※タイトルですが、テレビドラマシリーズとは何の関係もありません。
またそれらのものを何ら想起させるものでもありません。
他に良いものを思いつけなかっただけです。
ただの短編二つです。
■ノー進化?
ゴールドがコガネシティの歩道を歩いていると、ジムリーダーのアカネちゃんとぱったり出くわした。
「おおー、ゴールドやないか。久しぶりやなー」
「あれ、アカネちゃん。奇遇ですね」
「ほんまや。うち、今日は暇なんやけど、ゴールドも暇そうやね」
「まあね」
「うち今からコガネデパートに行くとこやねん。今日のくじびきの一等、『からげんき』の技マシンやったやろ? 今日こそ絶対当てたるねん」
「そっか。今日は金曜だから」
「ゴールドは今からどっか行くとこなん?」
「別に行くあてとかはないんですけどね」
ゴールドは言いながら後ろを振り返る。そこには一匹のヒメグマがいる。
「ちょっと、こいつのレベルアップのためにあちこち草むらを回ってるところなんです」
「あー! 『ちょーだい』やないか! こっちも久しぶりやなー」
アカネは嬉しそうに手を差し出した。ヒメグマは甘えてくる。この前見た時より顔付きが若干たくましくなっているように見うけられた。
ゴールドは自分のヒメグマに『ちょーだい』というニックネームをつけている。というのも、初めてほしがるの技を使ってみた時「ちょーだいちょーだい、それちょーだい」とせがんでいるように見えたからだ。
「ちょーだいを本格的に育てることにしたんやな。殊勝なことや」
「でも野生ポケモンとのバトルじゃ、経験値がたまりにくいですね」
「そやな。トレーナーとのバトルに比べたら、やっぱり得られる経験は少ないなぁ」
「まあ、コツコツやっていきますよ。まだトレーナーのポケモンとまともに戦えるような状態でもないので」
「うん、ええ心掛けや。もうちょっと強うなってきたら、うちもどんどん協力したるで」
「ありがとうございます」
「ほなレベルアップ頑張りやー」
ゴールドは帽子を傾けて、アカネちゃんに軽く頭を下げた。
「頑張ります。……さて、と。進化まではまだまだかかるぞ」
そう、ぽつりと呟いて、アカネの前を通り過ぎようとしたゴールドだったが、いきなり後ろから首根っこを掴まれた。
「ちょっと待てや」
アカネちゃんの雰囲気が突如としてアウトローなものに変わっていた。
「アカネちゃん……? どうしたんですか? めっさ怖い顔して……」
「今、何て言うた?」
「はぁ?」
「ちょーだい、進化させるつもりなんやな?」
「えぇ? ああ、そりゃまあ」
「何で進化なんかさせるんや?」
「何でって、強くするためには必要なことだし、こっちにも事情ってもんがあります」
「事情って、何や?」
「いや、そんな事」
アカネちゃんには関係ない、と言おうとして、ゴールドはやめた。アカネちゃんの重圧がそれを許さなかった。
「どういうことか、話、聞こか」
アカネちゃんは親分気質がそなわったように、たくましい声で言った。
***
「何でちょーだい進化させなあかんのや?」
アカネちゃんはもう一度ゴールドに詰め寄った。
「そりゃあ、強くするためには能力値伸ばさないといけませんからね」
「それだけのためにか?」
「もう一つ、あります」
「それは何や」
「ポケモン図鑑のページ、うめたいんですよ」
アカネちゃんは険しく眉をひそめた。
「ポケモン図鑑のページか。そらけっこうなことや」
「でしょう? というわけで、この話はおしまい――」
「やめとき!」
アカネが突然叫んだので、ゴールドは飛び上がった。
「そんな、やめとき、って……」
「なあゴールド、後ろのちょーだい見てみ? こんな可愛いちょーだいには、進化なんて似つかわしくない、やろ……?」
「いやそうでもないと思いますけどね」
ゴールドはあっさり答える。
「こいつ性格がゆうかんなんで、むしろ進化させた方が本来の姿に似合ってるんじゃないですかね」
ゴールドの声に同調するように、ちょーだいがぶんぶんと腕を振り回し、自らの腕力をアピールする。
