ただいま午前六時頃、頂上はもうすぐだ。
僕は白い息を吐きながら、ひたすら歩いていた。
ジャンパーなどを着込んでいるが、それでも寒い。
ここは初日の出が見やすいと途中の町でおばあちゃんに教えてもらった、ちょっとした山。
おばあちゃんいわく、昔、おばあちゃんの彼氏とよく元旦に行っていたらしく、穴場で人が全くいなかったという。
ちなみにおばあちゃんも彼氏である人も流石に年で膝を悪くしたらしく、行けないとのこと。
年の瀬だったこともあり、僕は折角だからその穴場スポットに行くことにしたのであった。ついでに初日の出を写真に収めておばあちゃんに見せるというのも悪くない。
そんなに高い山ではないが、寒さもあって、体に疲れが蓄積されていく。
今はないが、山を登る前には野生のポケモンとバトルもしていたし……。
ふと、僕が空を見上げてみると、そこで支配していた暗闇が徐々に力を失くしてきていた。まずい、もたもたしていたら、初日の出を拝めなくなる。僕は歩くスピードを速めた。
そんなこんなでなんとか山頂に着くと、そこは野原が広がっていて、人は誰もいない。
確かにここは穴場だ。人もいないし、ここならゆっくりと過ごせそうだ。おばあちゃんとその彼氏がここで色々なことを語りあっていたのかなぁ。
初日の出はまだ昇ってはいないようで、ホッとした僕は温かいお茶を飲もうと、リュックから水筒を出そうとしたときだった。
目の前には一匹のポケモンが。
え、いつのまに!?
そう驚いて目を丸くさせた僕に対し、目の前のポケモンはこちらを興味津々そうに見つめてくる。
白い上半身に紫色に染まった下半身。
両腕に伸びている、体毛が印象的な二足歩行のポケモン――コジョンドだ。
『なぁ、アンタ。ここに初日の出を見に来たってクチでアルか?』
「え」
『ははーん。どうやら図星みたいでアルね。まぁ、そうでアルね。、ここ見晴らしがいいから、初日の出にはピッタリでアルね』
「いや、あなたがしゃべったことに驚いているんですけど」
『うん? しゃべってなんかいないでアルよ。今、波動を使ったテレパシーみたいなことをしているだけでアルさ』
言われてみれば……凛とした姐御肌という言葉を思わせる言葉は耳にではなくて、脳に直接響いている感じがする。
ちなみに本で読んだことあるけど、コジョンドはルカリオみたいに波動を扱うことができるという記事を昔読んだことがある。
人間の言葉を使うのもそうだけど、テレパシーを使うポケモンと会うなんて、夢にも思わなかったなぁ――。
「ぐえ!?」
『夢じゃないでアルよ?』
「だからって、ぐふ、ボディーブロー一発、決めないで下さいっ」
どうしよう、このコジョンド。
なんかエスパーぽくって怖いんですけど。
あぁ、あれか僕から漂う波動の調子(気って言えばいいのかな)で、気持ちが分かったりするのかなぁ。
うん、なんか面倒くさい相手に会ってしまったようだぞ、これは。
『まぁ、とりあえず。名ぐらいは名乗っとくでアル。わたしは『あんにんどうふ』という者でアルよ。アンタは?』
「初陽。宮村初陽(みやむらはつひ)って言います」
『へぇ、ハツヒって言うのでアルかー。なんか女の子っぽい名前でアルな」
「いや、僕、女の子ですし」
『マジでアルか!』
なんか失礼だぞ、このコジョンド。
確かに、俗に言うボーイッシュみたいなかっこうばっかりしているから、勘違いされることもあるけどさ。
『それで、ここには初日の出を見に来たのでアルよな?』
「えぇ、そうですけど」
『今年は何年か知っているでアルか?』
「唐突ですね、辰年ですけど」
『そこで、初日の出が上がるまで、ワタシが辰年にかけて龍を披露するでアル!』
本当に唐突すぎるよ、あんにんどうふさん。
でも、確かに余裕を持ってきた為か、初日の出までにはまだちょっとだけ時間がありそうだった。
まぁ、ちょっとした暇つぶしにはいいかもしれないけど……。
『いいでアルか? よく見ているでアルよ? 『とびはねる』からの……』
グッと、あんにんどうふさんが膝に力を込め始めた。
相当な力を込めているからなのか、地面がメキメキっと鳴った。
『しょうりゅうけーん!!』
確かに龍だけど、それ技名ですよ!!??
