ポケモンストーリーコンテストSP -鳥居の向こう-

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08 化物 音色


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 昔々、ある所に黒い狐がおりました。
 狐は大層"変化の術"に自信がございました。
「この世で一番化けるのが上手いのはこの俺様だ。ひとつ、世界を回って俺様の術を見せつけてやろう」
 そう考えた黒狐は、住み慣れた森を離れて旅に出たのでございます。


 寒い寒い北の地で、風を操ることが得意な獺(かわうそ)に出会いました。
 獺は狐の術をとっくり見てから言いました。
「こいつはすげぇや。だけど、おいらはアンタよりすごい化け使いがいると聞いたことがあるぜ」
 それを聞いた狐は驚きました。この世に自分よりも腕の立つ術者がいるのだとは思ってもみなかったからです。
「そいつはいったいどんな奴だ」
「何でも、化けた奴のあらゆる真似事をするらしいぞ」
 ここよりもっと南の地にいるという事を獺から聞き出した狐は、別れを告げてずんずんと下って行きました。

 暑い暑い南の地で、狐は何処からともなく物をくすねてくるのが上手い狸と出会いました。
 狸は狐の術と話を聞いて唸りました。
「確かにアンタの術は大したもんだ。けれど、アンタの探してる化け使いは探さない方が身のためだぜ」
 それを聞いた狐は頭にきました。自分の術がそいつに敵わないと馬鹿にされた気がしたからです。
「それはいったいどういうわけだ」
「その化け物はあらゆるものに化けて、訪ねてきた奴を取って喰っちまうからさ」
 ここよりもう少し北の地にいるらしいという事を聞き出した狐は、狸の忠告に耳を貸さずにまたずんずんと上って行きました。

 南と北の間で少し西寄りの地で、狐は風景の溶け込むことを好む蜥蜴と出会いました。
 蜥蜴は狐の術と話を聞いて困ったように言いました。
「貴方の術は大変素晴らしい。けれど、あの化け物に会うのだけはやめておいたほうがよろしいですよ」
 しかし狐は聞き入れません。どうしても化け物に合うと言い張る狐に、ため息をついて蜥蜴は言いました。
「分かりました。では、これからいうことをよく聞いてください。化け物はとても食い意地がはっていますから、決して食べ物に化けてはなりません。生物に化けてもなりません。植物に化けてもなりません。その場の空気に紛れる者に化けるとよいでしょう」
 東へ進めば会えるということを聞いた狐は、蜥蜴の心配そうな視線を受けながらずんずん進んできました。

 南と北の間で少し東寄りの地に付きました。狐はついに、自分よりも腕が立つという化け使いに会うことができました。
 そいつは濃い藤色をしておりました。見るからにぶよぶよしていて、間の抜けたのような顔が張り付いておりました。
 こいつが変化の達人? ただのヘドロの出来損ないではないか。そう口にしようとした時だった。

 ぶよぶよが一気に伸びあがったかと思うと、あっという間に目の前には黒い狐が立っていた。それは、まさしく自分だった。

「一体何の用か」

 自分の声で化け物は言った。

 狐は化け物の噂を聞き付けたこと、どちらが一番かを決める化け比べをしないかと申し出ました。
 それを聞いた化け物は笑い出した。
「いいだろう。では、いったい何に化けるかな?」
「ではお互いに大きいと思えるものに化けてみようではないか」
 そういって黒狐はくるりと宙返りして自分が知る限り大きな鯨に化けました。
 化け物はそれを見て少し考えて、黒狐のまま大きくなり始めました。そのままぐんぐん大きくなりました。あっという間に狐が化けた鯨と同じくらいのサイズになってみせました。
 ところが、化け物はそれだけにとどまりません。ぐんぐんぐんぐん山ひとつほど大きくなりました。
 そうしてゆっくりと鯨に手を伸ばしてきたものですからたまりません。慌てた黒狐は術を解いて逃げ出しました。
 しかし化け物はどんどん大きくなりながらしつこく追ってきます。どうしたものかと考えた狐は、岩樹の言葉を思い出しました。

 化け物が追いついたその場所は、広い海に面しておりました。ぐるりと辺りを見回しても、点々と島がいくつか見えるだけで狐の姿はありません。
「くちおしや、逃げられたか。だが次に会った時は必ず取って喰ってやろう」
 そうつぶやくと、あれよあれよという間に化け物は縮み、元のぶよぶよに戻ると自分のいた地へ帰っていきました。
 すっかり化け物の姿が見えなくなると、狐は元の姿に戻りました。海に浮かぶ島の一つに化けて、様子を窺がっていたのです。
 こうして、狐は這う這うの体で森へ帰り、二度とうぬぼれることはやめたそうな。