ポケモンストーリーコンテストSP -鳥居の向こう-

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04 予言 No.017(HP


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 その日は試合の決勝を控えた日で、薄暗い曇り空だった。
 決勝と言ってもいわゆるローカルの地区大会のようなものの決勝だったが、大事な試合だった。優勝すればポケモンリーグ予選のシード権が手に入る。激戦必至の予選を少しでも有利に進められるという訳だ。
 この時期の近所の運動場はトレーナー向けに解放されていたから、手持ちのポケモン達と明日へ向けた調整を行っていた。技を撃たせたり、俺の指示に対する動きの確認をした。こういう鍛錬の積み重ねが、決勝で的確に動く為には必要だった。
 午前中いっぱいかけて動きや技の確認を行った。ポケモン達も決勝に向けてテンションが上がっているらしい。その表情は真剣だったし、よく取り組んでくれていた。
 ただし、それはたった一匹を除いては、の話だった。
「おい、どうしたんだ。お前だけうわの空だったじゃないか」
 昼食の時間にフードの缶を振り、俺は尋ねる。大きな耳、額に赤い宝石をつけた薄紫のポケモンが振り返った。そいつの名前はフィー。エーフィのフィーと言った。
 午前中のフィーときたら、ぼうっと曇りの空を見つめるばかりで、心ここにあらずとという感じだった。指示をしてもワンテンポ遅れるし、技を放っても、動きを確認してもいまひとつキレに欠けていた。指示が無い間はゆらゆらと先で二つに分かれた尾を振るばかり、大きな耳で風の音を聞くばかり。いつもはこんなんじゃないのだが……。
「分かってるのか。明日は決勝なんだぞ」
 俺は言った。
 大事な試合だった。ポケモンリーグには選りすぐりのトレーナー達が集結する。それらの実力は拮抗していて、誰が負け、誰が勝ってもおかしくない状態だ。予選方式は地方によって異なるが、負ければそれまでである事が多い厳しい世界だ。毎回予選突破を果たす頭ひとつ抜けたメンバーもいるが、残念ながら俺はそんなレベルに達していない。ならば確率を上げておきたいと考えるのが人情だろう。
 だが、フィーの反応は芳しくなかった。与えたフードも二、三口食べたと思われるだけで残している。二股の尾をゆらゆらと揺らしながら、相変わらず曇天の空を眺めているだけだった。
 フィーは、俺が連れている中でも古参のメンバーだ。俺のそういった事情は分かってくれるものと思っていたのだが。エーフィって種族は空気が読めるのではなかったのか。
 だが、ガミガミ言っても仕方ない。そう思った。怒鳴る事は簡単だけれど、それで士気が上がった試しが無かったし、他のメンバーのテンションを下げたくなかった。
 俺は小さく溜息をつくと、昼食用に敷いたシートから立ち上がった。
「よーし、調整再開だ」
 ポケモン達に号令を掛けた。ぐぐっと前で腕を組むと伸びをする。俺は運動場に向かい踏み出した。
 が、その時、

『おい、やめとけ』

 妙に野太く低い声が真後ろから響いた。
 びっくりして、後ろを振り返るがポケモン達以外は誰もいなかった。
 気のせいか……?
 俺はまた背中を向けた。するとまた声がした。
『おいアツヨシ、お前に言ってるんだが』
 ぞくっと背中に悪寒が走った。アツヨシ。声は俺をずばり名指しした。
 再び振り返ると、手持ちポケモン達の視線が、明らかにフィーに集中していた。
 まさか。
『何を呆けている』
 目の前のエーフィが言った。
「…………お前、喋れたのか」
 エーフィが口をきいた。あまりの出来事にそう返すのが精一杯だった。
『……猫又になって十年もすれば、皆喋れるようになるものだ』
 相変わらず野太い声でフィーが言った。
『とりあえずアツヨシ、実家に帰れ。この試合、出たところでどっちみち勝てん』
「は……?」
『帰れ』
「ちょっと待て」
『機会はまた巡ってくる。今は帰れ』
「意味わかんねぇよ」
『……警告はしたからな』
 フィーはそこまで言うとやる気がないっとばかりに丸まって眠り始めてしまった。
 次の瞬間、俺は突発的と言うか、反射的にフィーをボールに戻していた。
 手がわなわなと震えていた。長年付き合ってきたポケモンが突如生意気な口を利いたからか、それとも見聞きしてはいけないものを見聞きしてしまったからなのか、それは俺にも分からなかった。