片腕を天にまっすぐ伸ばして高く飛んでいる、あんにんどうふさんがやがて地上へ戻ってくると、その顔は無駄に爽やかだったりした。
『どやでアル。中々、カッコイイ昇り龍だったでアルな』
嘘を言っても波動やらなんやらでばれそうだし、ぶっちゃけてもいいよね、これ。
「見事なスカイアッパーでしたね。というか、コジョンドってスカイアッパーなんて覚えましたっけ?」
『違うでアル! これは『しょうりゅうけん』でアルよ! スカイアッパーと一緒にしたらいけねぇでアル!』
「いや、本物の龍を見せるのかと思ったのですけど、まさかスカイアッパーだったとは」
『だ・か・ら! これは『しょうりゅうけん』である!』
「だからって、それってパクリじゃ」
『技の素晴らしい応用の仕方って言って欲しいでアル!』
駄目だ、あんにんどうふさんはこれと言ったら聞かないタイプだと見た。
僕がそう決め込んでいると、あんにんどうふさんはハァハァと息を荒くさせながら、『次、行くでアル!』と宣言した。ちょっと待って、まだ何かあるの?
『いくでアルぜ! 『とびげり』を応用させた――』
あんにんどうふさんがそう言いながら助走して、飛びながら横回転を加えた。
回転スピードは中々のものだったからか、ヒュッヒュッと風を切らす音が響き渡る。
『たつまきせんぷうきゃーく!』
確かにそれも竜だけど!!
グルグルと鮮やかな横回転蹴りを見せた、あんにんどうふさんは着地すると、今度はふらふらと足取りを狂わせていた。
『特別サービスで回りすぎたでアル』
「またパクリですか」
僕の言葉に不服だと、あんにんどうふさんがまた食ってかかる。
『だからパクリではないでアル! 技の素晴らしい応用の仕方と言うのでアル!』
「それと……龍って、別にどこにも龍なんて出てこないじゃないですか、技を見せたいだけですか?」
『何を言ってるでアル。ワタシの技の中に龍を見なかったでアルか?』
「いや、見てないですけど」
『なるほど、アンタの実力にはまだ早すぎて、見えなかったでアルか』
なんか、気に障るようなことばかり言っているような気がしてならないんだけど。
『仕方ないでアルな。ならこれなら、修行が足りない奴でも見れるアルから、やってみるでアルぜ』
そう言うと、あんにんどうふさんは両目を閉じて両手で何かを包むかのような形を取ると、深呼吸をした。
息をゆっくりと吐き終え、そしてうなり声をあげながら力を込めると、両手から蒼い玉が浮かび上がってくる。
『はどうだんからの……ど・ら・ご・ん・ぼーる!!』
あんにんどうふさんの叫び声とともに、その両手から発射されたのは龍の顔を象った蒼い玉。
勢いがすごくて、一瞬だったけど、確かにあれは龍の顔だった。
うん、それは確かにすごかったけど、色々ツッコミたいことがあって逆に困る。
さて、キリ顔を決めている、あんにんどうふさんになんて言おうか。技名に関してか、それとも今までの技も含めてどこから知ったということか、でもやっぱりこれが一番だよね、うん、きっとそうだ。
「人に向かって撃つなぁ!!」
『え、よく見えただろうアル』
「それでも、何か間違いがあって、年越した先に死んだら元も子もないだろう!?」
『ま、まぁ、落ち着くでアルよ?』
「頬をギリギリかすったのに、落ち着いていられるかっ!」
『おおう、魂がしょうりゅうけん、でアルか。うまいでアルぜ』
「それ言うなら昇天! ぜっんぜんうまくないわっ!」
僕がそこまで言ったときだった。
遠く後方から何やら甲高い鳴き声が聞こえた。
なんか「モエルーワ!!!」って聞こえたような気がするんだけど。
『アカンでアル、なんか知らんけど、どうやらレシラムに当たってしまったでようアルぜ』
「え、レシラムさんって、あの伝説の?」
昔話で聞いたことあるけど、本当にあのレシラムっていうポケモンだったら、会ってみたいなぁ。だって、あのレシラムだよ!? 昔話通りだったら白くてもふもふしている伝説の龍らしいんだけど、ぜひとも会ってもふもふさせていただきたい。あ、でも伝説のもふもふって安くないのかな、なんか代償で取られたりして……。
