我が輩はポッチャマである。名をマゼランという。
偉大なる航海士マゼランより名を送られた由緒ある血統の末裔である。その昔、世界一周を目指し、地動説を証明し、その海に散っていった冒険家であるぞ。知らぬとは言わせぬ。我が一族は冒険家を助け、10隻あるうちの1隻を故郷の港まで見送ったのである。故にそこの人間、頭が高い。我が輩には常に従うのだ。
「なにすんだってば!」
我が輩の主人というジュンという愚かな人間に罰を与えた。偉そうに我が輩の背後で次はどの技、あの技とやかましいのである。我が輩のするどい嘴の攻撃に人間など従わせるに容易いものである。
「お主こそ何をする。我が輩はマゼランであるぞ。我が輩に命令するなど100年以上早いわ。そもそもお主は我が輩に命令してばかりで何も疑問に思わないのか。聞けばお主も我が輩と同じポケモンの末裔であると聞く。ならばお主が戦うのが筋というものであろう」
「なにおー!俺はトレーナーなんだ、お前はポッチャマだろ!」
「だからなんなのだ。トレーナーが戦ってはいけない理由などない。我が輩はお主を見ておる故、戦ってくるがいい」
「この、小さいからって生意気な!ポケモンは戦うのが常だろ!」
この愚かな下僕はとてもやかましい。我が輩は静かなものを好む。それにしても我が輩のまわりはやかましいものばかりである。やんちゃで落ち着きのないヒコザルのエンゴと努力家なナエトルのモエギである。正反対と思われる2匹であるが、我が輩には何の遠慮もなく馴れ馴れしい。我が輩は偉いのである。
そう考えればあのヒカリという女子はとても性格が良い。さぞかし男どもが寄ってくるであろう。現に我が輩の下僕ジュンは少しではあるが好意を寄せているようなのである。しかしそのヒカリは下僕ジュンの親友のコウキに好意を寄せているようなのである。奇妙なる人間たちよ。
さらに奇妙なるのは、その人間たちがポケモンの末裔たちであることだという。その昔、シンオウの大地で起きた戦争の後、人の身にその力を封じた祝福のポケモンたちの子孫だという。人の縁とは奇妙なものである。
「いくのだ下僕ジュンよ。ブイゼルなどすぐに倒せるであろう」
その辺の一ポケモンが我が輩の相手になるわけがなかろう。我が輩は下僕ジュンの草技ソーラービームを後ろで眺める。ほほう、さすがの力である。一発で仕留めるとは天晴。下僕が主人を喜ばせたのであるから、ここはほめなければならぬ。主人とは飴と鞭で下僕を懐けるのだ。
「よくやった下僕ジュンよ。主人として喜ばしく思うぞ」
「なんでだよ!」
何かやかましく騒ぎ立てていたが、下僕が主人に逆らうことなどあってはならないのだ。我が輩は下僕ジュンの足を鋭い嘴で突っついたのである。反抗するものは容赦なく制圧するのだ。そう下僕を扱えないのならば主人となることなどできぬ。
しかしこの下僕ジュンは我が輩に関して何の知識もない。それは下僕ジュンが親友たちと一晩森で明かした時の話である。
「エンゴ」
コウキが奴を呼ぶ。ふむ、エンゴはコウキに対して恐怖を感じているのか尻の火が一瞬縮み上がる。
「あ、あっしに」
近づいた瞬間はまさに獲物を捕らえる肉食獣である。コウキがその拳でエンゴの腹をわしづかみしたのだ。
「ぐへっ」
情けない声が上がったものよ。あのやんちゃ坊主がここまで制圧されているとは、コウキという人間は中々のやり手である。
エンゴの方はさっきよりも尻の火を大にして起き上がったのだ。
「な、なにする……」
「火が出やすくなっただろ。もう一度ひのこやってみろ」
ヒコザルの特徴を良く知っている人間である。腹を刺激して火を強くするのだ。なるほど、エンゴがコウキに逆らえない一因がそこであろう。
それにしても下僕ジュンは我が輩のことなど何も知らぬ。何が好物であり、何が楽しいことであるか。嫌いなものは何かなど何も知らぬし知ろうともしない。いやそれは我が輩が間違ってあろう。下僕に全てを求めてはいけないのだ。下僕は下僕らしく、我が輩に従っていればよい。
「い、いいなあマゼラン」
「完全逆転よねマゼランのところ」
エンゴは羨ましそうな目で、モエギは呆れたように見ている。我が輩をじろじろ見るなど無礼にもほどがある!
