ポケモンストーリーコンテストSP -鳥居の向こう-

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13 某月某日午前二時七分、とある山中の道にて  久方小風夜(HP


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 あれ? 君、こんな時間にこんなところでどうしたの? 道にでも迷った? どこ行きたいの? ……えっ? 
 ……ふーん、そんなところに興味あるんだ。君、ちょっと変わってるねえ……。ま、いいや。そこなら僕も知ってるところだし、案内してあげるよ。ほら、こっちこっち。
 ん? ああ、ごめんごめん。いつものクセでね。ついつい強く引っ張っちゃった。大丈夫? 肩外れたり……はいくら何でもしてないか。まあいきなり腕引っ張っちゃったことは謝るよ。ごめんね。
 じゃあ行こうか。暗いから足元気をつけて。目的の場所までまだしばらくあるから、頑張ってね。


 そうだなあ。目的地まで黙って歩くのも何だし、少し話でもしようか。君も興味がないってわけじゃないと思う話だし。
 君はさ、「幽霊」っていると思う?
 ……あはは、ちょっと唐突だったかな? まあ道中の暇つぶしだと思って、話し半分にでも聞いててよ。

 今から何年前だったかな。カントー地方のシオンタウンで、幽霊騒ぎがあったの、覚えてる? ほら、ロケット団とかいう人たちにがガラガラを殺して、その幽霊が出るって。……いや、まあ、その当時君がどこにいたかは知らないけどさ。結構大騒動になったから、何となく話くらいは聞いたことあるんじゃないかな? 実際の現場を見ちゃった人も何人かいるし、そりゃもう相当なショックだったと思う。あの事件の傷跡って結構大きくてね。事件から何年も経った今でも、シオンの町にはまだ暗い影が残ってる。
 で、僕が今話したいのは事件そのものじゃなくって。あの事件をきっかけに、カントー周辺で爆発的に売れたものがあるんだ。……そう、シルフスコープだよ。他の地方にも似たような商品があったっけ。確かホウエンの……そうそう、デボンスコープ。
 片や「幽霊」を見る。片や「透明になったポケモン」を見る。全然違うものに思えるかもしれないけど、その本質はどちらも同じ。それは、「目に見えないものの正体を見破る」ってことだ。
 例えば、君の右手を手前、左手を奥に向けて、指をこう、編むように組んで……いやそうじゃなくってこう……ああもう、説明しづらいなあ。とにかく指を組んだら、両手の人差し指と中指で囲まれた、ひし形の空間ができるだろう。できるよね? できるはずだ。これは『狐の窓』って言ってね、陽が差しているのに雨が降っている……いわゆる天気雨の時にこれを覗くと、キュウコンの嫁入りの行列が見えるんだって、昔の人は言ってたそうだよ。これもさっきのスコープと同じ、見えないものを見る一例だね。
 え? 何でこんなわけわからない複雑な組み方なのかって? それはね、それが「非日常」だからだよ。要は普段やらない見方っていうのが大事なんだ。「非日常」を見るためには「日常」から離れた方法が必要ってことさ。例えば袖の間から覗いたり、股の間から覗いたり……もっと簡単な方法もあるよ。両手の親指と人差し指でL字を作って窓にする……いわゆる『ハンドフレーム』って奴だね。精度は落ちるけど、これでも案外見える時は見えるものさ。ほら、眼鏡だって、かけたばっかりの頃はとてもよく見えるけど、時間が経つにつれてだんだん見えづらくなってくるだろう? 眼鏡をかけるってことに身体が慣れていって、「非日常」が「日常」になっていくからさ。

 いわゆるほにゃららスコープって奴には、何かこう……凡人には理解しがたいよくわからないけどとにかく凄いテクノロジーが使われてるのは確かだ。でも、それはあの機械の能力の本質じゃない。機械とか技術とかの「よくわからない何か」は、ただ単純にその対象をより見えやすくするってだけのこと。本当に必要な、物事の本質は、日常とは違う何らかの方法で、この空間を『区切る』ってことだ。
 例えば死者と生者。例えば透明と不透明。見えないものと見えるもの。ふたつを分ける『境界』に、その向こう側を見るための『覗き窓』を開ける。それが、スコープの能力の本質だよ。今目に見えているものが、この世界の全てとは限らない。その目に映っているものが、必ずしも真実の姿とは限らない。簡単に言えばそういうことさ。


