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23 山姥と糸車 砂糖水(HP


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。



 昔、与吉という腕のいい鉄砲打ちがいたそうだ。猟師はよく猟犬を連れて歩くが、与吉も例に洩れずこの春生まれたばかりの火黒犬(デルビル)を連れて猟に出ていた。
 さて、ある日のことだ。うっかり獣を深追いして山の奥まで入り込み、帰り道を探しているうちに日が暮れてしまった。仕方がないので、与吉は小枝を集め、火黒犬に火をつけさせた。与吉は獣避けも兼ねて、たき火をしながら夜明けを待つことにしたのだ。たき火がしっかりと燃えていることを確認してから、火黒犬と寄り添うようにして与吉は眠りについた。
 夜更けのことだった。与吉は火黒犬が吠える声で目を覚ました。なんだなんだと傍らの火黒犬を見ると、吠えてはいるが同時にがたがたと震えている。この火黒犬は霊にも恐れることなく立ち向かっていく獣である。それが怯えるということは余程恐ろしい存在がいるということだ。ふとたき火を見ると火が消えそうになっていた。辺りをよく見るためにも、小枝を足そうとして顔を上げると、たき火の向こう、いくらか離れたところに何かがいた。与吉が息を呑んでよくよく見ると、それはどうやら人のようであった。長い白い髪を垂らした美しい娘が、糸を繰(く)り、糸車を回しているではないか。木の太い枝に行灯(あんどん)が吊してあり、その明かりで娘の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。
 与吉は肝の冷える思いだったが、あれは人ではない、きっと話に聞いた山姥(やまんば)だろう、このままではきっと喰われてしまうに違いないと、自分を奮い立たせる。そうして食われてたまるかとばかりに、手早く鉄砲に弾を込めて引き金を引いた。
 ズダーン、と鉄砲の音が辺りに響き渡り、闇を揺すぶる。
 ところが、娘は糸車を回す手を止めもしない。それどころか与吉の方を向いてにたにたと笑った。
「ええい、この山姥め」
 与吉は娘の顔を目掛けて二発目を放つ。ところが娘は相も変わらずにたにた、にたにたとしている。三発打ち、五発打ち、十発打っても娘は変わらずにたにたと笑っている。焦った与吉は次から次へと打ち続け、六十発もあった弾を打ち尽くしてしまった。残ったのは魔よけの金と銀の弾だけであった。
 追い詰められた与吉は、必死に考えを巡らせる。そうして、どうやらあの行灯が怪しいと、銀の弾を行灯目掛けて放った。すると、一気に辺りは真っ暗となり、何か大きなものが落ちる音がしたと思うとなにやら恐ろしげな、しかし苦しそうな声が聞こえた。
 やがて、夜が明けて東の空が明るくなってきた。与吉は金の弾を込めた鉄砲を手に火黒犬を連れ、用心しいしい娘のいた辺りを探してみると、そこには事切れた金の大梟(ヨルノズク)が転がっていた。色も普通とは異なるし、さらには相当歳をとった大梟のようで、なるほど道理で火黒犬が恐れるほどの力を持つわけだと与吉は感心した。そうして与吉は恨めしげに白目を剥いた大梟を担いで、意気揚々と村へと帰っていった。

 山姥は山の神が零落(れいらく)したものだとか、山神に仕える女性が妖怪化したものなどとされる。昔話では山奥に住む、人を食らう恐ろしい存在として描かれる。
 この話では、山姥の正体がヨルノズク、しかも色違いであったが、地域によってはジグザグマやキュウコン、ビッパなどとする場合もある。