ポケモンストーリーコンテストSP -鳥居の向こう-

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06 満月にご用心 キトラ


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 月が綺麗だなとダイゴは雨戸をしめながら見上げた。
 昇ったばかりの満月の明るい光がダイゴの顔を照らした。人間ではない形のものもはっきりと。
 カタリ。ダンバルが悪さをしている音がする。
 網戸を閉めて、これ以上イタズラできないようにする。聴力が著しく上がるのも未だ慣れない。
 先祖がポケモンだった人に見られる現象。昔はそれを狼男や吸血鬼といった妖怪として恐れていた。けれど現代では先祖がポケモンであっても滅多に起きることがない。完全に人とポケモンは別れてしまったのだから。
 ダイゴは珍しい現象を残してる人間だった。だからそれに気付いた両親は満月の夜は絶対に他の人と会ってはいけないと厳しく言いつけていた。
 ダイゴは身を震わせた。来る。誰かが駆け足で家に来る。誰かまでは普段は解らないから特定できない。急いで鍵をかけて居留守を使おうとしたが、ダンバルに引っ張られ、無情にもドアは開いた。
「だーいーごーさーん」
 ダイゴ頭に甲高い声がキンキン響く。いつもなら気にならないのに、今日だけは勘弁して欲しい。
「今日ねー、満月だから、一緒に月みようって……ダイゴさん?」
「ハルカちゃん……来ちゃったんだ」
 ハルカは遠慮なしに上がってきて、いつもと違うダイゴの姿に驚いているようだ。持って来たビニール袋を手に提げたまま、ダイゴをじっと見ている。グラエナのような灰色の耳が髪の間から覗いている。普段の知っている人間と造形が全く違っていた。
 満月の夜だけ形が変わる。そんなのフィクションの中だけの話ではなかったのか。一歩一歩ダイゴはハルカを怖がらせようと獲物を狩る前の肉食獣のように近づいた。
 するといきなりダイゴの視界からハルカが消える。
「みみ! みみいいい!!」
「えっ、あっ、あっ……や、やめてよハルカちゃ……」
 アブソルのような跳躍力でダイゴにぶら下がったかと思うと、どう考えても普通の人間ではないグラエナ耳を触り始めた。
「ねえこれ本物!? うわー、凄い動くのこれ!? いつから生えてたの!? しっぽは!? しっぽはぁっ!?」
 この耳の時に子供特有の声で、しかも騒がれてはダイゴもたまったものではない。ハルカを振り落とそうとするが、ピカチュウのようにダイゴの体の上を動き回る。
「うわあ、本当にグラエナの耳の中の匂いがする! 本物だあ!」
「ひゃあっ!」
 情けない声を出してしまったと思った。思わず手をついてしまう。ハルカがダイゴのグラエナ耳を口の中で弄んでいるのだ。
「あっ、やめて、やめてっ……」
「なんでー? グラエナはこうすると凄い喜ぶよ!」
 今のダイゴは完全にグラエナ扱いだった。ハルカはいつものようにグラエナが喜ぶことをしている。頭を撫でながら耳をペロペロ。
「お願い、ハルカちゃん……やめて……」
 目に涙を溜めながらダイゴは懇願した。先ほどまでの勢いはどこへやら、ダイゴはなぜか補食されていた。
 ハルカから解放されるまで、ダイゴにとって凄く長い時間に思えた。グラエナ耳はハルカの唾液でベトベト。まわりの髪にも少しついている。ハルカは満足そうにダイゴに乗っかっていた。
「ねーねー、ダイゴさん遊ぼうよー」
 ハルカにほとんどの体力を持っていかれてしまい、ダイゴはもう答える気になれない。床に俯したまま、適当な返事をする。
「ダイゴさんグラエナ男だったの? こーたーえーてー」
 ぎゅっと耳を引っ張る。ひいんと言う情けない声が鼻を通った。
「昔の人がポケモンと結婚するとその子供は満月の夜にポケモンになって後は人間なんでしょー? この間図書館で見たの。ダイゴさんの先祖はグラエナと結婚したのー?」
「もう、随分と前で、よくわからないけど、そうみたいだね。でも人間と結婚してることが多くて今じゃ満月の夜に変わるのは耳だけ……ひゃっ」
 ハルカがズボンをめくった。ダイゴは飛び起き、背中のハルカを振り払う。
「なにするの!」
「しっぽないのかな見ようと思って」
 天真爛漫というか、無邪気を装った悪意というか。早々にこの子供の皮をかぶった悪魔を追い払わないといけない。ダイゴは心の中で二度と来るなと思いながら、ズボンを直した。
「ハルカちゃん。いくらハルカちゃんと僕だからってしていいことと悪いことがあるでしょ」
「じゃあ外にいってグラエナ男が捕まえようとする助けてって泣く」
「ダメです」
「じゃあ触らせて」
「ダメです。一体ハルカちゃんは何がしたいの?」
「グラエナ耳さわりたい!」
 子供にとっては珍しいもので触りたいもの。そのくらいの認識でしかないようだった。現代では妖怪なんて言っても怖がるどころか、違うことが面白いだけなのかもしれない。
 ひっくり返ってじたばたしてるハルカを放って立ち上がる。起き上がれないヘラクロスを見ているようだ。
 べたべたする頭を湯でさっと洗い流そう。耳に水が入ることが多いからこの状態で洗うのは好きではない。けれど他人の唾液がついたままなのは我慢ならなかった。
 しかしダイゴの上着をぎゅっと握ってくる。それでもダイゴは無視。ハルカを引きずりながら洗面台まで歩く。
「ほらハルカちゃん邪魔。あっちいってて」
「やーだー! さーわーるー!」
 ダイゴは黙った。子供は元から好きではない。これだから子供は嫌いなんだと無邪気に笑いながら今も耳を触ろうとするハルカを見る。
 そんなダイゴの雰囲気を察したのか、ハルカは手を延ばすのをやめた。
「ごめんなさい」
「解ればいい」
 湯の蛇口をひねる。数秒もしないうちに水が温かくなった。すっかり大人しくなったハルカは何か言いたそうな顔をしてダイゴを見ていた。怒り過ぎたかとダイゴは振り向く。
「あのね……ダイゴさんが触らせてくれたからあたしも見せる。あたし、いつもバンダナしてるのはね」
 しゅっとハルカがバンダナを取った。