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83 月影に見るもの  ピッチ


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 ある種のポケモンと「つきのいし」の関連性が知られるよりも古くから、人々はポケモンと月につながりを見出してきた。その代表格としては月から来たという逸話を持つピッピ、月光のような羽の輝きとともに悪夢を払うとされるクレセリアなどが有名である。
 そうした月とポケモンのつながりを示した伝説のひとつとして月の影――月の表面にある模様の見立てにまつわるものがあり、我が国においてはジョウト地方であれば力持ちなマリルリが大きな杵を持ち上げて餅をついている図、シンオウ地方であれば逆に不器用なミミロップが危なっかしく餅をついている図など、月の模様は餅をつく兎のポケモンであるとされることが多い。これに対しカロス地方では月の模様と結びつけられるのはウデッポウやヘイガニ、クラブなどの甲殻類ポケモンであり、子供向けの絵本などではそれぞれが隊列を成して月を歩いている絵がよく描かれている。また、カロス地方の中でも土地によってはポケモンの姿ではなく老婆の横顔が浮かんでいるとすることもある。
 独特なのはイッシュ地方におけるものだ。先住民の伝説では、月の模様は地球を見下ろし穏やかに世界すべてを慈しむサーナイトの横顔であるという。しかし現在のイッシュで多数派なのは、月にいるのはメタモンであるという認識である。他のどの地方とも違うその発端は次のようなものだ。
 先住民、カロスから移住した開拓民、その後やってきた移民のそれぞれが異なる伝説を信じていたイッシュでは、長らくイッシュ人共通の物語をもつということがなかった。そこを逆手に取り、ある作家が一冊の絵本を描いたのである。
 絵本のタイトルは「つきの ポケモン」。ある時はクラブやウデッポウの姿で月を歩き、ある時はマリルリやミミロップの姿で餅をつき、またある時はサーナイトとなって地球を見下ろす。月にはどんなポケモンが住むのだろうとそれぞれ違うことを言っては互いに首を傾げあう人々を見て笑ういたずらもののメタモンの物語は、どの伝説を信じる人にも一定の納得を与えた。この絵本の作者もまたカントー系移民であり、当初はイッシュに馴染みのないポケモンであるメタモンを扱ったこの絵本の売れ行きは芳しくなかったものの、「へんしん」という他のポケモンにはない特徴と、可愛らしくユーモラスな姿を持つメタモンの物珍しさや愛らしさから徐々にその存在が知れ渡ってゆき、絵本はイッシュにおける知名度を獲得していった。その後ある有名女優が娘へこの絵本を買い与えたことが報道されたことで一気に人気が沸騰し、「つきの ポケモン」はイッシュにおける月の物語の代表格としての地位を確立するに至った。
 現在ヒウンシティに在住している作者の子孫は、「つきの ポケモン」についてこう語る。
「曾祖父の功績は、イッシュに『イッシュ人みんなが知り、認める共通の物語』を作ったことだという話をよく聞くのですが、実を言うと私は、曾祖父が残した功績はそこではないと思うのです。
 あのメタモンは、ウデッポウだとかミミロップだとかサーナイトだとか、月の模様についてそれぞれいろんな話や考えがあることを聞いた曾祖父が考えた折衷案なんだと思います。いろんなルーツや考えを持った人の集まるイッシュで大切なのは、自分の信じることを押し通すことではなくて、他人が持つ様々な考えを糧として新たなものを生み出したり、考えのどれをも尊重した着地点を考え出すこと。その考えを絵本という形で世に発信し、次代を担う子供たちへ伝えようとしたことこそ曾祖父の功績であると、私は思っています」
 そうしたお話を伺ったところで、彼の孫が絵本を手に駆け寄ってきた。その絵本はもちろん「つきの ポケモン」。嬉しそうに読み聞かせを始める姿を見ながら、受け継がれていく物語の芯にあるものを思った。