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21 嘆きの湖の伝説 ラクダ


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 一昔前に世間を賑わせた【赤いギャラドス】。怒りの湖に現れたそれは、ロケット団によって造られた異常個体であるとも、偶然発生した色彩変異個体であるとも囁かれている。しかし一説によると、赤いギャラドスの起源は遥かな昔に遡るのだそうだ。
 
 チョウジの古老が伝える話によると、現在、“怒りの”と称されている大きな湖は、本来“嘆きの”湖だったのだという。そこに棲まう凶暴なギャラドス――畏ろしき神、龍魚を鎮めるため、十数年に一度の目覚めに合わせて、丁子村の若い娘を生贄として捧げた為にそう呼ばれていたのだそうだ。
 美酒と美姫を供えて龍魚の気を逸らし、満足させて眠りにつかせる事で村を守る。せめてもの償いとして、無残な死を遂げた娘達には“鎮めの巫女”の地位を与えて丁重に祀り、巫女を輩出した家には名誉と供物とを贈って安逸に暮らせるよう取り計らった。貧しい村人の中には、それを目当てに進んで娘を差し出す者も少なくなかったらしい。
 最初の生贄から幾世代の時を経て、一人の娘が捧げられる時がやってきた。彼女は慈愛に満ちた心根の良い娘で、その優しさをもって龍魚を宥め、かつて誰一人として成し得なかった荒ぶる神の鎮めに成功したのだ。それを知った人々は仰天し、また狂喜して娘を讃えた。
 生きて巫女となった娘は変わらぬ慈しみの心で龍魚に仕え、龍魚もまた娘の想いによく応えた。破壊の化身がか弱い人の子に寄り添い、時には背に乗せて凪いだ湖面を進む様は一幅の絵のように美しく、村人達もその平和な光景を見る度に安堵したという。
 けれども一年、二年と時を過ごす内、村人達の安堵は徐々に不安へと転じていった。今はあの娘がいるから良いが、この先、龍魚が新しい巫女を受け入れるとは限らない。娘が病で、あるいは老いて亡くなってしまえば畏ろしき神は再び牙を剥くだろう。そうなればまた贄を捧げながら怯えて暮らす羽目になる。一度平穏を手に入れた人々は、それを手放すまいと必死になって考えた。
 ならばいっそ龍魚を殺してしまえば良い、という結論が出るまで時間はかからなかった。恐れの元凶を取り除けば怯える事もない、という意見が大勢を占めたのである。特に熱心だったのが、皮肉にも生きた巫女の登場によって寄進を失った者達だったという。
 神殺しの肚を決めた村人達は、木の実の餅を作り供物として捧げた。眠り薬が仕込まれていると知らない娘は手ずからそれを与え、食べた龍魚は瞬く間に昏倒したのだった。
 困惑する娘の前に、電竜使いを先頭に立てた人々が押寄せた。意図を悟った娘は説得を試みたが、殺気立った彼らは聞く耳を持たなかった。電竜が雷を放った瞬間、やめさせようと立ち塞がって――彼女はその身に光を浴びた。
 悲鳴に目を覚ました龍魚は、取り囲む群衆と倒れた娘を目にした。娘の死に神は激怒し、破壊の咆哮を上げて暴れ狂った。湖面は激しく波立って溢れ、大地は消えない炎に巻かれひび割れ、空に満ちた暗雲は凄まじい豪雨を叩きつけた。
 七日七晩の狂乱の後、ようやく龍魚は動きを止めた。青い体を禍々しい血の赤、怒りの色に染め、虚ろな両眼で焦土と化した村を睨みながら湖の底へ沈んでいったのだという。
 
 その後ロケット団の事件が起こるまで、チョウジにギャラドスが現れる事は無かったと古老は語る。
 それではあの赤いギャラドスが伝説の龍魚なのだろうか。私が尋ねると、彼は何とも言えない微笑みと沈黙を返してくるのだった。