「あかんあかん! そんな事言うて早まったことしたら!」
「でもそれじゃ図鑑の方は――」
「それやったら改めて野生のリングマ捕まえ! あんたチャンピオンロードにもシロガネ山にも入れるんやろ?」
「……そりゃそうですけどね」
「何か問題でもあるんか?」
「パソコンのボックスがね、もういっぱいになってきてるんですよ。新しい進化ポケモン捕まえるよりも、なるべく小さいのを進化させてかないとすぐ満杯になってしまいます」
アカネは少しだけ言葉に詰まった。
「そら……その気持ちはうちかてわかる。うちのボックスももうすぐいっぱいや。新しいポケモン捕まえられんようになる。でもな――」
アカネはすうっと息を吸って、一息に吐き出した。
「一度ごっついリングマさんになったら、もう二度と元に戻されへんねんで!」
「わかってますって。しかたないです」
「しかたないですませたらあかん!」
「無茶言わないでくださいよ」
「なあゴールド、思い直し。あんた何でそのヒメグマに『ちょーだい』ってニックネームつけたんや?」
アカネに指摘されて、ゴールドはハッとなった。
ちょーだいちょーだい、それちょーだい。
昔、ゴールドはそんなふうに口ずさみながら、ヒメグマのちょーだいとともにジョウトのあちこちを駆け巡ったのだ。
彼のヒメグマはどんどん彼に懐いていった。他の屈強なポケモンと協力して、ほしがるの技が成功した時には嬉しくて喜びの声をあげたものだ。
進化とは、進化という行為は、そういった全ての思い出を無かったものにする行為ではないか。進化してしまったら、ちょーだいが、ちょーだいでなくなるのではないか。人によって捉え方はまちまちだ。だから、進化をさせた方が良い、させない方が良い、という選択肢に決定的な解などないのかもしれない。けれど今のゴールドには、アカネちゃんの言わんとしていることの方が、より正しいような気がした。
「……わかりました。アカネちゃん」
ゴールドは顔を上げて、ちょーだいの方を見た。ちょーだいもつぶらな瞳でゴールドを見返す。
「このちょーだいは進化させないで、新しいリングマを捕まえることにします」
「ええ答えや」
アカネちゃんは満面の笑みでうなずいた。
ゴールドもうなずき返した。
「しかたないですね。じゃあ進化させるのはパソコンに預けてあるブルーの方にします」
「それもあかん!」
おしまい
■グレン島にて
夜明け近くのグレン島は、薄い冷気のヴェールに包まれていた。
昨夜の放射冷却によって奪われた熱は、今では遥か上空、静まり返った世界のどこかをさまよっている。雲一つない暗影の真下では生まれたばかりの潮風がそよいで、寂しげな地表にまで、その音を伝えてくる。
「シロナ、もうすぐみたいよ」
がさごそとテントから這い出してきた影が一つ。
「ふえぇ? もう……?」
這い出してきた影はもう一つあった。
二人は肌寒い薄闇をかいくぐり、海岸線の前に立った。海岸線より向こうには何も見えない。けれども、その裂け目から、朝は昇りつつある。
旅の途上にあったシロナとナナミはグレン島に立ち寄ることにした。
過去に火山の噴火で、そのほぼ全てが灰と化してしまったグレン島。シロナとナナミは言葉もなく、ただただそんなグレン島の哀切な声に耳を傾けた。
日の出の訪れは、思い描いていたよりもずっと早いものだった。いつの間にか、二人の頬は温かく照らされていた。
「この島は、まだ完全には死んでおりませんよ」
二人の隣に立つ者があった。
「あなたは……」
ナナミの方が先に気付いた。シロナもゆっくりとそちらを向く。
「どうも、ナナミさん。お久しぶりです。おじい様は元気でいらっしゃいますか」
「ナナミ、この方は?」
シロナが聞く。
「グレンジムのジムリーダー、カツラさんよ。何度か話したことがあるでしょう?」
ナナミはカツラの方に向き直る。
「カツラさん、こちらこそお久しぶりです。おじい様はまだまだ元気です」
「それは何よりです。私もドクターオーキドも、もうそんなに長く生きられる年ではないですからな」