『やる気満々な波動がここまで伝わってくるとは流石でアルな』
……うん、そんなこと考えている暇はないよね。
『ワタシより強い奴に会いに行きたいでアルが、龍を魅せることに全力を注いでしまったでアルから、また今度がいいでアルぜ』
「はぁ……なんで、僕まで逃げるハメに」
『というわけで、おまけにおなかすいてペコペコで力が出ないでアルから、運んで欲しいでアルぜ。龍を魅せた料金はそれじゃ足りないでアルが』
「金取るのかよっ!!」
僕はそうツッコミながら、ポケットから空のモンスターボールを取り出してあんにんどうふさんを入れると、その場から逃げるように走り去った。無我夢中になって、走っていく。山を下っていく。追いつかれてしまうのだろうか、そうなったらおしまいだ。色々な意味でおしまいだ。残念ながら今の僕の手持ちじゃ伝説に勝てるだけの力量はないし、もちろん僕のトレーナーとしての腕前も含めてだ。
『逃げ切れるわけがないでありんすでしょう』
「げっ!?」
頭に響くはんなりとした柔らかな声。
そして僕の体に降り注がれた大きな影が一つ。
その影が通り過ぎたかと思うと、僕は浮いていた。
空を飛んでいた。え、もう死んだとかなしなんだけど。
『いきなり、止まれと言うても、それじゃあ止まれはできんせんでしょうに』
「あ……」
『安心してくださいでありんす。私はあくまで方向音痴な弾を飛ばした輩に用があるだけでありんすから』
なんだろう、レシラムさんの声を聞いていると、不思議と自然に気分が落ち着いてくる。
すると、僕はレシラムさんの腕につかまれて空を飛んでいるんだということに気がついた。暁に変わりゆく空が神秘的である。
『さて、そろそろ降ろすでありんすですよ』
「あ、は、はい」
レシラムさんも俗に言うテレパシーというやつなのかな、頭に直接響き渡ってくるや。
ゆっくりと旋回しながらレシラムは先程、あんにんどうふさんといた山の頂上に僕を運ぶと、そこで優しく降ろしてくれた。なんだろう、てっきり捕って食われるのかと思ったんだけど、違っていたみたい。目の前にいるのは白いもふもふな毛で覆われ、そして優しそうな澄み切った空色の瞳を持つ龍だった。なんか聖母ってこういう方を言うんだろうかというオーラがありそうな感じだった。
『さて……私に変な弾をぶつけた方を出して欲しいでありんすが……』
「えぇ、もちろん。それはよろこんで」
僕は即快諾した。
当たり前だよね、そうだよね、ちゃんと謝らなきゃいけないよね、これ。
僕はポケットからモンスターボールを一個取り出し、あんにんどうふさんを出すと、彼女はムスっとした嫌な表情を浮べていた。
『なんで出したでアルか、裏切り者』
「しょうがないよ。あんにんどうふさん、ここはちゃんと謝らないと」
僕がそう促したはずなのに、どうしてか、あんにんどうふさんはなんかカンフーのようなポーズを決めていた。
あんにんどうふさん独特の謝り方なのかな、そうなのかな。
『まぁ、いいでアル。ここで会ったがラッキーデー、勝負するでアルぜ!』
僕の淡い期待なんてすぐに吹っ飛んだ。
「ちょ、あんにんどうふさん」
『いいでありんすよ。身を持って償ってもらうことにしまうでありんすです』
『話が早くて、助かるでアルぜ』
もう駄目だ。
この二匹を止めることなんて僕にはできなかったよ。
もうこうなったら、二匹の戦いを黙って見る他ない僕をよそに、あんにんどうふさんとレシラムさんがにらみあっている。あ、もうちょっと離れて見たほうがいいよね、飛び火とかマジ怖いし。
『いくでありんすよー!』
先に動き出したのはレシラムさんの方だった。
その大きな口から赤い炎が勢いよく吐き出されるが、あんにんどうふさんは身軽にそれを避けると、一気にレシラムさんとの間合いを詰める……って、ちょっと待て。あんにんどうふさん、アナタおなかペコペコで動けなかったんじゃなかったけ?
