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45 春の星空コンサート(サチノエタウンより)  レイニー


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。



 シンオウ地方中部にある小さな村、サチノエタウン。その外れの民宿「さくや」の軒先で、ある夜、ゲリラコンサートが開かれた。その主役となったのは「さくや」の近くの森に住むコノハナたちと、旅する音楽ユニット「ハルモニカ」だ。
 サチノエタウンの近くには大きな森がある。この森に住むコノハナたちは、春が近付くとあるメロディーを奏でる。その音色は、普段のどこか不気味で聞く者を不安にさせる音色ではなく、明るく穏やかな優しい音色だ。その笛の音は「春告げ笛」と呼ばれている。コノハナは通常温かい土地に生息するため、シンオウでその存在を見られることは珍しい。そんなコノハナにとって、温かい春が来るのはこの上ない喜びに他ならないのだろう。そのため、珍しく明るい音色を奏でているのだろうと推測されている。これは全国的に見ても珍しい光景であるが、あまり知られてはいない。
 そして、このコンサートのもう一つの主役、「ハルモニカ」だ。「ハルモニカ」は透き通るソプラノボイスが特徴的なボーカルのタニザワミユさんと、シンセサイザーを操るアキモトヒロキさん、そしてサポートメンバーである彼らのポケモンたちによって形成されているユニットだ。普段は旅先のカフェやバー、また路上でのライブを中心として活動している。時には演奏に惹かれ野生ポケモンが集まってくることもあるらしい。
 今回のゲリラコンサートは、ボーカル、タニザワさんのポケモンであるピクシーのピピマルちゃんが笛の音を聞きつけたことから始まった。何でも、ピピマルが聞きつけた笛の音にタニザワさんが興味を持ち、「さくや」で歌っていたところ、アキモトさんがインスピレーションを広げ、伴奏をつけて演奏し始めた。すると、その音に惹かれコノハナ達が現れて、即興セッションが繰り広げられた。「さくや」の主人であるカミムラハナさんによると、コノハナが森から出てくることは滅多にないそうだ。
 コノハナの笛のメロディーにタニザワさんが即興で詞をつけて歌う。そのクリスタルボイスに重なるように、笛の音がもう一つのボーカルのように彼女の声と絡み合っていく。そこにアキモトさんのシンセサイザーの音が重なる。それはどこか懐かしく、また壮大さも感じさせる音だ。コノハナの素朴な音をかき消さないような密やかな演奏だが、しかしその存在感をしっかりと放っている。このシンセサイザーの動力として電力を供給する、ピカチュウのカサドールくん。彼もまた、立派な「ハルモニカ」の一員だ。ほっぺたからシンセサイザーへと電気を送りながら、楽しそうに小さくメロディーを口ずさむ姿が愛らしい。そしてニョロボンのジュビアくんによる腹太鼓が、しっかりとしたリズムを刻む。
 当日はよく晴れた夜で、星明かりの美しい夜だった。観客は、音を聞きつけてやってきた近所に住む人々と野生ポケモンたちという小規模なものだったが、その音色は人々もポケモンたちの心も掴み、会場は皆で春の訪れを喜び、そしてこの交流を楽しむ空気で溢れていた。
 セッションが終わると、コノハナ達はあっという間に森へと姿を消した。しかしそこには皆の笑顔が星明かりに照らされ、楽しい音の余韻がしっかりと残されていた。