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63 距離 穂風湊


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 昔は人とポケモンの間に大きな違いはなかった。同じ自然の中で暮らし、時には争い、時には協力し生きてきた。同じ存在だからこそ両種族の間に距離はほとんどなかった。
 森の木陰から人間の里を覗く一匹のジュカインがいた。彼は毎日身を潜めつつ、子供達が駆け回るのを、大人達が労働に勤しむのを眺めていた。けれど一番多く視線を向けていたのは、一軒の小さな家だった。その窓の奥には大抵白髪の老人が座っていて、その姿を確認する度ジュカインは長く深い溜息をついた。そして彼は目を閉じ懐古するのだった。
 ジュカインがキモリだった頃、彼もまた人獣の差なく子供達と共に野原を駆け川を飛び越え、一日中遊び疲れるまで過ごしていた。とても思いつかないようなアイデアを持ち出してくる人間と、不思議な力を持つ獣達で過ごす日々に同じものは無く全く飽きることはなかった。
 けれどキモリがジュプトルになった頃、モンスターボールというものが普及し始めた。それ以来人と獣の関係はまったく変わってしまったのだった。獣は人間が所持するものである。そんな認識が広まると、人間の子が獣と過ごし獣のように振る舞うのはおかしいと考えられるようになり、一人また一人と森から姿を消していった。それにつれ獣も森の奥へ帰っていったのだった。
 その中、人間が大好きな一匹のジュプトルがいた。獣に興味のある一人の青年がいた。彼らは両種族の距離が離れても、度々待ち合わせては木の実を分け合い秘密の宝を探していた。両者は両者とも対等の立場でありたかった。けれど便利な球が普及したばかりの世界では、獣を保持すること、それが良いこと正しいことだという風潮になっていた。そしてもちろんそれはジュプトルも知っていた。青年が異端として見られていたことも朧気ながら理解していた。自分の前では笑顔を見せてくれているが、実際は無理をしていると悟ったジュプトルは、これ以上傷つけまいと何も言わず彼の前から姿を消したのだった。
 だがどちらの胸にも痕は残り続けた。青年は背が曲がっても獣を保有することはなく、獣とほぼ無縁の生活を送っていた。ジュプトルはジュカインになっても人間への好奇心を捨て切れず、彼らを遠くから見守り続けていた。近づくことで微妙な距離感が壊れてしまうのを怖れていたのだった。

 そして怖がりなジュカインは今日もまた木陰からひっそりと人間の里をただ眺める。
 今からほんの少し昔の話だった。