「ポッチャマに使われてるんじゃ、今度も俺の勝ちだな」
コウキが我が輩の好物をちらつかせて言う。おお、この人間は中々解っておる。下僕は一切そういうのを渡さないのである。これではこの下僕の主人をやっている意味がないであろう。それに加えて苦いポフィンまでついてるとは、我が輩はコウキと共についていけばよかったのである。なぜこんな下僕ジュンに出会ってしまったのであろう。
「絶対次も負けねーからな!」
「次も、って俺に勝ったことないだろ」
そうなのである。コウキのポケモンは皆強いのである。我が輩も後一歩のところであのクロバットに敗れてしまった。エンゴにもモエギにも負けたことないのに、コウキとは面白いやつである。
「マゼランの技もロクにえらべなくて、俺に勝てるわけがない」
「もっと言うがいいコウキよ。下僕ジュンは我が輩のことなどなにも知らぬ」
ポケモントレーナーというものにレベルがあるというならば、下僕ジュンは全くもって下であろう。もっと精進するがよい。
「マゼランって、ジュン君の主人なのですか?」
その通りだヒカリよ。下僕ジュンは否定を始めたので、我が輩の嘴でつついてやった。
「よくぞ理解できた。我が輩は偉大なるエンペルトの父と母より生まれた高貴なる血統より生まれたエリートである」
「エンペルトなのですか。私、エンペルトっていう映画みましたよ! タマゴを二つ産んで、そのうちの優れた方だけ育てるのですよね。見た時は捨てられた方がかわいそうだと思ったのですが、過酷な環境で生きられないことが多いというのを聞いて。マゼランはその中でも優秀なのですね」
ヒカリよ良く知っておる。エンペルトとはドキュメンタリー映画という映画らしいのだが、そういうのすら見てない下僕ジュンは全く。
「生きられないのを知って悲しむエンペルトもいて、私は凄くエンペルトって辛いんだなって思います」
もう言うなヒカリよ。それは事実だとしても、映画という娯楽であろう。
下僕ジュンはせっかちである。コウキとヒカリがのんびり歩いていてもさっさと先にいってしまう。最初は二人が仲良くしているのを見たくないのだと思っていたが、そうではない。本当にただせっかちなのだ。おかげでナナカマドという人間に頼まれたギンガ団対決も、下僕ジュンが通り過ぎた頃に終わっているのだ。
そのおかげで我が輩はギンガ団を見たのはその時が初めてであった。
その頃、我が輩はポッチャマではなく、父上と母上と同じエンペルトであった。前を塞ぐポケモンは全てなぎ倒しここまで来たのである。前にエンゴはコウキの指示がなければ戦えないと負抜けたことを言ったが、我が輩は違う。我が輩の独断で戦うことができるし、それで良かったのである。
そのおかげであろう。ミオシティでナナカマドと会った時に言われたのである。「強そうになった」と。我が輩のおかげである。感謝するがいい下僕ジュンよ。鋼の翼で背中を叩いた。
「そこで、湖の調査をして欲しいのだ。ヒカリはシンジ湖、ジュンはエイチ湖、コウキはリッシ湖だ。特にジュン、お前が一番遠いが、できるな?」
「もちろん!俺が一番だって!」
言うが早いのだ。おいかける我が輩の身にもなって欲しい。こういうとき、ゴンベのごんたろうは追いかけない。我が輩もそれが良いと思われたが、我が輩のいないところで下僕ジュンが困っても我が輩が困る。最近ではギャロップの一角の辻(いっかくのつじ)が走って連れ戻すことがある。
吹雪くテンガン山を抜けて雪道を走る。普通の人間であればこんなところ走れないであろう。我が輩に乗り、傾斜から速度をあげて飛び出すという、どこかのゲームのペンギンのようである。吹雪と雪の冷たさが我が輩の体に容赦なく突きつける。なんぞこの寒さ。我が輩の故郷に比べれば寒いとか凍えるとか笑止!
