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86 黒きギャロップ、ナイトメア  No.017(HP


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 通常の色違いポケモンの他に白い個体――アルビノがいる事は前述した通りだが、その反対がいる事はあまり知られていない。白と対を為す黒、全身が黒で覆われたその個体はメラニズムと呼ばれる。これはアルビノとは逆にメラニン色素が過剰な結果という風に言われている。
 このメラニズム個体としてもっとも有名なのはイッシュの開拓時代、大平原を縦横無尽に駈けたと言われる黒きギャロップ――通称、ナイトメアだろう。
 このエピソードはイッシュの博物学者、アーネスト・T・シートン著「私の知る野生ポケモン (Wild Pokemons I Have Known)」に詳しい。
 イッシュ地方にはカロス等の西洋諸国がその覇権を争っていた時期があり、その頃に乗り物として持ち込まれたのがムスタング、今でいうポニータ・ギャロップであった。先住民達はそれまで火の馬を見た事が無かった為、シママに火の魔法を掛けたなどと言って大変に驚いたという。ムスタングはシママの系統に比べても格段に乗りやすく、先住民達の間にも急速に広がっていった。また、一部は逃げ出すなどして野生化していった。もともと独立心溢れた性質であった事もあり、イッシュの平原でその数を増やしていく。黒きギャロップもそんなムスタング達の中から生まれた一頭である。
 野生化したムスタング達はカウボーイや牧場主にとっては頭の痛い存在でだった。彼らは懐かないばかりか、牧場にいる雌馬達を誘惑し連れ出して野生化させてしまうからだ。
 そしていつしかそんな彼らの間に黒いマスタングの噂が飛び交うようになった。角を生やした立派な体躯の黒ムスタングがあちこちの牧場に姿を現し、雌馬達を誘惑し、自らの群れに組み入れているというものだった。攫われた数は百以上にも及び、牧場主達を悩ませた。彼らにとってはまさに悪夢に他ならなかっただろう。黒の体躯に赤い炎を纏うその姿から、いつしか黒ムスタングは「ナイトメア」と呼ばれ恐れられるようになった。その捕獲には多くの懸賞金がかけられたという。
 その珍しさ、美しさ、そして高額の懸賞金に惹かれ何人ものカウボーイがこのナイトメアを捕まえようと追跡した。だが、速くて誰も追いつけない。後を追った同種のムスタング達や猟犬達は泡を吹いて倒れる始末であった。記録によればナイトメアは生まれながらにして左右の前足と後ろ足を同時に踏み出す特殊な走法を獲得しており、これが速さの秘密だったと言われる。暗闇の中を走ると、炎だけが際立って見え、赤い流星のようであったという。
 そして数多のカウボーイ達がナイトメアの脚に敗北していく中、ベーツという名の老人が捕獲を目論んだ。彼はカウボーイ達の失敗から学び、ナイトメアを追う事はしなかった。彼がナイトメアの代わりに追いかけたのはナイトメアが誘惑した種々の雌馬達であった。老獪なベーツは次々に雌馬達を捉え、木の実のボールの中へいれると囮の柵の中へ放ったのである。
 雌馬達を奪われたナイトメアはベーツの元へ彼女らを取り返しにやってきた。だが、待ち伏せしていたベーツのシママ達の電撃を喰らい、鉄の鎖で縛り上げられてしまった。そして自由を奪われたままボールに入れられてしまったのだった。
 あくる日、ベーツは生け捕りにしたナイトメアと訓練・服従させようとボールから出す。だがナイトメアは縛られた状態のままめちゃくちゃに走り出し、そして崖の上から身を投げて谷底へ転げ落ちていった。
 ナイトメアは死を選んだ。死する事で誰かの所有物となる事を拒んだのである。
「黒きムスタングはあくまで自由であった。最期まで自由であった。悪夢と呼ばれた誇り高き雄馬は誰にも触れ得ない存在としてその生をまっとうしたのである。」
 アーネスト・T・シートンは著書の中でそう結んでいる。