ポケモンストーリーコンテストSP -鳥居の向こう-

企画概要 / 募集要項 / サンプル作品小説部門 / 記事部門
-----------------------------------------------------------------------------------------


01 第四の霊獣、ソルトロス リング(HP


PDFバージョン 紙に2ページ分ずつ印刷して折りたたむと本になります 




 昔、とある広大な平原にある大河の流域に三つの災厄に苦しめられる村がありました。
 その村では、トルネロスが台風を起こして、ボルトロスが雷を打ち鳴らし、ランドロスが濁流を流しては、村のあらゆる農作物に被害を及ぼしています。
 三つの霊獣は、住民が困ろうともお構いなし。住民が食料を差し出して、霊獣達へやめてくれと懇願しても、そんなことより人々が慌てふためく姿を見たいと、乱暴な振る舞いを繰り返していました。
 この頃は、神が身近にいた時代。それゆえに、人は神から恵みを受け取り、しかし逆に災厄の神に恵みを奪われたりもして、苦しめられもしていました。
 困極まった村人達は、この地域一帯を流域とする大河の源流となる湖を、少し下ったところにある場所。きこり達が建材の採集を行う地、斬樹(ザンギ)と呼ばれる森へと向かいます。そして、そこに住む獣たちの長となる神へ、酒と食料を持ち寄ることで霊獣の退治を依頼しました。
「やつらは、私達の生活を根こそぎ奪おうとしています。どうか、私達の頼みを聞いてください」
 平野の村の若衆の代表が、厳かな雰囲気の青き神コバルオンへと頼みます。今までも人間はこの神達へ定期的に酒を奉納していたのだが、今年はそれすら出来るか怪しいと思うほどの被害であると。
「ふむ……その霊獣の事は、我らも聞き及んでいる。目に余る行為だとは思っていたが……我らの楽しみが一つ奪われるのも癪だ」
 黄金色の角を持つ気高き青い神、コバルオンが言いました。彼らもまた、その被害には困っていました。
 褐色の角を持つ頑健なる灰色の神、テラキオンや、若草色の角を持つ美麗な神、ビリジオンも同じく頭を悩ませていたのだが、制裁を与えるにしてもきっかけらしいきっかけも無くずるずると先延ばしになっていました。
 けれど、人間の泣き言に加え、酒をちらつかせれば話は別です。神は酩酊への甘い誘惑や、緩やかな共生関係にある人間との関係を考えるとその頼みを無碍にすることも出来ず、三つの霊獣による災害の止まぬその年に出撃を決めます。

 そして、空を突き破るような入道雲を連れて三つの霊獣が現れた嵐の吹き荒れる日。獣の長たる剣士達は、霊獣へと挑みました。
 ビリジオンは、暴風に舞う霊鳥トルネロスに。コバルオンは、空を割る霊龍ボルトロスに。そして、テラキオンは濁流を引き連れ奔る霊虎、ランドロスに。聖剣士達は、獣たちを統べる強き力で以って霊獣に挑むが――しかし、その結果は全滅でした。
 己の強さを過信していた剣士達は、相性の悪さを鑑みることがありませんでした。それゆえ、向こう見ずに霊獣達へ挑んだために、あっけなく死んでしまいました。
 ビリジオンは暴風によって飛んできた木の破片が墓標のように胸を貫いて。
 コバルオンは、雨に塗れた体で雷に心臓を射抜かれて。
 テラキオンは土壌の霊獣の覇気に当てられ、自慢の怪力を弱められた所で、岩の体を大地に飲まれて。
 しかして、ただで死んだわけではありません。聖剣士達は、霊獣たちに相応の手傷を負わせ、霊獣たちは逃げざるを得ませんでした。