『もらったでアルぜ! くらえ、とびはねるからの、しょーりゅーけん!!』
レシラムさんも目を丸くするほどの速さで一気に『しょうりゅうけん』を決めるけど、流石に体格差もあるし、そんなに効かないんじゃないかな――。
甲高い悲鳴を上げるレシラムさん。
後ろによろめいたレシラムさん。
効果は抜群のようだ……って、え!?
『なるほど、しょうりゅうけん、だけにドラゴンタイプの技でアルのか!』
「んなわけあるかぁー!!」
私はそう叫んでみたが、レシラムさんは顔色を悪くさせて、あんにんどうふさんを見つめていた。これってマジな話? 僕は信じないよ?
『よっしゃ、次はとびげりからの、たつまきせんぷうきゃくでアル!!』
「それも竜だけに、効果抜群なんて、そんなアホな話があるわけ……」
『うきゅうー!!』
『ふぅ、あったでアルぜ』
「……もう、何も言うまい」
その後もあんにんどうふさんは攻め続け、最後はあの『どらごんぼーる』とやらにレシラムさんは倒された。
仰向けに力なく倒れているんだけど、僕には信じられない風景だった。
なんていうか、これ、あんにんどうふさんの一方的な勝利だよね? そうだよね? えっと、レシラムさんが弱いの? それともあんにんどうふさんが強すぎるだけなの? もう訳が分からないよ。
『ま、負けてしまいましたでありんすですわ……』
『ふ、ワタシに惚れるでないでアルぜ?』
あんにんどうふさんがすごい調子に乗っているのがなんか腑に落ちないんだけど。
僕が心の中でそう文句を呟いていると、レシラムさんがゆっくりと起き上がり、そして、僕の方へと歩み寄ってくる。その顔には優しそうな微笑みが浮かび上がっていた。そうか、なるほど。きっとこのレシラムさんはバトルが苦手なんだよ、きっと。そうに違いない。そういうことにしとくから、あんにんどうふさん、あまり調子に乗っちゃ駄目だよ?
『中々、見事な戦いでしたでありんすなぁ……いやはや、このようなコジョンドを持っているからには間違いない。あの、モンスターボールとかってありますかでありんす?』
「え? ま、まぁ、ありますけど……」
レシラムさんに言われるがままに僕がモンスターボールを取り出すと、レシラムさんはニコッと笑った。
『そういえば、名前を訊いてなかったでありんすね。訊いてもよろしいでありんすか?』
「えっと宮村初陽です」
『はつひ……これからよろしくおねがいしますでありんす。英雄として、この世界を救ってくださいでありんす』
え、今、この龍、なんて言った?
レシラムさんに問いただそうかと思ったら、先にレシラムさんが爪で器用にモンスタボールの開閉スイッチを押して、そのまま入っていっちゃった。その後、レシラムさんからは何も聞こえなくなってしまった。どうやら、レシラムさんは僕のことを、あんにんどうふさんを引き連れているスゴ腕トレーナーと勘違いしているみたいらしい。
そして、その後のレシラムさんの言葉が全くよく分からない。
僕が頭を悩ましていると、あんにんどうふさんがいつのまにか近寄ってきていて、僕からモンスターボールを一個を取っていった。先程、あんにんどうふさんを運ぶ為に使ったモンスターボールだ。
『世界を救うってことは強い奴に会える可能性もあるってことでアルぜ、きっと! というわけで、これからよろしくでアルよ、ハツヒ!』
そう明るく言うと、あんにんどうふさんは勝手にモンスターボールの中に入っていった。
完全に顔を出した暁が僕の顔を照らしている。
これから慌ただしくなりそうな一年の幕開けに一言述べておこうかと思う。
「うん、どうしてこうなった」
【書いてみました】
明けましておめでとうございます!
ということで、新年最初の投稿をさせていただきました。
新春初笑い的な感じでギャグ路線で書いてみましたがいかがだったでしょうか、面白かったなら嬉しい限りです。
昨年は本当にお世話になりましたです。
今年もチャットなどで『見えないみーさん』とか言われている自分ですが、よろしくお願いしますです。
ありがとうございました。
追伸:これから初日の出を拝みに行って来ます。
【何をしてもいいですよ♪】
【今年一年、龍のように飛躍する年でありますように】