我が輩の嘴には氷がついていた。翼にもついていた。よくみれば下僕ジュンの頭にも雪がつもっていた。それなのに目の前の湖は凍ることもなく、ただ静かにさざ波をうっていた。
「エイチ湖についたのだぞ。どこから調査を頼まれているのだ?」
「え、あれ、えーっと」
「やっと一人ずつになったわね」
我が輩は初めてギンガ団を見た。ピンク色の派手な髪と寒さをものともしない奇妙な格好。なるほど、普通の人間とは違う。
「えっと、お前ギンガ団だな!」
「そうよ。この際改めて自己紹介するまでもないわね」
ブニャットが現れたのである。一角の辻が角を向ける。ひるむことなく向かってくるブニャット。一角の辻が少し出遅れた。そんなに素早いポケモンであったか?我が輩は目を疑った。
「なんだってんだよ!」
「純粋なポケモン勝負。貴方なら知ってるでしょう、大昔の戦いで負けた方がどうなったか。勝利した方に全てを奪われ、逃げ回る日々。貴方は敗者になるの。それだけよ」
「そんなの、やってみなけりゃ解んないだろ!」
「解るのよ」
下僕よ何を慌てている。なぜいつもと違うのだ。このままでは勝てるものも勝てなくなる。
「下僕を下がっているがいい。訳の分からぬギンガ団とやらに邪魔されてはナナカマドにも頭が上がらないであろう」
ブニャットなど何度も戦っている。勝てないはずなどない。下僕ジュンは何よりナナカマドのにらみが怖いらしい。ならばナナカマドに怒られない方法を主人である我が輩がとってやる。感謝するがいい。
「エンペルト、ね」
「そうだ、エンペルトだぜ。俺のエンペルトは……」
「人の手に渡るエンペルトは両親から見放された生きる力のないポッチャマ」
下僕ジュンが一瞬息を止める。
「知らないの?エンペルトの夫婦は一度に二つのタマゴを産む。そして強い方だけを育てる。育てられない、育児放棄されたポッチャマを保護したのが……」
「黙れ宇宙人」
我が輩は強いのである。エリートである。偉大なる航海士の名をもらった。優秀な兄もいる。我が輩は優秀なのだ。優秀だからこそ人間の手に渡り、下僕を使って強くなったのである。
「そこまで我が輩を挑発するのなら来るがいい。全てを破壊するのみ!」
我が輩は強い。エンゴやモエギに負けたことなどない。野生のポケモンにも負けたことがない。優秀なエンペルトであるぞ!
「コウキ君!」
「ヒカリ、無事だったか!」
ヒカリは我が輩を無言で見た。コウキの表情が変わった。
「エンペルト?マゼランか?ジュンはどうした?どこにいった?なんでボロボロなんだ?ジュンはどうしたんだよ」
こんな早口でまくしたてた時のコウキは怒っている。いつものことだから知っていた。下僕ジュンの親友にあわす顔などない。
「すまない!」
我が輩は地面に頭をつける。
「我が輩の力が足りなかったのだ。そうでなければジュンは……」
なりふりなど構わぬ。我が輩が惨めでも構わぬ。弱くても構わぬ。
「ギンガ団は将を落とすなら馬からだとあざ笑っていた。ジュンは我が輩にコウキのところまで伝えよと」
我が輩の力が足りなかった。ギンガ団にかどわされるのをただ聞くしかなかった。吹雪の中、アクアジェットで逃げるしかなかった。
「他のポケモンもジュンと一緒にかどわされた。頼む、ジュンと仲間を助けてくれ!」
何も言わず、コウキが我が輩の目の前に回復の薬を置く。
「将だと?ふざけんな。俺たちは誰もが馬なんかじゃねえ」
顔をあげればゴウカザルより燃えてるコウキが見える。
「ヒカリ、ナナカマドのじいさんに調査遅れるって伝えてくれ」
「あ、私も行きます!」
「我が輩も!」
「ダメだ。ジュンに続いてヒカリまで取られたら俺が手も足もでねえ。マゼランをさらに傷付けたら俺はジュンに顔向けできねえよ。エンゴ、行くぞ!」
隣にいるエンゴの炎よりも激しく見えた。空を飛ぶコウキを見送ると、我が輩の目の前に火花が散った。
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友達からポッチャマもらったら生意気だった。
マゼランはマゼランペンギンより。世界一周した本人からつけられた
エンペルトという映画は皇帝ペンギンというドキュメンタリー映画。
ペンギンは足の間にタマゴいれてあたためますが、一度落とすと二度と暖めない。
アニメなどでヒカリにはポッチャマといいますが、ナエトルの方が似合ってるのは色合いかもしれない。
むしろポッチャマの図鑑をみて、やっていけるのがジュンしかいなそう。
【好きにしていいのよ】【げしげししていいのよ】