 境界なんて普段は意識してないかもしれないけど、ありとあらゆるところにあるんだよ。
 例えば、君は普段どっかの町に住んでると思うけど、町中で突然野生のポケモンに襲われたことがあるかい? 多分ないんじゃないかな。もちろん、君の方からちょっかいを出した場合は別だよ。ポケモンが飛び出してきた……向こうから襲ってきたっていうのは、草むらを歩いていた時だけじゃないかな?
 不思議だと思わない? 人の歩く道と、ポケモンのいる草むら。大抵は柵もないし、水や囲いなんてものもない。繋がりはフラットでシームレス。行き来は自由だ。それなのに、何でそんなにはっきり区別されてるんだろうね?
 それはね、そこに境界があるからだよ。道路という人の世界と、草むらというポケモンの世界。洞窟や海、川なんかは大体どこ歩いててもポケモンが飛び出してくるだろう? 元々はどこもそうだった。その中に人間は境界をひいて、境界の中を自分たちの世界にしたんだ。だからその中ではポケモンが襲いかかってくることは決してない。逆に言えば、人間が自分たちで決めた境界を越えてポケモンの世界に入ってきたから、ポケモンたちも襲いかかってくるってわけさ。
 ほら、イッシュ地方のヒウンシティ。あそこなんかわかりやすいんじゃないかな。ヒウンシティは摩天楼が立ち並ぶ、イッシュ地方の中でも一番大きな街。典型的な人間の世界だ。だけど、今現在あの街の始まりと言われているのは、街の中にぽつんと残されている小さな草むらだ。地下の下水道を通れば行ける場所なんだけど、知ってるよね? 昔のことは正確にはわからないけど、推測はできる。今は人の世界のヒウンシティも、きっと昔は草むらが広がる場所だった。そこに人がやってきて、境界をひいて、自分たちの場所を作る。時が経つにつれて人は増え、街は発展して、人の世界は広くなる。そして人の世界に囲まれた、まるで「聖域」のようなポケモンの世界が、街の真ん中にぽつんと取り残されたんだ。いや、まるで、じゃないな。周りから隔絶されて、特別な入口からしかたどり着けないあの場所は、まさしく聖域であり、異世界なんだよ。
 ヒウンは特にはっきり区別されてるけど、道と草むら、それぞれが違う世界なのはどこの道路でも同じ。君たちは小さい頃から、ポケモンを持っていない、トレーナーじゃない人は絶対に草むらに入っちゃいけないって言われるだろう?場合によっては町から出ちゃダメ、って言われることもあるのかな? そうやって、生まれた時からごく当たり前のように、境界を認識するように育てられてきたんじゃないかな。

 そう、境界っていうのはそんなに珍しいものでも、特別なものでもない。君のすぐそばに、君の心のかなり深いところに、君の生活の至る所にあるんだよ。
 境界ってのは案外どこにでもあって、窓や入口さえあれば覗くのも超えるのも簡単なものなんだ。草むらに入る、建物に入る、本を開く、ゲームの電源を入れる、なんてのも広い意味で捕らえれば境界を超える行為になるんだ。日常から非日常へ、その変換点に境界はあるんだよ。
 ほら、君は草むらに入って、そのまま出ていかないなんてことはないだろう? 必ず草むらから出て道に、人間の世界に戻ってくるよね。電車に乗って目的地に着いたら降りるだろう。ゲートをくぐって遊園地に入って、遊び終わったら出口から出ていくよね。本を読み終わったら本を閉じるし、ゲームが終わったらセーブして電源を切るだろう? セーブせずにいきなり電源を切って終了したら、身に覚えのないバグが起こった、なんて話もよくあるんじゃないかな。区切りをつけるっていうのは大事なことなのさ。
 世の中にはほにゃららスコープってものがなくても幽霊が見えるって人がいるだろう。そういう人たちって、精神というか、魂というか、何かそんなものが少しだけ、死者と生者の境界が曖昧なところにあるんだ。常に窓から首を出して向こうを見てる感じかな。だからいわゆる霊障って奴を普通の人たちより受けやすいんだよ。境界をまたがっているから、両方から影響を受けるんだ。そして曖昧なものは不安定で、日常と非日常が混在しやすい。さっきちょっと言った天気雨……本当にキュウコンが嫁入りしてるかなんて、僕は知らないけどさ。この状況って、雨と晴れの境界線上だよね。だからいつも見えないものが見えるっていうのもあるんだろうね。
 境界を作るっていうのは何も悪いことじゃない。区別して分類して曖昧なものをなくすっていうのは、それぞれを安定した状態にするってことでもある。物事が次のステージに進むには、分類する・区別をつけるっていうのが第一なんだよ。
 シンオウの昔話にこんなふたつの話があったな。ひとつは「昔はポケモンと結婚した人がいた」、もうひとつは「毛皮をかぶってポケモンとして、毛皮を脱いで人間として生きるモノがいた」。このふたつが示すものは同じ。昔は人もポケモンも区別がなかったってことだ。時代が下るに従って、同じだったモノはふたつに分けられた。言葉を話すモノ、話さないモノ。不思議な力を持つモノ、持たないモノ。そして、小さな木の実や容れ物に入るモノ、入らないモノ。ひとつひとつ境界線をひいていって、今では全く別々の存在になった。区別をつけることによって、人はより進んだ知恵を身につけて、ポケモンは強力な力を身に付けた。きっと、そういうことなんじゃないかと僕は思ってる。
 ちょっと前にイッシュ地方で、プラズマ団とかいう集団が話題になっただろう。彼らの主張は――まあ、本心は別にしても、だ。ポケモンを人間から「解放」すること。今からずっと昔にも、似たようなことがあったんだよ。人間とほとんど区別されることのなかった「ポケモン」というモノを、別の存在として定義する、そんなことが。
 それ以来住むところが全く異なってしまった、距離があったはずのふたつの存在が、とある道具の出現によって再び近づいた。モンスターボールって奴だね。この存在はある意味、元々不平等だったふたつを対等にするものだったのかも。ボール反対派の人間の主張っていうのは大体、モンスターボールはポケモンを不当に隷属させる道具で、ポケモンを不自然に拘束するものだ、っていう感じだ。確かに、ボールに入れられたポケモンは基本的に、ボールに入れた人間に逆らえない。詳しい構造は僕は知らないけどそういう風に出来ているらしいからね。怖い怖い。だけど元々、ポケモンと人間の力関係は対等じゃない。どんなに小さなポケモンでも、人ひとりの命を奪うのなんてたやすいことなんだよ。バチュルなんて君の手のひらに乗る程度の大きさしかないけど、彼らの電撃がとても強力なのは誰でも知っているだろう。自分たちにはない強力な力を持つポケモンという存在に、人間は知恵で対抗した。その最たるものがモンスターボールだ。

