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52 セイレーンの宴 穂風湊


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 夜霧の向こうで透き通った歌声が幾重にも重なり、海原に響き渡る。これが港町シズナで見られる「セイレーンの宴」です。
 美しい歌声で船を誘い沈めさせるというセイレーンの話はご存じの方も多いでしょう。ですが、その正体は地方によってまちまちです。ある町ではラプラスだったり、またある町ではミロカロスだったり。他にもホエルオーやシャワーズだとされている地域もあります。シズナの場合は初めに挙げたラプラスを指します。ラプラスは歌を奏でることを好む種族で、船から耳を澄ますと歌声が聞こえてきたという話はよく聞きます。けれど彼らは人前に出るのを怖れるためなかなか目にすることは出来ません。
 さてセイレーンの宴に話を戻しますが、これはいつでも楽しめるわけではなく、数年に一度夏の間だけ立ち会うことが出来ます。普段はシズナよりずっと南の海域を周遊しているラプラス達がなぜここまでやってくるのか、その理由については専門家達の間で意見が割れています。エルニーニョ現象のように湧昇流が弱まり海水温が上昇するため、海流が毎年絶えず変化しているため、さらにはラプラスの気まぐれなんていう意見もありますが、どれが正しいのか今のところはまだ解明されていないようです。
 昔の漁師達は夜霧の奥から聞こえるラプラスの歌声を、海の魔物セイレーンのものと信じ畏れていました。ですがそれと同時に全てを魅了するような歌声に惹かれ、海難に遭ったという記録はいくつも残されています。なのでセイレーンの宴の間は漁に出ないという決まりまで作られていたそうです。けれどいつの時代にも冒険家はいるもので、セイレーンの宴の時期に漁に出た若者がいました。すると普段取れないような南の魚が大量に網に掛かるのです。それ以来人々のセイレーンに対する印象は畏怖から畏敬へと変わっていきました。ラプラスの歌に惹かれ魚達が後をついてくると信じられたのもこの時期からです。
 そこで人々はセイレーンに感謝と崇敬の意を示そうと、セイレーンの宴の最終日に歌を返すことにしました。海岸沿いに町の人々が並び、ある者は横笛を、またある者は金管楽器を携え、残りの数十人が声を揃えます。子供も成人も、男性も女性も、人間もポケモンも分け隔てなく奏でるその演奏は、セイレーンに負けず劣らず美しいものと言います。
 このセイレーンの宴は、あと一週間ほど続くとみられています。夜霧の幻想的な雰囲気が良いと、年々来訪するカップルも増えているそうです。夏の思い出に、またデートスポットとしてシズナに訪れてみるのはいかがでしょうか。