 嵐から一夜明け、住人達は聖剣士達が敗れた事を、その死体を見ることで知ります。亡骸は聖剣士達が暮らしていた森へ送り返され、留守を任せていたケルディオへと、渡されました。
 ケルディオは泣き崩れ、その亡骸の前で在りし日の三人が蘇って欲しいと、絶えることなく口にします。生き返ってよ、また一緒に笑おうよと。
 悲痛な叫びは、森に住む獣たちが、死体を食葬して骨だけになった後も続きました。すると、不思議なことが起こります。
 誰も触れられないようにと、ケルディオが自身の縄張りである洞窟の中にしまいこんだ亡骸の角。剣士達の象徴であるつるぎが、根元からぽっきりと折れて消えてしまっていたのです。
 この狼藉にケルディオは怒り狂い、そして森の者が犯人ではないかと烈火のごとく怒りますが、当然森の獣たちにそのような悪事を働く者がいるはずも無く。
 ならばと、霊獣たちがやったことか、それとも人間達の仕業かと。ケルディオは人間の線は薄いと思いつつも、霊獣たちの所在が知れぬ冬の季節、とりあえず人間達に事情をうかがいに人里へと降りました。
 すると、人間達の方も尋常ではない変化がありました。畑の周りには、畑を抱きしめるように苗木が並べられ、風に対する防壁となるのを待っています。
 家屋にはコバルオンの角にも似ている、捻れた金属棒が突き刺さり呼び込んだ雷を地面に逃がすための、コバルオンの蒼い体毛を寄り合わせた紐を取り付けた避雷針に。
 そして、ランドロスが濁流を引き連れてくる水源となる川には、堤防を作るために、岩を積み上げての基礎工事の真っ最中でした。
 物言わぬそれらは語ることはしませんでしたが、人間達は天の声に従ってそれらを作ったのだと言います。
 ケルディオはその話を聞いて、それら天の声は死んでいった聖剣士達が人間に伝えた言葉なのだと理解しました。
 その伝説は、聖剣士達が死してなお霊獣たちに立ち向かった証として湛えられ。その地域では今でも、聖剣士が災害に立ち向かう勇者として描かれ、霊獣に立ち向かう姿として壁画などに残されているのです。

 ◇

 それから、親子十数代にわたる月日が経ちました。あの時のケルディオは、他の聖剣士から託された森と、彼らの子供を守り続け、森の獣と番うことで自身の似姿を持つ子を残して幾つも代を変えていました。
 あの時から人間達はビリジオンが姿を変えた防風林を広げ、ほとんどの畑を樹で囲っています。同様に、家屋には避雷針が取り付けられ、そこから金属の糸をたらして雷避けに。
 そして、驚くべきは治水技術の向上です。村の人たちは、獣達の力を借りて作った堤防を治水に使う事をやめました。代わりに、あちこちに網のような水路を作っては、たまに起こる大雨の日にそこへ水を分散できるようにしたのです。
 そうして月日を経て施設が立派になるにつれて、テラキオンの堤防だけでは防ぎきれなかったランドロスによる土砂災害も完全に消え去ってゆきました。
 そうした水路を作るにあたり、平行して溜め池を設けることで、水を貯蔵することも出来るようになり、多少ならば干ばつの年でも農作業ができるようになります。
 いまだに、トルネロスやボルトロスの被害が完全に消え去ったわけではありませんが、それでもランドロスの被害を無視できるほどに大きく軽減できた住民達は、その絶大な効果を誇る水路の恩恵に酔いしれました。
 作った水路は定期的に、飼いならしたバッフロンやイワパレスと共に補修されそこから畑へと水路を延ばすことで、雨の無い日でも作物を水で潤します。戦争や疫病もありましたが、人々は豊富な食料を糧に、強い体と人海戦術を展開し、外部からの侵入者は一切寄せ付けません。
 もちろん、この広大な平野に住むもの同士での抗争では、力も拮抗しているためにお互い大きな被害をこうむることはありますが、それでも他国に比べればその裕福な暮らしは比べるべくもありません。