 ……ああごめん、ちょっと話が飛びすぎちゃったね。元に戻そうか。えーっと、何の話してたんだっけ? そうそう、境界の話だったね。まあでも……この話もそろそろいいかな。これ以上ぐだぐだ話しても、同じことばっかりでくどいだろうし。
 要するにこういうことさ。場所が変われば立場も変わる。世界が変われば見方も変わる。向こうの世界を垣間見るには、境界を超えるための入り口か、境界に穴をあける覗き窓が必要になる。

 君が目指してるのも、そういう場所だろう?


 ついつい長話しちゃったね。さあ、着いたよ。ここが君の目指していた『鳥居』だ。
 俗世と神域。日常と非日常。ケガレとハレ。肉体と精神。そして生と死。鳥居っていうのは一番わかりやすい境界であり、入り口であり、覗き窓だ。
 君がこの先に行って何を見るのか、何を見たいのか、それは僕の知ったことじゃない。好きにすればいいさ。そんなに面白いものがあると僕は思わないけどね。でもこっちの世界の人には面白いのかな? 僕なんかはもう見慣れ過ぎて日常だけど、でも確かに僕もこっちの世界のことは新鮮だし興味深いし……。
 ん? いや、別に、何でもないよ。何でもないってば……。

 ……どうしたの? いきなりハンドフレームなんて作って……。

 嫌だなあ、そんなに怯えないでよ。大丈夫だって。小さい子にすら振り回されるのに、君くらいの年齢になるとさ、さすがに僕も連れていくのは骨が折れるんだ。骨はないけど。はははは。
 だから今日のところは見逃してあげる。僕も久々にいろいろ話ができて楽しかったしね。ほら、僕の気が変わらないうちに、早く君の目的地へ行きなよ。この鳥居の先だろう?


 ああ、そうそう。ひとつだけ。
 君が鳥居をくぐってどこに行こうと、何をしようと、何を見ようと、君の自由だ。
 だけどもし、こっちの世界へちゃんと戻ってきたいなら、その時は気をつけなきゃならない。
 どうすればいいかって? またまた、わかってるくせに。さっき話した通りだよ。君は電車に乗って目的地に着いたらどうする? 遊園地から帰る時は? ゲームが終わったら何をする? 本を読み終わったらどうすればいい?
 当たり前のことさ。その当たり前を大事にすればいい。君が行くのは君の日常とは違う世界。君はあくまで来訪者だ。気をつけるんだよ。


 もし君がちゃんと区切りをつけないなら、終わらせないなら、「境界」の向こう側から帰ってこないならば。
 その時は僕、遠慮せず君のことを連れていくからね。


 それじゃあ、気をつけて。行ってらっしゃい。