「そんな事はありません。おじい様も、そしてあなたも元気そうではありませんか」
「ありがとう。ワシもまたこの島と同じ、死の間際にあるように見えて、その実まだまだ持ちこたえているのかもしれませんね」
「この場所へはよく来るんですか?」
シロナが尋ねた。
「ええ、毎週火曜日と木曜日はいつもここへ足を向けます」
「私、故郷がシンオウですからカントーの事情はあまりよく知りませんが……当時は大変だったとうかがっています」
「大変でした」
カツラは首肯した。
「この有様を見てみればわかります。全員避難できたのが不思議なくらいでした。これも全て救助を手伝ってくれたポケモン達のおかげでしょう」
「シロナ、カツラさんは今、グレンジムを復興するために、双子島の洞窟を借りて活動を続けているのよ」
「洞窟を?」
「そう、洞窟の内部をジムにしているの」
シロナは驚く。そんな事は世界で初の試みかもしれない。
「当時のワシはあまりのショックで倒れそうでした」
「死者が出なかったとはいえ、グレンの町は無くなってしまいましたからね……」
ナナミは目を伏せた。
「その通りです。その頃でさえ、ワシはけっこうな年でした」
カツラは昔の自分を、慎重にすくい取るように口にする。
「だんだんよくないことばかりを考えるようになりました。日に日に追いつめられていく自分を遠くから見つめているような、そんな不思議な感覚でした。ワシはこう考えました。どうせ、もう長くはないのだ、と。それならいっそのこと、早々と、この命を終わらせた方がいいのではないか」
シロナがこくん、と息を飲んだ。
「でもね、最後の無茶をやらかす前に、もう一度このグレン島を目に焼き付けておこうと思った」
「カツラさん……」
「グレン島からの眺めはご覧になられたでしょう? ここから見る夜明けは、何ものにも代えがたい美しさがあった。そして力強かった。ワシは今までの事など忘れて、ただただ朝の日差しに見入っていました。自分は何と狭小で愚かだったのだろうと思い知らされもしました。もう一度、一からやり直すことを決めました。それが、今の活動につながっています」
「普通、なかなかできる事ではないと思います」
シロナが感心して言った。
「そんな事はありません。グレン島にいた他の連中も同じ気持ちだったようです。以前、グレンジムにいた者達も一人ずつ帰ってきてくれています。少しずつ、少しずつですが、再生に向かっているのです。あの頃と同じように、何もかもが――」
カツラは空を見上げた。風が微小な砂埃を舞い上げていた。その中心で彼はたった一人だったけれども、シロナとナナミは不安を覚えることはなかった。なぜなら、そっと吹き抜けるその一瞬の中で、彼は穏やかに微笑んでいたから。そのサングラスの向こうに光るのは、かすかな希求をひそませた、ひとしずくの朝露なのかもしれなかった。
「もう、完全に日が昇っちゃったわね」
ナナミが言った。
「本当にね」
シロナが朗らかに調子を合わせた。
木曜日の朝日は、ますます高度を上げていく。これから再び生まれてくるものたちを、優しく迎え入れるかのように。
「ところでお二人さん」
カツラが呼びかける。
「ワシはね、毎週木曜、この島を訪れるトレーナー達と記念写真を撮ることにしているのだよ」
シロナとナナミは顔を見合わせた。
「どうだね? 旅の記念に一枚、ワシと撮っていかんかね?」
シロナとナナミはにっこりとうなずき合って、その微笑みをカツラに向けた。
「「いえ、それはお断りいたします」」
「うおおおーーい!」
おしまい
補足説明すると、
1、ちょーだいはゲーム中、実際にヒメグマに与えたニックネームです。
こっちはリングマに進化させましたが(やっぱりボックスの空きとかが、ね)。
2、カツラの最後の叫びについては(確かこんなだった)
ゲーム中、実際に聞くことができるので
試してみると面白いですよ(電話番号交換の後、木曜日のグレン島→写真撮影)。
【何でもありですよ】