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97 ホテル・サンドストーム  No.017(HP


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 昔、私がまだ若くてポケモントレーナーとして世界中を旅していた頃、アラビアの砂漠でひどい砂嵐に遭って遭難してしまった事があったんだ。それはその時の不思議な話だよ。
 何日経っても抜け出せなくて水も食料も尽きてしまった。歩く事も出来なくなって砂丘の下で力尽きようとしている時にそいつはやってきたんだ。ぼやけた地平線の向こうから近づいてきたんだよ。そのうちシルエットを見るにつけどうやらイワパレスらしいと分かったんだ。
 それは近づく度にそれはだんだん大きくなって、私の目の前に来た時は、十階建てマンションみたいな大きさになっていた。驚いたよ。世の中にはこんなに大きなイワパレスがいたんだってね。背負ってる岩にはたくさん窓がついていて、本当に何かのお城みたいだった。そしてイワパレスはピンセットでつまむみたいに大きなハサミで私をつまみ上げると自分の岩の中の一室に放り込んだんだ。
 その中を見て私はまたびっくりした。そこには風呂や水道が完備されていて、絨毯が敷かれ、香がたかれ、ふかふかのベッドが置かれていたんだ。テーブルにはたくさん木の実を入れた籠があって無我夢中でかぶりついたよ。腹を満たした後に気がつくと上のほうから音楽が聞こえてきたんだ。それで階段を上って上まで行くとそこはオアシスだった。泉が湧き出していて、草木が青々と茂り、サボテンや草木の花が咲き乱れている。草ポケモンや鳥ポケモンがたくさん遊ぶ楽園だったよ。それは移動するイワパレスの背中だった。端まで言ってみるとゆっくりと砂漠の中を移動してるのがわかった。不思議な事にたとえ、砂嵐が吹いてもイワパレスだけは避けていくんだ。僕はポケモン達を庭園に放してやって、今度は奧に行くと一番大きな樹の下で、アラビアの伝統的な衣装を纏った若い青年がウードを奏でているのに出会った。傍らではフライゴンが歌っていたよ。青年は僕に気がつくと、にこりと笑って挨拶したんだ。
「こんにちは。新しいお客さんですね。ここはいくら滞在するのも自由ですから、ゆっくりしていらっしゃい」
 そう言って、手を叩くとチャーレムがお茶を運んできた。
 それからは素晴らしい毎日だった。毎日好きなだけ果物を食べて、ポケモン達と庭園を駆け回った。夜になれば砂漠の星空の下、あの青年が美しい音楽を聴かせてくれた。一通り遊んだ後はふかふかのベッドで眠ったんだ。
 そしてある日、あの青年が言ったんだ。
「私はもうずっとイワパレスに乗って旅をしているのです。貴方も一緒に旅をしませんか」
 けど、そう言われた時に、なんだかとても今まで旅した日々が愛おしくなってしまった。何日も歩き続けて次の町へ行けた時の喜び、道でトレーナーと出会って勝った負けたの一喜一憂――ここはとても居心地が良かったけれどそういうものが何も無かった。最後に思い浮かべたのは母さんの事だった。だから言ったんだ。
「それはとても素敵な提案だ。けど、ごめん。僕は母さんが待ってる家に帰らなきゃ」
 すると青年は言ったよ。そうかい、残念だけれどそれでは仕方ないね、と。とてもとても悲しそうに言ったんだ。
 翌朝になって気がつくと、私は砂漠の町の入り口に倒れていた。いつの間にか砂漠を抜けていたんだね。
 町の人にその事を話したら、「それはホテル・サンドストームだ」と教えてくれた。このあたりでは結構有名な噂で時々遠目に巨大イワパレスが移動する姿を目撃する事があるらしい。けれど、それは大抵蜃気楼にいたずらで追いかけていってもその度に遠ざかる。決して追いつく事は出来ないのだそうだ。けれど稀に砂嵐の後、人の前に姿を現して岩の中の宿に泊めてくれるという事だ。砂嵐の後にしか会えないので「ホテル・サンドストーム」と呼ばれるようになったんだって。そして言われた。お前よく出てこれたなって。
 何故ならそこにいるのは、みんな砂漠で死んだ死者だからなんだそうだ。死者達が砂漠の中で永遠の旅をしているのだって。