 結論から言うと、祖父が危篤だった。
 一週間ほど前からやばかったらしく、家族はいろいろ連絡手段を講じたらしい。
 だが、俺は大会となると集中する為に、携帯やポケナビなどあらゆる連絡ツールを遮断してしまう。それで連絡がとれずに困っていたらしい。
 俺が実家のインターホンを押すと母が飛び出してきて、どこ行ってたのよ! と泣かれてしまった。
 あの後にどんどん嫌な予感が膨らんでいき、理由も語らずに決勝戦を辞退した俺はトレーナー仲間達から、敵前逃亡と罵られたが、祖父の死に目に立ち会う事が出来た。
 小さい頃から可愛がってくれた祖父だった。もし、あのまま試合に出ていたら、たぶん後悔する事になっただろう。俺は長い間それを引きずり続けたに違いない。俺はそういうものから免れたのだ。

 あれから数年が経ち、俺はついにポケモンリーグの予選を突破した。地区大会でシード権を取り、二次予選から参戦しての予選突破だった。機会はまた巡ってくるというフィーの予言は現実のものとなった。
 結局、エーフィが口をきいた場面に遭遇したのは、あの時だけだ。あれからフィーは一言も喋っていない。そんな事など知らない、夢だったのだとでも言うかのようにだんまりを決め込んでいる。
 あの時フィーが言った猫又という言葉、それはエーフィの旧い呼び方の一つらしいという事は後に調べて知った事だ。もっともそれはエーフィだけでなく猫型のポケモン全般を、いわゆる妖怪的な呼び方でそう言うのだという。伝説によれば、猫のポケモンは年を経ると化けたり、人語を話したり、夜に集まって踊ったりする。その能力を得た証として、尾が割れて二股になると言われていたそうだ。おそらく昔の人がエーフィを見て、そういう想像をしたんだと思う。
 ポケモンが喋る。そんな事はテレビアニメやマンガ、本の中ではよくある出来事だったが、実際にやられてみれば不気味でしかなかった。例えそれが俺自身に何かを伝える為のものであってもそうだった。それが分かっているからか、フィーはあれから喋らないのだと思う。俺は大会に入っても携帯を切らなくなった。
 正直なところ、しばらくの間はまた妙な場面でフィーが喋り出すのではないかとビクビクしていた。死を予知し、言葉を話したエーフィというものが何となく恐ろしく、付き合い方もぎこちなくなっていた。だが、日が経つにつれ、いつもの調子に戻っていった。俺は日常を受け入れていった。
 今は膝にフィーを抱きながらサイコソーダを飲んでいる。本戦まで時間があったから一日はゆっくり過ごす事に決めていた。俺の膝の上で、フィーはすやすやと寝息を立てている。二股の尻尾は垂れ、箒をゆっくり履くように揺れていた。
 ポケモンリーグの会場周辺はお祭り状態だ。ベンチに座る俺達の目の前の通りには露天が立ち並び、人々が食べ物や玩具を買い求めている。俺は瓶に刺したストローでサイコソーダをすする。空になった瓶をコン、とベンチに置いた。
 ふと、隣のベンチに黒いポケモンが座っている事に気が付いた。エーフィと対を為す、黒いビロードのような毛皮の月光ポケモン、ブラッキーだった。自身のトレーナーを待っているのだろうか。黒に浮かぶ赤い瞳は雑踏の中を見つめていた。
『……くそ、遅えな』
 突然、ブラッキーが口を開き、不機嫌そうに言った。揺れていたフィーの二股尾がぴくんと静止した。
『いつまで待たせんだよ。あの予選落ちが』
 驚いた俺はソーダの瓶をベンチに転がしてしまった。瓶はコロコロと転がって地面に落ちた。ブラッキーの耳がぴんと立ち、顔がこちらへと向けられる。
『…………』
「…………、……」
 俺達とブラッキーは数秒目を見合わせていた。が、やがてブラッキーはすっくと立ち上がり、雑踏の中へと消えていった。