な食料を、野生のポケモンに取られてたまるかと。
 村人はすぐ横に成っていたマトマの実を一つもぎ取りゾロアークに投げつけた。
 真っ赤な実はゾロアークの顔に当たり、悲鳴を上げながら逃げていった。この実の辛さは、読者の方も興味本位で齧り知っているのではないだろうか。それが目に当たったとならば、誰でも一目散に逃げていくだろう。
 この話は口伝されていき、いつしかこの時期に現れるゾロアークを追い払うことは、不作の悪魔を追い出し来年の豊作を願うとされた。ただ、何の罪もないゾロアークにマトマの実をぶつけるのは可哀想だということになり、今では人間が悪狐に扮しているという。
 それがこの狐払の由縁だった。

「と、ここまでが一般的に言われてる内容だ」
 男性はそこで一息ついた。私も筆を止め顔を上げる。
「一般的に、といいますと?」
「実はこれには裏の話があるんだ。知りたいか?」
「はい、ぜひお願いします」
「よし、ちゃんと聞いとけよ」
 口の端を持ち上げて男性は話を続けた。

 この辺りには人間の他にゾロアークやゾロアが生活していた。特に外敵も無く、彼らは平穏に暮らしていたという。
 ある日のこと、ゾロアの子が高熱を出して苦しんでいた。しかしその年は気象が悪くいつもはあるはずの薬草もない。やむをえず母親は人間の村から体力の回復する木の実を頂戴することにした。ただ、とても焦っていたのだろう。母親は人間に化けることもせず、さらには村人に見つかってしまった。
 そして先ほどのようなことが起き、母親は必死に逃げてきた。それでも胸に抱えたオボンの実だけはしっかり持って帰ってきた。
 そのおかげか子供の病状は快復に向かい、母親は子供が治ったからと、人間の仕打ちを許すことにした。
 ただ、今やっているような祭りが人間の間で行われていると聞けば、いたずら好きの血が黙っていない。
 時々ゾロアークは人間に化け、悪狐に扮した人間にマトマの実を投げ楽しんでいるらしい。さらにはその後の飲み会で、酒を頂くなんてこともあるようだ。

「こんなところだな。要はゾロアーク側の話も忘れるなってことだ」
 そう言うと男性は再び祭りの方に目をやった。先ほどよりだいぶ盛り上がっている。逃げる女性の服はマトマの実の果汁で真っ赤になっていた。
 取材の礼と別れの挨拶を告げ、背を向けた私に声がかけられた。
「ちなみに、一番先頭でマトマを楽しそうに投げてるのが俺の妻だ」
「えっ、あれお母さんだったの!? ボクも知らなかったよ?」
「それはどういう……」
 私が振り返った時にはもう親子の姿はなかった。