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50 桜舞う場所  No.017(HP


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 花見。それは春の訪れを祝い、桜の花を観賞する我が国独自の風習である。我々は馴染みあるものとして受け入れている季節の行事であるが、イッシュやカロス地方の人々にしてみれば珍奇に映るらしい。桜の時期になると開花予想日がテレビ放映されている事などと併せて、夜桜の下、食事や酒を楽しむ様子が変わった風習として報道される事があるという。今回はそんな花見に関するエピソード、特に場所取りに関する話を二つ、紹介しよう。

 花見の時期になると、大きな桜の木の下、ポケモンを連れたトレーナー達の姿が見られる。彼らが行っているのは花見の場所取りだ。トレーナー達は予め依頼されたり、場所の権利を買って貰う為に場所取りを行っている。それは朝から行われる事もあるし、名木とされている桜の下の場合は見頃になる数日前からトレーナーが立っている事もあるという。
 けれど、その場所に陣取ったからといって安心はできない。なぜならその場所の権利は後から来たトレーナーがバトルを申し込み、勝つ事によって、先に来た側から譲り受ける事ができるからである。
 このトレーナーによる場所取りは、今に始まった事では無いらしく、我が国の歴史上の書物にもその記述を多く確認する事が出来る。例えば戦国時代に記された興猿記(おこりざるき)によれば、領主を喜ばせる為に家臣や領民が鍛えたポケモンを伴って進んで場所取りを行ったとある。また、江戸時代の歌舞伎戯曲の一つ、元禄花見踊(げんろくはなみおどり)にも同様の場面が登場する。
 そして、そのバトルには今も昔も同様のルールがある。それはバトルによって桜の木を傷付けてはいけない、というものだ。
「炎ポケモンは怖くて出せないですね。花が燃えたら大変ですから」
 エンジュシティに住み、毎年場所取りをしているというマサヒコさんは言う。
「格闘とかノーマルとか、肉弾戦が得意なポケモンが多いです。バトルといっても相撲みたいな感じで。一対一が多いです」
 そんな彼の相棒はマリルリだという。
「力持ちなんですよ。場所取りバトルなら負けません」
 普段のバトルでも相棒だという彼女の頭を撫で、マサヒコさんは笑った。

 次に紹介するのも同じく花見の場所を提供するトレーナーの話だ。だが、今度は少し趣向が違う。なぜならそのトレーナーはその場所に花見の出来る空間そのものを作り出してしまったからだ。
 そのトレーナー――操り人は室町時代、陸奥(みちのく)よりもさらに北の地からやってきたと記録にはある。
 ある春のこと、花見の時期だというのに御所で帝は病に臥せっていて出掛ける事が出来なかった。帝が山に花を見に行けないと嘆いているという噂を聞き付けて、御所を一人の操り人が尋ねたのだという。
「どうかお嘆きになられませぬな。わたくしめが満開の桜をご覧にいれましょう」
 操り人はそう言うと、黒いぼんぐりの栓を抜いた。するとぼんぐりから大きな影が飛び出した。そして重いものが落ちるような大きな音がしたと思った次の瞬間、御所の庭に桜の花が舞った。
 記録によればぼんぐりから御所に放たれたそれは桜の巨木を背負った巨大な亀だったという。
 大いに満足された帝は褒美として位を授けたが、操り人は桜を背負った亀と共に旅を続けたのだそうだ。
「陸奥の 道より来たる 山桜 今ぞ盛りと 咲きにけるかな」
 今も宮中の記録に残されているこの歌は、世にも珍しい桜を背負ったドダイトスを目の当たりにした時に帝が詠んだものであると言われている。