 しかし、その裕福な暮らしにも陰りが出来てきました。何時しか、この地域の畑の収穫が悪くなっていったのです。あまりに生育が悪いので、何時しか住人達は今の状態の畑でも、きちんと育つことの出来る作物を栽培するようになります。
 大麦を栽培することで、一時的に収穫高は持ち直してゆきましたが、それでも年を経るにつれ収穫は悪くなるばかり。それどころか、畑には白いものが浮かび上がるようになり、畑の持ち主が何事かと思ってそれを舐めてみれば塩でした。
 最初は気のせい、もしくはただの悪戯だと思っていたそれも、徐々に他の畑でも現れてくるに従い、塩に強かった大麦でさえも収穫が不可能となっていきました。そうなるともはや笑い事ではなくなります。
 塩を撒くのは誰なのか、敵国の間者が紛れ込んでいるのではないかとか、そんな風に噂もされましたが、人間が撒いているにしてはあまりに均一で綺麗な撒き方なので、それはありえないと。
 次第に、これは神の仕業だとささやかれるようになりました。そして、人々は想像します……聖剣士達は四種いるのだ。そして、三種の剣士がそれぞれの霊獣への対抗手段があったならば、霊獣にも第四の霊獣がいて、それに対してはケルディオが立ち向かう必要があるのではないかと。
 鳥の姿をした風の霊獣、龍の姿をした雷の霊獣、そして虎の姿をした濁流の霊獣……第四の霊獣に人々が想像した姿は、亀の姿をした塩の霊獣ソルトロスでした。
 霊獣達が相手となれば、人間達にはもうどうしようもありません。人間達は、今でも親交のある聖剣士達へ、頼み込むことにしました。
 聖剣士達は酒の報酬に釣られ、原因の究明に当たります。しかし、何日探し続けようと、それらしき霊獣も獣も一切見つかりません。
 この長い月日の中で、霊獣たちの暮らしもずいぶんと変化があったものです。人間が治水技術を向上させることで自身の悪戯を封じられたランドロスは、悪戯し放題である二人の霊獣に嫉妬し、彼らが悪戯を始めれば真っ先に駆けつけ諌めるようになりました。
 そうやって怒りをぶつけるために、『逆鱗』の技も覚える始末。普段の化身となる姿での特性も、いつしか彼らと同じ『悪戯心』ではなくなり『砂の力』となってしまいました。
 得意技であった濁流も、時の流れの中に忘れ去られてゆきました。
 そう、ランドロスは欲求不満でした。洪水が起こせず、しかしトルネロスとボルトロスは未だにある程度自由に振る舞っている。それが悔しい、妬ましい。そんな鬱屈した思いは、一つの思念体を生み出しました。
 それを見つけたのは、聖剣士ではなく、霊獣でもなく、ましてや人間でもありませんでした。気付いたのは、一首(イッシュ)から深奥(シンオウ)へとつながると言われる心の空洞からの訪問者。
 大河の源流の湖に住み着いた精霊ただ一人のみ。魂を飛ばして、湖から遠く離れたところまで散歩しにいった時、偶然その強い感情を携えた思念体に会ったのです。
 その思念は、最初こそ形を持っていなかったのですが、いつしか人間の想像と混じりあうことで、本当に亀の形をした霊獣となり、塩をばら撒いていたのです。桃色の精霊はそれを見て魂を飛ばし、最近慌しく動き回っている聖剣士へと伝えます。

 『その霊獣は、あまりに強い嫉妬から、ここに住む人間達を呪っているのです。人間が溜め池に溜められた水を撒くたびに、大地は涙を流し、その涙が蒸発すると、地表はあんな風に真っ白になるのだ』と、桃色の精霊は伝えます。
 じゃあどうすればいいのだと、聖剣士は訪ねます。『好きにさせてやればいい』と、黄色い精霊は答えました。好きにさせれば、その塩は濁流が押し流してくれると。ケルディオは、精霊の案内の元、畑で悪さをするその思念に会いに行きました。
 青い精霊の力を借りて可視化されたそれに聖なるつるぎを振り上げ攻撃しましたが、それは見事に空を切ります。もう一つのつるぎ、神秘のつるぎを抜いて、それを投げ付けましたが、それもまた素通りして地面にえぐれた跡を残すばかり。
 諦めずにケルディオが波乗りで攻撃した時だけ、その思念体は満足げに笑んで、塩と共に流され消えてゆきます。その波乗りが通り過ぎた場所にある塩は、確かに消えました。簡単に消すことが出来ますがしかし、その反面でケルディオは確信しました。
「無理だ……この広大な平野に、私一人の力で何が出来ようものか」
 精霊の言う好きにさせてやれとは、逆に言えば好きにさせなければどうしようもないということ。人間達が、大河の氾濫を抑えるために作り上げた網目状の水路をどうにかしないことには、いかなる手段を用いてもこの場所の改善は不可能なことでした。
 ケルディオはそれを人間に伝えます。しかし、人間はいまさら洪水が起きる生活など無理だと反発します。そう反発されてしまえば、ケルディオが出来る仕事はここまででした。
 後は、人間がどうするか見守るだけ。思念体をどうにかすることも、広大な平野を洗い流すことも、ケルディオの手にはとても負えませんでした。

 結局、その文明は食料の減収により徐々に人口を維持出来なくなり、衰退してゆきます。やがて文明が滅び水路の補修が為されなくなるまで、第四の霊獣、ソルトロスは平野にて涙の塩を浮かべ続けていたのです。

 ◇

「これが、イッシュに伝わる神話の一つ。塩を撒く霊獣ソルトロスの伝説です。今で言う塩類集積や塩害を、昔の人なりに解釈した結果がこのソルトロスという形だったわけですね」
 講師は、はきはきとした声で解説を続ける。
「もちろん、この神話に登場するポケモン、ソルトロスは実在しないポケモンであり、今では誰も信じてはいない存在です……私の祖父が子供だった時代はまだ、信じている人もいたそうなのですがね」
 ため息一つ分の間をおいて、講師は強く口にする。
「ですが、ソルトロスは実在します」
 きっぱりと言い放ち、講師は続ける。
「知識を持たないものが、安易に開発を進めようとすれば、必ずソルトロスは現れるものです。洪水を防ぐ……それは、せっかくの収穫物をダメにしない、家屋などに被害を出さないなど、確かに重要なことですが……やりすぎれば逆に文明は衰退するということにつながります。
 何事も、過ぎたるは及ばざるがごとし。化学肥料も、機械による農業も、否定はしません。ですが、その過程でこのような弊害が起こるのであれば、農業の発展とは必ずしも、最新技術の導入ではないということになります。
 私自身色んな場所を旅することで、それが身に沁みて分かったものです」
 しみじみと言って、講師は続ける。
「世界各地で農業開発支援をしている団体も、このソルトロスのお話はひとつの大きな教訓として胸にとどめ、持続可能な農業開発支援とは何かを考える必要があります。
 ただ機械化するだけでは、機械が壊れれば何も出来ない。その地域にあわせた方法を考え、現地の経済力、技術力で賄える農法なければ、どんな農業支援もその場しのぎの終わってしまいます。
 技術の提供は、背伸びすれば届く程度の技術を提供することが最善という風に表現されているのですが、正にそういうことなんですよ。
 たかが昔話、科学的根拠の無い四方山話といってしまうのは簡単です。でも、何千年も前から続く失敗を、今でもしてしまうということは非常に恥ずかしいことなのです。これから外国へ農業支援や、開発協力を行うかもしれない皆さんは、是非肝に銘じておいてください」
 そう結論付けて、講師は持続可能な農業の例についてを取り上げ始めた。

 例えばダムを作り、洪水を完全にコントロールした時。例えば地下水をくみ上げるポンプを作り、その水で農業を始めた時。現地の人は、その事業を進めることで得られる賃金や、目先の収穫に飛びついてしまうことはままあること。
 けれど、自然をコントロールできると思い上がってしまったならば、ソルトロスは再び現れるだろう。塩を撒くだけではなく、形を変えて現れるのだ。